長野と他の地域

2018年08月10日

牟礼駅前の栄町商店街(飯綱町)で麻布十兵衛氏が大道芸

今年4月に「長野の絵解きを広める会」でお招きした、麻布十兵衛氏が、飯綱町のお祭りに見えて大道芸を披露しました。家族でお祭りに行ってきました。

毎年8月9日に行われる飯綱町の「岩崎観音四万八千日縁日」。
それに合わせて栄町商店街が開くお祭りです。
しなの鉄道牟礼駅前が歩行者天国になり、綿アメや金魚すくいなどで賑わいます。

歩行者天国となった歩道で、次々と大道芸を披露する麻布十兵衛氏。
ひとつの演目が終わる毎に、取り囲んだ人々からは歓声と拍手がわきました。
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歩道には露店もたくさん出て、大勢の子どもたちで賑わっていました。
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見事なガマの油売りの口上と熱演に、身を乗り出す子どもたち。
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地元の牟礼神社の木遣りに続いて、お神輿が通りを練り歩きました。
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地元の皆さんの熱意で続いている商店街のお祭りは、子どもたちであふれていました。
私は麻布十兵衛氏の大道芸を、通しで拝見したのは初めてでした。
昔から続いている正統な大道芸を伝えていこうと活動している姿に感動しました。
十兵衛氏や商店街の皆様のパワーに、元気をいただきました。ありがとうございました。

2018年4月ブログ「善光寺門前ナノグラフィカで麻布十兵衛氏の絵解き

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2018年07月29日

「三禅定絵解きフォーラム」で善光寺参りの絵解き

7月29日(日)10:00〜17:30に「三禅定絵解きフォーラムー立山・白山・富士山と参詣曼荼羅の世界ー」が開催されました。長野郷土史研究会の小林一郎会長と2人で伺いました。

会場は名古屋大学東山キャンパス(地下鉄名城線の名古屋大学駅から徒歩5分)にある野依記念学術交流館。
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同館入り口の受付。周辺の緑の木々を取り込んだ造りの建物です。
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禅定(ぜんじょう)とは、高い山に登って修行すること。「立山・白山・富士山」は三禅定と呼ばれます。その三山を巡って登拝する修行が、近世では行者だけでなく、庶民の間で盛んに行われました。
三山を巡る途中では、必ず善光寺にも参拝をしました。
それぞれの霊山には、参詣曼荼羅が多く残り、人々が登山する姿が描かれました。
それを絵解きするのは、人々を禅定へと勧誘する手段でした。

主催は名古屋大学文学研究科附属人類文化遺産テクスト学研究センター。
センター長の阿部泰郎氏(名古屋大学人文学研究科教授)が司会進行。

・阿部先生のご挨拶に続いて、最初に私が「善光寺参り絵解き図」の絵解きをさせていただきました。善光寺の御本尊・一光三尊阿弥陀如来の掛け軸も掛けました。
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・阿部美香氏(名古屋大学CHT共同研究員)は、静岡県熱海市伊豆山(走湯山)に鎮座する伊豆山神社のいわれを絵巻にした経緯と、それを「走湯山秘密絵伝」にして絵解きをしようという取り組みを紹介しました。
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・久野華歩氏(栃木県立博物館学芸嘱託員・学習院女子大学博士後期課程)が、プロジェクターを使って「富士参詣曼荼羅の特質ー図様解釈をめぐってー」を報告しました。
・末松美咲氏(名古屋大学CHT研究員)による聖徳太子伝絵解き「黒駒による富士飛翔」がありました。
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午後は「立山・白山・富士山」の研究機関の第一人者が研究の最先端を報告しました。
「三禅定の世界と参詣曼荼羅絵解きの試み」
報告者は3名の方でした。 
・加藤基樹氏(富山県 立山博物館 学芸課主任・学芸員)
「『三禅定』史料の紹介ー立山を中心にー」
・小阪 大氏(白山市教育委員会文化財保護課主幹兼白山手取川ジオパーク推進室員)
「白山参詣曼荼羅の絵解き―加賀禅定道を中心にー」
・大高康正氏(静岡県富士世界遺産センター学芸課准教授)
「富士山の参詣曼荼羅と三禅定ー松栄寺本の絵解きを中心にー」

・最後に福江充氏(北陸大学国際コミュニケーション学部准教授)が「立山信仰と三禅定」の講演をしました。

旧知の皆様とお会いでき、また初めてお会いした方々とも親しくお話ができました。
私どもは時間の関係で最後まで拝聴できませんでしたが、新しい発見や、学ぶことがたくさんあったフォーラムでした。
お招きただいた名古屋大学の阿部先生や、お世話になった皆様に感謝します。

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2018年07月24日

越中の小京都「城端(じょうはな)」の善徳寺に参拝

7月24日(火)に「城端別院 善徳寺」(富山県南砺市城端)に参拝してきました。

長野駅から金沢行き「北陸新幹線」はくたかで、「新高岡駅」下車。(1時間10分)
新高岡駅前から白川郷行き「世界遺産バス」で、「城端曳山会館前」下車。(50分)
予約なしで乗車できます。田園風景を抜けて、高速道路を通ります。(800円)
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城端曳山会館」には、傘鉾、曳山・庵屋台などを常時展示。
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城端神明宮祭の曳山行事は、重要無形民俗文化財でユネスコ無形文化遺産。
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その向かいに建つ「じょうはな織館」。(登録有形文化財)江戸時代から加賀絹の産地として栄えました。
煉瓦造りの建物は、昭和3年に建築された城端絹織物組合事務棟を利用。
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じょうはな織館の1階内部。2階では織物体験ができます。
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歩いて3分程で、善徳寺の山門前に出ます。
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善徳寺の本堂。7月28日(土)まで、虫干法会(むしぼしほうえ)が行われています。
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北陸新幹線ができて、長野からは簡単に日帰りができるようになりました。
北陸地方の真宗の底力を、感じることができる法会です。
その模様は「善徳寺虫干法会で蓮如上人・聖徳太子の絵解き拝聴」をどうぞ。

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2018年07月18日

長谷寺(鳴門市)から届いた「涅槃図修復報告会」の報告

5月31日(木)に徳島県鳴門市の「長谷寺(ちょうこくじ)」で涅槃図の絵解きを行いました。
その模様は2018年6月ブログ「5月31日長谷寺(鳴門市)涅槃図修復報告会で絵解き

同寺の住職、熊谷祐信師から、「長谷寺かわら版『百日紅』 99号」が届きました。
「涅槃図の退院」と題して、修理作業が終わった涅槃図の修復報告会の模様をまとめた6頁の報告です。私の絵解きも、ご報告いただきました。
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報告には、「絵解きは『語り』そのものですから、読むものではなく聞くものです」と、絵解きの台本は載せてありません。確かにその通りです。「当日参加された方だけの役得とお諦め下さい」と書かれていました。

ご住職の報告を嬉しく、ありがたく拝見しました。
絵解きは1回性である、と言われます。その場に参集された方々に絵解きを行うのは2度と再現できず、その時だけなのです。そんな気持ちで、1回ずつ心を込めて絵解きを行っています。今回は、たくさんのことを学ばせていただきました。
ご住職には暑中お見舞いの言葉を添えて、御礼の葉書をお送りしました。

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2018年07月16日

名古屋場所 首位9連勝の御嶽海 宿舎は「犬山善光寺」

大相撲名古屋場所が行われています。
16日、長野県木曽郡上松町出身の西関脇の御嶽海は、初日から9連勝で単独首位を守っています。長野県内では、御嶽海の応援で盛り上がっています。

御嶽海が所属する出羽海部屋が名古屋場所で宿舎として使用するのが「犬山善光寺」(愛知県犬山市)です。

同寺の「信徒館」が宿舎で、館の上にある稽古場(土俵)で稽古をするそうです。

6月25日「信濃毎日新聞」の「御嶽海関脇復帰 名古屋場所新番付
新番付表を持って、決意を語ったのも犬山善光寺です。

犬山善光寺は、昭和3年に建立。一時、衰退しましたが、昭和32年に再興されました。
長野の善光寺の分身仏、一光三尊の阿弥陀如来がご本尊です。
HPには、善光寺のいわれを語る「善光寺縁起」もきちんと書かれています。
長野の善光寺とのご縁もあって、一層、応援したい気持ちがわきました。

また犬山善光寺には「第57代横綱 三重ノ海誕生記念」の碑が建っているそうです。
出羽海部屋の三重ノ海は三重県出身。優勝3回。横綱在位は1979年9月〜80年11月。  

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2018年07月01日

長野郷土史研究会の小林計一郎前会長が揮毫した一茶句碑

6月29日(金)「新小岩厄除香取神社」(東京都江戸川区)に参拝しました。長野郷土史研究会の小林計一郎前会長が揮毫した、一茶の句碑を見学するためでした。

神社入り口には「小松菜の産土神」と書かれています。8代将軍吉宗が、この神社で餅のすまし汁に入れた青菜を召し上がり、「小松菜」と名付けたという由来によります。
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鳥居の奥が拝殿です。その前に、茅の輪が用意されていました。
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同社では、6月30日夏越の大祓が行われます。一日早く、茅の輪をくぐりました。
同社では、「人形(ひとがた)」は後日、「人形流し」と言って海に流すそうです。
右手の拝殿脇には神鹿苑があって、鹿を飼っています。
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神社の脇に、すまし汁を出した同寺神主・亀井和泉守の屋敷跡があります。
小松菜屋敷」と呼ばれています。お願いすれば見学ができます。
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敷地内に、小林計一郎前会長が揮毫した一茶の句碑が建っていました。
「小松菜ゆかり塚 小松菜の一文束や今朝の霜 一茶句 小林計一郎筆」
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神社近くを流れる小松川に由来するという小松菜は、この付近の特産でした。
一茶が『八番日記』に詠んだ小松菜の句は、平成16年の建立されました。
「一茶研究家小林計一郎氏の筆であります」と、説明文の石碑が脇に建っていました。

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2018年06月23日

小林一茶が善光寺出開帳に参詣した「弘憲寺」(高松市)

5月末に、四国の徳島県鳴門市の寺院に絵解きで招かれました。
少し足を延ばして「弘憲寺」(香川県高松市錦町)に参拝しました。
同寺は、高野山真言宗。JR高松駅から歩いて10分。今回、参拝したのは、次のような理由でした。

俳人・小林一茶の『寛政紀行』に、同寺で行われていた善光寺出開帳に、人々に誘われて参詣。五刃山に登る、とあります。(『一茶大事典』矢羽勝幸著)
一茶が同寺に参詣したのは、寛政9年(1797)8月9日のことでした。

善光寺では大勧進の等順が、寛政7年(1795)〜同11年(1799)までの4年間、回国開帳をしました。収益で諸堂を修理し、また五重塔の再建をしようという計画でした。
回国は西日本が中心でしたが、九州や四国もくまなく回りました。

同寺の山門。明和3年(1766年)建立。
一茶はこの山門をくぐって参拝したことになります。
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左が本堂。手前は平和塔。(戦争慰霊者の供養のため昭和25年建立)
天正16年に高松城を築いた生駒親正公の菩提寺。親正公は商工の民を住まわせ、現在の高松市の基礎をつくりました。親正公夫妻の墓所は、昭和30年に香川県史跡指定。
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本堂は昭和4年の再建。本尊は不動明王(重要文化財)
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同寺の鎮守社、弁天堂。本尊は一面六臂の弁財天。三面大黒天もまつられています。
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山門脇の塀に書かれた坐禅や写経、ヨガなどの案内。
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本堂内や庫裏には一般の参拝者が次々と見えていました。私たちも中に入って、お参りさせていただきました。地元の信仰を集める、開かれたお寺だと感じました。
出開帳を行った善光寺大勧進の等順や小林一茶の姿に、思いを馳せました。

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香川県琴平町「金刀比羅宮」旧金毘羅大芝居(金丸座)

5月末に、四国の徳島県鳴門市の寺院に絵解きで招かれました。
少し足を延ばして「金刀比羅宮」(香川県仲多度郡琴平町)に参拝しました。

「一生に一度はこんぴらまいり」と言われたこんぴらさん。
参道の近くに移築復元された「旧金毘羅大芝居(金丸座)」(重要文化財)を見学しました。

天保6年(1835)に建築。現存する日本最古の芝居小屋。
江戸時代中頃から、年3回仮設小屋で歌舞伎などの興行を行っていました。
その後、門前町の形態が整い常小屋を望む声が出て、小屋ができました。

「金丸座」の名称は、明治33年につけられたもの。
昭和45年に名称が「旧金毘羅大芝居」として、国の重要文化財として指定。
昭和47年から4年の歳月を掛けて、現在の場所に移設復原。
元は、300m程離れた、琴平町立歴史民俗資料館の場所にありました。
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昭和60年から、年1回、春に歌舞伎の興行が行われています。
2018年4月に「第34回 四国こんぴら歌舞伎大芝居」が行われました。瀬戸大橋開通30周年記念でもありました。(拡大してご覧ください)
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収容人員は2階席も含めて740名。内部は、全て見学できます。
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幅1,3m、長さ14mの花道も歩くことができます。天井からは「顔見世提灯」が下がっています。竹で編んだ格子状の天井は「ブドウ棚」と呼ばれ、花吹雪を散らすことができます。
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舞台の床下、奈落も見学できます。舞台中央には廻り舞台があり、人力で動かします。
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舞台の裏側には、たくさんの楽屋が並んでいます。
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開館時間は9:00〜17:00
年中無休
入場料 大人500円

平成15年に平成の大改修(耐震構造補強工事)が行われ、併せて調査中に発見された痕跡を検証。「ブドウ棚」と「かけすじ」(役者などが宙乗りするための装置)を復原。
より江戸時代の情緒あふれる姿に再現したそうです。

江戸時代中頃から、全国的に高まった金毘羅信仰。その歴史に思いを馳せることができる貴重な文化施設です。

「金刀比羅宮」の文化施設 ブログ「参道に俳人・小林一茶の句碑」「表書院の円山応挙の障壁画」もどうぞ。

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香川県琴平町「金刀比羅宮」参道に俳人・小林一茶の句碑

5月末に、四国の徳島県鳴門市の寺院に絵解きで招かれました。
少し足を延ばして「金刀比羅宮」(香川県仲多度郡琴平町)に参拝しました。

「一生に一度はこんぴらまいり」と言われたこんぴらさん。
参道の途中、大門から150m程続く石畳の道は、桜馬場と呼ばれています。
その途中に「宝物館」に続く脇道があります。(2018年6月2日撮影)
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その脇道の角に、俳人小林一茶の句碑がありました。
「おんひらひら蝶も金比羅参哉」(真蹟拡大・昭和38年建立)
寛政6年(1794)、当時32歳の一茶がこんぴら参りをした時の句です。
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続いて「宝物館」を見学しました。賑わう参道沿いに、立派な文化施設があるのはすごいことです。
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宝物館の入り口。4月1日〜9月1日「こんぴらさんのおもしろ展」開催中。
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長野県信濃町出身の俳人、小林一茶の句碑があるのは、長野にとって大きな誇りです。
寛政6年に、一茶は九州各地を巡り、四国へもわたりました。
「おんひら」は、「こんぴら」と掛けていて、いかにも一茶らしい句です。

「金刀比羅宮」の文化施設ブログ「旧金毘羅大芝居(金丸座)」「表書院の円山応挙の障壁画」もどうぞ。

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香川県琴平町「金刀比羅宮」表書院の円山応挙障壁画

5月末に、四国の徳島県鳴門市の寺院に絵解きで招かれました。
少し足を延ばして、香川県琴平町の「金刀比羅宮」に参拝しました。

「一生に一度はこんぴらまいり」と言われたこんぴらさん。
すばらしい文化施設がありました。

参道脇に建つ門は奥の建物、表書院の勝手口だったそうです。
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表書院」(重要文化財)は入母屋造、檜皮葺。万治年間(1658〜1660)の建築。かつて金刀比羅宮は金毘羅大権現という寺院でした。金毘羅大権現に奉仕する別当金光院が、参拝に訪れた人々との応接の場所として用いた客殿です。
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表書院内部の五間には、円山応挙による障壁画があり、建物と共に重要文化財。
鶴之間、虎之間、七賢之間、山水之間、上段之間などあって、見学できます。
特に有名なのが、「水呑みの虎」。親子の虎が向き合って仲良く水を飲んでいます。

建物の西側にある池泉鑑賞式庭園、林泉。江戸時代の作庭。
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庭園を見ながら、静かなひと時を過ごしました。
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「金刀比羅宮」の文化施設ブログ「旧金毘羅大芝居(金丸座)」「参道に俳人・小林一茶の句碑」もどうぞ。

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2018年06月04日

四国八十八ヶ所霊場 鳴門市1番霊山寺と2番極楽寺に参拝

5月31日(木)に、徳島県鳴門市の長谷寺に絵解きでお招きいただきました。
ブログ「5月31日 長谷寺(鳴門市)涅槃図修復報告会で絵解き

その折、弘法大師ゆかりの「四国八十八ヶ所霊場」に参拝しました。いずれも鳴門市にあります。
1番の「霊山寺」には、鳴門市の中心地からバスで向かいました。門前にバス停があります。
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同寺の本堂内。灯籠が見事です。
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1番の霊山寺から2番の極楽寺まで、歩いて参拝しました。(拡大してご覧ください)
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「ばんどう門前通り」と書かれています。趣のある道です。
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途中にある霊山寺の石柱門。「四国第一番」「霊場霊山寺」と書かれています。
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2番目の極楽寺の石柱門。「四国第二番」「霊場極楽寺」と書かれています。
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極楽寺」の門。やはり門前にバス停があります。
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石段を登ったところにある、同寺の本堂。
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1番から2番目までは徒歩で20分程でした。参拝した日は、平日の午前中で、小雨が降っていました。スタートの寺なので、大勢見えていると思いましたが、どちらの境内も静かでした。
平成27年に日本遺産となった四国をぐるっと一周する「四国八十八箇所霊場と遍路道」は、今後世界遺産登録を目指していくそうです。

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2018年06月03日

5月31日 長谷寺(鳴門市)涅槃図修復報告会で絵解き

5月31日(木)「長谷寺(ちょうこくじ)」(徳島県鳴門市撫養町)で涅槃図修復報告会があり、絵解きを行いました。同寺は真言宗で、創建は文明12年(1480)という古刹です。

同寺の「本堂」(左)で報告会は行われました。右は旧本堂だった「観音堂」。十一面観音をおまつりしています。その奥には「毘沙門堂」があります。江戸時代に3重の塔の計画があり、堂内にはその模型が置いてありました。
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境内中央にそびえる樹齢600年というイチョウは、鳴門市天然記念物。奥様のお話では、秋には銀杏もなるそうです。
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同寺では、寺宝の釈迦涅槃図を、2016年10月から1年半掛けて修復しました。
報告会には修復に寄進したお檀家の内、70名程の皆様が参集しました。

本尊の大日如来の前に涅槃図が掛けられて、会は2時から始まりました。
・代表総代の挨拶に続いて、長年に渡って総代を務めた方に感謝状を授与。
・熊谷祐信住職から、簡単に修復の経過報告。
・2時20分から、長谷寺涅槃図の特色などを「元興寺文化財研究所」の高橋平明氏が30分解説。
・「(株)文化財保存」の吉岡宏氏が文化財の修理の考え方を25分、同社の横堀篤代氏が修復作業の過程を20分解説。
最後に私が30分の絵解きを行いました。(涅槃図は縦226,5僉横144,3僉 嵒舛表装」形式)
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2時間15分もの長時間の行事でした。でも終わった後、間近で見ようと集まってきた熱心な皆様と、雀や猫を確認しました。長野の善光寺に参拝した方もいました。
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私にとっては、四国で絵解きを行うのは初めてのことでした。
前住職の小塩祐光師は長年、高野山の布教師を務めた方です。絵解きの後、「とても立派な説法でした」とねぎらいのお言葉をいただき恐縮しました。

また今まで修復の経緯や過程を、詳しくお聞きしたことはありませんでした。
専門家のお話は納得ができるものでした。今後、100年の修復まで大切に引き継いでいく気持ちを、皆様と共有することができました。
お招きいただいたご住職には、大変貴重な機会を与えていただきました。
また奥様やお檀家の皆様には、大変お世話になりました。

境内の裏山には西国三十三番霊場の石仏がまつられ、番外の善光寺は境内にありました。善光寺の本尊である一光三尊の石仏は、端正な美しいお顔でした。昭和2年3月に奉納されていて、女性のお名前がたくさん書かれていました。善光寺とのご縁がある同寺で絵解きを行うことができて、大変ありがたく嬉しく思いました。
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この日の模様は、翌日、地元の朝日新聞と徳島新聞に載りました。
また祐信住職はご自身のブログに「恵みの雨」の題で、その日のことを紹介されました。

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2018年05月20日

松本市で19日から全国公開の「モリのいる場所」を鑑賞

5月20日(日)「イオンシネマ松本」で、19日(土)から全国公開された『モリのいる場所』を鑑賞してきました。
長野市では、7月7日から「相生座」(権堂町)で上映されます。

電車で降り立った松本駅お城口。駅前は草間彌生さんカラーであふれていました。
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正面の大看板には、左に「PARCO」公園通り直進250M。右に「松本市美術館」駅前通り直進950M。
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看板の下には「イオンモール松本」「イオンシネマ松本」の案内。
「公共交通機関が便利。松本駅お城口2番乗り場からタウンスニーカー東コースで日ノ出町下車すぐ」
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草間彌生さんカラーのタウンスニーカーに乗り「秀峰学校前」で下車した「イオンシネマ松本」。
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『モリのいる場所』は、岐阜県中津川市出身の画家、熊谷守一(1880〜1977年)の日常を描いた映画です。沖田修一監督。
岐阜新聞には「山努さんが熱い思い語る」と初日舞台挨拶の模様が載りました。その中で沖田監督は「見たことのない映画の1本になったら嬉しい」とアピールしたそうです。

94歳の画家の一日をとらえた作品は、笑いあり、涙あり、感動ありで、予想を裏切らない面白さでした。確かにこれまで「見たことのない映画」と言えます。
熊谷夫妻の魅力が存分に伝わる映画を、長野市でまた見たいと思いました。

小説版『モリのいる場所』(小林雄次著・朝日文庫)を読んであった私は、その面白さを倍増して味うことができました。「イオンモール松本」の書店には、たくさん並んでいました。
著者、小林雄次のブログ」より。「小説は全17章。画家・熊谷守一(モリ)を取り巻く人間、生き物、無機物、さまざまな視点から、モリの日常を描き出しました。
庭に棲む<蟻>の視点から描かれるモリの冒険の章(四章)、映画でも独特の存在感を放つ<知らない男>の章(十五章)は、特にオススメです。」「映画と併せて、モリの世界をより深くご堪能ください」
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5月4日ブログ「モリのいる場所 7月7日〜相生座で上映
3月12日ブログ「映画公開、小説版発売を前に熊谷守一美術館を見学
3月12日ブログ「東京国立近代美術館で『没後40年熊谷守一展』を見学

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初夏の風物詩 上田市の千曲川の食文化「つけば」を体験

上田市の初夏の風物詩と言えば「千曲川のつけば漁」とお聞きしました。
地元、長野市にも以前はありましたが、今はなくなってしまったようです。

19日(土)、上田駅から10分程の千曲川沿いにあるつけば小屋「鯉西」に行きました。
つけば漁とは、江戸時代から続いている伝統的な漁法です。
つけばでは、川で捕まえたハヤ(ウグイ)を、その場で調理して出してくれます。

県外の方をお連れして、夕方、訪れた河原には大きな小屋が建てられていました。
中では、早くも宴会が行われていて、にぎわっていました。
単品料理もたくさんありましたが、コースの料理を注文しました。

次々に出てくる料理は、全てハヤのから揚げや塩焼き、てんぷらなど。
どれも焼き立て、作り立てで、おいしくて、県外の方にも「川魚がこんなにおいしいとは」と、大好評でした。

前日までは真夏日となるような暑さでしたが、この日は気温が下がり、寒いような日でした。風もありましたが、小屋の中は風も当たらず、透明のビニールの覆いもあって、寒さをしのげました。

何より、自然の中で、捕れたばかりの魚を食べる醍醐味を存分に味うことができました。初夏の風物詩として、大切に守っていきたい食文化だと思いました。
(拡大してご覧ください)
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2018年05月19日

重要文化財 上田市「笠原工業 旧常田館製糸場」を見学

19日(土)に「常田館製糸場」(上田市常田)を見学してきました。

明治33年(1900年)創業の現笠原工業の前身・笠原組常田館製糸場。
繭倉庫や撰繭場など、明治から大正時代にかけて建築された7棟が平成24年に国の重要文化財に指定されました。

明治38年(1905)の建築で、乾燥繭を保管した5階建ての木造の「繭倉庫」(重文)は国内随一の規模。
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建物の外に置かれた「せみ竿」。高い建物の修理などに使いました。
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せみ竿の先端についているのが「せみ」。
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繭倉庫内には急な階段があり、5階まで続いています。
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脇に建つ煙突とボイラー塔。
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大正15年(1926)の建築の「選繭場(せんけんじょう)」(重文)。
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選繭場前の桑の木。右から「しだれ桑」「3倍体」「臥竜」と書かれています。
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生糸生産は昭和59年(1979)で終了しましたが、構内には製糸場時代の15棟が現存。内7棟が国の重要文化財となりました。
笠原工業は、その一部を3月下旬〜11月末日まで公開。(10:00〜16:00)無料。
期間中無休で見学することができ、「蚕都上田」の歴史を知ることができます。

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2018年05月06日

東御市に雷電為右衛門の生家を訪ねて「力臼」を見学

5日(土)東御市にある「雷電為右衛門の生家」を訪ねました。

信濃国小県郡大石村(現・東御市)出身で、史上最強の力士といわれた大関の雷電為右衛門(1767〜1825)。身の丈6尺5寸(約197cm)体重は45貫(169kg)。
21年間の土俵人生は35場所、総取組数285回(当時は年間2場所)
254勝10敗、引き分け2、預り14、無勝負5.優勝相当成績は35場所中28回。
勝率9割6分2厘という成績。今なお破られぬ歴代最高記録。

先日、雷電の母親の家に伝わる臼が、雷電生家に寄贈されたとニュースで知りました。そこで再訪しました。
連休中で、道の駅「雷電くるみの里」は駐車場がないほどの大混雑でした。生家は訪れる人もおらず、ひっそりとしていました。

田んぼに囲まれた道路から入る、移設復元された雷電の生家。
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入った土間には、土俵があります。脇の部屋に臼は置かれていました。
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「雷電」「力臼」と書かれた臼。年季が入った小ぶりの臼でした。
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母親の実家では「太郎吉(雷伝の幼名)が遊びに来て餅を一臼食べた」と伝えられているそうです。
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現役を引退した翌年、文化9年(1812)9月、46歳の雷電は善光寺巡業に来ました。
引退後は年寄り格、雷電として弟子を連れて巡業に参加していました。
善光寺の堂庭(どうにわ)、今の仲見世の辺りで相撲は行われました。
その雷電の足跡が、伝説となって善光寺門前の武井神社(東町)に残っています。

かつて神社の東側を流れる鐘鋳(かない)川に架かっていた石橋。
大関の雷電が境内に運んだと言われ、「雷電の力石」と呼ばれています。
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2018年04月21日

長野の絵解きを広める会 23日 須坂市法然堂で絵解き

「長野の絵解きを広める会」の「春の信州 絵解き・絵伝の特別公開」。

23日(月)13時半から、須坂市上中町の法然堂で「孝子善之丞感得御絵伝」の絵解きが行われます。

上中町文化財保存会の主催です。
会場は、上中町公会堂(法然堂)須坂市上中町146
参加費 無料
絵解きを行うのは、「蔵の町すざか昔を語る会」の皆さんです。
2017年4月23日の絵解きの模様。
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私が上中町の皆さんに依頼されて制作した台本で、初めて絵解きをしたのは6年前でした。その台本を提供して、今では須坂の皆さんで行事を行っています。
2012年4月23日ブログ「本邦初公演 地獄極楽の絵解き

全国でも数本しかない大変珍しい絵伝です。どうぞ、皆様お出掛けください。

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2018年04月15日

須坂市「光明寺」で開基400年記念法会・式典・祝賀会

15日(日)須坂市野辺の「野辺山(やへんざん)光明寺」の開基400年記念法会がありました。長野郷土史研究会の小林一郎会長と、二人でお招きいただき参列しました。
同寺の歴代住職は、善光寺大勧進に勤め、善光寺聖として全国に出向いて絵解きを行い、善光寺信仰を広めてきました。現住職の天野義光師も、大勧進で絵解きを行っています。

同寺の入り口。記念行事に合わせて山門が新しく落慶して、本堂、境内の整備が行われました。左手の地蔵堂には、但唱上人作とされる雨乞い地蔵と子育て地蔵がまつられています。
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門には厨子にまつられた文殊菩薩像が納められ落慶法要が行われました。
近くの公会堂に参集した参加者は、行列で門をくぐり本堂に向かいました。
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開山は、江戸時代初期に米子の奇妙山で木喰行をしていた但唱(たんしょう)上人。
江戸中期の宝暦年間の建立と推定される本堂。
本尊は阿弥陀如来立像と勢至菩薩像と観音菩薩像。
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法要の前に本堂右奥の護摩堂で行われた、同寺の天野師による護摩法要。
左手奥には、諸国を巡った際、背負ったという「笈(おい)」があります。中には阿弥陀三尊がまつられています。
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護摩法要の後は、「龍泉寺」(栃木県足利市)住職の源田俊昭師が導師を務めて法要が行われました。

境内に2本あるしだれ桜の内1本は、見頃を迎えていました。
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法要が終了後、昼食をいただき、須坂光臨閣に移動して、記念式典、祝賀会が開催されました。
同寺の紹介、来賓の挨拶の前に、善光寺寿量院の奥様らによる御詠歌3曲が披露されました。2曲目では、地蔵菩薩のご和讃に合わせて、同寺の天野住職の語りが行われました。同寺の雨乞い地蔵にまつわるお話でした。
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祝賀会では私も、天野ご住職が行っている絵解きのことをお話ししました。
記念行事は、お檀家や地域の皆様が参集して盛大に行われました。
400年を迎えて新たなスタートラインに立った光明寺。益々、地域の拠り所となって、発展されることを願いながら会場を後にしました。

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2018年04月09日

信濃町「一茶記念館」でリリー・フランキーさん音声解説

一茶のふるさと・信濃町の「一茶記念館」で、3月29日からリリー・フランキーさん出演音声ガイド無料貸出が始まりました。
音声ガイド「一茶が語る一茶のものがたり

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映画「一茶」の主演を務めた、俳優リリー・フランキーさん。
その映画は、残念ながら製作会社の破綻などで公開の見通しは立っていません。

音声ガイドは、タブレット端末を使った最新式で、展示品の番号を入力すると音声が流れ、同時に端末の画面に解説が表示されます。
館内の22ヵ所と、同館周辺の俳諧寺、一茶の墓の24項目にガイドが付きました。
その音声ガイドの台本は、同館の渡辺洋学芸員が書いています。

タブレットは10台あり、無料で利用できます。
冬の間、通常営業されていなかった一茶記念館ですが、3月20日〜11月30日まで通常開館されています。最新式の音声ガイドで、多くの皆様に一茶の世界を味わっていただきたく思います。

なお明日10日は「長野郷土史研究会」の支部となっている「信濃町郷土史研究会」の今年度総会があり、本会の小林一郎会長が、来賓で伺います。

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2018年03月22日

頼朝の伝説が伝わる木更津市「海中山 善光寺」に参拝

3月21日(祝・水)に「木更津市郷土博物館金のすず」で「釈迦涅槃図」の絵解きを行いました。
その模様は3月21日ブログ「お彼岸の中日 木更津市郷土博物館金のすずで絵解き

当日は大雨でしたが、終了後タクシーで、同館から10分ほどの市内にある善光寺に向かいました。高台にあるお寺の入り口には「善光寺」と書かれた石柱が立っていました。

善光寺本堂。真言宗で、脇に「宗祖弘法大師千百五十年御恩己報恩塔」の標柱。
建久2年(1191)創建。本尊は後水尾天皇勅願48所如来のひとつ。
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本堂に掲げられた額。「海中山 善光寺」と書かれています。
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山号の「海中山」とは、源頼朝がこの寺に参拝したことに由来するのだそうです。
「石橋山の合戦に敗れ房総に逃れてきた頼朝が、浦賀水道で、ある梵鐘の音を聞き、先祖や一族の冥福を祈った。その後、千葉氏を頼って房総半島を北上する途中、その梵鐘が善光寺のものだと聞いて参詣したことから、山号が海中山になった」

頼朝が聞いたという伝説の梵鐘。今の鐘は戦後の再興だそうです。
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境内には鳥居があり、火伏・火災除けの愛宕大権現がまつられていました。
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タクシーは脇道を通って本堂まで行きましたが、本来の参道は長い石段を上がります。
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大雨の中でしたが、参拝することができました。
運転手さんが「善光寺さん」と、「さん」を付けて呼んでいました。
長野の善光寺も、地元から親しみを込めて「善光寺さん」と呼ばれていますが、ここ木更津でもそのように呼ばれているのを嬉しく思いました。

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2018年03月20日

善光寺門前を往来していた、江戸と加賀を結ぶ飛脚便

18日(日)に金沢に行ってきました。
一昨年、新幹線ができて長野からはぐっと近くなりました。新幹線の「かがやき」で、長野〜金沢間は1時間5分です。
でも江戸時代から、街道でつながっていた長野と金沢です。
善光寺参りの絵解きでも加賀百万石の大名行列や、飛脚の定期便の話をします。

今回は金沢城公園を中心に見学しました。
城の正面は大手門。現在、門はありませんが、ここから加賀百万石の大名行列が出入りしました。
大手門跡から見た町並み。
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大手門跡には、「大手堀」と呼ばれる堀があります。
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大手門に向かう途中には、立派な家が並んでいました。手前左には「旧中町」と書かれた石柱が立っています。
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大手門の前の通りを進むと、広い通りに出ます。これがかつての街道です。
そのあたりを「尾張町」と言いますが、尾張出身の前田利家が、尾張の商人などを連れてきてできた町だそうです。かつての街道沿いには、飛脚の詰所があったという場所がありました。

江戸と加賀を月3度往復した飛脚は、加賀からは「江戸三度」と呼ばれました。
また江戸からは「加賀三度」と呼ばれました。
その飛脚は、かつて善光寺門前も行き来していたのです。

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2018年01月20日

「長野灯明まつり」善光寺と行灯で結ばれる奈良井宿

善光寺と表参道一帯で「第15回 長野灯明まつり」が開催されます。
2月7日(水)〜12日(月)18:00〜21:00まで。
平成10年(1998)2月の長野冬季オリンピックを記念して、平成16年(2004)から始まった行事です。

善光寺本堂を始め、仁王門や山門などが五色にライトアップされる「ゆめ常夜灯」「宿坊ゆめ茶会」もあります。

また善光寺表参道に光のアートが並ぶ「ゆめ灯り絵」があります。
今年は初めて、「ゆめ灯り絵」約300基が、善光寺から奈良井宿へ舞台を移します。
長野灯明まつりin奈良井宿
2月13日(火)〜22日(木)毎日18:00〜21:00まで
点灯式 13日(火)18:00〜 奈良井宿観光案内所前

善光寺表参道の「ゆめ灯り絵」300基の行灯が並べられる奈良井宿。
木曽11宿の中で一番大きな宿場。重要伝統的建造物群指定。(1月18日撮影)
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江戸時代、江戸と京を結ぶ重要な街道だった中山道。
上方から善光寺に参拝するには、奈良井宿、贄川宿、本山宿、洗馬宿で善光寺街道に入り、善光寺を目指します。
この度、善光寺と奈良井宿が行灯で結ばれるのは、大変意義深いことです。

私は1月18日、奈良井宿観光案内所を訪れ、木鋪絵理佳さんにお話を伺いました。
奈良井宿の様子は、またブログで紹介します。

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2017年12月10日

国宝となる「専修寺」で記念講演会「伽藍の特色と価値」

このたび国宝となる、三重県津市一身田の「高田本山専修寺」。

10月20日ブログ「善光寺と深い関係のある専修寺、三重県初の国宝に指定

左が専修寺の本堂である「如来堂」で、寛延元年(1748)建立。右が宗祖親鸞聖人の木像を安置する「御影堂」。延宝7年(1679)の再建。2つの建物は渡り廊下でつながっています。
(10月27日撮影・朝のお勤めは如来堂で行われ、法話は御影堂で行われます。私は2度目ですが、心が洗われるような、厳かなひとときです)
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11月28日に「高田本山だより 111号外」が出されました。

国宝に指定答申されたニュースが流れた翌日には、それをお祝いするかのように御影堂、如来堂の上に虹がかかったそうです。

常磐井慈祥法主、安藤光淵宗務総長が、国宝指定となるお祝いのお言葉を書かれています。

また国宝答申記念の特別講演会が行われます。
平成30年1月9日(火)午後1時40分より
会場 御影堂
講演 「高田本山専修寺の伽藍の特色と価値」
講師 三重大学大学院 工学研究科教授
    専修寺御影堂・如来堂調査委員会委員長  菅原洋一先生 

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2017年11月16日

「 高山善光寺」リフォームして新スタイルの宿坊体験

11月8日付「日本文化体験を通して心身を整える新スタイルの宿坊体験を」の記事。

9月1日にグランドオープンしたという「TEMPLE HOTEL 高山善光寺」です。HPも、英語で対応しています。

「大幅なリフォームを経て、地域の人々や旅行者が気軽に立ち寄り、交流できる、開かれたお寺としてよみがえった」とあります。

全国善光寺会」の会員でもある「善光寺飛騨別院 高山善光寺」(岐阜県高山市)の新しい取り組みです。

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2017年11月10日

善光寺表参道で出会った埼玉県羽生市ジュニア親善大使

11月10日(金)、善光寺表参道界わいで出会った数名の小学生の一行。
どこから見えたのかお聞きしたら「羽生市ジュニア親善大使」のお名刺をいただきました。
埼玉県羽生市」の羽生市立新郷第一小学校の6年生でした。

セントラルスクゥエア付近を、善光寺から長野駅に向かう同校の皆さん。
グループごとの行動で、善光寺へ行ってきたとのこと。手にはお土産もありました。
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後で、ネットで調べたら、同校の5年生22人は林間学校で、6年生29人は修学旅行で、それぞれ親善大使として羽生をPRするのだそうです。

10日にお会いした6年生は、長野県に修学旅行に見えて、長野市、松本市、上田市の各市役所で、羽生市の魅力をプレゼンテーションする予定だとありました。

いただいた名刺の裏には、「世界キャラクターさみっとin羽生」。
今年で8回目の行事が、11月25日(土)、26日(日)に開催されるそうです。

お目に掛かった小学生は、すぐにお名刺を差し出してPRできました。
大変失礼ですが、実は私は、羽生市を知りませんでした。
今回、お名刺をいただいて知ることとなりました。

修学旅行先に、長野を選んでいただきありがとうございました。
皆さんは、立派に親善大使の役目を果たしていました。

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2017年10月28日

津市の専修寺で「三河スーパー絵解き座」絵解きライブ

26日(木)三重県津市一身田の「本山専修寺」で「三河スーパー絵解き座」による「仏教絵解きライブ in高田本山専修寺」が行われました。

同日、私は諏訪の法光寺で釈迦涅槃図の絵解きを行った後、夫と二人で夜の部に参加しようと向かいました。上諏訪〜塩尻〜名古屋〜近鉄に乗って津へ。津からはタクシーでした。上諏訪から専修寺まで3時間半でした。

当日は2部構成で行われ、昼の部は14:30〜、夜の部は17:30〜でした。
会場となった専修寺大講堂。私が参加した夜の部の開場は17:00でした。
畳の間には、椅子がぎっしり並べられていました。
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読経に続いて、最初の絵解きは、西尾市在住の松原紗蓮師(浄土宗鎮西派 浄名寺所属)による 「二河白道(にがびゃくどう)」でした。ご自身の体験を交えて30分、笑いや涙を誘う、見事な語りでした。
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2番目は、愛知県在住の左右田智世師(真宗大谷派順念寺)による 「釈迦涅槃図」。高座にあがって、節談説教風の絵解きは30分。プロジェクターを使って解説しながら語りました。迫力ある絵解きでした。
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最後は座長で、愛知県在住の梛野 明仁師(真宗大谷派本澄寺住職)による 「親鸞聖人絵伝」。最初に琵琶を弾きながら平家物語の冒頭と、宗歌を語りました。1幅目の「出家得度から吉水入室」を40分絵解きしました。右のプロジェクターには、絵の場面を拡大。左には現在の建物を映しました。操作はご自身がスマホで行いました。
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終了後、絵解きをされた皆様と記念撮影。皆様、私のことをご存知でした。
昼の部の3名の方は、左端が津市在住で「一光三尊仏絵伝」の絵解きの村上英俊師(真宗高田派潮音寺住職)、左から2番目が名古屋市在住で「熊野観心十界曼陀羅」の絵解きの桝田英伸師(浄土宗鎮西派三河貞照院所属)、右から3番目が愛知県在住で「釈迦如来絵伝」の絵解きの沓名 奈都子師(浄土真宗本願寺派 西光山萬行寺衆徒・東海教区布教団所属)。
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昼の部は立ち見が出るほどで約150名、夜の部は100名程が参加しました。
2005年の愛知万博からスタートした同会は、現在絵解きを実践する「座員」と、勉強に参加する「座友」によって構成され、約30名の皆様が毎月1回絵解き座例会を開催しています。
また今年2月には「大須演芸場」、5月には「岡崎城二の丸能楽堂」で絵解きを行ったそうです。迫力ある絵解きに圧倒された2時間でした。

ちょうど10月20日に本山専修寺が、三重県の建造物で初めて国宝に指定されることが報道されたばかりでした。まさにその吉報に合わせるかのような、絵解きライブとなりました。
10月20日ブログ「善光寺と深い関係がある専修寺 三重県初の国宝に指

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諏訪の法光寺「百万遍大数珠繰り」で釈迦涅槃図の絵解き

26日(木)「法光寺」(諏訪市)で「釈迦涅槃図」の絵解きを行いました。
雲ひとつない快晴で、お檀家の皆様が次々に参集されました。
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11時から法光寺の小口秀孝住職が導師で、「大本山百萬遍知恩寺」式衆会(京都)や、諏訪地区の浄土宗青年会の皆様による法要が行われました。
また平成30年4月に百萬遍知恩寺で行われる御忌法要に、法光寺の小口住職が導師となることが決まり、その伝達式が行われました。

続いて、本堂いっぱいに大数珠が置かれて、「百万遍大数珠繰り」が行われました。
続けるに従って「南無阿弥陀仏」と唱える声が、だんだん大きくなっていきました。
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同寺所蔵の大きな「釈迦涅槃図」(縦約4.5m、横約2.3m、江戸後期作)が掛けれて、11時40分から30分間、私が絵解きを行いました。同寺には何度もお招きいただいていますので、お檀家の皆様との掛け合いも息が合って、嬉しく思いました。
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終了後、ご住職が「これまで何度も聴いている方も、その時の置かれている状況で、絵解きの受け止め方も違うと思います」とおっしゃいました。
絵解きをする私も同じで、その都度違った思いで、お話ししています。

お昼は手作りのおこわや、煮物、漬物、みそ汁などが並び、おいしくいただきました。
午後は恒例の「津軽三味線と民謡の掛け合いを楽しむ」が行われました。

絵解きの普及にお力添えいただき、ご住職様、お檀家の皆様、大変お世話になりました。

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2017年10月22日

[全国の絵解き] 23日から「長岳寺」極楽地獄図の絵解き

全国で行われる絵解きのご案内です。
長岳寺」(奈良県天理市)で「大地獄絵」(極楽地獄図9幅)の開帳が行われ、随時、絵解きが行われます。

私たちは2011年に伺って拝聴しました。
2011年11月ブログ「奈良県天理市 長岳寺で地獄極楽図の絵解き
小林一郎のブログ「奈良県長岳寺の絵解き

長岳寺のご住職による極楽地獄図の絵解き。(写真は2011年11月26日撮影)
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長岳寺(奈良県天理市)の大地獄絵の開帳。
10月23日(月)〜11月30日(木)
長岳寺本堂
住職の現代風絵解き「閻魔の嘆き」「六道思想を現代に問う」が行われます。

同寺では、「境内1万2千坪に亙って、紅葉の錦が美しく彩ります」と宣伝しています。
毎年、この時期に行われる定例の行事です。

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2017年10月21日

[全国の絵解き] 26日「専修寺」で仏教絵解きライブ

全国で行われる絵解きのご案内です。

このたび「専修寺」(三重県津市)は、建造物としては三重県ではじめて国宝となります。その専修寺で「三河スーパー絵解き座」による「仏教絵解きライブ in高田本山専修寺」が行われます。
(拡大してご覧ください)
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期日 10月26日(木)
昼の部 14:30〜
夜の部 17:30〜
前売り券 1000円
当日券  1200円
会場 専修寺 大講堂
演目
昼の部 
14:30〜 沓名 奈都子
「釈迦如来絵伝」
15:05〜 村上 英俊 
「一光三尊佛絵伝」
15:40〜 桝田 英伸 
「熊野観心十界曼陀羅」
夜の部 
17:30〜 松原 紗蓮
「二河白道」
18:05〜 左右田 智世
「釈迦涅槃図」
18:40〜 梛野 明仁 
「親鸞聖人絵伝」

これまでに私が拝聴した、専修寺の村上英俊師の絵解きです。
村上師は何度も長野へお越しになり、私たちの絵解きをお聴きいただいています。
2015年6月「浅草本願寺で善光寺如来御分身の絵解きを拝聴
2016年3月30日「17年に1度の御開扉で一光三尊仏の絵解き

三河スーパー絵解き座座長の梛野 明仁師の絵解きもお聴きしました。
2016年10月9日「安城市歴史博物館で聖徳太子絵伝10幅の模写完成記念
(写真は12016年10月 安城市歴史博物館で梛野師の聖徳太子絵伝の絵解き)
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2017年10月20日

善光寺と深い関係のある「専修寺」三重県初の国宝に指定

10月20日、文化審議会は「国宝・重要文化財(建造物)の指定について」を答申しました。
それによると、重要文化財だった「本山専修寺」(三重県津市)の「御影堂」と「如来堂」が国宝となる予定です。三重県では、建造物として初めての国宝となります。

本寺 専修寺」は栃木県真岡市にあり、そのご本尊は、親鸞聖人が善光寺からお移しした一光三尊阿弥陀如来像です。昨年、その仏像が「本山専修寺」(津市)に移されて御開扉が行われ、私は夫と参拝しました。その折、同寺の第25世法主の常磐井慈祥猊下ご夫妻にお目通りをさせていただきました。
2016年4月「17年に1度の御開扉 真宗高田派専修寺に参拝

専修寺の御影堂。延宝7年(1679)の再建。宗祖親鸞聖人の木像を安置。
内部は華麗な装飾で、畳の数は739枚。御開扉された一光三尊仏は、このお堂にまつられました。(写真はいずれも2016年4月に撮影)
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専修寺の如来堂。寛延元年(1748)建立。同寺の本堂で、本尊の阿弥陀如来立像を安置しています。昭和58年(1983)から7年半の歳月をかけて大修理工事を実施。平成2年(1990)に修繕工事が完成。
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「本山専修寺」(三重県津市)と「本寺専修寺」(栃木県真岡市)は、いずれも「全国善光寺会」の会員です。なお本寺専修寺の御影堂と如来堂も重要文化財の立派な建物です。
信州善光寺と深い関係のある「本山専修寺」の国宝指定は、大変喜ばしく嬉しいことです。心からお祝いを申し上げます。

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