寺社・史跡

2018年01月21日

西宮神社の初えびす 20日午前中で終了した「お種銭」

1月19日(金)、20日(土)は「西宮神社」(長野市岩石町)の「初えびす」でした。
両日お天気に恵まれて、恒例の「お種銭貸し出し」には大勢の参拝者がありました。ひとりで何体も受け取る方がいて、各人の住所、氏名を記帳をするので時間が掛かります。

1月19日ブログ「19日 西宮神社 お種銭貸し出しに長蛇の列

1月20日(土)お昼前には「お種銭貸し出し」が終了しました。
最後の方は、「おひとり2体までにしてください」と制限があったそうです。
境内から続く行列。最後尾は善光寺下から仁王門に向かう道路まで続いたそうです。
(1月20日10時半頃、小林竜太郎撮影)
CIMG4562

お種銭貸し出し所で、巫女さんからお種銭を受ける人々。
CIMG4571

今年は晴れて気温も高く、20日の最低気温はー3,3度、最高気温9,1度。
また19日(金)にNHK長野を始め、民放各社がニュースで放送しました。
20日の信濃毎日新聞、長野市民新聞にも載って、紹介されました。

大勢の参拝者が訪れて賑わった、一年の商売繁盛を祈る初えびす。
遠くから見えてお種銭を受け取れなかった方が出たのは残念でした。

naganoetokino1 at 13:56|PermalinkComments(0)

2018年01月19日

19日 西宮神社の「お種銭貸し出し」に長蛇の列

1月19日(金)、20日(土)は「西宮神社」(長野市岩石町)の「初えびす」です。
19日に参拝すると、福運を授かる「お種銭貸し出し」に長い列ができていました。

神社の外の道路(旧北国街道)まで並んだ参拝者。右手のカーブミラーに、その先の行列が映っています。(1月19日10時50分頃撮影)
KIMG0957 (2)

門前には、だるまや縁起物を売る露店が並びます。奥が神社の鳥居。
KIMG0959 (2)


NHK長野の動画ニュース「お種銭で商売繁盛 初えびす祭
同番組によると、午前10時の「お種銭貸し出し」に、早い方は7時20分頃から並んだそうです。お種銭は5千体用意したとのこと。

TSBテレビ信州動画ニュース「商売繁盛願い 恒例の初えびす祭
同番組によると、10時の開始から1時間以上たっても、100人以上の行列だったとのこと。

NBS長野放送動画ニュース「西宮神社初えびす 商売繁盛願ってお種銭

この他、「INC長野ケーブルテレビ」の「INCながのニュース」でも「西宮神社初えびす お種銭の貸し出し」がトップで放送されました。

20日(土)の「お種銭貸し出し」は朝7時から。お種銭がなくなるまでです。
また「福くじ」は午前7時〜正午まで、先着2千人に進呈。福だるまやえびす札などが当たります。20日も早朝から多くの参拝者で賑わいます。

naganoetokino1 at 21:35|PermalinkComments(0)

2018年01月18日

19日・20日 初えびすに福運を授かる「お種銭」

1月19日(金)、20日(土)は「西宮神社」(長野市岩石町)の「初えびす」です。
恒例の「お種銭貸し出し」が行われ、順番を待つ長い列ができます。
2017年1月19日ブログ「西宮神社の初えびすでお受けしたお種銭

西宮神社のお種銭貸し出しに並ぶ大勢の参拝者。(2014年1月19日)
bf4ce9bc

「お種銭貸出し」
19日(金)午前10時〜午後8時
20日(土)午前7時〜お種銭がなくなるまで。
「福くじ」
20日(金)午前7時〜正午 先着2千人に進呈
福だるまやえびす札などが当たる。

また篠ノ井布施高田の「西之宮神社初恵比寿講」でも「お種銭の貸付」が行われます。
お種銭取り扱いや、御札・縁起物のダルマ・甘酒・福飴などの販売。
会場 西之宮神社(長野市篠ノ井芝沢・長野商工会議所篠ノ井支所となり)
縁起物などの販売や、御種銭の取扱いは、公園横の商工会議所篠ノ井支所1Fホールにて実施。
19日(金)午後6時〜10時の4時間
20日(土)午前8時〜10時の2時間

年の初めに参拝して、お種銭で福運を授かりましょう。

naganoetokino1 at 21:05|PermalinkComments(0)

2018年01月10日

「やわたの八幡さま」武水別神社に初詣

8日(祝・月)に千曲市の「武水別(たけみずわけ)神社」に参拝しました。
「やわたの八幡さま」と呼ばれて親しまれています。

境内にはケヤキ・スギなどがあり、「武水別神社社叢」として長野県指定天然記念物に指定されています。
KIMG0873

本殿」は、諏訪出身の立川和四郎・富昌(2代目)によって嘉永3年(1850年)に完成。
手前の「拝殿」は立川和四郎の後見の下、峰村弥五郎によって安政3年(1856年)に完成。家族連れの参拝者が、次々に訪れていました。
KIMG0877

摂社 高良社」は室町後期の建築。昭和50年県宝の指定。平成5年解体復元工事を行い、創建当時の姿に修復。平成6年には保存のための覆屋も竣工。
KIMG0891

境内の茶店「うづらや」は200年の歴史があり、7代目。
KIMG0889 (1)

名物のうづら餅は、本殿を造った際に、神社の近くの千曲川に群れ遊んでいたうずらを、立川和四郎富昌が彫刻に使ったといういわれがあります。
KIMG0895

昨年2017年9月の火災で、神社と道路をはさむ「武水別神社神主松田家館跡」(県史跡)の主屋や斎館など5棟が全焼しました。千曲市は平成30年度の一般公開に向けて、17年から保存整備事業を進めていました。
神社では、斎館の寄付を募っていました。


naganoetokino1 at 15:56|PermalinkComments(0)

2018年01月07日

初詣に善光寺門前の神社にも参拝

私は善光寺に初詣の折に、近くの神社にも参拝します。

東町の武井神社は、善光寺三鎮守のひとつ。拝殿の前に御柱が建っています。
KIMG0824

岩石町の「西宮神社」は、善光寺七福神のひとつ、恵比寿様をまつっています。
KIMG0825

箱清水の「湯福神社」は、善光寺三鎮守のひとつ。
拝殿前のケヤキは長野市の天然記念物となっています。
KIMG0812

善光寺に参拝の折には、是非、近くの神社にもお参りください。

naganoetokino1 at 08:17|PermalinkComments(0)

2018年01月06日

「いいね!信州スゴヂカラ」南石堂町商店街と絵解き

6日(土)午前11時から「長野朝日放送」が放送した「いいね!信州スゴヂカラ
今回は「善光寺参道の玄関口 南石堂町ぶらり」でした。

訪れたのは、南石堂町商店街の「山口金物店」「ゼニヤ時計店」、ラーメン店の「るるも」、和菓子の「朝日堂」。

「石堂町」の名前の由来を知るために訪れたのは、「かるかや山西光寺」。
竹澤環江氏の絵解き「刈萱道心と石童丸」で、同寺と町名のいわれをお聴きしました。
環江氏は「石堂町」の名前は「石童丸」から付いたと説明しました。

この番組は、来週13日(土)の放送終了(11:30)まで「ネットでまるごと配信」されています。
全国の皆様、どうぞご覧ください。

naganoetokino1 at 20:40|PermalinkComments(0)

2017年12月25日

かるかや山西光寺でお若い皆さんと絵解き・紙芝居を拝聴

25日の午後、北石堂町の「かるかや山西光寺」に伺いました。
県外から見えて善光寺の門前でお仕事をされている4名の皆さんと一緒に、予約をして絵解きをお聴きしました。

植木を守る「雪囲い」がされた境内。長野はまだ積もるような雪は降っていません。
同寺を開いたという刈萱道心と、その子石童丸の親子対面の銅像があります。
竹澤環江氏に迎えていただき、境内をご案内していただきました。
CIMG4450

その後、本堂で「刈萱道心と石堂丸御親子絵伝」の絵解きを拝聴しました。
その前に、お寺のいわれを分かりやすく伝える紙芝居を上演していただきました。
KIMG0787

絵解きの後、絵伝が描かれた年代や、絵の順番など、次々に質問が出ました。
ケースに入った宝物も拝観しました。
KIMG0790

その後、場所を移して、十王像と六道地獄図の絵解きも拝聴しました。
お若い皆さんは感想や感情を表現したりして、環江氏とやり取りしながら絵解きは進みました。一緒にお聴きした私も新しい発見があって、絵解きの楽しさを存分に味わうことができました。
素晴らしい絵解きをしていただいた環江さん、熱心にお聴きいたいた皆さんと共に、貴重なひとときを過ごすことができました。

naganoetokino1 at 22:00|PermalinkComments(0)

2017年12月24日

年末年始に参拝を呼び掛ける「秋葉神社」「菊屋稲荷」

アーケード通りにある秋葉神社(権堂町)。越年、元旦祭の案内が掲示してありました。
DSC02552

0時から先着500名に、福みかん進呈と書いてあります。
DSC02582

長野市役所第2庁舎脇の菊屋稲荷(緑町)。講の皆さんが、初午や秋祭りを行っています。年末年始にも、参拝を呼び掛けています。
4cf66af9

12月31日(日)23時〜年末祭、1月1日(月)0時〜2時元旦祭
福銭・福みかん 暖かい振る舞い きのこ入りとん汁
(地図は拡大してご覧ください)
DSC02616

naganoetokino1 at 15:18|PermalinkComments(0)

2017年12月21日

美和神社(三輪)越年式で百の神様に膳を捧げる百膳盛

各地で年末年始の準備が進んでいます。

16日(土)美和神社(三輪8丁目)で恒例の「越年式」が行われました。
美和神社の三輪鳥居(三ツ鳥居)。長野電鉄本郷駅の脇にあり、鳥居は線路に向いています。
7美和神社鳥居

同神社の拝殿。
6美和神社拝殿

「長野市民新聞」によると、次の通り。
近隣7区の氏子総代や区長ら約50人が参列。
新年を迎える「百膳盛(ひゃくぜんもり)の儀」などを執り行いました。

「百膳盛」とは1年間の感謝を込めて、境内北側にある約100カ所の石の祠「百社」に膳を奉納します。宮司が祝詞を上げる中、米や魚、野菜などを椀に盛り付けます。膳に椀を5つ並べて、氏子総代らが手渡しで、祭壇に捧げます。

美和神社は、善光寺四十九霊地の内、七社のひとつです。
境内には、「縁結比乃大神」があります。「縁結びの神」です。(右が拝殿)
DSC02556 (2)

背後から見ると、根本は2本の大木が、一緒になって1本になっています。
DSC02562


naganoetokino1 at 23:02|PermalinkComments(0)

権堂町の秋葉神社拝殿 新年に向けて大しめ縄を奉納

各地で年末年始の準備が進んでいます。
「信濃毎日新聞」夕刊によると、善光寺では、21日(木)、年末年始に善光寺如来に供える餅をつく「お供えつき」がありました。そのついた餅で、23日深夜から24日未明にかけて如来が年を越す秘儀「御越年式」で使う「おからこ」も作りました。
お供えは5段重ねにして本堂に供えます。
餅を小さく丸めた「おからこ」は150個作り、御越年式で境内の四方に供えます。

権堂町のイトーヨーカドー長野店脇の秋葉神社。
DSC02553 (2)

同神社の拝殿。DSC02552

拝殿には新しい大しめ縄が掛けられています。
大しめ縄は9日、氏子約60人で作って奉納しました。(以下「長野市民新聞」より)
DSC02551 (2)

同神社では、平成17年(2005)から、「若穂万年嶌神社七五三(しめなわ)講」のメンバーに手伝ってもらってしめ縄を作ってきました。
今年はメンバーに手伝ってもらう最後の年でした。
朝9時頃から制作を開始。長さ6,3mのしめ縄3本を作った後、より合わせて直径45僉長さ5,6mの大しめ縄に仕上げました。
正午過ぎに、塩と酒で清めて拝殿に掲げました。
権堂町では、来年からは地元住民で力を合わせて作るそうです。

naganoetokino1 at 22:27|PermalinkComments(0)

2017年12月12日

広徳寺で南禅寺 大明国師・南院国師顕彰第18回定期集会

12月12日(火)「広徳寺」(長野市保科)で、「大明国師南院国師顕彰 第18回定期集会」と法要が開行われ、長野郷土史研究会の小林一郎会長と9時15分に伺いました。
平成12年(2000)第1回の設立総会で講演したのは、長野郷土史研究会の前会長の小林計一郎でした。

広徳寺の入り口。顕彰碑は右手にあります。
DSC02534 (2)

12月12日は京都の南禅寺の開山、大明国師が遷化された日です。
同師は長野市保科の出身で、平成2年(1990)、七百年大遠忌に合わせて、南禅寺は広徳寺に顕彰碑を建てました。また第2世の南院国師も長野市長池の出身です。平成23年(2011)の七百年大遠忌に、大明国師の碑の傍らに顕彰碑を建てました。
DSC02536 (2)

同寺の本堂。朝方わずかに雪が舞った程度でした。
DSC02539 (2)

法要前に本堂で定期集会。事務局を務める広徳寺の宮澤住職が議事を行いました。大明国師の碑が建った平成2年(1990)から30年後となる2020年には、30周年の行事を行いたいと話しました。
続いて本堂で、南禅寺から見えた虎山財務部長、児島総務部長、少林信徒部長、大神総務部部員によって法要が行われました。

外に出て、門前の顕彰碑前で、回向が行われました。
(左奥が大明国師の顕彰碑。中央が南院国師顕彰碑)
DSC02541

一般の参列者も焼香を行いました。
DSC02540


法要後は本堂で講話「中世の保科の歴史」を、堀邦二氏(保科誌刊行会編纂委員長)が語りました。「一人が始めなかければ何もできない」と始めて、7年の歳月を掛けて作りあげた『保科誌』。堀氏は「文科系、理科系に関わりなく、広い視点で関心を持ってもらいたい」と話しました。プロジェクターを使って詳しく解説しました。
DSC02543


続いて少林(わかばやし)信徒部長の講話。
10月1日新任という島根県出身の同師は、長野県に見えるのが初めてとのこと。
「雄大で凛々しい山並みを見て、開山はこんな地に育ったのだと感じた」と話しました。また観無量寿経の「九品」について解説。「品」は各人の中にある「仏性」にも通じる。自分の内にある「品」を意識して生きる。それを日々生かしていく。過去を顧みて悩むより今を一生懸命生きることが大事である、と語りました。
大明国師の御遺言である「不離当処」(一時一処に悔いなく生きよ)を紹介しました。
南禅寺の中村文峰管長猊下の御染筆によるその言葉は、同寺に授与されて本堂に掛けられています。また地元の若穂中学にも授与されて、掲げられています。
DSC02544

その後、庫裏でお斎(懇親会)が行われました。
出張料理の「加茂川」(南千歳町)の見事な日本料理が並びました。
DSC02545 (2)

北信流が行われ、南禅寺の皆様に地元から御盃がありました。
南禅寺の皆様は、14時半頃、京都に向けて車でお帰りになりました。
長野の最低気温は−1,2度。最高気温は3,7度と上がりませんでした。京都よりも寒いと感じられたようでした。

naganoetokino1 at 20:48|PermalinkComments(0)

2017年11月19日

19日 宵えびすで賑わう善光寺門前の「西宮神社」

善光寺門前の「西宮神社」(岩石町)で「えびす講祭」が、11月18日(土)から20日(月)まで行われます。

18日(土)善光寺で絵解きを行った後に、参拝した西宮神社。さわやかな境内でした。
我が家では恒例の、熊手に「開運御守」の付いた縁起物を受けてきました。
DSC02451

えびす講は長野の初冬の風物詩でもあります。
19日の夜は宵えびすで、だるまや縁起物を売る露店が並んで賑わいます。

合わせて同社では、3日間、恒例の「江戸里神楽奉納」もあります。
いずれも午前11時半〜と15時〜の2回。
奉納するのは、松本源之助社中(国の重要無形民俗文化財指定)です。
どなたでも、外から拝観することができます。

明治32年、「えびす講」に合わせて始まった 「第112回 長野えびす講煙火大会」は、11月23日(勤労感謝の日)に開催されます。

naganoetokino1 at 10:07|PermalinkComments(0)

2017年10月20日

善光寺と深い関係のある「専修寺」三重県初の国宝に指定

10月20日、文化審議会は「国宝・重要文化財(建造物)の指定について」を答申しました。
それによると、重要文化財だった「本山専修寺」(三重県津市)の「御影堂」と「如来堂」が国宝となる予定です。三重県では、建造物として初めての国宝となります。

本寺 専修寺」は栃木県真岡市にあり、そのご本尊は、親鸞聖人が善光寺からお移しした一光三尊阿弥陀如来像です。昨年、その仏像が「本山専修寺」(津市)に移されて御開扉が行われ、私は夫と参拝しました。その折、同寺の第25世法主の常磐井慈祥猊下ご夫妻にお目通りをさせていただきました。
2016年4月「17年に1度の御開扉 真宗高田派専修寺に参拝

専修寺の御影堂。延宝7年(1679)の再建。宗祖親鸞聖人の木像を安置。
内部は華麗な装飾で、畳の数は739枚。御開扉された一光三尊仏は、このお堂にまつられました。(写真はいずれも2016年4月に撮影)
b8d555e6


専修寺の如来堂。寛延元年(1748)建立。同寺の本堂で、本尊の阿弥陀如来立像を安置しています。昭和58年(1983)から7年半の歳月をかけて大修理工事を実施。平成2年(1990)に修繕工事が完成。
5a60fd9a


「本山専修寺」(三重県津市)と「本寺専修寺」(栃木県真岡市)は、いずれも「全国善光寺会」の会員です。なお本寺専修寺の御影堂と如来堂も重要文化財の立派な建物です。
信州善光寺と深い関係のある「本山専修寺」の国宝指定は、大変喜ばしく嬉しいことです。心からお祝いを申し上げます。

naganoetokino1 at 23:00|PermalinkComments(0)

2017年10月11日

京都東山 善光寺仏がまつられた方広寺と豊国神社に参拝

5日(木)浄福寺(京都西陣)の絵解きを拝聴するために京都に行きました。
京都西陣の浄福寺で釈迦如来像開帳と、釈迦涅槃図絵解き

その折、6日「方広寺」(京都市東山区茶屋町)に参拝しました。
ご住職様がお留守でしたので、この日、本堂内は参拝できませんでした。
DSC02102 (2)

同寺は、豊臣秀吉が創建した天台宗の寺院です。
大仏殿には6丈の木造大仏が安置され、秀吉の権勢を示していました。

その後、慶長元年(1596)の大地震で大仏は倒壊しました。
秀吉は、大きな大仏でも壊れてしまってはだめだと考えます。
そこで武田信玄が甲斐善光寺にまつった善光寺の本尊を、方広寺に移して安置。
慶長3年(1598)死去の前日に、秀吉は善光寺に本尊を戻しました。

慶長4年(1599)再度金銅仏を本尊として再建。しかし工期中に出火。
慶長14年(1609)秀吉の子秀頼は、徳川家康の勧めで金銅仏と大鐘を鋳造。
DSC02097

その梵鐘の銘に「国家安康」「君臣豊楽」の文字があり、家康に追及されて大阪の陣の発端となりました。
言葉を白く囲ってあります。(拡大してご覧ください)
DSC02101 (3)

その後、寛文2年(1662)地震で大仏が大破。寛文10年(1798)落雷で大仏殿も焼失。当初のもので残っているのは、大仏殿の石檀と鐘(重要文化財)です。

方広寺大仏殿跡に建つ「豊国神社」は豊臣秀吉をまつっています。
慶長4年(1599)秀吉の墓所として創建された豊国廟が、徳川氏によって破壊。
明治13年(1880)現在地に移されて再興されました。
DSC02104 (2)

豪華な唐門は伏見城の遺構。桃山建築の特色を表していて国宝。
DSC02108 (2)

DSC02111 (3)

彫刻が見事な門には「豊国大明神」と書かれています。
DSC02105 (3)

門の脇には、たくさんの草履の形の絵馬があげられています。
DSC02107

こちらは、ひょうたんの絵馬。
DSC02106

境内には宝物館もあり、見学しました。馬印のひょうたんも展示されていました。
DSC02113 (2)

この後、すぐ隣に建つ京都国立博物館で国宝展を見学してきました。
ブログ「開館120周年 特別展覧会『国宝』を見学

京都は日本ばかりか世界各地から観光客が押し寄せています。でも訪れる場所は、ほとんど決まっています。
私は今回、善光寺に関係する2寺院(泉涌寺塔頭の新善光寺、方広寺)を参拝することができました。
ブログ「京都東山 御寺泉涌寺 塔頭のひとつ 新善光寺に参拝

naganoetokino1 at 21:44|PermalinkComments(0)

2017年10月09日

京都東山「御寺 泉涌寺」別格本山「雲龍院」に参拝

5日(木)浄福寺(京都西陣)の絵解きを拝聴するために京都に行きました。
京都西陣の浄福寺で釈迦如来像開帳と、釈迦涅槃図絵解き

その折、6日に「御寺 泉涌寺」(京都市東山区泉涌寺山内町)に参拝しました。皇室の菩提寺のため「御寺(みてら)」と付きます。
同寺の塔頭のひとつに、真言宗 泉涌寺派 別格本山の「雲龍院」があります。門から入ると奥に書院があり、拝観受付があります。(拝観料400円、お抹茶付き900円)
DSC02065 (2)

本堂の「龍華殿」(重要文化財)の本尊は薬師三尊(薬師如来・日光菩薩・月光菩薩)。廊下づたいに巡っていくと、本堂内では女性が数名、静かに写経をしていました。
DSC02080

庭園を囲む書院の各部屋は、自由にくつろぐことができます。
KIMG0567

「悟りの間」にある「悟りの窓」。訪れるたびに風景が変化するそうです。
DSC02083 (3)

その部屋で、お抹茶をいただきました。各自、好きな部屋を選ぶことができます。
私は、「悟りの窓」の景色を楽しみながらお茶をいただきました。
KIMG0587

雪見障子の四角いガラスから違った絵(左から椿、灯籠、楓、松)を眺めることができるという「蓮華の間」。
DSC02070 (3)

徳川慶喜が寄進したと伝えられる灯籠。
DSC02072

「勅使門」は、皇族が見えた時に使われる専用の門です。
DSC02076

女性だけでなく、男性がひとりで訪れて、静かに庭園を眺めている姿がありました。
格式がありながら、誰でも広く受け入れてくださるような雰囲気が人気を集めているようです。

ブログ「御寺泉涌寺 参拝」「「新善光寺 参拝」もご覧ください。

naganoetokino1 at 08:39|PermalinkComments(0)

2017年10月08日

京都市東山の皇室の菩提所「御寺(みてら)泉涌寺」参拝

5日(木)浄福寺(京都西陣)の絵解きを拝聴するために京都に行きました。
京都西陣の浄福寺で釈迦如来像開帳と、釈迦涅槃図絵解き

その折、6日に「御寺 泉涌寺」(京都市東山区泉涌寺山内町)に参拝しました。皇室の菩提寺のため「御寺(みてら)」と付きます。真言宗 泉涌寺派の総本山で、末寺は全国に65ヶ寺あります。

参道は坂道で、途中にあるのが総門です。車が勢いよく通り抜けていきます。
門をくぐると、左右に「山内寺院」が9ヶ寺あります。
DSC02017

大きな駐車場の前に建つ大門(重要文化財)。標柱にも「御寺 泉涌寺」と書かれています。入ると右手に受付があり、伽藍拝観料を払います。(大人500円)
DSC02039 (3)

仏殿」(重要文化財)は、寛文8年(1668)に徳川家綱によって再建。
内陣には、伝運慶作の三世仏(阿弥陀・釈迦・弥勒)を安置。
天井には狩野探幽筆の幡竜龍図、三世仏の背景には白衣観音像が描かれています。
毎年3月14日〜16日、大涅槃図(縦16m・横8m・重さ100貫)が公開されます。
DSC02044 (2)

仏殿の奥にある「舎利殿」(京都府指定文化財)。謡曲『舎利』の舞台として有名。
12年に1度、辰年にのみ特別公開されています。
ちょうど10月6日は満月で、夜7時半から「舎利殿能」が開催されました。
内部も公開していて、参拝できました。
「京都新聞」の「謡曲『舎利』、舞台の地で上演
DSC02051 (2)

明治17年、明治天皇によって再建された非公開の「霊明殿」。
天智天皇以来の歴代天皇の御尊牌がまつられています。
DSC02056

寺の名前の起源となった名水が今も湧き出ていて、それを覆う屋形は仏殿と同じく寛文年間の建物です。「泉湧水屋形」(京都府指定文化財)。DSC02059 (2)

境内には「楊貴妃観音像」(重要文化財)をまつるお堂があり、美しい像を間近で拝観できます。また「宝物館 心照殿」では、年間を通して公開展示が行われています。

ブログ「新善光寺 参拝」もご覧ください。

naganoetokino1 at 22:23|PermalinkComments(0)

京都東山「御寺 泉涌寺」塔頭のひとつ「新善光寺」参拝

5日(木)浄福寺(京都西陣)の絵解きを拝聴するために京都に行きました。
京都西陣の浄福寺で釈迦如来像開帳と、釈迦涅槃図絵解き

その折、6日に「御寺 泉涌寺」(京都市東山区泉涌寺山内町)に参拝しました。皇室の菩提寺のため「御寺(みてら)」と付きます。
同寺の塔頭のひとつに、真言宗の「新善光寺」があります。

泉涌寺へ向かう参道入り口の門。車道となっていて、団体バスなども通ります。
DSC02017

右方向が泉涌寺。坂道を上っていく参道に建つ標柱。この奥に新善光寺の門が見えます。標柱には「後嵯峨院勅願道場 新善光寺」と書かれています。停車している車の手前を左に入ると、「泉山幼稚園」があります。
DSC02022

門の脇に建つ「泉涌寺塔頭 新善光寺」の標柱と「歴史的風土特別保存地区」の標柱。
DSC02025

門を入ると正面にある新善光寺の本堂。
同寺は、鎌倉時代中期、寛元元年(1243)後嵯峨天皇の帰依を受けて僧・値願念西が勧進。信濃善光寺の阿弥陀如来の模像を本尊に建立された寺。もとの場所は上京区一条北で、応仁の乱で焼失した後、文明5年(1473)に泉涌寺山内に移建。 現在の場所に落ち着いたのは寛文年中です。
DSC02028

本堂脇に建つ大方丈は300年を経て、昭和42年修理。
狩野派一派の絵師による墨画の襖絵56枚があります。
DSC02037 (2)

境内に建つ「愛染明王」をまつるお堂。
DSC02033

錦鯉が泳ぐ境内の池。
DSC02036

6日の京都は、朝から雨が降り出し、池の水面にも、雨粒の輪ができ始めました。
2500坪という新善光寺の境内は、静まりかえっていました。

naganoetokino1 at 09:18|PermalinkComments(0)

2017年08月18日

花岡平 東山魁夷画伯の墓所と絶筆「夕星」の舞台

17日に訪れた「花岡平 霊山寺の謙信物見の岩・岩井堂観音・一盃清水」。

善光寺裏手の花岡平には、東山魁夷画伯の墓所と、作品にまつわる風景があります。

霊山寺」の入り口にある「東山魁夷画伯絶筆の舞台」の立て札。
画伯が最後に描いた「夕星」(1999年作)は、霊山寺本堂裏の杉の木と大峰・地附山の稜線を元に完成されました」と書かれています。
DSC01700 (2)

本堂裏から見た3本の杉の木。
DSC01747 (3)

2007年12月撮影。杉の木は、当時6本ありました。
89801cfa-s

この霊山寺の下に、善光寺大本願花岡平霊園があります。
霊園の入り口に「東山魁夷画伯墓所」があります。
お墓に手を合わせると、墓所の向こうに杉の木が見えます。(
KIMG0117

墓石の右脇には、文箱の形の石に刻まれた「自然は心の鏡 魁夷」のモニュメント。
KIMG0118

東山魁夷館」は、5月31日から改修のため休館となっています。隣接する「長野県信濃美術館」は10月1日(日)から休館となります。

平成11年(1999)に90歳でご逝去された東山魁夷画伯。
四季の変化が美しく、山や湖、川、渓谷と地形の変化に富んだ長野県を、「作品を育ててくれた故郷」と呼ぶほど愛していたそうです。(東山魁夷館HPより)
その画伯から県に作品と関係図書の寄贈があり、平成2年(1990)4月に「東山魁夷館」は開館しました。今、その建物を見下ろす花岡平の霊園に、画伯は静かに眠っていらっしゃいます。
DSC01763


naganoetokino1 at 10:46|PermalinkComments(0)

2017年08月17日

花岡平「霊山寺」謙信物見の岩・岩井堂観音・一盃清水

お盆が終わった17日、調査のために花岡平の「霊山寺(りょうざんじ)」(箱清水)を訪ねました。

善光寺の裏手にある同寺は、大正時代に長野市長沼から水害を逃れて同地に移ってきました。同寺にはたくさんの史跡があります。16日は送り盆で賑わった寺も、翌日は静かでした。冠木門から見た本堂。
DSC01701

寺の駐車場脇の500基ほどの「五輪塔群」。
善光寺は中世に、全国からの信徒が五輪塔をまつる習慣がありました。
善光寺周辺から発掘された五輪塔が、一カ所にまとめてまつられています。
DSC01766 (2)

墓地の栗岩家墓の横に建つ「栗岩英治顕彰碑」。
栗岩英治(1878〜1946)明治〜昭和時代前期の郷土史家。
郷里長野県の地方史研究に専念。昭和4年県史編纂委員となり「信濃(しなの)史料」刊行の基礎をつくった。著作に「諏訪研究」「善光寺物語」など。
長野郷土史研究会初代会長・小林計一郎が影響を受けた方です。
DSC01714 (2)

境内にある「川中島戦士の首塚」。川中島の戦いの時、この地は上杉方の陣地でした。打ち取った武田方の武将の首をまつったのが左手の首塚です。
DSC01753

「岩井堂観音」「弘法大師硯水」「謙信物見の岩」。境内の裏山を登る途中の石柱に書かれていて、丁石のように案内の役目をしています。(拡大してご覧ください)
DSC01719 (2)

登った所にそびえ立つ「謙信物見の岩」。ロッククライミングの練習にも使われています。(使用する時は、霊山寺に許可を得ます)
DSC01738

その岩穴にまつられているのが「岩井堂観音」。
DSC01733

かつてこの辺りには清水がありました。岩井堂で修業した弘法大師が、杖で地面を突いたところ清水が沸きだしたといい、弘法大師が硯の水に用いたという伝説があります。これが善光寺七清水のひとつ、一盃清水です。現在、その場所は分かりません。
今では、境内に湧き出ている霊泉水を、一盃清水と呼んでいます。
DSC01706 (2)

花岡平からの眺め。雲は多かったのですが、久しぶりに気温は32度となり暑い一日でした。
DSC01763

小林会長と私は、今、「善光寺四十九名所」を本にまとめようと準備をしています。
今日は、七池のひとつ、狐池も訪ねました。これで全ての写真撮影を終えました。

naganoetokino1 at 22:32|PermalinkComments(0)

2017年08月13日

迎え盆に「かるかや山西光寺」で善光寺参りの絵解き

迎え盆の13日(日)に「かるかや山西光寺」で絵解きを行いました。

絵解きに続いてお盆供養法要が執り行われました。同寺では、5月に副住職様がご逝去されました。檀信徒の皆様のお盆の法要と併せて、厳かに営まれました。

庫裏に参集された皆様に、最初に小林一郎会長がご挨拶をしました。
「かるかや山は参拝者にとって、善光寺への入り口の寺でした。昔から絵解きを聴いて善光寺に参拝しました」とお話ししました。
CIMG3434

続いて私が、「善光寺参り絵解き図」でかるかや山西光寺に関係がある、牛に引かれて善光寺参りの絵解きをしました。CIMG3439

地元に伝わる牛に引かれて善光寺参りの話は次の通りです。
戦国時代に若里の仏導寺の近くに住んでいたスミさん。角に布を引っかけた牛を追いかけて善光寺にやって来ます。一晩お籠りをした帰りに、かるかや山西光寺の観音堂に布が掛けてあるのを見つけます。信仰心に目覚めたスミさんは、出家して同寺の住職の弟子となって一生お仕えしました。
熱心にお聴きいただきました。私はこのお話を、是非、周りの皆様にも伝えてくださいと話しました。

同寺の副住職夫人・竹澤環江氏は、6月に「東洋大学の公開公演会で絵解き」を行いました。ご一緒に絵解きをした私は、環江氏の情感のこもった素晴らしい絵解きの模様を話しました。また同行したご子息が細かい気配りで献身的に環江氏のお世話をされたことも伝えました。

お檀家の皆様の中には、涙を流してお聴きいただいた方もいました。
今後も同寺が、末永く発展されることを願いながら、絵解きを終えました。
続いて私どもも参列させていただいた、ご住職の法要や法話は、心に染み入るものでした。ご子息の最後の挨拶も、心に深く響きました。

naganoetokino1 at 21:26|PermalinkComments(0)

2017年08月09日

12日「お花市」かるかや山西光寺で六道地獄図の絵解き

8月12日(土)は、善光寺と周辺で「お花市」が開催されます。

表参道界わいでは、お花を売る露店が並び、様々なイベントが行われます。

かるかや山西光寺」(北石堂町)では「十王巡り」「六道地獄絵」の絵解きが行われます。
12日、夜7時からと8時からの2回。(各回40分ぐらい)
本堂で行われる絵解き。(2012年8月12日)
6e6193b0

お花市の恒例行事です。どうぞ皆様、ご参拝になり絵解きをお聴きください。

naganoetokino1 at 08:35|PermalinkComments(0)

2017年08月06日

9日(水) 中御所の観音寺で「四万八千日観音寺縁日」

8月9日(水)観音寺(長野市中御所)で「四万八千日縁日」が行われます。
この日お参りすると、四万八千日お参りしたのと同じ功徳があるといわれています。
同寺は浄土宗で、ご本尊は馬頭観世音菩薩です。

東京都台東区浅草の「浅草寺」では、7月9日・10日に「四万六千日・ほおずき市」が行われます。浅草寺のご本尊は、絶対秘仏の聖観世音菩薩です。
長野市中御所の観音寺で9日行われる縁日は、月遅れの観音菩薩の縁日です。

昨年(2016年)8月9日同寺の本堂。次々に参拝者が訪れていました。
68f5b640

寺のいわれは次の通りです。
治承3年(1179)、善光寺は火災に遭いました。再興したのは、源頼朝公でした。
建久8年(1197)、善光寺に参詣した頼朝公の一行は、この土地に一泊しました。
その夜、守仏の髻(もとどり)観音(馬頭観世音菩薩)が、この地に留まりたいと告げました。
そこで頼朝公は、髻観音をまつり、寺を建立しました。これが同寺の始まりです。

本堂の建物は文化10年(1813)の再建です。
旧北国街道に面した寺の入り口には、その由来を伝える標柱が建っています。
「征夷大将軍源頼朝公御守仏髻馬頭観世音」と刻まれた標柱。
f58f90e6

旧北国街道は、長野駅ができて寸断されてしまいました。
でも、かつては善光寺参りの旅人が、同寺の前を大勢行き交いました。

境内では西瓜を売っていますが、「四万八千日縁日」を「瓜ころばし」とも言いました。
かつては子どもたちの相撲が行われていました。
昨年(2016年)は腕相撲が行われ、子どもたちが大勢参加していました。

寺のあたりは現在、区画整理が行われています。
同寺の前を通る旧北国街道は、寺と反対の東側に道幅が広がりました。
道沿いには区画整理前まで、魚屋、八百屋。酒まんじゅうを売る菓子屋などがありましたが、民家に変わりました。

2006年6月ブログ「長野をめざした旅人 源頼朝もご覧ください。

naganoetokino1 at 19:14|PermalinkComments(0)

2017年06月19日

「かるかや山西光寺」副住職の竹澤信宏師のご葬儀に参列

6月19日(月)、かるかや山西光寺(北石堂町)の副住職、竹澤信宏師のご葬儀に参列しました。5月9日に逝去された師は、享年55歳でした。
故人を偲び、大勢の弔問客がありました。
浄土宗の同寺ですが、他の宗派の多数の住職も参列されていました。
交流の広がりと深さを感じました。また善光寺の門前町らしいとも感じました。

同寺には、苅萱道心と石童丸親子の悲話が伝えられています。
境内に建つ、親子の銅像。高野山の無明の橋で、親子対面の場面。
このお話は、同寺本堂で絵解きが行われています。
04e1c1d8
葬儀は11時から、本堂で行われました。

それに先立ち10時半からは、大本願雅楽会による雅楽献奏がありました。師は雅楽会の立ち上げに尽力し、会長も務められました。

導師は十念寺(西後町)の袖山榮輝師。
司式は三宝寺(篠ノ井山布施)の伊藤靖順師。

最後に、導師のご挨拶があり、12時15分頃、全ての儀式は滞りなく終わりました。

刈萱山寂照院西光寺第60世となられた竹澤信宏師のご冥福を心よりお祈りします。

naganoetokino1 at 23:00|PermalinkComments(0)

2017年05月18日

表参道の十念寺「出世大仏」で参加自由の朝のおつとめ

善光寺表参道沿いの「十念寺」(西後町)で、朝のおつとめが始まりました。
朝7時半からで、どなたでも参加できるそうです。

表参道に面した、十念寺の入り口。「紫雲山頼朝院十念寺」の標柱。
正面に本堂。背後の山は旭山。右手奥にある大仏堂で朝のおつとめが行われます。
DSC00823 (2)

朝のおつとめが行われる大仏堂。普段は扉が閉まっていますが、左の案内があれば拝観できます。右には「7時半からの朝のおつとめにご参加自由です。(定員10名、交替随時)十念寺大仏堂」と書かれています。
(拡大してご覧ください)
DSC00825 (2)


小林竜太郎はブログ「出世大仏で朝のおつとめ」で紹介して、「門前のお寺で、法要に参加して、すがすがしく一日を迎えてみるのはいかがでしょうか」と書いています。

これまで私のブログで取り上げた十念寺の話題です。
2007年12月「善光寺七寺(院)だった十念寺
2010年12月「新年出世大仏祈願会
2016年3月「観音堂・百体観音の修復・新調の落慶

naganoetokino1 at 09:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年04月27日

弁才天をまつる「往生院」で往生院コンサート2017

5月の連休中の行事のお知らせです。

権堂アーケードにある「往生院」では、「往生院コンサート2017」を開催します。昨年に続いての開催です。境内左手には善光寺七福神のひとつ、芸能を守護する弁才天がまつられています。
また同寺は、善光寺が火災に遭った時などに仮堂となりました。

写真は、コンサートが行われる、往生院の本堂。(2016年8月27日撮影)
1160d998

昨年の施餓鬼会・弁才天祭で金子英滋住職は「地域に開かれたお寺にしたい」とお話しされていました。全日程、入場無料。どなたでも自由にお聴きできます。どうぞご参加ください。
第1回 5月3日(水)13:00〜
フルート&ヴァイオリンコンサート

第2回 5月4日(木)13:00〜
琴の演奏

第3回 5月5日(金)13:00〜
クラリネット&ヴァイオリンコンサート

第4回 5月6日(土)13:00〜
アンサンブルコンサート

第5回 5月7日(日)13:00〜
金管アンサンブルコンサート

昨年2016年5月7日には、長野郷土史研究会も往生院の本堂をお借りして、「新たに複製した江戸時代の善光寺縁起の絵解き」を行いました。

naganoetokino1 at 06:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年01月08日

初春に上田の「生島足島神社」に参拝

1月7日(土)、御柱の調査ために、「生島足島神社」(上田市下之郷)に参拝しました。境内は、大勢の参拝者でにぎわっていました。

神池に浮かぶ神島に、御本社(上宮)がまつられています。
DSCN6337

参橋と御神橋の間には、水鳥がゆったりと泳いでいました。
DSCN6319 (2)

御本社と向き合って、摂社 諏訪神社(下社)があります。
DSCN6353

諏訪神社の前の「夫婦欅(けやき)」。ご神徳は「良縁、子宝、安産、子育、夫婦円満、無病息災、延命長寿」と書かれていました。お若い二人連れがお参りしていました。
DSCN6360

歌舞伎舞台(県宝)の前では、だるまのお焚き上げが行われていました。
DSCN6352

境内の4ヵ所に建てられていた御柱は、また改めてご紹介します。

naganoetokino1 at 22:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年12月12日

廣徳寺で「大明国師・南院国師」お位牌の開眼法要

12月12日(月)「廣徳寺」(長野市保科)で、「大明国師顕彰会 第17回定期集会」と法要が開行われ、長野郷土史研究会の小林一郎会長と伺いました。

廣徳寺の本堂。
DSCN4409

12月12日は京都の南禅寺の開山、大明国師が遷化された日です。
その大明国師は、長野市保科の出身で、廣徳寺には顕彰碑が建っています。
また第2世の南院国師も長野市長池の出身で、やはり同寺に顕彰碑があります。

法要前に本堂で行われた「定期集会」。事務局を務める廣徳寺の宮澤住職が議事を行いました。
DSCN4412

続く法要には、京都の南禅寺から導師の中村文峰管長、蓮沼良直宗務総長、福山正昭教学部長、西村義光信徒部長、他4名がご来寺。
今年は廣徳寺に、大明国師と南院国師のお位牌がまつられ、その開眼法要と顕彰法要が行われました。
続いて門前の顕彰碑前で、回向が行われ、一般の参列者も焼香を行いました。
(左奥が大明国師の顕彰碑。中央が南院国師顕彰碑)
DSCN4413

法要後は本堂に戻り、中村文峰管長のご挨拶がありました。
「信州は寒いが、人の心は温かい」「人の心の中に染み込んでいってこそ宗教」「大明国師の余徳は、ここに及んでいる」と語りました。

続いて福山教学部長の講話。
大明国師の御遺言である「不離当所」(一時一所に悔いなく生きよ)を取り上げて話を進めました。
「昔があって今がある。今があって未来がある。今を一生懸命生きる。その先に未来はある」「気付くことが、命を一生懸命生きることにつながる。命の重さは、その人がどう思うかによって変わる。早く重さに気付いて欲しい」「今は開悟(かいご)の時代。残りの人生を、悟りの人生にして欲しい」

その後、庫裏でお斎(懇親会)が行われました。
北信流が行われ、南禅寺の皆様に地元から御盃がありました。
また南禅寺のご発展を祈って、万歳三唱が行われました。

京都まで車で帰られる皆様を送るために外に出ると、雪化粧した北アルプスの山々が美しく輝いていました。「また来年、お越しください」と、お見送りをしました。
DSCN4407 (3)

なお「保科誌刊行会」が、近々『保科誌』(B5版・600頁 定価5千円)を発行すると発表がありました。

naganoetokino1 at 21:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年11月19日

善光寺門前の晩秋の風物詩「西宮神社」のえびす講参拝

19日(土)昼過ぎに、善光寺門前の「西宮神社」(岩石町)の「えびす講祭」に参拝しました。
DSCN3225

拝殿脇にある「銭洗いえびす」には鯛が供えられていました。
平成26年(2014)、ご鎮座350年でまつられた「およべっさんの銭洗い」をご覧ください。
DSCN3228

「えびす講祭」は11月18日(金)〜20日(日)
期間中、最もにぎやかなのは19日夜の「宵えびす」です。
門前では、露店の準備が行われていました。
DSCN3229

期間中行われているのが、恒例の、松本源之助社中による「江戸里神楽」の奉納。
平成7年、国の重要無形民俗文化財に指定された神楽です。
最終日の20日(日)も、午前11時半〜と午後3時〜の2回公演されます。

長野の晩秋の風物詩、西宮神社のえびす講には、長野県内はもとより、県外からも参拝があります。皆さまどうぞ、商売繁盛をご祈願ください。

naganoetokino1 at 15:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年11月15日

18日から長野の晩秋の風物詩 西宮神社のえびす講祭

善光寺門前の岩石町にある「西宮神社」では、恒例の「えびす講祭」が行われます。

権堂アーケード通りに並んだ、えびす講の幟。
DSCN3167

11月18日(金)〜20日(日)
期間中、最もにぎやかなのは19日の「宵えびす」です。
たくさんの露店が並び、縁起物を買い求める人がでます。

また恒例の、松本源之助社中による「江戸里神楽」の奉納があります。
平成7年、国の重要無形民俗文化財に指定された神楽です。

11月18日(金)〜20日(日)
午前11時半〜と午後3時〜の毎日2回公演。

どなたでもご覧いただけます。
長野の晩秋の風物詩、西宮神社のえびす講に皆さまどうぞお出掛けください。

なお23日(水)には、「第111回 長野えびす講煙火大会」が開催されます。
INC長野ケーブルテレビ」では、ライブ中継を行います。

naganoetokino1 at 08:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年10月14日

お十夜法要で絵解き「善光寺縁起」と「善光寺参り」

14日(金)に、蓮心寺(長野市荒木)のお十夜法要にお招きいただき、絵解きを行いました。

同寺は浄土宗で、旧北国街道沿いにあります。
本堂は文化10年(1813)の再建。住職が5ヶ年間善光寺に日参して、諸国の旅人から寄進を受けて建立したと伝えられています。
明治13年(1880)成田山より勧請した不動尊が、本尊の脇にまつられています。

13時から本堂の御本尊の前に善光寺如来絵伝の掛け軸が掛けられました。
続いて善光寺参りの絵解きも行いました。
演目は「お戒壇巡りで犬になった男」「性空上人の善光寺参り」「源頼朝の善光寺参り」「牛に引かれて善光寺参り」の4話でした。
頼朝公が開いたという観音寺(中御所)の副住職にも絵解きをお聴きいただきました。

扉が開いていましたので、私はお檀家の皆様の背後に北国街道を見ながら絵解きを行いました。かつて全国から北国街道を歩いて善光寺に参拝した旅人に思いを馳せました。

50分の絵解きの後、お十夜法要が行われ私も参列させていただきました。
最後に大数珠回しが行われ、南無阿弥陀仏を唱えながら、皆様と大数珠を回しました。

善光寺大本願では、今夜が10日間続いたお十夜の最終日でした。

naganoetokino1 at 22:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Google  ブログ内検索は、一番上で「blog」選択。一番下の「Search」を押してご覧ください。











最新記事
Archives