善光寺七名所ー七院(寺)

2008年06月10日

善光寺七寺(院)だった、権堂町の往生院

最低気温14,4度、最高気温28,7度。
梅雨とは思えないような、真夏のような暑い一日。

江戸時代に少しずつ作られた「善光寺四十九名所」。
明和2(1765)年ごろには出そろいました。
異説が多く、文献によって取り上げる名所が違っています。
ですから49カ所は限定できません。
ところが現在出回っている本では、特定されてしまっています。
しっかりと検証して後世に伝えたいと思い、現在調査中です。

今日ご紹介するのは、権堂町の「往生院」。
アーケード通りから入る「往生院」。
最近入り口の木戸は、日中開いていてお参りすることができます。
往生院入り口から



右手が「往生院」。左手奥には「弁天社」。
往生院





まつられているのは「善光寺七福神めぐり」の「弁才天」。
花街だった権堂町。芸妓さんの信仰を集めました。
弁天社








これまでに取り上げた「善光寺七寺(院)」はこちら。
西本願寺長野別院」(西後町)
十念寺」(西後町)
正覚院」(安茂里)
明行寺」(権堂町)
無常院」(安茂里小市)
時丸寺」(三輪)
この他、現在は無くなってしまった寺もあります。
光明院妙観寺」はかつて、善光寺の西、横沢町あたりにあった寺。
阿弥陀院宗光寺」は、阿弥陀院町(現在の栄町)にあった寺。

本によって以上の9つの寺(院)の中から、7つが取り上げられています。

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2008年02月22日

「善光寺七寺(院)」だった三輪の「時丸寺」

最低気温ー5,7度。最高気温10,9度。
朝の冷え込みは厳しかったものの、日中はぐんと気温が上がりました。

今日ご紹介するのは、かつての「善光寺七寺(院)」のひとつ「時丸寺(三輪)」。北国街道沿い(現在の「相ノ木通り」にあるお寺。
場所はこちら
時丸寺入り口
明治4年に再建された「時丸寺」の本堂。
曹洞宗。中世には大乗寺と言い、その後三輪山観音寺。明治4年に三輪山時丸寺と改称。
本堂






寺の名前の起こりを伝える碑。「三輪時丸旧蹟」。
時丸塚



「善光寺七塚」のひとつ「時丸塚」は、この寺の近くの「円通寺」境内にあります。この2カ寺が、伝説を今に伝えています。
その詳しいお話はこちら。続きを読む

naganoetokino1 at 12:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年01月16日

「善光寺七寺(院)」だった安茂里の寺、「無常院」

最低気温ー3,1度、最高気温2,9度。
朝、舞い始めた雪はやみ曇り空の一日。

今日は「善光寺七寺(院)」をご紹介をします。
安茂里小市の「菩提山無常院南泉寺」。
無常院」と呼ばれています。
元々は天台宗でしたが、戦国時代に浄土宗に改宗。
かつては中御所にあり、兵乱や洪水のために小市に移転したと言われています。
山門の右には「無常院」。左には「信濃三十三番観世音十二番札所」。
無常院門







山門を入って左手にある「中御堂(なかみどう)観音」。
昨年、新しく造り直されたお堂。
御本尊は馬頭観音。
観音堂










無常院の本堂。
弘化4(1847)年の地震後、嘉永3(1850)年再建。
御本尊は鎌倉時代作の銅像「一光三尊の阿弥陀如来像」。
善光寺の御本尊と同じ中央に阿弥陀如来、脇侍に観音菩薩と勢至菩薩。
秘仏で長野市の指定文化財。
善光寺と同じ「立葵」の紋が、屋根の一番上に付いています。
安茂里無常院


naganoetokino1 at 19:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2007年12月20日

善光寺七寺(院)だった権堂の寺、明行寺

最低気温ー2,8度と、冷え込んだ朝。最高気温は6,3度。

善光寺七寺(院)」をご紹介をご紹介しましょう。
今日は表参道から東に入った権堂町の「明行(みょうぎょう)寺」。

飲食店が両側に並んだ小路は「明行寺大門通り」。
かつての権堂町のにぎわう通りは、表参道から入る「アーケード通り」ではなくて、表参道に平行していました。表参道に近い通りを「表権堂通り」と言い、もう1本東側の通りを「裏権堂通り」と言いました。
「明行寺大門通り」は「表権堂通り」と「裏権堂通り」を結ぶ通り。
写真は「表権堂通り」から見た、「明行寺大門通り」。
奥に一方通行の標識が立つのが「裏権堂通り」。その奥が「明行寺」。
明行寺大門通り










「裏権堂通り」に面した「明行寺」。場所はこちら
門の入り口には、いつも様々な格言。「絆はまた葛藤でもある」。
明行寺入り口








「明行寺」本堂。室町時代末期の創建。
真宗大谷派。
明行寺本堂




詳しい歴史はこちらをどうぞ続きを読む

naganoetokino1 at 16:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2007年12月16日

善光寺七寺(院)だった安茂里の寺、正覚院

最低気温0、1度、最高気温3,2度。
朝起きると、家々の屋根は真っ白。この冬、初めての本格的な雪。
寒い風が吹く中、お日様に誘われて、写真撮影に出掛けました。

今日、ご紹介するのは「善光寺七寺(院)」の一つ、安茂里大門の「正覚院」。境内には2つの観音堂。
安茂里の観音さん」と呼ばれて親しまれています。
大門」の地名は、この寺の参道だから付いた名。
真言宗の寺。入り口の門の右手奥は「観音堂」。
月光殿」と言い、聖観音菩薩と大師自画座像を安置。
「護摩木100円、願い事をお書きください。毎月18日は観音様の縁日。お護摩を焚いてご祈願します」と、書かれていました。
正覚院入り口





観音堂の脇にある階段。この上にも観音堂があります。
観音堂への階段






階段の上にある観音堂「円通殿」。
こちらには「千手観音」がまつられています。
正覚院円通殿






県宝の「木造十一面観音」がまつられている収蔵庫。
県宝十二面観音






弘法大師」像と手前は地蔵菩薩、ドラえモン、のびた像。
弘法大師像、ドラえモン










正覚院本堂。
かつて小市にあった「日輪寺」に対して「月輪寺」と言いました。
月林寺」とも書き、読みは「げつりんじ」又は「がつりんじ」「がちりんじ」。
天台宗で、俗に「窪寺」と呼ばれました。
ですから江戸時代は、このあたりの地名を窪寺と言いました。
寺は一時衰退しましたが、後町の正覚院住職が移って真言宗に改宗。
本堂






この寺にも「徳本上人名号碑」。
徳本上人碑










新春お焚き上げ」の案内。1月15日(火)午前10時〜。
「反省とは悔やむことではなく、前進するための土台である」
年末、年始にふさわしい教え。
新春お焚き上げ案内

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2007年12月11日

善光寺七寺(院)だった表参道沿いの寺、十念寺

昨日同様に、最低気温がー1,3度と氷点下になった長野の朝。
昨日よりも気温は上がる予報でしたが、最高気温は8,3度。

今日は「善光寺四十九名所」の中の「善光寺七寺(院)」の一つをご紹介します。
以前にご紹介したのは「西本願寺長野別院」。
12月17日ブログ善光寺七寺(七院)だった表参道沿いの寺、西本願寺長野別院」をどうぞ。

「善光寺四十九名所」は江戸時代に少しずつ作られたもの。
明和2(1765)年ごろには出そろいました。
でも異説が多く、文献によって取り上げる名所が違っています。
ですから49カ所は限定できません。

善光寺四十九名所」とは、
七寺(院)、七社(七宮、七林)、七橋、七池(七井)、七清水、七塚、七小路の7つ。7×7=49となります。

善光寺七寺(院)」として取り上げられたのは次の9寺(院)。
妙観院、宗光院、正法寺、無常院、時丸寺、十念寺の6寺(院)と、
往生院、明行寺、正覚院の3寺(院)からひとつの計7寺(院)。
妙観院、宗光院はすでにありません。
「正法寺(しょうぼうじ)」は、現在の「西本願寺長野別院」のこと。

今日ご紹介する「十念寺」は、表参道沿いのお寺。
このブログでは、もう何回も取り上げました。
表参道に面した標柱には「紫雲山頼朝院十念寺」。
ここからは奥に見える本堂の屋根と、そのすぐ右手の旭山の頂上が同じ形に見えます。
十念寺入り口










参道を進むと、右手に「大仏堂」。奥に本堂。
十念寺大仏堂、奥に本堂




大仏堂内には、丈六の阿弥陀如来様がまつられています。
大仏堂










十念寺の起こりは、
2006年3月4日頼朝善光寺参詣の足跡が残る寺
境内の模様は、
2007年3月29日善光寺界わいの徳本碑(十念寺)
境内社の秋葉神社は、
2006年2月27日彫刻が見事な西後町秋葉神社

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2007年11月27日

「善光寺七寺(院)」だった表参道沿いの寺、西本願寺別院

最低気温3,1度、最高気温7,6度。
氷点下には下がらず、暖かな朝を迎えました。
お天気は曇りで、日中の気温は上がりませんでした。

今日は「善光寺四十九名所」の中の「善光寺七寺(院)」の一つをご紹介しましょう。
最初にご覧いただく写真は、表参道西側の小路から見た風景。
表参道の向こうにそびえるのは「グランドハイツ表参道弐番館」。
昨年2006年4月29日ブロググランドハイツ表参道弐番館の店舗」をどうぞ。
別院から表参道二番館







さて、そのマンションの向かい側の小路の入り口に立つ標柱には、
本派本願寺長野別院」と書かれています。
「本派本願寺」とは大谷派の東本願寺に対する「西本願寺」のこと。浄土真宗の本寺、西本願寺の別院。小路は寺の参道です。
別院入り口







参道となっている小路を西に進むと、両側に2つの塔頭があります。
別院入り口






向かって左(南側)には「善立(ぜんりゅう)寺」。
別院塔頭






右(北側)には「定専(じょうせん)寺」。
お堂の前には親鸞聖人幼少時(松若丸)の像がまつられています。
塔頭定専寺






西本願寺長野別院は、元々長門町の「長野天神」の地にあり、
寛永3(1626)年に現在地に移りました。
元は「正法(しょうぼう)寺」と言い「善光寺七寺(院)」の一つ。
大正14(1925)年に「本願寺別院」となりました。

明治4(1871)年本堂を仮用して「長野県学校」が開設。
長野県の近代学校の始まりで、7〜36歳までの180人が入学。
明治6年、城山に長野学校ができて廃校。
明治34年4月から1年間は「長野商業学校」の校舎として使用。
昭和49年に新本堂落成。
付属の「長野中央幼稚園」は近年、廃園となりました。

江戸時代に少しずつ作られた「善光寺四十九名所」。
明和2(1765)年ごろには出そろいました。
異説が多く、文献によって取り上げる名所が違っています。
ですから49カ所は限定できません。
「善光寺四十九名所」については、また少しずつお伝えしていきます。

naganoetokino1 at 09:44|PermalinkComments(2)TrackBack(0)
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