東日本大震災、長野県北部地震

2023年03月09日

3・11に学ぶ「関東大震災から100年 長野市周辺が果たした役割」

長野郷土史研究会」では、3月11日(土)に総会を開催します。それに合わせて総会記念講話を行います。

3月11日で東日本大震災から12年です。
関東大震災(1923年9月1日)からは、今年で100年になります。
東京から地方へ逃れる人々と、身内の安否を確認しようとして上京しようとする人々で、長野市周辺の駅はごったがえしました。
当時の長野市で行われた被災者への支援などを学びます。

「関東大震災から100年 長野市周辺が果たした役割」
3月11日(土)11時〜12時
講師 小林一郎(長野郷土史研究会会長)
会場 南千歳町公民館(長野駅から徒歩5分 南千歳公園北側)
参加無料

長野郷土史研究会まで事前にメールでお申し込みください。
kyodoshi@janis.or.jp  TEL070-4026-1252(16時〜19時)

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2023年03月08日

3/11 善光寺で「東日本大震災」十三回忌法要

3 /11 (土)「善光寺」では東日本大震災の十三回忌の法要が行われます。

東日本十三回忌法要に執行について
善光寺では、主旨に賛同した方々の参列を呼び掛けています。
3/7「信濃毎日新聞」によると、普段は参拝券が必要ですが、法要中は無料ということです。

14:00 参列希望者内陣入場開始
14:40 寺務総長挨拶
14:46 鐘楼にて追悼の鐘
14:47 本堂にて追悼法要
15:00 おやこ地蔵前にて読経

善光寺本堂。(2020年3月11日撮影)
2020年3月11日

これまで行われた東日本大震災の法要の模様です。
2012年3月11日「東日本大震災一周忌法要に参列
2013年3月11日「東日本大震災三回忌法要に参列
2017年3月11日「東日本大震災七回忌法要に参列

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2021年11月07日

弥生座(大門町)1年ぶり開催「座の会」卓話は福島原発

門前茶寮 弥生座」(長野市大門町)のお客様による異業種交流会「座の会」は、新型コロナ感染拡大防止のため1年ほど休会していました。久しぶりに12月1日(水)18時から第170回例会が開催されます。

卓話は「福島原発事故を払拭する大手広告会社の事業〜原発周辺地域を訪ねつづけて〜
オピニオン誌「たぁくらたぁ」編集人の野池 元基 氏です。
聴講を希望される方は、ご連絡の上、ご参加下さい。(無料)と呼びかけています。

ちょうど先日、福島県浪江町津島のご出身の方から『浪江町津島 風下の村の人々』(写真・文 森住卓・新日本出版社)をご寄贈いただきました。著者の森住氏はフォトジャーナリスト。1994年から世界の核実験被爆者の取材を開始。
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2011年3月11日に起こった東日本大震災。あの原発事故から10年が経ちました。
掲載された数々のモノクロ写真から、「ふるさと」を失った人々の悲しみや辛さ、怒りが伝わってきます。この本は「ふるさとを返せ 津島原発訴訟」で戦う人びとを応援する本です。
あとがきで著者の森住氏は「原発事故で放出された放射能で汚染されたふるさとを元に戻すことは不可能に近い。『だからと言ってそのことを叫ばなければ、毒をぶん撒いた犯人を許すことになる』というある原告の言葉。津島原発訴訟原告の人びとはまさに『大義に生きる人びと」だと思う。だから私は最後まで応援したい。」と書いています。

今、私にできることは現実を知り、それを周りの人々に伝えていくことです。

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2021年03月12日

3月12日 長野県最北部の栄村、震度6強の地震から10年

東日本大震災の翌日の2011年3月12日午前4時、長野県最北部の栄村は震度6強(マグニチュード6,7)の地震に見舞われました。
被災から9年目となる2020年は、新型コロナの影響でイベントは中止となりましたが、代わりに「復興への祈り」の場が作られました。

被災から10年目となる今年は、12日復興を願う行事「復興灯明祭」が開かれました。会場には、住民などおよそ100人が集まったということです。

ただ地震の翌年から行われてきた灯明祭は、担い手の高齢化や復興が進んだことなどから、いまの形での開催は今年で最後ということです。

NHK長野「栄村震度6強 10年最後の催し
NHK首都圏「長野 栄村の地震被害から10年

私は地震直後、郷土史の立場で記録しようと栄村を訪れました。
2011年5月4日ブログ「野県北部地震の被災地 栄村を訪問

復興を祈願する善光寺七福神めぐりを企画しました。
2011年6月4日ブログ「門前町で祈った栄村の復興 善光寺七福神めぐり

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2021年03月06日

大震災から10年 オンライン上映される「先祖になる」

東日本大震災から、3月11日で10年です。「善光寺」の東庭園には、津波に耐えた岩手県陸前高田市の倒木で造られた親子地蔵が安置されています。その親子地蔵の建立に尽力したのが、木こりの佐藤直志さんです。

善光寺本堂東の東庭園にある「地蔵堂」。高田松原の倒木で造られた親子地蔵4体の内、1体がまつられています。(2020年12月)
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このたび佐藤直志さんを追った、ドキュメンタリー映画「先祖になる」が、オンライン上映されます。
オンライン上映はこちらから申し込めます。今回の上映会の収益金は経費を除いて、佐藤直志さんが代表を務める営農組合に寄付されます。

当時、77歳だった佐藤さんは、現在87歳でお元気だそうです。
3月13日(土)に現地上映会が行われ、続いてトークショー(15:10〜16:40)もあり、池谷薫監督と共に登壇されます。その模様は、オンラインで拝聴できます。私も申し込みました。

現地上映会
日時:2021年3月13日(土) 12 :30開場 13:00上映
場所:陸前高田市コミュニティホール(シンガポールホール) 入場無料

私は、佐藤さんや池谷薫監督が長野に見えて、上映後トークが行われた際に、鑑賞しました。
2013年3月ブログ「善光寺が後援の映画『先祖になる』を鑑賞

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2013年3月16日、長野で映画を鑑賞。

その後、佐藤さんからサプライズで全員に手渡された木札。

高田松原の松で作られていました。

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2020年11月18日

仙台で被災地慰霊「菩薩半跏像」(奈良・中宮寺)を公開

宮城県美術館」(仙台市)で始まった「東日本大震災復興祈願 奈良・中宮寺の国宝展」。

来年、東日本大震災から10年を迎えます。その被災地の復興を祈念して、東北地方で初めて公開されます。

中宮寺」(奈良県斑鳩)は、法隆寺境内の東側に建つ尼寺です。法隆寺や四天王寺(大阪市)とともに、聖徳太子が創建したという7ヶ寺のひとつ。聖徳太子の御母・穴穂部間人皇后(あなほべのはしひとこうごう)崩御の後、その住まいを太子が寺院にしたと伝えられています。
本尊は国宝の「菩薩半跏思惟像」です。このたびの特別展では、飛鳥時代の最高傑作と言われる、この像をはじめ、数々の宝物が公開されます。

会 期 11月12日(木)〜2021年1月12日(火)
開館時間 午前9時30分〜午後5時(発券は午後4時30分まで)
休館 毎週月曜日(ただし11月23日、1月11日は開館)、11月24日(火曜日)
   年末年始(12月28日-1月4日)
料金 一般1,500円、学生1,300円、小・中・高校生 750円

私は今年2月に、聖徳太子関連の史跡を訪ねて法隆寺に参拝しました。その時、撮影した中宮寺の門前です。コロナ感染拡大の前でしたが、修学旅行生の姿はなく、ひっそりと佇んでいました。(2020.2.7)
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主催のひとつ「日本経済新聞」(11 /18)には、特集2面で取り上げられています。
今回の展覧会の一番のみどころは、中宮寺の本尊「菩薩半跏思惟像」です。東日本大震災から来年で10年。東北へ初めてとなる本尊の出開帳となります。
紙面で、中宮寺門跡の日野西光尊さんは「(略)親しい人、愛おしい人を亡くした方々がどれだけつらい思い、心の痛みを乗り越えてこられたか。そんな人々にもご本尊と向き合って『生きていてよかった』と少しでも明るい気持ちになっていただけたら。ご本尊も東北の皆様とお会いするのを待ち望んでおられたはずですから」と語っています。

主催のひとつ「河北新報社」(11/10)「奈良中宮寺の門跡が名取・閖上で法要 『笑顔が一番の供養』
展覧会を前に訪れた日野西門跡は「本尊に心の悩みを打ち明けるなどして、少しでも被災者の心の慰めになってほしい」と祈ったそうです。

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2020年03月21日

東日本大震災から9年 相生座で「風の電話」を鑑賞

相生座・長野ロキシー」(長野市権堂町)で「風の電話」を鑑賞しました。第70回ベルリン国際映画祭 国際審査員特別賞を受賞した作品です。フィクションなのに、まるでドキュメンタリーのように感じました。それは諏訪敦彦監督の、セリフはその場で役者に即興的に語らせる演出によるものでした。主人公は津波で家族を亡くした17歳の高校生の女の子です。その子が身を寄せていた広島から、ふるさとの岩手県大槌町を目指す物語です。多くの方にご覧いただきたい作品です。

権堂町の相生座。(2020年3月21日)
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平成23年(2011)3月11日に発生した東日本大震災から9年目。
岩手県大槌町には、電話線がつながっていない「風の電話」と呼ばれる電話があります。大槌町在住のガーデンデザイナー、佐々木格さんが大震災の前年に、従兄の死が契機となってご自宅の庭に設置しました。翌年の大震災で多くの命が失われました。そこで震災遺族をはじめ、喪失感を抱えた全ての方々に開放しました。この場所を3万人を超える人々が訪れているそうです。

最寄り駅の、三陸鉄道リアス線の波板海岸駅(大槌町)のホーム。震災後、営業を休止していましたが、平成31年(2019)3月23日に復旧しました。(写真:小林雄次)
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風の電話」が設置されている「ベルガーディア鯨山」は、平成12年(2000)9月に佐々木格さんが設立しました。(写真:小林雄次)
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2020年03月13日

新型コロナでイベント中止「栄村」震度6強地震から9年

2011年3月12日。東日本大震災の翌日、長野県最北部の栄村は震度6強の地震に見舞われました。被災から9年目となる今年は、新型コロナウイルスの影響でイベントは中止となりましたが、代わりに「復興への祈り」の場が作られました。

NBS長野放送「復興願う『3・12の灯』 震度6強栄村地震から9年 “新型コロナ”で催し中止でも「灯し続ける」

私は地震直後、郷土史の立場で記録しようと栄村を訪れました。
2011年5月4日ブログ「長野県北部地震の被災地 栄村を訪問

復興を祈願する善光寺七福神めぐりを企画しました。
2011年6月4日ブログ「門前町で祈った栄村の復興 善光寺七福神めぐり

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2020年03月11日

東日本大震災から9年 「岩手日報」号外と善光寺参拝

3月11日(水)東日本大震災から9年。長野駅前や長野市役所などで「岩手日報」の号外が配られました。同社では昨年「東日本台風」(台風19号)で大きな水害があった長野と、首里城の火災があった沖縄で配布したということです。早速、長野市役所に行って号外をいただき、善光寺にお参りしてきました。
長野市役所でいただいた岩手日報の号外。
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その「号外」は、無料で公開されています。
「碑の記憶」では、全国6カ所を紹介しています。
善光寺(長野市)の「柱に釣り鐘落下の傷」も取り上げられています。
弘化4年(1847)の善光寺地震(マグニチュード7,4)の時に、善光寺本堂の軒に掛かっていた釣り鐘が落ちて、柱に傷が残ったことが紹介されています。その傷は今でも見ることができます。

9年前の2時46分に起きた大きな地震。今日は善光寺門前で所用があって、その直後の3時15分頃、善光寺に参拝してきました。大香炉から煙が上がる、善光寺本堂。
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本堂東の、岩手県陸前高田市の松で作られた地蔵尊がまつられた地蔵堂にも手を合わせてきました。
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鐘楼の前の梅の花は、満開でした。
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3月11日(水)午後10時からNHK総合「クローズアップ現代+」で、「原発事故 避難者の心に何が? 9年目の大規模調査」が放送されます。調査の対象となったのは、福島県浪江町の帰還困難区域・津島地区の住民513人です。復興の言葉の陰で、見過ごされてきた避難者の心の声に、耳を傾けるという内容です。
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追記(3/12)
NBS長野放送「被災地との絆「親子地蔵」震災から9年で住職らが法要 岩手・陸前高田の松で制作

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2017年03月11日

善光寺「東日本大震災七回忌法要」心に響いた村上氏の話

3月11日(土)午後2時半から「善光寺」で行われた「東日本大震災七回忌追悼法要」に参列しました。

200名程が参列して法要が行われた善光寺本堂。
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ご本尊前には、岩手県陸前高田市の松で作られた地蔵尊が、善光寺東参道の地蔵堂から移されて安置されていました。

導師は善光寺大勧進の滝口宥誠副住職と、大本願の鷹司誓栄副住職が務められました。

法要後、陸前高田市から見えた村上富夫氏が「善光寺とのご縁に感謝しています」と挨拶しました。また「親子地蔵4体の内、1体のお父さん地蔵は長野へ出稼ぎに行っています。1年に1回、陸前高田市に、善光寺のご住職に抱えられて帰って来るのを待っています」
「陸前高田では民泊をやっています。是非、お出掛けになってください」と述べました。
村上氏のご挨拶は、心に深く響くお話でした。

善光寺では、岩手県陸前高田市の「高田松原」の松材を用いたお地蔵様4体を制作。
その内3体を陸前高田市の「普門寺」に納めました。
村上氏は、おやこ地蔵様やお堂の建立などに尽力された方です。

2011年3月12日に起きた長野県北部地震の復興祈願もありました。
法要には県外からの参拝者が多く、地元長野の方が少ないように感じました。善光寺との深いご縁に感謝されていた村上氏のお話を、長野の皆さんにも聞いて欲しかったと思いました。

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2017年03月04日

3月11日 善光寺本堂で東日本大震災 七回忌追悼法要

東日本大震災から6年目となる3月11日(土)、「善光寺」では「東日本大震災七回忌追悼法要」が行われます。

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3月11日(土)2時30分〜
場所 善光寺本堂

地震発生時刻の午後2時46分、鐘を鳴らして追悼。
本堂内で2時半から法要後、東庭園の地蔵堂前で法要。

法要時、本堂内陣は無料で参拝できます。


2016年3月11日「東日本大震災から5年、善光寺の追悼法要に200名参列

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2016年03月12日

地震から5年・人口が1割以上減少した長野県北部の栄村

2011年、東日本大震災の翌日、3月12日長野県北部を襲った「長野県北部地震」。
大きな被害が出たのは、長野県と新潟県の県境に位置する下水内郡栄村でした。

3月12日午前3時59分に地震は発生。
マグニチュード6,7、震源の深さは8キロ、最大震度6強という大地震でした。

あれから5年。
11日の東日本大震災ばかりが、取り上げられています。
12日のNHK長野は、朝のニュースで「地震から5年 長野栄村の課題」を報道しました。

700棟近い住宅に被害が出た栄村。
被害を受けた住宅や農地などは復旧を終えました。
でも仕事を失うなどして村を離れる人が相次ぎ、この5年で村の人口は1割以上減少。
若者の移住促進や働く場の確保などといった人口減少対策が課題だとのことです。

国道117号沿いの道の駅「信越さかえ」。(2011年5月4日地震直後に訪問した栄村)
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「信濃毎日新聞」によると、道の駅の中に、村が昨年7月に設けた農産物販所「かたくり」で農産物などを販売する個人・団体がこのところ急増。当初の58から101に増加しているそうです。
商品が売れると、出品した各個人の携帯電話にメールが届く仕組み。
自分がこしらえた農産物が売れることに、喜びを感じているとのことです。

栄村を訪れて特産物を買うことも、復興の支援となります。全国の皆様、どうぞお出かけください。
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追記:「300年後に集落を引き継ぐ」未来に向かって動き出した栄村の話題
3月12日フジテレビ系FNNニュース「長野 忘れられた被災地の挑戦

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2016年03月11日

東日本大震災から5年、善光寺の追悼法要に200名参列

3月11日、善光寺では東日本大震災の犠牲者を追悼する法要が行われました。
これは2011年に起きた震災の翌年から、毎年行われています。
5年目となった今年は、200名ほどが参列しました。

2時半から本堂で、僧侶によって読経が行われました。
その後、本堂東側に移動して、岩手県陸前高田市の津波で流された高田松原の松の木で作られた地蔵菩薩の前でも読経が行われました。

abn長野朝日放送の3月11日の報道では、今月1日時点で、被災地から県内に避難している人は341世帯932人。
原発事故が起きた福島県が763人で最も多く、宮城県が59人、岩手県が22人。
避難先は松本市が249人、長野市が145人などだということです。

5年という年月が流れましたが、まだまだ復興には程遠い状況です。

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2016年03月05日

東日本大震災5年目を前に修復されて戻った親子地蔵尊

SBC信越放送のニュースより「東日本大震災で被災した岩手県の松で作ったおやこ地蔵が修復を終え善光寺に戻る

3月5日、善光寺本堂の東にまつられていた地蔵尊の修復が終わり、お堂に戻されました。

2011年3月11日に起こった東日本大震災。
津波で倒れてしまった岩手県陸前高田市の海岸の松で作った親子地蔵。

善光寺は東京芸大に依頼して、親子地蔵尊4体の像を制作しました。
地蔵尊は、震災1周忌に善光寺で開眼供養されました。

その後、親子3体は陸前高田にまつられ、1体は善光寺の東公園のお堂にまつられました。
その地蔵尊が、一昨年に起きた県北部地震で、左手の付け根部分などが折れてしまいました。

善光寺では制作した東京芸大に、その修復を依頼。
同大では、保存していた同じ松を使って、木目や色味を合わせるなどして修復。

3月5日にお堂に戻されて、僧侶らによってお魂入れが行われました。
東日本大震災から5年目を迎える3月11日には、地蔵堂の前で追悼法要が行われます。

追記
2016年3月6日読売新聞「被災木の地蔵、魂再び 修復終え善光寺に

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2014年03月12日

3.11 NAGANO検定会議と82文化財団理事会に出席

3月11日、東日本大震災から3年目。
長野市の最低気温ー8,0度、最高気温4,7度。

11日午前中は長野商工会議所で「第31回 NAGANO検定プロジェクトチーム会議」に出席。
合格者特典や、来年度の方針について話し合いました。

続いて午後は八十二別館で行われた「82文化財団 第11回理事会」に出席。
議事は26年度の事業計画や収支予算書について。

理事会で、全員が胸に付けたのは黄色いリボン。
3月9日に82文化財団が行った「東日本大震災・長野県北部地震 追悼復興支援コンサート」。
当日、ホクト文化ホールで「ドレス・コード」として使われたのが黄色いリボンです。被災者の皆さんが、無事に自宅に帰宅できるようにとの願いが込められ、参加者が付けました。
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会議中、午後2時46分には館内に放送が流れて、全員で1分間、黙とうしました。

私は震災翌年と2年目には、善光寺本堂で行われた「東日本震災追悼法要」に参列しました。
震災3年目の今日は、会議で参列できませんでしたが、82文化財団のお心遣いで、被災地に思いを寄せることができました。

12日付「信濃毎日新聞」によると、11日の善光寺本堂の法要には約100名が参列。
善光寺一山住職の他、市仏教会や昨年4月〜5月に出開帳があった東京・両国の回向院の僧侶らも参加。午後2時46分には、鐘楼の鐘が鳴らされました。
本堂で法要後、地蔵堂前でも読経が行われました。
地蔵堂には、津波に遭った岩手県陸前高田市の高田松原の倒木から作った地蔵菩薩像が安置されています。

2012年3月11日「善光寺で東日本大震災1周忌追悼法要」の参列者は1000名。
2013年3月11日「東日本大震災3回忌追悼法要」の参列者は300〜350名。
そして今年は100名。参列者の数は次第に減少しています。震災を風化させてはなりません。

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2014年03月09日

3月11日、善光寺本堂で東日本大震災追悼祈願大法要

最低気温ー3,4度、最高気温8,4度。

3月11日、「善光寺」では「東日本大震災追悼法要」が営まれます。

日時 3月11日(火) 午後2時30分
場所 善光寺本堂
    本堂東側 地蔵堂前(本堂の法要終了後)

午後2時位から入場開始。参拝券は不要で、どなたでも参列できます。
震災の起きた午後2時46分には梵鐘を撞かれ、黙祷を捧げます。

昨年の模様はこちらをどうぞ。
2013年3月11日「3、11善光寺で東日本大震災追悼法要に参列

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2013年04月10日

陸前高田市から東京両国回向院に送られた回向柱

「東海新報」のニュース。
本日4月10日付「信州善光寺出開帳の回向柱 気仙杉の大木活用 両国にきょう輸送

東京両国の回向院で4月27日(土)から5月19日(日)まで行われる「信州善光寺出開帳」。

回向柱は陸前高田市気仙町荒川地内の気仙杉を活用。
善光寺関係者も参列した1月23日に行われた斧入れ式。その模様はこちら

柱の高さ7メートルで40センチ角。
参道に建立される回向柱の加工作業が9日に終了。
10日に回向院に向けて輸送。
12日には、回向院で建立に向けた揮ごうが予定されているとのこと。

出開帳仏の阿弥陀如来像の御手から金糸によって結ばれる回向柱。
その回向柱に触れることで、仏様とご縁を結ぶことができます。
今回の出開帳は、東日本大震災復幸支縁と名付けられ、収益は被災地支援に充てられます。

多くの皆様が参拝されて、被災地に思いを寄せていただきたいと願っています。

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2013年03月17日

善光寺が後援の映画「先祖になる」を鑑賞

昨日16日は気温が上がって、最高気温16,5度。今日は彼岸の入り。

16日、11時から「長野グランドシネマズ」で「先祖になる」を観ました。
一昨年、3月11日に起きた東日本大震災。
岩手県陸前高田市で被災した佐藤直志さん(77歳)のその後を追ったドキュメンタリー映画。
129席の会場は満席。
佐藤さんの一徹さと、バイタリティーあふれる生き方、日々の祈りの姿に感動しました。

長野の映画上映は善光寺が後援。善光寺は陸前高田の被災松でつくった木札の頒布や、供養の地蔵を制作して寄贈するなど支援を続けています。

映画終了後、ティーチ・インが行われました。
池谷薫監督、佐藤直志さん、村上富夫さん、若麻績敏隆善光寺寺務総長の4名が登壇。
佐藤さんのご挨拶は、善光寺信徒会と長野の皆さんに対する御礼から始まりました。
善光寺は、お参りに行くものだと思っていたが、お坊さんが被災地に来てくださった、と感謝の言葉もありました。
どんなことがあっても、夢を失わずに進んでいってほしい、というエールを送っていただき、大きな勇気をいただきました。佐藤さんの機知に富んだトークにも感服しました。
若麻績敏隆師は4月から東京両国の回向院で行われる出開帳を紹介。
その回向柱は、佐藤直志さんが伐採したのだと、初めて知りました。

出口ではサプライズで、佐藤さんがひとつずつ手書きされたという木札をいただきました。
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是非、お若い皆さんにも観ていただきたい映画です。長野では3月22日までの上映です。
また本日17日は佐久市のアム・シネマで11時から1回のみ上映。
やはり監督と佐藤さんによるトークがあります。

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2013年03月11日

3、11 善光寺で東日本大震災三回忌法要に参列

最低気温ー3,8度、最高気温3,5度。風が冷たく寒いような一日。

本日の午後、「善光寺」に参拝。
本堂で行われた「東日本大震災追悼復興祈願大法要」に参列しました。
テレビ局の発表では、参列者は300〜350名。
写真は午後2時過ぎの善光寺本堂。陽射しはあっても、気温は2,5度。
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2時30分から内々陣で法要が始まりました。
今日は長野県北部地震の復興祈願も一緒に行われました。
善光寺の大勧進と大本願の住職と、一山住職。長野市内の各宗派の住職による読経。
参列者も般若心経を一緒に唱えました。
地震があった2時46分に御本尊前の御戸帳が開き、手を合わせました。

震災から2年目の今日は、月曜日。
日曜日だった昨年と違って平日なので仕方がないことですが、法要に参列する人の数が減少したのが気になりました。

最後に東京両国の「回向院」で開催される出開帳のお知らせがありました。
期間 4月27日(土)〜5月19日(日)
「東日本大震災復幸支縁」と名づけられています。
元禄5年(1692年)より始まったという回向院での善光寺の出開帳。戦後初の開催です。
チラシをたくさんいただきました。これから多くの方に宣伝したいと思います。
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近い内に、詳しい行事が載ったチラシができるそうです。

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2013年03月08日

善光寺で10日、11日 東日本大震災三回忌追悼行事

最低気温4,4度、最高気温18,9度。3日続けてぽかぽか陽気。

善光寺で「東日本大震災三回忌追悼行事」が行われます。

東日本大震災追悼 祈りのつどい
3月10日(日) 午後1時〜(12時半〜入場開始)
善光寺本堂 内陣 
内容 奉納演奏と詩の朗読
    ・合唱(「花は咲く」「ふるさと」)
    信州大学教育学部附属長野小学校の皆さん
     長野市立城山小学校の皆さん
     長野少年少女合唱団の皆さん
    ・詩の朗読(菊田 郁「トランペット」、宮沢 賢治「雨ニモマケズ」)
        読み手:関谷 淑子さん

東日本大震災追悼復興祈願大法要
3月11日(月) 午後2時30分〜 (2時〜入場開始)
善光寺本堂 内陣および外陣

参拝券は不要で、どなたでも参列できます。



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2013年01月24日

回向院の出開帳「回向柱」に陸前高田の気仙杉

最低気温ー0,6度、最高気温8,5度。昨日に続いて、冷え込みが緩んだ長野。

本日、24日付の「東海新報」のニュース。
両国・回向院での善光寺出開帳「復幸支援」願い込め回向柱に気仙杉使用

今年に4月から5月に東京・両国の「回向院」で開催される「信州善光寺出開帳」。
御開帳のシンボルともいえる回向柱に、陸前高田市気仙町荒川地内の気仙杉が使われることになり、その伐採が行われたとのこと。

斧入れ式は1月23日、現地で市民ら約40人が参列して開催。
善光寺、回向院の僧侶らによる法楽。
関係者が「えいっ」と声を上げながら大木に斧を入れ、その後、地元の木挽棟梁により高さ30メートル超の大木が切り倒されたそうです。

善光寺境内に貼られているポスター(拡大してご覧ください)
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回向院での出開帳」は4月27日(土)〜5月19日(日)の23日間。
9:00〜17:00(最終入場16:30)
4月26日(金)に開闢法要(かいびゃくほうよう)、
5月20日(月)に結願法要(けちがんほうよう)の予定

7年に一度善光寺で行われる「御開帳(ごかいちょう)」。
善光寺の秘仏の御本尊に代わって前立本尊が公開されます。
その仏様の右手と「善の綱(ぜんのつな)」で結ばれるのが、回向柱。
参拝者は回向柱に触れることで、仏様とご縁をむすびます。


出開帳(でがいちょう)」は外で行う御開帳のこと。
江戸時代、回向院での信州善光寺の出開帳は大人気でした。

回向院での出開帳は戦後初で、東日本大震災の被災地復興支援が目的。
復幸支縁」と名付けて行われます。

出開帳仏は、一光三尊阿弥陀如来像。
他に釈迦涅槃(ねはん)像など善光寺に伝わる寺宝を公開予定。
善光寺名物の「お戒壇巡り」も再現されるそうです。

「東海新報社」によると、開帳実行委員会の若麻績敏隆実行委員長(善光寺代表役員寺務総長)は「伐採した大木は回向柱として生まれ変わり、人々と仏様、被災地を結ぶ絆のシンボルとなる。震災から2年が経過しようとしているが、復興に向けて懸命に努力している皆さんを、多くの人々が思い起こしてほしい」と挨拶されたとのこと。

今回、出開帳の浄財は、東日本の復興支援にあてられるとお聞きしています。善光寺のお膝元の私たちも、回向院での出開帳を多くの方に宣伝して、被災地の復興を応援していきましょう。

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2012年05月28日

高田松原の松で制作した地蔵尊まつる「地蔵堂」落慶式

最低気温11,4度、最高気温20,2度。

本日28日(月)「善光寺」本堂東側に、「地蔵堂」が完成して落慶式が行われました。

中にまつられたのは、岩手県陸前高田市の津波にあった高田松原の松で制作された地蔵菩薩像。

お堂は、以前に本堂前に「善光寺信徒会」が奉納した「大香炉線香台」で製作されました。

本日の落慶式の模様は「SBC信越放送」のこちらをどうぞご覧ください。




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2012年04月27日

大震災復興支援「善光寺」来春、東京「回向院」で出開帳

最低気温9,7度。

今朝の「信濃毎日新聞」によると「善光寺」は来春、「出開帳」を計画しているとのこと。

期間 2013年4月27日(土)〜5月19日(日)
場所 回向院(東京都墨田区)
趣旨 東日本大震災の復興支援(収益は全額、被災地支援へ)
内容 善光寺御開帳の前立本尊とは別の出開帳仏を公開
主催 善光寺・回向院

開帳」とは、普段は秘仏になって拝めない仏さまを、一定の期間だけ帳を開いて拝めるようにすること。開帳には、その寺で行う「居開帳(いがいちょう)」と、出張して行う「出開帳(でがいちょう)」があります。
善光寺の出開帳は、江戸・京・大阪で行う「三都開帳」と、諸国を回って歩く「回国(かいこく)開帳」がありました。

江戸時代には盛んに行われた善光寺の出開帳。
その折には、必ず「絵解き」も行われていました。
出開帳での絵解きが復活できれば、と期待が高まります。

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2012年04月21日

「カフェ マゼコゼ」23日から「ゴウセツの栄村文化展」

最低気温8,6度、最高気温23,0度。

イラストレーター&ライターの「ゆきつぼさん」の展覧会のお知らせです。
〜ゆきつぼが描く〜ゴウセツの栄村文化展
4月23日(月)〜5月19日(土)
(GW期間中の4月29日〜5月6日はお休み)
会場は長門町の「カフェ マゼコゼ
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私がゆきつぼさんと初めてお会いしたのはマゼコゼさんでした。
ご出身地の栄村のお話をお聞きしました。
その後、起きた栄村の震災で、さらに栄村のことを詳しくお聞きすることができました。このたびの展覧会に伺えば、さらに栄村通になれそう。

初日23日と5月7日と14日(いずれも月)は、ゆきつぼさんがいらっしゃるとのこと。
「一緒にランチを食べながら、栄村の話どんどん聞いてみませんか?」とマゼコゼさんでは呼び掛けています。
12時半ぐらいから「ゆきつぼとお昼を一緒に食べる会
マゼコゼさんかゆきつぼさんに、メールでお申し込みください。

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2012年03月11日

善光寺本堂で「東日本大震災一周忌追悼法要」に参列

最低気温ー0,3度、最高気温9,7度。

今日は3月11日。
1年前の今日、東北地方で起きた東日本大震災。
そして翌日、長野県北部の栄村を襲った地震。

本日の午後、善光寺に参拝しました。午後1時半の本堂前。
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本堂の前に掲げられた「東日本大震災一周忌追悼法要」の案内看板。
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本堂西側の入口にできた行列。2時に本堂の内陣に入堂。
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本堂の内陣は、次々に訪れる参列者でいっぱい。
2時半から善光寺事務総長の挨拶。法務局長から法要の次第の説明。
導師は善光寺住職の大勧進貫主と大本願上人。
善光寺一山住職方と長野市仏教会の住職方による読経。
参列者も一緒に般若心経を唱えました。
続いて南無阿弥陀仏を唱える中、地震の起こった2時46分に、御本尊前の御戸帳が上がり合掌しました。

法要後、御本尊前に安置されていた、岩手県陸前高田市の松の倒木で作られた地蔵菩薩4体を内陣近くに移動。
焼香台が置かれ、参列者は順番に手を合わせました。
今後1体は善光寺に安置。
3体は陸前高田市の「海岸山 普門寺」にまつられる地蔵尊。
同市の住民らが結成した「陸前高田お地蔵制作に協力する会」。
普門寺の境内に地蔵尊をまつるお堂の建設を計画中とのこと。
地蔵尊へのお賽銭は、全額その寄附に当てられると説明がありました。

内陣、外陣合わせて千名ほどの参列者。若者や家族連れが目立ちました。
地蔵尊の参拝には長時間待ちましたが、苦情も出ずに、皆静かに順番を待っていました。
今日は「長野県北部地震の被災地復興祈願」「原発作業者の安全祈願」も同時に行われました。
日頃は被災地から離れていて、なかなか思いや願いが届かない私たち。
今日は少しでも被災地に心を寄せようと、夫と法要に参列しました。

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2012年03月09日

善光寺で「東日本大震災 一周忌追悼法要」&「長野県北部地震 被災地復興祈願法要」

最低気温2,7度。3月に入り、暖かな日が続きます。
今日は午後から雨の予報。

昨年、3月11日に発生した東日本大震災から1年。
そして翌日、長野県北部の栄村を襲った長野県北部地震から1年。

善光寺」では「東日本大震災一周忌追悼法要」が執り行なわれます。
合わせて、長野県北部地震の被災地復興を願う法要。
 
日時 3月11日(日) 午後2時30分〜3時(入場は2時〜)
場所 善光寺本堂 内陣および外陣
参列自由、参拝券不要(入場開始から法要終了まで)

お戒壇めぐりと善光寺史料館は、法要中も平常通り(参拝券が必要)

11日は私も法要に参列して、お参りさせていただく予定です。
善光寺信徒会員の方は、善光寺信徒会袈裟を掛けてご参列ください、とお知らせをいただきました。

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2012年02月20日

栄村の本当の支援を考える本『ゆきつぼのちいさいころ』

最低気温ー8,3度。冷え込んだ朝。最高気温は5,4度。

昨年、3月12日 長野県北部の栄村を襲った震度6強の大きな地震。
その地震が縁で、知り合ったのが栄村出身のイラストレーター&ライターのゆきつぼさん
5月9日に夫と二人でお会いして、栄村のお話を伺いました。
2011年5月「大地震の被災地栄村の文化に触れる
6月4日の「栄村復興祈願 善光寺七福神めぐり」にも、ご参加いただきお話をお聴きしました。

そのゆきつぼさんが、このたび『ゆきつぼのちいさいころ』を出版されました。「豪雪の栄村・思い出生活雑記」(A5サイズ 88頁 1050円)
番外編として「栄村の震災」も収録。
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5月9日にお会いした後、ゆきつぼさんが書かれたブログ「本日の収穫」によると、その後、出版を決意されたことが伝わってきます。
「栄村で生きるということ。栄村のいいと思うところ。
私の視点から伝えていきたい。
やっぱり、私は私の得意分野で行くしかないのだ。
それを再確認した、気が、する、今日です。

栄村まんが(ゆきつぼのちいさいころ)をまた描きます。
それを読んで、栄村のファンでも増えたら
なんとめでたいことでしょう。
そして、村内の人も、ちょっと元気が出たらいいなという期待も込めて」

あの時、「夫がゆきつぼさんの小さい頃の漫画を楽しそうに読んでいたことが嬉しかった」とコメントしてくださいました。その夫がこの度出版された本を読んだ真摯な感想がこちら

ゆきつぼさんとは、親子ほど年代が離れている私です。
でも読んでいて、幼い頃に体験したことが思い出されました。
忘れていた大切なことを、呼び覚ましてくれる内容です。
栄村の復興支援はこれからです。
この本が大勢の方の手に届いて、本当の栄村を知る手だてにならないかと、考えています。知ることによって、真に栄村の方々に寄り添う支援ができるのではないかと思います。

本に掲載されている栄村の郷土食「みみだんご」。
先日、東京で行った「涅槃図」絵解きのビデオ収録の中で、お話しさせていただきました。
全国に向けて、栄村の大切な文化が届くことを願っています。

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2011年09月11日

東日本大震災から半年、164年前の善光寺地震から学ぶ

最低気温22,0度、最高気温33,3度。真夏に戻ったような暑い日。

長野郷土史研究会」が開催した「東日本大震災から半年 善光寺地震の体験から学ぶ」。
午前9時半に善光寺仁王門に集合したのは35名の皆さん。
講師の小林一郎会長の案内で、境内の地震関連の遺跡を見学。
仲見世の中程、かつて本堂があった場所にまつられた堂跡地蔵尊。
堂跡地蔵尊

続いて善光寺事務局の脇にある「地震横死塚」に参拝。
弘化4年(1847)に起きたマグニチュード7,4の善光寺地震。
犠牲者2500人ほどの遺骨を埋葬した塚。
地震塚

その脇に建つ「一字一石供養塔」。(弘化5年大勧進山海が建立)
法華経、阿弥陀経などを1石に1字ずつ書いて埋めてある塔。
供養塔

本堂に参拝後、講義の会場としてお借りした「白蓮坊」に移動。
大広間で講義。お出迎えいただいたご住職も一緒にお聴きいただきました。
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本日、小林一郎が取り上げた資料は2つ。
地震後世俗語之種(じしん こうせい ぞくごのたね)
権堂村名主永井善左衛門幸一(さちかず)の体験。善左衛門は34歳。

時雨迺袖(しぐれのそで)
飯山市の中曽根村太郎吉の体験。
村の友人6名で、御開帳の行われていた善光寺に参拝し、地震当日は門前に宿泊。

善光寺地震を体験した2名の記録は、歴史や文化の面からも貴重なものでした。その体験を、実際に地震で大きな被害を受けた善光寺で学ぶことができた講座。東日本大震災を身近なこととして捉え、これからも支援を続けていかなければと、思いを新たにしました。

真夏のような暑さの中、ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。

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2011年08月16日

高く評価された「長野郷土史研究会」の機関誌『長野』

最低気温22,6度、最高気温32,4度。
今日は送り盆。毎夕、同じような時間に雨が降り夕立は3日目。

岩田書院」が隔月で発行している「地方史情報」。

地方史情報104」(2011年8月)の31〜32頁で紹介された「長野郷土史研究会」の機関誌『長野277号』
(表紙写真は長野県北部地震で被害を受けた、飯山線JR森宮野原駅)
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内容は、東日本大震災・長野県北部地震の特集号。
・本会幹事に行ったアンケート。
・震災当日、東京に行っていた方、避難者を受入れた方のアンケート。
・「長沼地震の思い出」聞き取りから。

「直接の被災地以外の様子を将来に伝えていくことも郷土史の役目である」との考えから、行った緊急アンケート。
その本会の取り組みが、高く評価されました。
「郷土史の大きな役割がここにあるとして、逸早く取り組んだ同会の姿勢には大変敬服させられる。全国の研究団体がこれに続くことを期待したい」

急なアンケートでしたが、答えていただいた皆さまに改めて感謝します。
また大変ありがたい評価をいただき、今後も一層、郷土史の役割を果たしていきたいと決意を新たにしています。

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2011年08月15日

福島に思いを馳せた「善光寺お盆縁日」交流テント

最低気温21,5度、最高気温33,2度。

善光寺お盆縁日」の2日目。
福島県から長野市に避難されている方々をお迎えした「交流テント」。
善光寺お盆縁日実行委員会と長野市産業振興部観光課が主催。
「門前研究会」と「歴史の町長野を紡ぐ会」が協力。
私は、2日間、交流テントでメンバーと待機していました。
中心になったのは長野市観光課の中島龍吾さんと門前研究会代表の小池雅久さん。
お盆縁日8

昨日に続いて、夕方4時頃から雷雨。40分ほど降って、子どもたちの盆踊りは予定通り開始。ご住職方も輪の中に入って踊りました。
お盆縁日5

今回の大きな目的は大震災で犠牲になられた方々の追悼と東北復興への願いを込めた縁日。相馬盆唄の前に、長野市に避難されていて相馬盆唄の実現に尽力してくださった福島県の方がご挨拶されました。
お盆縁日7

今回は長野市観光課が、福島県から長野市内に避難している75家族に、お盆縁日へのお誘いの手紙を送付。善光寺はテントの設置や無料駐車券、飲み物を用意。仲見世商店街はおひとり1回、露店で使える券を用意。私たちはテント内でお待ちしました。
長野市と善光寺、民間の私たちが、三位一体で実現できた、今回の企画。
訪れてくださったご家族は1割。どの方も「長野市の皆さんはよくやってくださっている」と、対応に感謝されていました。

5年目にして、こんなすばらしい場を設営できた善光寺お盆縁日。
私は誇りに思うと同時に、参加できたことに感謝の気持ちでいっぱいでした。「交流テント」を訪れてくださった福島の皆さまとの出会いも貴重でした。
その思いを大切にしながら、今後も被災された方々を応援していきたいと思います。

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