2017年05月05日

家を引っ越して、今まで中目黒で40平米の狭い家に3人でいたので、空気が滞留し、ものに溢れ(断捨離をしまくっても)、生きづらかったのが、金沢に来て、3DKの家になった。平米で言うと、約2倍。
家賃は数万円下がった。

それで念願の畳の部屋を手にいれた(といっても未だ賃貸)。
畳でゴロゴロしていたら、息子が寄ってきて、よじ登ったり、いたずらしたりと(GW2日目)。
雑誌を見てヨガで言うスフインクスのポーズをしていたら、背中に乗って「コロンと横に転がって」とのリクエストが。
その動きを何度も繰り返す。
そんなことでも相当楽しそう。

ハッと気づくと、それが息子の生活する視点だった。
今まで、仕事仕事と忙しくて、この視点を大切にしてなかったな〜と。

息子が立って生きている、その目線で見ないとダメだよな〜、と。
また一つ教えてもらった!!
子供ってすごいな。

2017年05月03日

今年4月より3年半ほど住み続けた中目黒を離れて、横浜市の金沢の方に引っ越した。
職場も自宅も同じ区内で念願の自転車通勤が始まった。
運が良く、保育所も自転車で2分の距離。
あ、あ、ありがとうございます!!(色々なことに対して)

前職では、まず自宅と保育園が自転車で10分強。坂道多し。保育園は通勤経路にないので、往復20分プラス保育園滞在時間で30分ほど、そして通勤が片道1時間強と。

時短勤務ではないけれど(裁量性労働形態)、お尻の時間が決まっているので朝は
10時半位に着き、職場はほぼ16時45分上がり。そしてダッシュ。それでも保育園に着くのが18時15分。
あ〜しんど。

それが、朝9時に保育園の送りで出ても、職場に着くのが10時いかない。それだけで涙が。。。
辛い毎日やった…
都内だと、こう言う生活を割と誰でもしているので、文句は言えないけれども、概して子育て主体者の負担が大き過ぎて、こうこれ以上は続けられないと・・・

住み慣れた、中目黒(そしてかなり色々便利)を離れるのは残念だったが、子育てがしやすい自然満載の金沢に来れて、大満足!!
海がチャリで15分!動物園までチャリで行ける!水族館もある!!
これから夢が膨らみます。





2017年05月01日

かれこれ2月のことになる。

息子が3歳を過ぎて、言葉もたくさん出るようになり、ずっと聞き続けていた胎内記憶の話を再度してみた。

今までになかったような表現で驚愕。

きちんと彼の話を聞くときは、寝る前に布団の中で。
「ママのお腹の中で何考えてたの?」「どうやってきたの?」と質問すると。

「ママとパパのこと、お空から見てたの」
「それで、飛んで行ったの」
「はねがなくて、でもおててをこうやって、バーって広げて(と言って、神がかった感じで熱く語り、両手を広げる)「それで飛んで行ったの」

私「怖くなかったの?」

「怖くなかった」

私「パパとママ、何してたの?」

「パパとママ笑ってたの」

1歳過ぎて言葉が出てきてから、繰り返し、繰り返し聞いてきた、胎内記憶の話(言うことがどのくらい同じなのか、違うのか、それを確かめたいと言うこちらの都合)。
いつも一貫してるのは、まず両親(私と夫)の服の色。私は赤で夫は黒か紺。これはずっと一貫してる。

すご〜。

手を広げて、と言う下りは、今回初めて出てきた言葉。息子が、ちょっと神様のような存在に見えて
夜だったし、これ以上聞くと、怖いって思い、そのあたりでやめた。
この怖いと言う気持ちは、ホラーとか、そう言う意味ではなく何か、人知を超えたものに触れた時の神々しい気持ちなんだろうと、思う。








2017年02月20日

保育園入園が激戦の東京都に居住しているので、保育園に入ることができているだけ、幸せだろうということも本当だと思うけれど、それでも保育園の質について考えることは多い。
一保護者としてもそう思うし、(一応)保育の教員養成系の大学に努める者としても思ってしまう。

一保護者として。
とにかく、大人がやりやすい保育を優先して、子供にとっての保育がないがしろにされているのではないかと感じることがある。

保育士さんたちは毎日一生懸命、安全に気を配り、外出したら怪我しないよう、喧嘩しないよう、気にすることもとても多く、ある意味、ストレスフルな職業だとも思う(それ以上に、子供からたくさんのギフトをもらうというのも事実だけれども)。

息子が3歳になり、家では紙おむつを使わなくなった。もう数ヶ月になる。
しかし、保育園ではお昼寝の時には必ず紙おむつを履かせられる。それで毎回のように使用した紙おむつを持ち帰る。
布おむつ派の私(と息子)は紙おむつが好きではないので、一度、先生に頼んでみた。
息子のおちんちん・お尻が荒れていたからだ。

「肌があれるので、紙おむつをやめてほしい。できれば、パンツで寝かして、濡れても洗うから
問題はない」
「お母さん、問題はないって言いますが、コット(簡易ベッドのようなもの)が濡れたらどうするんですか、他の子も使うことになるんですよ」
「沈黙」

でも、これって、一言、濡れちゃうと困るから、シートなど持って来ていただければ対応ができます、といえばすむことなのでは?

そして、昨日も思い切って、話してみた。パンツから、オムツに履き替えさせるのを忘れて、「シーツが濡れて、申し訳ない」と謝られたからだ。

「私は今はトレーニング中なので、シーツが濡れて毎日持って帰ることになってもそれでも構わない。でもまたおちんちんが荒れていて、水ぶくれもできているので、紙おむつは極力使いたくない」
と頼んでみた。
そうすると
「お母さん、確かに紙おむつをすると、紙おむつをしている安心感から、中でしちゃうんでしょうね。」

そこまでわかっているのに、なぜ?3歳だから学習できるでしょう。うちの息子はそこまで馬鹿ではない。
シーツが濡れるのは、子供だから仕方ないでしょう。小学生でもお漏らしする子はいるし、私だって、たまにしてた気がする。
大切なのはシーツを濡らしてごめんなさいではなくて、早くパンツにしてあげるように環境を整えることではないのか。

こういうことが今の保育園に変わってなんども起こり、本当に、大人のための(保育士のための)保育園だなあ、と思って、ため息が出る。
保育士さんも頑張っているのはわかるけれど、とにかく話がずれている。
わかる人に話せば、一発で私の違和感はわかってくれるはずだと内心思っている。

ちなみに、紙おむつを使わない保育園もいくつかあって、色々な工夫をしていることも知っている。
園のカラーもあるので、そういうところに探してあげるべきなんでしょうね、きっと。





2017年02月17日

私は2005年から2007年まで、青年海外協力隊として活動していた。その後も2回短期ボランティアを経験した。それ以降、ずっとザンビアに勝手に関わり、勝手に研究している。勝手にというと語弊があ流のだけれども、気持ちはそういう気持ち。
ザンビアの方は、私のことを必要としていないようにも見えるのだけれども、勝手に恩返しという名目で色々試行している。
今は、子供の数の認識についてとても興味があって、子供がどうやって数を数えるのか、どうやって理解しているのか、ということを知りたくて、現地の友達や子供たちに協力してもらい、調査をしている。

つい先日、突然、協力隊関連の事務局から連絡があり、協力隊まつりのシンポジストとして来てくれないか、という打診があった。

協力隊には批判もつきまとい、税金も無駄遣いだという声もあるけれど、私個人的にはとても良い制度ではないかと思っている。その理由は、申し訳ないけれども、若い時に派遣されていたので、大きな支援はできないけれども、その時につながった人々とは今も関係が続いている。人間関係なので、いろいろあるけれど(喧嘩したり、揉めたり)、でも、それでも、彼らのことが大好きでいられる。その機会をくれたのは協力隊だから。もし協力隊に参加した人たちが一人でも多く、どこかの国の人々と特別な友好関係を築くことができれば、その人が中心となって、周りの人にもその国の人たちのことを知らせられ、そしてずっと気にかけることができる。そのこと自体が、価値があるのではないかな、と思っている。

ということで、2017年4月23日、JICA地球ひろばにて青年海外協力隊に興味がある人を対象に
いろいろ話をしたいと思っています。