渚の映画ドラマくらぶ

個人的な映画とドラマの感想記録です。日本映画、海外映画、アニメ映画、ドラマなど幅広いジャンルの映画を観ています。



主人公の栗林は研究所で働いています。

ある日研究員の葛原が仕事中に新型ウイルスの開発に成功するのですが、そんなものが世に知れたら研究所はおしまいだと考えた所長と栗林は、葛原を解雇へと追い込み新型ウイルスを隠蔽します。

葛原はその復讐に新型ウイルスを研究所から盗み出し、雪山へと隠して研究所に身代金を要求しますが、なんと事故死してしまい、所長と栗林はウイルスの場所を知る術がなくなってしまいます。

栗林はスキー好きな息子と一緒に、ウイルスが隠されたと思われるスキー場にウイルスを探しに行きますが、果たして無事にウイルスを見つけられるのでしょうか。




東野圭吾原作ということで、ミステリーかと思いきやこの映画に期待すべき点は、ユーモアな表現とアクション、そして伏線です。


ユーモアな表現


阿部寛さん演じる栗林は『新参者』のような真面目なキャラではなく『テルマエ・ロマエ』のようなお茶目キャラです。

わがままな所長に振り回され、誰にもウイルスの正体は開かせないため協力者もおらず、スキーも滑れないのに雪山でウイルスを探さなくてはならない不憫な役です。

ゆるーい作品の常連であるムロツヨシさんとの掛け合いも必見です。



アクション


クライマックスは主人公による謎解き...!ではなく雪山アクションです。

カメラワークも凝っていて、独特の撮影方法によるアクションシーンは手に汗握る展開です!



伏線

この映画は2回見ましたが、1回目はどんでん返しに驚かされるばかりで、細かい伏線にまで目がいかなかったのですが、2回目に見た時に「これがあのシーンに繋がるのか!」という発見があり、何度見ても面白い映画であると感じました。



最後に...

B'zのエンディングが始まってもそこで止めてはいけません!!

最後まで細かい演出が満載です。

ぜひエンドロールの終わりまでご覧ください。



前知識を一切入れることなく見たので、見進めていくうちに気付くことが多くてまるで自分もその作品の中に存在しているかのように没頭することができました。

ラストに近づくにつれてだんだんと序盤の伏線が回収されていくさまが楽しかったです。

私はこの映画がアカデミー賞を獲得したから見た、というわけではなく、ただジェレミー・レナーが好きだから見たのですが、俳優ファンとしてみてもストーリー展開が面白く、先の読めない感じがどきどきするのでとてもよかったです。

映画館で見る分には全然問題ないことなのですが、全体的に暗いシーンが多いのでDVDなどを家で見る際はできるだけ映画館と同じ環境で見ることをお勧めします。

この映画を見て一番感じたのは、言葉の強さです。

私は生粋の日本人で英語がニガテで日本語しか使えませんが、この映画を見ると、本当にそれでいいのだろうか、と思うようになります。

日本語でも、英語でもない、地球に存在しない言語を解読して交流を図るようなストーリーなので、言葉が通じるということがいかにありがたいことか感じることができます。相手が何を考えて何を伝えようとしているのか、それがわかるのは言葉だけなのだ、と強く思いました。

初めてみるのであれば、私は字幕版で見ることをお勧めします。なぜなら、難しい言葉が飛び交うので、文字として認識してみたほうが理解度が深まるからです。吹き替えだったら途中であきらめていたかもしれないと私は思ったので、極度に字幕が苦手でなければ吹き替え版よりも字幕がいいと思います。

結末を知ってから、もう一度見るとまた印象が違うので、何度も見られる作品だと思いました。



思春期の男子が母親に特別な感情を抱くというのは、よく言われること。

なので、その恋敵である父親に対して嫉妬し、自分を押さえつけようとする「権力」に対して敵意を抱く


——いわゆるエディプス・コンプレックスという精神分析用語がある。


これは別に特殊なケースでもなんでもなく、どこの家庭でも起こる精神的な葛藤の過程であり、だからこそ数多の優れた物語には「父殺し」が暗喩的に取り入れられている。

つまり、父を克服し、精神的に殺すことが、子供が大人になるイニシエーションと重ねて語られる。

早い話が、母親に甘えて庇護されてきただけの幼子が、自立して強くたくましい「大人」になるという話。



ところが、「母殺し」という穏やかではない原題が付けられた本作では、主人公がゲイなので少々趣を異にしてくる。

彼にとって母親は特別な愛情を抱く対象でありながら、同時に克服しなければならないハードルでもある。

しかも母子家庭でもあり、さらには反抗期のお年頃と来たものだから、さあ大変。

母親は、我が子のその複雑すぎるすべての感情を一心に注がれなければならないわけだ。(しかも母親は母親で、適度に子供じみた性格なので、まさに取り付く島がない)



なので、一般的な家庭では「ババア、部屋に入るときはノックしろよ!」とうざったがるだけで済むような場面が、くっついたり離れたり、なんだか精神分裂のようにしか見えない行動が散見される。

正直、ノンケの自分には理解が及ばないくらい複雑な精神世界なのだが、彼らが母親に対して抱く感情は本当にこれだけ曖昧にこんがらがっているのかもしれない。

…という説得力が画面の端々から伝わってきて、非常に興味深いお話でした。

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