渚の映画くらぶ

個人的な映画の感想記録です。日本映画、海外映画、アニメ映画など幅広いジャンルの映画を観ています。



前知識を一切入れることなく見たので、見進めていくうちに気付くことが多くてまるで自分もその作品の中に存在しているかのように没頭することができました。

ラストに近づくにつれてだんだんと序盤の伏線が回収されていくさまが楽しかったです。

私はこの映画がアカデミー賞を獲得したから見た、というわけではなく、ただジェレミー・レナーが好きだから見たのですが、俳優ファンとしてみてもストーリー展開が面白く、先の読めない感じがどきどきするのでとてもよかったです。

映画館で見る分には全然問題ないことなのですが、全体的に暗いシーンが多いのでDVDなどを家で見る際はできるだけ映画館と同じ環境で見ることをお勧めします。

この映画を見て一番感じたのは、言葉の強さです。

私は生粋の日本人で英語がニガテで日本語しか使えませんが、この映画を見ると、本当にそれでいいのだろうか、と思うようになります。

日本語でも、英語でもない、地球に存在しない言語を解読して交流を図るようなストーリーなので、言葉が通じるということがいかにありがたいことか感じることができます。相手が何を考えて何を伝えようとしているのか、それがわかるのは言葉だけなのだ、と強く思いました。

初めてみるのであれば、私は字幕版で見ることをお勧めします。なぜなら、難しい言葉が飛び交うので、文字として認識してみたほうが理解度が深まるからです。吹き替えだったら途中であきらめていたかもしれないと私は思ったので、極度に字幕が苦手でなければ吹き替え版よりも字幕がいいと思います。

結末を知ってから、もう一度見るとまた印象が違うので、何度も見られる作品だと思いました。



思春期の男子が母親に特別な感情を抱くというのは、よく言われること。

なので、その恋敵である父親に対して嫉妬し、自分を押さえつけようとする「権力」に対して敵意を抱く


——いわゆるエディプス・コンプレックスという精神分析用語がある。


これは別に特殊なケースでもなんでもなく、どこの家庭でも起こる精神的な葛藤の過程であり、だからこそ数多の優れた物語には「父殺し」が暗喩的に取り入れられている。

つまり、父を克服し、精神的に殺すことが、子供が大人になるイニシエーションと重ねて語られる。

早い話が、母親に甘えて庇護されてきただけの幼子が、自立して強くたくましい「大人」になるという話。



ところが、「母殺し」という穏やかではない原題が付けられた本作では、主人公がゲイなので少々趣を異にしてくる。

彼にとって母親は特別な愛情を抱く対象でありながら、同時に克服しなければならないハードルでもある。

しかも母子家庭でもあり、さらには反抗期のお年頃と来たものだから、さあ大変。

母親は、我が子のその複雑すぎるすべての感情を一心に注がれなければならないわけだ。(しかも母親は母親で、適度に子供じみた性格なので、まさに取り付く島がない)



なので、一般的な家庭では「ババア、部屋に入るときはノックしろよ!」とうざったがるだけで済むような場面が、くっついたり離れたり、なんだか精神分裂のようにしか見えない行動が散見される。

正直、ノンケの自分には理解が及ばないくらい複雑な精神世界なのだが、彼らが母親に対して抱く感情は本当にこれだけ曖昧にこんがらがっているのかもしれない。

…という説得力が画面の端々から伝わってきて、非常に興味深いお話でした。



全米では「it」の象徴するものがなんなのか?という喧々囂々の議論が沸き起こっていたようですが…。

あれは「性病」の象徴だとか、性に奔放な若者を戒める教訓的な存在だ、とか誠に薄っぺらい回答もある中…あれは「死」そのものだというのがどうやら正解っぽいですね。


ただ私は、それとも近いですが、もうちょっと手前の部分の、生きることの象徴であるセックス(性)とは相反する、「理性」の象徴、あるいは「夢見がちな子供時代を脱し、つまらない大人になってしまう悲劇」の象徴なんじゃないかと捉えました。

たとえばitが、自分の両親(しかも半裸or全裸)や老婆の姿になっているのは、本能的な行為であるセックスのときに間違ってもイメージしたくない存在だし(笑)


ジョイが彼氏とのエッチを済ませた(感染した)後に行ったセリフ「昔はかっこいい彼氏とデートすることに憧れてたけど、これからわたしはどこへ行くべきなんだろう?」にも表現されている通り、本能という子供的な衝動の先にある「理知的な大人」へと成長する、その通過儀礼の話なんじゃないかと。

まあ、そこから先は誰しもが訪れる「死」の陰におびえるしかないという、結局同じ話なんだけど(笑)


監督はノーコメントを貫いているらしいですが、こうやって色んな解釈ができる、解釈する余地のある映画というのは良作の証。

あからさまに恐怖を煽るホラー映画の体を取っていながら、ホラーの領域をやすやすと超えていく。

近年もっともよかったホラー映画でした。

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