今日から新しいメンバーの講座がスタートしました 
「すご〜い
「おもしろ〜い
「楽しい
という言葉をたくさんいただいて、
うれしい時間でゴザイマシタ (´∀`*)

その方は、ある和みメンバーの中高の同級生。
で、その同級生が4名になりました w(゚o゚)w オオー!
同じ学び舎で 同じ学年で学んでくださった4名の方が和み彩香のメンバーに 
うれしいことでございます 
   和み彩香メンバーには、同級生・親子・きょうだいなど…
   かなりいらっしゃることは、自慢でゴザイマス 

で、
昨日のブログは、黒い食器と白い食器の話でしたが、
それで思い出したのが、喪服の歴史。

講座で、色々な国や文化、宗教、歴史での色の変遷についてを
お話することがあるのですが、
「喪服=黒ではなかった」というお話の詳細も φ(.. )
と本日のブログに書くことにいたしました 


「日本書紀」や「隋書(倭国伝)」などの記述を見ると、
古代の日本での葬儀では、
故人の親族も参列者も白い喪服を着用するのが通例だったようです。

平安時代後期、宮中の貴族は墨染めの喪服を着用するよう定められたことがありますが、
これが一般人にまで浸透することはなかったよう。

喪服の色が大きく変わることになるのは、明治維新
欧米の文化に接するようになってきてから。

明治30年に皇室の葬儀に列席した欧米諸国の賓客たちは、
ヨーロッパ王室式の黒い喪服を揃って着用していた。
これを見た明治政府が「日本人の参列者にも黒い喪服を」
と、命じたのです。

しだいに、上流階級の間で「黒を国際標準の喪服の色」
とする気風が広まり、
大正期には、宮中参内での喪服は「黒を基調とする」
と皇室令に明記されるようになりました。
でも、一般の人々は、まだ葬儀には白い喪服を着用しつづけていたそうです。

その中で、日清・日露戦争が激しくなり…
葬儀が頻繁におこなわれるようになると、
白い喪服は非常に汚れやすいため、洗濯が追いつかない・・・という事態に。

そのうちに…喪服専門貸衣装屋が、汚れの目立たない黒の喪服に
全ての衣装を統一してしまった!

ということで、黒い喪服が一般的になったそうです。
今も、白い喪服を着る人もいますし、そういう習慣の地域も残っているようです。


   「読みやすく書いてあるのは、ないかな・・・」とネット検索して、
   こちらがわかりやすいかと思いました。
         ↓
    http://www.sougiya.biz/kiji_detail.php?cid=17

   ただ、こちらは「第二次大戦後に葬儀が増えて・・・黒い喪服に」とありますが、
   「日清・日露戦争後・・・」という本もあります 

ちなみに、お通夜は喪服でなくてもいい・・・ということで
ここ何年か、グレーを着て参列しているワタシです。

   かつて「日本史の先生」をしていた(記憶のあるワタシ)ですが、
   こんなことも授業でお話していたら…楽しかったろうなぁ〜〜〜〜
   と、思いますが… 
   今の方が楽しい… カモ (* ̄∇ ̄*)エヘヘ


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