ラジオで解説したアナログレコードの音溝について補足説明します。
現行の45/45方式のレコードの音は45°ずつ傾いてV字型に掘られた溝に、右の音は右の壁に、左の音は左側にというように刻まれています。
そして、右の音は右の壁の凸凹を、左の音は左の壁の凸凹をそれぞれ独立に感知しています。
中学校で習ったx、y座標でいうならば、y=x, y=-xというような直行する直線で、y=xを右の壁、y=-xを左の壁と考えることができます。
そしてそれぞれをX軸、Y軸とすれば、その座標系で針の位置を(X, Y)とすることができます。
音の刻みを感知するということは、右の音はYの値(右音の壁がX軸に垂直に=Y軸方向に変動するため)を、左の音はXの値を感知することになります。
これに対して、採用されなかったデッカのVL方式では、音溝は同じV型ではありますが、そのV字型の刻み方が違って、右+左の音が左右方向に刻まれ、上下方向に右-左の音が刻まれています。
そして、それぞれLat(左右方向)、Ver(上下方向)の信号を取り出して、
右の出力としてはLat+Ver=(右+左)+(右-左)=2×右
左の出力としてはLat-Ver=(右+左)-(右-左)=2×左
として左右独立して音を取り出しています。
さて、この一見、違う方式に見える2方式は、ビデオでβ方式とVHSが最初並立して存在したようにはせず、最初からどちらか一方を採択することとなり、45/45方式が採用されることとなりました。
が、実は、どちらとも同じ音溝になる訳であり、どちらかに決める必要はなかったのです。
どういうことか。
先に、45/45方式はX-Y座標系でX、Yの値を見ることになることを説明しました。
これを45°右に倒したx-y座標系ではどうなるかを考えてみます。
(一次変換をご存知ならばそれでやるともっと簡単ですが)
以下、下図参照して下さい。
x-y座標でy=xで表される直線をX軸、それに直交する直線y=-xをY軸としてX-Y座標を考えます。
針先の位置をX-Y座標で(X1, Y1)とします。
この場合、Y, Xの値は左右どちらか決めた信号を刻んだ値となります。
例えばX軸が右信号を刻んだ壁、Y軸が左信号を刻んだ壁とする。
(X1, Y1)をx-y座標で表した(x1, y1)は図より、
x1=OA-x1A=X1cos45°-Y1cos45°
(x1Aはx軸上でのx1とA点との距離)
=1/√2(X1-Y1)
y1=OB+By1=X1cos45°+Y1sin45°
=1/√2(X1+Y1)
従って、一般的にX-Y座標上の点{X, Y}は、x-y座標で
{1/√2(X-Y), 1/√2(X+Y)}と表すことができます。
ここで、上述のデッカのVL方式を考えます。
VL方式では、水平方向+垂直方向で右側、水平方向-垂直方向で左側の音を拾っていたのだから、右のつもり(というか実際はまんま右なのですが)の出力は
水平方向(即ちxの値)+垂直方向(yの値)なので
右のつもり=1/√2(X-Y)+1/√2(X+Y)
=2/√2X
=√2X
となり、Xに√2の係数をかけただけの純粋な右信号となる。
同様に
左のつもり=水平方向-垂直方向
=1/√2(X-Y)-1/√2(X+Y)
=-2/√2Y
=-√2Y
となり、-√2の係数が付いただけの左信号そのものとなる。
負の値がついて驚くひとがいるかもしれませんが、頭の中で設定を変えるか、実際に即して言えば接続の極性を逆にするだけの話で全く問題はありません(-が付かないように最初の設定を変えてもよかったのですが、逆に言えば設定でどうにでもなるほどのどうでもよい話)。
方式としては別物ではあったが、結果的にできる音溝は物理的にも数学的にも同じことになるということがインポーイント(重要な点)なのです。
また、√2の係数についても、実際は同じ45/45方式のカートリッジ間でも出力の違いは数倍も違うことがあるので問題ないし、そもそもカッティングマシーンの能力によって入力信号に対する切削量には個体差があるため、最初から信号に対する音溝の振幅を規格化しておけば問題ないというかそうしなくてはいけないものですね。
お時間のある方は、今度はデッカのVL方式を45/45方式に投影した場合どうなるか考えて見てください。
同じ結果となり(逆のことが言えて)驚くと思います。
ときにデッカのVL方式のカートリッジは接続を換えると45/45方式と互換性があり、45/45方式のレコードを聴くことができると誤解している人がいますが、接続を変えて互換性を出すとかでなく、同じ音溝なので接続を換えるまでもなくそのまま聴くことができます。
なお付け加えるならば、デッカのVL方式で録音されたレコードを現行の45/45方式のカートリッジでそのまま聴くこともできます。
同じ音溝なので当たり前であることは、以上お読み頂いた方には明らかですね。
(追記)
VL方式も45/45方式も、モノラルの場合は、左右に同一信号が刻まれることになり、結果として、ステレオが始まる以前のモノラルレコードと同様、水平方向に左右同じ信号が刻まれることになります。
すなわち、
VL方式では、そもそも水平方向が右+左でしたので、右=左より、水平方向=2×右=2×左となり垂直方向=右―左=右―右(=左―左)=0で、水平方向にのみ動き、上下には動かないことになります。
45方式では、仮に先に設定した式(X, Yをx,y座標で表している)
{X, Y}={1/√2(X-Y), 1/√2(X+Y)}
でモノラルではX=Yより、
{X, Y}={1/√2(X-X), 1/√2(X+X)}
={0, 2/√2X}
となり、横方向には動かず縦方向に揺れることになります。
が、実際は、横方向に触れるように設定されていることから、
最初の設定で、XもしくはY方向を感知するコイルの極性を逆にすればよいことなります。
すなわち、
{X, Y}={1/√2(X-Y), 1/√2(X+Y)}
で、X=-Yとおくと、
{X, Y}={1/√2(-Y-Y), 1/√2(-Y+Y)}
={-2/√2Y, 0}
となり、水平方向のみの運動となります。