2008年03月02日

もう一つの真実。 『1976年のアントニオ猪木』

08-0302-猪木

幼少の頃からプロレスファンだったので、1976年はもちろん現役のプロレスファンだった。今はプロレスファンを卒業したが、プロレスファンとして最も刺激的な年が1976年とも言える。
アントニオ猪木が、あのボクシング世界チャンピオンのモハメド・アリと異種格闘技戦を行った年だったからこの試合は、試合後のNHKのニュースで「茶番」と言われ、「世紀の凡戦」と世間から罵られた。確かにプロレス的な技の攻防はなく、猪木は観劇を塗って今で言うアリキックを放つだけ。でも、この試合は興奮した。
江戸時代、真剣を持って戦う侍は、時代劇みたいにチャンチャンバラバラはなく、鍔迫り合いをしていたということを何かの本で読んでいたからだ。お互いが相手の領域に踏み込むことができず、その緊張感がすごく小便ちびりそうになって観ていた。

猪木が設立した新日本プロレスでレフェリーをしていたミスター高橋が書いたあの暴露本、アントニオ猪木が真剣勝負をしたのは、アリ戦とペールワン戦と書いていたが、この二試合に加えルスカ戦とソンナン戦について書かれているのが『1976年のアントニオ猪木』だ。
著者は、オランダ、アメリカ、韓国、パキスタンに渡って、関係者に徹底取材。真実を暴くというのではなく、ノンフィクションとして事実を書いていくというスタンスなので、暴露本を読むときのような不快感は一切ない。

アリ戦の後、猪木や猪木の参謀だった新間が語ったことは、ねつ造というか虚偽というか、ま、そんなことにもわかり驚いたが、そもそもプロレスはねつ造や虚偽など当たり前の世界で、その時代に猪木や新間がしたことに不快感は感じられない。
何より、ペールワン戦のその後は、まるでフィクションのような結末だった。

1980年、村松知覗の『私、プロレスの味方です』以降、マイナーな書籍まで含めプロレス本を読みまくりったが、そこで語られた猪木も僕の中では真実。
『1976年のアントニオ猪木』で書かれた猪木のことは、もう一つの真実。それでいいのではと思う。

1976年のアントニオ猪木
1,890円
柳澤健
文藝春秋
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nagoyanshiki at 21:21│Comments(0)TrackBack(0) 食べ物以外 

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