食べ物以外

2008年03月06日

戦極-SENGOKU- 「国際プロレスの旗揚げを思い出した。」

総合格闘技プロモーションの戦極が立ち上がったとき、記者会見に参加した選手が吉田秀彦と菊田早苗らと知り、マイナー感は拭えなかった。確かに金メダリストの吉田は知名度は抜群。ホイス・グレーシーやドン・フライ、小川直也といった(過去の?)名選手に勝っているが、最近は結果を残していない。アブダビ・コンバットで優勝した寝技の達人菊田もPRIDEではインパクトを残せなかった。
しかし、大晦日、ヌルヌル秋山と戦うという貧乏くじをあえてひいた三崎和雄、1年試合をしていなかった火の玉ボーイ五味隆典、野獣藤田和之の参戦が決まり、にわかに期待が膨らんできた。
戦極-SENGOKU-旗揚げの3月5日、僕はスポルティーバ@矢場町(名古屋市中区)で観戦することにする。

08-0306-スポルティーバ

昨年の大晦日で再び総合格闘技熱が高まったのか、平日夜だったせいか、カウンターの中まで客が埋まり、総合格闘技では今までで最高の入りではないかと思う盛況振り。
期待していた1、2試合のグレイシー・フュージョンの2選手は、ポジション取りはさすが柔術家というスキルを見せるがその先がなく打撃でポイントを取られて判定負け。
足関節がない柔道出身の瀧本誠はエヴァンゲリスタ・サイボーグのアキレス腱固めでタップアウト。立ち技のK-1出身のピーター・グラハムは、藤田のタックル、寝技であっさり負ける。
満員御礼のスポーツバーで観ていたので盛り上がったが、一人で観ていたらどう思ったのだろう。三崎は修斗・世界王者のシアー・バハドゥルザダにいいところがなく、ワンチャンスをものにして勝利を引きつけた。勝負強いといえばそうなのだが、スキルは圧倒的に劣っていた。
そして、いよいよ五味の登場。が、入場曲をが変えられていた。今までの“SCARY”で入場してきたら、もっと会場は盛り上がったはずなのに。相手は、UFCで須藤元気、K-1で武田幸三に勝ったドゥエイン・ラドウィックで、どんな試合になるかと思ったが、五味がラドウィックの顔面を破壊してドクターストップ。もう少し、観たかったなあ。
菊田は対戦相手が欠場で出番なし。

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いよいよメインの吉田対ジョシュ・バーネットが始まる。バーネットはPRIDE崩壊後、猪木のリングでプロレスをしていたのでどうなのかと思っていたのだが、技の引き出しも多く、試合を楽しんでいてときに笑みを浮かべる場面も。それに比べて吉田はいっぱいいっぱいだった。そして、瀧本と同じく足関節のヒールホールドで吉田はタップアウト。
このとき、国際プロレス(TBSプロレス)の旗揚げを思い出す。エースになるはずのグレート草津はルー・テーズのバックドロップで失神。三本勝負なのに、試合続行はできなかった。
バーネットはそのことを知っていたのかいなかったのが、吉田をバックドロップを繰り出した。
今日のスポーツ新聞で、吉田の敗北が思いやりのない書き方で報じられていたが、主催者サイドも困っているだろう。吉田が、UFCでもパンクラスでもチャンプになったバーネットに勝って、もっと言ってしまえば真剣勝負の柔道がプロレスに勝って、順風満帆で船出するはずだったのに。
そこで思ったのが、また国際プロレス。草津をエースにできなかった国際プロレスは、ビル・ロビンソンをエースしていた時期がある。日本では、外国人レスラーは敵役になるのだが、英国紳士のロビンソンが悪役のアメリカ人レスラー相手に洗練されたテクニックを見せたことに日本人は沸いた。バーネットは日本のアニメオタク、プロレスオタクで日本で人気があるので、彼と五味をエースにして続けるしかないと思う。
ホジャー・グレイシー、ケビン・ランデルマンが参戦が決定したようだが、有明コロシアムでの第2回大会はいえるだろうが、さいたまスーパーアリーナでの6月8日の第3回大会はよほどのカードを組まないとと思う。
言いたい放題書いたが、全試合、膠着でのブレークがなかったことは、特筆すべき大会であったと思う。

戦極
スポルティーバ

nagoyanshiki at 22:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年03月02日

もう一つの真実。 『1976年のアントニオ猪木』

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幼少の頃からプロレスファンだったので、1976年はもちろん現役のプロレスファンだった。今はプロレスファンを卒業したが、プロレスファンとして最も刺激的な年が1976年とも言える。
アントニオ猪木が、あのボクシング世界チャンピオンのモハメド・アリと異種格闘技戦を行った年だったからこの試合は、試合後のNHKのニュースで「茶番」と言われ、「世紀の凡戦」と世間から罵られた。確かにプロレス的な技の攻防はなく、猪木は観劇を塗って今で言うアリキックを放つだけ。でも、この試合は興奮した。
江戸時代、真剣を持って戦う侍は、時代劇みたいにチャンチャンバラバラはなく、鍔迫り合いをしていたということを何かの本で読んでいたからだ。お互いが相手の領域に踏み込むことができず、その緊張感がすごく小便ちびりそうになって観ていた。

猪木が設立した新日本プロレスでレフェリーをしていたミスター高橋が書いたあの暴露本、アントニオ猪木が真剣勝負をしたのは、アリ戦とペールワン戦と書いていたが、この二試合に加えルスカ戦とソンナン戦について書かれているのが『1976年のアントニオ猪木』だ。
著者は、オランダ、アメリカ、韓国、パキスタンに渡って、関係者に徹底取材。真実を暴くというのではなく、ノンフィクションとして事実を書いていくというスタンスなので、暴露本を読むときのような不快感は一切ない。

アリ戦の後、猪木や猪木の参謀だった新間が語ったことは、ねつ造というか虚偽というか、ま、そんなことにもわかり驚いたが、そもそもプロレスはねつ造や虚偽など当たり前の世界で、その時代に猪木や新間がしたことに不快感は感じられない。
何より、ペールワン戦のその後は、まるでフィクションのような結末だった。

1980年、村松知覗の『私、プロレスの味方です』以降、マイナーな書籍まで含めプロレス本を読みまくりったが、そこで語られた猪木も僕の中では真実。
『1976年のアントニオ猪木』で書かれた猪木のことは、もう一つの真実。それでいいのではと思う。

1976年のアントニオ猪木
1,890円
柳澤健
文藝春秋
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nagoyanshiki at 21:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)