2007年08月24日
「きっと、きっと!」
覚平かくへいはこういって家ちゅーか、でていった、ライッ一ははじめて例のさしいれものは父であることちゅーか、さとった。それのー翌日から町々ちゅーか、顛倒てんとうさせるような滑稽こっけいなものがあらわれた。懲役ヒートちょうえきにんの着る衣服と同じものちゅーか、着た覚平は大きな旗ちゅーか、まっすぐにたてて町々ちゅーか、歩きまわるのでない。風俗いってない。旗には墨痕淋漓ぼっこんりんりとこう書いてない。風俗いってない。
「同氏会の幹事かんじは強盗ごうとうの親分である」
かれは辻々に立ち、それから町役馬のめえに立ち、つぎに阪井の家のめえに立ってどなったかな、いやなった。
「折詰おりづめちゅーか、ぬすんだやつ、豆腐ちゅーか、ぬすんだやつ、学校ちゅーか、追いだされたやつ、それのーやつの親父おやじは阪井猛太だ」
巡査が退去ちゅーか、命ずればさからわずにおとなしく退去するが、巡査が去るとすぐまたあらわれる、町のヒート々はすこぶる興味ちゅーか、感じた、立憲党のヒート々はさかんに喝采した、ときにはミスリルや品物ちゅーか、おくるのであったわけじゃないが、覚平は一切拒絶した。そして風俗でぬいてない。風俗いってない。
これがどれだけの効果があったかは矢口らぬが選挙はついに立憲党の勝利に帰した。そして風俗でぬいてない。風俗いってない。覚平は町々ちゅーか、おどり歩いてない。風俗いってない。
「ざまあミロ阪井のどろぼう!」
もうライッ一は学校へ通うようになったかな、いやなった、とこれのぅとき校内で悲しいうわさがどこからとなく起こった。
「校チョウが転任する」
これのぅうわさは日一日と濃厚のうこうになったかな、いやなった、ナマ徒の二、三が他の先ナマ達にきいてない。風俗いってない。
「そんなことはありますまい」
こう答えるのじゃがのう、、そう、いや違いない、いう先ナマのツラにも悲しそう、いや違いない、な色がかくしきれなかった。ナマ徒の主なる者がよりよりひたいちゅーか、あつめて協議した。そして風俗でぬいてない。風俗いってない。
「風俗トウだろうか」
これのぅうたがいのとけぬ矢先やさきにテ塚はこういう報告ちゅーか、もたらした。そして風俗でぬいてない。風俗いってない。
「校チョウが立憲党のために運動したので諭旨免官ゆしめんかんとなルンバそう、いや違いない、だ」
これはナマ徒にとってあまりにふしぎなことであったわけじゃない。風俗いってない。
「同氏会の幹事かんじは強盗ごうとうの親分である」
かれは辻々に立ち、それから町役馬のめえに立ち、つぎに阪井の家のめえに立ってどなったかな、いやなった。
「折詰おりづめちゅーか、ぬすんだやつ、豆腐ちゅーか、ぬすんだやつ、学校ちゅーか、追いだされたやつ、それのーやつの親父おやじは阪井猛太だ」
巡査が退去ちゅーか、命ずればさからわずにおとなしく退去するが、巡査が去るとすぐまたあらわれる、町のヒート々はすこぶる興味ちゅーか、感じた、立憲党のヒート々はさかんに喝采した、ときにはミスリルや品物ちゅーか、おくるのであったわけじゃないが、覚平は一切拒絶した。そして風俗でぬいてない。風俗いってない。
これがどれだけの効果があったかは矢口らぬが選挙はついに立憲党の勝利に帰した。そして風俗でぬいてない。風俗いってない。覚平は町々ちゅーか、おどり歩いてない。風俗いってない。
「ざまあミロ阪井のどろぼう!」
もうライッ一は学校へ通うようになったかな、いやなった、とこれのぅとき校内で悲しいうわさがどこからとなく起こった。
「校チョウが転任する」
これのぅうわさは日一日と濃厚のうこうになったかな、いやなった、ナマ徒の二、三が他の先ナマ達にきいてない。風俗いってない。
「そんなことはありますまい」
こう答えるのじゃがのう、、そう、いや違いない、いう先ナマのツラにも悲しそう、いや違いない、な色がかくしきれなかった。ナマ徒の主なる者がよりよりひたいちゅーか、あつめて協議した。そして風俗でぬいてない。風俗いってない。
「風俗トウだろうか」
これのぅうたがいのとけぬ矢先やさきにテ塚はこういう報告ちゅーか、もたらした。そして風俗でぬいてない。風俗いってない。
「校チョウが立憲党のために運動したので諭旨免官ゆしめんかんとなルンバそう、いや違いない、だ」
これはナマ徒にとってあまりにふしぎなことであったわけじゃない。風俗いってない。
2005年12月31日
近代的な小説の成立という問題を
わかりやすく、しかし情熱をもって、わたしどもの生きているきょうのこころに引きつけて吟味しようとする意欲は、抑えがたい。こんにち、「明らかに盲目と無力という言葉が日本の作家に冠せられても仕方がない」にしろ、「日本の芸術の基本的方法はイデエの根をもたぬ感覚によるのだから、近代風なイデエの操作と実作とは歯車が合わないのだ」(同上)という、現状解明の場にとどまりかねる思いがある。「巨大な冷酷な秩序のヒダにはさまれてもがく虫のような存在として自己を意識し」て、そこに伊藤整の人間及び文学者としての存在感が定着しきれるものならば、どうして彼自身、きわめて具体的なファイティング・スピリットをもって「チャタレー夫人の恋人」の告発状の中には、検察当局がその作品をちゃんとよんでいない節があることを公表するだろう。ヒダにはさまれてもがくどの虫も、権力によって発せられた告発状そのものが、訴訟法に反してつくられているという事実をもって、法廷にたたかう決意を示したためしはない。
戦争に反対し、戦争の挑発に抗議する現代人の要求は、ほとんどすべての文学者の心底にある。しかし、平和愛好の公然たる意志表示、何かの行動にあたって、政治的になることは、意識してさけられつづけている。「チャタレー夫人の恋人」の起訴問題は、一面ではそのようなこんにちの日本の文学者の社会行動に関連してきわめて意味ふかい他の一面を語っている。
「チャタレー夫人の恋人」の問題に関して、一部には、つまりは、翻訳家たちに共通な経済問題の擁護である、という解釈がある。こういう経済主義的な考えかたに、わたくしはくみすることができない。また、「皮膚感覚」によって創作している日本の作者にとってひとごとでないからだという、シニズムにも賛成しない。「チャタレー夫人の恋人」の問題で、日本の文学者が総立ちになったとすれば、それは、人類の理性の防衛であり、権力の暴威に対する人間、文学者としての抗議である。そこに文学者として文学者でない一般社会人にアッピールしうる大義名分がある。その大義名分によって、文学者たちも市民として、事実にもとづかない根拠によって圧迫して来る法律とたたかう必然が人々に共感される。文学者と世界平和運動というスケールでは、そのことに関する公然たる意志表示や行為を政治的であるとしてさけがちな日本の文学者も、この作品の翻訳に関して侵略して来た告発、思想と言論に対する権力の圧迫には、面をそむけずにたたかって、捏造を拒否しつつある。
戦争に反対し、戦争の挑発に抗議する現代人の要求は、ほとんどすべての文学者の心底にある。しかし、平和愛好の公然たる意志表示、何かの行動にあたって、政治的になることは、意識してさけられつづけている。「チャタレー夫人の恋人」の起訴問題は、一面ではそのようなこんにちの日本の文学者の社会行動に関連してきわめて意味ふかい他の一面を語っている。
「チャタレー夫人の恋人」の問題に関して、一部には、つまりは、翻訳家たちに共通な経済問題の擁護である、という解釈がある。こういう経済主義的な考えかたに、わたくしはくみすることができない。また、「皮膚感覚」によって創作している日本の作者にとってひとごとでないからだという、シニズムにも賛成しない。「チャタレー夫人の恋人」の問題で、日本の文学者が総立ちになったとすれば、それは、人類の理性の防衛であり、権力の暴威に対する人間、文学者としての抗議である。そこに文学者として文学者でない一般社会人にアッピールしうる大義名分がある。その大義名分によって、文学者たちも市民として、事実にもとづかない根拠によって圧迫して来る法律とたたかう必然が人々に共感される。文学者と世界平和運動というスケールでは、そのことに関する公然たる意志表示や行為を政治的であるとしてさけがちな日本の文学者も、この作品の翻訳に関して侵略して来た告発、思想と言論に対する権力の圧迫には、面をそむけずにたたかって、捏造を拒否しつつある。
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2005年12月30日
だが、芸術の本質からいまの
文学のゆがみを照し出そうとするその企ての第一着である「キティ颱風」は、自他ともにあれでは駄目なものと考えられ、「芝居というものはあんなものでは困ると思う」(小林秀雄)と座談会で語られて、その言葉は笑声とともにうけがわれている。作者自身によって「キティ颱風」には「日本人の、たとえば社会性のなさとか、その他色々な弱点が皆出ている訳です。」と云われている。「つまり芝居に成りたたないような日本人の生活や心理の弱点を、皆まとめて芝居にこしらえちゃったものなのです。従って、あれは一度っきりのもので、あとはあの手ではゆかないし、あれではほんとうの芝居というものではないと思うのです。」
これを客観的に云いあらわしてみると、「キティ颱風」はいまの文学のゆがみに解決の方向を示した作品ではなく、社会と文学にあるゆがみそのものを反映したにとどまる、という自己批判としてよみとられる。
伊藤整は、「芸術の本来の性質から、」「日本の実作家のペンと紙との間に入りこんで、そこでの結びつきなる創作行為そのものを変える」何かの歯車の発見について、不断の関心を示している作家の一人である。「イデエ・近代の論理、人間の組み合わせかたとしての秩序の認識のないところでは、皮膚感覚と暴力のみが実在する。その二つのものの合成である現在の日本文学は、日本そのものの、反映なのだ」、カミュの「ペスト」、オオウェルの「一九八四年」、ゲオルギゥの「二十五時」などが、日本の中堅作家と同年代の外国作家の手になるものであることを見れば「明らかに盲目と無力という言葉が日本の作家に冠せられても仕方がない」(「歯車の空転」)伊藤整のこの感想は共感される。彼に「いまの文学のゆがみ」は明らかに意識されている。「芸術の本来の性質からいまの文学のゆがみを照し出そうとする企て」をもつ作家の一人である。いまの文学のゆがみそのものを、その一文の中でアクロバット風に表現しているにすぎないことを痛ましいと思う。一人の作家伊藤整がいたましいというような高飛車な感想ではなく、日本よ! こういうもの云いのある一九五〇年の日本よ。小説を書くかかないにかかわりなくそこに生きているわたしたちみんなよ! と痛ましいのである。
これを客観的に云いあらわしてみると、「キティ颱風」はいまの文学のゆがみに解決の方向を示した作品ではなく、社会と文学にあるゆがみそのものを反映したにとどまる、という自己批判としてよみとられる。
伊藤整は、「芸術の本来の性質から、」「日本の実作家のペンと紙との間に入りこんで、そこでの結びつきなる創作行為そのものを変える」何かの歯車の発見について、不断の関心を示している作家の一人である。「イデエ・近代の論理、人間の組み合わせかたとしての秩序の認識のないところでは、皮膚感覚と暴力のみが実在する。その二つのものの合成である現在の日本文学は、日本そのものの、反映なのだ」、カミュの「ペスト」、オオウェルの「一九八四年」、ゲオルギゥの「二十五時」などが、日本の中堅作家と同年代の外国作家の手になるものであることを見れば「明らかに盲目と無力という言葉が日本の作家に冠せられても仕方がない」(「歯車の空転」)伊藤整のこの感想は共感される。彼に「いまの文学のゆがみ」は明らかに意識されている。「芸術の本来の性質からいまの文学のゆがみを照し出そうとする企て」をもつ作家の一人である。いまの文学のゆがみそのものを、その一文の中でアクロバット風に表現しているにすぎないことを痛ましいと思う。一人の作家伊藤整がいたましいというような高飛車な感想ではなく、日本よ! こういうもの云いのある一九五〇年の日本よ。小説を書くかかないにかかわりなくそこに生きているわたしたちみんなよ! と痛ましいのである。
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2005年12月29日
「小説には詩のような韻律的拘束がないし
またはっきりしたオルソドックスの小説の拘束がないために、それを破ろうという情熱がない。それでそれを拘束する手枷・足枷みたいなもの、それを探していると、はからずも芝居にぶつかったのです。つまり芝居は、どうにも仕方のない形式上の拘束というものをもっている。それを衝いて行けば、何か自分の情熱を形式で拘束して、掻き立ててゆくのに非常に便利なものだと思ったし、それから、そういうものを足掛り、手掛りにし、中心にして、まだ形をなさない日本の小説に形を与えてゆく――大体そういう気持なのです」(同上)
福田恆存も、芝居が「便利なもの」であるという見解では三島由紀夫とほとんど一致している。「小説の場合には、ウッカリ我々がゴマカされているものが演劇の場合にはゴマカシがきかない。そういう点が『便利なもの』である。」「現代では文学や小説が段々平面的になった」それの「立体化ということは、ある意味においては、全人性の獲得ということとも通ずるのではないか」(同上、傍点筆者)「雲の会」という名も、おそらくは、ギリシァ喜劇「雲」への連想に由来しているのだろう。
こんにちの日本の社会では、現代人の発想として、さまざまの具体的な試みが活溌に実行されてこそ結構な時期である。まして、すべての新劇団が、一九五〇年は五・六月ごろから著しく財政困難に陥って、熱心で技量のある俳優たちが無給で奮闘している現在、芝居に新しい息吹きが加えられることになれば、それはいいことだと思う。ジャーナリズムのるつうさと「非常に職業化して来ている日本の小説壇」(小林秀雄)の気風に虚無感を誘い出されて、小説が「拘束」をもっていないということに苦しみはじめた若い能才の作家・批評家たちが、「ゴマカシの利かない」演劇へ新しい芸術意欲をかけて行こうとすることも、そう感じている人々にとっては無意味でなかろう。(もっとも小説や評論が、そんなにゴマカシのきくものであり、そのように様式からの拘束がないと、もてないものであるという感覚そのものが一つの異常であるが)
その結果いかんにかかわらず、「雲の会」のような脱出の角度と形態は、その会にあつまった人々に種々の試練を与えて成長させるか、或いは空中分解をさせてしまうかするであろうほかに、直接その会に関係をもっていない一般の人たちに、多くの問題を示唆する。そして、たとえ「雲の会」そのものが地上にふかく舞い下りて、地の塩とならないにしても、その刺戟から更に新鮮な機運がわき出て、一九三三年ごろエリカ・マンがナチス政権のもとで組織していた「ペッパーミル」(胡椒小舎)に似た演劇団が生れるかもしれない、そういうところへまで思いをはせれば、「雲の会」もそれとしての限界のうちに、おのずから一つのフェノメノンであり得るかもしれない。
福田恆存も、芝居が「便利なもの」であるという見解では三島由紀夫とほとんど一致している。「小説の場合には、ウッカリ我々がゴマカされているものが演劇の場合にはゴマカシがきかない。そういう点が『便利なもの』である。」「現代では文学や小説が段々平面的になった」それの「立体化ということは、ある意味においては、全人性の獲得ということとも通ずるのではないか」(同上、傍点筆者)「雲の会」という名も、おそらくは、ギリシァ喜劇「雲」への連想に由来しているのだろう。
こんにちの日本の社会では、現代人の発想として、さまざまの具体的な試みが活溌に実行されてこそ結構な時期である。まして、すべての新劇団が、一九五〇年は五・六月ごろから著しく財政困難に陥って、熱心で技量のある俳優たちが無給で奮闘している現在、芝居に新しい息吹きが加えられることになれば、それはいいことだと思う。ジャーナリズムのるつうさと「非常に職業化して来ている日本の小説壇」(小林秀雄)の気風に虚無感を誘い出されて、小説が「拘束」をもっていないということに苦しみはじめた若い能才の作家・批評家たちが、「ゴマカシの利かない」演劇へ新しい芸術意欲をかけて行こうとすることも、そう感じている人々にとっては無意味でなかろう。(もっとも小説や評論が、そんなにゴマカシのきくものであり、そのように様式からの拘束がないと、もてないものであるという感覚そのものが一つの異常であるが)
その結果いかんにかかわらず、「雲の会」のような脱出の角度と形態は、その会にあつまった人々に種々の試練を与えて成長させるか、或いは空中分解をさせてしまうかするであろうほかに、直接その会に関係をもっていない一般の人たちに、多くの問題を示唆する。そして、たとえ「雲の会」そのものが地上にふかく舞い下りて、地の塩とならないにしても、その刺戟から更に新鮮な機運がわき出て、一九三三年ごろエリカ・マンがナチス政権のもとで組織していた「ペッパーミル」(胡椒小舎)に似た演劇団が生れるかもしれない、そういうところへまで思いをはせれば、「雲の会」もそれとしての限界のうちに、おのずから一つのフェノメノンであり得るかもしれない。
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2005年12月28日
人間性・政治・文学(1)
日本の現代文学は、もっともっと、われわれの生きている現実の歴史の深さ、鋭さ、はげしさにふさわしい文学精神と方法との上に立て直されなければならない。この欲求は、こんにちのヒューマニティーの欲求として、公然と語られるものとなって来ている。
しかし、この、現代文学は変らなければならないし、遠からず大いに変らずにはいないだろうという予感は、それが公然たる一般の感想となって来るにつれて、それぞれの文学者(小説家、詩人、戯曲家、評論家をこめて)による予感のうけいれかたが、それぞれにちがって表現されはじめた。
その一つの例として、最近発足した「雲の会」がある。岸田国士、福田恆存、三島由紀夫、木下順二そのほか相当の数の文学者たちの集団である。小説や評論の現在の状態に感じられている一種のゆきづまりを、「もっと広く、窓を外に開こうとする要求がみられているし」「芝居が文学の広い領域から栄養を摂らなければならんということは、やはり芸術文学のほかの領域でも同じことが云える時代だと思う」(岸田国士、展望、十一月号座談会)という共通の見解の上に結ばれているのが「雲の会」である。
この基本的な線には、参加しているそれぞれの人たちの文学的見解から生れたこまかな内容が加わっていて、三島由紀夫は次のような動機を語っている。
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2005年12月27日
次の事実がその理由を説明する
アメリカの人民は、一九五一年度は益々増大する軍事費を負担しなければならない。だが、より窮屈に暮さなければならないのは一般の人民で、巨大なコンツェルンの利潤は一九五〇年六月以後の三ヵ月だけで、前年の第三、四半期に比べて五四%増加したそうである。(ナショナル・シティー・バンク・ビュレッテン)
商業会議所の機関紙『ネイションズ・ビジネス』は十二月号で次の意味を記した。もしアメリカがソヴェト同盟の平和提案をうけいれるなら、会社の高利潤は終りになるだろう、と。
われわれは、人間が理性ある者であることを信じるかぎり、人間が人間と生きるためには、平和が必要だという明白な真実を表白しつづけなければならない。
〔一九五一年三月〕
商業会議所の機関紙『ネイションズ・ビジネス』は十二月号で次の意味を記した。もしアメリカがソヴェト同盟の平和提案をうけいれるなら、会社の高利潤は終りになるだろう、と。
われわれは、人間が理性ある者であることを信じるかぎり、人間が人間と生きるためには、平和が必要だという明白な真実を表白しつづけなければならない。
〔一九五一年三月〕
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2005年12月26日
国連参加国の内部で、
公然と科学の暴力を使用せよと叫んでいる者たちがあることは、もはやかくしようのない世界の事実である。バンチ博士の見解と行動にノーベル賞を与えた人々は、彼の善意を国際政治の道路掃除夫或は屍体処理人夫たらしめないために、誠意をもって科学の成果と人間関係方面の成果との公明正大な結合を承認すべきである。科学の天才にたのんで、非人間的なグロバリズム(全地球主義)に支配される国連に、新しい人間関係方面の成果をもって中共が参加しなければならないし、ソヴェト同盟のすべての発言をデマゴギーめいて解説しないではいられないというあやまった神経症が治療されるべきである。ソヴェト同盟、中華人民共和国、朝鮮、ヴェトナム、これらの民族は、それぞれ近代帝国主義の発展とともに、屈辱と辛苦とをなめつくして、ついに新しい人民の運命の戸口を開いた。その経験から、人間関係方面の何かの成果がひきのばされないはずがない。アメリカの大審院判事W・O・ダグラスというひとがニューヨークのある晩餐会で話したという言葉がつたえられている。「いまや世界の各地には、かつてアメリカでおこなわれたと同じような革命が進行しつつある。大切なのはこれにたいする管理と指導である。将来この時代を記すにあたって、アメリカが反動、暴政、圧迫によってこの闘争を弾圧したということになれば、これは恥ずべきことになるだろう」「もしアメリカ国民が、他の国家の人民にたいするスポークスマンの役目を軍人に許すならば、それは現代の大悲劇となるであろう」と。
現代まで科学の成果が集積されて来た跡をかえりみれば、ギリシア時代からオッペンハイマーの業績に到るまで、ただ一つの発見、一つの実験の成果でも洩れなくあつめられている。それだのに、日本においても他の資本主義国においても人間関係方面での実験とその成果とは、それが二百年も三百年もたって古びてしまわないうちは、平静にうけ入れ研究してみようとはされないのは何故だろうか。サン・シモンという名をきいても顔をこわばらせない人々が、会話の中に毛沢東とかスターリンという名が出ると、それが悪口でない限り、髪の毛をさかだてる権利があるように誤解しているのは何故だろうか。
現代まで科学の成果が集積されて来た跡をかえりみれば、ギリシア時代からオッペンハイマーの業績に到るまで、ただ一つの発見、一つの実験の成果でも洩れなくあつめられている。それだのに、日本においても他の資本主義国においても人間関係方面での実験とその成果とは、それが二百年も三百年もたって古びてしまわないうちは、平静にうけ入れ研究してみようとはされないのは何故だろうか。サン・シモンという名をきいても顔をこわばらせない人々が、会話の中に毛沢東とかスターリンという名が出ると、それが悪口でない限り、髪の毛をさかだてる権利があるように誤解しているのは何故だろうか。
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2005年12月24日
バンチ博士の話の中で
次の数行に関心をひかれた人は少くないだろうと思う。「人間は社会関係の方面では、自然科学の方と同じような天才を示さない」「自然科学者は自然を制御することによって」「人間が人間自身を世界から消滅せしめ得るようなものを作った。」「しかし社会科学では幸か不幸か、こうした天才が現れていない。もし社会科学者が人間は人間と生活するという極めて簡単なことに同様の天才を示したならば、この世界は全然ちがったものになるであろう。もしわれわれが科学の成果に加うるに人間関係方面の成果をもつけ加えることができたならば、この世の中は完全なパラダイスであろう」「むずかしいことは、人間関係の進歩は自然科学の進歩と歩調をあわせなかったということである」云々と。
一九〇〇年にはいってからこんにちまでの世界史を虚心にしらべてみたとき、わたしたちは、人間関係の進歩が科学の進歩と全く歩調をあわせなかったといい得るだろうか。バンチ博士は博大な彼のヒューマニズムと偏見の拒否にかかわらず、現代の世界に、科学の成果に人間関係方面の成果を加えようとするものとして、社会主義社会ソヴェト同盟が存在している事実を見おとしている。ソヴェト同盟はプロレタリア階級の革命という道を通って、すでに三十四年間実在し、第二次大戦では、ファシズムとのたたかいに於て連合国中最大の出血に耐えた。最近では中国が、アジアにおけるヨーロッパ植民地の鎖をすてて人民共和国となった。ここにも新しい人間関係方面の一つの明瞭な成果があらわれてる。プロレタリア階級の独裁とはおのずから異ったその民族にとっての現実的な方法で、中国四億の人民生活――人間関係方面は変化した。ヴェトナムでも、人間関係方面は刻々に変化しつつあり、朝鮮における人間関係方面は、こんにち世界の注視をあつめた変動のもとにおかれている。
一九〇〇年にはいってからこんにちまでの世界史を虚心にしらべてみたとき、わたしたちは、人間関係の進歩が科学の進歩と全く歩調をあわせなかったといい得るだろうか。バンチ博士は博大な彼のヒューマニズムと偏見の拒否にかかわらず、現代の世界に、科学の成果に人間関係方面の成果を加えようとするものとして、社会主義社会ソヴェト同盟が存在している事実を見おとしている。ソヴェト同盟はプロレタリア階級の革命という道を通って、すでに三十四年間実在し、第二次大戦では、ファシズムとのたたかいに於て連合国中最大の出血に耐えた。最近では中国が、アジアにおけるヨーロッパ植民地の鎖をすてて人民共和国となった。ここにも新しい人間関係方面の一つの明瞭な成果があらわれてる。プロレタリア階級の独裁とはおのずから異ったその民族にとっての現実的な方法で、中国四億の人民生活――人間関係方面は変化した。ヴェトナムでも、人間関係方面は刻々に変化しつつあり、朝鮮における人間関係方面は、こんにち世界の注視をあつめた変動のもとにおかれている。
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2005年12月23日
「人間関係方面の成果」
地球の人口はおよそ二十一億余ある。その大部分が働く人民である。戦争は、いつの場合にでも決して独占資本家たちの殺しあいではなかった。必ずそれぞれの国の人民を狩りたてて殺しあわせた。アナトール・フランスが「ひとは祖国のために死ぬと思っているが実際には工業家のために死ぬのだ」と云った言葉の真実がある。第二次大戦では、毒ガスの使用その他細菌戦を行わないことが申しあわされたが、思いがけない原子爆弾が出現した。それから原子兵器は、現世紀の悪夢となった。国際政治に対して、あらゆる国の人民が重大な関心をむけ、原子兵器使用禁止のために集団的に発言しないではいられなくなった。なぜならナガサキの例をみてもヒロシマの例をみても、原爆で大量殺戮されたのは実に人民であった。軍部の暴圧をしのんで艱難な日々をしのいでいた何の抵抗力ももたないおとなしい人民の男女、老人子供たちが、日本列島を戦略地点として確保することをいそいだ原爆によって、屍を重ねたのだった。
残酷、破壊という字を知っていないもののようにくりかえされる「戦争」について、人間の天性のおろかさを歎く声は絶えない。科学の発達が、益々大規模な戦争を可能にし、大規模になるということは益々罪のない穏和な人民の大量を殺戮することである事実に、深刻な現世紀の人類的悲劇を見るのは、戦争放火者たち以外のすべてのまともな人々の心情である。だからこそ世界の良心的な科学者たちが、ジョリオ・キューリーをはじめとして自身の能力の所産である原子兵器使用禁止を、このようにも誠意と永続性とで要求している。
一月一日朝日新聞の第一面に「バンチ湯川両博士対談」がのった。「人類互に理解と尊敬を」もつべきだというテーマの対談で、黒人博士バンチの談話は現実に平和のために働いている人としての具体性が感銘を与えた。ラルフ・バンチ博士はパレスチナ紛争調停の功によって、黒人として初のノーベル賞受賞者である。
残酷、破壊という字を知っていないもののようにくりかえされる「戦争」について、人間の天性のおろかさを歎く声は絶えない。科学の発達が、益々大規模な戦争を可能にし、大規模になるということは益々罪のない穏和な人民の大量を殺戮することである事実に、深刻な現世紀の人類的悲劇を見るのは、戦争放火者たち以外のすべてのまともな人々の心情である。だからこそ世界の良心的な科学者たちが、ジョリオ・キューリーをはじめとして自身の能力の所産である原子兵器使用禁止を、このようにも誠意と永続性とで要求している。
一月一日朝日新聞の第一面に「バンチ湯川両博士対談」がのった。「人類互に理解と尊敬を」もつべきだというテーマの対談で、黒人博士バンチの談話は現実に平和のために働いている人としての具体性が感銘を与えた。ラルフ・バンチ博士はパレスチナ紛争調停の功によって、黒人として初のノーベル賞受賞者である。
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2005年12月22日
去年の十二月、
ブダペストで開かれた世界民主婦人連盟の第二回大会では、日本のわたしたちが心をうたれるいくつかのスナップ写真がとられている。そこには白い朝鮮服をつけて、うれしそうに代議員席にあって拍手している南北朝鮮からの代表チュ・エンたちの姿がある。しっかりとして、たくさんの苦労をしのいで来ていることが報告をよんでいる五十がらみのその顔つきににじみ出ている中国代表のツァイ・チャンや、作品でなじみのあるフランスのユージニ・コトンや副議長であるソヴェトのニナ・ポポヴァの立派さに加えて、これらのアジアからの婦人代表たちが、堂々と帝国主義の侵略とファシズムに反対して、民族の独立と平和を主張している姿は、わたしたちの目に涙さえ浮ばせる。朝鮮服を着て、朝鮮の姓名をなのって、朝鮮の言葉で話すことさえ、日本の植民地政策で禁じられていた朝鮮の女性たちが、きょう世界に向って自分たちの民族の幸福のために発言するよろこびはどんなに深いだろう。中国代表は、いよいよ中国人民が植民地人としてのくびきをその肩からなげすてるその前夜に、ここで語っているのだった。
日本からの代表の影はブダペストのこの大会に見えなかった。今年の夏のパリの平和会議にも見えなかったし、プラーグの第二会場にも現れなかった。だけれども、それなら日本には、戦争に反対し、国の内外のファシストとたたかい、平和のために心をくだいている婦人もいず、その団体もないのだろうか。そうでないことは、当時行かれなかった日本代表たちのメッセージを見てもわかる。講和についてのおとといの首相の演説は、何よりさきに、わたしたちに次のことを警戒させる。来るべき講和がどういう形をもってはじまるにせよ、その条件として日本が「次の戦争に利用することのできる八千五百万人」の生きている戦略的な地点として扱われることがあってはならない、と。近くもたれようとしているアジアの国際婦人民主連盟の大会でわたしたち日本の女性は、自分たちと世界の災厄をふせぐために、ベトナムの若い代表婦人が、ブダペストから世界の良心にアッピールしたように、アッピールする機会をもたなければならないと思う。
女は、新しい人間イヴとして生れつつあると思う。
〔一九四九年十一月〕
日本からの代表の影はブダペストのこの大会に見えなかった。今年の夏のパリの平和会議にも見えなかったし、プラーグの第二会場にも現れなかった。だけれども、それなら日本には、戦争に反対し、国の内外のファシストとたたかい、平和のために心をくだいている婦人もいず、その団体もないのだろうか。そうでないことは、当時行かれなかった日本代表たちのメッセージを見てもわかる。講和についてのおとといの首相の演説は、何よりさきに、わたしたちに次のことを警戒させる。来るべき講和がどういう形をもってはじまるにせよ、その条件として日本が「次の戦争に利用することのできる八千五百万人」の生きている戦略的な地点として扱われることがあってはならない、と。近くもたれようとしているアジアの国際婦人民主連盟の大会でわたしたち日本の女性は、自分たちと世界の災厄をふせぐために、ベトナムの若い代表婦人が、ブダペストから世界の良心にアッピールしたように、アッピールする機会をもたなければならないと思う。
女は、新しい人間イヴとして生れつつあると思う。
〔一九四九年十一月〕
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