過去の巨大地震

2012年02月09日

 
1762年10月31日
震源佐渡付近
規模:M7
   2度に渡る大きな揺れ
被害:家屋倒壊、津波、
   家屋流出、死者多数
 
  ↓
 翌々月
1762年12月16日
震源:青森県八戸
被害:多数
 
 
 
1802年12月9日
震源佐渡付近
規模:M6.8
被害:150を越える村で、
   家屋倒壊、火災、
   大津波、家屋流出、
   死者多数
 
  ↓
 3ヶ月後
1803年3月4日
震源:江戸
詳細不明
 
  ↓
 4ヶ月後
1803年7月
浅間山噴火、江戸に降灰
 
  ↓
 3ヶ月後
1803年10月
伊豆大島噴火、江戸に降灰
 
  ↓
  翌月
1803年11月15日
震源:佐渡付近
詳細不明
 
 
 
古い地震の多くは、記録が
あっても確かな情報が
残されておらず、
現在ではその詳細を鮮明に
想像する事はできません
 
しかし今、
迫り来る巨大地震を前にして
少しでも未来を予測するには
 
やはり過去のデータを
振り返り、見つめ直す作業が
必要なのではないか、
…そう思っています



naiadanaiada at 06:33│

2012年02月06日


 
江戸時代
1603〜1868年(265年間)
 
 
慶長大地震
1605年2月3日
(慶長9年12月16日)
時刻:午前8時頃〜午後3時
   断続的に大地震が発生
震源:徳島県沖・房総沖
種別:地震動僅かの津波地震
  東海・東南海・南海連動
規模:M8
津波:10m以上
死者:5,000人前後
 ↓
6年後
慶長三陸地震
1611年12月2日
(慶長16年10月28日)
時刻:午前11時頃
   大きい揺れが3回
   午後2時頃大津波
震源:三陸沖
規模:M8.1 震度5
津波:20m
死者:5,000人前後
 

 
元禄大地震
1703年12月31日
(元禄16年11月23日)
時刻:午前2時頃
震源:房総半島・野島崎
   北緯34.7・東経139.8
種別:海溝型
規模:M8.1 震度7
津波:7m
死者:約2,300人
※被災者約37,000人 
 ↓
4年後
宝永地震
1707年10月28日
時刻:午後1〜2時
震源:東海道・南海道沖
   北緯33・東経135
種別:海溝型
  東海・東南海・南海連動
規模:M8.7 震度7
津波:25m (家屋2万戸流失)
死者:5,000〜20,000人
 ↓
翌々月
富士山・宝永大噴火
1707年12月16日〜12月31日
断続的に噴火
軽石降下による家屋倒壊・焼失
小田原から江戸にかけて降灰


 
安政東海地震
1854年12月23日
(嘉永7年11月4日)
時刻:午前8〜9時頃
震源:駿河湾〜遠州灘
   紀伊半島南東沖一帯
   北緯34・東経137
種別:海溝型
   東海・東南海連動
規模:M8.4 震度7
津波:10m〜13m
死者:2,000〜3,000人 
 ↓
32時間後
安政南海地震
1854年12月24日
(嘉永7年11月5日)
時刻:午後4時
震源:南海道沖
   北緯33・東経135
種別:海溝型 南海地震
規模:M8.5 震度7
津波:16m
死者:数千人〜10,000人 
 ↓
48時間後
豊予海峡地震
1854年12月26日
(嘉永7年11月7日)
時刻:午前8〜9時頃
震源:豊予海峡
   (大分と愛媛の間)
規模:M7.4 震度5
津波:16m
死者:数十人
   (しかし安政南海地震
   との判別が困難) 
 ↓
翌 年
安政江戸地震
1855年11月11日
(安政2年10月2日)
時刻:午後10時頃
震源:江戸(関東地方南部)
   北緯35・東経139
種別:南関東直下型地震
規模:M6.9 震度6
死者:4,000〜10,000人
  ↓
翌 年
1856年9月23日午後8時頃
(安政3年8月25日)
江戸で大暴風雨
大雨、洪水、家屋の
倒壊・流失で死者数万人


※災害が相次いだ為、好転を願い
「嘉永」から「安政」へと
 改元が行われた
 (嘉永7年11月27日)


安政2

仮名垣魯文著「安政見聞誌」より
安政江戸地震の様子

現在、甚大な被害が懸念
されている首都圏直下型は
安政江戸地震と同型の地震で
あり、同様(又はそれ以上)の
被害が予測されている。
過去のデータを見つめる事で
浮かび上がる未来に備え、
より一層の防災に努めたい。
 
 



naiadanaiada at 19:46│

2012年01月29日

※内閣府の防災情報ページより転載 ちず


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