鉄道写真家 岩堀春夫のblog

鉄道写真を撮り続けて50年。懐かしい写真から最新の話題までをお楽しみ下さい。

北海道の旅1976-3その3 小樽から釧路行き夜行「からまつ」に乗った。この列車は普通列車に寝台車を連結していて、以前は愛称がなかったが、1974年から「からまつ」と名付けられたようである。しかし、1973年からは北海道に行かなかったから、その当時の事はよくわからない。釧網本線の撮影では狩勝4号に乗らないと仕事にならないので、指定席を買ったことがある。

 釧路の専用線は見所がいくつもあり、何度も行く必要があった。しかも、釧路の鉄道は複雑で、まったく把握できず、偶然に期待するしかなかった。

 とりあえず新富士駅で降りていろいろと歩き回った。写真に表示した地名もあまり当てにはならないと考えていただきたい。新富士も釧路も同じと考えていいかもしれない。今となれば釧路開発埠頭の車庫の位置もわからない。
7605709 浦幌5t移動機
「からまつ」の車内から撮った5トン移動機。5トン機は珍しいので、いたらできるだけ撮るようにしていた。ネガを見ると、構内に丸太をたくさん積んである駅が多いのに気付く。


7605712 新富士おおぞら
新富士に着いた「からまつ」。上りの「おおぞら」と交換する。さらにその向こうに東京からのフェリーが着いている。


7605719 十条製紙新富士
まずは十条製紙に行く。ニチユが外に止まっていた。


7605728 十条製紙新富士NY
富士興業が入換えを請けている。大楽毛にも製紙があるが行けなかった。


7605732 新富士石油側線
新富士駅の横が西港駅か。その向こうにフェリーターミナル。右遠方に大楽毛の製紙工場が見える。


7605733 新富士、釧路川橋梁
釧路川の橋梁。手前が根室本線である。人がたくさん渡っている。その横に釧路開発埠頭の橋がある。かつての雄別鉄道埠頭線で9200も走った。



7605801 釧路川橋梁キハ22
釧路川を渡って対岸へ行くと気動車が来た。ここから釧路の車両所裏側に近い。デジカメ使い始めに行った場所である。


7605808 釧路開発KD1301
釧路開発埠頭の車庫へ行く。この位置が特定できない。


7605815 釧路開発KD1301
履歴が豊富なKD1301。


7605817 釧路開発KD1301
国鉄にもDD13がいる。


 

 昨日はキハ261甲種を見送り、今日は東京に出現する予定です。

北海道の旅1976-3その2 札幌に着いてからは函館本線の電車とか札幌地下鉄を撮って、釧路行き夜行「からまつ」に乗る前の時間をつぶした。

 当時は1975718日から運転を開始した4851500台のL特急「いしかり」が珍しかった。この電車特急は北海道の極寒地には対応できず、よく故障していたようである。この時も故障で運休していた。それで北海道専用の耐寒型781系が1979年に投入されて、485-1500は日本海縦貫線で使われるようになり、後には大阪駅にも姿を見ることができるようになった。

 当時の函館本線ではED76-500も活躍していた。当時は旅客列車も多く、さらにその後はレッドトレインも牽いていたが、乗客が減って使われなくなっている。

 札幌市の地下鉄は冬期オリンピックに合わせて1971年に開業している。ゴムタイヤで走行し、地上区間も屋根で覆われている。こちらは初めての渡道の時に少しだけ撮っていたが、今回はマミヤプレスも使ってがっちり撮影している。札幌駅を通るのは南北線で、二つ目の「すすきの」駅へ行けば路面電車に乗ることができる。
7605630 札幌いしかり
札幌駅には前年に登場したL特急「いしかり」が止まっていた。486-1500で屋根上のヘッドライトが2灯なのが特徴。北海道で初めての電車特急だが耐寒性能は劣っていてよく故障した。


7605631 札幌いしかり
電化区間の客車列車を牽いていたED76-500と並ぶ。このように当たり前にはしっている車両を撮っておくのも重要である。


7605632 札幌地下鉄
地下鉄の2000系を撮る。ゴムタイヤ式は当時珍しかった。


7605634 札幌市交通局、札幌
ホームのスナップ。客はたくさん乗っている。スキー客もいるのが北海道らしい。


7605702 札幌市交通局、札幌
駅名標も撮っていた。大通の次がすすきのである。



7605704 札幌市交通局2033、札幌
神戸の川崎重工製である。この会社は北海道向けの車両をたくさん作っている。今日もキハ261甲種があるので撮りに行く。


7672007 札幌市地下鉄
せっかくだからマミヤプレスでも撮る。


7605707 札幌駅おわび
いしかりは一本が故障中だった。


7672105 ED76504小樽
夜の小樽駅ホームにて。


7672106 北海、札幌
 当時の主役はキハ82の特急である。こちらは厳冬期にも走り続けていた。これに乗る事はなかったが、引退間近には北海に乗っている。かつてのトップスターもかなりの衰退だった。

北海道の旅1976-3その1 羊蹄丸で早朝の函館に着いた私はさっそく5:05発の「ニセコ1号」キハ56-19に乗って長万部まで行った。そこからキハ17-261の普通に乗って洞爺まで行った。

 北海道にキハ17はいましたか? 調べたら室蘭には何両か配置されていた。洞爺では駅の裏に鉱山軌道があり、午前中はそこで過ごした。といっても鉱山はすでに1971年に閉山しているようで、施設が残っていた。そこで発見したのはDLがいた痕跡だけで、その証拠品をいくつか撮影している。

 私は機関車そのものを撮りたいのであって、廃線マニアでも無いし、調査もしない。あくまでも現物主義である。そんな私ではあるが、北海道に来た主目的は国鉄蒸機の葬式鉄であり、その臭い消しでこれからいろいろと撮影する訳になる。

 洞爺駅からは12:45始発の急行「ちとせ6号」に乗って札幌を目指す。この区間に「ちとせ」はたくさん運転されていたが使用車両はキハ22でランクが落ちる。そう言えば去年の年末に乗って辻さんに出会い、運命が変わったのも「ちとせ」だった。時間帯が合わないので調べたら9号だった。
7605520  洞爺DD51565
洞爺駅を通過するDD51牽引の貨物列車。ここも昔は虻田駅だったという。閏年だったから2/29も3月に編入した。


7605521 日鉄虻田鉱山
駅から北側へ歩いていくと鉱山の跡が見えてきた。ここに着くまで、まだ操業しているのではと思っていた。情報は地形図の軌道記号しかなかったから。


7605617 日鉄虻田鉱山
虻田鉱山の事務所はこちら。日鉄鉱業である。


7605622 日鉄虻田鉱山
何か雰囲気があるが軌道は無い。ゴミ捨て場になっていて、からすが舞っていた。


7605613 日鉄虻田鉱山
ディゼル機関車の車庫は残っていた。隣りに鉄工所もあった。


7605607 日鉄虻田鉱山
デイゼル機関車がいたことがわかる。


7605604 日鉄虻田鉱山
ディゼル機関車は2両いたのか。4号車まであったようである。


7605628 北糖、伊達紋別
 急行「ちとせ」から撮った引込み線。伊達紋別かと思っていたが幌別とも考えられる。札幌へ向かう左前方かもしれないから。

写真が送られて来た 先日大きな荷物が届いた。これは品川のキヤノンさんから送り返されてきた写真パネルである。これを開けるのはかなり大事でしばらくそのままに置いていた。お客さんが来ると、これで話題ができる。

 しかし、いつまでも置いておくわけに行かず、台風の来る前に開けてみた。大きな写真は一枚だけで、全倍級が4枚入っていた。大きいのが横位置ならそのまま玄関に吊るすつもりだったが、縦位置では面白くない。

 どおってことない話題であるが、こんな写真パネルが来たのは人生で初めてだから、お許し下さい。

 ところで、私は高校に入学して写真を学んだ。とりあえずの目標は秋の文化祭に展示する写真パネルの製作で、作品は夏休みに撮ったのを、8月の終りに部室で引き伸ししている。その後の年末に中央西線に行き、D51を撮った。しかし、D51200を撮ったのはその後で、笹島貨物の発車だった。名古屋工場から出た車輪なんかを牽いていた。なぜ中津川のD51が稲沢にきていたのかはイカロス出版発行「蒸気機関車EX」 最新号vol.29 に履歴簿が載っているので、調べることができる。

 D51200は縁が深く、翌年の修学旅行代休でも西線で出会っていた。しかも牽引する旅客列車に乗って中津川に行っている。
写真パネル受取 q9537
こりゃなんだ!!! こんな大きな荷物は初めてである。しばらくこの状態で置いておいた。


写真パネル 受取q9538
ようやく梱包を解く。横位置写真だったらそのまま吊るすのだが。D51200の発車だった。



写真パネル受取 q9541
写真パネルは大が1枚、小が4枚はいっていた。日出塩で煙なしのSL。200番でなければ伸ばされなかった。


6906830笹島DD51200
 この写真が良かったがピントが甘かった。これも縦位置で撮っている。この時代に高い撮影技術を習得していた人は名作がたくさん撮れている。失敗作もデジタル処理でかなり助けられている。

北海道の旅1976-2往路その6 水戸から乗った急行「ときわ3号」を泉駅で降りて、バスに乗って小名浜へいった。福島臨海鉄道の機関区があるのだが、ここは元々が小名浜臨海鉄道で19674/1に小名浜臨海鉄道から改称している。かつてはボールドウィンとかナスミス等の輸入蒸機が使われていた鉄道で、知名度は高いがDLの運転になって、どんな所か見ておきたかった。ここにはバスで行ったが、行きが120円で帰りが100円だった。

 この鉄道の主力は本線用がDD55型でDD13タイプ。1号は富士重工製で2号と3号は新潟鉄工所製である。これらが泉までの貨物列車を牽く。さらに一番古いDD501もあるが、これも調子はいいようだ。さらに富士重工製のDD351がヤードで忙しく動いていた。

 以前は45トン機がいたが、故障ばっかりしていて売り払ったようだ。かったのは近江鉄道かな。あそこはキリンビールができた時にたくさんDLを増やしたが、あまり使われていなかった気がする。

 さらに沿線の各企業がスイッチャーを持っていて、車籍を福島臨海鉄道にしているのもある。これらの車両にはかなり珍しいのも存在したようだが、たまたま小名浜の近くにいたのしか撮っていない。

 これで往路の撮影は終了し、223レ仙台行きに一駅乗って、湯本から「みちのく」で青森を目指す。列車名の雰囲気は良いが583系だった。上野から昼行で延々と走るあの車両は湯本からでも結構きつい。青森で深夜に乗換えた青函連絡線は羊蹄丸だった。
7605330 福島臨海鉄道DD553
DD553は新潟鉄工所製の55トン。DD13級だが、形はまったく違う。


7605335 福島臨海鉄道DD351
DD351 富士重工製のロッド式35トン機。これがヤードの入換え等に使われていた。


7605424 福島臨海鉄道DD553
DD553の反対側。ヤードの向こうに海上保安部がある。


7605428 福島臨海鉄道DD551
庫内にいたDD551は昭和41年の富士重工製。純正のDD13と同等品。


7605433 福島臨海DD351
DD351が構内を疾走。


7605501 福島臨海DD501
新潟製のDD501が東邦キャリアを連れて戻ってきた。



7605503 福島臨海HT25
東邦キャリアは日立の25トン機。ここでは他社機の整備も行なう。


7605512 福島臨海DD501
DD501は初期のDLでロッド式。これが登場したころにはまだ小名浜臨海鉄道で古典蒸機が活躍していた。DD501は調子が良いとかで1990年頃にも撮影している。


7605410 福島臨海DD2
日本化成のヤードにいた三菱製のスイッチャー。25トンだが、前後に大きなウエイトを付けている。実際のメーカーは日本輸送機である。この会社は前身が日本水素工業で1971に改称。三菱系で建材の日本化成とは無関係。


7605417 福島臨海鉄道DD2
日本水素の構内。小名浜や宮下にいくつかの工場があり、そこにもスイッチャーがいたが、撮れたのはこれだけだった。


7605423 福島臨海小名浜
小名浜の構内全景を見る。この辺りは津波の被害をうけ、今はもう少し手前に新しい貨物ヤードができている。




台風が来ています。三連休の予定はすべてキャンセルして家でブログのチェックします。安全第一。昔は台風の後でブルトレ撮りに行きました。 富士とかはやぶさが撮れたものです。

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