鉄道写真家 岩堀春夫のblog

鉄道写真を撮り続けて50年。懐かしい写真から最新の話題までをお楽しみ下さい。

2015年07月

20150730灼熱撮影記    また楽しみの木曜日だが、こんなに暑いのは大変だ。しばらくは我慢するしかない。今日は徳庵駅から南海車が出るというので、それをメインに計画を立てた。

 まずは阪急で正雀を目指す。淡路の高架工事はそれなりに進んでいるが、いちいち撮るわけにもいかない。大きなトラス桁を設置するようだ。淡路駅はホーム先端へ行けないが、朝ラッシュでは増結があるから撮れる。

 正雀ではBLの出現を期待するがダメである。
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 吹田の入換えはD51からDE11に。最近はHD300も使われるが昼間はEF65が使われる。岸辺の通路から硝子越し撮影。

 それから岸辺へ行く。今日も吹田貨物入れ換えはPFだった。あきらめるしかない。ホームからEF510とかいろいろ撮影できた。

 それから新大阪へ行く。予定ではEF210-1が来るとのことだったが、結局は来なかった。下りに障害物ができていた。

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新大阪ではかつての上り電車線ホームが工事中だった。右から左へ工事が進む。
 ここで外に出てマクドで昼食。見ていると外人がかなり多い。タクシー乗り場ではドラマの撮影をやっていた。あんなスタッフにはなりたくない。歩道橋から駅構内を撮影する。今は旧上り電車線ホームを工事している。この工事が済むと今から行く徳庵駅なんかも便利になると思う。
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活躍もあと僅か。東海道の強力機として生まれたが失敗。それでも使い続けた。
 しかし、その前に東淀川へ行く。ここでEF210-901を撮影。晴れているが、湿気が多くかなり霞んでいる。それから待てば上りEF510も撮れるのだが、赤後藤で条件も悪いので止めて、大阪経由で京橋へ行く。

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この並びもあとわずか。

 ここで少し環状線の電車を撮影。環状線は最近撮っていないとはいえ、暑さを我慢して撮るほどのことはない。それより片町線の工事関係を記録しようと思った。
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鴫野の工事はまだまだ続く。マンションに挟まれた狭い区間を通過。
それは電車の車内から撮影。放出でEF81とすれ違う。それから徳庵に着くとDE10単機が近車に入っていくところだった。
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 近畿車両の引込み線と207系。踏切から撮影。何か文句あるか。

 駅から出て踏切で撮影する。撮影者より警備の人数が多い。それで一悶着あった。そのうち雷が鳴り豪雨になる。これはすぐ止むと思い、駅で待つ。しかし、なかなかやまない。

 それでも30分位で小止みになり、踏切でスタンバイ。やがてDL牽引列車が前進してきて人が降り、撮影タイムが始まる。踏切で撮るのは10人位だった。途中で晴れてきた。条件バッチリである。
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落雷もあった豪雨で駅に避難。その後晴れてきて所定の位置に列車が前進し、撮影タイム。ここで南海車は珍しい。
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ホームに機関車。昔はいつも止まっていたが、今は近くで見る機会もほとんどない。
駅進入も踏切でスナップする。それから駅のホームでもスナップ。機関車を間近で見るのも久しぶりな気がする。今回の車両は珍しく南海の普通電車である。

20150729福井鉄道モハ161 この電車は私鉄電車のなかではかなりの異端車である。生い立ちは昭和8年に福井市内線用として日本車両で作られた11メートル車。鉄道線直通運転のために高床式で可動式ステップが付いていた。最初はモハ20形でその後モハ60形になったが1948年の福井震災で被災。1968年に自社工場で連接車改造されてモハ160となる。モハ61がモハ161-2,モハ62がモハ161-1となり外観の特徴は残され、統一されていない。鯖浦線でも使われた。途中での改造も多い。霜取りパンタも装備。末期には運転される機会も減っていた。1997-8/28の運転を最後に営業が終り、9/16にお別れ運転が行なわれ、廃車になった。その後ボギー車に戻されて越前花堂駅付近の下馬中央公園と南越線村国駅跡で保存されている。
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 私の撮った160形は廃止が近いということでファン団体の貸切運転が行なわれた時の写真で、方向板をいろいろ取替えて撮影している。ちなみに田原町という駅があるがタワラマチと読む。この付近に縁があった人のペンネームに使われている。
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神明で撮影会と記念撮影が行なわれた。
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水鏡の走行風景。
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ベンチレーターや窓が違う。
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連結部の車内。
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可動式ステップ。
 

20150729伊丹空港1976 伊丹の飛行場へ行き始めた初期の写真を紹介する。最初はB727やB747を撮りに行った。それからも時々は訪ねるようになった。最初は送迎デッキから撮る事が多かったが、その後外周道路から撮るようになった。空港の建物は基本的には全く変わっていないように思う。
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昔の伊丹空港。中に張り出した送迎デッキにまで入れたが、その後テロ対策で入れなくなった。当時はYS11がローカルの主役だった。トライスターが二機見える。


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全日空のYS11。機種に識別のナンバーが書いてあった。

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東亜国内航空のYS11。全て愛称入で、全部揃えるのが楽しかった。二社合併で生まれた会社で、後の日本エアシステムであり、最後は日本航空に吸収されて姿を消した。

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全日空のB737とB727。地方空港のジェット化に貢献した機体だが、その後B737の大発展は想像できなかった。やたらとうるさいジェット機だった。

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MU-2 モックアップか?

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屋上には古い機体が展示されていた。

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航空自衛隊の救難ヘリ H-19 漫画に出て来るようなヘリコプター。
 

20150726高校野球100年(12) さらば甲子園 高校野球を撮っていて決勝戦の日というのは独特の雰囲気である。まずは体が楽ということ。一試合しかないから。翌日からはすることが無くなる。夏の高校野球全国大会といのは地方予選から始まる。それを撮るカメラマンというのはかなり過酷な経験をする。ものすごい試合の数が多いから。そのために各球場に多くのカメラマンが分散する。選手は時々出てきて、負ければ終り。撮る方はずっと撮らないといけない。みんな真っ黒な顔になり、工事人夫の泊まるような宿でブツブツ言っていた。しかし、甲子園大会になると撮影環境もかなり楽になる。しかし、それを撮るカメラマンも少なくなる。予選が自転車なら甲子園はタクシーくらいに楽です。楽しいし。
 初めての高校野球バイトで21mmを買ったことを書いたが、このレンズはかなり良かった。広角なら35や28がポピュラーだったが、単焦点で性能のいいレンズあったかな。スナップ撮るなら広角をいかに使いこなすかだ。今はズームで超広角が使えて、焦点距離のことはあまり考えなくなった。
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レトロな入場券売り場。今もあるのかな。麦わら帽子も懐かしい。

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新居浜商業が負けた。習志野に4対5のさよなら逆転負けだった。

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一塁側の習志野高校がグランドから退出。

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しつこく取材する記者。優勝は千葉県の習志野高校。勝利投手は小川君。最近はあまり見ない。

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勝って去るチーム。優勝校の退出は雰囲気が違う。

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内部の通路。この奥でインタビューが行なわれる。この空間をもっと撮っておけば良かったと思う。右にグランドへの細い通路があり、後に食堂がある。
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さらば甲子園。関係者出入口からバスに向かう。準決勝は21日。雨天順延の多い大会だった。応援のお客さんが大変だったと思う。プロ野球の試合にも影響がでて、阪神ヤクルト戦が順延になった。

 

20150726毎日暑い日が続いていますが、いかがお過ごしですか。体調管理に充分気をつけて下さい。最近は夜明も遅くなり、目覚ましは4:27にしました。現場に着くとサンライズが通過していきますが、それは見送っています。いかにハイテク機器を使いこなせるかという苦労もありましたが、最近は失敗もほとんど無くなりました。蝉がさっきからじゃんじゃん鳴いています。
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