鉄道写真家 岩堀春夫のblog

鉄道写真を撮り続けて50年。懐かしい写真から最新の話題までをお楽しみ下さい。

2017年02月

京都駅1975-5/17 あまり専用線を続けるのも申し訳ないし、気分転換で当時の東海道本線主要駅を見ていただきたい。石山の帰りに撮った京都駅のEF58等。当時は留置されている機関車もいて、それが本線走行と並んだりしていた。DD51もいたが、何に使われていたのだろうか。広い駅構内のあちこちに機関車が止まっているというのが当時の情景だった。
7505410  EF58143京都
昔の京都駅。下り側線にEF58143が休んでいる。在来線と新幹線の間に線路がたくさんあった。当時は奈良線ホームが1本のみで、発着本数も少なかった。


7505411 DD511110京都
下りホームにDD51が止まっていた。臨時列車を待っているのだろうか。当駅で機関車を付け替える事は多かった。


7505414 EF5894京都
駅の東側に宮原のEF5894がパンタを下げて留置されていた。


7505415 EF5894京都
さらに北側には浜松のEF58も休んでいる。


7505416 雷鳥、京都
字特急の「雷鳥」が到着。バックに高倉跨線橋が見える。1972年から登場のクハ481-200という新形式が撮れた。


7505417 EH1016京都
東海道本線を行き交う直流電機の両雄。


7505420 EF5893京都
上り荷物列車が到着。ここで荷物の積み降ろしが行なわれる。当時は一番と2番の間に貨物の通過線が二本あった。

 

 さて、今日は午後に東京の編集者様がご来宅される予定です。マッキントッシュの膨大なデータを見ていただきます。さらに新しいクライアントも決まりかけました。去年のトランプ大統領当選の日にできた我がパソコン部屋の成果がようやく出てきました。

住吉・石山駅側線1975-5 スイッチャーの撮影は徐々に進んでいった。とにかく近場の駅から、撮り易そうな所を一つずつかたづけていくのだった。線路はあるが機関車がいない駅もあった。すでに貨物扱いを辞めていたりする。しかし、工場の引込み線なら奥の方が見えない。それで貨車が止まっているかや、レールの光具合も判断材料になる。あそこはまだ使っているとなれば、何かがいることになり、通過時に注目したものである。アント15という小型の入換え動車もあるのし、国鉄DLが入っていく線もある。さらに国鉄の貨車移動機もあるから、目的のスイッチャーがいるとは限らない。1975年ごろには、早くも貨物輸送を辞めている駅もでてきたが、まだまだ貨車は健在でスイッチャーも多かった。しかし、地域的にはごっそりと貨物から撤退している所もあったようだ。
7505318 EF6650住吉
住吉川の天井川トンネルを出て、住吉駅を通過する下り貨物列車。下り側にも貨物側線があるが、この位置に新交通システムの六甲ライナーができている。


7505322 住吉トラバーサ
住吉駅の上り側には貨物側線にトラバーサーがあった。こちらの動力車はアント15だったが、もう使われていなかったかもしれない。


7505323 住吉トラバーサ
トラバーサーが珍しくて何カットかとっているが、もっと右側がどうなっているのかわからない。全国の貨物駅を撮っているが、トラバーサーを見たのは10カ所もないのでは。しかも、稼働中は見ていない。車両工場の大型トラバーサーは別だけど。


7505327 石山、東レNY
石山の東レに向かった。到着する113系車内からも撮影する。本線合流の手前に詰所があり、ニチユ製スイッチャーが待機していた。この駅には反対側にも日本電気硝子の引込み線があるが、それはまた別の日に撮っている。


7505332 石山、東レNY
日本輸送機の15トン機。日本通運の大津支店と書いてある。右遠方の道路が国道1号線で、それを横切って工場に入る。



7505402 石山、東レNY
ニチユ15トンの背面。楕円銘板が一カ所に付いている。その向うに東海道本線があり、右側は踏切である。


7505404 石山、東レNY
 古い踏切標識があった。この物ズバリの機関車がこの側線に使われていた。101,102,103がいて、京都や加悦の博物館で保存されている。102号キットソンがデザインされている。
 

DE10無動回送q2 スマホを見たらEF510の無動を確認。天気もいいし、すぐに電動アシストで出動した。いつもの墓場へ行くが、まだ松の影がかかっているし、枯れ草もうるさい。いつもの場所は後部コンテナに邪魔されるし、新しい撮影地で撮ることにした。

 後追いには違いないが、少し引きがあり、ローアングルで空を大きく入れてとることにした。現地でまたスマホ見たらなんとDE10に変わっていた。まあそんな事も時々ある。
223 ,NAq2269
撮影地はマンボの所。大谷道と書いてある。
「東皿池拱渠(きょうきょ)」とも表記されている。入口は下がっていて、この高低差は興味深い。水路のレベルがかなり下だったとわかる。抜けた先が大谷町で国鉄官舎があり購買部もあった。




EF200017 ,NAq2274
本務機は先が短いEF200-17である。


DE101733 ,NAq2278
 回送はDE101733だった。以前はしょっちゅう撮っていた機関車だが、今はどこで使われていたのだろうか。もう少し先で芦屋市になる。この築堤の下は路上駐車が多いが、この日は二台のみだった。

吉野線紀行q2補足 近鉄吉野線は飛鳥を通っていく路線で、雰囲気はいいがずっと両側ポールで撮影地は少ない。阪神間の人間にとっては遠い地域となり、これまでほとんど行っていない。有名撮影地は吉野神宮手前の鉄橋で、それ以外には知らない。

 ここにはデ51という電気機関車がいて貨物列車が走っていたが、それも撮るチャンスが無かった。貨物側線にかなり興味深い所があったようで、残念である。

 そこまで遡らずとも、もっと頻繁に行っておくべきだったと思う。元々これまで変化が少ない所だったが、これからは特急の塗装と共に、通勤型も変化があると思う。よく見て行けばいくつかの撮影地があり、夏場に撮りに行く予定です。それより今年は大阪線の特急が新旧色拮抗し、たくさん撮っておかねばと考えている。

 薬水駅のすぐ近くを和歌山線が通っているが、近鉄から見ると片ポールが左右切り替わっている所があり、両側から撮れるではないか。そこも撮りに行きたい。かつては補機付き貨物列車が走った区間になる。

 吉野口駅の珍しいのは駅弁が売られていること。ちゃんと売店があり柿の葉寿司が売っているが、例の駅弁マークが見られる。ここでは一時間に三回も電車の交換シーンが撮れる。その内一回はJRとの同時交換になる。近鉄特急はバリエーションが多くなったので、組み合わせも多彩になる。

 帰りに甲子園で下車した。今津で降りるからどうせ甲子園で普通に乗換えになる。それで改めて甲子園線の跡をチェックしておいた。しかし、元ホームがあった部分もすっかり新しくなっていて、痕跡は残っていない。北側の連絡線跡も橋台の一部しか見えていない。これが大正末期のわずかな期間に使われた物と考えると、少し新しいような気もするが、さらに調査を続けたい。そういえば山科付近の東海道本線旧線の遺構も割と新しいように見えていた。
近鉄1270 、橿原神宮前q2968
橿原神宮前に着くとまだ10時すぎでこの暗さ。大阪では晴れ間もあったのに。


F42 橿原神宮前3q2003
南大阪線のホームへ行くと西側の空が明るい。こんなところにブルーシンフォニーが入線してきたが、色がぜんぜん出なかった。


近鉄6 市尾葛q2016
雰囲気はいいが撮りにくい市尾付近を走る。ここもポールと電線を無視して撮っておかねばと考えている。


近鉄6045 、吉野口q2076
吉野口では明るい空を背に、JRホームから撮影した。近鉄とJRと近鉄が同時到着だった。105系は万葉ラッピングの頃によく撮ったが、それからあまり撮ってないうちにすっかり青緑の地域色になっている。近鉄ホームにもJR型の駅名標がある。


104クハ0504 ,吉野口q2087
吉野口駅は一時間に一度は4編成並びになる。簡単に乗換えができるが、ICカードはそうはいかない。車内放送で注意していた。しかし、この写真はクリーム色の時に撮っておきたかった。


近鉄le 、吉野口q2122
特急も交換する。旧色を撮らないうちに新色が並んでしまった。16010系は1編成のみである。それにしても色が変わると印象も変わってしまう。


近鉄6049 、福神q2180
遠すぎて見えなかったが電車に電柱の先がかかっている。もう少し高い所から撮る必要がある。あの築堤にも桜を植林しているようで、将来が楽しみである。画面から切れたが、上の山並みも美しい。


近鉄ブルシン 、福神q2193
この電車は運用を知らなくてもよく見かける。いくら撮っても感激は起きない。しかし、平日でもお客さんはたくさん乗っていた。



 

吉野線紀行q2   今日は天気が悪いというので近鉄の未撮影駅を片付けに行く事にする。まだ撮っていない所があるのかと思うが、吉野口方面はまだたくさん撮れていない。しかし、今年は何度も行く予定で、今日は駅スナップをたくさん撮りたい。駅舎撮影は晴れていないといい写真は撮れないし。

 しかし、朝になると雨は通り過ぎていた。傘もささずに駅まで歩く。今津乗り換えで、阪神に乗る。甲子園では高架線切り替えの最終段階を撮影出来た。まだホーム屋根が仮設の部分もあり、線路を付け替えるとホームも動き、その段階で本工事になる。
阪神5562 、甲子園q2949
来月開通する高架線工事。走り去る梅田行き普通は希少形式だった。線路を切り替えると梅田行きホーム先端が広くなる。
 

 よく轢死があった八幡前踏切も、もうすぐ見納めになる。甲子園から乗った電車は近鉄で大和西大寺行きだった。それで鶴橋まで行く。

 大阪線の連絡は悪く、結構待たされた。日本一小さなファミマでパンを買って食べる。その間に新色の特急を二回見た。以前は近鉄に1日中乗り降りして、夕方にやっとすれ違うくらいだったのに。半分変わったくらいでたくさん撮っておけばいいと思う。五位堂行き普通があるのに気づいた。これは撮っておきたい。

 大和八木に行くと、かなり暗い。また雨が降るのかな。橿原神宮前で少し撮ったが、まるで夕方のようだった。まだ10時半なのに。ここでも連絡が悪い。しかしアオシンが入ってくるというので、対面ホームに移動する。しかし、止まった位置が前ギリギリで、編成が撮れなかった。しかも、バックの空だけ明るいときている。お客はそれなりに乗っていた。廃車前の通勤電車を上手く使っていると思う。

 ようやく吉野口に着いた。なかなかいい構内だが、列車本数が少ない。と言っても30分に上下と特急と和歌山線があるのだから、どこかのローカル線よりはかなり多い。古風な地下道もあり、構内で撮るカットは多い。それよりも、同時にあちこちに発着するから、どこを狙うのか選択が困る。

 まずは最初の立ち位置で勝負が決まる。空の明るい側に立つのがいい。それで、適当な時間差で4本の電車がなんとか撮影出来た。吉野口はJR電車も撮れるのがいい。それが済むと、しばらくして近鉄特急が交換する。これは新旧色の並びがいいが、なんとどちらも新色だった。すでに時期を逃しているのか。2連特急なら並びも撮りやすい。今度はゴールデンウィークにも木曜休日があるが、これは4連になると思う。吉野口には1時間いたが、収穫は多かった。

 次に福神駅へ行ったが、ここはニュータウンの駅で、学生がたくさん乗ってきた。ここでアオシンと交換した。駅の手前に桜の植樹があったが、どうせ両側ポールだから撮りようがないだろう。

 それから大阿太駅にも降りた。ここはなかなかローカルムード満点だった。山の中の交換駅で、急行はここで交換する。

 下市口には降りるつもりだったが、止めて越部まで行き、そこから引き返す。駅撮影もかなりの収穫があったし、後日の撮影ポイントも見つけた。例えば福神駅のホームからは遠くに接近してくる電車を山なみバックで撮れる。桜も入るかもしれない。吉野線では珍しくロングショットが撮れる。

 構内の撮影にもちょうどいい具合の曇天となり、古い構造物等も撮りやすかった。  最初から天気が悪いとわかっている時に、こんな撮影もいいものだ。

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