鉄道写真家 岩堀春夫のblog

鉄道写真を撮り続けて50年。懐かしい写真から最新の話題までをお楽しみ下さい。

2018年10月

高砂線・別府鉄道1976-9 加古川線は播州鉄道・播丹鉄道からの歴史がある。加古川線管理所のC12が貨物列車を牽いていたが、1972-3の無煙化後は久下村・社町・粟生の貨物営業が残り、姫路区のDD13が担当したが、早くに廃止された。高砂線には高砂工場があり、さらに高砂港駅の扱い量が多かった。こちらもDD13が担当し、1984年の廃止まで活躍した。旅客輸送は山陽電鉄や本数の多い神姫バスに歯がたたず、貨物専用線のような線だった。

 1976年に初めて当地を訪ねた訳だが、高砂港駅と高砂港駅にスイッチャーがいて、当初の目的を果たすことができた。以後何度も休日に訪ねるコースに組まれることになる。しかし、それは車両の撮影が目的で、高砂工場を初めとするいくつかの側線を撮っていなくて悔いが残った。高砂から別府へ山陽電車で移動し、別府鉄道にも行っている。

19760905 高砂港01
高砂港駅で活躍するスイッチャー。DD13は重連型で西浜信号所までの重連セメント列車に使われた機関車がローカル線の無煙化に充当されていた。右の日通機はニチユの10トン半キャブで、これの稼働はこの時だけ記録している。


7620713 高砂DD13
高砂駅の線路は貨車がひしめいていた。左端が高砂線のホームになる。右端に日通のニチユ15トン機が写っている。


7620714 DD13637高砂
DD13637の入換え作業を踏切でスナップ。


7620733 日通DL112高砂港
高砂港駅へ行くと元加越能鉄道のDL109がいた。これは東急車両製でジャック軸ロッド式である。


7620829 日通NY10t高砂港
高砂港の入換えは日通のニチユ10トン半キャブだった。


7620832 日通NY10t高砂港
高砂港のヤードには、周辺にいろいろな建物があった。


7620833 高砂港ヤード
ヤードの先は海である。左隅には船も写っている。


7620903 日通NY10t高砂港
ニチユ10トンの入換えを撮ったのは、この時だけだった。


7620707 別府鉄道キハ101
順序が違うが、加古川から高砂へ行く車中から撮った別府鉄道の気動車。野口駅で連絡していた。



7620912 別府ハフ7別府港
別府港に来たのは二回目になる。最初は大学写真部の仲間と来ている。土山行きの列車は二軸客車が使われていた。


7620914 別府DD1351別府港
江若鉄道から転属のDD1351はイコライザーのダンパー付き台車だったのに、こんな状態。国鉄DD13の原形となった機関車である。



7620920 別府DC302別府港
DC302は倉敷市から転属。


7620926 山陽2015別府
帰りの山陽電鉄ではステンレス電車を撮っていた。この駅の横を山陽新幹線が並走している。この地域は様々な鉄道が集まっている。
 

加古川気動車区1976-9 京阪100年の興奮から一夜あけた翌日は西へ向かい、加古川気動車区を訪ねた。加古川といえば1972-3までは加古川線にC12、高砂線にC11が使われていたが、それ程注目を浴びずに消えていった。こちらも山陽本線の急行車内から撮影しただけだった。

 無煙化後は高砂線にDD13が使われ、姫路の機関車が担当していた。気動車区で見学を申し出ると、さすがに昨日のことがあり断られてしまった。しかし、昨日は大勢の群衆が集まったためで、たった一人で訪ねても事故の危険性はほとんど無いと思う。したがって、入口付近で少し撮っただけで引上げるしかなかった。加古川線にはキハユニ15という湘南フェイスの気動車がいて、これが希少価値である。その後もペンタ6X7で撮影している。短時間で撮影を済ませ、次は高砂線に向かった。
7620624 DD13614加古川
加古川気動車区には姫路のD13がいて、高砂線の貨物に使われていた。



7620626 キハユニ15 9加古川
キハユニ15-9 元電気式気動車でキハ09から改造で生まれた。加古川には3,6,9の3両が配置されていた。妻面側の写真も貴重である。


7620625 キハユニ15 9加古川
ナンバーも撮っておく。かつてはナンバーだけで全体を撮らなかったこともあった。


7620628 加古川気動車区
ローカル線でよく見るキハ35もいた。DD13には控え車が連結されている。


7620631 DD13614加古川
気動車区は加古川駅の西側で本線の北にあった。電化後は車両基地が厄神に移っている。


7620702 加古川DC
中には入れなかった気動車区の全景。


7620703 加古川キハユニ15 6
駅にもどると加古川線のキハユニ15-6が撮れた。


7620705 キハユニ15 6加古川
郵袋の数は165までなのか。荷役作業も撮っておけば良かったと思う。



 

京阪開通100年記念号その2 京都駅でC571の発車を撮ってから、すぐに新幹線で後を追った。ちようど向日町あたりで追い抜いたが、街並の向こうに煙が見えるくらいである。阪急上牧駅を過ぎると築堤の下の田圃から汽車を待つ人が見えた。

 新大阪に着くとすぐに撮影地の歩道橋に移動する。すでに先客はいたが、なんとか隙間から撮ることができた。それから宮原機関区の方へ歩く。正確に言うと木川の方へ行く。機関区の先の踏切で大阪駅から回送されてくる列車の到着が撮れた。それからターンテーブルでの転向作業も撮れた。この辺りは鉄道ファンと近所の人くらいで、わりと和気あいあいとしていた。

 もうすでにSLブームは鎮静している時期だが、一般市民にはかなり刺激的な出来事だったようである。その後大阪駅で帰りの発車を見送ると、さっさと家に帰っていた。

 その後はSLの運転も無くなって、SL以外の車両をたくさん撮るようになった。山口線にSLが復活した時も行かず、東京のエージェンシーに言われて行くようになったのはかなり後になってからだった。
7620510 山崎高槻
新幹線から東海道沿線を見る。手前に阪急の線路が写っていて、上牧〜高槻市になる。これだけ見ると平和だが、帰路は阿鼻叫喚となる。


7620514 新大阪C571
新幹線で追抜き、新大阪駅の近くで列車撮影。この場所はJR発足の記念列車でも使った。


7620516 宮原DD13
宮原機関区に行くと福知山線のDLがたくさん休んでいた。左端に少し見えるコンクリートの給水塔は今も使われているようだ。


7620523 宮原C57
大阪駅から回送されてきた記念列車を宮原手前の踏切でお出迎え。警備員に邪魔されてしまった。


7620527 C571宮原
釜は外されてターンテーブルに向かう。C571は急行日本海で横転事故があり、1961年に長野工場でキャブを新製して復活している。キャブの屋根が後に長いのはその前からである。


7620534 宮原C571
どうも電動のターンテーブルは動かなかったようだ。ここで手押しが見られるとは思わなかった。


7620611 C571宮原
運良く0系新幹線も通過した。


7620616 C571大阪
大阪鉄道管理局を横目に帰途につく。阪急と連絡の歩道橋からも撮っている。


7620619 C571大阪
記念列車が大阪駅を発車。恐怖の旅路がここから始まる。



1976年のSL撮影記録 貝島、糸魚川、追分、御崎、宮古、大井川、二条、京阪100年

 

京阪開通100年記念号その1 1976年の秋に関西では大きな出来事があった。この年は関西で初めて鉄道が開業した2番目で京阪間の100周年になり、その記念列車が走った。阪神間の記念列車はC61が牽き、それ程盛り上がらなかった。私もその日は写真部の日曜例会があり、それに出席する前に吹田駅で回送を撮っただけだった。

 しかし、京阪間は沿線人口も多く、非常に多くの人が集まった。地下道に続く階段の屋根なんかで撮っている人もいた。ゾンビのような輩が線路内にも進入し、事故が起こるのは予想されたし、帰路に小学生の死者が出た。その為に関西の鉄道ファンは何年も謹慎を強いられた。

 この日はまず大阪駅を撮ってから京都駅へ行き、ホームのスナップを撮ってから発車を撮り、新幹線で先行して大阪市内で列車撮影。さらに宮原に行って回送の到着と機関車の転向を撮影した。最後は大阪駅の発車を撮ってから帰宅した。家に帰ると、この列車の事故は大きなニュースになっていた。

 特に帰路の沿線は人出が半端ではなく、かなり遅延していて、沿線も大混乱だったようだ。

 この様な大混乱での撮影は避けて、できるだけ一人で撮るようにしている。大勢いる時は後から広角を使う事が多い。最前列は危険である。混乱する地域は限定的だから、そこを避けたら静かに撮影できる。
7618018 大阪駅
21ミリで大阪駅を撮ってから京都へ行く。実はこの駅の写真はあまり撮っていなかった。


7618022 京都駅100年
京都駅では構内のスナップを撮っている。岡山広島博多方面の案内は西ノ宮駅にもあったのを覚えている。それにしても階段で三脚は少し無理がある。


7618023 京都駅100年
上の看板を撮っている。当時はテレビのニュースも16ミリで撮っていた。



7620224 京都DD51
12系客車は早くに入線していた。その向こうにDD51が止まっているが、これは奈良線の荷物列車だろうか。奈良線ホームと東海道下りの間にたくさんの線路があった。


7620228 京都駅ホーム
奈良線ホームにはすでにたくさんのファンが場所取りしていた。私もここで撮る予定である。



7620403 京都駅構内
奈良線ホームではたくさんの人の後からとるしか無かった。やがてC571が到着し、21ミリで全景を撮影する。


7620304 京都C571
客車に連結するところは標準で撮る。頭の間からなんとか撮れた。階段から見てもホームの屋根が邪魔になるのでは。

7620316 京都駅ホーム
出発式前の下りホーム。ここで事故がおきても不思議ではない。報道陣の前にも群衆がいる。

7620317 京都EF6525
稲沢区のEF65初期型も現れて、花を添えた。憎い演出である。標準では視界が確保できず、望遠に切り替えていた。


7620322 京都C571
さすがにテープカットの時は一部群衆が排除されていた。


7620327 京都C571
発車を撮ると新幹線ホームへ急ぐ。



 

洛北紀行rx補足  八木駅は明治32年に京都鉄道の駅として開業。現在の駅は古レールが使われることから昭和初期に改築されていると想像できる。関西では少なくなった古い駅舎も残っている。橋上化工事は駅の南側で始まっているようだが、まだ進展は無い。1971年までは貨物扱いもあり、側線はまだ残されている。山陰本線京都口の貨物は福知山区のD51が担当していたが、これがいつ廃止されたのかはわからない。C57の旅客輸送は1971-4にさよなら列車が走ったが、その後も臨時運用は残り、1972-9まで走っていたようである。所在地は八木町で、その中心地だったが、合併で南丹市になっている。

 並河駅は昭和10年開業の棒線駅で亀岡市にある。この区間は複線化に向けて駅は北に120m移動して1989年に2面2線の交換駅になった。2009年には園部までの複線化工事が完成し、並河駅の交換設備は廃止される。旧駅舎の部分に鉄道歴史公園ができて、DD511040と新幹線0系のカットボディーが展示されている。DD51の保存機は北海道に3両、京都府に2両、その他2両がある。まだ増えるかもしれない。
221 クモハ0075,八木rx213
山陰本線の221系には2個パン車もある。これは以前苦労して撮っているが、顔が変わっているのでまた撮らないといけない。古い雰囲気の残る八木駅にて。


5DD511040 ,並河rx254
並河駅は旧駅舎部分が鉄道歴史公園になっている。展示されてからかなりの年月が経っている割には綺麗な方である。


並河 3rx262
DD51の色はかなり褪せている。ホームからこのように撮れる。


サンダーバード 、京都rx273
久しぶりに681系をバッチリ撮れた気がする。しかし、編成ナンバーはわからない。この形式もいろいろ変化しているが、全く把握できていない。ネットでも調べかけたがよくわからなかった。この写真奈良線ホーム端から撮っている。かつてはかなり離れていた頃の構内がわかる写真を準備中です。



EF652060  ,京都rx277
最後のシメは京都駅で5087レは形式写真風に撮影。関西での撮影チャンスは少ないが、上下ともいい条件で撮影できる。撮れる間にたくさん撮っておきたい。
 


 

 祝150000アクセス。まだまだこれからです。

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