西濃鉄道へ行った翌週には向日町まで行った。なぜなら、車窓から向日町側線に転属機がいるのを確認していたからである。それで正体を確かめる必要があった。それはオレンジ色でナンバーはD206だった。新日鉄八幡から来た新潟鉄工所製25トン機である。近くには行けなかったが、望遠レンズであちこちから撮れた。

 これはずばりの写真が朝日新聞社発行「世界の鉄道’7081ページに載っている。巻末の資料では昭和38年製である。その頃には構内のSLを無煙化が進められたのだと思う。

 向日町には日通のスイッチャーが何両かいたが、製番のチェックはあまりできなかった。自衛隊の引込み線もあったし、線路だけでも撮っておいたら良かったのにと思う。線路は北から南に通っている。東西両側にスイッチャーがいた。最初は大阪から京都に建設された鉄道の終点だった。(1876-9/51877-2/6)元は大宮通仮停車場だつた。
 向日町という駅名だが、1972年には所在地が向日市になり、近くの阪急駅は駅名を改称している。しかし、国鉄は向日町運転所もあったし、向日町で親しんでいるから変更はできなかった。向日駅ではとても無理だし、向日市駅に変えろという要望も無かったのだと思う。しかし、ここを旧西国街道が通っていたし、阪急の方には向日神社という古い神社もある。かなり離れているが、その手前に向日町競輪がある。こちらも名前は変えていない。競輪場行きのバスに乗れば簡単に行ける事になる。向日町運転所はもう吹田総合の京都支所になり、駅名は相変わらず向日町で馴染んでいる。明治22年の町村制施行いらい一度も合併していない自治体として知られている。出身有名人は阪神ファンにも印象が強い今江内野手(ロッテ・楽天)がいる。

 要望で改称するというのは観光客を増やす為に有名な地名を入れるケースが多く、隣りの神足駅は長岡京駅に改称した。

 神足では住友セメントと日本輸送機があったが、この日は別の日通ニチユ15トン機を撮りに行っている。
7804303 日通D206向日町
新日鉄八幡から来たD206で、その後はモモW1-7になる。西日本では割と少ない新潟鉄工所製である。最初は東側にいた。


7804318 日通D206向日町
東側には大阪セメントがあり、さらに日本石油もあった。協栄エンジニアリングに入ったのかな。


7804316 日通NY向日町
これは西側のスイッチャー。ここはなかなか製番チェックが難しかった。当時はキリンビールがあった。


7804227 EF60向日町
駅にはEF60牽引の上り貨物が止まっていた。車掌車がつかわれていて、こんなアングルもいいかな。バックには大阪セメントのプラントが写っている。


7804229 向日町EH1051
なんと2両だけの変形機が現れた。ルーバー変形の51号機が撮れた。


7804317 EF6081向日町
下りホームから撮ったEF6081。


7804322 神足EF81
神足駅へ行くと北陸から来たEF81の貨物が通過。これは上り列車なのか。はしっているのは下り線である。いつから直通運転していたのかな。


7804323 神足日通NY15t
神足駅のニチユ15トン機。駅の北よりにある側線で、三菱石油と木材会社があった。貨物用ホームもある。ここは東側に住友セメント。さらに南側に隣接して日本輸送機の本社工場がある。


7804321 神足日通NY15t
バックにかんじのいい日本通運の建物が見える。幌付きトラックも止まっているようだ。モモW1-3は初配置が向日町とある。モモは桃山支店だが、少し離れている。木幡側線にも同じタイプがいたのだと考えている。その後はキヨとかラクも使われていた。





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来週の予告です。昭和レトロやります。お楽しみに。