関西の貨物線等は全部撮りたいという考えで、以前から何度も各地で撮影していた。この日は神戸駅に近い公団住宅の上階で撮影していた。しかし、カット数は少なかった。一応は押さえたという気で安心していたが、その後、この付近が関西の鉄道史において非常に重要な地である事を痛感することになる。

 明治7年に神戸から大阪まで開通した当時の神戸駅は、その後の湊川貨物駅の部分にあった。その後、山陽鉄道と繋がって1本の線になり、高架の新線に移る事になる。その時期は昭和の初期にあたる。大正末期から複々線化工事は進められていて、神戸市内は高架化で開通することになる。元神戸駅の部分までは別経路の貨物線ができて、それが湊川駅となる。この付近の様子はポートタワーの展望台から撮影できる。岸壁の倉庫や引込み線も撮れたはずなのに何も撮っていないのは残念だった。その後、この付近はハーバーランドとして開発されていて、過去は消しさられている。

 しかし、一番端っこの鉄道桟橋や入江になった運河の部分は今も残り、当時は大阪用品庫として使われていた。そこには10トン移動機が働いていた。今もJR西日本の神戸支社があるが、この付近が関西の鉄道発祥の地になる。誰かが言っていた。「2番では駄目なのですか?

2番目に開通した所なんか、誰も気にしていない。

 当時はアパートや病院などでも簡単に屋上へ行けたものである。デパートの屋上なんかはちょっとした遊園地があり、そこからも列車撮影ができていた。だから、その日は三宮のそごう屋上から三ノ宮駅を撮っていた。しかし、それも金網が少し写り混んでいる。もっときっちりと撮っておけばよかったのにと思う。

 神戸駅の構内も撮れていた筈だが撮っていない。ここは1971年頃から姫路までSL白鷺号が走り、多くのカメラマンが神戸駅発車を上の方から撮っていた。

 当時は車両の撮影がメインで、施設等の撮影はそれ程重視していなかったのが残念である。関西ではここの他に淀川貨物もきっちり撮っていない。実際にはここも行っていて、DD13を少しだけ撮っている。ただそれだけで済ましていた。民間のスイッチャーばかり探していたことになる。
7805229 神戸兵庫間線路
神戸駅の兵庫寄りを俯瞰。この高架橋は地震にも耐えている。昭和初期のコンクリートは非常に強度があったことになる。地震で崩壊したのは六甲道や甲東園で1970年頃に生コンで作られている。


7805230 湊川貨物駅
湊川貨物駅はこれだけ。しかも望遠で撮っている。ほとんど見えないけど上部中央に信号所のタワーが写っている。


7805306 湊川貨物駅
私は職業が写真家で、写真の売上げが収入になります。JPS/JRPS会員です。出版社などの依頼があれば有料で写真を使っていただいています。個人様の依頼や無料提供はお断りしています。
 大阪用品庫の俯瞰で、10トン半キャブがいる。当時はこれを撮るのだけが目的だった。ここが関西の鉄道発祥の地である。なんて事は全く考えていなかった。



7805314 新長田EH10
ここは今でも撮りに行く場所。新長田駅のホームから200ミリで撮っているEH10牽引の下り貨物。300ミリが使えるようになった時には木が茂って撮れなくなっていた。兵庫駅貨物回送線が電化したので、手前にポールが出来て邪魔になるが、今でも撮る人は多い。


7805316 三ノ宮駅
旧三ノ宮駅をそごう屋上から撮っていた。網が写っているが、もっとましな写真がとれたのでは反省している。撮っているだけでもマシかな。阪神のレトロな地下入口も写っている。