西宮側はすでに紹介したが、今回からは宝塚市側をまとめて見たい。この線は私にとっては馴染みが深く、逆瀬川に親戚がいたし、1969年からは沿線の高校に通学することになる。それで少しは写真を撮っていたが、当時はSLファンだから、それ程多くない。さらにその後は空白期があり、1990年頃からカラーで撮り始めている。

 形式の変遷は西宮鉄道史の方を見ていただきたい。

 今津線の沿線は住宅地ばかりである。西宝線として開通した当初は集落や農地をさけて阪神平野西端で丘陵の端を通り、それから沿線が開発されていったようである。大阪のベッドタウンでたくさんの学校が移転してきたから通学客も多い。

 宝塚の手前で武庫川を渡る。そこに歌劇場や遊園地があり、さらに温泉街になっていた。宝塚駅では道を隔てて国鉄の宝塚駅があり、県北部から山陰地方へ向かう人もよく利用していた。

 ちょうど撮り始めの1969年には宝塚駅高架化工事が始まっていた。先ずは逆瀬川〜宝塚間を単線にし、武庫川橋梁の架け替えが始まっていた。その為に西宮北口から逆瀬川折返しの電車もできていた。しかし、この高架工事は1994年に完成しているので、25年もかかっている。 (途中に長い中断期があった)    その間の記録はほとんど撮っていなかった。
6900415 阪急947仁川大
かなり写りは悪いが、高校入学前に撮っていた。仁川駅の小林寄りで桜を撮っている。920系の4連が走っていた。ここで電気工事の作業員が仕事をしていて、その横で撮っていた。位置は鹿塩郵便局の付近である。旧鹿塩駅は写真の右奥になる。


6900618阪急600、宝塚
600系は日本初の大型全鋼製電車。運転席の部分が非常に狭かったのを覚えている。宝塚駅は何度も乗り降りしている割りにはあまり撮っていなかった。右奥に宝塚線のホームが見える。


6900621阪急861、宝塚
電車の中から駅間を撮影。この当りは宝塚ファミリーランドの中である。810系との離合。


6900622阪急977,逆瀬川
逆瀬川駅では977と離合。この駅が通学に使っていた駅で学生用の無人出口があった。阪急バスに乗換えて山奥の高校に通っていた。


6901821 阪急逆瀬川947
逆瀬川駅のホームから宝塚南口方面を撮影。踏切の向こうは逆瀬川の鉄橋である。その先はまた下り勾配になっていて、ここが一番高い位置になる。


6901822 阪急逆瀬川
宝塚行き電車から降りた客が構内踏切を渡って出口に向かっている。右側に駅舎があった。さらに右側には小さな商店街があったのを覚えている。さらに東側には大きな商店街もあり沿線では一番賑やかな所だった。駅の外側を記録しておきたかった。遠方に見える電車の横のアパートは今でもあると思う。


6901829 阪急宝塚南口
こちらは宝塚南口駅のレトロな駅舎。すでに高架工事が始まっていて、単線運転になっている。この右に古い宝塚ホテルがあり、その建物は移転のためにもうすぐ(2020春)解体される。


6901830 阪急宝塚南口619
逆瀬川〜宝塚南口間の途中から単線運転になっている。左側のカトリック宝塚教会が見えるので位置が確定できる。旧型小型車を改造で車体は新製の610形が西宮北口へ向かっている。


6901831 阪急 宝塚南口
逆瀬川行き電車の折返し線を記録。この部分から単線運転になる。右側が第一小学校である。


6901833 阪急宝塚南口
さらに逆瀬川寄りにシーサースクロッシングがある。中央部には文化住宅。右端の家は設計が凝っている。


6901914 阪急861逆瀬川
逆瀬川駅ホームの西宮側先端。朝のラッシュ時には梅田行き準急が走るので、そちらのホームが長い。小林からは勾配があるので、高低差が大きい。川の逆瀬川が高い位置にある言う事か。







最近は忙しくて撮影は減っている。それでまた昨日は朝焼けを撮り逃した。免許更新にも行きました。阪急伊丹で新たに撮りたいアングルを発見。地元の鉄道はできるだけたくさんのシーンを記録しておきたいです。伊丹線は6000系と5100系でした。3000系も最近走っているのを見ています。
 3月中旬には引越しがあります。人生で初めての経験。さらに病院にも行っています。内蔵はほとんど調べましたが特に問題は見つかっていません。宿便なんか無いのを確認しました。ダイエットは1年でマイナス3キロでしたが、さらに2キロ減りました。しかし、標準体重はまだ5キロ減らさないといけない。暖冬だからウォーキングでタウンウォッチングもしています。発見はいろいろあります。