鉄道写真家 岩堀春夫のblog

鉄道写真を撮り続けて50年。懐かしい写真から最新の話題までをお楽しみ下さい。

カテゴリ: 鉄道施設

   土曜日である。貴生川で信楽高原鉄道を撮りに行く事にする。青春切符ではもったいない近さである。晴れていたら駅の外から撮りたい。

 芦屋から野洲行き快速に乗る。補助席に座れた。他の席は座れない。その前から座り続けていたのだろう。運動部がたくさん乗っている。新快速の方が早いけど、乗り続けることにした。

大阪駅から普通の席に移る。天気はどんより曇っていた。しかし、時間がたつと、雲の向こうに太陽がわかる。

 草津駅で降りて草津線の柘植行きに乗り換える。抹茶色の113系である。かなり空いていた。途中で交換待ちがあり、石部と三雲で停車中を撮れた。少し日射もある。

 貴生川で下車する。駅前のバスはいい条件で撮れた。それから信楽高原鉄道を待つがなかなか来ない。そのうちに快晴にもなる。貴生川止まりに連絡しているのかと思ったがそうでもない。信楽の職員もホームに来ているが、暇そうである。待っているうちに、また日射が弱くなる。

 やがて信楽DCが2連で到着した。順光側がスカーレットである。しかし、クリスマスのヘッドマークは余分やな。まだ早いし。停車時間も長く、待っているうちに日も影りだした。それなら走りを撮ることにして、先へ向かう。ところが撮れる所はあったが、かなり遠く、最後は走らないといけなかった。結局は橋の手前まで来てしまった。そこでは晴れていたし、築堤を走るのが撮れた。

 それからは杣川の橋梁で待つしかない。以前台風で流れた橋である。ここでも運輸省銘板を見つけた。待っている間にも晴れているが、薄雲が広がってくる。スカーレットが撮れたから、後はおまけのような物である。

 ところが歩いて駅に戻る途中、線路を超えている道路にも歩道があるのに気づいた。上から構内が撮れるのでは。また発車が迫っていて、早足で歩く。着いてみたらバッチリ撮れるではないか。しかも、草津線の柘植行きも発車した。まさにグットタイミングである。

 それから駅に戻る。近江鉄道も撮りたかったが、いい場所は見つからない。次の草津行きに乗る。221系だった。天気はもうすっかり曇っている。

 次は近江八幡へ行く。まずは駅付近で撮影する。駅舎や近江鉄道、バスなどがいろいろなアンクルで撮れる。

 それから近江鉄道に乗って八日市へ行く。久しぶりに近江鉄道に乗る。460円である。発車間際だったので手売り硬券をゲットした。阪急 夙川〜嵐山が470円

 800形だったので、車内からも撮りやすい。駅名標は新しいのに変わっている。

八日市駅で下車。無効印を押されてしまった。駅の反対側から撮ることにする。その前に折り返しの近江八幡行きが発車した。延命公園からも全景が撮れる。中線には赤電という旧色車が止まっていた。

 ここで貴生川行きが来るまで撮るが、結構時間がかかった。それから徒歩で新八日市駅へ行く。ここは古い木造駅舎がある。曇りの方が撮りやすい。構内もたくさん撮影できた。そしてそこから電車に乗って帰る。

 車窓を見ていると、あちこちで撮り鉄がたくさん展開している。天気は悪いしもう薄暗いのに何だろうと思ってスマホチェックしたらEF64+DD200が来るようだ。今後、DD200は各地で使われるようである。とりあえず川重の甲種かな。DE10の運用が減ってくるのだと予想される。
信楽SKR401 、貴生川sz241
NHK朝ドラのラッピングを撮りに行った。サンタ列車のヘッドマークは良くないな。


信楽SKR401 、貴生川sz271
川の手前の築堤まで移動。最後は走っていた。左右の違いがわかる。スカーレットは焼き物番組である。


信楽SKR501 、貴生川sz293
501形は土山サービスエリアのラッピングである。上下線の中間に店があり、夜行バスが休憩するので深夜によく行った。


信楽SKR401 、貴生川sz296
これが流されて復活した杣川橋梁。もうここで薄雲が広がってきた。


信楽SKR401 、貴生川sz302
貴生川駅構内が俯瞰できるとは思わなかった。ここでもJRを挟んで私鉄2社が連絡している。左端のホームから信楽高原鐵道が発着している。


近江1101 、近江八幡sz324
近江八幡駅でも接続している。100形は元西武101系。まだあまり撮っていなかった。


近江822、八日市sz403
駅の裏側には延命公園がある。高台から構内を撮影。近江鉄道はオール2連だったのか。800形にはレトロ塗装もできている。みんな西武電車である。


近江803 、八日市sz440
八日市駅での並び。貴生川行きが発車する。かつてのレジャービルは無くなり、ビジネスホテルが出来ていた。


OR16新八日市 3sz482
新八日市駅までは歩いた。駅舎が古いので有名な駅である。駅名標は新しい。



私には盆も正月も関係ない。クリスマスもバレンタインも無い。毎日を着実に過ごしています。
明けましておめでとうございます。今年もお付合いお願いします。






 

117日の早朝に阪神淡路大震災が発生。神戸市を中心に広範囲で被害がでて、交通も完全に止まった。その後、周辺部から少しずつ開通していったが、高架の崩壊等もあり、全ての路線が開通したのは夏前になっていた。驚異的なスピードで復旧作業が行なわれたことになる。

 JRでは震災直後から関西全域で運転を見合わせた。しかし、当日中に再開した線区もある。西ノ宮から西明石間で列車7本の脱線が確認できた。1/19には尼崎〜甲子園口が再開。1/21塚口〜宝塚が再開。1/23からは代替バスが甲子園口から三宮まで走り始め、神戸市の中心部までの交通が通じた。その後は順次鉄道の再開により順次短縮した。1/25には始発より甲子園口〜芦屋が再開。複線だけ先行して開通させ、芦屋駅も仮設のホームができていた。

 その後、神戸より西側でも須磨〜神戸が再開し、2/8には芦屋〜住吉が複線で開通し、甲子園口〜芦屋は2/14より複々線で開通した。2/15には和田岬線が再開し、2/20に神戸〜灘が海側2線で再開。最後に残ったのは高架が崩壊した六甲道駅付近で、驚異的な復旧作業が行なわれ、3/28にはEF65PFによる荷重試験、3/31には電車4本並走によるテストがあり、4/1に住吉〜灘間が再開し、不通区間は無くなった。その夜からブルートレインも運転再開した。貨物支線の東灘信号場〜神戸港も4/3に再開した。

 
500123 シュプール583
583+485のシュプール妙高志賀が回送で戻ってくる。六甲山をバックに現さくら夙川駅付近を通過する。


9501211 EF6619NA
EF66は延命工事が行なわれていた。1993年から新EF66-100に合わせた塗装に変更されているが、遭遇チャンスは少なかった。


9501520 震災被害、NA
震災の朝、真っ先に見に行ったのが打出村踏切。戦前からの建物は崩壊していた。右端のマンションも一階が崩壊している。


9501530 震災被害、NA
震災の朝は快晴で静かだった。あちこちで火災が確認できた。芦屋駅の東側から見た線路は枕木が露出している。左遠方に甲山が見える。


9501712 震災被害、201NA
芦屋市内では201系の脱線復旧作業が進んでいた。ナローゲージのレール上にジャッキが付いている。


9501720 震災被害、201NA
淀川電車区から自転車で駆けつけたようである。芦屋市内の東端部になる。


9501721 震災被害、JR芦屋荘
右側の屋敷はJR芦屋寮という宿泊施設があった。火災で全焼していた。


9501904 震災被害、NA
9日前にシュプール号を撮った夙川東側の築堤。線路はグニャグニャになっていた。


9501906 震災被害、EF81NA
西ノ宮〜芦屋間では下りのシュプール号が脱線していた。レッカー車が乗入れて復旧作業が進められていた。阪神の西宮駅北側になる。


9501929 震災被害、オハフ15NA
架線の張られたままレッカー作業。台車が外れていると手間がかかる。台車を戻すのは人力でできるのかな。


9502215 震災被害、NA保線
森具墓地の北側でウニモグが活躍。バラストを補給していた。


9502221 震災被害、201NA
1/25には甲子園口〜芦屋間が複線で開通した。まだ但馬の博覧会をPRしている。列車線はまだ手がつけられていない。沿線には崩壊した家がたくさんあった。西宮市の西端部になる。その後、架線柱も多くは新設された。


9502232 震災被害、NA
芦屋駅東方のポイントが使われていた。楠町のマンションから撮っている。火災のマンションは傾いている。


9503217 警視庁パトカー+NA
まさか打出村踏切に警視庁のパトカーが止まっているとは。


9503435 軌陸車NA
沿線のビルも傾いている。軌陸車で架線のチェックをしている。宮川〜打出村踏切にて。2/14に複々線で運転再開した。




 

 青春18切符が使えるようになったので、思い切って名古屋方面へ行ってきた。貨物列車と触れ合いたい旅だったが、それ以外にも何かと撮れるものがあり、慌ただしい旅になっていた。

 ところが、帰ってきたら予定をほっぽり出していたのに気がつく。写真の処理も貯まってしまった。さらにいつも使っているリュックの肩ひもがほとんど取れかけていた。さらに三脚のネジハンドルが一つ破損している。そのためにまた梅田へ向かっていた。ヨドバシで3ウェイの雲台を買おうとしたら、品切れだったので、また行かないといけない。

 梅田と言えば元貨物駅関連で工事が進んでいる。旧日通大阪支店の方まで行ってバスや「はるか」を撮影する。天気が良かったので、芦屋の夕日を撮りにいったら、こちらは雨雲だった。さらに写真の問い合わせがあってブローニー判のスキャナーもしていた。保険の更新もしないといけないし。本当にバタバタしている毎日です。ブログの仕込みもできていませんでした。

しなの 、名古屋sz169
久しぶりに「しなの」のクロ381を撮影した。正午近くに順光で撮れた。


ひだ 、名古屋sz109
「ひだ」のキハ85系も後継機ができている。JR初期型は何でも撮っておきたい。


キヤ95-1 ,名古屋sz187
これが撮れたので予定が変わった。名古屋港まで行っていたのだが、そこまでは間に合わず、名古屋駅でキャッチできた。キヤ95-1の後追いである。これを撮ってから、止まっていた快速みえに乗った。


313 ,名古屋sz143
名古屋駅には後藤さんも登場。EF510が通過した。313系電車もJR東海でよく見られる。


DD511028 ,名古屋sz559
名古屋駅通過貨物は朝がいい。といって通勤時間帯の運転は少ない。このシーンはD51時代から撮っている。もうDD51の引退も迫っているようだ。


快速みえ 、桑名sz248
桑名では珍しい3種類ゲージ踏切を撮影する。ここから撮ると踏切はよくわからない。桑名駅は現在新駅舎の工事が進んでいる。


DD511028 ,四日市sz290
四日市では伊勢鉄道を撮る。DD51とツーショット。四日市駅は午後の光線がいい。


近鉄2444 、近鉄四日市sz728
近鉄にも乗った。湯の山線を撮るのは初めてかもしれない。湯の山温泉のヘッドマーク付きだった。


E24塩浜3 sz654
近鉄で塩浜へ移動した。乗った電車はこんな色。志摩方面のレトロ電車である。明るくていい色だと思う。
志摩線開通90周年記念の1538+編成である。後10年待てなかったのか。



近鉄 、塩浜sz673
電動貨車が撮れた。東急電車の回送である。サブロク用の台車を積んでいる。


DD200004 ,稲沢sz750
帰りに稲沢駅ホームから機関車を撮影。新製のDD200量産車がまだこんな所に並んでいた。早く使ってやればいいのに。


5名鉄513 、岐阜sz777
岐阜駅には美濃町線電車 モ513が来ていた。この電車は急行で岐阜駅まで来ていたのを撮っている。
2006年から金公園で保存されていたが、かなり痛んでいた。今回きれいに整備されて、
2019-11/16岐阜駅の北口広場に移設された。


 

名古屋は貨物の聖地だった。機関車の種類も多いし。私鉄もたくさんあるが、ほとんど撮れなかった。もう一度行きたいな。 

 山陽新幹線の岡山開業は1972315日からである。この時から西宮市内を新幹線が通過することになる。ちょうどその日は北海道にいた。美唄市の三井美唄炭鉱へ行っていた。ここへ行くには美唄駅からバスを使う。降りるバス停は「郵便局前」である。そこには当然郵便局があり、山陽新幹線の開通記念切手を買っている。

 山陽新幹線の工事は高校時代に何度か撮影している。山陽本線の車窓からも撮っている。阪急甲東園駅から六甲トンネルの工事現場にも行っている。さらに我家から最短の現場である北山斜抗も撮っている。資料を見ると市内には甲陽作業坑や上ヶ原横坑もあったようだ。この工事は多くの断層帯を貫くために異常出水などの難工事だった。完成時は日本一の長さで、工事中からなにかと話題になっていた。

 この六甲トンネル出口の上に山陽新幹線記念公園があり、工事中に亡くなった作業員の慰霊碑がある。ここから武庫川にかけて西宮市内の高架区間を走る。記念公園からも撮影できた。

 さらに阪神大震災ではこの高架区間が橋桁の落下等の被害があり不通になる。その復旧工事が急ピッチで進められた。路線の復旧は326日に終わり、48日に運転再開した。

 この場所でしか撮れないということで、記念公園には何度も撮影に出掛けたものである。ただし、撮影には脚立や超望遠レンズも必要だった。見るだけなら金網越しに見られ、0系の最終運転等があると大勢の見物人が来ていた。
843117 SKS500六甲T
山陽新幹線記念公園から撮った500系のぞみ。500系は1997年から新大阪以西で走り始め、その後編成数が増えると東京まで運転された。その後、700系とN700系に置換えられて、2010年くらいで「のぞみ」から撤退。短編成化で山陽区間の「こだま」に使われている。


6800816 西宮市SKS工事
六甲トンネルは六甲山を横に貫くので途中に何本も工事用の斜抗が掘られていた。完成後は外側の施設は撤去されたが、斜抗は残されている。


6800817 西宮市SKS工事
北山斜抗の記録。ここにもナローゲージがあった。まだ中学生で写真のレベルは低い。


7270411 山陽新幹線六甲トンネル
六甲トンネルに近づく0系。開業の4ヶ月後である。左側には作業通路に通じるスロープが見える。


7270412 山陽新幹線六甲トンネル
開業当時はこんな写真が撮れた。二眼レフで撮影している。トンネルから出てくるのは撮れなかった。


7304727 新幹線0系甲東園
トンネルから少し離れた高台の住宅地からも撮影できた。このころはまだマンションも少なく鉄筋コンクリートのアパートが建っていた。


7410303 SKS六甲トンネル
すでに防音壁が設置されて、トンネルが撮れなくなっていた。開通当時は相当の騒音があったと思われる。

7410304 SKS六甲トンネル
トンネル内点検や維持の為の施設がある。線路間の狭い通路を走る作業車も見える。


7410307 SKS六甲トンネル
トンネル出口にいつも点検用のモーターカーが待機している。


7410309 SKS六甲トンネル
六甲トンネル入口上部に山陽新幹線記念公園がある。建設工事犠牲者の慰霊碑もある。


9502334 新幹線甲東園被災
甲東園付近の被害状況。高架の橋脚が折れて橋桁が落下している。阪急今津線を越える部分でも落下している。

9504321 六甲トンネル東口工事
復旧工事中の六甲トンネル東側。急ピッチで進められていた。


ひかり345 ,HM30年_7917
山陽新幹線の博多開業から30周年記念列車。記念の装飾がある。しかし、その後の0系引退時には装飾が付かなかった。


のぞみ 、西宮市甲東園q6983
甲山の神呪寺には展望台があり、山陽新幹線が見える。中央部に武庫川が横切り、その手前が西宮市になる。道路橋は171号線の甲武橋であり、この辺りが旧西国街道になる。




 

 西宮鉄道史は阪急と阪神がネタ切れとなり、しばらくは変則的な構成になる。周辺の地域も取り上げていきたいと考えている。
















 

ようやく梅雨明けか?   天気ははっきりしないが、予定通り名古屋へ行くことにする。出発は少し遅れて、さくら夙川は6:30だった。ホームに上がると74レが通過した。これは、西宮と尼崎で退避する。

 尼崎で降りて新快速に乗り換える。どんより曇っている。ここで東西線電車が撮れる。さらにPF機も追いついて来た。それを撮ってから6:55の新快速米原行きに乗る。混んでいるが、大阪から座れる。

 滋賀県に入ると晴れ間も出て来た。「はるか」とよくすれちがった。

 米原では接続の大垣行きに乗り換える。慌ただしく階段を上り下りする。3134連で、なんとか座れた。

 愛知県は快晴である。尾張一宮駅を撮る。七夕祭りの装飾があった。それから枇杷島駅へ。着くとすぐに東海交通事業のDCが発車した。ここは駅が新しく、まだ撮っていなかった。夏の朝に撮れる。

 それから名古屋駅も撮る。超広角レンズを持ってきていない。近鉄駅の上部も撮れた。こちらも青空で撮れた。

 次に近鉄で黄金駅へ行く。ここで、名古屋車両区や近鉄電車を撮る。ここからだと名古屋駅のビル群は少しかすんでいた。光線が良くなってきたら雲が出て来た。貨物は撮れなかった。

 名古屋駅に戻ってきしめんで昼食。味は少し落ちている。

 次に稲沢駅へ。ホームから撮れる機関車が順光になっている。さらにバックの空が夏空で綺麗だ。駅舎もうまく撮れた。

 次は清洲である。ホームでの撮影はちょうど真横ライトでうまく撮れない。しばらく時間潰しして、清洲城へ行く。駅からそれほど離れていないが、暑くてたまらん。しかし、城の写真も撮れたし。入場料は300円で、靴を脱いで、スリッパに履き替えて上がる。階段しかない。天守閣の外に出られるのがいい。線路は邪魔な建物があるが、割と近い。新幹線も写りこむ。別に夏に来なくても、曇りの日の方が撮れるような気がする。15時前に撮影終了して、駅に戻る。あとは帰るだけである。

 天気がよかったのでもう梅雨明けと勘違いしたが、東海地方の梅雨明けはまだ先になる。

尾張一宮 1s7202
尾張一宮駅は高架化の後に撮っているが、さらに駅ビルが出来て立派になっていた。七夕祭りの装飾がある。


枇杷島 1s7229
枇杷島駅も新駅舎を撮るのは始めてである。以前は古い木造駅舎が新幹線の下にあり、撮りにくかった。


E01名古屋 1s7264
まだ撮っていなかった近鉄の名古屋駅。夏の朝に順光で撮れる。これを撮ってなくて辛い思いをしたことがある。


5名古屋車両区 s7284
黄金陸橋にも行った。名古屋駅付近の高層ビルは少し霞んで見えた。名古屋車両区と笹島信号場があり、関西線と名古屋臨海高速が走る。後側には名古屋工場がある。


稲沢 1s7365
稲沢駅舎も順光で撮影。


5愛知機関区 s7378
午後からは稲沢駅ホームから機関車が順光で撮れる。高校1年では9600形入換え作業を撮っている。さらに稲沢第一機関区にも行った。ちょうど50年前だった。

 
清須市 、清洲城s7402
平成元年に建設の清洲城。新幹線からいつも見ていたが、ようやく訪ねる事ができた。入場料は300円である。
この付近は桜の季節にもよく写真が撮られている。


EF210 ,清洲枇杷島s7422
今回はこれを撮るのが目的だった。新幹線も横を通っている。この辺りが尾張国の中心地だった。今も鉄道の路線が集まっているが、バラバラに機能している。この写真の正面に清須市役所がある。



 

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