鉄道写真家 岩堀春夫のblog

鉄道写真を撮り続けて50年。懐かしい写真から最新の話題までをお楽しみ下さい。

カテゴリ: 電気機関車

 この年も大きな動きの無かった年である。自民党政権が政権交代で8月に連立野党による細川政権が発足する。7月には北海道南西沖地震があり奥尻島で津波被害。多くの死者がでた。12月には法隆寺・姫路城・屋久島・白神山地が日本で初の世界遺産に登録。

 JR貨物のEF65等元国鉄機の更新工事が1989年から始まり、塗装はJR貨物になって新製されたEF66-100に合わせた白とブルー系の配色に変更された。EF200の運用が増えて西宮市内でも昼間にEF200牽引列車(1071/1074)が走るようになった。年末からは681系使用の神戸発富山行き臨時雷鳥1018013Mが運転される。さらに「シュプール妙高志賀」で初の583+485併結運転で4/3まで。
301721 シュプール583
583系のシュプール回送も1991年12月から延命工事で塗装が変更されていた。向日町(吹田総合京都)所属車がこの色になり、その後またグレー系のツートンに変更された。


301330 DD51シュプール
1990年から登場したDD51運用。電気機関車の不足を補うために、臨時列車の牽引には亀山から宮原に転属したDD51も使われていた。


301333 シュプール489
489系の長編成もシュプール妙高志賀に使われていた。六甲山をバックに回送が撮影できた。


301723 NA115
117系と引き換えに登場した元岡山区の115系も快速運用に加わっていた。1992年の春から使われている。後部にはラモール芦屋(マンション)が建設中である。


301726 EF6644さくらNA
東京ブルトレのダイヤが乱れると阪神間を昼間に走ることもあった。情報が無くて、突然現れたりするので、撮影は難しい。前ははれているが、後部は雲がかかり、ギリギリだった。


9307726 芦屋EF66富士
特急「富士」もモノクロで撮っていた。まだモンテメール西館ができる前で、駐車場になっていた。その西側のマンションはアルパ芦屋で1983年11月2竣工。


9311605 EF6572NA
1989年からはEF65の更新工事で貨物色に塗装変更があった。新色に遭遇するのはかなり時間がかかったものである。もう、この手の貨物列車は珍しかった。


9311606 EF200-16NA
EF200の貨物も阪神間で撮れるようになってきた。これがその後引退するのは2019年3月になる。所定の性能は発揮できなかったが、25年以上は走ったことになる。


9313235 EF200-16NA
JR貨物期待のインバーター電機。性能試験では変電所に負担がかかり、ハイパワーは使えない状態で運用されていた。


9312622 EF651135あすかNA
ジョイフルトレインの「あすか」が西下。米原列車区のヘッドマーク付きである。乗車する団体が提供したヘッドマークを掲げて走ることもあった。郷免町の市境付近も法面が補強されてフェンスも新しい。


9320226 EF651135NA
14系客車の長編成も通過。







 

3月14日のダイヤ改正では「あかつき」長崎編成に「ソロ」B個室寝台を連結。

4月ごろから103,201,205系の簡易排障器にナンバーが表記される。117系の岡山転出に伴って、115系が岡山区から網干区に転入し、快速に使われる。4月25日は「あかつき」の京都発下りから一人用個室寝台オハネ15-350が連結される。5月からは非冷房の103系が運用から外れ、西明石〜京都間が完全冷房化となる。7月11日からはEF200の量産車が試験的に本線貨物の牽引を開始した。5083.5082(東京貨物〜東水島) 7月15日からは「なは」にB個室寝台車オハネ25-2000を連結開始。(西鹿児島発7/14より) 熊本編成に組み込まれていたレガートシート車が鹿児島編成に移る。

 社会でもこれと言った事の無い1年だった。鉄道では3月の改正で東海道新幹線に300系による「のぞみ」が運転開始。最高時速270km/hで東京〜新大阪間を従来の最速列車より19分早い2時間30分で結んだ。7月には山形新幹線も開業している。

221722 マニ30NA
 現金輸送のマニ30が連結された上りコンテナ列車。1978年から新造された荷物車で、日本銀行の所有で各地の支店に向けて使われたが、最高時速が95キロで運転に制約があり、1992年から使用が減っていった。雑誌等に発表されることは少なかった形式である。


9201019 EF66NA
夙川を通過するEF66牽引の上り貨物を南側から撮影。大きなマンションが「夙川グリーンタウン」で、その向こうに阪急の夙川駅がある。国道2号線沿いのマンション屋上から撮っている。


9201111 EF58150NA113
EF58150牽引のカニすき臨が通過。播但線経由の山陰方面行き。客車はSL「やまぐち」号に使われる12系レトロ客車。
カニスキが列車名になるのは1990年のキハ58系による急行「カニスキ号」香住行きから様々な車種と列車名が使われた。その以前はスキー臨銀嶺号が冬場の定番で、C57三重連の思い出もある。



9210928 タンゴエクスNA
北近畿タンゴ鉄道の「タンゴエクスプローラー」増備車。試運転で京都から姫路まで運転された。森具墓地の横を通過する。


9211009 タンエク試乗NA
試運転の帰りは大師踏切で撮影。タンゴエクスプローラーは宮津線の第三セクター化により、京都までの直通特急で使われたが、2編成になると、検査時の運休が無くなり、多客時にも対応できた。その後、福知山線経由になったこともあり、2011年まで定期運用があった。西宮市内では福知山線の生瀬付近を走っていた形式になる。


9214533  西ノ宮103
西宮駅に停車する103系と201系。103系の簡易排障器には車番が書かれている。


9217813 ナインドリーム甲子園
夏の高校野球で簡易ホテルとして設定された「ナインドリーム甲子園」。583系寝台電車を来場者の宿泊に使われた。新大阪発で大阪駅ホームで施錠されて夜を明かし、早朝に甲子園口の折返し線に移動して、8:30まで滞在することができた。旅行代理店やみどりの窓口でキップが売られ、大人は3500円だった。
583系は1991年12月から延命工事施工で淡いブルーに塗装変更されている。



 

 

 京都の京阪七条で東北地方のSL写真展があり、行ってきた。これは「サカタニ」ギャラリーカフェで11/30まで開催されている。古い写真だが、ベテランファンがきっちり撮影した、かなりレベルの高い写真展だった。

 せっかく京都に行くなら、その前に何か撮っておきたい。今年は京都方面へ行く事も少なかった。叡電とか奈良線とか梅小路等は撮っている。京阪大津支社はびわ湖浜大津駅だけは撮りに行った。いろいろ検討したが京都びわ湖チケットで石山へ行く事にした。ところがこのカードは以前にもあったが名前が変わり、値上げしているようだ。

 せっかくだから京津線と石坂坂本線にも行くことにした。いつも素通りになる四宮の車庫も下車して撮影した。まだ旧色が並んでいたし、保線のモーターカーもホームから撮れる。バックを湖西線の列車が通過するのがいい。赤いEF510が来たが、撮り逃す。これが一番良かった。次には117系や223が来たが、あまり目立たない。

 近江神宮前・松ノ馬場・終点改名某駅を撮る。沿線の家はかなり増えているなと思った。それから石山へ行き、瀬田川橋梁を撮影。ここは青空バックで撮りたい。すぐにEF210の下り貨物が来た。ところがその後雲がかかりだす。場所を変えてボートを手前に撮影。競技会のようで、やたらとたくさん出ている。しかし、空が白くなって良くない。本命のEF65PFの時はもうボートも終っていた。
  それから京阪七条へ行くのだが、京阪本線には乗れない。京都駅から歩くことになる。会場では久しぶりに年上の人と喋った。東海道のD52やボックス動輪の8620等の話しが聞けた。今後はこんな機会も減ってくるなと思った。

京阪803 ,四宮sy758
四宮は行き帰りに撮影した。これが午後の光線。まだ旧色の編成も残っている。撮るなら今のうちです。バックを湖西線の223系が通過しているが目立たない。サンダーバードなら目立つが、赤いEF510がベストである。


6京阪 ,四宮側線sy749
保線用のモーターカーもホームから撮れる。最近はモーターカーでも撮れるチャンスは滅多に無いから、撮れる時にはしっかりと撮っておきたい。午後に順光になる。


OT16近江神宮前 4sy607
近江神宮前駅で下車。ここの地名は「にしこおり」。大津線の車庫は「にしごおり」と呼ばれている。最初はよくわからなかった。


京阪616 、松ノ馬場sy644
松ノ馬場で下車。撮影地はかなり減っている。ここもすぐ左は住宅地になっている。


EF210154 ,石山瀬田sy708
石山駅でバスを撮り、弁当を買って瀬田川へ行く。着いた時はこうだった。ここでEF65PFを待つ。


223 ,石山瀬田sy728
空が白くなったから、手前のボート頼りで撮影。


EF652092 ,石山瀬田sy742
EF65PFの時には競技会も終っていた。空も白いし、日差しがあっただけだった。原色に戻したのがたくさん走っている。他にも10人くらいは撮りに来ていた。


4一番丸 、石山sy733
初期の外輪船を復元した一番丸が通過。レークウエスト観光の瀬田川琵琶湖リバークルーズである。ボートは競技会で、ホームページで調べられる。夏の土日によく開催されているようだ。


京都大津線  1day qy
右が今回使用した京都びわ湖チケット。以前の京都地下鉄京阪大津線1dayチケットと同じだが、1300円に値上がりしている。浜大津の公共駐車場割引も付いている。石山へ行くだけなら損するが、坂本まで行ったのだから充分元が取れている。


 4/17以来2度目となる加島陸橋へ行った。ここは北方貨物線と東海道本線が合流するのを俯瞰できるポイントである。前回はEH10の重連を撮りに行ったのだが、片方がEF65だったので、今回が撮り直しになる。しかし、同種の重連が来たが、写りはよくなかった。実は別にメインカメラがあるのだが、そちらも失敗だった。モノクロは2カメになる。しかし、EF66の重連が撮れたし、DD13の貨物列車も来た。当時は尼崎付近でDD13がたくさん入換え用に使われたので、回送を兼ねた区間貨物も設定されていた。

 この場所は伊丹空港の方から大阪市内に抜ける府道10号線で、そのさらに上部を阪神高速池田線が通っている。高速バスが豊中インターから大阪市内へ向かうルートになり、車中から東海道本線を越えるときに、すばらしい景観が見える。阪神高速から撮れないが、その下の府道には歩道橋が上下線にあり、そこが撮影ポイントになっている。下り列車の撮影が有名だが、上り列車も撮影できる。しかし、当時はまだ加島駅がなく、車で行くか、市バスを使うかの選択になる。恐らくこの陸橋は1970年頃にはできていたと思うが、よくはわからない。少し離れて国道176号線があるが、これは昭和初期に鉄道線を越えるコンクリートの高架橋ができている。御幣島から北へ向かう府道がどうなっていたかは全く知らない。北方貨物線の三津屋跨線橋がメインルートだっのかもしれない。

 加島には阪神高速の入口があるので地名としては有名だった。鉄道地図を見ると山陽新幹線も通っているし、交通の要衝になる。貨物列車は大阪駅を通らずにショートカットしてここで合流する。うまく考えられているなと思う。ここでデルタ線を形成しているが、この辺りは全て塚本駅の構内として扱われているようだ。

 最近は貨物列車の人気が高まり、撮影地としての加島陸橋はかなり有名になった。ネットで調べてみると、ビックリする程たくさんの写真が撮られているのがわかる。有名撮影地がこんなに都会の近くにあるのは驚きである。
7712502 加島DC
福知山線の気動車長編成が通過。そんなにたくさん乗っていたのかな。


7712505 加島DD13199
当時はまだ高層ビルも少なかった。大阪マルビルが目立っている。右側には大阪タワーも見える。この頃は大都会をバックにという雰囲気はなかった。


7712506 加島DD13199
DD13は福知山線で川西池田から尼崎港までの入換え用にたくさん使われていた。それだけ送り込みの運用も多かった。重連貨物もあった。


7712508 加島EH10
目当てのEH10重連。電柱が多いし、レンズも単焦点である。先頭はパンタが内寄りの一次形である。


7712511 加島EF66
最初から標準レンズで撮っておけば良かった。EF66の重連もやって来た。バックには木造の市営住宅がたくさん建っている。その左奥には大阪駅から神埼大橋へのバス路線がある。山陽新幹線は1972年に開通しているが、在来線から別れて六甲トンネルに向かうルートになる。


7712514 加島まつかぜ
手前は東海道本線の列車線。福知山線の列車も通過する。「まつかぜ」の7D米子行きである。


7712515 加島DD51
福知山線の客車列車も通過する。右上のマルビル付近が大阪駅だとわかる。大阪のマルビルは断面が円になっているから。1975年にできている。吉本ダイヤビルが改称している。大阪タワーは朝日放送の電波塔で1966年竣工。2009年解体。


7712516 EF6559塚本
反対側の歩道から上り貨物を撮影。六甲山がバックに見える。ここで下り貨物線が本線と合流する。その先の地下に現在の加島駅ができた。


7712518 加島EF60
EF60の高速貨物も走っていた。この付近は町工場の多い地域だっかが、今はマンションや住宅に変わっている。


7712520 加島DD51
福知山線の上り列車が通過。1981年に宝塚まで電化するが、それまでは列車本数が少なく、スピードも遅かった。交換待ちが多いから止まってばっかり。宝塚駅からほとんどの客が阪急に乗換えていた。


この後は塚本駅まで歩いたようである。さらに尼崎駅で下りのEF60+EF65重連貨物も撮っている。長い間東海道本線を撮っていても、こんなに重連が多いのは珍しい。








 

 ちょうど大判カメラを買った直後で、やはり車両基地でその写りを確かめたかった。それで、安治川口の貨車区から吹田機関区へ行き、さらに宮原機関区にも行っている。成果のシートフイルムはまた処理が別になっていて、今回デジタル化したのはサブカメラの35ミリモノクロのみである。

 まだまだ当時は車両基地への入場も緩かった時代である。特に勝手知ったる吹田機関区は許可を貰う場所もわかっていた。その前年にはまだ扇形庫にD5125が入っていた。吹田機関区は一区と二区に別れていて、電気機関車が二区の方だった。しかし、構内に休んでいる電機はみんなパンタを下げていて、どうにも写真にならなかった。両区は隣り合っていて、どちらも撮ることができた。これが統一されて吹田機関区になるのは1984年2月からである。
7711510 安治川口EF6038
EF6038[岡山]はまだ大阪付近でも見られたが、数は減っていたと思う。


7711511 安治川口EF6038
安治川口には貨車区もあり、化成品タンク車の発着も多かった。


7711515 吹田EF651
吹田二区へ行くと、いきなりEF651がいた。しかし、パンタを下げているのは嬉しくない。岸辺寄りではパンタをあげているのが多いが、吹田側は裏側になり、みんな動く気配がない。


7711517 吹田EF651銘板
EF651は川崎の昭和40年製。ちょうど干支が一回りである。


7711516 吹田EF651
左にはEH102がいたが、これは翌年に廃車になっているので、もうほとんど動いていないかもしれない。

7711518 DD5112吹田
DD5112[吹田二]は東北本線電化前に活躍し、その後吹田に移ってきたグループである。吹田でも福知山線の客車運用があった。


7711522 吹田DD13256
ここは懐かしい場所。C11363がよく休んでいた。右の機関区事務所によく行ったものである。


7711523 吹田DE1125
DE1127[吹田一]は吹田操車場の入換え用に配置されていた。私はこの配置前のD51入換え時代に間に合っていた。


7711524 DD5147吹田
DD5147他のDLが並ぶ。まだまだ非電化貨物線もあり、DLがたくさん使われていた。


7711525 吹田DD13110
DD13110は2次車のラストナンバー。一つ目でウイングバネ台車であり、DD13111から2つ目になった。もうすでに一線から退いて、廃車待ちになっていた。


7711529 吹田DE1130
扇形庫で休むDE11。


7711530 宮原DD13177
DD13177[吹田一]  宮原では客車の入換えに使われるDD13。当時はあちこちの駅で使われていた。


7711532 宮原DD51516
DD51516[福知山]は新製配置が盛岡で、山形・秋田と東北で活躍した機関車である。その後旭川に移ったが、その後福知山に転じている。福知山線の客車を牽いて宮原機関区で休んでいた。






意外と天気がいいですね。これから養父市へ出掛けます。
 

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