内藤重人の日記

内藤重人(ThreeQuestions)の日記です。
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Pale Tourを終えて

Pale Tour Additonalを先日終えた。

終演後、しばらくしてみんなが帰ってしまった後も少し店に残っていたら現場に入っていたカメラマンのこーだいと三軒茶屋から地元まで歩いて帰る事になった。僕はレンタルサイクルで彼は自前の自転車でさっと帰って近くの公園で一杯飲めたら。と思ったんだけど、彼の自転車がパンクしたので歩いて帰ろうか。となった。僕はコンビニを見つける度に酒を買い足して、彼はアイスコーヒーのようなものを飲んでいた。歩いているだけでも汗が頬を伝うくらいの湿度の中で彼と近況なんかを話しながら夏を愉しみながら背中に食い込む機材リュックの重さを感じた。


茶沢通り沿いのバーミヤンを越えてMOZAICとSHELTERを通り過ぎていつもの坂道に差し掛かる。井の頭通りとの分岐を直進して遊歩道を進む。何度も何度も歩いた道を辿りながら旅路を思い返せたら美しいような気もしたけど、それにはまだ早いような気がして。世間話とか彼の話をしていたら地元に着いたので公園でtoitoitoi村越君を交えて少し酒を飲んで家に帰った。腹が減っていたので冷凍パスタを食べて釣り馬鹿日誌の映画を見て眠った。少し寝苦しかったけど熟睡出来たような気もする。


あれから2日経ってもまだ僕は休日模様だけれど、そろそろ書ける事があるような気が朝からしていたのに僕が今日やった事といえば、昼飯に駅前の蕎麦屋で鳥天丼と蕎麦のセットを食べに行った事と図書館に行って∀ガンダムの小説を返してカミュの異邦人とチェニイという人の漁師という短編集を借りた事とゲームを進めた事くらいだ。あっという間に夜になってしまったし、そわそわしてしまってパソコンを開いて今、これを書いている。


さっき筆を取る前にあの日の配信の映像を見ていた。僕の顔は随分と日焼けしていて、髪もかなり伸びたなあと思いながら体調を崩してしまっていた先週の事を考えた。なんとか声が出て良かった。袖に隠れている部分と晒されている部分で肌が白黒になっていて、それは最近の僕の生活を表しているのだろうと思ったし僕の声や歌は辿ってきた舞台をどう過ごしてきたのかを表しているのだろうとも思えた。


昨日眠る前に今年の全てのライブを書き出してみた。当たり前だけど、どんな夜だったか忘れている日は一日もなくて。それが感傷的であるか感動的であるかは別として、成功や失敗や反省や後悔や喜びがどうだったかも置いておいて。辿って来れたんだなという、ほっこりとした感情がさっと胸を駆けて直ぐに過ぎていった。それは本当に一瞬の充足感みたいなものだったけれど。きっとその感覚は僕の中に宿るのだろうなと思えた。いつか、またどこかで感じられる日が来たらいいのだけど。


多分、言葉で表す事が大事なんだろうと思う。
Paleを創って最終日まで旅を運んでこれて良かった。


いつか諦めてしまうという事さえ決める事なく忘れてしまう事があるかもしれない。そんな時にこの日記を自分で見返して思い出す事があるのかもしれない。

青春とは言えない旅路の真ん中で新しいはじまりに僕が今も期待出来るのは重ねられた出会いのお陰だ。

この旅の中で出会ってくれてありがとう。
また音の鳴る場所で会いましょう。

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Pale Additional FINALに向けて

疲れたりする事ってある?って何人かの友達に聞いてみた。もちろん体が疲れたりする事はあるだろうけど、そういう事じゃなくて。ずーんとさ。なんかもう動けないみたいになる事ってある?って意味だ。

それはもしかしたら自分自身に何か思うところがあったのかもしれない。だって、そんな事を聞いた事なんて今までになかったような気がするから。


先日、札幌滞在中に体調を崩して友人が数日家を開ける用事があるからと部屋で休ませてくれた。アパートの窓は開かなかったから豊平川に行って座り込んで何もせずに風に当たってみた。何組かの人達がバーベキューをしていて楽しそうだなと思っていたら少し寂しくなったし悪寒もするから部屋に帰って眠るのを繰り返した。

街に向かう大きな橋には車が行き交ってゆっくり沈んでいく夕日にヘッドランプの灯りが薄く溶けていく様子が綺麗だったし、野生の狐なんかが走っているのを見ていたら和んだけど何かが変わってしまっているような気もして。それを受け入れる事はとても疲れる事だなって想像だけは出来たけど体調の悪い僕には立ち向かう勇気が足りているのか不安だった。

なんとか無事に東京に帰って医者に行ったら抗生物質が貰えたので僕には珍しく処方箋通りに飲んでいる。だって火曜日にはライブがあるし。このまま声が出なかったら困ってしまう。

今年の1月末に発表したPaleという音源。その旅を本当の意味で終える。2ヶ月前に渋谷で幸せなツアーファイナルを迎える事が出来たけれど、どうしても最後の最後にひとりで幕を閉じれるような演奏がしたかった。そうしたら次へと道が開けるような気がしていたから。


体調の方も少しづつ良くなってきて怖くて吸えなかった煙草に恐る恐る火をつけてみたりとか声を出して歌ってみてライブの事を考えたりしながら今週末を過ごしている。積み重ねていけているんだという気持ちはもしかしたら分かりにくいだけで言い換えれば重ねられたものを抜いていくという事なのかもしれないな。

加速していく時間の中で熱もないのに震えてしまうような時もあるけれど。自分の決めた道を悲観の中ではなくて光の中に溶けていくように最後まで辿りたい。


明後日は久しぶりの対バンのイベントなんだ。

GOMESS、成宮さん、クロダ君、共演を受けてくれてありがとう。初めて成宮さんに会ったのは5年前位だろうか。多分、GOMESSに初めて会ったのもそのくらいだったと思う。彼らに相対した時に僕が携えていける武器は多くはないけれど彼らを知る事が出来たから向かう事が出来た方角が確かにあると思う。

素晴らしく鮮明な言葉と音楽に満ちた夜になると思う。祝祭を求めるというより背水のような気持ちでなんとか描き出せるように僕も歌いたいと思う。


どうか聞きに来て頂けたら嬉しいです。


2023/7/25(火)三軒茶屋Grape Fruit Moon
Pale Additional FINAL
出演:
内藤重人/GOMESS/成宮アイコ×クロダセイイチ

OPEN/START 18:30/19:00
Ticket adv/door 3000/3500(+Order)
*配信あり URL:https://twitcasting.tv/c:grapefruitmoon_/shopcart/239757
Information(チケット予約)
naito.live@gmail.com

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関西の皆さんへ(届け!!)

6月も半ばを過ぎてすっかり梅雨らしくなった。連日の雨でじとじととしていたけれど今日は快晴。起きてスタジオに行き作り掛けの曲を進めた。夜はライブを聴きに行こうと思っているけれど、その前に書きたい事があって日記を書こうと思った。なんだか決意表明みたいな大仰な言い回しだけれど、そういう事でもなくて。でも、ここ数日結構抱えていた事なので書きたいと思う。読んでもらえたらいいけど。

来週、火曜日、水曜日と関西でライブがある。

火曜日の京都は#choir"voice51「かじとともはしけに漕ぎ出す」夜の口開けに板倉雷夏さんを迎えてのほぼ単独公演100分の持ち時間を頂いている。

水曜日、初めての大阪雲州堂でシラハタショウコさんの企画「旋律は、私たちの日常の先に」に出演する。
こちらはターン。やはり長尺のライブになるだろう。

楽しみだなあという気持ちと不安もあるのはいつもある事だけれど。昨日ひとつ前の吉祥寺のライブを終えて心身ともにそこに向かっていく昼下がりの自宅にて。どんな演奏になるだろうか。聞きに来てくれる人はいるだろうか。と考えるとやや不安が強い。現段階での予約数が心もとないのだ。前に関西で長尺のライブをしたのはいつだろうかと考えても思い出せない。初めてではないと思うんだけど。持ち時間が長くなればなるほどに僕の場合は心への負荷は強くなる。だって、自分の音楽を1時間以上も聞いてもらえるなんて。とても大きな事だと思うから。聞きに来てくれる人がいれば何人でも関係ないだろう。という気持ちと共に会場のスタッフ。イベントを組んでくれている方の顔が浮かぶと胸がぎゅっと締め付けられるような気持ちにもなる。

さっき火曜日の朝のぷらっとこだまのチケットを買った。帰りも多分無事に帰れる事があるだろう。昔を思えば新幹線で行けるなんて贅沢過ぎるけれど。そんな事よりも何よりも当日までに僕がやるべき事を思うのならば、以前とは比べられない形の感情の上下がある。

演奏する曲を考えるのは当然として、僕がこの関西2日間の中で音楽をする事はどういう事なのかと考える。自分の中ではPaleというツアーを終えての追加公演的な意味合いがある。「Pale Additional」という名前を抱えている。Paleを最後に踏みしめて新しい章へと進んでいきたい。その為に完成はしていないけれど新しい曲も書き続けている。

ライブ前に来てくれるかもしれないな。と友人や知人の顔を思い浮かべる。元気にやっているかな。生活とか変化はあったかな。音楽続けてるかな、最近対バンしてないな。とか思いつつ。遊びにこない?ってメールを送ってみたりもする。その積み重ねの先で鳴らすであろう音だったり、描いていくであろう情景は変わっていくのだろうと思う。

音楽を鳴らしている日々の中で諦めてしまう事は僕は僕自身に対して許す事は出来ない。あまりに負荷が強いと甘える事くらいはいいじゃないかとも思うけれど、それもなるべく避けたいと思う。強くなりたいというよりも、自分で選んだ音楽の道で精一杯胸を張って鳴らしたいと思う。その為には会場でただ僕ひとりが気を張って立っていても出来ない事だ。PAさんや店長さんやスタッフの方やイベンターさんを思うと出来れば、おお!これは良い夜になるな!と想像力を共有したい。


来週、京都PUB VOX hallと大阪雲州堂にて僕はライブするんだ。どうか聞きに来て欲しいと願いを込めて日記を書いてみた。今は無理しているものが自然に音の中に溶けて広がっていくのを感じ取ってもらえるように心を運んでいきたいと思う。その先で漠然とした温かみのような中で音楽の存在を愛しく感じてもらえる気がする。

どうか音の鳴る場所でお待ちしています。
もうすぐ夏が来ますね。


【LIVE】
6月20日(火)
京都 今出川PUB VOXhall
"choir"voice.51
「かじとともはしけに漕ぎ出す」
act 内藤重人
夜の口開け 板倉雷夏

open 19:00 / start 19:30
charge 2400円(+1drink600円)


2023/6/21(水)大阪雲州堂
-旋律は、私たちの日常の先に-
出演:内藤重人/シラハタショウコ

OPEN.18:30/START.19:0.
Ticket 入場無料(投げ銭)
*ご飲食のオーダーをお願いします

【両日御予約】naito.live@gmail.com

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Pale Tourを終えて

6月7日昼下がり。福岡博多に来ている。時間があるので街から港まで歩いてフェリー乗り場まで来た。海が見たかったんだ。歩いているとシャツの下に汗が滲む。もう夏が近いと思えて、ずっと歩いていると夜までに疲れてしまうのでレンタルサイクルを途中使った。便利になったものだ。波止場に腰掛けて待合所に置いてあったピアノを弾いて少し休憩してからこれを書いている。

5月30日Pale Tourの最終日を迎える事が出来た。誰かが言ってくれたけど、確かにひとつの集大成みたいなところがあったのかもしれない。その夜を本当に暖かい拍手で最後の曲を締められた事が嬉しかった。終演後、ライブハウス裏の階段に座っていたら2度目のアンコールが聞こえてきて、PAさんにどうするか?と聞かれたけれど、その夜の僕にはもう歌える曲はなかったし締めさせてくれと言った。今思えば演奏しなくても仲間達と一緒にステージに上がれたら良かったなと思う。

また直ぐに会えるかもしれないけれど、僕達は永遠ではないし直ぐに音を重ねられるようになるかはきっと自分次第な事もあるのだと思う。そう思うと安堵感はなく尽きない焦燥感の渦は止まない。

けれど、幸せなのだ。夜中、公園で乾杯した時にドラムのこーちゃんが買ってくれたペヤングが痺れるほど美味かった事とか、聴きに来てくれたお客さんとのちょっとした会話だったり、演奏中の森さんの絵が横目で視界に入った時の気持ちだったり。書き切りたくもないくらいの印象的な場面の数々がツアーを終えられた事で心の中に根付いて歩みを進める勇気になるんだ。


あの夜から一週間経って先に述べたように僕は今、九州にいる。今夜のイベントには「Pale Additional IN FUKUOKA」という名前がついている。Pale Tourは完走して円団を迎えたはずだが。

これは自分で決めた事である。今回の九州、京都と札幌でのワンマン。そして三軒茶屋グレフルでのイベント。このライブに僕はPale Additionalという名前をつけた。自分で自分に与えた追加公演のような気持ちもあるかもしれないけれど、Paleから次へと移り変わっていく最中に名前が必要だったんだ。


今、僕の背中の後ろの水槽で海亀が踊った。
もうすぐ夜が来るのでライブハウスへ向かう。
今夜は何が起こせるかなってドキドキしてる。

また直ぐに日記書けるようにするけれど。改めてPale Tourで関わって下さった方、聴きに来てくださった方、一緒に音楽を鳴らしてくれた仲間。本当にありがとうございました。旅路の中でゆっくりと振り返って思い返しながら再会出来るようにみんなを思いたい。

また音の鳴る場所で会いましょう。

Photo:teturo sato

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Pale Tour Finalに寄せて

2023年の冬から春、そして初夏の期間、Paleというアルバムを持ってツアーに出掛けた。前みたいに連続して一週間ライブを続けるって事はなかったけれど、それでも旅に出れる事が嬉しかったし、何年か振りに訪れる事が出来た街や何かの度に行けば暖かく迎えてくれる街、昔の事から今に至るまでを紡ぐ事が出来た日々を送れているような気がした。


仲間に再会したり友達に会う事が出来たりしたけれど、いつも聞きに来てくれていたけれど、しばらく会えてない人の事を思ったりもした。東海道線から見える車窓、空港ロビーや駅舎の形は10年前から同じではなく変わっていく事が当然あって。それはそうかもしれないなと思いながら自分自身に重ね合わせたりもした。音楽を共にする仲間に出会えた幸せを思いアルバム制作に当たって関わってくれる人への感謝を重ね合わせるように疲れ果てた時でも鞭を打つように休むよりも駆けられるようにと願った。


それでも長野県で高速バスがインターチェンジを降りて街に降りた時に、いつか僕も穏やかにゆっくり暮らす事を求めるのかもしれないなと感じた事もあった。優しい風の中にそびえ立つ山々、その景観の中、小さな家で皺の増えた目尻で穏やかに笑える時が来るのかなって。けれどそれはやはりまだまだ遠いような気がしたし、解消しきれない気持ちを心の底で愛していた。葛藤していたい気持ちは僕の足を運んでいくのだろうと思えた。


友達になりたかった。仲間が欲しくて。手を取り合って進んでいく僕達の時代。そんな憧れが今も止まない。霧の中から姿を徐々に現していく人生の中間地点で音楽を演奏出来ている事を少し誇りに思えたし、希望の力と今も共にあれるような気がした。


音楽を創るという事は僕の次元だとしても簡単ではない。だからかな。考え込んでしまう事が増えた。音楽を始めたいと思った切っ掛けの気持ちは移り変わって一言では表しにくい感情となった。Paleというアルバムに収録した曲は古くからの曲もあるけれど、殆どが書き下ろした曲だ。このように作れば大丈夫という方法論は僕には殆どないから大変な事もあったけど、もがきながらも自分の新しい引き出しを少し開けたのだと思う。

作り上げる事が出来て、旅に出る事が出来て良かったと書きながら思っている。

また新しい曲をツアーの途中から書いている。それはまだ完成出来ていなくて、届けたいと思える状態になるまでに随分長い時間が掛かるようになってしまったけれど、トンネルを抜けるように下書きを終えられた時が最近あって、また新しい音源を作れるのかもしれないなと思った。それはまるで希望みたいで、また再会出来る約束のように思えた。


2023年5月30日、渋谷Lamama。
Pale Tour Final 単独公演。


フルートに世古美月、ベースに原田真悟、ドラムスに森康一朗、ビートボックスにYOKODAI、絵描きに森大地、そして一緒に曲を作った成宮アイコと佐々木泰雅をゲストに迎えて演奏する。みんなに出会った時の事はもちろん覚えているし、演奏者だけじゃなくてライブハウスの人、聞きに来てくれる人、それらを沢山覚えている。それが僕の歩む理由になるんだ。故郷に帰れなくなってから10年。ようやく僕は自分の足でこの街に立てている感じがするよ。失ってしまう事も出来なくなってしまう事もあるけれど。今を鳴らした後に待っているのは笑顔であると思えるんだ。


だからって書くとなんか変だけど。
どうか聞きに来てもらえたら嬉しいです。


PALE TOUR FINAL
2023/5/30(火)渋谷Lamama
Vocal:内藤重人
Flute:世古美月
Bass:原田真悟
Drums:森康一郎
Live Painting:森大地
HBB:YOKODAI

feat.
佐々木泰雅/成宮アイコ

【Information】
naito.live@gmail.com
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"Re:tters"公開に寄せて

ファイナルファンタジー4を最初にプレイしたのはいつだったろうか。最初にやった時は風の女神みたいなボスが強くて挫折して途中で止めた。多分子供の頃だったと思う。20歳を幾つか過ぎた頃に僕は友人の家に迷惑ながらも居候していて、その家にスーパーファミコンを持ち込んでいた。家主がいない間に何本かのゲームソフトを持ち込んでこつこつやっていた。その中で二度目のプレイをした。あの時はクリア出来たんだっけ。


子供の頃、ゲームのプレイ時間は決められていたから大人になって自由にゲームが出来る事が嬉しくて際限なくゲームをした。もしかしたら彼も子供の頃、満足にゲームが出来なかったのかもしれない。その時間を全て音楽に投下していたら違う事もあるのかもしれないなと思うけれど、多分それは比較できる事じゃないんだ。


彼と僕は少し似ているところがある。多分、長距離走とか得意なんじゃないかな。僕も学生時代は早かった。練習なんてしなくてもマラソン大会では上位にいた。同級生は嫌がっていたイベントだったけど、僕は人知れず少し楽しみだった。友達は多かったけど、いつも何か別の事を考えているような感じで飄々としていた。本当は何も知らないのに分かったような振りをして寡黙なような笑顔を振りまいていた。


彼の事を思うと彼の音楽が流れてくるような気がする。それはとても素敵な事だなと思う。初めて僕のライブを見に来てくれた時、終演後に話そうと思ったらいなかった。でも、構わなかった。これが最後じゃないって分かっていたから。彼と出会った頃は全く飲めなかったけど、いつからか普通に飲めるようになったね。沢山の夜を越えて、越えて、そして僕達は一緒に音楽を鳴らしたりもするようになったんだ。


青いリッケンから放たれる独自の歪みが好きだ。
僕達の声の相性はばっちりだね。と彼に告げた。
海になってしまえばいいという曲を彼は褒めてくれた。

交差して過ぎていく、手を取り合うように、歌の中のように同じ景色を眺めている。沢山の歌を歌って、いつか深く蒼い風の中に溶けていくのだろう。


僕達の時間は余りあるようで儚く短いかもしれない。ファンタジー小説が好きなのは魔法が好きだからでも剣が好きなわけでもなくて、多分主人公達の存在が有限的だからだと思う。読み終わった後の彼らの続きを知る事は想像でしか出来ない。

僕達の愛する場所で綴られてきた物語がいつか過ぎてしまう時が来たら、多分、彼の事を思うだろう。そして、この曲を聴くかもしれないな。


3月16日のライブが終わった後、彼は今までで一番良かったと言った。これから僕達が交差していく時間の中で特別な夜だったんだ。きっと僕は彼を思って曲を書くだろう。もしかしたら彼も書くかもしれない。いくつかの偶然といくつかの必然が混ざり合って2023年まで音楽は僕達を運んでくれた。


友達になれて良かった。
またね。

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3/16に向けて〜僕と世古美月〜

今日は珍しく早く起きる事が出来たので朝日を浴びながら書いている。起きた時は全然眠くなかったのにシャワーを浴びてパソコンの前に座ると眠たいような気がする。呪いのようなものだ。許される時間は全て眠りなさいという暗示に掛かっているのだと思う。

しかし耐えるのだ。恐らく予定的には今しか書くタイミングはない。16日のライブの前にこの日記を書くのと書けないのでは大きく違うような気がする。煙草に火をつけて朝の光の中に白い煙が溶けていくのを少し傍観している。もう完全に春だな、と思う。


世古さんに会ってからどれくらいが経つのだろう。もしかしたら5年とか経ってるのかもと思って落ち着いて考えてみたらふたりで創った「夕暮れを経て藍は成る」が2020年の発売だった。世古さんが西永福JAMの楽屋でリハーサル後に話し掛けてくれた事が切っ掛けになって僕達は音源を作ってツアーに出た。僕にとっては当たり前の各駅停車の移動も謎の場所での就寝も彼女にとっては大変だったと思うけれど楽しんでくれているように思えた。大きなトラブルもなく(あったかもしれないけど)最終日のLamamaまで繋ぐ事が出来た。

留まる事なく、それからもThreeQuestionsでも吹いてもらったし、今では立ち止まってしまっているけど「koyubi」をふたりで始めたりもしたんだ。前にこの日記でも何度も僕と世古さんの事を書いてきた。ふとした縁は繋がり結びつきを深くして今日まで辿り着いてきたんだ。全ては彼女の勇気から始まったけれど、多分我々は少し似ていたんだと思う。

今までに何度か共演もあったけど、ここまで大掛かりな対バンは初めてだね。それって、もしかしたら何かの意味を持つ事なのかもしれないけど、これからも一緒に演奏を続けたいなと思っているよ。環境が移り変わっていったり時間も流れていくけれど、いつだか新しい曲が出来たら最初に聞かせてください!と言ってくれた事を覚えているよ。とても嬉しかったんだ。だからってわけじゃないけど今も僕は曲を創り続ける事が出来るし厳しくても歩みを止める事は考えていないよ。だって、きっとその先で待っている事があるから。


最近会ってないけど元気にしているかい。あの頃の我々より今の方がずっと良い。そう言えるような関係でありたいね。お互い自分自身の根底みたいなのが変わる事はないのかもしれないけど、色々な事を感じた先で強くなっていけたらいいなと思うよ。

2022年は大きな出会いが沢山あった。今回のイベントのフライヤーは原田さんが作ってくれた。JOEさんとは原田さんの紹介で出会った。YOKODAI君は世古さんが川口駅で路上している彼と突然演奏を始めて出会った。

大袈裟に極端にそれでも愛しく人生を紡いでいける事を本当に思うし、それは僕たちだけでなく音楽の鳴る場所で出会える皆さんとの事を刻みながら続いていくのだ。


素晴らしい夜になりますように。
明日、ご来場お待ちしています。


Live Schedule

3/16 三軒茶屋Grape Fruit Moon
内藤重人 対 世古美月
act:
Piano:内藤重人
Guitar.vocal:佐々木泰雅
BASS:原田真吾
Drums:HAYASHI JOE

Fruit世古美月
Piano:秋桜子
Guitar:Ne-ze
BASS:ダッハーラ
Drums:片田幸一郎

【御予約】naito.live@gmail.com

more live...

3/18 新潟Golden Pigs Black
Pale Tour

3/21 山梨naked
Pale Tour

4/2(日)下北沢251
下北沢デアウ

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3/16 に向けて〜僕と佐々木泰雅〜

ある日、タイガからLINEが来た。「今度お茶でもどうですか。」というような感じだったと思うけど、それを見ただけでも彼の伝えたい事は分かった。我々は友達だからみな迄言わずとも分かるような事があるのだ。それでも、直接会って伝えたいという彼の気持ちは嬉しかったので日を開けず会う事にした。

予想はしていたけれど、次のLIVEで一緒に演奏するという事を卒業したいという話だった。単直なように思えるかもしれないけど、僕と彼の間には約束のような事があるんだ。それでも僕達が話した喫茶店は電子タバコしか対応していなくて堪らなく煙草が吸いたかった。喫煙欲を我慢しながら僕は「それならその日に向けて一緒に曲を作ろう。」というような事を言った。

彼は同意してくれた。

最近出来上がったその曲の中で彼は僕達の人生の一瞬を描くような言葉を置いてくれた。どうやってその曲を発表したらいいかはまだ見えていないけど原曲は既に出来上がっているから早く聞いてもらいたいなと思う。曲名は彼が考えた。「Re:tters」って名前にした。意味はいつかどこかで彼が書くだろうから僕はここでは書かないようにしよう。

それから、Paleの名古屋のツアーでタイガに共演してもらった。あの時の彼は僕に歌っているように思えた。とてもとても良いライブだった。終演後、彼は比較的元気そうだったけど、僕の体力は限界だった。それでも一緒の時間を過ごしたかったから終演後よれよれの体で飲みに付き合ってもらった。深夜未明、同じ漫画喫茶に泊まったけれど、彼は個室の中でどんな事を思っていただろうか。

あんな事があった、こんな事があったと語りだせば10年近く友人でいるのだ。超長編日記になってしまう。それに道は分かれても彼と過ごす時間はこれからも続くだろう。酒を飲むのは友達とが一番楽しいし、僕達は音楽の話をするのが好きだ。

新宿で始まった僕達の物語は札幌の街を経て東京にて展開した。彼が創り続けてきた歌は僕をとても覚えていて気がつくとよく口ずさんでいたりする。歌詞を書いていたら彼の言葉が薄っすら浮かび上がってきたりして苦笑したりもする。

今に至らずとも僕達は何度か同じステージで演奏した。彼のバンドでピアノを弾いた事もあったし彼の曲で録音をした事もあった。それに何より僕の曲を一緒に歌ってくれた事はきっとずっと忘れないんだろうな。

いつか彼は言ってた。
友達と対バンがしたいんです。
僕もその気持ちが分かる。

もう少ししたら第何章なのかは分からないけれど、ひとつの節目がやってくる。3月16日Grape Fruit Moon。「さようなら」でも「ありがとう」でもなくて。なんだろうな、多分「またね」なんだろうな。

きっと直ぐにまた会えるけど。
やっぱり今はまだ少し寂しい。



Live Schedule

3/16 三軒茶屋Grape Fruit Moon
内藤重人 対 世古美月
act:
Piano:内藤重人
Guitar.vocal:佐々木泰雅
BASS:原田真吾
Drums:HAYASHI JOE

Fruit世古美月
Piano:秋桜子
Guitar:Ne-ze
BASS:ダッハーラ
Drums:片田幸一郎



3/18 新潟Golden Pigs Black
Pale Tour

3/21 山梨naked
Pale Tour

4/2(日)下北沢251
下北沢デアウ

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玉手さんと僕のはじまり

あれはいつだったか。原田さんの家でふたりで酒を飲みながらパソコンで音楽を聞いていた。いろんな人の曲を聞いたけど、その中に玉手さんのライブの映像があった。曲は多分「ぱんく」とか「自殺」とかそんな曲名だった。うわー。この人やっばいっすね。って僕は多分原田さんに言って、映像で原田さんがベースを弾いていたのだけど、その演奏がかっこ良いと思った旨を彼に告げた。多分それからふたりでミドリの話をして原田さんが布団を引いてくれて寝た。翌日は若干の二日酔いで車で送ってもらう途中、僕は脱水症状を発して蹲った。北千住駅のバーガーキングは寒くて凍えそうだった。多分、今年の初めだ。


「Pale」のツアー初日。原田さんが玉手さんに声を掛けてくれてライブを見に来てくれていた。終演後の物販で10秒程話をした。あれ?静かな人だなと思った。そりゃそうだ。僕の見た演奏動画のテンションで普段も生きていたら崩壊してしまうだろう。というか、最初に観た映像は6年前のものだったからそれから色々あったのかもしれない。礼儀正しい挨拶を交わして多分、忙しい中、ありがとう。というような事を僕は言ったかもしれない。今年の1月24日だ。


それから日が経って、玉手さんがTwitterでライブのボランティアカメラを探している呟きを観た。僕はライブが見てみたかったので原田さんに僕でもいいですかね。と問い合わせたら歓迎してくれたので、ライブが見れる事が決まった。それは多分2月の半ばくらいの事だ。それからそれなりに慌ただしく毎日を過ごしているうちに2月の終わりも見えてきた頃、イベントが中止になったと玉手さんから連絡が来た。まじかよ。と思ったけど、ここで僕の脳が瞬間的に加速した。昔からそうだ。思いついてしまったら後先考えずに動いてしまうところがある。いつかは対バンしたいと思っていたけど、これはもう今だと思って、いや、もうスケジュール開けてるんでしょうし、僕とライブしましょうよ。と伝えてしまっている僕。玉手さんは「は?」と思った事だろう。しかも既に2月後半、イベントの予定日まで2週間程しかない。演奏させてくれる会場などあるのだろうか。とも思ったので約束は出来ないけど、ちょっと俺、頑張ってみますと言って一度連絡を締めた。


あれから簡単にスムーズに決まったわけではないけど、無事にというか、なんとか3月10日、東新宿LOVE TKOでライブが出来る事が決まった。当然ツーマンだ。

しかし、僕が彼女に会ったのは現実的にはライブの終演後の数分しかない。しかも、ライブも観た事がない。映像の中の世界が全てだ。これはどうだろうかと思って先日玉手さんのライブに向かった。偶然かどうなのか、その会場もLOVE TKOだった。


会場の階段を降りたら石塚さんが受付に座っていた。挨拶をして世間話をした。扉の向こうからは歌が漏れていた。ああ、これは多分丸橋さんの歌だなと思い聞き耳を立てながら石塚さんと少し話した。転換の時間が来たので会場に入って玉手さんの曲を聞いた。映像で観た曲は一曲も演奏されなかったけど、実はやり取りの中で他の曲も僕は知っていたので、静かに音楽を聞いた。ふむふむ、なるほど。ジーパンとTシャツじゃないんだな。白い綺麗な服を着ている。声も荒々しくはない。丁寧に音を紡いでいた。きっと色々あったのだろう。


終演後、挨拶以外の会話を初めて直接して、彼女の友人達の元になんとなく飲みに行った。全て初めての人達だったけど楽しかった。ピザを食い、お茶割りを飲み、ワインを飲み。玉手さんがスタジオに行くからと言って消えた後も四文屋に行きキンミヤ割りを飲みビールを飲み訳わからなくなっても酒を飲み。気がつけば深夜になり、夜は混沌を増した。楽しかったんだ。これから何かが始まりそうで。まだライブも一緒にした事ないのに。不思議な気持ちで深夜飲み過ぎで嘔吐した。


日付を越えて現実は3月8日になった。
つまりライブは後2日後である。
どんな夜になるかな。
僕には誰からも予約は来ていない。
(聴きに来て欲しい、、)

変わっていく事と変わらない事ってあるよな。
いつまでこんな過酷な闘争が続くのだろうと思うとそわそわする時もあるけど、今が幸せだなって思う。



Live Schedule

3/10 東新宿LOVE TKO
w/玉手初美

3/11 下北沢ろくでもない夜
w/田高健太郎/狐火

3/16 三軒茶屋Grape Fruit Moon
w/世古美月

3/18 新潟Golden Pigs Black
Pale Tour

3/21 山梨naked
Pale Tour

Information
naito.live@gmail.com

鍵盤が壊れた話

先月は機材故障の多い月だった。

渋谷からの帰り道、鍵盤が横にぱたりと倒れた。嫌な音がしたのでああ、終わったかもしれないと感じた。怖くて数日ケースから出せないままに日は過ぎた。ライブが迫り恐る恐る開けてみると左の下の方の黒鍵が押せなくなっていた。恐らくそこから倒れたのであろう、早まる動悸を抑えるように倒れた鍵盤をなんとか枠内に嵌めようと試みた。苦労の甲斐あって大方の倒れた鍵盤は今までと変わらないようになったが、真ん中からひとつ下のオクターブのD#の音は嵌らないままだったので黒鍵の上の方をガムテープで本体と密接に貼り付けてなんとか押せるようにしたが他の音に比べて押し心地が弱いというか、実際に音が小さくしか鳴らなくなってしまった。

そもそも僕の鍵盤はいつからか真ん中の方のCとDの音も押せない。多分本体内で鍵盤が傾いているのであろう。なので鍵盤の端っこの方に異物を挿入して接地点持ち上げてなんとか弾けるような状態にしている。

これでは支障がありまくるので先日の下北沢のライブはお店の鍵盤を借りた。札幌ではケイの鍵盤を借りた。(こちらは元から借りるつもりであったが)

少し遡ると僕の音の根幹を成すLINE6 HX(マルチエフェクター)も実は壊れている。音色を選ぶノブと設定した音色の内容を変更したら保存するボタンなど数カ所が効かない。これは前も青山でのライブの本番前のセッティングの時に鍵盤の上から床に落ちた時に同じような症状が起こった事があった。あの時は絶望したが動揺を隠すように演奏した。その時は近所のリペア屋さんに持っていったら修理してもらえた。退院してきた機材を迎えた時は嬉しかった。あれから壊れないように扱っているつもりだが、やはりどこか雑なのだろう。昨日同じリペア屋さんに入院してもらった。スケジュール的にこのタイミングしかないのだ。

機材が壊れると蒼白になる。体から力が抜けるような気持ちになる。音楽に対して諦めを思う事なんてないけど、敢えて上げるのなら機材が壊れた瞬間が一番諦めとの距離は近い。

といいつつも今日も壊れた鍵盤で友人が頼んでくれた音楽の制作をしていた。その曲のKeyはCメジャーだし移調もないので押すのが不安なD#を弾くことはない。ふと疑問に思う。この曲のKeyはBでも良かったしEでも良かった。何故、Cなのだろう。潜在意識の中で壊れたD#を避けているのではないだろうか。考えるまでもなく間違いなくそうである。楽器が壊れるというのは物理的な制約だけでなく様々な変化を運んでくる。

探さなくてはいけない。

LINE6の方は修理が上手くいくと信じているので大丈夫という事にして鍵盤は至急探さなければいけない。次のLIVEは新宿、その次は下北沢、両日お店の鍵盤を借りるとしても、16日のグレープフルーツムーンにはなんとか自分の鍵盤で演奏したい。かといって相当な期間使ってきた愛着のある今の鍵盤を捨てる訳にはいかない。もう一台KORGの鍵盤があるが、重すぎて持ち運べない。前に持ち運んだら脳から発する危険信号を感じた。「腰が割れますよ」と。だから20キロ以上は無理だ。これは音が良いからという理由で重さを無視するのは止めよう。今使っている鍵盤が16キロ位だからそれに即したものが良い。ケースもチャックが閉まらない状態だから買わなければいけない。いや、でももうちょっと今のままでも行けるんじゃないかと思ったりもする。


ああ、、誰かもう使っていないから譲りますよ。とRolandのFP系かRD系を譲ってくれる天使のような人はいないだろうか。、、いないだろうな。

それから毎日メルカリを検索するのが日課になった。
品揃えの良い新宿の山野楽器にも行ってみた。

答えは未だでない。そうして3月を迎えた。



Live Schedule

3/10 東新宿LOVE TKO
w/玉手初美

3/11 下北沢ろくでもない夜
w/田高健太郎/狐火

3/16 三軒茶屋Grape Fruit Moon
w/世古美月

3/18 新潟Golden Pigs Black
Pale Tour

3/21 山梨naked
Pale Tour

Information
naito.live@gmail.com

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海になってしまえばいい

僕は千葉県千葉市花見川区で生まれた。海岸沿いの埋立地には団地が乱立していて、稲毛区の団地に家族が引っ越すまでの期間、その中の一部屋で幼少期を過ごしたようだ。幼稚園の頃の記憶はあるが、それ以前の事はどうだったかなと考えても覚えていない。なので花見川区時代の思い出も特に無いのだが、周囲を循環している県営バスの中の景色だったり断片的なものは微かに覚えている。埋立地に立った団地群なので当然近くには海がある。いや、海というより浜辺というか港というか。とにかくそういったものがある。対岸には千葉の工業地帯が見えて少し遠洋の方ではヨットクラブの人が風に吹かれていたり、波打ち際では高校の部活動の練習をしている様子だったりが望める。幼少期の記憶がないように当時の海辺での記憶もない。両親の性格からしてきっと連れ立って海を傍観したりしたのだろうけど、それがどんな感じだったか、どのような温度が当時の家族を包んでいたのかも定かではない。

最初の引越しのしばらく後に両親はマンションを購入して同じ区内に引っ越しをする。海からの距離は花見川区の時よりはそこそこ離れているけれど自転車があれば容易ではないけど、頑張れば行ける範囲であった。小学校時代になれば流石に今でも覚えている事は多いけれど、「僕と海」と考えたなら特別な思いや印象的な事があったような記憶はない。どちらかと言えば今では閉じてしまったが海辺に併設されていたプールだったり父親が足を骨折して入院していた海浜公園近くの病院の事だったりの方が印象に残っている。

中学校、高校になれば自分で行動出来る範囲も時間も増えて、何か改まった話だったり、何か面白い事でもしたいね。と思ったりする時は時々海辺に行って海を眺めたりするようになった。渋谷も新宿もとてもじゃないけど簡単に行ける距離ではなかったし、「何か楽しい事ないかね」と思った時の行動経路として海に行くという事に対して期待していたのかもしれない。ギャルに話しかけられるかも。とか有り得ない想像を片隅に持ちながら有りがちな話をしている時間は楽しかった。なんとなく渋谷に行ったら楽しい事があるかも。って気持ちとほんのちょっと似ているのかもしれない。

「もう学校なんてやめてさ。家も出ちゃって廃屋なんかで暮らせたらいいよな」なんて。僕達の7日間戦争のような話をしている時間は僕にとって原風景のようなものだし、帰宅時間が遅ければ遅い程、それに近づけるような気がした。もちろんそれに伴って家の中では不穏な空気が漂い始めたけれど、それすらも人生に対して努力しているんだ。みたいな大いなる勘違いを自分自身に対して説いた。僕は恋をしていたし、僕はもうパンクロックを知ってしまっていた。


高校を出た後も僕は千葉に住んでいたけれど、穏やかな地元愛みたいなものは少しづつ変わっていくんだろうなと思っていた。ある事があって、それは突然劇的に変わった。いつかそんな事になるって予感はあったけど、その事があってから学生時代の友人と会う事はなくなったし高校卒業後、専門学校に通っていた僕は千葉に住みつつも東京に滞在する時間は増えていった。

東京には海はなくて。(お台場とかはあるけど)ないような気がして。かといって別に海がなくては困る。というほど必要ともしていなくて。新しく出来た友人や仲間と話す場所はライブハウスの階段であったり、道端であったり様々であった。新しく出来た友達と改まって学生時代の話をする事はなかったし、その必要もなかった。下北沢、新宿、高円寺と練り動くようなエネルギーの中、東京の街を転々として過ごした。たまに悲しくなったり寂しくなったりする時もあったけど、心の底から冷えてしまうような事はなくて、いつも胸の中でこれから起きるかもしれない出来事に胸を輝かせていた。仕事をしてみても直ぐに解雇されてしまうし、お金は当然のようにいつも全然なくて。それでも払わねばならないものだけはどんどんと加速していくから次々と問題も起こり、どんどんと家族との距離も故郷との距離も開いていった。AUMADOKIに入っているinterludeという短い曲がある。そんな中、あれはたまたま何かの機会で稲毛駅前の居酒屋で飲んでいた後の実際に起こったはずの出来事の描写だ。その時、友人と久しぶりに千葉の海に行った。彼は冬の海に入って丸太を担いでいた。僕達はどこにも属していなかったし、住む家も金も不安定だったが自分で切り開いてきた道の先に今があるような気がして、とても幸せだったんだ。


何の話を書こうと思ってたんだっけ。そうだ、海になってしまえばいい。っていう曲の話だ。脱線どころか冒頭から迷宮入りしているが、多分つらつらと書いてきたような出来事が心の底に根付いているんだと思う。

先日、撮影でしばらく振りに行った稲毛海岸はまるでツアー中に立ち寄った観光地みたいに他人行儀に僕を迎えたけれど、少しだけあんな事があったな。なんて思いながら日曜日の浜辺を眺めた。少年時代の友人と会う事ももうないのだろうし、成人前後のように全てが不安定になる事も、もしかしたらもうないのかもしれない。それらの行く先をひとつの曲で全てまとまる事は出来ないけれど、今までがあったから曲が創れたのかもしれないな、なんて故郷だった海を眺めながら思っていたんだ。


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Pale Self Comments Track8 Pale

Paleは和訳すると青白いって意味になるらしい。それだったらどういう場面が浮かぶだろうって考えたら、影が浮かぶ青年の表情が浮かんできた。例えば蒼白に染まった冬の空の下で立ち尽くしている青白い男性。人生が突然中間部から始まる事はないだろうから、それまでに流れていた時間の気配みたいなものを想像した。

小説のような物語を曲で描く事はまだ出来ないけど、古い白黒の擦り切れた映像に色を塗り足すように描写を描いた。完成までには何ヶ月も時間が掛かって下書きのデータが増えていった。自分の音楽が独創的だとは思わないけど、今までの音楽を聞いてきた積み重ねや人生の経緯が僕を曲の結末まで運んでくれたのだと思うと微かに誇りのようなものを感じるような気がする。

先日サーカスに行った。やはり蒼天の突き抜けるような冬空の下で感動しつつも見知らぬ場面に取り残されたように佇んでいた。壁を感じる事はないが切り分けられたような異質感を思う時がある。そんな時に深く深呼吸をして音楽を思うのだ。きっとまたそれが次の曲へと僕を運んでくれるだろうから、呼吸をするように手探りで藻掻きながら僕は探し続けるのだろうなと思う。

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Pale Self Comments Track7 YOUTH

創った時は一度切りしか歌う事はないと思っていた。それは彼の為に書いた曲だったから。あの夜の為に創った歌だったから。彼が聞いてくれる事はなかったけれど、その場だけに留めようと思っていた。あのイベントの前夜、失われてしまった彼との未来と僕の知っている街の匂いを込めて創った。

あれから実際にライブで歌う事もなかった。でも、ある時、家で弾いてみたら、なんだか良い曲だなって思って、演奏していたら頭の裏側に浮かぶ景色が留まりたくないと歌って欲しいと言っているような気がした。

音源が出来てタイガに聞いてもらったら「特別な曲のような気がしますね」と言ってくれた。彼もまた僕の特別な友人だ。幾つかの夜を辿った僕達の軌跡がこの曲へと僕を運んでくれた。街の匂いや気配や会話が運んでくれたから創るのに時間は多く掛からなかった。

もしかしたら他の誰かの曲にもなって、大切な曲になっていくのかもしれないな。だから、まだ決まっていないけど、俺、また君の街に行けるように頑張って歌うよ。

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Pale Self Comments Track6 AUMA

前作AUMADOKIの中に「PM 5:14」という短い曲を収録した。夕方から夜になる間に訪れて一瞬で通り過ぎていってしまう深くて淡いような藍色に包み込まれるような逢魔時って呼ばれるような時間を描写したつもりで書いた。その曲と今回のAUMAは少し似ていて繋がっている。だから、ふたつの曲を続けて聴くと僕は楽しい。

逢魔時に包まれるような時間に外に居合わせられるような幸運に恵まれたなら、僕の場合は余計な気持ちは心の後ろの方に引いていって、その中で何かを見つけようと目を凝らすように感じるけれど、それが去って夜に包まれた時に怒涛のように感情が押し寄せてくる時がある。

いつだか絵描きは言った。目も日焼けするから、子供の頃に見ていた夕焼けの色はもっと鮮やかだったはずなんだって。きっとそれは本当なのだろうけど、逢魔時や深い夜の色は大人になれば逆に鮮明になる事があるのかもしれないと思う。子供の頃の夜はただただ見知らぬ恐怖感があった夜の中で、優しさを感じられたり穏やかで感傷的な気持ちになるような事があるのかもしれない。

夕暮れを経て藍は成るのだ。

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Pale Self Comments Track5 生活

ずっと前から歌っているから数え切れない位にステージで放っている曲なんだ。なんでずっと歌い続けるのかなって考える事は余りないけど事実そうなのだから何か理由があるんだろうなと思う。この曲を作った時、僕は千葉に住んでいて歌詞にあるように総武線に乗ってかたことかたこと1時間掛けて東京に通ってた。故郷の街には友達はもういなくなっていて。でも、不思議と東京に住みたいなと思う事もなくて。代わり映えはしないけど刺激的な毎日の中で感じていた気配みたいなのがこの曲に漂っていて、それは時間が経った今では描くのは難しい事だから、もしかしたら歌い続けるのかもしれないな。


今までに何人かの人達がとても好きな曲ですと言ってくれた。その人達はどんな気持ちで歌詞を追ってくれたんだろう。僕にとっては今ではあの頃より随分距離が出来てしまった故郷だけど、腑に落ちないまま解決する事がもうないかもしれない感情みたいなのは今も胸の中にあるのかもしれないな。それは祈りのようなものでもあるし、諦めのようでもあるし。


今回録音するに当たって鍵盤の音に対して機械音を載せたから曲を纏う鎧は変化を遂げた。けれど、何度も演奏してきた中で時間と共に変化してきた曲の中の歌をどうやって表現するのかは難しかったけど、一生懸命に歌った。全ての歌詞を変えようと思った事もあったけど、それは違うような気がしてやめた。言葉はいつでも何時でも扱えるわけではない。あの時、あの頃だったから描けた事があるのだろうと思う。それを愛しむように懐かしむように最前線に鳴らして歌い続けるんだろうな。

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