「メンタルヘルスの専門職の大部分はこうしたモダニズムの文脈から生まれたものであり、(中略)こうした背景が、<クライエントの物語>に対するセラピストの態度を形成する。クライエントの物語は、結局のところ、日々の取るに足らない戯言でできており、気まぐれ、喩え話、希望的観測、歪められた記憶などに満ちている。これに対し、科学的物語は専門家の保証書付きである。したがって、治療の過程で、クライエントのストーリーは専門家のストーリーへと徐々にではあっても必ず置き換えられなければならない。クライエントのストーリーは、それ自体独立した事実の反映なのではない。質問と応答を通じて、描写と説明は新たな枠組みで捉え直され、セラピストによる承認と嫌疑を経て、クラエントの物語は破壊されるかあるいは取り込まれる。」(p.188-189)

 これは、メンタルヘルスの世界だけではない。学校の教師、コンサルタント、カウンセラー、災害支援、会社の経営者・上司・指導者、軍隊、その他あらゆる場面で見られる構造である。

 おそらく優秀で、職業意識に真摯かつ誠実である人ほど、このような問題提起に立ち止まることであろう。

 「すべては誰々ために」「目線を合わせて」・・・沢山の言葉が尽くされているが、はたしてどうだろうか?

 ポストモダンの潮流は、単に近代の合理主義・実証主義・還元主義を根底からひっくり返しただけではなく、実践性も大きなものとなってきたといえるであろう。
 
 幸い、自分史の取り組みでは、執筆やリテラシーの指導に留まり、学ぶ人の人生や人格にまで踏み込むことはない。ただし、コミュニティが形成されれば、誰もが、嫌でもコミットしてゆくことになるだろう。

 そこで、ナラティヴ・アプローチの知見の助けを期待しているのである。

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