2012年04月26日

空に吸はれし十五の心

   

        不来方(こずかた)の お城の草に寝ころびて
     空に吸はれし 十五の心  

    己が名を ほのかに呼びて涙せし 
     十四の春に かへる術なし      共に 石川啄木「一握の砂」

 一生の節目節目に行われる、いわば通過儀式は多々あるが、武家社会の名残とも言うべき「立志式」を学校行事に取り入れる中学校が増えているという。

 「立志式」は、武家社会の成人式である。
 当時は、数え年で十五歳、現代は満十四歳で行われる。また、武家社会ではもちろん男子のみだが、今は当然ながら男女の区別はない。

 「立志式」のいわれは、論語の、
  「吾十有五而志乎學、三十而立、四十而不惑、……」によるという。

 前途悠々たる「十五の春」、現実はとうであろうか。

 まず、受験地獄。学校を選ばなければ全入というが、生徒一人一人には入りたい学校がある。実力以上の学力を要求する高校を受験するには、当然滑り止めのたにの数校の受験は余儀なくされる。

  関東圏などの大都市と違って、地方の受験事情はいささか異なる。
  全てとは言わないが、県立高校への進学が第一で、希望が叶わなければ、
序列化された私立高校の上位から、やむなく入学校を選ぶのだが、その学区で最下位とされた高校は最後の受け皿となる。全入の現実である。

 もちろん、その高校の抜きんでた部活に憧れて入学する生徒は当然いるが、
一般的には、一念発起将来の目標を立て直し、勉学に励めばよいのだが、その高校にやむなく入学して、投げやりな学校生活を送り、果てはいろいろな問題を起こして退学するというケースは珍しくない。今はやりの下流社会への参入始発点とも言える。

 そして、心の問題。

 昭和三十年、私の卒業した中学校の卒業生は五百数十名、高校へ進学したのはその内、百五十名位、地元の企業へ就職したのは一握りで、多くは関東圏、特に東京が就職先であった。

 伊沢八郎の「ああ、上野駅」そのままに、同級生は常磐線の二等列車に乗り上野駅を目指した。就職列車に乗って。私も駅まで見送りに行ったが、プラットホームで、息子、娘の健康を気遣って泣く母親の姿は忘れがたい。

 彼らの全てが負け組ではなかった。就職先はほぼ零細企業、町工場であり、住み込みのクリーニング屋や飲食店であったが、二十数年後の同級会で、彼らはみずからの店を持ち、数人の従業員を雇っていると誇らしげに近況を報告した。その一人は、中学時代、野球部のエースとして地方大会ではそこそこの成績を残したが、経済的理由で高校進学をあきらめ、クリーニング店に就職、みずから望んで選んだクリーニングという職業ではなかったが、自分の店を得たと言う。彼いわく、

 「就職して十年後ぐらいの時、父母や兄弟は故郷にいて、おれの仕送りをあてにしていたし、それなりのことはした。だが、開業資金を蓄えるため、心を鬼にして、おれの死に場所はここ台東区と決め、女房、子どものためにも墓を買って、故郷をすてた。後悔はしていない。そうするしかなかった。父母は健在で多少の後ろめたさはあるが、昨日の夜、久しぶりに父母に会って、思いのほどを打ち明けて了承を得た。おれにはわからないけど、たぶん心の問題だと思う」、最後は、その昔、剛球を投げ、変化球を一切使わなかった彼が落涙した。
 私は彼より数段下の人間だと悟った。

 ふるさとの 訛りなつかし 停車場の
  人ごみの中に そを聴きにゆく     石川啄木 「一握の砂」

 

    

 

 

      

 

 

  

 

 

 



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「てっぺん野郎」 石原慎太郎

 手元に「てっぺん野郎」と題する本があります。著者はジャーナリストの佐野真一さんで、B6版、500ページ余の大冊です。
 内容は石原慎太郎の伝記というより批判本です。                                                       
  「てっぺん野郎」とする題は、石原慎太郎の小説名をそのまま使ったもので、石原批判のエスプリが十分に効いています。
 「てっぺん」とは「お山の大将」のこと、何に関しても頂上にいなければ気が済まぬ石原を揶揄したことばでもあります。
 「僕なんか自分が死んじゃったら、日本国家は消滅すると思っているもの」(小林よしのりとの対話)
 来世を信じない私から見れば、陳腐であたりまえななことばですが、石原が発すると慎太郎信者にとっては重みのあることばに聞こえるのでしょう。
 「政治が対象にできるのは、いちいちの微細な人間じゃなくて、四捨五入した人間でしかない」(小田実との対話、『文藝春秋』、1968年8月号)
 慎太郎信者の方々は自分が切り捨てられる側にいるなどとはゆめゆめ思ってはいないのでしょう。
 「…、シナ宿で伽をしてくれて、翌日の別れに彼女が気に入っていた私の男もののブリーフを記念にやったら抱きついてきた農家の娘…」(『国家なる幻影』)
 日本国内なら明らかに法に触れる売春です。それを自慢げに本に書く神経は余人にはできないことです。
 そして、
 「私が石原さんに抱く不快の念の核心は、政治家としてよりも、それ以前の彼の人格です。彼の数々の発言には、他人を見下し、自分を偉いと思っている人特有のごう慢さがあふれています。また、見過ごせないのが弱い者への思いやりの欠如です」(朝日新聞『声』欄への三十三歳、主婦の投稿)
 「悪質なデマゴーグ石原慎太郎が次の首相候補として高い人気を博している現実を見ると、暗澹たる気分に陥る。…彼は外国人、銀行など『敵』がいてくれなければリーダーシップをふるえないのである。
 彼の政治手法は、日本人を破滅の淵に導くに違いない」(『週刊金曜日』、2000.9.15.山口二郎北大教授)
 「彼にはユーモアがない代わりに嫉妬と傲慢と差別があり、中途半端な妥協はするくせに深い謝罪は決してしない」(辛淑玉、評論家)
 たぶん石原慎太郎は、戦国の世に生きるべき人なのでしょう。
 常に敵を作り、憎悪し自らを奮い立たせて、野望を遂る将たらんとするが、部下の雑兵(ぞうひょう、国民)の一人一人に思いをいたすことはさらさらない人です。
 かといって、戦いの陣頭に、命を賭して自ら立つことはしない人でもあります。
 ここまで書いてきて、改めて佐野さんの「てっぺん野郎」を読み返してみました。
 三年前の出版なので、最近の石原慎太郎に関する記述はありません。
 しかし、私が触れなかった「ババァ発言」や「霊友会との関わり」、そして「浜渦副知事問題」等々について、相当なページを割いています。しかも、それぞれ証言者や関連書などによって裏付けを取っています。
 本書から一箇所だけ引用させてもらいます。
 「なにか夢でも見ているんじゃないか。虹はきれいだけどね。実際に行ってみると幻想だよ。…
 世間の(慎太郎)評価は買いかぶりだね。(慎太郎を買いかぶるのは)その都度、はっきりものを言うからなんだ。
 しかしね、私みたいな年寄りから見ると、彼はポイント、ポイントでは良いことを言うけれど、ぜんぜんつながっていないんだな。
 時には反対のことを言うことがある。上手にね。上手過ぎるんだ。
 政界に長くおると、その上手過ぎる手つきがみえる。手品が見える。
 観客は拍手だがね。私ら舞台裏から見てるから見え過ぎちゃうんだ」(松野頼三元防衛庁長官)
 観客である我々は、彼の演技に酔っていると、舞台に引ずりこまれて、果ては奈落の底に落とされないとはかぎらない。
 佐野さんは、石原慎太郎は「てっぺん野郎」にはなれないと結論づけています。
 
  


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無 我

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 長い間欲していた、横山大観の複製画「無我」を手に入れました。複製といっても大蔵省(現財務省)印刷局作成の由緒あるもので、日本の紙幣と同じ製法の凹版印刷、絵の表面を指でさすると立体感を味わえます。

若いころから欲していたものが三つありました。

モンブランの定番万年筆「マイシュテュック149」、
オリベッティ(伊)の英文タイプライター、
そして、横山大観の「無我」、

タイプライターは相当前に手に入れ、それなりに使っていましたが、ワープロ専用機(文豪)の出現で取って代わられました。
モンブランは七、八年前に、為替レート変動の間隙をぬって、個人輸入で手に入れて愛用しています。入手時は約五万円弱、現在では七万円を超えます。

 さて、「無我」ですが購入価格が送料無料で1,500円、財務省から直接購入しました。国って本当におおらかなのですね。

 大きさは、縁を除いて20.5×33.0僉絵にふさわしい額を調達して、殺風景な私の書斎を飾ろうかと思っています。

 「無我」は、明治30年(1897年)に描かれた大観の出世作といわれています。

 なぜ「無我」なのか、格別な理由はありません。初対面は図書館の書画集で、それ以来、なろうことなら複製でもよいから座右に置きたいとの思いが途切れることはありませんでした。

 おおげさに言えば、一期一会、悟りを超えたところの無我、それを無心な童子を通して表現した大観が、私をこの子に会わせてくれたと信じています。 



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2012年04月25日

臆病者 石原慎太郎

 以下の文章も過去(2001.7.1.)に書いたもので、ここに転載します。
 『田中長野県知事が石原東京都知事を評していわく、「臆病者(coward)』。
 正しく慧眼である。
 都知事はこの挑戦的な発言に受けて立つという。
 両者のディベートが楽しみだ。
 石原慎太郎臆病説は、すでに本多勝一さんが随所で書いている。
 石原都知事はみずからスポーツマンを自負し、エベレストやベトナム戦線に赴き、それなりの文をものにしている。
 しかし、本多勝一さんによれば、エベレストは山麓にたたずんだだけ、ベトナムに至っては、「石原が行ったのはせいぜい陣地まで、最前線には行く気さえなかった」と事実関係を論証しながら石原知事を矮小な小心者と切り捨てている。
 本多さんはさらに追い打ちをかける。
 冒険家堀江謙一さんが、1974年、ヨットによる単独、無寄港地球一周という快挙を成し遂げた時の石原慎太郎のコメントは、
 「堀江クンの世界一周は、ヨット仲間の常識からいってウソなんだよ。絶対にやっていないよ」(週刊プレイボーイ)であったが、本多さんは「ヨットマンを自負する石原慎太郎としては、自分よりはるかに優れたヨットマンの存在は許せないのであろう」と、その小心さを揶揄している。
 常に自分が最上位にいなければ気の済まぬ小心者の心情がにじみ出ている
コメントでもある。
 他人を常に「…クン」づけする石原慎太郎のクセもその辺に起因するのであろう。
 あるところで、私は、
 「尖閣諸島に、昨年であったか、西村前防衛庁政務次官が小船を駆って上陸し、日の丸をうち立てるパフォーマンスを演じた時、石原慎太郎は、より大きな船に乗り伴走、自らは上陸することなくエールを送った」と書いた。
 自らは決して実行することなく、それでいて脚光を浴びたいという典型的な臆病者である。
 先の都知事選で見せた石原慎太郎の戦術も、見え透いた小心さを露呈していた。
 小粒の立候補者が乱立したと判断して、締め切り間際の立候補であった。
 それも戦術のひとつといえばそれまでであるが、いわばジャンケンでいう後出しである。
 最初から、堂々と名乗り出て戦うという意識はさらさらなかったのであろう。
 ある意味で、人はだれでも臆病である。
 俺は違うと確信を持って明言できる人が、選挙民の半数を超えれば、この国は代わるであろうに、日常生活の中で我々は臆病者である。
 しかし、石原知事の臆病さは始末に困る。
 大衆受けのよい強気な発言に終始し、あたかも民意を吸収しているつもりでいる。
 そのくせ、彼は肝心のところで逃げ出す。
 三宅島噴火の混乱の中で、彼は休暇を取って、どこかの国のプールで泳いでいた。
 今、東京都議選の真っ最中(2001.6.17.現在)だが、石原知事はといえば、公務と称して地球の裏側、遥か彼方の南米エクアドルのガラパゴス島に滞在している。
 目的は「観光振興策を探る」視察であるという。
 都議選の動向など知事にとって何ほどのことでも無いというのか。それとも現実を直視出来ぬからなのであろうか 。
 知事はかって、「知人とか友人の自由を損なう者を敵とみなす」と発言しているが、知事同様国民から圧倒的支持を受けている田中外相も、「人は家族と使用人、そして敵の三種類しかない」と言っている。
 小泉首相、田中外相、石原都知事、この人たちへの恐ろしいほどの国民の支持をどのように理解したらよいのか。
 我々は、そろそろその思いが、片思いに過ぎないということに気がつくべきである』
                         (「旅人」 2001.7.1.)

 
 


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2008年10月23日

アメリカ 好きで嫌いな国 1

 私がアメリカに初めて出会ったのいは中学時代でした。
 以下の文章は「絹のマフラー」と題して、今年の春先に投稿したものです。
 今回、「アメリカ 好きで嫌いな国」というテーマで数回に分けてアメリカに対する私なりの思いを書こうとするにあたって、再録します。
                                                           『昭和二十年代末、朝鮮戦争での軍需景気は少なからず日本の経済を潤したが、すでに石炭産業は斜陽化の道をたどっていた。
 常磐炭坑も例外ではありえなかった。炭質の悪さと低カロリーのために、関東市場に近いという地の利だけでは生き残ることはできず、昭和二十九年、私が中学二年の時には、採炭すれど需要なしの不景気が続き、校庭に相当量の石炭が山と積まれていた。
 夏場は高温のため自然発火が頻発して、ホースで水をかける光景が教室の窓からよく見られたものである。
 その頃、海外文通が流行っていた。当時はペンパル(pen pal)と称していたが、多くの相手がアメリカの子どもたちであったのは頷ける。
 敗戦後の日本に、ララ物資をはじめとする数々の援助をしてくれたアメリカの豊かさに、当然のことながら子どもたちは憧れた。
 私もその一人であった。
 英語の教科書は「JACK AND BETTY」で、アメリカの中流家庭をモデルに展開されるジャックとベティの物語を羨望の気持ちで学んだ。
 私が文通相手に選んだのは、イリノイ州の農家の娘で、名は忘れたが同い年であった。二年近くの間に二十通ほどの手紙のやりとりがあった。
 相手からの最初の手紙には、自己紹介を兼ねた簡単な文と共に写真が数葉同封されていた。 
 ブローニー判のモノクロームであったが、見たこともない大きな深々としたソファに座った家族の写真。床はじゅうたんが敷きつめられ、傍らにあるテレビの大きさは私を圧倒した。
 ある日、私の海外文通のうわさを聞いてか、担任のS先生に職員室に呼ばれた。先生は大学を出たばかりの熱血体育教師でクラスの信望も厚かった。
 小学校と違って中学では教科ごとに教師が替わるが、私の学んだ中学は、全校生徒千八百余というマンモス校で教師不足が慢性化して、教科の掛け持ちは日常的におこなわれていた。S先生も例外ではなく、時折英語の教壇に立った。
 「N、お前しゃれたことをしているんだってな」、午後の日差しが明るい職員室の片すみで先生は話しかけてきた。
 その時から海の向こうからブロンド娘の手紙が来るたびに、先生の英語指南が始まった。とはいっても英語は先生の専門外、コンサイス(当時もっともポピュラーだった英和辞典)片手に悪戦苦闘することしばしであった。
 クリスマスが近づき、冬休み前に早めのプレゼントが船便で届いた。わくわくしながら荷を解くと白いマフラーであった。
 翌日の放課後、さっそくS先生に注進におよぶと、先生は、
 「へえー、純白のマフラーか。俺もアメリカの女の子をペンパルに持とうかな」と言いながら、先生は何気なくマフラーの小さなタブを手のひらに乗せて見入った。しばらくの間があって、先生は腹を抱えて笑い出した。
 そこには MADE IN JAPAN  とあった』
 次回からは、中学時代の英語教科書「JACK and BETTY」に触れた後、学生時代の安保闘争運動など、アメリカとの心的な関わりを述べてみたいと思います。
 時事的な問題が発生したときは中断してそれなりの対応をしようかと考えています。
       
 


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2008年09月10日

ブログ移りました

 新しいブログに移りました。

 ● 「人生 あとらんだむ」
   URL:    http://blog.livedoor.jp/nidowarashi/

 ● 「読書三昧」
    URL:   http://blog.livedoor.jp/shalom33/

 
 今まで同様、上記二つのブログにお立ち寄りください。



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2007年09月10日

姦淫聖書

  15世紀半ば、グーテンベルグが活版印刷を発明して以来、文選、植字、校正、印刷という工程の中で、常につきまとう誤植。誤植というが実際は誤字を拾うのは文選の現場、そして植字の後試し刷りされたゲラを校正する際の見落とし、なんどかの校正を経て (著者本人の校正を含む)の校了、それでも誤植は生じる。

 学生時代、アルバイトで文選の仕事をしたことがある。
 鉛活字を満載した文選棚があって、文選工は原稿と文選箱(ハガキをもう少し縦長にした感じ)を左手に持ち、右手で文選棚から活字を拾い文選箱にならべていく作業。原稿を読みながらというより、ひたすらに活字を拾う単純な作業で、誤字を拾う可能性は、経験に比例する。偏や旁の読み違いが原因の場合が多い。

 40年以上前の文選工経験、なぜか今でも文選棚のほぼ中央、少し目を下げたあたりにあった「生産用田」の四活字が脳裏をよぎる。

 さて、「姦淫聖書」、誤植の歴史の中で特筆すべき傑作である。
 聖書はキリスト教の聖典、旧約、新約、計66の各種文書から成る。旧約聖書の「出エジプト記」「申命記」の中にモーセの十戒がある。
 ちなみに、ユダヤ教の聖書(聖典は)は旧約のみで、その中で特に重視されるのが、「モーセ五書」 であり、旧約という言い方はキリスト教側から見た旧い約束の意味であって、もちろんユダヤ教側ではそうは呼ばない。

 旧約聖書は「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」と続くが、「出エジプト記」の第20章にモーセの十戒がある。十の戒めの七番めに、
  汝姦淫するなかれ。            
  Thou shalt not commit adultery.      とある。 

 英語訳(旧約聖書の原典はヘブライ語)で誤植というか脱字が見逃された。否定語のnotが脱落、

   Thou shalt commit adultery.       汝姦淫せよ     

  致命的な誤植をしてしまった関係者は処刑されたという。
  なお、老婆心ながら、 現代英語では thouはyou     shalt はshall   

 1611年に、英国国教会の典礼で用いるために、時の国王ジェームス1世が命じて英訳された「欽定訳聖書」、その20年後に誤植による「姦淫聖書」は生まれた。

 誤植に最も神経を使う印刷物は辞書、百科事典類である。

 世界最大の百科事典「エンサクロペディア ブリタニカ」は誤字、脱字等々を見つけた人には相当な謝礼をすると、なにかで読んだことがある。
 私も孫の中学生時代、中学生用の英和辞書の簡単ミスを見つけて投書、謝礼に500円分の図書券をもらったことがある。簡単ミスなので、相当数の投書があったと推測出来、謝礼金(図書券)は相当な額にのぼったのではあるまいか。

 我が国でも当然誤植は、浜の真砂のようにあったろうし、これからもあるだろう。ただ、現在の辞書編集は、語一つにカード一枚を基本とする従来の作業からコンピュータ処理へと進化しているので、あるいは誤植は限りなく0に近いのかも知れない。

 私の知る限りでの辞書の傑作誤植は、「岩波国語辞典」第一版、第三刷の
「誤謬」を「説謬」としてしまった件。誤謬(間違い)を間違ってしまったのだから笑えない話だ。発見者は、かの言葉の達人、井上ひさしさんと聞く。

 井上さんと言えば、「岩波国語辞典」の上位にある同じ岩波の「広辞苑」の余白をメモ書で埋めてしまうほどの辞書マニアらしい。井上さんにとって、辞書は引くものではなく、読むものなのだろう。

 最後に、「フランクリン自伝」

 十八世紀の政治家で、凧の雷実験でおなじみの、ベンジャミン・フランクリンは
自伝の中でこう述べている。

 「もしもお前の好きなようにしてよいと言われたならば、私はいままでの生涯を初めからそのまま繰返すことに少しも異存はない。ただし、著述家が初版の間違いを再版で訂正するあの便宜だけは与えてほしいが」

 私なぞは、すべて白紙に戻して欲しいぐらいの人生なのだが。

 それでも    素晴らしき哉、人生!                                                                                                

 

 

 



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「今日は死ぬのにもってこいの日」

 原題は「数々の冬」であるが、邦訳の「今日は死ぬのにもってこいの日」に惹かれて購入した。

 著者は白人女性であるが、ネイティブ・アメリカン(北米インディアン)との交流を通じて、彼ら(特にブエブロインディアン)のこころを詩に詠んだ一冊である。

 詩は、

 たくさんの冬を わたしは生きてきた 終わりない夏と戯れ 疲れ切った 大地を 最初の雪が降ってきて 覆いつくした時の そもそもの始まりから

 と始まる。自然への畏怖と同調、生きることへの確信。

 世界はわたしの内部で育ってきた だからわたしは歳月とともに豊かなのだ
 わたしは日々年取ってゆく でも知ってるぞ 消えゆこうとする青春は わたしの不確かな知恵に身を潜め 刻一刻と若返ってゆくことを

 そして 諦念というにはあまりにも不似合いな死への悟りである
 今日は死ぬのにもってこいの日だ 
 生きているものすべてが わたしと呼吸を合わせている すべての声が わたしの中で合唱している
 すべての美がわたしの目の中で休もうとやって来た……

 そう 今日は死ぬのにもってこいの日だ

 北米インディアンの復権が計られて久しい。
 強制ではないが、未だに居留地に心身ともに縛られ、固有の文化を保ちつつも、徐々に白人文化に同化されようとしている。

 それは、同じ北米におけるイヌイット(エスキモー)、オーストラリアのアボリジニ、わが国のアイヌの人たちとて、同じ宿命にある。

 彼らに共通する生き方は、自然に逆わらず、かといって埋没することもなく共生するという知恵であろう。

 ここに、もう一冊の本がある。

 「リトル・トリー」、インディアンの血をひくフォレスト・カーターによる。

 父母を亡くしたインディアンの少年が祖父母に引き取られ、大自然の中で、厳しいが楽しく育てられていく様が、生き生きと描かれている。

 ことさら、自然回帰を主張するつもりはさらさら無いが、両書は、現代文化という名の悪夢から覚醒させてくれるきっかけにはなるであろう。

 やはり 素晴らしき哉、人生!


 



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2007年09月04日

イチロー

 イチローの日米通算2,500本安打に格別の驚きは覚えません。
 彼にとってはたんなる通過点に過ぎないと思います。

 イチローは現在32歳、少なくともあと7~8年はプレー出来るでしょうから加齢とともに落ちる打力を考えに入れても、年平均200本は打てるでしょうから、4,000本の大台に迫るのはほぼ間違いないと思います。

 イチローが大リーグに移籍する前年、2,000年に私は東京ドーム(オールスター戦)で彼を身近に見ています。センター・ースクリーンの真下の観客席で、試合前の捕球練習をするイチローと松井秀喜を10メートル足らずの距離で見ることが出来ました。

 松井のやぼったさも捨てがたいものがありますが、私はイチローのいぶし銀というか孤高な古武士を偲ばせる風格と端正なスタイル、打撃フォーム、そして計算しつくされたコメントの数々、どれを取ってもほれぼれします。

 イチロー語録を集めた本が出版されているようですが手にしていません。
 そのため正確を欠きますが、彼は打撃フォームにこだわっているように思えます。

 かって王貞治は真剣の日本刀の素振りで一本足打法を会得したと言われますし、かの打撃の神様、川上哲治は「ボールが止まって見える」という名言をはいています。
 もっとも、川上は旬を過ぎてからは、ライト前のポテンヒットで打率を稼ぎました。人呼んで、なぜか「テキサスヒット」と言います。

 五月の一時期、スランプに陷ったイチローでしたが、さすがイチロー、フォームを修正したのか、ここ数日連打、連打の快進撃、胸がすく思いです。

 昨日のツインズ戦、イチローは六打数四安打、敵将ガーデンハイヤー監督の「対戦するのは嫌だけど、彼のプレーを見るのが楽しくて仕方がないんだ」(朝日新聞)というコメントがイチローのすべてを物語っています。

 

  



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2007年08月31日

私には夢がある I have a dream.

 過ぐる1月16日は「Rev.Martin Luther King .Jr. Day」でした。
 Rev.はreverendの略で牧師を、Jr.は二世(ジュニア)を意味します。

   私が初めてキング牧師の著作を読んだのは、「自由への大いなる歩み」(岩波新書)です。
 原書"Stride Toward Freedom, The Montogomery"の初版は1958年、翌1959年に日本で翻訳、出版されました。即購入して読みましたから19才の時でした。定価は100円だったと記憶しています。
 ちなみに、岩波文庫は背表紙に印された★の数で定価を表し、★一つ四十円でした。ラーメン一杯五十円の時代です。

 「自由への大いなる歩み」は、キング牧師が歴史の表舞台に出てからを記した自伝的著作です。彼自身は自伝とは呼ばず、                           「人間的価値の新しい評価を獲得するにいたった、五万に上る二グロのしるした年代記」と定義づけています。

 彼のその後の足跡を詳細にたどるには紙数が足りません。

 特筆すべきことは二つあります。

 アラバマ州モントゴメリーで、黒人女性がバスの白人専用席を譲ることを拒否した事件に始まる一連の動きの中で人種差別撤廃運動が広がり、キング牧師はその中心に身を置くことになります。

 1963年8月28日、25万人の人たちによるワシントン大行進、そしてワシントンDCでの演説は世界中の人たちの胸を打ちました。
 後に「I have a dream」と題され、歴史に残る名演説と称されています。

 その演説の中で、キング牧師は「I have a dream 私には夢がある」というフレーズを、私の数え違いがなければ、実に8回繰り返しています。

 圧巻は、最後の" I have a dream " です。あえて原文を記しますと、
 " I have a dream that one day every valley shall be exalted, and every hill and mountain shall be made low, the rough places will be made plain, and the crooked places will be made straight;…… This is our hope. " です。

 そして、演説は、
 "Free at last ! free at last! Thank God Almighty, we are free at last! "(遂に私たちは自由だ)と終わります。 

 彼は1968年4月4日、テネシー州メンフィスの演説会場で凶弾に倒れます。

 彼の39才という短い生涯で、彼をとりまく人や団体がおりました。
 白人至上主義の「クー・クラックス・クラン KKK」、急進的黒人指導者のマルコムX(後に暗殺されます)、そして、ブラック・パンサー党等々。
 それらの関わりと軋轢の中で、黒人の権利を主張し、民衆を導いたキング牧師はやはりアメリカ歴史の中で卓越した人物であったことは明々白々です。

 アメリカの数ある祝祭日で、個人名を冠された日は、コロンブス、ワシントンとキング牧師だけという事実がそれを物語ります。

 キング牧師暗殺後40年、人種のるつぼといわれるアメリカで、いまだに人種差別が解消されず、黒人に限らず有色人種やヒスパニックの貧しさは病(やまい)ともいうべき状況です。

 アメリカは、「パックス・アメリカーナ Pax Americana アメリカによる平和」などと外国に干渉するより、19世紀初頭の大統領モンローが主張した「モンロー主義 Monroe Doctrine」に立ち戻って、「外国からの干渉をこばん」で世界各地から撤退し、ひたすら自国の貧しさの解消に専念すべきです。  

 

 



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2007年08月24日

旦那居る?

 「女は弱し。されど母は強し」、昔の話です。

 世はジェンダー時代、男女平等を遙かに越えて、「女は強し、妻はさらに強し」です。

 「生物学的な性差をセックスというのに対して、社会的、文化的に形成された男女の違いをジェンダーと呼ぶ」(「知恵蔵」)、ジェンダーの定義はある意味ファジーですが、男女共同参画社会の実現間近の今、確実に女権が男権を越えつつあるようです。

 「亭主元気で留守がいい」のコマーシャルコピーが流行り、定年後、家でごろつく旦那を「濡れ落ち葉」と切り捨てる妻。極めつけは、

 旦那の在宅を確認に来た隣人との会話、

 「旦那居る?」、「いらない」。

 旦那たる男性はこれで息の根をとどめられたのも同然です。

 男の反論。妻曰く、

 「私は忍の一字」、対して、夫は「俺は忍耐の二字」、その程度の抵抗しか出来ない男どものふがいなさ、レディファーストがあらゆる分野で浸透しつつあります。

 歴史的に見ても、ファーストレディは常に旦那を支配していました。

 ソクラテスの悪妻グサンチッペ、ナポレオンの妻ジョセフィーヌ、毛沢東の妻江青、ケネディの妻ジヤックリーヌ、クリントンの妻ヒラリー、田中直紀の妻田中真紀子、いずれのご婦人も亭主を尻に敷いています。

 このような夫婦関係をペティコートガバメント(Petticoat government)と言います。言うところの「かかあ天下」です。
 ペティコートとはご存じのように女性の下着、それで亭主を支配する。まさに尻に敷くことです。古今東西、女性は強しです。

 「いらない」と切り捨てられた旦那たち、どうします?

 パロディを一つ。

 「老婆は一日にして成らず」

 引用はすべてどなたかからの借用です。

 

 

 



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2007年06月14日

おのれ パソコン

 パソコン歴十数年、未だにそのパソコン、特に インターネットに振り回されています。
 ある日突然のアクセス拒否、パニックに陷り、あれこれいじり過ぎて迷路に入り込んでしまうこと度々です。
 今回の「パスワード失念」も、あわてふためいて深みにはまってしまった結果。我ながらあきれ果てています。

 投稿場面にアクセスできず悪戦苦闘、電話のサポート体制もないので、しかたなく 新しいブログを立ち上げました。
 そして、ナレッジ経由でサポートサイトにアクセス、メールで七回のやりとりのすえ、再開することに成功しました。

 その間、新しいブログにも何本か投稿しています。

 あれこれあって、新しいブログに移行します。
 といっても、過去の投稿をすべて携えての移行はできないようなので、
 「素晴らしき哉、人生!」はそのまま休稿ということにします。
 新しいブログのコンテンツは従来どおりです。

 また、昨年十月に開設したブログも紹介します。

 ブログ名   「人生 アトランダム」
 URL:  http://blog.livedoor.jp/nidowarashi/
   「素晴らしき哉、人生!」からの引っ越しです。

 ブログ名   「本 大々好き」
 URL:  http://blog.livedoor.jp/shalom33/
 新しいブログです。 

 



2007年06月08日

パスワード失念

 ようやくブログの世界に帰還することができました。 

 先月末、いつものように投稿場面にログインしようとして、ID、パスワードを入力するとパスワードを拒否されました。
 一年半ブログを続けてきて初めての経験です。
 私のバスワードはごく簡単な六文字なので忘れることはありえません。
 なのに突然のログイン拒否、わけのわからないまま、あれこれ試みましたが、結局ライブドアのポータルサイトに相談するはめに。

 私の知識の無さもありましたが、ここ十日間ほど毎日メールのやり取りをして、やっと今日問題を解決することができました。

 その間、世の中、大きな動きがありました。
 年金問題の急展開、自衛隊の一般市民への調査、コムスン問題等々、メディアの世界は文字通り百花繚乱です。

 トラブルを経験して痛感したのは、電話によるサポートが是非必要だということです。たとえ有料でも。

 ほぼ毎日投稿を続けてきた私のブログもここに来て、ほころびが出てきたようです。
 今後は、テーマを選んでスローに続けたいと思います。
 よろしくお願いいたします。

 
 
 



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2007年05月29日

「いざ自害せん」 松岡農水相

 松岡農水相の自殺、憤りといらだちを覚えてなりません。
 松岡さんご自身は針のムシロに座らされるよりも、安らかですべてを忘れられる黄泉(無)の世界に旅立つことを選んだのでしょうが、残された国民には袖にされた無念さが残るだけです。

 ひとつ解らないのは、自殺した時パジャマ姿であったのに複数の遺書があったという不整合です。遺書を残すほど覚悟の自殺であるとすればそれなりの服装をまとうのが普通です。
 24年前の中川一郎衆議院議員(現中川昭一衆議院議員の父)の自殺が頭をよぎります。当初浴室での死亡と報じられましたが事実は縊死。その死因については諸説(自殺か他殺か)ありましたが、いまだ闇の中。 

 松岡農水相の場合、遺書は以前から用意していて、自殺の実行は衝動的なものだったとも考えられますがパジャマ姿は理解できません。 また遺書の内容は通り一遍のもので、事務所費問題や緑資源機構に関わる疑惑については一切語られていないようです。これらの問題について責任を取ったと言うより身勝手な自殺だったと思います。
 誰でしたか「さよならだけが人生さ」とのたもうた御仁がいましたが、松岡農水相の自殺、空しさだけが残ります。 

 彼の座右の銘は「真実一路」。山本有三の小説「真実一路」には「真実鈴振り、鈴振り通る」とあったように記憶しますが、松岡農水相はその逆を行ったことになります。

 安倍首相の責任は逃れがたいことです。任命権者としての責任もそうですが、松岡さんを早めに更迭していれば、農水相自身に進退選択の余地があり、死を選ぶことが無かった可能性も十分考えられます。その意味で、安倍首相の優柔不断さは責められるべきです。下記に掲載した川柳二つがその辺りを如実に物語っています。 

 事務所費問題についての野党の追及についても解せないことがあります。
 領収書の保存義務はあるが公表する必要は無いという現行法の矛盾について、「公表する必要のない領収書の保存を義務づける目的はどこにあるのか。このような問題が起こった時のためではないのか」と追求すれば新たな展開が望めるはずです。 

 その昔、壇ノ浦の戦いに敗れた平知盛は、「見るべきほどのことは見つ。いざ自害せん。」と入水自殺をしましたが、松岡農水相は「言うべきことを言わず、いざ首を吊ろう」と縊死自殺しました。
 日本文化の負の遺産である自殺で全てを解決しようとする風潮はこれからも続けられることであろうと考えると暗澹たる思いに陷ります。 

 いずれ近々のうちに安倍政権は終焉を迎えることでしょう。
 次の総理の座を狙うのは麻生太郎外相と噂されています。安倍さんは岸信介元首相の孫、麻生さんは吉田茂元首相の孫、何時になったらこの国は世襲という悪習を改めることができるのでしょうか。すべて我々国民の責任なのですが。

 今日(5/29)の朝日新聞「朝日川柳」に載った川柳二つ、

 「介錯の遅きが故の悲劇かな」(西宮市 居村みちよさん) 
 「語らずに自決するのだ美しく」(川崎市 平野郁子さん)

 安倍政権の現況をみごとに歌い込んでいます。
 打つべきムチは死者松岡さんにではなく安倍首相にあてられるべきです。

 



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2007年05月25日

またぞろ八百長問題

 「ねえねえ。朝青龍に200万あげたって言ったじゃない? 200万だっけ?」「300万!」……                                                 大関白鴎の師匠である宮城野親方とその愛人の間で交わされた生々しい会話をテープから起こし、大相撲の八百長をふたたび糾弾した「週刊現代」(6/2号)の記事が事実であるという前提のもとに以下のコメントをしたい。

 なぜ「記事が事実であるという前提」かというと、4ページにわたる会話の内容があまりにもリアルであることと、「週刊現代」側が最終的にテープそのものを公表する可能性が大であるからである。

 横綱朝青龍と横綱昇進が秒読みである大関白鵬の間で去年の名古屋場所、星の売買(白鵬が朝青龍の星を)があったとすれば由々しきことである。

 テープの内容は細にわたり朝青龍の応対について語る。
 彼は「投げられて(背中に)砂がつくのはイヤだ」と負け方まで注文をつけたという。

 このようなセンセーショナルな記事を読みながら、今場所をテレビで観戦していると、白鳳の快進撃(12日目現在で全勝)がむなしく思えてならない。

 テープが公表され、声紋検査等で真偽が明らかになれば、 「専門家に相談して…」などとノーテンキな北の湖理事長ももはや安閑としてはいられまい。

 星の売買が真実であるとすれば、その税務処理がどうであったかも興味深い。タニマチからのご祝儀を含め正当な所得申告をしているとは思えない。

 それにしても、落語の正蔵、歌舞伎の勘三郎、そして大相撲の朝青竜と、多額の裏金を造り脱税をする風潮はいつ止むのであろうか。

 

  

 



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2007年05月16日

母親殺害

 三月以来、体調を崩したこともありますが、社会情勢へのいらいら感がつのり休稿していました。
 都知事選の結果、松永農水相、小沢一郎民主党代表らの事務所費問題、高校野球の特待生制度問題、国民投票のあいまいさ、安倍政権のさらなる右傾化等々、気の滅入るばかりの世情に筆を措きました。

 しかし、昨日の衝撃的な母親殺害事件には一筆とらずにはおられません。

 肉親殺人や遺体を切断するという事件が模倣犯罪のように頻発していますが、今回の高校生による母親殺害と頭部切断事件は、一見猟奇的な犯罪とも思えますが、根は深いと思われます。

 34年前まで、わが国の刑法には「尊属殺人罪」という罪名がありました。
 尊属、すなわち父母や祖父母などの敬うべき親族に対する殺人は一般の殺人よりさらに重い刑が科せられるという条項ですが、1973年に最高裁の違憲判断が出て削除されました。

 「誰でもよかった」として母親を殺害、頭部を切断して無造作にバックに入れ、警察に持ち込み自首、その間淡々としていたといいます。
 心理学者や教育者が新聞紙面やテレビで少年の心理分析をかまびすしく語っていますが、その多くは精神的病(やまい)と結論づけしようとしています。
 もちろん真実はこれからの解明が待たれることになります。

 私が気になるのは、これらの類似した犯罪が報道されるたびに、父親の姿がみえてこないことです。
 今回も休みがちな息子を心配してたびたび学校側に相談に出向いていたのは母親だけでした。
 少年の刃(やいば)が父親にではなく、60キロの道のりを足繁く通って自分を心配してくれた母親になぜ向けられたのか。
 少年のこころの中に父親は存在しなかったのではないのか。
 私なりに少年のこころをおもんぱかる日々が続くだろうことを思うと気が滅入ります。

 私の住む福島県は地理的にみて東西に幅広く、浜通り、中通り、会津地方と三つに分けて呼称されます。同じ県内でも会津は豪雪、浜通りに雪が降ることは滅多にありません。
 三地方とも、気候風土、ことばが異なります。

 その内の一つ、会津は戊申戦争に敗れ朝敵となり、維新後県庁所在地になるべきところ、その県庁を福島市に譲らざるを得なかったという経緯があります。
 会津の人たちは保守的と言われますが、一方で「会津三泣き」という言葉があります。                                               「会津の人に初めて会ってその頑固さに泣き、住んでみてその情の深さに泣き、その地を離れる時に離れがたさに泣く」という意味です。
 私自身も過去に何度となく会津の地を訪れたことがありますが、会津に魅せられる理由を一つだけ。
 町中で道に迷い、町家で店番をするご老婦に尋ねると、わざわざ外へ出てきて、私の行くべき方向を右手で指さして「あの道を右にむじって(曲がって)……」と教えてくれたあの風情が忘れられません。

 事件を起こした少年は、雪深い山里といってもよい小さな町から会津若松市の県立高校に進学、弟とアパート住まいをしていたといいます。
 少年の通った高校は会津地方唯一といってよいほどの大学進学校で、四、五年前には同じクラスの三人が現役で東大に合格してその快挙を報道されたことがあります。
 少年は理系の国立大学への進学を希望していたとのこと。文系とは違って理系の学生は将来への夢が絞りやすく、彼も彼なりの夢を持っていたに違いありません。

 その彼がなぜ、と思うと軽々にコメントすることに躊躇されます。
 これから負い目を背負ったつらい人生を余儀なくされるのでしょうが、生きているかぎりやり直しは必ずできるものです。

 祖父を殺した青年のことが思いだされます。

 昭和57年、27才の青年が95才の祖父を惨殺、その現場は凄惨を極めたもので、置き時計で祖父の顔を40回にわたり殴打、とどめに眉間に包丁を突き刺すという残虐さでした。彼の日記には「悪魔は殺さねばならぬ」と記されていました。
 彼は精神鑑定の結果、統合失調症(精神分裂病)と判断され不起訴処分となりました。

 その彼の祖父は文化功労賞を受賞したことのある東大名誉教授で、わが国の英文学研究の泰斗、福島市出身でもあります。
 県内でも一、二を争う大学進学校である市内の県立高校には先輩でもある教授を記念した「英語賞」が現在もあります。

 この事件になぜ私がこだわるかと言えば、教授に一度お会いしたことがあるからです。
 東大教授を辞してICUの教授をなさっていた齢70代半ばのころ、ある人の紹介で秋休みの数日、教授の蔵書の虫干しというアルバイトをしたことがありました。お住まいがどこであったかは失念してしまいましたが、ある日教授が書斎で仕事をしている私たち二人の前を横切っていきましたが一瞥だにされませんでした。気むずかしいというか、謹厳実直というか、学者とはこういうものかとあきれたことを記憶しています。

 そのような祖父のもとで育った彼のその後が気になります。
 下獄は免れたのですが、しかるべき施設に入所させられたのは間違いのないことです。彼が立ち直れたのかどうか知るすべもありません。

 

 

 



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2007年03月07日

東京都知事選

 役者がそろったというべきか都知事選に浅野元宮城県知事が立候補を正式に表明しました。
 浅野氏に勝算はあるのでしょうか。

 民衆党の一連の動きを見ると一抹の不安を覚えます。
 表に出てこない小沢代表の動向はマイナスに働いたし、都議連レベルの民主党はオリンピック賛成をはじめ石原与党であったのに、浅野氏は民主党に支援を求めるという軸のぶれが無党派にどう映るのか心配です。

 浅野氏がオリンピックの招聘について明白に反対しないのは、ある種の戦略だと思います。
 「オリンピック? いいんじやないの」と深く考えない都民のムードの中で反対を唱えればそれだけで相当の票が流れてしまうのは明らかです。
 オリンピックは立候補しただけであって、開催が決まったわけではありません。
 これから水面下で熾烈な招聘合戦が展開されるわけですが、それに要する費用は百億単位にのぼるといわれます。
 長野オリンピックの招致運動費の支出についての疑義はいまだに晴らされていません。約25億といわれる経費の明細が帳簿ごと紛失し、田中前知事が解明を試みましたが叶いませんでした。各國のオリンピック委員会の委員たちへの招待費、わいろに使われた疑いが濃厚です。

 仮に石原都知事が三選されたとすれば、彼は堂々と、世界中を経めぐって接待外交を繰り広げるつもりであろうし、そのために費やす金額は半端なものでは無いでしょう。
 東京へのオリンピック招致は無理であろうという識者の多い中で。
 浅野氏はそこを突くべきなのです。

 以前、私は日本共産党は立候補を取り消すべきだと述べました。思いは今も変わりません。
 候補者の吉田氏は、昨年11月、「基本政策で一致すれば(統一候補に)バトンタッチしてもいい」と発言したそうです。
 しかし、現在は「告示まで一ヶ月を切った今では、かなり厳しい」との立場と聞きます。
 今さらなにをと思います。100%勝ち目のない戦いをするより、「敵の敵は味方」とわりきれば、共産党に対する国民のアレルギーは多少は薄まると思います。

 組織票の多さでは、共産党より圧倒的に多い公明党、周知のように、その基礎票は創価学会会員です。公明党は政教分離を標榜しますが、実態は学会員は100%公明党に一票を投じます。

 その公明党、党是に「平和、福祉、教育」をあげています。
 学会員のどれだけの人が、上部の指示に唯々諾々と従うのではなく、自らの判断で投票行動をするのか疑問です。
 しかし、石原都知事の政策がどれほど「平和、福祉、教育」にほど遠いものかを考えれば選択肢は自ずと反石原であるべきで、そこにまで思いがいたらないとすれば愚民と呼ばざるをえません。

 八年前、の重度心身障害児の病院を視察した際の都知事の発言は聞くに耐えがたいものでした。

 「ああゆう人って人格があるのかね」
 「人間の子どもであるからってことでああいう形で療養、療育するということは、これはやっぱり人によってはいろんな、何て言うか経済性ってことだけに触れないと思うけど、しかしやっぱりそれを考えざるを得ない人もいる」
 「ただやっぱり永久に採算合わないだろうし」
 「例えばああいう問題って安楽死なんかにつながるんじゃないかなって気がするんだけど」
 「おそらく西洋人なんかね、切り捨てちゃうんじゃないかと思うけどね」

 これらの発言を知って、それでも石原支持というなら何をか言わんやです。

 さらに気になる統計があります。「週刊朝日」が3月初めに都内在住の成年男女にたいしておこなったアンケートです。
 「石原知事は都政を私物化していると思いますか」との設問に65%の人が「思う」と答えながら、「誰に投票したいですか」には未定の39%を除いて石原氏と答えた人が35%、浅野氏は19%と石原支持が大差をつけています。
 もちろんまだ序盤戦、予断は許されませんが、なぜか不安を隠しきれません。


 

 

 



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2007年03月02日

差別用語

 どこかのテレビ局で、論客たちが丁々発止の論判をしていた。
 ある人が、「片手落ち」ということばを使った。私は瞬時に危ないなと思った。
 案の定、しばらくして司会者が、「さきほど、放送用語として不適切な発言がありました。おわび申し上げます」と訂正した。

 放送局のスタッフが常時チェックしているのか、あるいは視聴者からのクレームがあったのかも知れない。

 「広辞苑」によると「差別」は「正当な理由なく劣ったものとして不当に扱うこと」とあり、「片手落ち」は「配慮が一方にだけかたよること」とある。

 差別語としての「片手落ち」は言うまでもなく「片方の手が無い」ことを意味する。
 しかし、私たちが「片手落ち」という表現を用いるとき、ほぼ間違いなく「片手の無い人」を意識していない。

 私が子どものころは、たぶん方言であろうが、「手の不自由な人」を「てんぼう」という言い方をした。

 「イエスの癒し」という奇蹟を多く取り入れている福音書(新約聖書の一部)には、身体の不自由な人が多数登場する。
 たとえば、「足萎え」、「めしひ(盲人)」、「かたわ(不具者)」、「おふし(唖者)」等々、現代の基準では明らかに差別語とみなされる表現が散在する。
 差別用語が問題になり始めたころには、改訳され、「……の不自由な人」などと改められた。

 文語訳や戦後に出版された口語訳がなされた際に、それらの訳に携わった人たちが差別意識を持っていなかったことは断言できる。
 なぜなら、差別意識の一番外側にいる人たちの群れがクリスチャンと呼ばれる人々だからである。

 手元に日本ペンクラブの編集になる「差別表現を考える」と題する一冊の本がある。
 その中の「差別表現に関するシンポジウム」の章が多くのものを示唆していて興味深い。

 なかんずく、私の目からうろこを落としてくれたのは、井上ひさしさんの次のようなコメントである。
 「……皇室敬語という問題が同時に浮かび上がってくると思います。あれはある意味で差別表現ですから。……皇室敬語をもし新聞やマスコミがなくしたら、ひょっとしたら皇室が代わるかもしれない」

 井上さんは、皇室敬語は逆差別語だといいます。
 母が娘に「さま」付けをする。民間に嫁いだ天皇の娘には「さま」、その夫は「さん」と言い分ける不思議さに誰も異を唱えない風潮。

 思えば「健常者」いう表現も吟味されてしかるべきである。
 「常に健やかな者」という表現の対極には「常に健やかではない者」の存在が想定される。
 心身に病を持つ人たちへの配慮から造られたことばであろうが、いずれにせよ「常に健やかではない者」を意識しており、差別を増幅させているに過ぎない。

 日常生活の中で、私たちは意識して差別語を用いているわけではないが、こころならずも使ったことばが他人を傷つけているとすれば、それはそれで信頼の修復を計らなければならない。
 しかし、一方で差別語狩りを徹底すれば日本語の機微が失われ味気ないものになる。

 「心の中に差別を持ちながら、反応が恐いので自主規制をするというのは、一番非文学的と思います」(辻井喬)
 このことばに全てが要約されている。



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2007年02月28日

都知事選

 やはりというか、浅野元宮城県知事が都知事選に立候補するような気配です。勝手連的なうねりが高まりが増した時点で、無所属出馬となる模様です。

 以前にも書きましたが、野党はしがらみを棄てて、浅野氏を支持するしか石原現知事に勝利する道は無いと思います。
 過去の何回かの知事選で、30~60万票前後の得票をした日本共産党は立候補を辞退すべきです。
 の日本共産党員は党員である前に都民であるべきです。
 立候補を辞退しないで、仮に石原都知事が僅差で三選された時、日本共産党の政策は砂上の楼閣、国民は共産党を完全見放すことになるでしょう。

 民主党の混迷ぶりにもあきれますが、推薦は浅野さんが受けないでしょうから、せめて支持者に自主投票を呼びかけるべきです。

 悩ましいのは黒川候補です。石原都知事への批判票をかすめ取ることにより、結果、例えば浅野氏への票が減るというあざとい作戦と私は思っています。
                                                       今日の街角インタビューが多少気がかりです。
 浅野氏は宮城県の人と拒否する人、オリンピックはぜひと言う人、石原氏の福祉に対する軽視を知ってか知らでか、石原都知事支持を明言する高年女性、半分以上の都民が石原氏を支持している気配に危惧します。

 立候補を決意するのであれば、浅野さんにぜひしていただきたいことがあります。
 中央政界で与党である公明党を支持する人たちに呼びかけて欲しい。
 「平和・教育・福祉」を看板にする公明党が、中国を蔑視し、君が代・日の丸を強要し、知的障害児を「人格があるのか」と平然と言い放つ石原都知事をなぜ支持するのか」と。

 
 

 



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2007年02月26日

踏み絵

 警察の不祥事には食傷ぎみです。それにしても、今回のえん罪事件には開いた口が塞がりません。四百年前の時代にタイムスリップした思いです。

 江戸時代、キリシタン禁令が敷かれ、隠れキリシタンを摘発するために用いられたのが「踏み絵」でした。

 イエス・キリストや聖母マリアの像を彫り込んだ金属板を容疑者に踏ませ、拒んだ者をキリシタンとして断罪したという歴史的事実があります。

 鹿児島県の小さな集落が舞台の公職選挙法違反、十二名の人が逮捕され、四年近くの年月を経て、全員無罪の判決を勝ち取ることができました。


 判決は、買収側のアリバイ成立、買収に使ったとされる金の出所不明などを指摘していますが、一番問題にすべきは「踏み絵」ならぬ「踏み字」です。

 自白をしない容疑者に、警察官が自分で作った親族などの文を紙に書き、容疑者の足首を掴まえ、その紙を踏ませたのです。
 明らかな暴力行為です。

 そして、先日のデータ流失事件、署内の内規に違反して私用のパソコンにファイル交換ソフトの「ウィニー」をインストール、結果、多くの捜査資料がウェブ上に流失したというものです。
 このソフトの不具合が2003年に発覚、流失した警察署は事務職も含めた全警察官のパソコンを精査、ウィニィーを不使用と判断していました。
 しかるに某警察官は、私用の二台のパソコンの内、ウィニィーのインストールされていないパソコンを署に提出、残りのパソコンでウィニィーを使用していて今回の流失事故を起こしたわけです。

 かれが意識的にウィニィーを使用していたのは明らかです。
 二台目のパソコンを署に提出しなかったのは、単なる不注意ではなく、隠蔽です。

 この二つの事件、「踏み字」という時代錯誤な44才の警察官の処分内容が発表されました。
 被疑者の男性に「44才の警部補が自白を迫った際、親族の名前が書かれた紙を無理やり踏ませるなどしていたとして県警は21日、減給10分1(3カ月)の懲戒処分にした」
 「不適切な行為で県警の信頼を損ねたの理由」(共に朝日新聞 22日)

 無抵抗の被疑者の足首を掴まえて無理やり「踏み字」をさせる行為は100%暴力です。親族の名が書かれた紙を踏ませる行為は精神的な拷問です。
 事実、被疑者の男性は弁護士に「殺してやりたい」といっていたそうです。
 公務員による暴力は 厳しく裁かれるべきです。
 少なくとも懲戒免職が的確な処分です。

 もう一つの情報流失事件に関する処分の有無はまだ定かではありませんが、おそらく立件はおろか処分さえしない可能性があります。                                                 裏金の摘出、返金等々宮城県政の改革を果敢に進めた浅野元宮城県知事でさえ、宮城県警の牙城を突き崩すことができなかったほど、警察という世界は漆黒の闇です。
 捜査協力費として渡されたとされる人が協力そのものがでっち上げで金の受取を否定しているのに、捜査上の秘密として闇の中に逃げ切る警察の態度を司法が裁けないのが腹立たしい限りです。



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2007年02月25日

「朝まで生テレビ!」

  一昨日は昼夜が逆転して、日中は白河夜船、爆睡しました。

 「朝まで生テレビ!」はいつも録画して翌日再生というパターンてしたが、
 金曜日の夜深酒して 、目が覚めたのは日を跨いだ午前零時すぎ、眼は冴え渡り、結局生で観てしまいました。

 今回のテーマは「"女"が変える日本」、司会者の田原総一朗以外のパネリスト12名はすべて女性です。参考までに彼女らを紹介すると、

 片山さつき(自民党・衆議院議員)    古屋範子(公明党・衆議院議員)
 小宮山洋子(民主党・衆議院議員)      福島みずほ(社会党党首・参議院議)
 雨宮処凜(作家)                   小沢遼子(評論家)
 アレズ・ファクジャフニ(イラン人)     大高未貴(ジャーナリスト)
 荻原博子(経済ジャーナリスト)      遥か洋子(タレント・作家)                    櫛渕万里(NPO ピースボート共同代表)
 坪谷郁子(東京インターナショナルスクール代表)、そうそうたるパネリストたちです。

 テーマは「女が変える日本」でしたが、総花的で深みのある意見は聞かずじまいでした。

 女性の社会的な位置向上を願うなら、男社会だからとわけしり顔をしないでその方策を話し合えば良いのに。司会の田原さんがそのあたりをふっても反応無し。人口の半分が女性である日本で男女不平等を実現するには、選挙以外ないということを話した女性はお一人もいませんでした。

 皇室問題も話題になりましたが、天皇制について持論を述べる人も皆無、皇族を「さん」付けしていたのは、田原さんだけというていたらく。
 大高さんという女性ジャーナリストは、女系天皇を認めないと右翼的な論理を展開していました。

 「天皇制がなければ日本はやっていないのか」という小田実の素朴な疑問を真剣に考える時が来ているように思えてなりません。

 厚労相の発言「女は産む機械」に怒りを覚える女性は、雅子さんも「産む機械」であることに思いを致すべきです。雅子さんの場合、単に「産む機械」だけではなく「男子を産む機械」なのです。

 

 



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2007年02月23日

都知事選

 建築家、黒川紀章という名を聞いて、瞬時に思い出したのは若尾文子のことです。
 彼女は往年のマドンナ、黒川夫人でもあります。
 彼女の出演した映画は三桁をこえますが、これという作品は記憶にありません。
 宮城一女出身で、'50~'60年代の映画界のマドンナ、私にとっても八千草薫ともども憧れの人でした。

 作家、井上ひさしの自伝的小説、「青葉繁れる」のマドンナのモデルは若尾文子であることは有名な話です。
 俳優、菅原文太も井上同様仙台一高の卆業です。彼、彼女らが敗戦後の仙台の街で青春を謳歌したであろうことに羨望したものです。

 さて、黒川さんの都知事選出馬は出来レースだと思います。
 石原知事の親友であるという黒川さんは、都知事の都政の良いところは踏襲し、傲慢な態度は批判しての立候補だという。

 何のことはない、都知事の都政に一定の評価を与えつつ、そのワンマンぶりに辟易している無党派の人たちを取り込む作戦らしいが、それはとりもなおさず民主党候補の票をかすめ取って、結果石原都知事に利する結果になるのは見え見えです。こざかしい作戦です。

 黒川さんのホームページで、15の公約やらを拝見すると、
 一期のみで無給、官舎、公用車は使用しない。任期中は自分の事務所ではの仕事は受注しない。議会の重視、タレント知事の乱立に歯止めをかける。
 どれ一つ取っても、インパクトの無い陳腐な公約です。

 黒川さんはタレントの意味をご存じでないようです。彼自身も建築家として才能に秀でたタレント(talent 才能、古代ギリシャの通貨の単位)であるのにタレント候補の乱立に歯止めをかけるという自家撞着を気づかぬ浅薄さも指摘しておきます。

  公約の中で、唯一これはと思えるのは、「東京オリンピック中止」。しかし、まだ決まっていないものを中止とは、これまたことばに齟齬をきたします。

 都知事の数あるスキャンダルに対するバッシング記事が連日のように新聞紙上を賑わせているにもかかわらず、その支持率は五割を越えるといいます。

 「衆愚政治」ということばが頭をよぎります。
 民主主義を揶揄、否定することばですが、さもありなんという思いを吹っ切りかねています。

 政治に関心を示さない、あるいは無知な愚民が多数決で選良を決めるという民主主義よりも独裁制を良しとする考えがにわかに日本に浸透するとは思えませんが、投票率の下落が続く最近の風潮を見過ごすわけにはいきません。

 

 

 
 

 

 

 



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2007年02月22日

小沢一郎さんの事務所費

 ようやく民主党党首小沢一郎さんが、事務所費の内容と関係書類を公表しました。
 私は2/6のブログで、「他の議員など待たずに率先して公表したほうがいさぎよいと思います。ねぇ、小沢さん」と書きました。

 事務所費による一連の不動産取得、その件数、金額は数年で12件、10億にのぼり所有名義は小沢さんご本人だとされます。

 公表にあたって小沢さんは、
 「小沢氏個人が不動産を所有する権利を持たないことを陸山会(小沢氏の資金管理団体)と文書で確認済みだと説明。政界引退や死亡の際は不動産を処分するなどして後進の支援や国際交流 に充てたい考えを示した上で、安倍首相ら政府・与党側に事務所費の公開を求めた」(朝日新聞 2/21)

 一見、筋の通った発言のように思えますが、大きな疑問があります。

 「不動産の所有権を持たないことを管理団体と文書で確認済み」とありますが、その確認文書はいつ作られたのかという問題です。
 最初の不動産取得時に交わされた文書であれば良しとすべしでしょうが、この問題が表面化した後に作られたとすれば、国民をあざむいたことになります。
 問題発覚からそうとうの日数が経ち、隠蔽工作は可能でした。
 それに確認書が法的拘束力を持つのか定かではありません。

 後半の「政界引退や死亡の時は」云々はきれいごと過ぎて小沢さんには似ても似つかない構想です。
 第一、所有権を持たないと宣言した人が引退や死亡した時に不動産の処分を云々できる立場にはないはずです。

 今回の公表について、メディアは好意的な反応を示しているようです。
 他の問題議員たちの疑義解明の起爆剤になれば、という思いがあるのでしょう。

 小沢さんは語り口などで朴訥な人柄と見られがちですが、私はしたたかなお人と考えます。
 私がなぜこれほどまでに小沢さんをターゲットにするのかというと、自民、新進、自由、民主と政党を渡り歩き、新党を作っては壊し、また作るという繰り返し、彼の政治的スタンスの曖昧さに危惧を抱くからです。

 民主党が都知事選候補の選定に迷走していますが 小沢さんが党首であるかぎり無理だと思います。
 まず、小沢さんが、自民党以上の自民党色であること。自民党時代の辣腕ぶりは、総理候補を決める際に、大先輩宮沢さんたちを自分の事務所に呼びつけて談判した話などを思い出せば、浅野さんにしろ田中さんにしろ承諾するはずがありません。

 都知事選は、無党派といわれる市民たちが粘り強、く浅野さんか田中康夫さんを説得して担ぎださないかぎり勝ち目はないと思います。
 もっとも大きな敵失が石原都知事の方にあれば状況は変わるでしょうが。

 



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2007年02月21日

蕎 麦

 無性に蕎麦を食べたくなって久しぶりに街に出ました。
 お目当ての店は満員で、しかたなく地元では名の通った店に足を運びました。
 この店では鴨せいろしか食べません。蕎麦のゆで加減がイマイチなので、暖かい鴨汁で蕎麦をかっ込みます。
 付け汁に付けるのではなく、文字通り浸けるのです。蕎麦通に言わせれば不粋な食べ方です。 

 私の住む福島市にも、「挽きたて、打ち立て、ゆでたて」を売りに、評判の店がいくつかあります。
 会津の檜枝岐や山都の蕎麦粉使用を看板にする店が主です。
 もちろん十割蕎麦と名乗っていますが中には「えっ」と思わせる自称老舗の店もあります。
 「二八蕎麦」の語源がどこにあるのかは諸説あるようですが、私は単純に蕎麦粉八割につなぎとしての小麦粉二割と解釈しています。

  市販されている乾麺での食品表示は、三割のそば粉が入っていれば、「蕎麦」と明記することが出来るそうですから、個々人の食感にあった蕎麦を食べればよいのであって、「十割蕎麦にかぎる」などと蕎麦通ぶる必要もないわけです。

 学生時代の吉祥寺、蕎麦屋は「盛り」か「ざる」で、とちらかに刻みのりがのっていました。付け汁の違いと聞きましたが私にはその違いがわかりませんでした。
 それと、玉(ギョク)といって生卵を一つ注文し、付け汁にまぜて食べることもありました。

 先日、地元の民間テレビで、信州の高遠藩と会津藩の関わりを蕎麦を通して紹介する「タカド!」という番組がありました。
 「信濃では月と仏とおらが蕎麦」、信州信濃は蕎麦どころ。寛永13年(1636年)、高遠藩の藩主保科正之が出羽最上に入封、さらに7年後、会津に国替えされます。
 現在私たちが食べている麺状の蕎麦、「蕎麦切り」は信濃・戸隠が発祥の地とされますが、保科氏の会津への転封とともに会津にも「蕎麦切り」が伝わり普及したといわれます。
 「昔、信州では、辛みの強い大根にネギを挟んで下ろし、これを信州味噌に加えて延ばし蕎麦つゆとした蕎麦辛味汁があった」(「そば文化の普及」から)

 その付け汁が会津にも伝わり、高遠蕎麦として残っています。
 ただ、私の知るかぎりの付け汁は下ろし大根に味噌を溶いたもので、ネギは使われていません。

 会津下郷町の、国指定重要伝統建造物群保存地区の「大内宿」で、箸代わりの白ネギ一本でかけ蕎麦を食べさせる店がありますが、これも高遠蕎麦と名付けられているようです。
 太めの白ネギをかじりながら蕎麦を食べるのは乙なものです。
 ネギの辛みがたまりません。

 蕎麦粉を熱湯で練っただけの「蕎麦掻き」を出す店は最近少ないようですが、それもそのはず決しておいしいものではありません。
 私の子どものころは米飯の代用食にすぎませんでした。
 アワ、ヒエまではいきませんでしたが、すいとん(水団)同様けっこう食べさせられました。

 それらが今や、焼き芋同様トレンドと聞くと複雑な気持ちになります。

 

 

 

 



2007年02月20日

早春賦

 「春未だ浅いころのことをいう。寒が明けたといっても暦の上のことで、まだまだ寒さが残っているころのことである。
 その中にも、空の色、木々のたたずまいなどに、どことなく春の訪れが感じられる。早春という言葉にはこの季節にふさわしいひびきがある。」

 「立春から立夏の前日までであるが、月でいう場合は二月、三月、四月を春とする。三春(さんしゅん)初春、仲春、晩春をいう。」

 「ホトトギス新歳時記」による「早春」と「春」の定義です。
 「ホトトギス」は明治期に正岡子規が創刊、高浜虚子らによって編まれた俳句誌で、飯田蛇コツ、水原秋桜子、「降る雪や明治は遠くなりにけり」の中村草田男など多くの俳人を排出しています。

 二月に入って、福島の市街地では年末以来、雪らしい雪が降っていません。
 寒さに弱い私としてはありがたいことです。さりとて、季節感の無い日々が続くことに一抹の寂しさを覚えます。

 1 春は名のみの 風の寒さや
    谷の鶯 歌は思えど
    時にあらずと 声も立てず
    時にあらずと 声も立てず

 2 氷解け去り 葦は角ぐむ
    さては時ぞと 思うあやにく
     今日もきのうも雪の空
   今日もきのうも雪の空

 3  春と聞かねば知らでありしを
     聞けば急かるる 胸の思(い)を
      いかにせよとの この頃か
      いかにせよとの この頃か 

 私にとって、春はこの歌「早春賦」とともに始まります。
 この歌にかぎってハミングはしません。ハンドルを握りながら、風呂に入りながら、かならず三番まで歌います。
 焼酎のグラス片手に歌う時は正に至福の時です。

 そして、与謝野晶子。
 「その子二十 櫛にながるる黒髪の おごりの春のうつくしきかな」
 齢六十半ばを過ぎて、来し方を思い返せば忸怩たる思いはあります。                                                   1960年、わが青春の時、漆黒の髪とそばかす美人、東女(とんじょ 東京女子大学)のKさん 、今いずこ。 

  「芋にぎる子どもの手にも春近し」
 はずかしながら小学校時代の習作です。
 芋は落ち葉で焼いた焼き芋、手は霜焼けの手を意味します。
 最近、福島の地で最大手のスーパーが入り口近くで芋を焼き販売するという奇抜なパフォーマンスを展開しています。聞けば今焼き芋がトレンドだといいます。
 昔日の思いがします。

 

 


        



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2007年02月19日

東京マラソン

 東京マラソンをテレビで観戦しました。
 あいにくの天候、小雨けぶる都路を走るアスリートたち、私の脚力から見れば遥か彼方の世界です。

 私のスポーツ歴は中学時代のバスケット・ボールだけです。三年の時キャプテンを務めましたが、対外試合での成績は全敗、寂しいものでした。
 高校に入って、中学の内申書を見たのでしょう、バスケット部に勧誘され入部したものの二ヶ月で脱落、退部するという始末。練習量と体力の差が歴然としていて私のいる場所がありませんでした。
 それもそのはず、一年上の先輩に、六年後の東京オリンピック代表選手となる志賀、大平という大物選手がいたのです。
 それ以来、スポーツは観戦あるのみと諦念しています。 

 号砲一発、想像どおりスターターは石原都知事、まずは一本技あり としておきます。

 スタートラインに並んだ三万人以上という参加者を俯瞰すると色とりどりのランナーがうごめき圧巻でした。。

 スタートして10分足らずで先頭集団は30人ほどに絞られ、従来のマラソン・レースの展開でした。
 招待選手を中心にした集団が都大路(?)を黙々と疾走、結果、ケニア出身の選手が二番手の日本選手に2分ほどの大差を付け優勝、ひときわ目立つ防寒服に身を包んだ都知事から金メダルと月桂冠を授与されていました。
 そこには表彰台も無く、銀、洞メダルに輝いた日本選手をねぎらう知事の姿はありませんでした。優勝者との握手がクローズアップされ、これまた見事な演出でした。 

 知事の息子石原良純もコメンテーターとして出演していました。最後のコメントは脳天気にも「天気も回復しつつあります」、天気予報士とはいえ、なぜ彼がそこにいるの、と思わずのけぞってしまいました。
 フジテレビが起用したのでしょうから異論はありませんが、それを止めない都知事のセンスを疑います。
 四男の問題で、身内に甘い知事の姿勢が問われている時に、テレビ局が知事に気を遣って息子を起用したであろに、そこに配慮が及ばない鈍感さにはあきれ果てます。

 終わってみれば何ほどのドラマも無い陳腐なマラソンレースだったと言えます。
 それでも、さしたる混乱も無く無事終わったのですから良しとしましょう。       ただ、費用対効果がどうであったかは別に精査ずべきですが。

 もっとも、完全で整然とした交通規制、6,000人ともいわれる警察官の動員など、治安活動演習の一つと考えれば元は取れたのかなとも思います。
 



2007年02月18日

法律以前

 小泉前首相は以前、国旗・国歌を斉唱・掲揚するのは法律以前の問題である、と言っていました。

 しかし、法治国家には、法律以前はありません。
 わが国の場合、まず「日本国憲法ありき」です。
 憲法に定める条項を犯すいかなる法律も認められません。

 ただし、私は護憲派ではありません。
 不磨の大典はありえないことです。
 日本国憲法には、民主主義には馴染まない条項があります。
 そのことについてはいずれブログで触れたいと思っています。
 
 先日の「拉致問題」と題する私のブログにコメントがありました。
 その方の考えに、あるいは多くの国民が同意するものでしょう。
 その方は、私の考えに三つの疑問点を提示しました。
 私なりの答えを試みます。

 一つ、
 「国民の安全は、憲法が守るのでしょうか? 私は自衛隊であり、米軍だと思います」

 国民の安全は「憲法の精神」が護るのです。
 「護」と「守」は同義語ですが、私なりのニュアンスを伝えたくてあえて「護」を用います。
 書生論と取られるかも知れませんが、国を護るのは軍事力ではなく、たゆまざる外交交渉であると信じます。「外交の行き着く先は戦争である」という言い方がありますが、裏を返せばまず外交をということです。

 自衛隊はほんとうに国を護れるのでしょうか。
 核兵器を持たないかぎり無理だと思います。かと言って、持てばその先にあるのは悲劇だけです。
 米国はほんとうに日本を護るのでしょうか。
 日本が米国の意に反しないかぎり護ってくれるでしょう。
 しかし、日本が核兵器を持とうとしたり、米国の核戦略に異を唱えればそのかぎりではありません。

 かって田中角栄元首相が訪中した際、当時米大統領補佐官であったキッシンジャーが日本を非難して「ジャップ(日本人への蔑称) 」呼ばわりしたことは有名な話です。米国の日本に対する意識はその程度です。
 
 ソ連がアフガニスタンに侵攻した時は、米国はアフガニスタンを支援し、同時多発テロの時はテロへの報復として爆撃しました。
 また、イラン・イラク戦争の時はイラクを支援し、現在はそのイラクを爆撃し続けています。
 現イラク政権はアメリカの傀儡ともいえるもので、ベトナム戦争時の南ベトナム政府を彷彿とさせます。
 
 米国はかならず日本を護るというアメリカ信仰は捨てるべきです。
 米国との関係は片務的なものではなく、あくまで自主外交に徹すべきです。

 二つ、
 「自己責任ですが、自分の意志で行った者と拉致を同一視するのは納得いきません」

 外国にいる日本人を分け隔て無く護るのは政府の責務です。
 そのために各国に大使館、領事館を設けています。
 日本人がチョモランマ(エベレスト)で遭難しても日本政府は出来るかぎりの救援活動をするはずです。彼らに自己責任だからとは言いますまい。 

 三つ、
 「日本政府に色々不満があるようですが、将軍様には、何か言う事はなないのですか」

 良かれと思って、政治批判をしています。
 将軍様とは金正日を指すのでしょうが、彼が聞く耳を持っていると思いますか。
 同じように自らは表に出ず、内々で独裁政治を敷く人が日本にもいますね。
 某宗教団体の長で、実質的に某政党を支配しているお方です。
 その秘密性のゆえにフランスはその団体をオカルト宗教と認定しています。

 国連は金正日を外交の表舞台に引きずり出すべきなのです。


 
 
   



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2007年02月17日

いまさら 石原都知事

 相変わらずの石原慎太郎東京都知事、テレビにご出演、遠吠えしていました。

 法外な海外出張旅費や接待会食費を糾されると、それ以上の仕事をしていると居直る始末でした。

 小学校で男子生徒が集団で女子生徒をいじめているという点について、「それは論外」と、フェミニストぶったもの言いでコメントしていました。
 ちょっと待って、と言いたい。

 彼自身のベトナムでの売春、ババァ発言、生殖能力の無い女性は無駄で罪等々の発言を忘れてはならないでしょう。

 「宣戦布告」という石原慎太郎公式ウェブサイトがあります。都知事としてではなく私的なサイトと銘打っていますがアナクロニズムに充ち満ちたホームページです。
 中でも五月に放映予定の、「俺は、君のために死ににいく」という映画の紹介は予告の動画を用いた念の入れようです。
 石原慎太郎制作総指揮・脚本というこの映画は、太平洋戦争末期の特攻隊を描いた作品です。岸恵子が食堂のおばさんを演じると予告にありますから、舞台は鹿児島の知覧特別攻撃隊基地だと推察します。

 映画の脚本を書き、制作を指揮し、小説を書き、外国に物見遊山に行き、平日の勤務時間にプールで汗を流し、八面六臂のご活躍、いつ知事としての責務を果たしているのでしょうか。

 彼の言い分を忖度すれば、
 「知事は特別職、知事自身が休日を決めるのであって平日に休むことに何の問題もない。ましてや、俺は石原慎太郎なんだから余人をもって代え難い」

 平日に撮影現場に行き、知事執務室で小説を書く彼の姿が浮かびます。

 その石原都知事、三選をめざして都知事選への立候補を表明し自民党へ推薦を要請、自民党もそれを承認していました。
 ところが昨日の記者会見で都知事は自民党の推薦は受けないと発言、ひんしゅくを買っています。
 地球は彼を中心にして回っていると確信しているのでしょう。身の程知らずとは彼の代名詞です。

 機を見るに敏というより、狡猾さが丸見えです。
 宮崎知事選の結果にびびったとしか思えません。自身と息子たちの不祥事に危機感を覚え、選挙戦を盤石にすべく一度は自民党の推薦を願ったものの、選挙民の無党派化が進む中、なりふり構わず約束を一方的に反故にする彼を、それでも都民は支持するのか見ものです。

 都知事選の部外者である私が述べるのには多少気が引けますが、願えればという思いでシミュレートしてみます。

 都知事に振られた自民党は独自候補を立てるべきです。
 民主党は菅直人代表代行の立候補は無いと明言していますが、他に具体的な候補者はなく迷走は三月まで続く可能性があります。
 浅野元宮城県知事へ立候補を打診したとの報道がありますが、浅野さん自身は否定的です。
 ここにきて無党派の人たちが勝手連的な会を立ち上げ、浅野さんを擁立しようと動いていると聞きます。
 慶応大学教授という現在の生活に満足していると浅野さんは言いますが、ここはもう一肌脱いで、「宣戦布告」などという時代錯誤なサイトを恥じらいもなく開く石原都知事の三選を拒むべく立候補するのがベストな選択だと思います。
 共産党は浅野さんが無所属候補となった時点で自党からの立候補を取り消すべきです。

 明日は石原都知事が自画自賛する東京マラソン、都内の要所を六時間以上にわたって交通規制をするそうです。
 参加者はプロ・アマ含めて三万人を越え、コースに沿って出店などを設けてレースを盛り上げるというお祭り的なイベントになるそうです。
 全員完走は望めないとしても、各自体調を考えてそれぞれのゴールに向かって走り抜いていただきたいものです。

 石原慎太郎知事の選挙レースはどうなるのか、これまた見ものです。
 失速するのか、はたまた途中落伍するのか末路は見えつつあります。

    

 



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2007年02月16日

車窓展望

 中山宿を過ぎたあたりから、車中の人影もまばらになり、初夏の湿りを帯びた外気が心地よく私の胸元をくすぐっていた。

 窓際に迫ってくる糸杉の林に、蒸気機関車の吐く白煙がたなびいてちぎれ飛んでいく。
 谷あいに続く急な勾配を、列車がスイッチバック しながらあえぐように登りつめると、大きく視野がひらけて会津の地へ入った。

 山ふところにあるこの辺りは、真冬には電柱が埋もれるほどの積雪地であるが、今は遅植えの田の面(も)に緑が豊かである。
 山というよりは小高い丘のいくつかを縫うようにして、列車はひた走る。

 車内のアナウンスが、次の停車駅「猪苗代」を告げると、戸口近くに座っていたカラフルな登山姿の若者が二人立ち上がって網棚からリュックを下ろし始めた。
 明日にでも磐梯高原辺りを散策するのであろうか。

 左手の林の中に、ときおり鈍色(にびいろ)のきらめきがあって、やがて前方に猪苗代湖が豊かな湖水を波打たせる。
 しかし、それもつかの間で、地形のままにカーブして湖に近づいていった列車は、ふたたびゆるやかな弧を描いて猪苗代の町並みへと方向を変えていく。

 車窓一面に広がる水田の上をちぎれ飛ぶように、後方へ走り去っていく蒸気機関車の吐く白煙が、空の青に際だってますます白い。
 列車は、徐々にスピードを落としていって、やがて磐梯山の山ふところ深く抱き込まれた猪苗代の町へすべりこんでいった。

 にぶい鉄輪のきしみを残して、鄙びた猪苗代駅に停車すると、頭上に磐梯山があった。

 与謝野晶子が、
 磐梯の山をとどろと鳴らし来て
        みずうみに入る白き横雨 
 と歌ったそのままになだらかに稜線が滑り落ちてきて、裾野に至り、湖になだれこむ。
 のどかといって良いほどの静けさに包まれた駅の構内のあちこちに、シュロの樹が鉢植えされ、ホームに敷き詰められた玉砂利には打ち水がしてある。
 売り子の声もなく、後方の郵便車へ急ぐ手押し車の玉砂利を噛む音だけが山裾の町の静かなたたずまいを感じさせる。
 幾人かの登山者たちを下ろすと、列車は弱まり始めた午後の陽の中をものうげに動きだした。

 流れいく雲が磐梯山の山肌に翳りを落とし、裾野をすべるように走っていく様が日脚の速さを思わせていた。

 先ほどから南側の席で、半ば下ろされたブラインドの落とす影の中で、二十歳にはまだ間があると思える少女が読書に余念がない。

 <続く>

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2007年02月15日

拉致問題

 六カ国協議は一応の合意を得て、あとは実行あるのみとなりました。
 核問題については大旨合意、細部については作業部会で協議するとされ、拉致問題を含めた日朝国交正常化協議もその中で諮ると言います。

 有り体に言えば、拉致問題は日朝だけで解決せよということになります。
 拉致問題は、いわばのどに刺さったトゲ、自分で抜けということです。

 安倍首相は、記者会見で語気鋭く、「拉致問題が進展しないかぎり、北朝鮮への経済・エネルギー支援は無い」と言い切っていますが、内心こころおだやかならざるものがあると思います。

 米国は、北朝鮮と合意した、テロ支援国家指定の解除は拉致問題の解決なしにあり得ぬと言います。ことば通りには取れません。
 日朝間の拉致問題の解決は相当の時間を要するでしょう。
 米国がそれを辛抱強く待てるのか、待てないでしょう。米国にとって核問題が最優先課題であり、拉致問題が解決してからなどと悠長なことをしている余裕はありません。

 「米朝の頭越し外交」(2007.)でも書きましたが、「いかなる場合にも国は自国民を護る」という妄想を私たちは棄てるべきです。

 抽象的な意味での国民(nation)を護るとは言えても、具体的な個々人の国民(citizen)を絶対に護るとは言えるはずがありません。

 拉致問題はすべて国の責任です。私たちは少なくとも国内で生活しているかぎり、「生命と財産」は憲法によって護られます。
 地続きの国境ならいざ知らず、島国の日本は海岸線がいわば国境です。
 その海岸から何十年にもわたって日本に密入国し、日本国民を拉致し続けた北朝鮮の暴挙を許してきた日本政府にすべての責任があるはずです。 

 イラクでボランティア活動していた日本人女性たちがゲリラに連れ去られた時、政府要人は、腹立たしげに「自己責任」だと言って除けました。

 政府が、安倍さんが拉致問題を最優先課題とするのであれば、実行あるのみです。                                               なぜ金正日本人を交渉の場に引きずり出そうとしないのでしょうか。
 安倍首相みずからが再訪朝すべきだと思います。
 出来れば横田ご夫妻を伴って。
 現時点で生存が確認されているのはお孫さんのキム・ヘギョンさんだけです。
 もちろん法的にはヘギョンさんは北朝鮮国籍でょう。しかし、みずから望んで(母めぐみさんも)取得したものではありません。

 訪朝に時間がかかるというなら、せめてヘギョンさんの現時点での安否を確認すべきです。「隗より始めよ」とはこのようなときに使われるべき言葉です。
 水面下で、などと言わずに国民の現前での外交を望みたいものです。 

 最後に、気になること一つ。
 六カ国協議の各国主席代表の肩書きを見ると、中国、ロシア、北朝鮮はそれぞれ外務次官、米国は国務次官補、韓国だけは朝鮮半島平和交渉本部長とあります。
 韓国の主席代表はその名の通り朝鮮半島問題に特化された職位です。

 なのに日本だけが、外務省アジア大洋州局長とあります。
 外務次官という職責の重さは、国によって多少の差はあるでしょうが、日本にも外務次官という職位があります。
 日本の場合、外務次官は外務大臣に次ぐ重責を負う職位です。
 なぜ日本代表が外務次官でなく、一局長なのか理解しかねています。

 



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