世の中クリスマスという土曜日、
岡山→新見→津山→智頭→鳥取→福知山(泊)→京都→岡山、という一筆乗り鉄を始めました。
伯備線が6両もあるなんて!総社あたりまでは学生さんが多く、混雑していました。
岡山タにはサメが出発待機していました。(福山タに行く列車ですね。)
ウキウキ出発したのは良いけれど、「週末の天候で運行中止になったりするかもしれないから情報チェックしてね」という車内放送を聞きます。
「え?」と思い、これから行きたいところの天候や運行情報をチェックします。山陰本線のどこかからどこかで運行中止予定が出ているのですが、西日本はどの駅がどこにあるかの把握がまだできていなく、地図で確認しながらのチェックなので、時間がかかります。
「京都まで行けないかもしれないじゃん!しかもエスケープルートも危ないじゃん!」
「京都まで行けないかもしれないじゃん!しかもエスケープルートも危ないじゃん!」
車窓どころではなくなります。
日曜日中に岡山に戻れないとまずく、いろいろ考えた結果、福知山の宿泊はキャンセル、小さい円に行程変更して智頭から山陽本線に出よう、と決めます。
決めてしまえば落ち着くもので、ぼうと景色を見ながら、「ホントに運行休止になる?」「ならないんじゃね?」というやりとりを心の中でします。一日中。
鳥取島根山口あたりは知ってましたけど、福知山が電車止まるほど雪降るなんて知らないし・・・。
日羽-美袋間は撮影に良いように車窓からは見えましたが、路駐してカメラを持っている方が何人かいました。
高梁川沿いの北上は、上郡からの智頭急行・千種川沿い北上と似てますね。
時々ニュースで聞いたり速報がテロップ出たりするこの辺りの濃霧注意報ってこういうことか、と知りました。
もちろん狙っていたのだけれど!
到着1分で発車、岡山タに向かってゆきました。
和洋菓子を販売、生菓子もお取り扱い、喫茶店になっていて、軽食がいただける。
こういう場所がここにあるなんて! 男性が新聞を読みながらコーヒーを飲む、ご婦人同志でおしゃべりする、といった地元の方々の朝の時間がありました。こういう場所が残り続けますように。
月田駅に到着する手前に、レンガの煙突が見え、酒屋みたいな趣ある建物の一角がありましたが、あれは現役なのでしょうか???
みなさん、クリスマスですよ。と思いました。(キミもね、と言われる。)
山間部の景色は、芸備線や福塩線と似てますね。
本州の西日本の中心となる中国山地あたりを走っているということでいえば、地理的条件が同じということなのかもしれません。
美作滝尾へ行くまでの道路に「物見峠」という方向標識があり、物見という言葉から、戦国時代に関係するのかしら?と思ったりしました。
後で調べたところ、なにも関係ないようでした・・・。
美作加茂あたりだったか、公園みたいな、あずまやみたいな、高いところから川に向かって滝になっているところがあり・・・「水の里」みたいでしたが、あれはどこだっただろう?!
美作河井駅に、一文字ずつ「矢筈城跡」と大きく書かれたパネルがホームに貼られていました。
「え、城跡?読めない?!初めて見る字面!」
後日、やはずじょう、と読むお城があったことを知りました。
草刈氏が築城、尼子氏とたびたび争い、1532年に居城としたらしい。山名氏はこれに納得しなかったが、室町将軍の仲裁で和議となったらしい。
1542年に毛利氏が尼子氏を攻める際、毛利方に属したけれど、美作国が宇喜多氏へ割譲されることになると、対抗。しかし1584年に開城。その後廃城に。
草刈氏は小早川隆景の家臣になり、のちに毛利氏の家臣になった。と。
山は750メートル、意外と高いですね。。。
ずいぶん遠くまで来た気がしていましたが、「ここは津山市?ってことは岡山県?!」な気持ち。
智頭に着くと冷たい雨が。
一週間前までに切符を買わないといけないのが乗り放題切符行程のつらいところですねぇ。
上郡から姫路に出て、姫路から新幹線で岡山に戻ったのでした。
翌日、朝8時くらいまでは福知山あたりの山陰本線は運行休止になっていたようです。
行けたじゃん、という気持ちと、でもきっと不安だっただろうな、だからよかったんだな、という気持ちとで入り乱れました。
その翌々日、降り立った智頭駅が雪で埋まっているニュースを見て、「ほえぇ~」とびっくりしました。
雪自体はよくよく知っているけれど、西日本でもそんなに降るんだねー的な。
3月のダイヤ改正までに、この一円を描きたい。
(2021/12/25)
関西乗り放題切符は2日間有効。
ということで、クリスマスに一筆乗り鉄縮小版をやった翌日の日曜日、大阪にお参りに行きました。
ずっと居たくなる、きれいな場所でした~。
四天王寺
あの、あの四天王寺!!!
「日出処の天使」を読んでから、やっと来れた感。
南から北への建物がならび回廊で囲う伽藍配置を見たかった!(回廊から南方向)
新幹線は混雑していて、指定席車両まで人が立つくらい。
土曜~日曜の雪で新幹線が遅れてたことと、年末の日曜日だからでしょうか。
新大阪入線後「雪を除く作業している」というアナウンスがあり、「え、どこで?!」とキョロキョロしてしまいました。何号車あたりでどこの雪を取り除くために作業されていたのでしょうか、気になります。
遅れゆえ、岡山から四国へ行く特急への乗り継ぎができず、30人ほどが乗れなかったようです。30人って、けっこうですよね。四国は待ってはくれなかった・・・。
車掌さんの「乗り継ぎできず大っ変に申~し訳ございません」と謝るアナウンスが印象的でした。
(2021/12/26)
突如試験を受けることになり、慌てて申込をした初めてのCBT試験。
PCでの回答にあまりピンと来ず、ネット検索すると筆記用具などは持ち込めないなど目が細くなるような情報ばかりで、直前2週間は鉛筆を使わずに問題を解く練習をしました。
会場に行くと、時計は持ち込み禁止(PCに時計が表示される、○○watchとかで不正があったので的なご説明をいただく)、免許証(身分証明書)以外のバックやコートをロッカーに入れ、注意事項やメモ用紙、シャーペンがパックされたセット(ここに免許証をはめこむ)が一人ひとりに渡されました。(メモ用紙あるんかいっ!よかった!!)
すでに受験中の方が何人かいる部屋に案内されて、自分のPCの前に座ったら、自分のペースで、速やかに始めます。
問題が全50問なのがわかり(100問かと思ってたよ!!!100問を90分で解く時間配分の練習をしてたよ!!!)、時計は時限爆弾のように残り時間が表示されます。
終わった後で気づいたのですが、始まったと同時に問題構成をパッパッパッパッとクリックでめくっていって、見ておけばよかったです。(それができる仕様に気づいたのが最後の方だったのでした。)
始めていくと、2択で正しい方もしくは間違っている方を選ぶ問題ばかりで、「え?50問これが続くの???」でしたが、そんなわけはなく、31問目からちょっとめんどくなり、4択の中から正しいものもしくは間違っているものを選ぶとか、組み合わせを選ぶ問題に変化。30問までと31問目からの難易度が全然違う(笑)
30問までの手応えとしては余裕のよっちゃんで終わる感じでいたのですが、31問目からの20問で結構時間をとり、全体の見直しをした結果余ったのは10分程度でした。(100問あったら解けたのだろうか・・・)
結果が画面いっぱいに「合格」と出るのはちょっと恥ずかしいですね。。。
逆に「不合格」も画面いっぱいに出るわけですから・・・。
(後ろの方にバレます。)
(後ろの方にバレます。)
一つだけ、正解肢がないと思った問題がありました。
たぶん、どれも正解ではなく、正解ではないけれど選ぶのぉ??と何とも言えない気持ちを抱きました。
こんな問題。
◆正しい組み合わせを選択する。
ア 未成年の労働者には、成人になるまで給与は支払えず、プールしておかないといけない。
イ 略
ウ 略
エ 労組組合員は組合に保護されるから労基法が適用されない。
選択肢の組み合わせは、
1.アイ
2.アウ
3.ウエ
4.イエ
最初に○×をつけて出した答えがイウ。けれど選択肢がなく、「え?」と消去法をやってみます。
明らかに間違いのアエを消去すると答えが残らない・・・「え、え??」と問題を読み直し、選択肢を読み直し、何か自分の読み方がおかしくないか、検討しました。
間違っている組み合わせとしてもアエという選択肢が、ない。
これはどういうことだったのでしょう。
かなり迷って、コンピューターは何を正解にしているのか、アエどちらの方が罪が重いか((笑)/労基法24条賃金支払いの5原則は罰則がある)、ということで勘で答えざるを得なかったです・・・。
そもそもですが、アエは間違いですよねぇ???!!!
イウに若干迷いがあったので、何か読み間違えていましたかねぇ・・・。
この試験、模範解答が公表されません。メモ用紙の持ち帰りもできません。
どこを間違えたとか後で確認できない試験に、試験としての意味がありましょうか?
「人によって問題が違うってことは無限にあるんじゃないの?」と家人と話したりしましたが、どの問題を出したということはデータではっきりするわけですし、第50回ではどういう問題があり、正解はこうです、というのは公表すべきではないでしょうか。
これまでの試験でも公表しているわけですし。
試験期間は一定期間があるわけですからすぐに公表する必要はなく、すべて終わってからでいいので。
復習できないなんて、何も得られないですよね。間違ったところにこそ得るものがあるのに。
そこだけ改善を願います。
今回、3、2級同時受験したかったのですよ。
けれど、2級にわたる部分まで(時間的に)勉強できると思えず、3級に集中しました。そして、最近(といってもここ3、4年)「合格」を得れていないので、落ち癖が付いているかもしれないと感じるのがイヤで、それを振り切りたかったのもあります。両方受けて両方落ちたらイヤだなと。
「合格」の文字を見たときは、安心しました。
そして時間がたつと、合格率は70%を超えている3級といえど、ちょっとした瞬間に「うれしい」と感じられ、気持ちが明るくなるので、やはり3級に絞って受けて良かったと思いました。ビジ法は2級とってこそ、ですから、これで改めて勉強できそうです。
あまりに体調不良になったため(でもそんな大したことではないです)、「何かおかしい」とネットで検索したところ、「この症例と似ている!」と思うクリニックのサイトに出会い、大阪にあるそのクリニックの初診予約をしたのが10月のはじめ。
実は大阪の街中を本気で歩いたことがなく、大阪城付近を歩いたとか、堺に行く乗り換えに使ったという程度。
クリニックのある場所は新大阪から電車で30分ほどなのだけれど、そこが新大阪からどの方向にあり、そこに行くまでにどういう場所を通るとか、よくニュースなどで聞く通天閣や難波、梅田といった場所がその経路上にあるのかなど、まーーーったくわからない状態。マップは見ましたけど、頭に入らない。
乗り換え案内だけを頼りに行きました。
電車で30分移動というのは、なんとなく眠くもなってくるわけで、ちょっと気を失った間に、下車駅を過ぎてしまったかどうかがわからず、前後の駅がわからないために焦ったり。
土地勘無いにぎやかな場所に行くというのは、疲れますね(笑)
鉄道や歴史旅で土地勘ないところに行く方が、なんとなく、楽ですね。
帰りも目指すは新大阪という感じで、でも大阪駅の駅ビル内で行きたいところを作っていたので、行きとは違う経路で、大阪駅に立ち寄ってみました。
びっくりしました。
大阪駅、すごい!
なんですか、あの大きさ。左右や目の前に見えるビルまでが、気分的に遠い(笑)!
目的のビルがLUCUAで、ほぼエキナカみたいな場所でよかったです、、、。
新大阪の乗り換えでは、おみやげ街道が私には新鮮で、関西のおいしそうなスイーツに惹かれました。でも、甘いものを食べないように言われてきたばかりだったので、味見で1個食べて残りは会社のみなさんに食べてもらおう!と2種類ほど買いました。
2回目、行程にちょっと余裕が持てます。
そういえば、HORAI55のぶたまんを食べたことがなく、イートインで食べたいと思い、帰りはまた大阪駅へ。
環状線で「奈良行き」という電車がきて、「え、奈良と大阪が同じ方向?!これ大阪駅に行くの?」とオロオロ。みんなが乗ってるから大丈夫なんだろうと、乗ったけれど。
車内アナウンスで、ぐるーと半周近くしてから奈良の方へ行くことを理解。
デパ地下でイートインできる場所は見つけたものの、夕方17時ではまだお腹がすかず、断念。
「食べてみたい」とか「あー、食べてみたかったお団子がここにある!」とか、いろいろチェックはしたのでした。
帰りは、普電チョイスで、新快速に乗車。
なんですか、けっこうな混雑で都内の通勤を越えるレベル。
姫路の一つ前から座れただけで、暗いから景色は見られないし、つまらないものでした。須磨、明石あたりの車窓が見られるなら、立っててもいいのにー。
姫路駅のホームでもけっこうな人が乗り換え&乗車待ちをしていてびっくり。
でも、まぁ、座れました。
網干か相生でほぼ全員が降り、車内の空気は急に寂しいものに。私がいる車両に乗客は2人。駅間が長くなる山越えは電車の音を楽しみました。
だからこそ、買っていたサンドイッチが食べられたりして。
この区間で初めて、切符確認を受けましたが、大阪から岡山までの切符がなんとなく恥ずかしかった・・・。
夕方の通勤ラッシュには普電は乗らないようにしよう、と思ったのでした。
病名を与えられるといろいろ調べることができるし、そうして新規一転したものもあり、そのおかげか、わずか半月で効果が見られるようになりました。
3回目の通院は、土曜日の午前中。
行きは普電、何か食べて、夜ご飯も大阪で調達して、新幹線で帰ってこようと計画しましたが、関西どこでもきっぷを使おう!と往復新幹線の時短を選択。
ついでに、四天王寺にお参りしよう!さらに琵琶湖に現れた明智光秀のお城跡(石垣)を見よう!比叡山に行こう!と計画。(JR使いまくり)
いろいろありまして、四天王寺、お城跡は断念、京都一泊して、比叡山に行きました。
紅葉が見られる最後の週末ということで、比叡山も大混雑する覚悟で、京都駅のバス停には30分前には着いたけれど、先着が10名ほど。幸いに座れて比叡山までのバス旅を楽しみました。
市内の道路は混んでいなく、むしろ空いている。お客が多いので乗降に時間がかかるだけでした。
白川から急に山登り。細い道を、対向車(ほぼ高級車)は戸惑うことなくすれ違います。
ドライブウェイからは琵琶湖が一望でき(全部は見えていないと思う)、こんなに大きく見えるものなんだ!と感動しました。
焼け残った真っ黒な仏像が、生々しかった。その時代から今にあるのが不思議。時代はつながっていることを強く感じました。
確か今年、焼き討ちから450年で、信長と光秀の子孫を比叡山に招き、織田方も含めた犠牲者の慰霊法要が行われた記事が出ました。
恨んでいても恨みは解消せず、恩讐を越えた、前向きな関係を構築したいとのお寺さんの想い。
当時、浅井朝倉方に付いていた延暦寺に「中立であれば危害は加えない」と信長は事前に通達していたし、当時の寺社は酒池肉林の(信長から見たら)だらけたお寺で、お寺としてちゃんとしてほしいともいわれていたはず。
なので、恨みは解消したい、というのが一方的な思いにも感じたのものでした。
和尚さんがどういう建物で何をするところであるかを説明してくださって、僧侶が一生で一度入る、戒律を授かるところ、公開は初めてとのこと。
和尚さんの語り口によるお話が好きなんですね、昔から。あわただしい日々がその時だけすーっときれいになった気がして、ちょっとした落ち着く時間が持てて、じーんときました。
この場で誓いをたてるという行動にちなんで、一つの願いをこめて、お参りしました。
大日如来を拝める場所って、そんなにないよね。
帰りは三条京阪行きのバスで、下山。
京都の賑やかな市内を少しだけ歩き、地下鉄で京都駅に行きました。
新大阪まで新快速で移動し、新大阪からは新幹線で帰宅したのでした。
また、行きたいですね。
(2021/11/27)
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