ナカオでんき 二代目の日常

太陽光発電&オール電化、仕事内容については右のカテゴリー別にご覧ください。     日々の細かい更新はツイートをご覧ください

あると便利なコンセント

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コンセントは低い足元にあるのが普通ですが、画像のような壁スイッチの高さにあると何かと便利です。

特に便利なのが掃除機を使うときです

掃除をしていると何度も電源コードを差したり抜いたりしますよね?

その時に腰を屈めて差し抜きするのはなんとも地味に面倒。
しかも腰痛持ちな方にはかなり負担がかかります。

まして、そのコンセントが6口タップなど壁コンセントではない場合だと電源コードを抜く時にフラフラして抜きにくい(苦笑)

あ、壁コンセントの指し口が余っていない時も地味に面倒ですよね。


そんな時に高い位置にコンセントがあると

々を屈めなくていい

▲魁璽匹鮑垢携瓦しやすい

9發ぐ銘屬縫灰鵐札鵐箸あるので指し口が占領されない

などなど、良いことばかりです


住宅メーカーや電気配線設計にもよりますが
スイッチから簡単にコンセントが作れる場合もありますので、気になったかたは電気屋さんに相談されてはいかがでしょうか

液晶テレビ修理

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お客様がテレビ移動の時に誤ってぶつけてしまい、
地デジケーブルの接続口を折ってしまいました。

普通なら地デジチューナー基盤の交換になりテレビを買い換えた方が安いくらいの修理となります。

なのでお金を掛けずに直す方法を考え、
画像のような部品を使い修理しました!

テレビにつなぐケーブルも延長しましたが五千円くらいの修理代となりました。

お客様も大変喜んでもらえましたので楽しい仕事をさせてもらいました

キッチン新設リフォーム

 小学校からの同級生の工事相談で

「共用の親世帯とは別のキッチンがあればなぁ・・・でも費用はなるべく抑えたい・・・」

「なんとかなる?」


そんな相談から色々考え様々な提案をさせてもらいました。


作り付けの棚を友達が解体し、そこに据え置き型のキッチンを置きました
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友達にキッチンパネルや水栓、IHヒーターなどはホームセンターやネットショッピングで
安いものを探させて揃えてもらい、
工事は木工の大工さんや水道の設備屋号さんに依頼せずに
すべてナカオでんきだけで施工者しました。

普通このようなキッチン新設では他業者を入れると60万円代の工事になると思いますが、
友達の応援もあり、なんとか30万円代に抑えられました。
(何なら何まで大変でしたが



他にも床下に断熱材の追加や
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廊下のペコペコした床下補強、トイレの棚板新設や廊下を明るくするためにガラス引戸を移設したりと
なるべく部材を抑えながら私の手間だけで各工事をこなしました。
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色々な現場で臨機応変に工事を進める為には
電気だけの知識では対応出来ない事が多々ありますので

今回のこの現場では過去の経験を発揮できましたので友達がにも大変喜んでもらえましたので良かったです。


楽しそうな事には とりあえず手を出しちゃう(笑)
            ナカオでんきへのご相談ありがとうございました

ナカオでんき 初の賃貸物件 太陽光発電施工!


ただいま太陽光発電設置工事が進行中です!

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賃貸物件の価値を上げる必須工事のペンキ塗りから始まり、
さらに付加価値を、これから常識となる賃貸物件の形をオーナー様に色々ご提案させていただきました。

その結果が画像のとおりです

しかも太陽光発電を設置するなら、、、
補助金がもらえるうちに施工した方がお得ですからね
ダッテココ 44マンエンモ イタダケルノデスカラ

既存照明器具をLED対応に加工

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お客様と色々お話させていただいた時に、ふとこんな会話が、、、
 「既存蛍光灯ダウンライト器具にLED電球が取り付けるように出来ないだろうか」
と相談を受けましたので、、、


やってみました

画像のように蛍光灯を光らせる為の安定器など周辺部品を取り除き、そこに電球が取り付けられるE26口金を取り付けし、電源線も接続。

これでLED電球も取り付けでき節電にもなりますね


既存の器具は27Wの蛍光灯が付いていましたが、安定器も電気を食うので少なく見ても30Wは消費していたと思います。

これにLED電球7.2W型をつけたら
蛍光灯と比べて電気代は約4分の1です 
しかもLEDダウンライト器具と交換するよりも工事代も4分の1くらいです

(今回のこのダウンライト加工工事は複数の受注の為、1個当たり4千円くらいでした)


最近、このような相談が増えてきましたので、逆にこのように既存の器具を利用したLED工事もお客様にアピールしていこうと思っています



ちなみに 施工後の様子はこちらDSC_0041
この仕上がりにお客様も想像以上だと満足されてました!
これなら余計なゴミもお金も出ませんよね?(笑)



ナカオでんきへのご依頼ありがとうございました

ボランティアやらせてもらいました◆ 米郢偉δ)

前回の続きです。

午後7時過ぎにようやく歌津地区に入りました。
友達が去年の記憶をたどり、なんとかそこに住んでいるのお知り合いの方のお家までたどり着こうと
しましたが、周りは外灯もなくなり真っ暗になった仮設された砂利道ばかり。
目印になるような建物も無くなっているので去年の記憶からたどり着くのは無理でした。

そこで電話連絡を取りながら田の浦にある小さな港の所でお知り合いの方と待ち合わせ。
真っ暗闇の中5分ほど待っていると遠くから車のライトが見えてきました。

そこでようやくお知り合いの方々と合流。
お知り合いの方に先導してもらって進むと、そこは私たちだけでは普通は通らないような仮設の砂利道を進み、その先の坂道を少し登るとようやく元のアスファルトの山道になりました。
急な上り坂を進み、高台にあるお家にようやくたどり着きました。

おうちの中に招いていただきお茶を飲みながら色々お話を聞かせていただきました。

地震では棚の中の小物が落ちたくらいで全然被害はなかったそうです。
しかしその後の津波で山の下にある小さな漁港やその周辺の港町はすべて流され、海岸沿いの
道路もなくなってしまった。
そのお知り合いのお家は陸側の道路があったので、なんとか生活物資運搬ができたようです。
でもライフラインの復旧は、電気と仮設水道は30日〜90日、電話は4ヵ月後にようやく繋がったとのことでした。

このお知り合いの方の家がずいぶんと高台にポツンと家があったので、その理由もお聞きしましたら
すいぶんと昔に津波の被害にあわれたようで、そこでこの高台に移転してきたとお話してくれました。

今回被害にあった港周辺の町は、ずっと昔の津波を知らない世代の人たちがほとんどだったとも
お話してくれました。


今回の目的にボランティア活動を通じて被災地の状況を知るだけでなく、何度も地震や津波被害にあった
その町の歴史なども知りたかったので、ここで聞けたお話はとても貴重なものとなりました。

そのお話をお聞きしながらもお知り合いの方たちは、この日、この後の私たちを心配して晩御飯や
シャワー、お部屋まで提供していただき、結局一晩お世話になりました。

私たちは日ごろキャンプや一人旅など経験している男3人なので、ハイエースに車中泊をするのは全然問題なかったのですが、そのお知り合いの方々がとても人情的に親切にしてくださいました。

これが私たちが思っている東北の魅力の一つなんですよね。
お世話になってしまいましたが、、、
でもやはりこの東北の地に来て良かった、来られて良かったと思いました。


朝になり、いつもの早朝ウォーキングの時間に目が覚めたのでちょっと散歩に出掛けました。
玄関から出てたら 畑の草刈に行く前のお父さんに会い 昨晩のお礼を言いながら 下の港に下りる
山道(けもの道)を教えてもらい、昨夜は真っ暗で何も見えなかった港周辺まで歩きました。

港に下りる寸前まで周辺は見渡せなかったのですが、港にたどり着くとそこは何もない穏やかな海の景色が
広がっていました。
何もなくなった港には漁業関係者だと思われる10数人の人たちが小さな1隻の船のまわりで作業をしています。
あったであろうガレキは港の端の方に山になっていました。

昨夜に待ち合わせした港から 昨日通った仮設の砂利道を進むとその道の端には 夜では見えなかった仮設の銀色の水道管が露出して敷いてあるのがわかりました。

港沿いの道から山側の方に歩いていくと、低い場所は家の基礎部分だけが残り、それ以外は草が生い茂っている状態。
遠目から見ると何もない土地のように見えました。
しかしもう少し進んでいくと夜では見られなかった景色、それは細かいガレキや車、小さな船などが港から田んぼ沿いに数百メートル奥の山のふもとまで流されていた光景でした。

(この時は写真撮影は控えてましたが、今思えばひとりでも多くの人に 報道されない小さな町の現状を伝える為に写真を撮っておけばと後悔しました)

そこから急な坂道を登り始めると、津波の被害とは無縁なごく普通の山道の景色となっています。


いろいろな事を考えながらお家の部屋に戻り、寝袋をたたんだり身支度を済ませていると
お家の方が 「朝ごはん出来ているから」 と声を掛けてくださいました。

何から何までお世話になりっぱなしですみません。。。

朝ごはんをいただきながら、テレビで流れる宮城周辺の今の被災地の映像や復興に向けてのニュース。
関東だとNHK以外はもうあまり放送されていない被災地の映像だなと感じました。
とはいえ、地方局でもNHKは行楽情報、民放局は関東のバラエティ番組などの放映も見られました。

食事をしながら今日の動きをどうしようか考えました。
私たちの当初の日程では気仙沼に行く予定でしたが、
「せっかく南三陸町でこうしてお世話になったんだから この町に恩返しがしたい」
と3人の考えもすぐにまとまり 今日は南三陸町のボランティアセンターへ向かうことに決めました。


その事を伝え、ご馳走様でした とお礼をするとそこのお母さんが お昼にでも食べなさいと手作りの大福餅を
いただきました。

もう、お礼の言葉ではとても返しきれません。
でもこの感謝の気持ちを胸いっぱいに今日のボランティアが出来るようにがんばろう!
と思いました。

車に荷物を積み込み、お世話になったお父さんお母さんと娘さんには
「またこっち来たら寄って行ってな」
と、またありがたい言葉をいただき、3人でお礼を言いながらそのお家を後にしました。



そこから15分もかからないくらいの近所ではありますがボランティアセンターの受付が早期終了しないように7時半には出発。
(ボランティア希望者が多い場合は先着で受付終了とのこと)

受付開始の8時半どころか8時前にはボランティアセンターへ到着し、作業しやすい服装へ着替え受付に並びました。


次回は南三陸町で行ったボランティア活動を書きたいと思います
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画像はボランティアさせていただいた現場。
画像右の方が海で、画像中央の看板の高さまで津波がきたそうです




ボランティアやらせてもらいました  兵莠蝣仙台→石巻→南三陸町)

8月6日〜10日までの5日間の休みをいただき、その間の仕事は社長と職人仲間にお願いしました。

夏の仕事が忙しいさなかの物資集めでしたので、なかなか集まりませんでしたが
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エアコン・1ドア冷蔵庫・FAX・除湿機・液晶テレビなどが集まり、綺麗に掃除と包装をして軽トラックに積み込みました。

まずは東北復興支援団体 祈望(KIBOU)の支援物資受付倉庫を目指します。

朝の6時に友達と合流し軽トラックで取手市を出発し、ルートは最寄の高速道路入り口の
常磐自動車道路の谷田部IC→磐越自動車道→東北自動車道→仙台北部道路利府しからし台IC→支援物資受付倉庫までのおよそ380キロの道のり。

途中の福島にある磐越自動車道の三春PAで別の車で来た友達と合流し、さらに北を目指します。

地震の影響で高速道路の道路はいたるところで凸凹があったり、福島の内陸の高速道路沿いの住宅も屋根瓦が崩れていたりと、今回の地震の規模の大きさがまたよくわかりました。

そんな走りにくい高速道路でこまめに休憩をとりながら途中仙台にも立ち寄り、
午後2時過ぎにようやく東北復興支援団体 祈望(KIBOU)の支援物資受付倉庫までたどり着きました。

到着した時は支援団体の皆様はミーティング中でしたが、私たちの到着を確認するとみんなイスから立ち上がって私たちの支援物資の荷降しを手伝っていただきました。

あまり時間がなかったので支援団体の方々とお話しすることは出来ませんでしたが、その支援物資倉庫の中には全国から支援していただいたあらゆる物資が綺麗に生理整頓されていました。
支援を受けたい被災地の人たちが一目で何があるかわかるようにしていると思います。

東北復興支援団体 祈望(KIBOU)のホームページ内の活動報告の中に倉庫内の様子などが紹介されています。


無事に支援物資を下ろした後は友達2人と話し合い、とりあえず気仙沼方面に向かう途中に友達の思い出の石巻市など立ち寄りながら移動することに。
(この時点ではまだ津波の被害を受けた町を見れていませんでした)

東北復興支援団体 祈望(KIBOU)の倉庫から石巻市まで移動すること2時間半。
途中道に迷いながらも午後5時には友達の思い出の地、石巻まで来ました。
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友達が去年この画像奥にある丸い屋根の石ノ森萬画館に来たそうです。

震災から5ヶ月が経ちましたのでこの画像ではあまり津波の被害状況がわかりにくいですが、途中の石巻市の商店街の店舗の1階部分のほとんどが津波の被害を受けていました。

この場所まで来て、ようやくその津波の恐ろしさに気づかされました。

そんな被災地を見て、私から出てくる言葉といったら
「わぁ、、、えぇ、、、なんだこれ、、、、うそだろ、、、あぁ、、、」などなど、
その状況が頭で整理できないのでそんな言葉の繰り返しです。

そこでボーっと被災地を眺めていると、その友達が去年お世話になった(宿泊までさせていただいた)方と連絡を取り合っていていまして
急遽、その方がいる南三陸町の歌津という所に向かうこととなりました。


向かう途中、北上川沿いの国道45号が地震による土砂崩れのため通行止めとなっていて、回り道をしながらようやく海沿いの南三陸町戸倉が近づいてきました。

山間の道なのでずいぶんと日が暮れて周りが暗くなってくましたが、海まであと1キロちょっとのところである変化に気がつきました。

「あれ?、、、くるま?、、、、ええ、、、あぁ、、、」

海までまだもう少しのところで見たその変化とは、畑のように茶色い土地にゴロゴロと横たわる車や船、またはガレキ片の数々でした。
それは石巻で見た光景とはまた違った津波の被害状況でした。

たぶん住宅街であっただろう場所は、住宅のコンクリート基礎だけを残していました。
それ以外はガレキや雑草に覆われている土地がただ広がっていました。
海沿いでは道路が道路でなくなった仮設の砂利道になっていて、外灯も一切ない暗い道です。

その光景に驚きながらもようやく志津川地区に入りました。

その志津川地区というのは、テレビで南三陸町としてよく報道されていた町でした。
そこは、戸倉地区よりもすごく広い町ですが、目に付くものは建築中みたいな鉄筋コンクリートや鉄骨の建物とガレキを集めた高いガレキの山だけでした。

その光景にまた、ただただ驚くばかりでした。


(画像は次の日のボランティアに向かう途中で撮った志津川の町です)
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仙台の支援団体倉庫から石巻を経由し南三陸町へ100キロちょっとの道のり。
今までの人生では経験したことがない、とても複雑な気持ちになりながら、

午後7時過ぎにようやく歌津地区に入りました。


ちょっと書き疲れましたので今回はこの辺で。


震災から5ヶ月が経ちました ボランティアやらせてもらいました

このブログの震災関係の 「地震発生から3ヶ月ですね」  の中の記事で

当店独自の義援金活動の掲載は控えておこうと思います  と書き込みました。

こういうお店のブログでそんな内容を書き込んだことで、
商売につながる良い人アピール などなど 
万が一そんな風にとられたりしても嫌だから、ならば掲載は控えればいいやと思ってました。




でも、 やっぱり書き込みます。


タイトルにもあるように今回ボランティア活動で被災地を見てきました。
些細な経験ではありましたがその後、

そんなつまらない事を思っていた自分が馬鹿らしくなりました(苦笑)


テレビではわからない被災地の現状を目の当たりにすると、
被災地ではまだまだ支援が必要な状態だと思い知りました。

ですので今回わたしがそれを記事にすることで、それをみた誰かが被災地のことを思ってくれれば
いいのかなとシンプルに思い、

引き続き被災地への支援活動を記事にしていくことに決めました。



今回のボランティアの内容を事細かに書くと長くなってしまうので何回かに分けますね。


とりあえず今回は支援物資を積んだ画像を掲載しておきます。
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いつも仕事で使っていたこの軽トラックで仙台の先にある
東北復興支援団体 祈望(KIBOU) ← 良かったら見てください www.tohokukibou.com/
の支援物資受付倉庫まで搬送します。


お盆休みのお知らせ

いつも ナカオでんき をご利用いただき誠にありがとうございます。

当店もこの時期はお盆休みをいただいております。

今年は13日から16日までお休みをいただきます。

ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします。

朝9時 当店の太陽光発電

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久しぶりのブログ更新です(苦笑)

ここ2日間の台風も去り、朝からアンテナ工事日和。


お店で仕事の準備をしているときに何気なくモニターをみました。


朝から2000W越えの発電とは驚きました!

当店の太陽光発電を設置して8年なんですけどね。
まだまだ発電パネルに劣化はないようで安心しました!

(ちなみに東と西の屋根に2面設置で合計3.64KW設備です)
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