2021年07月14日
ART@DAIMARU・後半戦
これ以上できないくらいにぶつかって、もぬけの殻になって、ちょっと体力が回復してきたのでブログを書く。4週間にわたるビッグチャレンジが幕を閉じた。「ART@DAIMARU」という大丸で初の全館アートイベント、なんならそのイベント期間もこえて、走り抜けた。とにかく、大丸京都店の人はマジでいい人が多くて、まるで家族のように体のことを心配してくれるハートフルな人たちで溢れていて、またいつか絶対に帰ってきたいと思った。ぼくは大丸さんのファンになった。

結果として、緊急事態宣言中にもかかわらず、記録的な来店客数・販売点数・売上高をマークした。いろんな人にSNSでシェアしてもらって、友だちの友だちが駆けつけてくださった。そうしてたくさんの人たちの信頼を借りて、いい数字を残すことができた。しかし、これでよかったのかと反省している。ぼくたちがこれまで築き上げてきたことが、ちゃんとした形で、お客さんに届けられたのか。
大丸さんからあがってきた数字をみると、なんと、500点くらいの商品をお客さんに届けていた。それは喜ばしい反面、それだけの数を届けようと思うと、どうしても販売するだけの時間になってしまう。「販売するために出展してるんやから、それでいいではないか」という見方もできるが、そういうことではない。アフリカドッグスは、めんどくさい会社なのだ。ちゃんとした形で伝わってなかったら、意味がない。

ほんとうはトークイベントなどをとおして、お客さんと対話しながら、この商品に至るまでのハチャメチャ劇や、職人が大切にしていることなどを伝えたかった。しかし、この時代に、それが叶わなかった。そうであれば、ちゃんとコミュニケーションをとる術や仕掛けを考えるべきであった。しかしそれも、ぼくの力不足で、最後までそうした策をとることなく会期を終えたのだった。ただ、ベストを尽くしたからこそ、こうした反省ができたのかもしれないとも思う。
つぎはもっと、ぼくたちらしいやりかたでチャレンジしてみる。まだ答えは見つかってないけれど、ぼくたちの生命線は地域の職人仕事なので、それが最も輝ける方法を模索する。来週は2年ぶりくらいにトーゴ出張を再開する。どうやってアフリカと日本、トーゴと京都をつなぐか。勝負はこれから、ぼくはまだファイティングポーズをとっている。
2021年06月22日
うちのブランドタグが優勝
大丸京都店での出展に際して、アフリカドッグスのブランドタグをつくった。たいへん僭越ながら、うちのブランドタグは他のブランドを圧倒している。ちなみにぼくは、今回もなにもしていない。

1年ちょっと前、ホテルカンラ京都でおこなわれた工芸の展示会「DIALOGUE」、そこに出展したときのご縁が続いている。そのときはほとんど商品なんてなくて、ただ気持ちをぶつけにいっただけではあった。けれど、一つの振動がまわりにも伝わることがある。その人は、大丸とは別の百貨店に所属されているにもかかわらず、今回のチャレンジに多大な協力をいただいた。女神か思た。
その女神は、ランディ・バース並の最強の助っ人を連れてきた。初めての出会いから1年後の展示会で、ぼくはコロナ禍で生み出してきた奇跡をお披露目していて、その女神はブースにバースと共に現れてくれた(?)。そのときたまたまNHK WORLDの取材が入り、ブースを撮影することになっていて、その旨を女神とバースにお伝えしたら「そんなんこんな展示やったらアカンやん」とアウターを脱いで急ピッチでアレンジをしてくださったのだった。

1年前の展示会「世界を2mm近くする」というクソでかいステッカーを壁に貼るというインパクト勝負に出ていた。

今年の展示会、凄まじい勢いで輝いていくブース。立ち寄ってくださるお客さんも飛躍的に伸びた。ディスプレイめっちゃ大切。
そこから女神とバースとのLINEグループができて、西陣のアトリエをアレンジしてもらい、さらには会社全体のリブランディングをしてもらっている。うちの資本力では到底実現できなかったことが、人の関係性だけで少しずつ形になって出てきている。そのうちの一つが、このブランドタグだ。
これまで制作してきたものが、値札とブランドタグをつけるだけで、それっぽいオーラを帯びた。ビームスのええとこのやつ、あるいはユナイテッドアローズのええとこのやつ感が出てきた。いま、アフリカドッグスはええとこのブランドになりつつある。
実際に、アトリエは「広くなった感じがする」という感想を多くいただきつつ、商品をみて「え、安っ!」という割安感をつくることに成功している。ブランドタグの裏面は保証書にもなっていて、破れたりしたらリペアする。物が溢れた時代に、新しく物を世の中に送り出すことの責任を、ぼくたちなりに考えた。そして表面にはぼくの好きなアフリカの諺を。「はやく行くならひとりで、遠くへ行くならみんなで。」

2021年06月10日
ART@DAIMARU・前半戦
大丸京都店で開催中のアートイベント、めちゃくちゃ駆け抜けてる。4週間の長丁場、折り返し地点の2週間にさしかかった。いつも後半戦に弱いから、あらゆるチャレンジをして、前向きな反省ができるように悔いのない時間を過ごしたい。

前半戦、よくやったと言っていいのかわからない。ぼくなりに、ベストは尽くした。たくさんお客さんが来てくれて、連日、売り場は大盛況。大丸さんならではの、良縁にも恵まれている。しかし、いろんなところでシワ寄せがあった。
まず、ぼく自身が体力的にも精神的にも追い込まれすぎていた。適度に追い込まれるのはいいけれど、今回のケースは明らかにキャパオーバーだった。余裕をなくして、まわりの人たちとの関係がギスギスしてしまった。チームビルディングを重視してきたアフリカドッグスとしては、落第点だ。つくり手や、そのまわりの人たちがハッピーでないと、まじで意味がない。

フランス営業中、4€のパンで毎日を凌ぎながら、つくり手が喜んでくれるモノづくりをしようと心に決めていたのに。
ぼくの言動で、悲しませてしまった人がいる。全員をハッピーにすることはできないかもしれない。でも少なくとも、ここまで連れてきてくれた人たちへの感謝とリスペクトは、どのような状況であろうと、持ち続けないといけない。恥ずかしながら、忙しいことを言い訳にして、仲間たちへの配慮を怠った。ぼくの未熟さが浮き彫りになった前半戦でもあった。
後半戦、巻き返す。ぼくがやるべきことは、商品を売ることよりも、ちゃんと伝えることだ。販売は大丸さんに任せて、ぼくは周りの人たちに、今のチャレンジをちゃんと伝えることにエネルギーをつかいたい。あと、ラッピングもうまくなってきたので、引き続きがんばる。ラスト2週間、トシハルファイヤーーー!!!!!

出会ってから10ヶ月、ここまで走ってきた集大成をぶつける
2021年05月09日
NHK WORLD JAPANの特集
ぼくたちのチャレンジが、海を越えた。NHK WORLDの番組で特集されたのだ。9割9分くらいの人に「意味わからん」と言われ続けたことが、一部のクリエイターの心に、確かに届きはじめている。
「Togo Tailored Kyoto Tradition」とタイトルをつけてもらったのだが、英語の意味はわからないけれど、わずか4語でめちゃくちゃいい感じになっている。ナレーションも英語なので、内容もよくわからない。でもこれは、誰がなんと言おうと、ぼくたちの世界をめざす挑戦の一部始終だ。
NHK WORLD JAPAN
「Togo Tailored Kyoto Tradition」

https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/tv/callhome/20210419/2087032/
この番組のディレクターを務めたのは「目の前で起こることは事実であっても、真実ではないことがある」という目線を教えてくださった学生時代の恩師だ。10年前、東日本大震災のドキュメンタリーを撮影・編集したときに先生からもらったメールは、いまだに読み返している。その文面にある「対話」「向き合い」「へつらうな、媚びるな、自分自身をごまかすな」というのは、事業をつくっていくときの大きな指針にもなった。
自分自身との対話、人と向き合うこと、忖度せず正直に生きること、そこにヒントがあると信じてきた。それはときに、立ち直れないくらいにツラい感情を伴う。しかしそれを受け入れられたら、まるで心の筋トレをしたかのように、図太く生きれたりもする。そうしてぼくは、ちょっとやそっとでは、へこたれないメンタルを手に入れてきたのだ。そんなことを恩師との再会で実感できた。
オンデマンドで放映されたこともあり、ありがたいことに、世界中からエールが届いている。アメリカやカナダ、スペイン、ポルトガル、マレーシア、インドなど、まだ見たことない国の人たちと素敵な関係を紡いでいる。どこでどういうご縁になるかわからないユルい繋がりのなかで、未知の展開を楽しんでいきたい。

2021年04月28日
トシハル 京都に凱旋!!
結婚を機に大阪府民になっていたが、満を持して京都に凱旋した。大阪に住んでいた2年半くらいで、ぼくは独身から4人家族の大黒柱へと、劇的な飛躍を遂げた。新たな住まいは京都市内、事務所のある四条烏丸や京都駅にはバスで一本だ。

近所のスーパーへ行く道はこんな感じ(最高)
これまで最寄りの駅から地下鉄と阪急を乗り継いで2時間かかってたから、バスで一本でいろんなところに行けるのは、控えめに言って最高である。バスのなかで、積読していた書籍を鬼のように読み進めていて、いろんな世界に触れている。19時くらいに帰宅できるから、家族でご飯を食べて、みんなでお風呂に入る時間も手に入れた。
どう時間を使うか。朝起きてからの時間、バスのなかの時間、仕事をしている時間、ごはんの時間、お風呂の時間、寝る時間、それぞれの時間を充実させることに関心がある。つまるところ、自分の時間を大切にできないのに、誰かの時間を豊かにすることはできない。そんなことを年度末に振り返って思った。まずは自分から、あまりお金がなかったとしても、豊かに生きることを始めている。
このあいだは、人生初の鍼灸院にも行った。いつまでも少年の心をもつトシハルだが、齢30になった。ラッキーなことに、ちゃんと自分の体と向き合う必要があると思わせてくれた人と出会えた。その人と時間を過ごすなかで、自分と向き合うから、社会とも向き合えるのではないかとも思った。気合いと根性だけではどうにもならないこともあるなかで、ぼくはまた新たなサバイバル能力を身につけようとしている。
2021年04月21日
キヨシニシダ3.0
いつもお世話になっている京都の染め職人・西田さんのクラウドファンディングが幕を閉じた。 このチャレンジは、人は何歳からでも挑戦できることの証明であったし、京都の文化をつぎの時代につなぐことを意味していたし、終わりの見えないコロナ禍にあってもなお、世界をめざす職人魂を感じるものだった。そして見事に、目標金額を達成、150人を超える人たちが支援を表明してくださった。

このチャレンジを成功させたことによって、キヨシニシダ3.0が生まれる可能性がある。西田さんの工房は、いわゆる「広幅(ひろはば)」の染色工房だ。着物に使われる40cmくらいの小幅(こはば)に対して、主にアパレルやインテリアに使える114〜116cm幅の布を染めている。1階では工房に4,000枚はあるというシルクスクリーンの型を駆使し(キヨシニシダ1.0)、2階では23mある広幅の反物を手描きで染めることができる(キヨシニシダ2.0)。今回のクラファンは、これらを組み合わせた技法(キヨシニシダ3.0)を編み出すためであった。
キヨシニシダ3.0は、布ではなく水面に描く。バカでかい水槽を用意して水と糊を混ぜたものを投入、そこに染料を垂らして水面に広がるアートを表現する。元になったのは「墨流し」という平安時代の貴族の遊び、これをオマージュしたものを「流彩染め(りゅうさいぞめ)」と称して、新たな歴史を刻もうとしている。シブい。シブすぎる。
すでに設備は導入して試作品の開発に着手している。あともうちょっとで納得の逸品ができるという。もしかしたら、これが未来のパリコレに出るかもしれない。実現したとしたら、それは西田さんの勝利であるし、支援してくださった157人で掴んだ勝利だと思う。またひとつ、楽しみなことが増えた。

2021年04月07日
人は何歳からでも挑戦できる
人は、何歳からでも挑戦できる。74歳の染め職人・西田さんが、クラウドファンディングに挑戦している。いま、まさに、挑戦している。半世紀にわたり培ってきた技術を後世に残すために。再び、世界をめざすために。

この挑戦の全体像を伝えようとすれば、西田さんと、その西田さんに弟子入りした越本くんとの出会いを語る必要がある。
西田さんとの出会いは今から4年半前、前職時代の京都信用金庫で働いていたときだ。営業担当として先輩から引き継いだお客さんが、西田さんだった。アパレルのこと、百貨店のこと、職人のこと、なにも知らないぼくに、西田さんは仕事の手をとめて、丁寧に説明してくれた。職人技の凄みを知った一方で、それが適正に評価されていないような気がして、まるで正直者がバカを見るような、そんな構造がみえてきた。バンカーが扱う数字にはあらわれてこない価値が世の中にはあって、それこそが生活には無くてはならないはずだと思えたとき、ぼくはスーツを脱ぐ決意ができた。
スーツを脱いだぼくは、アフリカ大陸と日本をつなぐ事業をスタートさせた。越本くんと出会ったのは、起業して3回目のアフリカへ向かう直前の夏だった。ぼくと同じように、就職活動に悩んでいた彼は、普段ぼくが出入りしているコミュニティスペース「学び場とびら」にインターンに来ていたのだが、挨拶をして5分後に何故か一緒にアフリカへ向かうことになった。3週間くらい、現地の狭いベッドに男2人で横になりながら、人生の話をした。「カッコいい仕事がしたい」と視界がひらけた彼は、一緒に訪問した西田さんの工房に一目惚れして弟子入りをしたのだった。

コロナで西田さんの工房は大打撃を受けて、売上の95%が消滅した。パリコレは中止、百貨店や専門店も休業したことが、職人業界をモロに襲った。かろうじて続けていた職人たちは、相次いで廃業、今なら「このコロナで・・・」と、いい言い訳ができる状況にある。そんな中で、西田さんは新たに設備を導入しようとしていた。弟子入りした越本くんに必殺技を授けるために、コロナをこえて、また世界で通用する技術を生み出すために。
越本くんは、この春、立命館大学をめでたく卒業した。かつて就職活動で悩んでいた彼は、リクルートスーツをバチバチに染めて、卒業式へ向かった。そのスーツは問答無用にカッコよくて、圧倒的な学生としてのフィナーレを飾った。弟子入りして1年足らずで、彼はそんなロックな生き方ができるようになったのだ。ぼくはめちゃくちゃ嬉しかった。

そんな2人が主人公のクラウドファンディングは、プロジェクトを公開して3日目で目標金額を達成し、1週間でネクストゴールを達成した。いま、支援者数は100人を超えている。その瞬間に立ち会うことができて、ぼくはラッキーだ。このクラファンは、①文化をつぎの時代に繋ごうとするだけでなく、②世界をめざす職人魂が凝縮されていて、③人は何歳であっても挑戦できることを証明しようとしている。ぼくにできることはあまりないかもしれないけれど、あと2週間、できる限りサポートしたい。
___
▼西田さん&越本くんのアツい挑戦はコチラ▼
ご支援のほど、何卒よろしくお願い致します!

https://camp-fire.jp/projects/view/395236
2021年03月20日
他力本願の真骨頂 最終日に起こった奇跡
昨年に引き続き、京都が誇る工芸の展示会「DIALOGUE+」に出展してきた。控えめに言って、最高だった。展示会には40くらいのブランドが集結していたので、まわりの方々からの学びがナイス過ぎたし、ありがたいことに新たなご縁もたくさんできた。
ほかのブランドさんの作品にふれて、ものづくりに対する姿勢を改めようと思った。この1年で成長を感じられたぶん、至らなさも痛感した。ときめきってだいじ。かわいいは正義、かっこいいがすべて。どのようなトーンでお客さんに届けるかを、いま一度、考えさせられた。
実はこの展示会、それだけでは終わらなかった。予期せずして、ぼくのモットーである他力本願の真骨頂をみせた。最終日、メディアの方から取材を受ける予定があったのだが、そこに願ってもない助っ人が現れたのだ。そのひとは、百貨店で長らく装飾を担当されていた方で、カメラが入る1時間前に即興でブースのアレンジをしてくださった。見違えるほどに、いい感じのブースに早変わりした。


ちゃんとディスプレイしてもらうと、作品がめちゃくちゃ輝いてみえた。職人さんたちに一生懸命につくってもらっても、さいごに見せかた、伝えかたをしくじると、たいへんなことになる。それは創業して半年後に向かったパリで確かに感じていたはずで、あれから2年も経っているのに、まったくと言っていいほど成長がないことに気づいた。
振り返ると、ツメの甘すぎる生きかたをしてしまっていたけれど、これからはお客さんに届けるとき、届けたあとのことに、もっと心を寄せたい。奇跡的に、その全体のディレクションを担ってくれる人たちには、すでに出会えている。この出会いを大切に、新年度もまたベストを尽くと心に決めた。
創業して2年半、このままのペースでは遅すぎるけど、おかげさまでいい人たちに囲まれている。あとになって後悔しないように、やれることは全部やってやる。オフェンスこそ最大のディフェンス!

2021年02月28日
高校生に告ぐ、ガーナ大学へ進学せよ
KTCおおぞら高等学院さんで講演してきた。はじめて、通信制高校でお話しさせてもらう機会を得た。ここの先生たちは本気だ。キャンパス長の席は最前線、生徒との距離感もだいぶ近い。「高卒資格がゴールじゃない。なりたい大人になるための学校。」というコピーが入ったポスターが目に飛び込んでくる。

ぼくはそこで、「いろんな生きかたしていいんだぜ」って伝えてきた。めちゃくちゃ大変で、しんどいことのほうが多くて、不安に押しつぶされそうになる時間を過ごすことにはなるけれど、いまが最も幸せだと断言できる。いつもお世話になっているひとから「いまを肯定できれば、過去は変えられる」と教えてもらったことがある。うまくいかないことだらけの人生でも、受け入れることができたとしたら、あのツラかった時間ですら感謝したくなってくるのだ。(しかしながら、二度と体験したくはない。)
そして気づいたら、高卒後の進路にガーナ大学を激推ししてた。ガーナ大学はヤバい。ぼくが視察したのは、今からもう10年くらい前だが、めちゃくちゃよかった。なにがいいって、まず授業料が安い。たしか年間10万円くらいで、しかも寮に入れて、いろんな学部の人たちとの相部屋になるから、社会学部や医学部や法学部の学生たちと白熱議論できたりする。


24時間オープンの図書館があり、先生方はハーバードやオックスフォード、イェールで学んできた生え抜きのガーナ人たちだ。キャンパスは空港よりもデカい(感じがあったけど、当時ぼくは陸路でガーナ入りしたから空港の全貌を知らない。そのへんを歩いていたガーナ大の学生が言っていた)。そのめちゃくちゃ広いキャンパス内を20分くらい歩けば、野口英世記念館があって、そこでぼくはマツコ・デラックスみたいな人から熱烈な歓迎を受けた。さらにいえば、もうすぐスティービー・ワンダーがガーナに移住してくるらしい。


高校生のときに思い描いていた「なりたい大人」になれているかはわからない。なんせ、当時の夢は「旅人」だった。見方によっては、今まさに旅人みたいなところがあって、自分でもどこに向かっているかわからないから、いい感じに夢を叶えつつある。おおぞら学院の生徒さんの未来に幸あれ。いつかまた、アフリカで会おう!

2021年02月15日
“DIALOGUE + ”に参戦 めざせプナン人!
来月、展示会に出展する。3月10日(水)~14日(日)に京都伝統産業ミュージアムで開催される「Kyoto Crafts Exhibition DIALOGUE+」、昨年に引き続き、今年もお世話になる。この1年で、ぼくたちはめちゃくちゃ強くなった。強くなったというのは、コロナ禍の激動で、なにがあっても大丈夫だという謎の自信が芽生えたこともあるし、アフリカ・トーゴ共和国が生んだスーパー仕立て職人・デアバロさんと出会えたことで、商品展開にかなりの幅ができたこともある。これからも新たな出会いをつくれるように、いろいろ準備している。
当日は「出会いに乾杯プロジェクト」と銘打って、ちょっとしたプレゼントを用意しようと思っている。なんか最近は贈り物って、やっぱいいなと思うことがあって、ついあげちゃうことが多い。それは、ぼくがやりたいからやってるだけなのだが、しばらく経ってから「あのときもらったんで」とお返しをくださることがある。そういう中長期的なやり取りって、なんかいい。いつどんなかたちで返ってくるかはわからないけれど、結果的に、長いお付き合いになったりする。
そう思うと、結構ぼくたちは短期的に物事をやり取りしてしまってる気がする。長く続けていくためには、お金をもらうよりも先に、こちらから贈り物をするほうがいいのかもしれない。いま西陣のお店でも、仕立てのオーダーを受けて、お金を払ってもらい、商品をお届けするという流れになっているから、まずなにかをプレゼントしてみようかと思う。見方によれば、弊社は倒産の危機に瀕しているとも言えるけど、ほどほどに実験してみたい。
人類学者の奥野克巳によると、プナン人のあいだでは、いろんなものをすぐさま分け与える人物のことを「大きな男(lake jaau)」、ビッグ・マンと呼ばれて、共同体のアドホックなリーダーとなるらしい。(『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』p.69)いろんなものを循環させていくことに興味があるぼくとしては、やってみる価値がある。めざせプナン人。
というわけで、3月の展示会では、プナン人としてオリジナルのプレゼントをもって臨む。もちろん、併せて自信作の商品サービスをもっていく。ヨソではできない技術をふんだんに盛り込んだ西田さんの京友禅に、デアバロさんの仕立て技術で制作した洋服、ここに至るまでの奮闘をまとめた書籍、素材となる布地の生産プロセスを体感する企画。このコロナ禍で、知恵を絞って、汗を流し、歯を食いしばって生み出してきた。ぼくたちの本気が、まだ出会ってない誰かの心に届きますように。トシハルファイヤーーー!!!
.......
アフリカ布や京友禅で服を仕立てるお店
📮京都市上京区東西俵屋町144 京都西陣ろおじ内
🕚(金)(土)(日)11:00〜18:00
📞090-6373-3203(代表・中須)

.......
アフリカ布や京友禅で服を仕立てるお店
📮京都市上京区東西俵屋町144 京都西陣ろおじ内
🕚(金)(土)(日)11:00〜18:00
📞090-6373-3203(代表・中須)
