2017年11月23日

人間の探究 903 日本は世界から見て東の国

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※千葉県の房総半島には天照大神の御厨(みくりや)があり、太陽が最初に登るところです。

人間の探究 903 日本は世界から見て東の国

 日本は世界から見て東の国です。すると太陽と同じです。太陽も東から出ます。千葉県の房総半島には天照大神の御厨(みくりや)があり、太陽が最初に登るところです。
東条御厨(とうじょうのみくりや)は、安房国長狭郡(ながさぐん)にあった御厨です。現在の千葉県鴨川市付近と推定さています。
日蓮大聖人様は、弘安2年(1279年)の書状に「安房国長狭郡之内東条の郷、今は郡也、天照大神の御くりや、右大将家の立て給いし日本第二のみくりや、今は日本第一なり」と記しています。
 千葉県鴨川市清澄にある清澄寺もそのような場所に建っています。日蓮大聖人様は朝日に向かって「南無妙法蓮華経」と唱えられたのです。御厨とは、天照大神のお住まいです。そこから太陽が登るのです。
 世界の文明はみんな日本に向かって入ってきます。西で生まれた仏教は、中国に入って朝鮮半島を経由して日本に入ってきたのです。ルートからいうと、西から東に向かったルートです。天竺と言っても太陽はインドから登りません。日本から太陽が登ってくるのです。
 西洋の学問、儒教、あらゆる文化は東京に来れば、何でもあります。雪崩を打ったように、西から日本へ向かって入ってきます。ファッションも映画もみんな日本に向かって入ってきています。
 「日本は言霊の栄し国なり」と言われています。いろんな言語も入ってきています。全ての文化が日本に入ってきてしまうのです。最初は無制限に入ってきます。すると、日本の土地の持っている不思議なエネルギー(地場)によって浄化されてしまうのです。
 最初は「変なものが入ってきたな」と思っても、浄化されて日本的なものになってしまうのです。サンバなども、日本に入ると妙に日本的になって、日本の祭りになじんでしまうのです。
 日本で禊された文化が日本独自のものになって、世界に向かっていくのです。世界の文化は日本に入り、日本で禊されて、日本文化となって世界に帰っていくのです。日ノ本の国、日本は文化の中心の国です。
文化は地方で生まれるのですから、世界的にはなりません。それが日本に入ってくると禊されて、日本的なものに生まれ変わってしまうのです。何でもそうです。漢字も英語もそうです。日本では小学校から英語教育をやっていますから、そのうち「世界で最も英語が上手いのは日本人だ」と言われるようになるかもしれません。アメリカ英語はイギリス人に笑われています。汚い英語です。本当に素晴らしい英語は[King's English]です。
 日本に英語が入ってくると、もう日本の英語です。日本の英語が身についてしまうと、世界で一番美しい英語を書き、美しい英語を話し、それが世界語になっていくかもしれません。
 最も世界で一番美しい言語は日本語です。奥深いのです。日本語を簡単に見ても、漢字・ローマ字・カタカナ・ひらがなが入っています。カタカナはユダヤ語です。世界の言語がみんな入って日本文化を形成しています。
 仏教もそうです。インドで生まれた仏教が日本に入ってきて、日本でお生まれになった日蓮大聖人様が仏教の整理をされたのです。「これも、あれもインチキ仏教。仏教とは法華経です」と言われたのです。もう仏教は結論が出ているのです。
 「国家はどのように運営したらよいのか?」というと、見本は日本です。アメリカはたかだか200年くらいです。そんな文明が1千年も続くと思いますか? もうすでに何件もの無差別殺人が起きています。アメリカは力で人々を抑えます。力でガンと上から押せば、そこからはみ出した奴は暴力に向かうしかないのです。ISもそうです。
 北朝鮮も力で押さえつけて、はみ出しそうだからぶっ壊すのです。凄い考えです。アメリカは力に従わない奴はぶっ壊すのです。
 しかし、アメリカが壊しても・壊しても、壊しきれなかったのが日本文化です。「日本人は完膚なきまで立ち上がれないだろう」とつくった憲法なのに、いつの間にか世界第二位の軍隊ができてしまったのです。しかも、「自衛隊は軍隊ではない」といいます。
 日本は、3.11の時に幕張危機があったのです。東京に摩訶不思議な放射能が現れたのです。あれは事実だったのです。幕張の地下に原爆の処理工場を造っていたのです。他にも何カ所もあるのです。原爆は2千発もっていると言われています。
 もうそのようなことになっているのです。アメリカはそれを知っているから、「日本に手を出すのはやめておけ、国が滅びるぞ!」と中国に警告しているのです。アメリカは知っているのです。日本はすごい国です。
 日本に入ってきたものは、全て禊されるのです。原爆もそうです。今、日本が原爆を持てばよいものです。「お前達、原爆を使ったらただではおかんぞ!」と、他国の原爆を封じるのです。原爆を持たなければ「原爆をなくしましょう」という運動は成立しません。自分が原爆を持って「こんなことは止めよう」と言わなければ、人間はなかなか止めません。
日本はそのような国です。この日本に生まれたとは、すごいことです。我々は神国に生まれたことを感謝しなければいけません。日本人は神国の神の子供です。それを忘れた日本人など意味がありません。
 神の子供ということは、日本人は神の子供です。先祖が神なのですから、我々も神です。他の国の先祖は動物です。朝鮮人の先祖はペクトー山に降り立った熊です。熊だと威張っている馬鹿はどうしようもありません。
 蒙古人の先祖は「蒼き狼だ」と言い、アメリカ人の先祖は「双頭の鷲だ」いい、外国人の先祖はみんな動物か獣です。日本人だけ先祖は神なのです。では、我々も神様です。神様から生まれたら神様です。獣から生まれたら獣です。「先祖は神だ」と言っているのは、日本人だけなのです。
 それを学んで世界の一員となっていくことが大事です。神の国、日本をなめたら怖いで!

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2017年11月22日

人間の探究 902 妙法の涌現しない創価仏法

美人
※妙法の修行とはそのようなことです。何十年も修行していると、だんだん妙法がにじみ出てくるのです。この妙法がにじみ出た人間を女で言うならば「法華美人」と言うのです。

人間の探究 902 妙法の涌現しない創価仏法

 日蓮正宗でも「南無妙法蓮華経を突き詰めていくと妙法になるのだ」といいます。一番大事なものは妙法です。それを突き詰めていくと妙になります。このような解釈をしています。「日蓮正宗もわかっているのだな」と思います。
 これが大事なことですが、創価学会はこんな考え方をしていません。まず、「南無妙法蓮華経は妙法だ」という意味すらわかりません。南無妙法蓮華経を分解してみれば、南無とは「有る法」ではありません。「知る法」です。
 妙法とは「知る法」です。知らなければ出てきません。蓮華とは「知る法」です。あえて分解してみると「妙法」の法とは「有る法」、妙は「知る法」です。妙法で「知る法」になります。「南無妙法蓮華経を信じる」ということは、妙法を知る法として涌現することを言うのです。仏様はこの妙法が涌現(ゆげん)されている人のことをいいます。
世間の学者や、何事かを成した政治家は法の世界の人です。目に見える法の世界で功績を残した人ですから、「法の世界を極めた人」と言えるのです。戦争の名人の豊臣秀吉も法の世界を極めた人です。
 日蓮大聖人様は「南無妙法蓮華経を極めなさい」と言われています。「法を極めなさい」とは言っていません。それには妙と法、2つ合わせて「妙法」ということをわかる必要があります。
 妙法の世界は「有る法」ではないから、どこかに転がっているものではありません。転がっているものではないから出てきません。知らないと出てきません。妙法は「知る法」ですから、大石寺の板本尊を妙法にしてしまうのは、全くの間違いです。目に見える板本尊にして、それをいくら拝んでも妙なるものが出てくるわけがありません。
 「妙」とは最初から形がありません。涌現するものです。ちょうど地下水がブクブクと湧き出して涌現するように、その人の中に自然に涌現する法が妙法です。この妙法は実によい香りがします。この妙法を極めた人に会うと、みんな参ってしまいます。全然違う匂いです。
 ヤクザでも、大悪人でも、この妙法の匂いのする人のところへは怖くて来ることはできません。妙法を極めた人は、あまりにも香しき高貴な人格なので、不気味に見えるのです。わかりますか? ヤクザや大悪人から見ると、妙法を極めた人は物凄く恐ろしい人間に見えます。
 自分たちは法の世界しか生きていません。妙法の修行をしていくと、妙法が出てくるのです。すると悪人は恐れて、一般の人は尊敬するのです。ところが大部分の人間は悪人ですから、恐れるだけで、尊敬はしません。
 妙法の修行とはそのようなことです。何十年も修行していると、だんだん妙法がにじみ出てくるのです。この妙法がにじみ出た人間を女で言うならば「法華美人」と言うのです。法華経を信じる人は法華美人と言われます。それはそうです。内面から妙法が湧き出てくるのです。普通の人は自分にこだわって「ああでもない、こうでもない」とやっているのです。それを超えて妙法の世界で生きているのですから、美人になるのです。
 創価学会で30年〜40年と修行しているババアの顔を見てごらんなさい。鬼ババです。美しさが何もありません。馬鹿丸出しです。もともとあった妙法が池田大作に全て吸い取られた無残な姿です。チュパカブラに血液を吸い取られたような顔になるから鬼ババのような顔になってしまうのです。
 池田には学会員の妙法が全部集まってしまったのです。池田大作が妙法を全て吸い取ってしまったのです。だから、池田大作は福々しい顔をしていたのです。福々しくて、福運があるように見えたのです。何兆円もお金を持っているのですから、それは福々しくもなります。
 池田大作は、チュパカブラのように創価学会員の血を吸って、その栄養が全身に行き渡って、ツヤツヤの顔になっているのです。学会員の妙法を吸い取ってしまったのです。吸い取られた学会員は、鬼ババになって鳥のガラのようになってしまい、何もわからなくなってしまったのです。
池田大作一人に妙法が集まってしまってしまったのです。それは本当の妙法ではありませんが、妙法を吸い取ってしまうような感じです。学会員は「池田大作先生を拝むことが仏になる道だ」このようになってしまったのです。
 大石寺は日興聖人の頃、ちゃんと妙法があったのです。それは御義口伝を読めばわかります。どこにも「板本尊を拝め。板本尊を拝むことが日蓮正宗の教義だ」などとは言っていません。
 ということは、大石寺に妙法はあったのです。曼陀羅はなかったのです。江戸時代になってから板本尊をつくったのです。「妙法と言ってもわからないから、板曼陀羅にしたほうが売れるぜ」ということです。それで板本尊をつくったのです。
 石田先生は「大石寺の本尊は必要悪だ」と言われていました。板本尊に集約する信仰は「必要悪だ」と言われたのです。「必要悪」とはどのような意味かというと、「組織をつくるためには」ということです。
 個人に対しては悪です。それを知っていてやっていたのです。「妙法が板本尊にある」など、そんなはずがありません。その教学を抜かないと、石田先生の言っていることは間違っているのです。石田先生は創価学会を初期の頃から創ってきた人間です。その誇りたるものは消えません。「俺が創価学会をつくってきたのだ!」と思っているのです。
 僕が板本尊を否定すると、全てが無くなってしまうのです。戸田先生も「本山に逆らってはいかんぞ」と言っていました。本山が板本尊(妙法)をもっているのです。妙法がなくなったら学会は成り立っていきません。
 創価学会会長と言っても大石寺の御本尊のご利益で成り立っているのです。それが「効力はありません」と言ったとたんに自分達も否定されてしまいます。だから戸田先生はそのように言われたのです。
 それも間違っています。それに気が付いて治してあげているのが正理会です。妙法とは何でしょう。妙法を一人一人の心の中に涌現させることが信仰の目的です。もし、日蓮大聖人様の弟子であるというならば、それを会員に教えていくのです。「涌現した妙法の力によって様々な問題を解決する」という姿勢でなければいけません。
 「板本尊を拝めば全て解決する」などということはありません。妙法は「知る法」です。「有る法」ではありません。法は「有る法」です。妙は「知らなければならない法」です。一応、「妙法」と言った場合は、「知る法」と言ってよいのです。
 もっとわかりやすい話をすると「大宇宙の中にゼロはあるのか?」ということです。顕微鏡で宇宙を見てもゼロは出てきません。ゼロは何処にあるのでしょうか? ゼロは頭の中にしかありません。
 板にゼロと書いて「これがゼロだ!」というようなものではありません。頭の中にゼロはあります。宇宙をいくら見ても、顕微鏡で見ても、ゼロは何処にもありません。もっと具体的なことを言うと1もなければ、2もなければ、3もありません。
 人間の頭の中で考えて「1・2・3」と言っているのです。宇宙を見ても何もありません。仏法とはそのようなもので、数学に似ているのです。涌現するとはそのようなことです。
 数学の天才は宇宙にないものが涌現してきます。アインシュタインもそうです。それを知っていくことです。南無妙法蓮華経の修行はそのような修行です。その究極のところは宇宙とつながるのです。それはそうです。あらゆるものは宇宙から出来ているのです。
 究極は「宇宙の言葉を聞くことができる」ということです。それが神通力につながっていくのです。本当の南無妙法蓮華経の修行とは、衆生をみな仏にしていくことです。「何故、凡夫が仏になるのか?」これを知っているのは仏のみですから、「如来秘密神通之力(にょらいひみつじんつうしりき)」と言うのです。以上!


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2017年11月21日

人間の探究 901 統一教会(世界平和統一家庭連合)

文
※統一重工業の武器製造を視察する文鮮明

人間の探究 901 統一教会(世界平和統一家庭連合)

 この宗教は日本始まって以来の邪教です。邪教の最たるものには真言立川流があります。「成仏の境地とはSEXの境地だ」というのです。男女が交わって感極まっていくところを「成仏だ」というのです。「成仏したかったら、男女の交わりをどんどんすすめろ」というので、乱交になってしまうのです。
 「こいつも、あいつも関係を持て」というので乱交になってしまうのです。「それが仏の道なのだ」というので始末に負えません。「SEXが仏の道である」と言うのです。寺院にある彫り物を見ても、男女がつながっている石のレリーフはたくさんあります。このような考え方もあります。
 しかし、これは邪教です。真言立川流は江戸時代にできたのです。こんなものが流行ったら国が乱れて大変です。ポルノと同じです。これも悪い宗教ですが、最も悪い宗教は統一教会です。真言立川流は、秘密と言っても目に見える部分があります。
 統一教会は宗教の実態が全く目に見えません。統一教会に入信して親が感づいて「お前、変な宗教に入っているのではないだろうね?」と子供に聞くと、「やっていないよ」と言うのです。親が「統一教会だけは入ってはいけない」と言うと「入っていませんよ」と言うのです。「まさか、文鮮明の写真をもっていないでしょうね?」と聞くと「文鮮明とは誰ですか? そんな人は知りませんよ」と言うのです。
 統一教会に入信すると、全てウソをつきます。「統一教会ではない」と言うのです。では、文鮮明の踏み絵をつくって「これを踏んでみろ」と言うと、奴らは平気で踏みます。「僕は統一教会ではないから」と言うので、捕まえようがありません。
 わかっているだけでも統一教会は400団体をもっています。400の宗教団体・法人・手相の会などもっているのです。
 リトルエンジェルスという組織があります。これはボーイスカートのような組織で、繁華街を周って歩いています。これも統一教会です。何が何だかさっぱりわからないのです。天地正教などという仏教団体もつくっているのです。
 最後の菩薩様の段階で「これが文鮮明先生なのだ。これはまたキリストとも言うのだ」と教わっていくのです。入り口が広くてどうなっているのかわからないのです。400団体ももっています。
 アメリカでは統一教会はムーニーと言われています。アメリカで文鮮明は、宗教家ではなく実業家だと思われているのです。日本でも危険な宗教だから入国禁止で文鮮明は日本に入れなかったのです。
 ところが自民党の大物議員が便宜をはかって日本で公演したことがあったのです。日本では久保木修己が会長です。文鮮明は遠くの天辺にいるのです。現実的に何かをするわけではありません。
 統一教会は、とにかくお金を取るのが上手いのです。昔は朝鮮人参を売り歩いていたのです。朝鮮人参の粉末は1個30万円くらいするのです。「これを病気の人に飲んでもらえば治るから」と言って、売っていたのです。そのうち空気銃を売りだしたのです。統一教会は銃器製造の会社をもっているのです。一和というピストルやライフルを造る会社をもっています。その会社でピストルをつくったのです。当時、空気銃はあまり縛りがなかったので、誰でも持てたので、空気銃を造って売ったのです。それを統一教会の会員に持たせたのです。
 ところがその空気銃は殺傷能力があるのです。これはまずいので、輸入禁止にして日本では売れなくなったのです。空気銃といってもいろいろあります。今のエアーライフルは、ガスボンベを入れて弾が飛びますが、そんなものではありません。ものすごく威力があるのです。人間を殺せるのです。統一教会は、その銃器を日本に持ち込んで革命をしようとしたのでしょう。そのようなこともやっています。
 朝日新聞が統一教会の壺販売を叩き出したら、赤報隊が来て記者が猟銃で殺されました。赤報隊事件といいます。何しろ、こいつらは全く正体がわかりません。聞くところによると、南米に麻薬組織を持ち、北朝鮮とつながり、自民党の大物に食い込み、ヤクザとも関係を持っています。当然です。麻薬をやれば自動的にヤクザとつながってしまいます。
 全く得体のしれない宗教です。統一教会は姿を隠して、主に大学生を狙っています。手相の会、星占い、人相占い、何でもよいのです。そのような会をつくり、そこに誘い込むのです。
 「手相だからいいや」と思っていると、だんだん教えが深くなり、「神の教えを知らなければいけない」と言うのです。彼らが入会させる非常に大きな武器があります。「人間が生きる目的とは何でしょう。豚や牛は意思がありません。人間は意思を持っています。人間は生きる目的を持たなければいけません。神様は人間を創ったのですから、神様が言う地上天国を造ることが神様の御命令です。それに励むことが大事です。他の人は神を知らない。神を知らなければ豚と同じだ」という論理を教えるのです。「そうだな」と思うともう戻れなくなってしまうのです。北朝鮮と似ていますね。北朝鮮は「地上の楽園」と言っていたのです。これは仏教でも何でもありません。
 統一教会は世界基督教統一神霊協会というので、信者は妙に霊に怯えるのです。毎朝、井之頭公園の木の周りに10人くらい集まって、木を拝むのです。「文鮮明先生、ここにいらしたのですか。私はたいした仕事ができませんでした。昨日も一日5万円しか売り上げがありません。馬鹿な僕です。すみなせん、お父様、お許しください」と懺悔の儀式をさせていくのです。
 統一教会には「原理公論」「万教帰一」という本があります。「目的は世界の宗教を一つにして、統一教会が主導してローマ法王も入ってもらい、それまで頑張るのだ」というのです。
 統一教会が邪教だという最大の理由は、「日本を悪魔の国」と教えることです。これは絶対に許してはいけません。「何故、悪魔の国なのか、神の国である朝鮮を奴隷にして、植民地にしてあらゆるものを奪った。奪ったものは返さなければいけない。世の中を救おうと思って、2千年前にイエス・キリストが出てきたが、イエスは救世に失敗した。だから磔になったのだ」と言います。これが第一回の救世です。
 第二回の救世のためにイエス・キリストが出てきたのです。何処に出てきたのかというと、世界で一番苦しい思いをした朝鮮半島にイエスが出てきたのだ。それが文鮮明だ。文鮮明は世界の救世主だ」と言うのです。何を寝言を言っているのでしょう。
 文鮮明の長男は麻薬で捕まったり、娘は「私のお父さんは救世主ではありません。単なる女道楽の野獣のような人間だ」と娘がバラしているのです。三男が麻薬で死んでいるのです。文鮮明は自分の乗っていたヘリコプターが黒焦げになって死んだのです。文鮮明は救世主でも何でもなく地獄へ行ったのです。
 信じ込んだ日本人の信者が文鮮明に天皇陛下を土下座させようということを企んでいるのです。真実の神がニセの神に土下座をするなど、神罰が下ります。統一教会の信者は「そうすれば日本に平和がくる」と洗脳されているのです。「世界の言語は朝鮮語になるのだ。みんな朝鮮語を勉強しろ、わかったか!」と宣教師に言われると日本人の信者は「ネッ!」と答えるのです。「ネッ!」とは、朝鮮語で「はい!」という意味です。
 この連中がソウルに行って従軍看護婦に「本当に申し訳ない」と着物を着てお詫びしているのです。馬鹿もいいところです。
 この宗教だけは断じて許してはいけません。しかし、今は相当大きくなっています。創価学会のように何百万人いるのか見えないのです。一説では安倍晋三、稲田朋美、世耕弘重、高村正彦、高市早苗、みんな統一教会です。政界に深く入り込んでいます。
 この宗教だけは日本人として絶対に許してはいけません。統一教会の人間を見たら「お前は朝鮮へ行け!」と、みんなでしかりつけるべきなのです。朝鮮人をお父様と言うのだから、日本人ではありません。朝鮮人に奪ったものを貢ぐのだという人間は、日本人ではありません。真実の歴史も知らなければ何も知りません。
 久保木修己くらいの幹部になると高学歴が多いのです。久保木修己は「みんなの気持ちもわかっているよ。何故、朝鮮人を上に仰がなければいけないのか、これには理由がある。日本人が悪いことをしすぎた。大陸を侵略して朝鮮を植民地にして悪いことをしすぎたので、日本人は信用されていない。信用されているのは朝鮮人なのだ。だから朝鮮人を立てていくのだ」と言うのです。するとみんな納得して「ネッ!」と言うのです。
 全てウソです。久保木修己ももう地獄へ行ってしまいました。まだ若いのに、悪いことをやっていると長生きできません。以上!


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2017年11月20日

人間の探究 900 謗法(ほうぼう)

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※真言宗の求聞持聡明法・阿字瞑想法・月輪観瞑想法は大乗経典と言っても小乗教の教えに近いのです。

人間の探究 900 謗法(ほうぼう)

 日蓮大聖人様は謗法を嫌っています。「私は仏道修行をしている」と思っても、謗法(ほうぼう)するならば、それは地獄因になってしまいます。「いつも自分が信じていることが正しいのか、成仏に向かっているのか?」ということを考えてみなければいけません。成仏へ向かっていく反対の方向を謗法(ほうぼう)というのです。
 まず、仏教には大乗経典があります。権大乗経(ごんだいじょうきょう)といいます。権大乗経とは、「仮の大乗経の教え」という意味です。大乗経とは小乗教に対しての大乗経です。
小乗教は小さい乗り物です。断食したり、滝に打たれたり、自分でしかできない修行をして悟りを目指していくのですが、小乗教で出来上がった人を辟支仏(びゃくしぶつ)といいます。辟支仏とは自分のことしか考えていないエゴイストということです。一応、何らかの真理に触れて少しは「仏かな」と言われる人です。
 今でもインドの山奥にいるのです。ヨーガの行者、仙人と言われてこのような修行をしているのです。所謂、仏道ではないのですが、なんとなく一分の悟りを得ることができます。
 その中にあるのが真言宗の求聞持聡明法・阿字瞑想法・月輪観瞑想法です。これは大乗経典と言っても小乗教の教えに近いのです。自分だけ洞窟に籠って修行していくのは、小乗教です。こんなことができるのは、ほんのわずかな人です。大部分の人間はこんな修行はできません。誰でもできないから小乗教というのです。
 衆生は小乗教の修行はできません。それでは衆生が可哀想だから、次に出てきたのが大乗経典です。大乗経典は「多くの人を救える」という教えです。
 大乗経典の中には権大乗経(ごんだいじょうきょう)があります。権(ごん)=仮の教えです。これは一時的に仏が機根のあった人々を救うたけの教えです。その代表的な教えが阿弥陀経の教えです。仮の大乗経です。
 仮の大乗経とは、実大乗経(法華経の本当の教え)が出たときには、もう役に立ちません。権大乗経は仮の教えです。「人間が死ぬと阿弥陀仏が迎えに来て、極楽浄土へ逝ける」という仮の教えです。これだと多くの人が救えるのです。悪人でも善人でも救われるのです。それが大乗経典です。
 でもそれは仮の教えです。人類全体からいうと、ごく少数の人間しか救われません。その後に実大乗経という本当の教えが出てくるのです。この本当の教えのことを法華経というのです。
 法華経の中には阿弥陀経の浄土三部経は入っていません。法華経は浄土三部経の教えと根本的に違うとわかります。釈尊の本意は法華経です。実大乗経(法華経)を説きたかったのです。
 「人間が死ぬときに阿弥陀仏の名前を唱えれば極楽浄土に連れていってくれる」など、いかにも易しい教えですから、みんなが飛び付きますが本当の教えではありません。念仏が釈尊の説きたかった教えではありません。「次の教えが出たときには前の教えは効力がなくなるから捨てなさい」というのが日蓮大聖人様の教えです。
 実大乗経が出たのに、権大乗経という仮の教えにしがみついていると悪になります。法華経を説く人が出てきても、「私は法華経など聞きたくない。阿弥陀様に極楽浄土に連れていってもらいたい」このように思っていてはダメなのです。それは実大乗経がまだ説かれていない間ならばよかったのですが、実大乗経が出てきたら効力はありません。
 釈尊にも臨終があります。「これ以上待てない。今まで心の底に秘めておいた本当の法を説きます。今まで私が説いた法は忘れてください」このように言われたのです。みんな仮の教えです。小乗教の教えも権大乗経の教えもみんな法華経を説くための土台作りのようなものです。
 「私はあと8年で死にますから、いよいよ法華経を説きます」と言っているのに、「私は阿弥陀仏がよい」とか、「山の中に入って滝に打たれて修行をしたい」と言うのは、悪になります。それは謗法です。
 日蓮大聖人様が目の敵にした法然は謗法の大家です。法然は実大乗経を広めていないからダメなのです。12年間も比叡山延暦寺で山に籠ったのですが、悟れなかったのです。法華経が何を説いたものはさっぱりわかりません。優秀な学生だったのですが、何回も法華経に取り組んだのですがわからなかったのです。
 法然は「女が抱きたい」という煩悩が消えません。頭の中は女のことばかりです。阿弥陀仏はそのような人のために阿弥陀経を信じればよいのです。阿弥陀経のことを他力本願といいます。
 「煩悩をもったままで修行もしないで、ただ阿弥陀仏様におすがりして西方極楽浄土へ逝きましょう」という教えです。阿弥陀様の神通力によって救われようとする他力本願です。
 法華経はそんな教えではありません。仏にすがって連れていってもらえる教えではありません。法華経は自分を高めさせて成仏させる法です。だから難しいのです。あの法然でさえも落ちてしまったのです。
 なかなか法華経を信じる人は少ないのです。みんな途中で止めてしまうのです。当然です。「私、今地獄道やっているから、地獄道のままでいよう」ということです。自分を向上させようとしないのです。自分を向上させることは大変なことです。落ちていくことは楽なのです。
 仏教を大きくわけると「往生する法」と、「成仏する法」に別れます。
阿弥陀経は、人間の最終目的は「往生する」と言うのです。極楽浄土へ逝くのです。自分で成仏する必要などないので、阿弥陀仏の神通力によって往生するのです。
 平安時代や、徳川幕府の時代も、みんな阿弥陀経です。宇治の平等院も阿弥陀三尊が祀られています。人間が死ぬ時には指に糸を巻いて阿弥陀仏の仏像に結びつけて「南無阿弥陀仏、・・・」と拝んで、糸で結ばれたまま阿弥陀様の極楽浄土へ逝けるという考えです。
 「極楽浄土はどのようになっているのですか?」という見本で宇治の平等院を造ったのです。宇治の平等院は極楽の姿です。池があり、真っ赤なお堂があり、それが夕日になると池に写り美しく見えるのです。念仏は往生といいます。
 法華経は往生に非ず、成仏というのです。成仏は難しいのです。まず、「成仏する第一条件は謗法を避けよ」ということです。謗法などやっていると、いくら法華経を修行しても功徳はなくなってしまいます。
 大石寺の板本尊も、日蓮正宗法華講の樋田昌志君も、創価学会も謗法のうちです。法華経の修行に板本尊などいりません。それに結び付けて「これさえ拝めば祈りが叶う」というならば、念仏と一緒ではないですか。謗法が入った法華経というようなものです。
 ましてこれが南無妙法蓮華経となるともっと上の法です。大事なことは、仏教とは国がありません。それはそうです。仏教の始まりは「家を出よ!」と言うのです。家を出て俗世間の欲望「偉くなりたい」「大臣になりたい」「財産を持ちたい」という、「くだらない欲望を捨てなさい」と言います。裸で生まれた人間が持って良いものは、衣1枚と托鉢のお茶碗です。これだけは持ってよいのです。
 家を出て、釈尊の弟子になるのです。「家を出る」とは「社会を出る」という意味です。仏教とはそのようなものです。仏教は真諦(しんたい)を説いたものです。俗世間のことに目がいって「公明党をつくって天下を取る!」など、くだらないことをやっていると真諦は学べません。
 真諦を学ぶためにはくだらないことをやっていたのではダメなのです。一身をなげうって、「一心欲見仏 不自惜身命」という気持ちで仏教を求めていかないと本当の仏教はわかりません。本来の仏道は家や身分などありません。
 末法の日蓮大聖人様の仏教になると「国」が入ってくるのです。日蓮大聖人様は考えられたのです。「かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし」(種種御振舞御書)と言われています。日蓮大聖人様には「国」という概念がしっかりとあります。国がなくて、何が仏教なのでしょう。そのように日蓮大聖人様はお考えになられたのです。
 仏教もよいけれども、悟りを得るのもよいけれども、国が滅びたら悟りも何もありません。だから日蓮大聖人様は「立正安国論が一番大事だ」と言われたのです。一生涯に立正安国論は三度書かれています。
 一度目・二度め・三度めと書かれて、三度めは精密に書かれています。若干の違いがあります。日蓮大聖人様の仏教は「国」が入っています。立正をして、国が治まるのです。国が入っています。
 日蓮大聖人様のお名前も「日に連なる」と読みます。日とは、日本国です。日本国に連なるという意味で「日蓮」です。日蓮花押です。右側には天照大神、左側には八幡大菩薩です。両方共に日本の神です。神国に打ち立てる南無妙法蓮華経という新しい仏教です。日蓮大聖人様の仏教には「国」が入っています。それで完成するのです。
 仏教のエッセンス、神国が全て入っているのです。仏教を正すことにより、国も正していくことが日蓮大聖人様の立正安国論の御精神です。日本に災難が起きるのは皇室が念仏を入れたからです。真言密教を入れて、東大寺を造り、日蓮大聖人様から見るとみんな謗法です。そんなことをしてはならないのです。
 個人においてもそうです。公明党の選挙運動は即謗法です。地獄へ行く道を歩んでいるようなものです。そのようなことを学会員はわからなくなってしまいました。僕のブログに対して一つも反論がありません。「それは違うだろう!」と言ってみなさい。言えないでしょう。学会員は朝鮮人池田大作に魂を抜かれてゾンビになってしまったのです。
 普通は自分のことを批判されたら怒り狂います。それもエネルギーです。怒り狂うエネルギーもないのです。魂がないのです。池田大作が学会員の魂を全て吸い取ってしまったのです。生きるゾンビが歩いているだけです。学会幹部「あっちへ行って1票取って来いよ」学会員「はい、はい、はい」とキョンシーのように跳ねまわっているのです。
 学会員に物申します。もうちょっと、しっかりせんかい! そうでないと諸君は地獄へ行くだろう。


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2017年11月18日

『日本人に打ち込む100本の柱』キチガイに近付くな 69柱

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※幸福の科学の大川隆法、これもキチガイです。なにが、「エルカンターレ」ですか。必ず、そういうキチガイは冠(カンムリ)とか、ガウンとかつけたがるのです。蝶々が羽ばたくように冠とかガウンを付けて、人々をたぶらかすのです。

土曜日特別講座『日本人に打ち込む100本の柱』 
キチガイに近付くな 69柱

 世間では、馬鹿とキチガイが一緒にされていますが、馬鹿とキチガイは、本質的に違います。前回でふれたように馬鹿は物事の道理がわからないことです。キチガイというのは道理がわからないことはもちろんだけれども違う世界にいる人のことをいいます。二人で対話していてもキチガイとの対話は成立しません。キチガイとは、一人称世界に閉じこもって、そこで全部解釈するので全然違う結論になるのです。これがキチガイです。
 現代社会ではこのキチガイというのは非常に多いのです。多くの人は発狂しています。どこからどこまでが正常で、どこからどこまでがおかしいのかというと、その判断の区別は人称がつながらないことです。同じ世界に共同しているのに違うことを考えている人間はキチガイと言わざるをえません。
 現代に多いキチガイを分類してみると、まず政治家です。これは狂っています。通常の我々のいる世界とは全く違う判断です。政治家は狂っています。それから、宗教家です。これは狂っています。創価学会の池田大作など代表的な例で完全に狂っています。池田大作は、人格が崩壊しているので、ハレンチな行動が平気でできます。それから、統一教会の文鮮明ですが、これは死んでいると思いますがこれもキチガイです。幸福の科学の大川隆法、これもキチガイです。なにが、「エルカンターレ」ですか。必ず、そういうキチガイは冠(カンムリ)とか、ガウンとかつけたがるのです。蝶々が羽ばたくように冠とかガウンを付けて、人々をたぶらかすのです。
 芸能界にもキチガイがいっぱいいます。また芸能界は、キチガイでないと出来ない仕事です。芸人は真実を言う必要もありません。芸人はまともでは出来ません。だから演技が上手ということは狂うのが上手ということです。
 各界、様々なところにキチガイは存在します。このキチガイには係わり合いを持たないほうがいいのです。何故ならキチガイは伝染するからです。ある一人の人間が狂うとその周りを取り囲むのです。                             
昔戦後、銀座で北村サヨ(一九〇〇年一月一日-一九六八年十二月二十八日は天照皇大神宮教の教祖。山口県熊毛郡田布施町出身)というキチガイが踊り出したのです。それを見ていた大衆は「そりゃ、そりゃ」と踊りだしたのです。その中に横綱までもいたのです。天照皇大神宮教といい、そのようなキチガイがいたのです。江戸時代では、御札参りとか、ええじゃないか踊りとか、一人のキチガイがでると皆に伝染するのです。
 アドルフ・ヒトラー(独: Adolf Hitler, 一八八九年四月二十日- 一九四五年四月三十日)というキチガイが出ると、その考え方は伝染するのです。民衆は良いものにあこがれないで、狂ったものにあこがれるのです。だから狂った人間がでてくると、そっちに惹かれてしまうのです。「狂を発する」というのです。だから心ある人は自分がやろうとしていることは、「狂っているのか? あるいは、正気なのか?」と、考えるのです。
特に革命などはそうです。二・二六事件の時もそうですが、「我れ狂か愚か知らず一路遂に奔騰するのみ」と、陸軍歩兵大尉 野中四郎(当時三十二歳、歩兵第三連隊第五中隊長)が言いました。「自分は狂っているのかな?」ということです。まあ、狂わなければ革命的な行動は出来ません。これは大塩平八郎にしても、三島由紀夫にしても、発狂性を自分自身で疑っているのです。
 最もそれを恐れていたのは、小説家の芥川龍之介です。彼は「狂うのではないか?」という恐怖で死んだのです。後は、川端康成です。「死ななければならない」という狂った姿です。この「狂」というものを持っているから狂ったということです。だから狂をもっていると文学もおもしろくなるのです。通常の生活をして「お父さん、お母さん、おはようございます。」では、文学は生まれません。文学とは狂っているということが前提となっています。狂った人というのは日常の生活の中にはいないので、人を惹き付けて読まれるのです。多くの小説は狂っているのです。
 昔、「若きウエルテルの悩み」(ドイツ語: Die Leiden des jungen Werthersは、一七七四年に刊行されたヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテによる書簡体小説)という小説があって、その時に出てきた主人公が黄色のベストを着ていたのです。それを皆、真似して黄色のベストを着て自殺したのです。これも「狂」であり、キチガイなのです。
 それから藤村操(一八八六年(明治十九年)七月 ―一九〇三年(明治三十六年)五月二十二日、北海道出身)という旧制一高の学生が華厳の滝に飛び込んで自殺しました。遺書「巌頭之感」の「我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。」と遺書を残して投身自殺したのです。
 狂っているものは人をうならせて、惹きつけるのです。だから、正しい日本精神を学んでいく人間は「狂」からキチガイから離れなければならない。キチガイを見たら逃げなさい。近寄ってはならないのです。目つきの異常なヤツのそばにいってはならないのです。


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2017年11月17日

人間の探究 899 60歳・70歳は鼻たれ小僧!

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※草笛光子さんを見てください。草笛光子は84歳でカッコイイでしょう。開脚もできるし体も柔らかく、顔も美しく、頭もよく、スタイルもよいのです。

人間の探究 899 60歳・70歳は鼻たれ小僧!

 昔はこのように言いました。「40歳・50歳は鼻たれ小僧」しかし、寿命が延びた今では、「40歳・50歳は鼻たれ小僧」という人はいません。今、言うならば「60歳・70歳は鼻たれ小僧。80歳にして青春だ!」このような言葉がぴったりと当てはまるのではないかと思います。
 加山雄三を見てください。80歳過ぎても青春です! 杖をついたジジイがヨタヨタ歩いているイメージは全くありません。80歳を過ぎたら年寄りというイメージをなくすのです。80歳と言えば、「凄く老けたお爺さん」という感覚がありましたが、今は全然違います。
 60歳・70歳は修行途中の鼻たれ小僧です。「人生とは何か?」ということが、まだ何もわかっていません。本当に物事がわかってくるのは、80歳過ぎてからです。だから、80歳過ぎて青春です。このように時代が変わってきているのです。
 60歳・70歳くらいで杖をついたり、ハゲになったり、入れ歯になったりしているかもしれませんが、そんなものはぶっとばすのです。そんなものを寄せ付けてはいけません。杖を捨てろ! 入れ歯をかみ破れ! ハゲた頭にはリアップを塗れ! 腰を伸ばせ! 鼻たれ小僧の分際で腰を曲げるなど早すぎです。
 鼻たれ小僧の分際で入れ歯を「フガフガ」させるなど、とんでもないことです。杖を捨てなさい! 自分の足で大地を踏みしめて歩くのです。60歳・70歳はまだ鼻たれ小僧の坊やです。杖も早い、入れ歯も早い、ハゲも早いのです。青春は80歳からです。
 本当にそうです。草笛光子さんを見てください。草笛光子は84歳でカッコイイでしょう。開脚もできるし体も柔らかく、顔も美しく、頭もよく、スタイルもよいのです。ババアじみてなどいません。加山雄三もジジイじみていません。
 生活保護はいらん! 厚生年金もいらん! 車いすを捨てて働け! 人生は80歳からです。80歳からが青春です。ドリフターズの「ババンババンバンバン」の歌でもつくりたい気分です。この間、加藤茶(75歳)がテレビに出ていましたが、髪の毛も茶色くなって、若くなっていました。ボケが治っていました。仲本工事(76歳)もシャキッとしています。元体操の先生です。学習院大学政治経済学部卒です。志村けんはその番組には出ていませんでしたが、志村も元気です。
 人生は気合です。人生をバラ色にするのもしないのも、自らの決意にかかっています。80歳過ぎて恋愛をしなさい。青春なのですから、ババアを見つけてチュウチュウしなさい。
 元気を取り戻しなさい。仕事をしなさい。創価学会の元幹部の福村君、「定年退職で人生は終わりました」など、何を遊んでいるのでしょう。人生はこれからでしょう。やっと人生のいろはをつかんだ段階で、定年退職して年金暮らしだとか、トボけたことを言っているものではありません。人生の目的は、この世に遊ぶために出てきたのではありません。
 年金がついて退職金をもらうと、「人生は遊ぶためにあるのだ」と考えて、外国へ行ったり、豪華客船の旅に出たりして、何が楽しいのでしょう。それを馬鹿というのです。 自分の仕事を成せ! 日本人のためによいことを成せ! 日本の国のために良いことを成せ! 
 人生を遊びと考えて外国へプラプラ旅行したり、そんなために神様は貴方を創ったのではありません。神様は遊ぶために貴方を創ったのでしょうか? そんな意味のないことはありません。
ちゃんと使命をもって人間は生まれているのです。生まれた以上、みんな使命があるのです。「自分の使命を果たしていく」ということが人生です。そこに永遠の生命と、永遠の幸せを感じ取っていくのです。
「ジジイ・バアアよ、目覚めろ! 60歳・70歳は鼻たれ小僧。80歳過ぎてからが青春だ!」以上!


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2017年11月16日

人間の探究 898 天下布武から天下布正(てんかふせ)

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※織田信長は天下布武じゃ! 正理会は天下布正!

人間の探究 898 天下布武から天下布正(てんかふせ)

 今、日本に正なる嵐が吹き荒れています。あまりにも朝鮮人によって荒らされた日本の正義なるものを取り返す戦いをしているのです。
 そのような意味で僕のブログもかなりの評価を受けるようになってきました。我々、正理会がやっていることは、天下に武を引く天下布武ではなく、「天下布正(てんかふせ)」です。正義を世の中に広めていこうとする運動です。
 正義がある社会は生きていて楽しい世界です。安心して生きていられる世界です。天下から「正」がなくなれば、これ以上嫌な世界はありません。僕たちが現れる前はそうなっていたのです。
 警察官は正を表す機関ですが、警察は私財を増やす機関になってしまいました。パチンコ業界に出入りしてプリペイドカードの利権を握り、パチンコの台は「3ヶ月に一度台を変えるたびに検査をする必要がある」とその利権を警察が一手に握り、パチンコの営業許可も警察が握っています。
 亀井静香をはじめとして、警察は不正のギャンブルに手を出して金儲けをしていたのです。上がそんなことばかりやっているから下の警察官はどう思うでしょうか? 馬鹿馬鹿しくてやっていられません。
 これは署長クラスがもっている権限です。下っ端の警察官は何の権限もありませんから、ただ庶民に威張るだけです。警察官に正義がなくなってしまったのです。「世の中を正していくぞ!」と希望に燃えて警察に入ってきた若者も大勢いたでしょう。その若者が上を見た瞬間に腐ってしまうのです。
 上はヤクザとつながっているし、パチンコともつながり、不正な利益ともつながっています。警察官に入った人間が、そんなものを見たら自分の身の置き場所がありません。ちょっと生意気なことを言えば「あの野郎は生意気な野郎だ」と言われて辞めさせられたり、殺されたりしてしまいます。ヤクザの世界となんら変わりません。
 その証拠に警察に「お願いします」といろんな事件をもっていっても、警察は事件を捜査しません。最近は「受けておくよ、順願があるからな、順番でやるから」と放っておかれるのです。
 まず、事件を書いた書類だけ預けます。「その話を聞きました」というメモです。何百と集まった事件から「これをやろう」と選択します。だから何百分の1しか捜査しません。後は全てお蔵入りです。
 それが大阪府警で発覚しました。6300件の事件があって何も捜査されていません。宗教法人行政も同じです。受理したら、「この宗教団体を法人を許可するか、許可しない」という返事を3ヶ月以内に出さなければいけません。
 だから「書類は預かりましたけれども、受理はしていない」と言うのです。何年経っても「預かりました」というだけです。普通、正式に書類を提出したら役人は受け取らなければいけません。書類を受け取ったら3ヶ月以内に結論を出さなければいけません。それはやりません。何年でも許可しないのです。
 「まだ受けとっていません」と言うのです。受け取ったらやらなければいけませんから「預かっている」と言うのです。そのようなことです。
 上から下までみんなそのような行政になっているのです。加計学園の問題もそうです。書類を受け取ったら「許可するじか、しないか」ハッキリしなければいけないから、受け取らないのです。上から下まで正義はありません。
在日朝鮮人は日本人よりも多くの生活保護を受けています。そんな馬鹿な話があるのでしょうか? 憲法で生活保護を受けたり、公務員になれるのは、「日本国民に限る」と書いてあります。それも打ち破られて日本国民でない奴らが日本人よりも多くの保護を受け、お金を受け取り優遇されているのです。
その他、在日朝鮮人には高校の授業料免除があります。水道料金が半額以下だとか、お風呂券が出るなど、医療費は無料など、生活保護プラスそのような特典がついているのです。とんでもない話です。
朝鮮人は通名を使えます。通名は何個でも持てたのです。日本人が芸名を名乗っても芸名で不動産は買えません。朝鮮人は通名で不動産が買えるのです。これは在日特権です。通名は何個でも持てるのです。「山田太郎」「金井太郎」など、通名ごとに不動産を持てるのです。
ふざけすぎです。生活保護は日本人が12万円もらえるのに対して、朝鮮人は17万円もらえるのです。しかも、国家予算で生活保護の予算があり、それが1千億円だとすると、700億円は朝鮮人がもらっているのです。日本人は残った300億円をもらうのです。朝鮮人は公式では100万人いることになっています。日本人は1億3千万人です。1億3千万人対100万人です。そんな馬鹿なことをやっているのです。
全て世界は不正で動いています。在日朝鮮人は在日枠をもっています。大学の枠や就職枠です。NHKに千人、電通に2千人、テレビ朝日、フジテレビ、TBSも枠をもっています。慶應義塾大学にも枠があり、朝鮮人は入れるのです。慶應義塾大学で女性を暴行した事件を起こしたのは全て朝鮮人です。至る所で朝鮮人は優遇されているのです。
日本の一流大学に韓国語で試験を受ければ入れるのです。就職にも枠があります。銀行にも枠がありますから、どんどん朝鮮人が偉くなります。経団連の会長の榊原定征(崔定征)も朝鮮人です。
このようなものは全て不正です。このような不正がはびこる社会は、韓国社会と同じです。韓国社会に正義は一つもありません。全て不正です。ワイロがないと何も動きません。役人がなぜ強いのかというと許可権をもっているからです。
例えばタクシーも許可制です。許可が無いとタクシーはできません。白タクを増やせばよいのですが、できないのです。何十年もタクシーの運転手をやってきて、その実績があって、資産がある人に白タクの免許を与えるのです。大多数の運転手は雇われてタクシーの運転手を一生やっているのです。
タクシー会社が「車が100台しかないから、130台にしたい」と思っても30台の認可がなければできません。認可があるところに役人が口出しをするのです。「俺に逆らうとタクシーは増えないよ」と言うのです。どうしようもなりません。みんなそのような構図です。韓国は全てそのような構図です。役人にワイロをはらわなければ商売はできません。それが役人の給料の一部になっているのです。
そのような不正社会に日本もだんだんとなっているのです。不正が蔓延しているのです。この「不正」とは、朝鮮風ということです。江戸時代には不正などありません。うまくいっていたのです。「ワイロがなければ社会がまわらない」などという社会は日本ではあまりありません。
そのような社会は腐った社会、クズの社会です。新聞も正しいことを報道しません。全てが腐っているのです。日本において腐っていないのは自衛隊だけです。社会から隔離されているから自衛隊は腐っていないのです。
しかし、この自衛隊も上へいくと腐っているかもしれません。「どこの航空機を買うのか?」という権限は自衛隊の幹部がもっています。買うことはできませんが、「この機種にします」という権限はもっています。「わが社の航空機にしてくれ」と、そこに金が流れてくるのです。田中角栄はそれでやられたのです。それは不正の社会です。
天下に正しい道を開くということが、「天下布正」です。この運動をやっているのが僕のやっている正理会です。それは政治家・実業界・宗教団体にも及ぶ浄化の道です。正理会の役割は偉大です。早く皆さんも正理に目覚めましょう!

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2017年11月15日

人間の探究 897 創価学会幹部は朝鮮人!

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※池田大作を見てみなさい。長男の博正は教え子に手を付けて子供を産ませて離婚。次男は胃穿孔で胃に穴が開いて死亡です。三男は全く出てきません。香峯子夫人は痴ほう症になり一家滅茶苦茶です。

人間の探究 897 創価学会幹部は朝鮮人!

 現代の創価学会の幹部はほとんどが朝鮮人です。3分の2はいるらしいのです。それで創価学会を乗っ取った気になっているらしいけれども、おっと待ちなさい。
 日蓮大聖人様の仏教を盗み取ることはできません。これは日蓮正宗法華講の樋田昌志君も同じことです。日蓮大聖人様のご真意は僕が握っています。君たちは日蓮大聖人様のご真意を握っていません。
 創価学会にしても顕正会にしても日蓮正宗法華講にしてもそうです。自分の勢力をつくることばかり考えているのです。
天台大師『摩訶止観』(第三菩達心、第二項、邪な心、一、十種の濁心)
「もしその心に、念々に眷属多からんことを欲し、海が流れを呑むごとく、火に薪を焚くがごとくにして、中品の十悪を起こすこと調達(じょうたつ、お釈迦様に敵対したダイバダッタの事)の衆を誘うがごときものは、これ畜生の心を発して、血途(※畜生界の事)の道を行ずるなり。」

天台大師は「勢力をつくることは仏教ではない」とハッキリ言っているではないですか。
 仏教とは道理を立てるものです。道理を立てない人は、いくら信者の数を増やしてもダメなのです。創価学会のようにトンチンカンなことを言って「靖国神社には行かない」「神社を参拝しない」「伊勢神宮を参拝しない」など馬鹿なことを言っている人がどんなに増えても非国民が増えるだけです。
 これは日蓮大聖人様に対する反逆罪です! 君たちは、全員仏罰を受けます。創価学会第六代会長の原田稔の奥さんは植物人間になり急死したのです。そんなことになるのです。池田大作を見てみなさい。長男の博正は教え子に手を付けて子供を産ませて離婚。次男は胃穿孔で胃に穴が開いて死亡です。三男は全く出てきません。香峯子夫人は痴ほう症になり一家滅茶苦茶です。
 創価学会は道理を外れているからロクでもないことになるのです。創価学会は何を教えているのでしょう。
 朝鮮人が創価学会を乗っ取っても、真実の仏教を保っているのはこの僕です。これはハッキリと言っておきます。お前達は池田大作亡き後は何を根拠にして、何処に進んでいいのかわからないでしょう。僕がみんな教えてあげているのです。
 僕の『中杉弘のブログ』のコメント欄に反響はありはしません。創価学会にしても、日蓮正宗法華講の樋田昌志君にしても「中杉に近づくな!」と指導しているのに違いありません。以前、創価学会の会員がそのことを暴露していました。本当に卑怯者です。「お前達の仏教は間違っているぞ!」と言われているのに、反論してこないとはどのようなことなのでしょう。性根まで腐っているのです。
 僕がいる限りは大丈夫です。仏教は廃れません。僕は戸田先生の弟子であり、石田次男先生の弟子ですから、真実の仏教が伝わっているのはこの僕です。「だから僕を創価学会の会長にしろ」という話ではありません。
 僕に教わりに来なさい。何故ならば、君達は仏道修行をしていません。この間、創価学会杉並区・幹部の福村が僕のところへ来て「定年退職後はやることがなくて、退屈で・退屈で仕方ないのだよ」などと言っているのです。何を言っているのでしょう。
 この男は早稲田大学卒で本部職員になったのです。退職したらもうやることが何もないのです。自発の仏教ではないからやることがないのです。仏教の研鑽は何処までやってもやりきれません。「定年退職をしたらもうやることがない」など、創価学会の元幹部が何を言っているのでしょう。
 創価学会は仏教を教わろうとしない、法論をしようともしません。情けない連中です。創価学会に仏教は無しです。日蓮正宗にも仏教は無しです。「チンドン!」などとふざけたことを言う猊下がいるのでしょうか? 小僧さんに「お前はチンドンなんだよ!」など、何をくだらないことを言っているのでしょうか? こんな坊主は俗物坊主です。
 顕正会の浅井昭衛は会員に伏せ拝をさせています。「浅井先生のおでまし〜」と言うと、「ハッハー」と5分間も伏せ拝をさせているのです。何様のつもりでしょうか? 全て仏罰を受けます! 
日蓮大聖人様の仏教ではないものを「日蓮大聖人様の仏教」と言い、「どの本尊がいいのか」と言ったり、「大石寺のご本尊さえ拝んでいれば俺は正しい」など、そんな仏教がどこにあるのでしょうか? この大馬鹿者! 
 よく聞きなさい。最初から信心をやり直しなさい。信心はいくつになってもできるのです。僕が正法を握っているから教えてあげましょう。仏教を聞きにきなさい。そうすれば、お前達も生き残り、国も救われていくのです。そのような研鑽をしていないでしょう。
何才になってもよいのです。正しく仏教を学びなさい。日本の国の歴史を学ぶのです。「世界史の中で日本がどのような役割をしていかなければいけないのか?」ということを考えなさい。「日蓮大聖人様の仏教とはどのようなものか?」ということを骨身に染みて、仏道修行をしてわかっていかなければいけません。「そうしなければ君たちの将来は無い!」と、断言してあげましょう。以上!

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2017年11月14日

人間の探究 896 「かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし」

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※創価学会の第6代会長の原田稔・公明党の山口那津男、これから僕の言うことをよく聞きなさい。君たちは創価学会の最高幹部になっていますが、実は何も仏道修行をしていないということに気が付きませんか?

人間の探究 896 「かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし」

 創価学会の第6代会長の原田稔・公明党の山口那津男、これから僕の言うことをよく聞きなさい。君たちは創価学会の最高幹部になっていますが、実は何も仏道修行をしていないということに気が付きませんか? だからトンチンカンなことを言っているのです。
 例えば、外国人参政権を公明党はどこの党よりも多く提出しています。これは正しい考え方なのでしょうか? 今の北朝鮮の状況を見ればすぐにわかるでしょう。我々は最初から外国人参政権の法案に反対してきました。
 こんなに「日本憎し」と考えているのが朝鮮民族です。「東京に原爆を落としてやるぞ!」と脅かしている北朝鮮、世界各国に従軍慰安婦の銅像を世界中にばら撒こうとしている韓国。「軍艦島」で「拷問された」とありもしない映画をつくって世界中にばら撒いている韓国。
 公明党はこのような民族になぜ「参政権を与える」と言っているのでしょう。公明党の連中は頭が狂っています。「こんな連中になぜ参政権を与えるのか?」という根拠を教えてあげましょう。一体何かというと、それは「人類は平等だ」「朝鮮人はお可哀想な民族なのだ。このお可哀想な民族に生活権を与えて、少しでも平等にしていかなければいけない」という考えです。これが大義名分です。
 どうしてそのような考え方になるのでしょうか? これは「総別」の考え方を間違えている考え方から出てくるのです。総別の二義くらいは学んで知っているでしょう。しかし、深い中身については何も知りません。創価学会員は仏道修行していないからわからないのです。
 僕は創価学会に15年いたけれども、学会の大幹部になったことは一度もありません。従って学会から給料をもらったことは一度もありません。真面目にやってきたのです。山口那津男君とは違います。大学を出てすぐに偉くなり君臨している連中とは違います。
 だから僕は仏教がわかったのです。一生懸命、真面目にやってきたのです。君たちは仏教を何も知りません。君たちが知っている方法は、民衆に君臨する方法と、集金の方法だけです。
 日蓮大聖人様の総別の二義も、「どのように使っていくのか?」ということをわかっていないでしょう。総じて言うと一切衆生は仏です。これは知っているでしょう。でも、「総じて言うと」ということなのです。そこには区別はありません。黒人だろうと、朝鮮人だろうと、シナ人だろうと、日蓮大聖人様の仏教を信じるならば、それはみんな仏です。だから「仏教は平等だ。生命は平等でなければならない」と言うのです。
 この考え一つならばそれでよいのですが、仏教は「総別」と言っています。総じた考えと、別した考えの区別ができないと、この理論になってしまうのです。「朝鮮人に参政権を与えろ!」という馬鹿な理論になってしまうのです。
 日本国民でもないのに「朝鮮人を市役所で採用しよう」などという馬鹿な話になってしまうのです。総じて言うと生命は平等です。別して言うと生命は平等ではありません。全て違います。別して言うと日本人も朝鮮人もシナ人も黒人も白人もみんな違います。
 総じた理論だけ言って、別した理論を言わないと、ダメになってしまいます。ドロボウも同じ人間です。白石隆浩のような殺人鬼も同じ人間です。「殺人鬼の人権を守れ」というくだらない理論になってしまうのです。これは総じた理論です。
 別して言えば殺人鬼は厳しく罰せられなければいけません。反日活動については、厳しく糾弾しなければいけません。これがわからなくなった状態が「かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし」ということです。創価学会員はそのことがわからないでしょう。
 「かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし」とはどのようなことでしょう。この総別の二義がわからなくなってしまうことです。総じて考えることと、別して考えることができなくなってしまうのです。
 「朝鮮人の悪口を言うとんでもない奴だ。朝鮮人も人間だ。何故、悪口を言うのか?」そのような理論になってしまいます。そんな考えになったら国は滅びます。総じて言う理論は理想論です。日本国憲法も総じて言うと正しいのです。日本国憲法は理想の憲法です。諸外国も同時に日本国憲法を持つならば、理想の憲法だと言えるのです。
 しかし、諸外国は一向に持とうとしません。何故ならば、日本国憲法は陸海空軍を保持しない、交戦権を持たない憲法だからです。諸外国は「平和を愛する諸国民」ではありません。「戦争をする諸国民」です。そうなってくると、一国だけ日本国憲法を保っているということは、国が滅びます。
 北朝鮮や中国はどんどん水爆をつくっています。やがて、韓国も核開発をするでしょう。どんどん諸外国が核をもっていくのに、日本は「憲法を守れ!」というキチガイと、外国のスパイどもがわめいているのです。こんなことを実行したら大変なことになってしまいます。
 総じて言うと日本国憲法は優秀な憲法です。別して言うと現状に合っていないということです。総別とはこのように使っていくのです。現実に合いません。「別して言うと」とは現実論とも言えるのです。
 「総じて言うと」というのは理想論です。しかし、現実は差別であるから「別して」とは現実論とも言えるのです。理想論と現実論が混同してしまったら、この国は滅びます。「かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし」とはそのことを言っているのです。
 理論の上では「世界は一つ、生命の尊重が大事、どの民族に対しても差別はいけない。人間は平等だ。もっと言うならば豚も人間も平等だ」、そんなことでやっていけるのでしょうか? やっていけません。
 総じた理論だけでは現実はやれません。必ず人間には頭の良い人・悪い人、馬鹿やキチガイ、どうしようもならない奴がいて、人間は千差万別です。別した面から論じていかなければ、論理は完成しません。総別の二義とはそのようなことです。
 国でも野蛮な国があり、「日本に原爆を撃ち込む!」と言っている北朝鮮、「沖縄は中国のものだ」と言う中国がいます。中国は日本の領土の尖閣列島に図々しく侵入してきて、南沙列島を埋め立てして、巨大な中国をつくろうとしています。
 これは別して言うと獣です。総じて言うと中国人も人間ですが、別して言うと獣です。北朝鮮は狂気の沙汰です。人間であることも事実ですが、「総じて言うと」というのは理想論です。現実は全て違います。個人も違います。足の速い人・遅い人、頭の良い人・悪い人、偏差値70の人・偏差値30の人、みんな違います。
 それを個別で見たら、どうしても差別論にしかなりません。差別するとは苛めるという意味ではありません。頭の良い人間は東大へ行き、頭の悪い人は大学へ入れません。中卒の人間と東大を出た人間では天と月ほどの違いがあります。人間の質の違いは、変えられません。
 「お前は中卒だな。中卒でもできる仕事をやりなさい」ということです。大工なら中卒でもできる仕事です。そんなものを東大卒の人がやっても何の意味もありません。それは差別です。そのような時点から見ると、日本人の悪口を言い、ウソばかりついている連中は一体何人なのでしょうか? 
 日蓮大聖人様の仏教とは何でしょう。変な御本尊を信じて一日12時間も拝みまくることが、日蓮大聖人様の仏教ではありません。「お前の考えは正しいのかどうか?」と筋道を立てていくことです。
 差別論だけに偏ってもダメ、理想論だけに偏ってもダメです。それを総別の二義と言うのです。
「総別の二義あり総別の二義少しも相そむけば成仏思もよらず輪廻生死のもといたらん」(曾谷殿御返事)
「かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし」(種種御振舞御書)

創価学会員よ、わかったかね!


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2017年11月13日

人間の探究 895 三蔵法師

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※四大訳経家に数えられる鳩摩羅什や、真諦、不空金剛なども多くの経典の漢訳を手がけており、「三蔵法師」と呼ばれるが、なかでも最も有名な三蔵法師は唐代の僧・玄奘三蔵です。

人間の探究 895 三蔵法師

 三蔵法師の『西遊記』とは、言うまでもなく物語です。日本では中国の伝奇小説『西遊記』に登場する人物「三蔵法師」として特に有名です。西遊記の三蔵法師(玄奘三蔵)は数ある三蔵法師のうちのひとりです。
 特に、インドや西域から教典をもたらし、漢訳した人々を尊称して「訳経三蔵」や「聖教三蔵」、あるいは「三蔵法師」と呼ぶことが多いのです。
四大訳経家に数えられる鳩摩羅什や、真諦、不空金剛なども多くの経典の漢訳を手がけており、「三蔵法師」と呼ばれるが、なかでも最も有名な三蔵法師は唐代の僧・玄奘三蔵です。
三蔵法師は、仏教の経文原典を求めてインドを周遊し『般若心経』を中国にもたらしました。更にその業績は『大唐西域記』や『大慈恩寺三蔵法師伝』としてまとめられ、後に『大唐三蔵取経詩話』でフィクションを含有するようになり、最終的には『西遊記』に結実して世界中に知られるようになりました。
『西遊記』は、三蔵法師が天竺(インド)へお経を取りに行く話です。経典を取りに行く途中で、沙悟浄、猪八戒、孫悟空の家来が従っていくというお話です。途中でいろんな魔が出てきます。三蔵法師を家来の孫悟空たちが守るというお話です。
 この話はみんな知っています。大事なことは「孫悟空が300年間も岩に閉じ込められていた」ということが大事なことです。孫悟空は身動きできないのです。何か悪いことをして、岩に閉じ込められていたのです。三蔵法師が通ると「助けてくれ、お坊さん。俺はこんなところに300年間も閉じ込められているのだ。なんとかお坊さん助けてくれ!」と言うのです。
 三蔵法師が孫悟空を岩から出すように心みるのですが、なかなか助けられません。最後は助けるのですが、岩から出てきた孫悟空は途端に元気になるのです。「おお、助かった。俺はこの岩から解放された!」と思って三蔵法師を見て「お前さんか、俺を助けてくれたのは、たいしたことない坊さんだな。俺と知恵くらべしてみるか?」ということを言うのです。孫悟空は暴れ者です。孫悟空は助けられた瞬間に恩を忘れて、「自分のほうが如何に凄いか」ということを三蔵法師に自慢したのです。
 これはもっと深く考えてみると、300年間石に閉じ込められているのは、衆生のみなさんのことです。人間みんな岩に閉じ込められているのです。どんな岩なのかというと、自分という肉体です。
 人間はどうしても自分の肉体を脱することができません。脱するときは死ぬときです。知らない間に自分は肉体という牢獄に入って、自分はご飯を食べなければ生きられません。肉体は不自由この上ありません。
 岩屋につながれている孫悟空と同じです。内心は「助けてくれ!」と思っているのです。「誰か私を解放してくれないかな?」と思っているのです。工事現場で働いている奴も、「助けてくれ!」と思っているのです。「こんな土方仕事は嫌だ!」と思っているのです。
 原発の後始末をしている人もいるのです。「助けてくれ!」と思っても、明日もまた原発の後始末です。明日も重機の運転です。「助けてくれ!」と言うのが、みんなの本当の声です。「今日も会社に行くのか。嫌だな。会社へ行ったら怒られてしまうな。課長は怖いから早く家に帰りたいな」と思い、もう生きていることが、嫌で嫌で仕方ないのです。
 「1日でいいから、他の人になりたいな」「大金持ちになってみたいな、1日でよいのだよ」「宝くじが当たって、今の自分から脱却したい」みんな脱却することを望んでいるのです。自分が嫌でも脱却できないのです。
 通りかかった三蔵法師は何かというと、我ら正理会のことです。正理会の会員は皆さんのことを「穴倉にいて可哀想だな。救ってあげねばならないな」と思っているのです。
 「正理会の会員が通った。助けてくれ!」とすがってくるので岩から出してあげても、すぐに時間が過ぎると「喉元過ぎれば熱さを忘れる」です。「正理会なんて何を言っているのだ。私のほうが偉いのよ! 私はもうそんなところへ行かないわよ!」と思うのです。孫悟空が三蔵法師に逆らったことと同じ現象です。
 正理会でいろんなことを習ったから物事がわかるようになったのに、習ったご恩は忘れて「全て昔からできた」と思うようになるのです。それでまた自分の殻にストーンと落ちてしまうのです。人生とはそうなのです。
 人生は貴方を救う様々な働きがあって、正理会も貴方を救うためにあるのです。無明の闇に閉じ込められた、深く救いのない貴方を救っていくために正理会はあるのです。
「貴方は不幸ですね。正理会に入りなさい。貴方は創価学会という穴に落ちてしまったのです。可哀想ですね。淫乱地獄ですね。そんなところへ落ちたのですか。一旦穴に入ってしまうと、なかなか救うことは難しいですよ。でも、本当に救われたいと思うならば正理会へ来なさい」と言うと、それでも貴方は「私は幸福です。私は何も困ったことがありません。裕福で恵まれていますから私は何も困っていません」と言うのです。冗談ではありません。全てウソです。
 この世に生まれて悩みのない人間などいません。みんな悩み果てているのです。人に見せないだけです。最後は知らない間に病気になって死んでしまうのです。芸能人を見て御覧なさい。山城新伍も三船敏郎も天地真理も最後はボロボロです。誰も助けません。
仏様は「貴方はこのような道を歩んでいると、このような地獄へ行きますよ」と見えるのです。正理会の教えられた通り歩んでいくならば、幸せになります。孫悟空の教訓を思い出して、岩に閉じ込められている穴から脱却していきましょう。


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