2016年07月29日

人間の探究 563 心を師とするなかれ

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※天界道を歩むとどうなるのかというと、自分が一歩でも上に上がろうとするのです。相手より上にいくのです。「東大に合格した」などというと、天にも昇る気持ちです。

人間の探究 563 心を師とするなかれ

一般の人は人生を歩むのに自分の心を師匠にしています。「私は自分のことは自分で決めます」何をするにしてもそうなのです。人の意見を聞いて「こうなりたい」という人はいますが、もっと深く考えてみると実は自分が自分の師匠です。
「私がこうなりたい」「私が欲しいものはこれだ」「私はこれが嫌いだ」いろいろな心があります。普通の人は自分の心を師匠として人生を歩んでいるのです。だから間違えるのです。
人生には道があり、仏様から見ると十の道があります。これは仏様が見える道であり、一般の人は自分の心を師としているから見えません。そんな道があることすらわかりません。
仏様から見ると人生には十の道があります。どの道を行けばどうなるか見えているのです。でも人間はわかりません。十の道があることすらわかりません。何をやっているのかというと真っ暗闇の中を手探りで人生を進んでいるのです。「道」ということがわからないのです。
たまたま真っ暗な道を進み、お宝様にぶつかると大歓喜して「ウワー、当たった!」と言って大喜びをするのです。またある時は真っ暗な道を進んでいるのですから穴にドボンと落ちて「うわー、助けてくれ!」ということになるのです。
真っ暗闇を一人で進んでいるのです。その時の進むエネルギーは欲望というエネルギーです。「自分がやりたい」と思う心を師として真っ暗闇の中を進んでいると思えばよいのです。
これでは幸せになれません。仏様は簡単にみて十通りの道があり、「幸せになるためにはこのような道を歩まなければいけません」と言っているのです。普通の人には見えないから信じられないのです。
一つは地獄道です。地獄道を進んでいくと必ず地獄へ入ってしまいます。地獄とは苦しいところで最後は阿鼻叫喚地獄へ入ってしまうのです。「この道を歩むとその道へ入りますよ」と仏様は教えてくれているのです。
二つ目に餓鬼道です。仏様にはよく見えています。「私は己のやりたいようにやっているのです」その結果がどうなるのかわかっていますか? 餓鬼道に落ちてしまうのです。食べても食べても、欲しくて欲しくて、いくら食べても欲望が満足しないのです。そのような餓鬼地獄があります。シナ人、朝鮮人のように人間まで食べてしまう餓鬼道へ進んでいるのです。
三つめは畜生道です。畜生道は目に見えない道ではなく目に見えます。ほら、そこに豚・馬・猿・ライオンがいます。この動物たちは畜生道を歩んでいるのです。畜生道のたよりになるのは、自分の武器だけです。どんな武器を持っているのかというと爪、牙、角、ゴリラのような腕力、ゾウのような大きい体、ワニのような鋭い牙、それはこの世をわたるための道具です。作ったわけでもないのに、いつの頃からか武器をもっています。
ライオンに頭を鋭い牙でかみつかれたら頭が砕けてしまいます。畜生道をわたって生きていくためには、強い力を生まれながら持っているのです。熊の手は鉤爪です。熊の手でバンと人間が叩かれたら首の骨が折れてしまいます。そのような武器を持って、戦いながら進んでいくのです。
死んだときにはどうなるのかというと、またなんらかの武器を持ち畜生道に生まれるのです。弱肉強食、殺し合いの畜生道です。
四つ目に修羅道です。修羅とは怒り狂う姿です。人間が怒り狂うと八万由旬(はちまんゆじゅん)といい、体が大きくなるのです。目の前にいる者が小さく見えてしまうのです。自分の体はどこまででも大きくなるので、同じ人間でも「ぶっ殺せ!」とまるでノミを殺すような感じになるのです。それは自分が修羅道に入り体が大きくなった感じがするから相手が小さく見えるのです。これが修羅道です。
修羅道に入り、人間に生まれればヤクザです。お互いに力を競い、縄張りをつくり、親分・子分の関係をつくり、その中で行われるのは仁義です。仁義の道によりどこまででも修羅道を歩んでいけば、行く先は決まっているのです。男花か、豚箱入りです。
五つ目のその上にあるのが人間道です。人間道はその上にあって、普通に皆さんが生活しています。「大学に受かった」「就職が決まった」など、人生を渡っているのは人間道を歩んでいるのです。
親父は一生懸命仕事をして楽になりたいとか、普通の生活です。バスの運転手、パイロット、掃除婦、様々な仕事をやりながら歩んでいるのが人間道です。
六つ目にもう一つ道があります。天界道があります。天界道を歩むとどうなるのかというと、自分が一歩でも上に上がろうとするのです。相手より上にいくのです。「東大に合格した」などというと、天にも昇る気持ちです。それだけを目指してきたのです。「東大に入って卒業して俺の人生をバラ色にする」と考えて一心に受験勉強をしてきたのです。受かれば天界です。
受かればまた次の目標を得て、「財務省に入る」と目標を決めて、それも達成すると今度は「局長になりたい」と、次から次へと求めていくものは天界を求めて進んでいくのです。どうなるのかというと結論は、「天界は五衰を受ける」のです。
天界は欲望を達成した瞬間に五衰(五つの衰え)を受けるのです。だから、ある美人が大女優になり自分の天界を満足させます。「私以上の女優はいない。私は美人女優よ!」と言ったとたんにババアの自分に気が付くのです。天界は五衰を受けるので、とどまっていられないのです。
鳥越俊太郎はウソか本当か京大を出た有名なジャーナリストです。「マスコミ界で世間を支配できる」と思った瞬間に五衰を受けてボケ老人になってしまうのです。天界は五衰を受けるのです。
七つ目にその上にも道があります。声聞道です。声聞道はそのようなものを求めてきたのではなく、一生懸命自分なりに道を求めてきたのです。天の声聞きながら「天はどのように考えるのか」「仏様はどのように考えるのか」と考えながら、本を読んで学者になったり、研究したりする人生は、声聞道を生きているのです。悪くはありません。声聞道になると勉強して考えていくのですからそんなに悪い結果はでません。
八つ目に、その上にある道が縁覚道です。芸人や武道でもある一定の修行を積んでくると、突然に道が開けて人が知らないことを知ることができます。例えば物理学ではアインシュタインやニコラ・テスラなど、天とつながった者が出てくるのです。
九つ目には菩薩道です。菩薩道は、いろいろな分野で人を助けるのです。芸術家が最高の映画をつくれば、それを見た人は喜ぶし、人を助けるためにやっているのです。
画家が満足のいく作品ができたら、皆が喜んでくれるのです。それなりに人を助けているということになります。医学の研究をして人を助けるよい方法が見つかったらこれも菩薩界の一分です。
その上に仏界があります。これは「仏界のみ簡単にいいがたし」と言われています。学んでいかないと仏界は見えてきません。
大事なことはこの十通りの人生があります。仏様から見ると人生はこれしかありません。十本の道があり、それぞれ歩んでいるのです。「あいつは地獄道を歩んでいるな」とわかるようになってくるのです。どこへ向かってその人は歩いているのだろうか。Kさんは間違いなく地獄へ行きたいのだとわかります。そのように見てくるのです。
人を見ていくのもよいけれども、自分は手探りで歩いているのです。「自分は何道を歩んでいるのか?」と、まず、自分の正体を明らかにしていくことが大事です。悪い道に入らないように気を付けるのです。人間だから穴に落ちそうになるときもあります。穴に落ちそうな時に師匠がいると、「そっちは危ない!」と言われるのです。
誰も言ってくれる人がいないと、いつの間にか声聞界を歩んでいるつもりでも、地獄道に曲がって落ちてしまう場合もあります。「穴に落っこちてはダメだぞ!」これが指導です。
常に中道を歩いて、今世は幸せな生涯を送り、また来世も幸せになっていくことが人生の目的です。見ているとそれをはずれている人ばかりです。
僕から見るとすべてわかるのです。これが仏教というものです。

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2016年07月28日

人間の探究 562 仏教とは何か?

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※仏教伝来は、538年です。「蛮神(ばんしん)」の仏像が我が国に入ってきたのです。

人間の探究 562 仏教とは何か?

日蓮正宗法華講の沼田さんがいろいろ言ってきているので楽しいことです。疑問点を一つ一つ明らかにしてあげましょう。
まず絶対に明らかにしなければいけないのは、「この国はどんな国であるのか?」ということです。この国は神国です。そこからもう狂っています。仏教伝来は、538年です。2800年前から、この国には神道があったのです。神道がこの日本国の原型です。
仏教とは外来の宗教です。この根本を忘れてしまうからおかしなことになってくるのです。仏教伝来当時の書物を読めば仏教のことを「蛮神(ばんしん)」と言っています。「この蛮神を拝んでよいものか、悪いものか」という論議が朝廷の中で行われていたのです。
日本には神道という立派な宗教があったのです。これを忘れてしまうと仏教者の言うことを聞くようになってしまいます。何回でも言います。仏教伝来は538年です。それ以前の2千年以上にわたって我が国には立派な宗教が存在したのです。これを考えてみればすぐにわかるのです。
仏教はつけたしです。神道がこの国の本筋です。これを神本仏迹と言うのです。この国は神が中心の国です。この神様の後継者が天皇です。後から仏教はきたのです。
仏教派の蘇我氏と神道派の物部氏が争ったのですが、戦争までして結果的には蘇我氏が勝って仏教を受け入れたのです。そんなことはどうでもよいのです。神道という宗教があったところに仏教が伝来したのです。仏教派の連中は「日本の神などくだらない」と言うのです。仏教はインドであり、中国であり、外国の神です。本来は日本になじまない風俗です。
しかし、日本民族は非常に優秀であるが故にこのなじまない仏教というものを日本国に合わせて変えていっただけなのです。本場のインドよりも立派な仏教ができたのです。ここを抑えておかないと、この先の話がわからなくなってしまいます。
我々日本人は神の子です。これが日本人の宗教です。神の国が仏教を禊して、悪いところを流してよいところを煮詰めてできたのが日本製の仏教です。今、日本にある仏教は日本製の仏教です。「日本」という禊が入っているのです。
その中でも禊が入っていない仏教があります。念仏は赤い着物を着たり黄色の袈裟を着たり、帽子をかぶったり偉そうなことをやっているのです。これは日本になじみません。一番風俗的になじんでいるのは禅僧です。禅宗の僧は黒い袈裟に白い袴です。非常に神道に近いということです。
禅宗の食事をみても精進料理です。永平寺に見られるような行儀作法と、簡素で清潔なな生活をする非常に立派な宗教ができたのです。禅宗は日本製仏教です。これを抑えないと、わけのわかならいことを言うのです。
日蓮正宗大石寺の教学はそこから間違っています。「仏が中心であり、神は仏が垂れてできたもの。仏は大きくて、その一滴が日本神道になったのだ」という解釈です。こんな解釈は日本人ならばするものではありません。
この解釈は昔からあり、仏教から見ると日本は小国です。「東方の小島」と言ってみたり、「粟散国」と言ったりしたのです。それは大陸のインドや中国が大きく見えるから、「日本は文化文明が劣っている」という考え方をして日本を卑下したのです。
徳川時代に出た山鹿素行は、『中朝事実』を表して「我が国は神国であり、大きな国である」と言ったのです。この思想を「大八洲(おおやしま)」と言ったのです。「八つの巨大な島で日本列島は構成されていて、すべてがどこの国よりも優っているのだ」という考え方です。有名な考え方です。
仏教から見れば日本は島国でゴミみたいな国です。天皇のことを「わずかな小島の主」と言うのですが本当は違います。そんな見方は間違っています。我が国は大国です。「日出処の天子、書を没する処の天子に致す。つつがなきや」と言ったとされている聖徳太子のお言葉通りでなければいけません。
「天子」は中国でしか使わない言葉です。我が国は聖徳太子の段階で「天子」と言っているのです。「日出処の天子、書を没する処の天子に致す。つつがなきや」とは、すごい自覚です。隋の煬帝は烈火のごとく怒って書を引き裂いたのです。これは事実です。
このような原点を一つ一つ明らかにしていくのです。「我が国は神国なのか、仏国なのか」、今は正確にいうと神国であり、仏国でもあります。しかし、それは「日本に生まれた仏教」という意味です。仏教伝来は538年です。そこから700年かけて造り上げた仏教が日蓮大聖人様の南無妙法蓮華経という教えです。
末法の大仏法が日本の国に建立されたのです。天照大神と八幡大菩薩のいる国に「南無妙法蓮華経 日蓮」とお書きになられた御本尊ができてきたのです。何も迷うことなどありません。
それについて石田先生は面白いことを言われていました。日蓮正宗の本山の猊下のことを「ご法主上人」と言っています。いつから「ご法主上人」と言っているのでしょう。こんな言葉は使わないし、日蓮大聖人様を「ご法主大聖人」などと言っていません。
日興聖人も日目上人も「ご法主」だなどと言っていません。「法主」とは、その法をつくられて所持されている方のみです。後はそれを受持している坊さんです。正式な名前は「貫首(かんず)」といいます。日蓮正宗「貫首」です。日蓮正宗の坊主は「法主」ではなく「貫首」です。
日蓮正宗大石寺は「法主」と言った瞬間から中身が変わってしまったのです。「法主大聖人論」が出てくるのです。日蓮正宗の坊主が「法主」だと言うならば、これがもっと進んでいくと、「日蓮大聖人様と同じなんだ」このような論が出てきます。「これは間違っている」と石田先生が言われていました。僕もそう思います。
池田大商人も間違いです。ご法主上人も間違いです。そのようなところに仏法はありません。跡目相続をめぐって、財産争いをめぐって、親戚同士で日顕派VS日如派で対立して、本当はそんな威張り散らすものではありません。
法主絶対論は間違いです。仏本神迹論も間違いです。何故ならばこの国は神国だからです、それが仏法を生んだのです。そのように解釈していかなければ、日本の国が理解できないようになってしまいます。

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2016年07月27日

人間の探究 561 日蓮正宗法華講の沼田さんへお返事

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※今の坊主は妻帯して子供をつくり、坊主が職業になっています。お布施をたっぷり持らって、子供もたちはよい学校に入れて、よい職業になっているのではないですか。夜には酒を飲んで、葬式があれば夜は飲みに行っているのです。(写真ー絹の衣を着ている日蓮正宗・日如猊下)

人間の探究 561 日蓮正宗法華講の沼田さんへお返事

日蓮正宗法華講の沼田んからメールをもらいました。メールをもらえるということはよいことです。「お前は間違っている」と言ってもらったほうが僕はうれしいのです。
この人も書いてありました。「中杉先生は日蓮仏法破壊の大謗法を犯しているのです。速やかに過ちを改め日蓮正宗に帰依なさらなければ堕地獄は避けられませんよ。」と書いてあります。日蓮正宗はすぐこれです。
このような人に対して、1から教えるということは大変時間がかかることです。短く歴史を考えてみましょう。僕は「仏教とは何か?」というところから考えています。他の人は功徳を受けるためにやっていますが僕は違います。「仏教というものは、どのようなものか?」ということから考えています。
僕の考察によると仏教というものは、世の中を捨てて、黙ってお釈迦様の法を聞いて最高の境地である「成仏」という境地を得るためにつくられたものです。仏弟子になるということは、「社会を出る」ということです。社会を出る前に「家を出る」ということです。家の様々な用事をやっていたら仏道修行はできません。
従って家で行っている農作業や工具をつくるなど、そのようなものをすべて止めて家を出ることを「出家」といいます。そして、お釈迦様の下で仏教を学ぶというのが原点です。仏教とはそのようなものです。
家を出るということは、「社会を出る」ということですから、「国を出る」ということになります。だから、仏教教団は税金も払わないし、一切の社会的なことを受け入れません。これが仏教です。
仏弟子になったことを「沙門(しゃもん)」と言ったのです。沙門は教団に入り頭を剃ったのです。格好をつけるには髪の毛は非常に大事です。男はちょんまげをゆったり、王様は王冠をかぶります。髪の毛は美を表します。その髪の毛を剃ると、色気づいたりすることはなくなります。
持ち物は糞掃衣という牛の糞で汚れたボロ布を川でよく洗い、それを縫って衣にした布一枚です。一切の財産を持たないのですが、持ってよいものは器と箸です。これが本当の仏教です。
質問された沼田さんはよく考えてください。ここのところに間違いはありますか? 「その通りです」と誰もが言います。中身はともかく、本来のこれが坊さんの姿です。ですから、坊さんは奥さんをもらってはいけないのです。
何故かというと、奥さんをもらって家庭をつくるのが仏教の目的ではありません。家庭を持たないにしても男女関係も持ってはいけないのです。それを「女犯」と言います。在家は五の戒めをもったのです。「不殺生戒(ふせっしょうかい)、不偸盗戒(ふちゅうとうかい)、不邪婬戒(ふじゃいんかい)、不妄語戒(ふもうごかい)、不飲酒戒(ふおんじゅかい)」これはユダヤ教の十戒とは違います。
出家した坊さんは、200戒から、300戒ありました。この戒を保って行く人は清い人です。聖人と呼ばれたのです。普通はできません。
「お金が欲しい、美味しいものが食べたい、女が抱きたい」などと考えているのです。それがすべてなくなって、欲もない、名誉欲もない、ただひたすらに仏法を求めていく姿が、清いお坊さんの姿です。
ここで、在家と二手に分かれます。在家はこんなことはできません。お米をつくらなければいけません。豚などを飼い食料にしなければいけません。様々な労働に従事して社会を守らなければいけません。お坊さんのようなことをやりたくてもできないのです。
その代り、お坊さんが家をまわってくると必ずご飯を差し上げたのです。托鉢といい、もらったご飯は贅沢を言わないで有難く何でも食べたのです。「自分たちは仏道修行ができないので、どうかお坊さんにご飯を差し上げることによって私たちも仏道修行をやったのと同じくらいのご功徳をいただけたらうれしい」これが在家の人々です。仏弟子は集団を組んでサンガに住む人達です。
これが仏教の原点です。今の坊主はどうでしょう。今の坊主はみな妻帯しています。妻帯して子供をつくり、坊主が職業になっています。お布施をたっぷり持らって、子供もたちはよい学校に入れて、よい職業になっているのではないですか。夜には酒を飲んで、葬式があれば夜は飲みに行っているのです。
これを考えてごらんなさい。これは日蓮正宗にしても他の宗派にしても同じです。こんなことをやっている坊主がいたら、それは坊主とは言えません。仏教の原点から考えたらこれは坊主ではありません。
日蓮正宗でさえそうなっています。他の宗旨は聖僧とはほど遠い姿です。袈裟や衣も絹でできていて、頭にはヘンテコリンな帽子をかぶり、誰がこんな帽子をかぶれと言ったのでしょう。袈裟も金襴緞子(きんらんどんす)です。家には大黒様と称する奥様がいて夜の生活はやりたい放題です。これこそが化け物の僧であり、こんなものにお経をあげられて何になるのでしょう。
何故、坊主は家を持ってはいけないのかというと、家を持つと欲がでます。「子供に跡をとらせたい」「財産を増やしたい」と思うのに決まっています。だから「家を持たない」というのが出家の原点です。
江戸時代まではそうだったのですが、奥さんは隠していたのです。「私は妻帯していません」と言い、「あそこにいる女は誰か?」と聞かれると「あれは大黒様だ」と言ったのです。酒瓶があるので「和尚、お酒を飲むのですか?」と聞くと「いや、お酒は飲んでおらん。あれは般若湯だ」と言ってごまかしてきたのです。
寺は博打場になっていたのです。そこにヤクザや町人が集まって博打をやったのです。それでも坊主は捕まりません。博打もやり、女郎買いもやって、その他ホモも流行ったのです。何が坊主なのでしょう。
この日本の仏教の乱れの原点は、どこにあるのでしょう。昔は簡単にお坊さんになれなかったのです。免許がないと坊主になれないのです。免許をとって坊主になることを「官許僧(かんきょそう)」と言ったのです。かってに頭を剃って「私は坊主だ」と名乗ったのは、私度僧といいます。
僧侶は大変位が高くて天皇からいただいた位です。これもまたおかしいのです。天皇から位をもらうので、かってに大僧正とは言えないのです。民間人が「今日から俺は大僧正になった」と言っても誰も信用しません。
最初は国が許して官許僧になり国家体制の中に組み入れた仏教です。仏教は国に尽くしたのです。その時は、肉食妻帯は禁じられていたのです。天皇から与えられたお寺には必ず田畑がついていたのです。
「このお寺は1万石だ」「あのお寺は10万石だ」と画数で領地を表したのです。お寺は10万石という年貢が取れる土地があったのです。1万石というと、1万石の大名と同じです。
寅さんで有名な柴又帝釈天では坊主のことを「御前様」と呼んだのです。「御前様」とは、「お殿様」と同じことです。寺は財産を持っているから財産を奪おうとする者がいます。お寺は財力があるから坊主を兵隊にしたのです。これが僧兵です。頭を剃って衣を着ているのですが、中には鎧を着ているのです。
この僧兵が大きな寺には大勢いたのです。この頃は肉食妻帯もやりたい放題です。坊主の格好をしていますが、殺し合いをやるのです。最初の戒律も守れないのですから、肉食妻帯も許されるのです。
有名な比叡山延暦寺では僧兵が3千名もいたのです。鎧を着て長刀を持ち、刀を持っているのですからもう軍隊です。自分の家に女を住ませて子供を産ませていたのです。坊主の一声で「あそこで暴れて来い!」と言えば軍団を組んで皆殺しにして火を放って帰ってきたのです。そんな仏教はないとわかります。
仏教が乱れた原因は官許僧があり、誰でも出家できるのに朝廷が許さないと坊主になれないというように、国家体制に組み入れた宗教にしたことです。官許僧は「肉食妻帯はしない」と守っていたことでしょう。しかし、僧兵を使って人殺しをさせたのです。これでは仏教が乱れるに決まっています。
坊主が絹の衣を着る、それはダメです。木綿か麻の着物を着なさいと言っているのです。しかも糞で汚れた布を拾い集めて継ぎ合わせて1枚だけもってよろしいということが仏教の原点です。
それが赤、緑、黄、紫の絹の衣を着て、三角の絹の帽子をかぶり、夜になると祇園に遊びに行くのです。祇園のお客の半分はお坊さんです。伊丹監督の「あげまん」にその実態がよく描かれています。
坊さんがロールスロイスに乗って芸子の見受けにいくのです。自分の二号にするのです。その役が宮本信子です。笑ってしまいます。坊主がロールスロイスに乗って芸者を迎えに行くのです。
明治になると仏教廃止運動がおきてきて、お寺は壊されるのですが、民衆の心の中に深く仏を求める心があって、壊すよりも利用したのです。廃仏毀釈で仏像は壊されたのですが、一部残されて仏教は発展してきたのです。
明治以降は天皇が任命しないのですから、かってに坊主と名乗っています。「大石寺の阿闍梨だ」(阿闍梨とは教授という意味です)と、自分でかってに位をつけて名乗ってもよいのです。一人の寺で大僧正でもかまいません。これが今の仏教です。
大石寺の歴史を調べてみれば9歳の子供が管長になった時期もあるのです。誰もなり手がいないから、9歳の子供を管長にして名目だけつないできたのです。僕はそんなものは信用しません。
このように物事を根本から考えていくと「仏教とは何か」「現代の仏教はどのようになければいけないのか」ということが大事です。それぞれみな迷信をもって大石寺のように「この御本尊を信じなければ功徳はない」と言ってお金儲けしているだけです。
僕は今の大石寺の管長の資格などは認めません。僕は管長をやめた人に伺ったのですが、「いやあ、管長になったからといって何がわかるわけではないですよ」と言っていました。管長とはお寺のお金を管理しているだけです。お金の管理と仏教とは何の関係もありません。
「新しいお寺を建てるのですがよいでしょうか」と聞くと、管長が「まあ、よいじゃろう。予算はいくらじゃ」と言うのです。そんなことを言っている奴のどこが管長なのでしょう。
沼田さんは「中杉先生に血脈が通ってるのと理証文証がありません。」と言っています。文証・理証とありますが、もう一つ大事なことがあります。それは現証です。「日蓮仏法をこころみるに道理と証文とにはすぎず、又道理証文よりも現証にはすぎず」(三三蔵祈雨事)と日蓮大聖人様は言われております。
いくら相承だの文章であっても今やっている管長が妾を入れていたら現証ではないのです。そこから間違っています。坊さんが南無妙法蓮華経について教えられないのです。何もわかっていないのです。僕はわかっています。そこから教えを説いているのです。
もっと勉強してもらいたいと思います。勉強とは自分の頭で考えて道理を組み立てて「これは間違いない」「ここまでは間違いがない」と理解していくことです。それがなぜ管長を拝めば成仏するのでしょう。池田大商人を拝めば成仏するのでしょうか。頭が狂っています。
創価学会は悪しく仏法を敬っているのです。「かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし」(種種御振舞御書)と日蓮大聖人様の御書にもあります。それには「何が悪くて何が正しいのか」ということを理論的に証拠を出さなければいけません。そのようなことを研鑽していくことが仏法というのです。また聞いてください。

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2016年07月26日

人間の探究 560 成仏への道

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※あるのは、瞬間だけなのです。この瞬間に気が付いて生きることを刹那成道(せつなじょうどう)といいます。

人間の探究 560 成仏への道

 成仏ということで一番大事なことは「死なない」ということです。永遠の生命を体得すること、これが成仏です。
 では、永遠の生命はどのようにしたら体得できるのでしょうか。山田太郎さん、山田花子さんという人間が生きていますが、「死んだら終わりだ」と考えている人には、永遠の生命は永久にわかりません。自分が何だかわからないのです。
 山田太郎さんで生きている人生ですが、だんだん老いて死に近づいてくると、少しずつ山田太郎さんではなくなってくるのです。気がつけば山田太郎さんとして生きてきたことが何もなくなってしまうのです。モヤのように消えてしまうのです。
 そうなれば成仏です。自分という人生歩んできたつもりが、我がどんどん薄まって、どんどん自分がなくなってしまうのです。自分が溶けるようになくなれば、それが「永遠の生命」です。
 その永遠の生命に到達して生きていくことが、人間の救いであり、人間の生きる目的です。
成仏した人にとって死はありません。何故、そのように言えるのでしょう。普通は生きていることと、死んでいくことを別物だと思っています。
 「あのお婆ちゃんが死んじゃった」そのように考えています。本人にとってみれば死もなく、何も変わりません。それは生命というものを、一瞬の生命としてとらえることにより成立してくる考えです。
 「お婆ちゃんは死んで焼き場に入れられて終わり」ということではないのです。そのような考えがだんだんと変わってきて、「生きている」ということは、瞬間だということがわかってくるのです。
 死ぬときに何を思うのかと言うと、自分の思いでや、「苛めた人が襲ってくる」という人もいますが、そんなものはすべて虚妄です。過去のことはすべて虚妄です。もっと言うと、昨日のことも虚妄です。
 過ぎ去ってしまったのですから、昨日はどこにもありません。「昨日やったことは現実だ」と考えていますが、それは単なる虚妄です。昨日は、今ありません。今は明日にはありません。人生はすべて虚妄です。思い出があったとしても、そんなものはどこにもありません。頭の中に思い出があるだけでどこにも昨日はありません。
 では、何があるのかというと「今」という瞬間しかありません。しかし、その「今」という瞬間も虚妄ですからなくなってしまいます。何もないのです。
 そのようにして「時」をとらえたときに、苦しかったこと、怖かったこと、ヤバイこと、くだらないことは、走馬灯のように消えてしまうのです。「なんだ、昨日のことか」と思えば、よいことも、悪いことも虚妄ですから消えてしまうのです。
 10年前に褒められたなど、とんでもありません。そんなことも虚妄です。あるのは、瞬間だけなのです。この瞬間に気が付いて生きることを刹那成道(せつなじょうどう)といいます。刹那とは瞬間という意味です。瞬間に成道するとは、そのようなことです。
 「生きている」とは、瞬間しかないのです。死ぬ時も瞬間しかないのです。何も変わることはありません。死ぬということにより何がかわるのでしょう。一念心という瞬間は何も変わりません。もともと瞬間しかないのです。
 自分が虚妄で造り上げた家庭はなくなると思うのですが、そうではないのです。貴方が考えているすべてのことが虚妄です。
 瞬間だけが真実です。「生きている」ということは、瞬間になるように修行しているのです。人生は瞬間しかないのです。何十年生きても、瞬間を生きているだけです。それに気が付いてきます。
 それが成仏への道です。それがわかってくると、世の中に人間がウロウロして様々なことを考えてやっていますが、すべて虚妄だとわかるのです。存在するのは瞬間だけです。人を見る目も瞬間しかないのです。それが「山田太郎さん」と思い込んで生きているだけです。
 仏教の目から見たら瞬間を生きているのです。瞬間しかないのです。例えば人間が努力して政治家になったなど、なくなってしまいます。瞬間しかないのです。「そうか、人生とは瞬間なのだ」とわかれば、なくなることはないのです。
 瞬間はなくなりません。思い出は瞬間ではないので、それはなくなります。瞬間はなくなりません。もともとないものです。それに「ハッ」と気が付いたときに、刹那成道です。
 それをもっとわかりやすい言葉で言うと、人生とは南無妙法蓮華経です。瞬間・瞬間が、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経と過ぎていくだけであり、大金持ちになったとか、大きな家に住んだとか、どうでもよい話です。
南無妙法蓮華経が実存の法ですから、それしかないのです。何故、瞬間と言えるのでしょう。因果倶時を表しています。蓮華の法は因果倶時です。原因と結果が同時ということは、瞬間しかないということです。
因果倶時とは、瞬間しかないのです。その瞬間しかないのを「人生」と言っているのです。どんな人生を歩もうがどうってことないのです。南無妙法蓮華経という人生を歩んでいるのです。南無妙法蓮華経しかないのです。
それを虚妄にいろいろと分別して「自分の人生」だとか、「政治家になった」という考え方をしているのです。

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2016年07月25日

人間の探究 559 ご開扉について

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※大石寺正本堂・奉安殿(現在)

人間の探究 559 ご開扉について

 創価学会の第一次の事業は、3千万人の創価学会員を大石寺に連れていくということでした。北海道で入信した人、九州で入信した人も船に乗り大石寺に行ったのです。当時、創価学会は汽船を持っていたので、沼津あたりで降りて、バスで大石寺に向かったのです。
 とにかく「3千万人を大石寺の御本尊にお目通りさせる」ということが、第一次の事業です。東京の場合は品川で待ち合わせをしたのです。夜の12時頃、集まって夜汽車に乗ったのです。列車が10両くらいあるのですが、すべて学会員で満員になってしまいます。それを守るのが輸送班の仕事です。青年部から選抜された者で結成されていました。
 僕も輸送班を5年間やりました。1回も休むことなく真面目にやったのです。当時、仕事を放り出して行ったこともあります。絶対に同じ時間にいかなくてはいけないのです。
品川の駅に行く前に会館に集まって、歌をうたい、元気をつけて品川駅へ行くのです。その歌は「前進みなぎる我が学会〜♪」という輸送班の歌です。そのようなカッコいい歌を皆で歌ったのです。
 それから品川駅に向かったのです。品川駅につくと酔っ払いが多いのです。夜中の12時にもなると、一杯飲んで帰る奴がいるのです。冷やかす奴がいたのです。「なんだ、拝み屋の創価学会か? これから行くのか、南無妙法蓮華経!」と言ってからかってくるのです。
 そのような奴を「ちょっと黙って向こうへ行っていろ!」と言って排除するのが輸送班の仕事です。皆さんに迷惑がかからないように学会員を電車に乗せたのです。列車に乗せると「注意事項」が車両ごとにはじまるのです。
 「注意事項」をだいたい15分くらいしゃべります。皆が「はい!」とおとなしく輸送班の言うことを聞くことになるのです。輸送班はいつも起きていて、病気の人はいないかと見回っているのです。
 12時に出発して富士宮の駅につくのが朝4時頃です。富士宮駅からバスに乗ります。大石寺までバスが30〜50代連なって出るのです。それで、4時30分くらいに宿坊(しゅくぼう)に入ります。
 起床が6時ですから、1時間くらいしか寝られません。それでもいびきをかいて仮眠をするのです。6時になると起こされて、勤行をしてラジオ体操をやるのです。それからご飯です。このご飯がまた美味しいのです。おかずが何もありません。幹部はお膳がついて味噌汁も出ますが、一般の信者はパックのご飯だけです。味噌漬けのおしんこが二切れ入っているだけです。あとはお湯をぶっかけて食べるのです。
 何のために来たのかというと、弘安2年の大御本尊様にお目通りに来たのです。全国から来ているので、1万人くらい集まっているので、なかなか順番が来ません。昔は蔵に大御本尊をご安置していたのです。だいたい、300名入れば一杯です。順番を待って、自分の番がくると300人が一斉に蔵の中に入るのです。
 狭い蔵ですから、隙間もないくらいギュウギュウに積み込まれて、身動きもできません。そこで待っていると、お坊さんが出てきて大きな太鼓をたたくのです。皆が一斉にお題目を唱えて、太鼓を「ドンドンドン」と叩かれると完全に暗示が入ってしまうのです。
 御本尊の幕が電動でスルスルスルと上がると、御本尊が出てきます。すると「うわー、これが御本尊か!」と皆が興奮して「やっとお会いできた!」と涙を流す人もいて、熱気が湧きあがるのです。そのような雰囲気をつくると、それだけで病気が治ってしまうのです。
 「これが日蓮大聖人様の御本尊か、有難いな、南無妙法蓮華経」とお題目を唱えると、「病気が治った!」という人がたくさん出てきます。それだけではありません。拝んでいるとその人が学会に入る前の宗教で憑いた神様が出てくるのです。
 輸送班は後ろから見ているのです。「南無妙法蓮華経」とお題目を唱えていると、だんだん熱気をおびてきて、そのうち座ったままでピョーンと飛び上がる人が出てきます。あちこちで、ピョンピョンと跳ねるので、「こっちへ連れて来い!」と幹部がいうので、連れてこうとう思うのですが、隙間なく座っているのでなかなか連れ出せません。
 なんとか引っ張ってこないと、みんな暗示が入って飛び跳ねてしまうのです。そうなる前に連れてくるのです。連れてくると目が白目をむいています。お数珠を持ってきて、「魔よ、去れ!」と言うと、ハッと我にかえるのです。
 ヘビになる人もいました。体がクニャクニャになり、くねくねして壁にぶつかるまでくねくねと進むのです。ぶつかると今度は壁を登るのです。それもまた連れてくる対象です。ひどいのは「殺してくれ!」と、自分で自分の首をしめる奴もいました。前の宗教が悪いと深層心理が出てくるのです。そのような人を治してあげたのです。
 日蓮大聖人様にお会いできる日を「ご開扉」というのです。本尊の力用は確かにあります。催眠効果といい、御本尊に会えるとトランスに入るのです。トランスに入ると軽い病気は治ってしまいます。
 腰が立てなかった人が「あれ、治ってしまった!」という現象が出てくるのです。石田先生は「僕が御開扉を最初にうけたときはしびれてしまった。南無妙法蓮華経とお題目を唱えるとしびれて電流がビビビビと走ったくらいすごいんだよ」と言っていたので、僕もそれを聞かされました。
 それだけならよいのですが、石田先生は「お肉牙」を信じていたのです。お肉牙とは、日蓮大聖人様の歯が抜けたので、日興聖人にあげたのです。日興聖人は日蓮大聖人様の歯を大事に持っていたのです。その歯が大石寺に今でもあり、その歯に肉がはえてだんだん増えて、「広宣流布の暁には日蓮大聖人様がご復活になる」というのです。ふざけるものではありません。石田先生はそんなことを信じていたのです。
 僕はそんなものは信じません。石田先生は「遠くのほうにあって、私は見たんだよ。ガラスケースの中にお肉牙が入っていて、真っ赤な肉がついてきたんだよ」と言うのです。石田先生は信じていたのです。僕はそんなものは見たことがありません。
 ご開扉で掃除した紙を小さく切って、飲むと万病が治るという「ご秘符」がありました。それも「飲みたい」と言って、他人がもらい受けると「私も欲しいのに」と喧嘩になるような話があったのです。
 それが大石寺と創価学会の原型でした。今では創価学会はその御本尊を否定しました。今は何を信じているのでしょうか。
 答え、「それは池田大商人です!」

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2016年07月23日

『般若心経の大予言』■観自在菩薩と観音様 27

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※般若心経の解説をしていて、なぜ法華経の話が出てくるのか不思議に思う方もいるかもしれませんが、観自在菩薩とは観世音菩薩の別名だからであります。

『般若心経の大予言』■観自在菩薩と観音様 27

 妙法蓮華経第二十五の観世音菩薩品は、本当に有難い経典です。もしこの経典が真実なら、欣喜雀躍(きんきじゃくやく、雀が踊るように喜ぶ事)人生は薔薇色に輝き、世界は天国に変わるでしょう。しかし、現実には必ずしもこうならないだろうと皆は思っているはずであり、ここが仏教の難しいところで、法華経の極意に触れなければ理解に苦しみます。
 般若心経の解説をしていて、なぜ法華経の話が出てくるのか不思議に思う方もいるかもしれませんが、観自在菩薩とは観世音菩薩の別名だからであります。観自在菩薩とはサンスクリット原語より玄奘が翻訳した呼び名であり、鳩摩羅什(くまらじゅう)は観世音菩薩と訳したからであり、その実体は同じものです。次に観世音菩薩はどのくらいありがたいのか見てみる事にします。
一、 無量百千万億の衆生有って、諸の苦悩を受けんに、是の観世音菩薩を聞いて、一心に名を称せば、観世音菩薩、即時に其の音声を観じて、皆解脱することを得しめん
二、 若し是の観世音菩薩の名を持つこと有らん者は、例い大火に入るとも、火も焼くこと能わじ
三、 若し大水に漂わされんに、其の名号を称せば、即ち浅き処を得ん
四、 当に害せられるべきに臨んで、観世音菩薩の名を称せば、彼の執れる処の刀杖、ついで段々に壊れて、解脱することを得ん
五、 夜叉、羅刹来って人とを悩まさんと欲せんに悪眼を以て視ること能わじ、復害を加えんをや
六、・・・首かせ鎖で牢獄につながれても、助かってしまう(意訳)
七、・・・怨賊に出会って恐怖しても助かる(意訳)
八、・・・淫欲多からんに、常に念じて観世音菩薩を恭敬{くぎょう}せば、便ち欲を離るることを得ん
九、若し瞋恚(怒り)多からん、常に念じて観世音菩薩を恭敬せば、便ち瞋りを離るることを得ん
十、若し愚痴多からんに、常に念じて観世音菩薩を念ずれば、便ち癡(ぎ)を離るることを得ん
十一、若し女人有って、男を求めんと欲し、観世音菩薩を礼拝し供養せば、便ち福徳智慧の男を生まん
十二、女を求めんと欲せば、端正有相(美しい)で衆生に愛敬せらるるを生まん
十三、呪詛諸の毒薬に身を害せんと欲らん者彼の観音の力を念ぜば、還って本人に著きなん
十四、曇りて雷鼓掣電{らいくせいでん}し霰を降らし大いなる雨を澎がんに観音の力を念ぜば時に応じて消散することを得ん
 まだまだ観世音菩薩の功徳は説かれていますが、主なところだけをひろってみました。本当にこの通りになるなら、人生は天国だと思われるはずです。
 しかし、「本当に観世音菩薩の名を唱えただけでこんな事が起きるなんて信じられない」、と思うのが普通の人ではないでしょうか。それを見越して法華経では「念念に疑いを生ずること勿(なか)れ」と、いっています。
 いくら観世音菩薩様がありがたいといっても、「少しでも疑う心」があったならは、観世音菩薩のお力は出ないということです。観世音菩薩に対する絶対の信仰を要求されています。日ごろは三悪道のやりたい放題で、ちょっと苦しくなったからといって「お助けください観音様」といっても駄目だという事です。
 もっとも、いかなる大悪人でも前罪(ぜんぴ)を悔いて心から仏教に帰依するならば、そして真剣に観世音菩薩を念ずるならば、助けられます。「十界論」にところで説明したように、菩薩様が現れる世界は実報土の世界なのです。
 娑婆世界の六道輪廻の世界に、菩薩はいないのです。六道は娑婆世界に住み、仏陀は寂光土に住むのですから、観世音菩薩の神力に触れたいならば、自らが修行して実報土の住人にならなければなりません。
 実は観世音菩薩のすごい御力は、実報土世界の住人に通ずる世界なのです。自らが修行して方便土(二乗)にのぼり、さらに実報土にくるならば「世界はこうなるぞ」、というのが観世音菩薩の世界なのです。
 しかし、六道輪廻の凡夫の我々でも観世音菩薩の救いを一心に信じきり、一瞬の迷いも疑念もなくなれば、ただちに超特急より早い超高速の速さで娑婆町から実報町につれていってくれます。キップのカギは信仰の深さなのであります・・・。
 このありがたい観自在菩薩様が、自分のいる世界について語ってくれるのが般若心経なのです。という事は実報土世界のお話だという事です。これから語られる般若心経の空の世界は「菩薩には世界がこのように見えるぞ」、という実報土世界の事なのであります。
 妙法蓮華経観世音菩薩品は、「苦に満ちている娑婆世界を脱して、すばらしい実報土世界にいらっしゃい」という観自在菩薩(観世音菩薩様)の招待状なのであります。この菩薩様が、修行して悟った内容を教えてくれるのです。

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2016年07月22日

人間の探究 558 創価学会の2億円事件

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※中西治雄は池田大作の身代わりになって自分が創価学会を辞めて終わりになった事件でした。

人間の探究 558 創価学会の2億円事件

 池田大作の子分に中西治雄という男がいました。陸軍幼年学校出身で頭はよかったのです。それが池田大作の子分で金貸しをやっていて、いつの間にか池田大作の金庫番になった男です。
 昔、「2億円事件」がありました。聖教詩文本社の地下を掃除していたら金庫が10個くらい出てきたのです。「なんでこんなところに金庫があるんだよ」と表に出してしまったのです。鍵がかかったままだったのですが、開けてみたのです。すると中から2億円出てきたのです。それは要するに池田大作の隠し金です。当時、大騒動になったのです。創価学会はお金を捨てるほどあったのでしょうか。2億円を捨てるなどありえません。
 中西治雄は池田大作の子分だから責任をとって「私のお金です」と言ったのです。「どうやって稼いだんんだよ」と聞くと、「大石寺の売店でお数珠や様々な物を売って集まったお金です。それを金庫においておきました」ということで、中西治雄は池田大作の身代わりになって自分が創価学会を辞めて終わりになった事件でした。
 中西治雄はすごい切れ者です。学会ではそのように責任をとらされてしまうのです。たっぷりお金はもらったのでしょうが、悪者にされて創価学会から追い出されるのです。
 その時の事件の中で触れておかなければいけないのは、梅沢登四男です。当時学会は法務員会をつくっていました。そのときの学生部出身で山崎正友の下について活動をしていたのが梅沢登四男です。それがある時、山崎の敵になったのです。
 山崎が裏切った後、学会の法律関係の仕事の親分になった男が梅沢です。「梅ちゃん」と呼ばれていました。この男が様々な反体制勢力をみな潰してきたのです。当時、学会の反乱ののろしが100個所くらいあがっていたのです。
 「本山と喧嘩をしているからとんでもない」と思い、公明党の代議士もからんで、創価学会内の謀反を企んで、全国に組織ができてきた時期だったのです。「これを潰さなければいけない」ということで、梅沢が創価学会側の理事として採用されたのです。
 梅沢は、反乱している団体の全てに出向いたのです。「あんた学会に反対ですか。あれは悪い団体です。私は学会のおかげで乞食になってしまいました」と言うのです。梅沢は風呂敷包みと紙袋を持って、ボロボロの服を着て、歯がなくて、白髪頭です。その男が学会に反旗をひるがえしている団体に出かけて「私、こんな貧乏になってしまいました。すべて学会のせいです。戦うならいっしょにやりましょう!」と言って近づいてくるのです。
 全国の反学会組織の中で梅沢登四男を知らない人はいません。梅沢は策略を持っていて、まずAさんとBさんを親しくさせます。情報を交換するのです。「あそこにAさんがいます。この人も反学会ですよ。こんな資料を持ってきました」と言い、聖教新聞や、資料を見せるのです。すると、「あの人も学会反対派か、一緒にやろう!」と思うのです。梅沢はAとBをくっつけておいて、相反することをバンと言うのです。
 Bさんのところでは「実はね、AさんがBさんの悪口を言っていました」と言い、Aさんには「Bさんがこんな悪口を言っていました」と言うのです。せっかく仲良くなったのに、それをやられると「あの野郎、そんなことを言っていたのか。とんでもない野郎だ! 二度とあんな野郎とは会わない!」と、喧嘩になってしまうのです。梅沢はそのような手口が上手いのです。
 みんな喧嘩になってお互いに崩れてしまうのです。それを全国でやったのです。九州でも北海道でも反乱組織があると出かけていき、「私、学会のおかげで貧乏になってしまいました」と近づいて、いろいろな情報も与えるのです。
 情報を与えないと人は信用しないから、どうでもいいような情報をたくさん持っているのです。古い聖教新聞を見せて「これが大作の資料です」というのをたくさん出して、相手を信用させるのです。
 聖教新聞本社で逆らって全国のお寺を回って歩いた松本勝也も知っています。千葉の妙本寺の坊主も知っています。知らない人がいないのです。みんな梅沢を知っているのです。みんな梅沢の紹介で結びついて、梅沢が壊すのです。そのようにして反乱組織を潰していったのです。
 これが非常に上手かった男です。貧乏な格好をして、氾濫している組織に飛び込んでいくのです。反乱した組織を潰して何億円もらったかは知りませんが、それで今の学会があるのです。
 特に大石寺と学会が喧嘩したときには、「信者が大石寺に行ってしまうのではないか」ということを一番恐れたのです。だから、それを見張り、大石寺側にも食い込んでいき、お話をつけてぶち壊したのです。どのくらいの人間が梅沢に被害を受けたかわかりません。
 僕のところには「もう私は学会を辞めました。癌になりました。中杉さん、苦しいです。呼吸ができない。ものすごく苦しいです」という電話が最後で、その後消息不明になりました。
 ハワイに行ったのか、数億円もらって逃げてしまったのでしょう。梅沢はいなくなってしまったのです。それは奴の仕事が終わったということです。それ以降、学会に対する大掛かりな反乱は起きていません。
 梅沢は有能な男です。それを見抜いたのは僕だけです。「梅ちゃん、あんたの仕事はこうですね。たいしたもんですね。すごい腕だね。僕にはとてもできない」と褒めていたのです。すると梅沢は笑ってとぼけていたのです。
 梅沢があまりひどいことをやると僕も「なんだ、お前!」と脅かしたことがあるのです。すると梅沢は参ってしまい「私に手を出さないほうがいいですよ。私の背後に何があるか知っているでしょう。手を出したら大変なことになりますよ」と言うのです。これは脅かしです。
 反対組織では「学会とは何の関係もありませんよ」と言うのです。僕はそれを見抜いて「たいしたもんだよ、梅ちゃん」と言ってあげたのです。山崎正友は有能な弁護士ですが、あいつよりも梅ちゃんのほうが仕事はできたのではないかと思います。
 このような奴が全国を回って組織をかく乱してぶっ潰してきたのです。それでもまだ学会は反乱組織がいて「大石寺に行くのではないか」と考えて、後藤組に頼んだのです。後藤組が右翼を使い大石寺に30台くらい街宣車をまわしたのです。
 「このクソ坊主は魔だ!」「坊主死ね!」とわめきちらして、ドーベルマンを連れていったのです。
 その当時、学会反対の連中が5千人くらい大石寺に集まったのです。集まったところにドーベルマンを吠えさせて威嚇して「ここに来るんじゃない!」と言ったのです。ドーベルマンが吼えて信者を追いかけるのです。信仰どころの騒ぎではありません。そして拳銃をぶっ放して信者を威嚇したのです。これが池田大作のやらせたことです。
 暴力団の体質が丸見えです。暴力団で脅かして信者を大石寺にいかせないようにしたのです。

 本山の計画では「池田大作だけ首にしてしまえば、信者はすべて本山についてくる」と思ったのです。それが間違いです。池田大作も怒ったのです。「どれだけ学会がお寺に尽くしたのか知っているか? こんなことをやるならば、みなぶっ壊してしまえ!」とも言ったのです。自分たちが寄付してお寺を造ってきたのだから、「お寺もぶっ壊してしまう」と言ってきたのです。
 当時、正本堂を350億円かけて学会が建てたのです。350億円は当時のお金の価値にしても大変な金額です。今でいうと、1兆円くらいはあると思います。創価学会は貯金箱を配り、「正本堂を建てるからこれに貯金して建てるんです」と言っていたのが、最後の頃には「有り金残らず全部出せ!」と言うのです。
 「二度とないチャンスだ!」と言うのです。正本堂は世界各国の有名な石を敷き詰めて、「全世界の人々が正本堂に来て、日蓮正宗に入る大事な場所なのだ。このご供養に参加するならば永遠の幸福を手に入れることができる」と言うのです。
 後でわかったことは、「350億円を寄付します。」と目録だけ猊下に捧げたのです。本山は「どうぞ、創価学会さんが正本堂を建ててください」とそのまま返したのです。学会に集めたお金は本山には行っていないのです。
 池田大作は「実は350億円の他に100億円集めた」と言っていたのです。自分のポケットに入れたということです。実は450億円集まったのです。当時は金利が10%ついたから、銀行に預けておくと、350億円で1年間に35億円の金利がついたのです。10年間経てば、350億円になってしまうのです。
 創価学会はお金を一銭も使わずに、正本堂を建てたのです。そこで、創価学会はしこたまお金ができたのです。今で言うと1兆円くらいです。そこから図に登って様々な悪事をやりだしたのです。
 結果的には日顕猊下が「けがらわしい、創価学会が造った物はすべてぶち壊せ!」と言ったのです。ビルもたくさんあったのです。全国からお参りに来るのですから、学会は船までもっていたのです。北海道や、九州の人は船で来たのです。それもすべて壊したのです。正本堂の豪華な建物は石一個も残っていません。それだけ日顕が池田大作を憎んだのです。
 ぶち壊す費用だけでも、5億円以上かかったのです。今は何もありません。そのような馬鹿馬鹿しい争いをやってきたのです。
 僕は何の関係もないし、どちらの味方でもありません。正々堂々とそのような流れを絶って、「人間として正しい信仰を打ち立てていくしかない」と思い今日まできたのです。皆、奮起して悪を滅ぼしましょう!

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2016年07月21日

人間の探究 557 水滸会の話

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※海軍兵学校出身の北条浩さんが、創価学会男子部に海軍兵学校式の教育を行ったのです。

人間の探究 557 水滸会の話

 その昔、創価学会の大幹部がいて、大幹部とは、部隊長以上です。支部長及び婦人部長、これは大幹部です。
 支部長にあたるものを青年部では部隊長と言ったのです。青年部は夏になると大石寺に集められて、戸田先生を中心にして様々なことを教わったのです。それを「水滸会」と言ったのです。よくぞ、「水滸会」という名前を付けました。水滸伝は梁山泊にならず者が集まるドロボウの話です。
 天下を取るために謀反人が集まって反乱を起こしたという話です。政府側の役人や武将などの話ではなく、落ちこぼれてきた連中が、梁山泊にこもり反乱を起こしたという話です。
 戸田先生が青年部を集めてやったのが「水滸会」です。僕は出たことはありませんが、楽しそうな会合だったのです。まず、豚汁が出ます。戸田先生は苦労している人だから、山に集めて寒い時も暑い時も皆に豚汁で精をつけてもらおうと思い、大鍋で豚汁を煮て青年部に食べさせたのです。
 一杯の豚汁がすごく美味いのです。豚汁は上手くつくると美味しいのです。家庭料理のように上品につくるのではなく、素材をそのまま入れればよいのです。ジャガイモは皮をむく必要はありません。よく洗ってバンバンと切って皮ごと放り込むのです。荒っぽい作り方をしたほうが豚汁は美味しいのです。
 戸田先生はキャンプファイヤーを囲んでヨタ話をして、みんなにトン汁を食べさせたのです。酒はなかったのですが、キャンプファイヤーの炎をみながら、戸田先生の話を聞いていると、気分広大になったのです。
 当時の連中は吉川英治著の「水滸伝」を読んでいたのです。小説を教科書にして「水滸伝」を通して、「このような奴は裏切り者になるぞ」「このような奴には注意しろ」「同盟関係は大事にしていくのだ」「これは裏切りだ。裏切ってはいかんぞ」と教えていったのです。
 そこで学んだ者が政治家になり、学会の中枢になったのです。国会議員や県会議員は、ほとんどが水滸会出身です。小説を教科書にするなどわけがわかりません。それだけ皆のレベルが低かったのです。
 小説を使って教材にして実際の人物を動かしていくなど、相当レベルが低いのです。レベルの高い人もいたのです。それが第四代会長の北条浩さんです。この人はレベルが高かったのです。皆も忘れてしまっていますが、海軍兵学校出身です。しかも、家は貴族です。1万石くらいの小大名になり、北条家は残っていたのです。その後継者です。
 北条浩さんのお父さんが病気で学会に入信して、北条浩さんも終戦後に学会に入信したのです。この人は優秀な人です。みな勘違いしています。海軍兵学校出身者は相当優秀です。今でいうと海軍兵学校は東大並みです。頭もよいし、記憶力もよいし、訓練も受けています。
 学会の基本的な男子部の訓練は、北条浩さんがほとんどやったのです。「手をあげろ!」「物の言い方はこうだ!」という基本的なことを教えていったのです。今、思ってみると海軍兵学校式の訓練を受けていたのです。
 返事の仕方も「わかったか」と幹部に言われると「はい!」と答えなければいけません。「は〜い」これはダメなのです。こんな言い方をすると「やり直し!」と言われたのです。そのような訓練だったので、青年部はグングン成長してそれなりに、大物になっていっったのです。
 北条浩さんは教学を教えた人ではありません。政治家にもなりました。今思うとなかなか優秀だったと思います。そのような人が創価学会にいたのです。これが不思議に思うことです。
 それから僕の先生の石田次男先生は本当に優秀です。東大卒もかなわないほど、びっくりするくらい頭がよいのです。初期の頃、青年が50〜60人の頃に蒼々たるメンバーがいたのです。その最たる人が石田次男先生です。
 石田次男先生が青年部の中で一番古くて中心者だったのです。石田先生は小岩支部支部長であり、第一部隊長でもありました。石田先生の部隊が初めてできて、第二、第三、第四と部隊ができてきたのです。池田大作は第四部隊の班長だったのです。池田大作は、石田先生とすごく違いがあるとわかります。
 石田先生は池田大作のことを「大作!」と呼び捨てだったのです。聖教新聞の中でも「大作!」と呼び捨てにできるのは石田先生だけなのです。普通は遠慮して言えません。
 石田先生は「池田大作の悪口を言ってごらんなさい。罰など当たるわけがない」と言われていました。「いくら言っても罰など当たらないんだよ。今すぐ大作のバカって言ってごらんなさい。あついは馬鹿なんです。仏法の何も知らないのです」と言われていました。
 池田大作は金儲けばかりやっていて教学はなかったのです。何故、今威張っているのかというと君臨しているのです。創価学会という組織の上に君臨して、皆が組み引かれてしまっているのです。実際的に池田大作がすごい人格者だとか、すごい教学力があるとかいうことではありません。何にもないから上から君臨するのです。
 池田大作の本は原島嵩がすべて書いていたのです。原島嵩は背は低くて、145センチくらいしかありませんでしたが、早稲田大学を出ていたので頭はよかったのです。ところが一生懸命先生の代筆をしているときに、池田先生のご乱行がだんだん目につくようになってきて、だんだん耐えられなくなってきたのです。おかしいと思って「私は辞めます」と言ったのです。
 優秀な奴ほど狂ってしまうのです。山崎正友もたいしたもので、京都大学出身で創価学会が初めてつくった弁護士だったのです。優秀な男だったのですが、悪事を手伝わされるから狂ってしまうのです。
 「これをもみ消せ」「あれをもみ消せ」そんなことばかりやっているうちに「なんだ、これは。俺は信仰していた信仰団体ではないな」と思ってしまい、原島と山崎が反乱したのです。
 池田大作がつくったものは何もありません。聖教新聞に原稿用紙を前にペンを持っている写真はありますが、何も書いていないのです。そのようなポーズをしただけです。
 戸田先生は目が悪かったのです。右目は糖尿病で失明と言っていました。左目は少し見える程度です。御書や新聞は読めませんから、石田先生が代筆していたのです。「生命論」など、ほとんど石田先生が書いていたのです。
 池田大作はそれを見ていたから「ああそうか、会長になったからといって、誰かにやらせればいいのだな。俺がやることはないのだな」と考えて、「俺が会長だ!」と威張って、創価学会に君臨したのです。
 池田大作は「原島、お前書いておけ!」と言ったのです。池田大作の発言はひどいもので、聖教新聞に載せられないのです。聖教新聞の記者が悩んでいました。変な話ばかりです「北条さんに裸踊りさせてやろうか」そんな話で記事にならないのです。
 池田大作の話を聖教新聞の連中が聞いていて「これはダメだ」と判断して、「先生は世界の平和について、こう述べられました」と書いたのですが、池田大作はそんなことをしゃべっていないのです。それが真相です。
 池田大作は、自分も戸田先生の真似をして水滸会をやったのです。戸田先生のときは、結構人材が出ましたが、池田大作がやると人材などでないのです。池田大作は人材を食って潰してしまうのです。みんな潰してしまったのです。これが水滸会の実相でした。

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2016年07月20日

人間の探究 556 創価学会員は朝鮮奴隷!

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※狸祭り事件で、創価学会青年部に殴られて半殺しにあった小笠原慈聞

人間の探究 556 創価学会員は朝鮮奴隷!

 僕もかつて創価学会に籍を置いたことがある人間であるから、いろいろなことを知っています。
 第二代会長戸田城聖先生は、今の学会と全く違う考えでした。大石寺に問題があります。大石寺は仏本神迹論です。「仏が中心で神は垂迹したものです。仏が別れて神になったのです。大元は仏だという考え方」が仏本神迹論です。
 反対が神本仏迹論です。第二代戸田城聖先生は「仏本神迹論を唱えたから、大幹部の21名は治安維持法で軍部にとらえられたのだ。牢獄に2年間も入れられて、牧口会長は牢獄で死んだ。この恨みは忘れない。軍部が悪いのだ。軍部、ひいては神道が悪いのだ。神道は悪魔が住んでいたのだ。だから戦争に負けたのだ」このように考えたのです。
 戸田先生を2年間も牢獄に入れたので、国家神道に対しては、すさまじい恨みを持っていたのです。神社には魔が住んでいると思っているから、神社に行ったら親指を立てて「魔よ、去れ!」と言ったのです。
 創価学会員の子供達は可哀想です。修学旅行に行っても、神社へ行くと頭をかかえて魔が入らないようにして逃げたのです。
 大石寺の中でも骨のある学僧がいて、これが小笠原慈聞です。小笠原慈聞は堂々と「神本仏迹論です。日本の天照大神が世界の中心です。それがインドに生まれて釈尊になった。我が国は神が中心で仏教というものは、迹(垂れたもの)という考えである」と言ったのです。そのような教義ならば、小笠原慈聞は戦前には罰せられません。
 創価学会の青年部は、それを怒って「小笠原慈聞のおかげで戸田先生は豚箱に入れられたのだ。仕返しをしよう!」と言って、冬の寒いある日、小笠原慈聞の寝込みを襲ったのです。
 小笠原慈聞が「お前たち、何をするんじゃ!」と言うと、学会青年部は「ちょっと来てもらおうか」と、皆で小笠原慈聞を「ワッセワッセ」と担いでいき、川に投げ込んだのです。小笠原慈聞は80歳を過ぎた老人です。真っ青になって、プルプル震えたのです。
 そこで学会青年部は「仏本神迹論がいいのか、神本仏迹論がいいのか答えろ!」と言ったのです。小笠原慈聞が黙っていると、学会青年部はこぶしを突き出して「クソ坊主、まだわからんのか!」とポカッと殴って、全員でボカボカに殴ったのです。
 小笠原慈聞は「殺される!」と思って、「神本仏迹論は間違いでした」と言わせられたのです。「わかったか、クソ坊主!」と殴って、学会青年部は小笠原慈聞が死ぬ寸前まで追い込んだのです。
 これは大石寺でも「狸祭り事件」(昭和27年4月27・28日)といって大事件になりました。戸田先生は大石寺に呼ばれて「貴方が指揮したのですか?」と聞かれたのです。戸田先生は指揮していないのです。青年部がかってにやった事件だったのですが、首謀者はやはり池田大作だったのです。
 戸田先生にオベンチャラを言うために、戸田先生によく思われようとしたのですが、その連中はしばらく登山禁止になったのです。そのような事件がありました。
 仏本神迹論でも、神本仏迹論でもよいのですが、「日本を愛する」ということは、当時の創価学会には浸透していたのです。戸田城聖は「戦争反対!」で動いて逮捕されたのではないのです。「日蓮大聖人様の教えに帰依しないと、この戦争は勝てないぞ!」と言ってきたのです。
 「日本国中が南無妙法蓮華経を唱えて、蒙古調伏と思っていたのです。牧口先生も戸田先生も愛国者だったのです。
 それはそうです。牧口先生は学校の校長先生です。それが左翼的な思想を言うはずがありません。「日蓮大聖人に帰依しないと戦争に勝てない」と言われたのです。我々が創価学会で昔歌った歌は「日本男児の歌」「東洋広布の歌」などです。「日本から東洋に教えを広めていくのだ」という考えです。
 最初の勤行のときには「天皇陛下の恩ために」と言っていたのです。勤行の始めに天照大神、代々の神様にご挨拶をしてから、「天皇陛下の恩ために」ということが、勤行の中にちゃんと入っていたのです。
 牧口先生も戸田先生も熱烈な愛国者です。それが、戸田先生が肝硬変になって、「もうダメだ」というときになって、弟子たちが「戸田先生、後継者はどうしたらよいでしょうか?」と聞いたときに、「みんなで決めなさい」と言われたのです。
 本当は石田次男先生を指名されたのですが、石田先生は断ったのです。「おまえがやらないなら仕方ないな。お前は俺の跡を継ぐことになっているのだ。だから名前が次男だ」と言われたのです。
 石田先生も謗法です。「まだ悟っていないからできません」と言ってしまったのです。そこで出てきたのが池田大作です。「私が創価学会会長を引き受けます」と言ったのです。当時、創価学会の理事が21名いたのですが、それを納得させてお金を配ったりして工作したのです。
 すると理事の側から「そろそろ池田先生が会長になっていただけませんか?」とオベンチャラを言ったのです。当時、池田大作は30歳くらいです。そのときに、かってに総務という役職をつくり、池田大作が総務に就任したのです。理事長や理事はいても、総務などという役職はなかったのです。「総理」と言いたかったのでしょう。
 池田大作は理事に工作をして自分が会長になったのです。一番、池田大作にオベンチャラを言ったのは原島嵩の親父です。原島嵩の親父が池田大作を担いだのです。「皆さん、創価学会は2年間会長が不在です。この際、青年部の池田先生に会長になってもらい、共に我々も団結していきましょう」とやったのです。
 すると、池田大作は「私は出たくないけれども、皆さんがそんなに言われるならば、仕方なく会長職をお受けいたします」と言ったのです。
 戸田先生は死ぬ前に「敵は内部だ!」と言われたのです。池田大作は金貸しだから、創価学会のお金をつくるために随分奔走したのですが、戸田先生はわかっていたのです。池田大作は、どのような男でやがてどうなるのか、わかっていたのです。
 戸田先生は池田大作の家に訪ねて行ったのです。池田大作の親父に会ったのですが、親父は一言も口をきかないのです。朝鮮人だからしゃべれないのです。しゃべるとボロが出てしまいます。「無口な親父で一言もしゃべらなかった」と戸田先生は言っていました。そのような親父です。
 池田大作は人を押しのけて「俺が・俺が」という前へ出る性格です。戸田先生は「大変なことになるな」とわかっていたのです。だから「敵は内部だ!」と言われたのです。戸田先生が池田大作を指名したことは一度もありません。
 その段階から朝鮮学会が始まったのです。池田大作は戸田先生のやってきたことをすべて壊して、朝鮮人の奴隷になるように、学会員を洗脳養育したのです。幹部にも朝鮮人を入れて、帰化させたりしながら、日本人に化けて、会員を騙しながら会員数を増やしていったので、朝鮮学会になってしまったのです。
 昔は立派な創価学会だったのです。今や、大幹部はほとんどが朝鮮人です。朝鮮のカルト宗教創価学会が、そのようにして出来上がったのです。創価学会の信者は、朝鮮人の奴隷です。学会員のあなた方は朝鮮人の奴隷です。そのことに目を覚まさなければいけません。

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2016年07月19日

人間の探究 555 池田大作の野望

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※池田大商人から御利益を受けた、秋谷 栄之助

人間の探究 555 池田大作の野望

 最近、創価学会員は批判されると泣くらしいのです。最初は創価学会の批判を黙って聞いています。そのうち、「そんなことはウソよ、ウソに決まっているわよ!」と泣くのです。必ずそのように言います。
 ウソではありません。創価学会はウソつきの組織です。詳しく教えてあげると学会員は反論ができなくなってしまいます。いきなり目が吊り上がり、判断ができなくて、空中にういたような目になります。
 そのうち殺意が目覚めてきます。「学会の悪口を言う仏敵だ。ぶっ殺してやろうか!」と思うのです。その反対は自分に向かい、「そんなことは信じないけれども、あんた地獄へ行くわよ!」と言えばおさまるのかと思うのです。しかし、そんなことを言ってもおさまらないのです。
 本当のことを言われているから、ジクジクと心の中に入っていくのです。そのうちに「私の人生は何だったのだろうか? 悪い朝鮮人の池田大作に騙されて50年も人生を送ってきたのでか。50年も池田に騙されてきたのか」と思うと、腹立たしいやら、くやしいやら複雑な心境になってしまうのです。今までやってきた人生がすべて否定されてしまうのですから、思考停止になってしまうのです。それで泣くのです。
 すごい泣き方をします。野々村元議員のように号泣です。泣いてもおさまりません。泣くことにより、その矛盾から逃れようと思うのですが、逃れられません。その流れをよく見て行くといいのです。
 まず、「池田大作は朝鮮人だ」と言われると学会員は「ウソだ!」と思います。創価学会は朝鮮宗教です。朝鮮の三色旗を見てください。赤・黄・青、あれは朝鮮の旗です。韓三色といいます。これは調べればすぐにわかります。
 学会員は「なるほど、創価学会は韓国の旗と同じで韓三色だ。池田先生が朝鮮人というのは信じられない」と思うのですが、池田大作は創価学会に韓国の旗を使い、「大恩ある韓国に足を向けては寝られない」と言ってみたり、なぜそのようなことを言うのでしょう。
 その理由は、池田大作が朝鮮人だからです。これは考えてみればすぐにわかることです。この辺までは、少し考えればすぐにわかります。
 創価学会は何と言ってきたのでしょう。創価学会は700年の伝統を持った日興聖人以来、連綿と猊下が伝えてきている、日蓮大聖人様の仏法を信じる唯一の団体です。「大石寺にしか仏法はありません。大石寺の板本尊は絶対です」そのように言ってきたのです。
 大石寺より池田大作は、総講頭に任じられたのです。大石寺が絶対であるから、池田大作は絶対の権力を持っていたのです。学会の皆さんも最初は大石寺のお山に行ったのです。夜汽車に乗り、朝5時について、仮寝して、何もおかずのないご飯を食べて、ぞろぞろ並んで御開扉されて「ああ、よかったな。すごい大御本尊にお会いできて、スッキリしました」と言い帰ってきたのです。
 この仏法を広めることにより功徳をいただけるのです。そのように思って日夜折伏に励んできたのです。思い出してください。「あれから40年」、今はどうなのでしょう。池田大作は大石寺から破門になったのです。「お前は破門だ!」と創価学会が言われたのです。
 大石寺の考えは、いくら大きくなっても大石寺の教義と違うことを教えているならば意味がありません。だから池田大作は大石寺から破門になったのです。では、違うこととは何でしょう。それは、「池田大商人」です。池田大作は「大石寺よりも俺の方が偉いのだ」と錯覚したのです。
 池田大作の権威は大石寺によって認められたのです。そこに権威の源があります。ところが池田大作はとっくの昔に大石寺に破門されたのですから、何の権威もありません。権威がなければ、池田大作は“普通のオッサン”です。オッサンが大事なものは、金儲けです。
 池田大作が大石寺から破門になると、学会員の家庭では大騒ぎをして、親父は「大石寺につく」と言い、女房は「学会に残る」と言い、そのことが理由で離婚になり、どれだけ多くの家庭が崩壊したことでしょう。
 まともな智恵をもった人ならば、池田大作の言うことは誰も聞きません。「池田大商人」は、金儲け大商人です。
創価学会側についた人間は二通りいて、池田を利用して大商人に御利益を与えてもらおうとする連中です。これが創価学会幹部たちの納税額です。
(平成四年度四谷税務署公示)池田 大作―8,715万円、秋谷 栄之助―1,842万円、森田 一哉―1,387万円、上田 雅一―1,301万円、青木 亨―1,024万円 (注)上記金額は、納税額。年間所得にするとこの約3倍。例えば、池田大作は2億6,145万円、月給にすると2,179万円。また、秋谷会長の年間の所得は5,526万円。これは月給460万円となる。青木副会長さえも、月給258万円となる。 (以上、山崎正友著 『懺悔の告発(日新報道)』P142)
これだけ月給をもらっていたのです。この連中は御利益があったのです。
 公明党に行った連中は、国会議員になれるツラでもないのに、御利益があったのです。なれる玉でもないのに、参議院議員にまでなれたのです。公明党の議員は、地方の議院を入れたら、5〜6千人はいます。みんなそれで食っているのです。その連中は御利益があったのです。
 本部から御利益が受けられない末端の信者は大変です。お金を出すばかりで、もらう物は一銭もありません。どこで狂ってきたのでしょう。頭のなくなった創価学会は、後藤組にも頼んだのです。
 創価学会は後藤組に頼んで、後藤組が大石寺に行って「大石寺来る奴はぶっ殺すぞ!」と言って、拳銃までぶっ放したのです。これは池田大作の命令です。池田大作は学会員が大石寺へ行ってもらいたくないのです。大石寺にはドーベルマンもたくさんいたのです。ドーベルマンで脅かして、拳銃をぶち込んで、池田大作は何をやっているのでしょう。
 それでも「池田先生についていく」と言う連中がいたのです。儲かる奴は当然、池田大商人についていけばよいのです。儲からないにも関わらず、末端の信者は池田大作になぜついていくのでしょう。
 池田大作が教えられるのは「大恩ある韓国、朝鮮は立派だ。文化大恩ある朝鮮」そんな話を教えられているのです。しかも、韓国の創価学会は反日をやっています。創価学会はウソばかり教えています。そのようなことを思い出してごらんなさい。
 何を中心にして、どこを目指していくのでしょう。頭が創価学会で入ったら、修行は選挙運動です。そんな馬鹿な修行があるのでしょうか。
 今の創価学会はオバケになってしまっているのです。それを指摘されるから学会員は「ウワーーー!」と泣くのです。その泣く理由は「私の人生はなんだったのよ。ここまできたのだから今さら辞められない。地獄へ行ってもいいから、池田先生についいくのよ!」という考え方です。それで泣くのです。
 そんな学会に誰がしたのでしょう。それは朝鮮人の池田大作の野望がまきおこしたことなのです。あらゆるものを犠牲にさせたのです。それが池田大作の野望です。

■創価学会幹部給料(平成5・6年度)
●(名誉会長)池田大作
平成5年度 4億円 (納税額 1億3551万円)
平成6年度 7億円 (納税額 2億4109万円)
●(会長)秋谷 栄之助
平成5年度 5580万円 (納税額 1842万円)
平成6年度 5500万円 (納税額 1810万円)
●(理事長)森田 一哉
平成5年度 4442万円 (納税額 1387万円)
平成6年度 4850万円 (納税額 1550万円)
●(副会長)八尋 頼雄
平成5年度 5377万円 (納税額 1761万円)
平成6年度 3812万円 (納税額 1135万円)
●(副会長)上田 雅一
平成5年度 4235万円 (納税額 1304万円)
平成6年度 3587万円 (納税額 1045万円)
(副会長)青木 亨   
平成6年度 3635万円 (納税額 1024万円)

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