2017年12月13日

人間の探究 917 難しいことを易しくしたらお金は儲からない

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※法華経などは難しくもなければ、何でもありません。そのように教えたら権威はありません。「法華経は難しいのだ。難しい教えを頂くのだ!」このように言うからお金になるのです。

人間の探究 917 難しいことを易しくしたらお金は儲からない

 難しいものを易しくしたらお金は儲かりません。金儲けは易しいことを難しくするのです。それで権威をつくり、難しいものを難しく教えるのです。東京大学は当然のことです。難しくなかったら教授もいりません。研究員もいりません。
 ある創価学会のオバチャンと話をしたら「法華経は難しい」とわめいていました。何しろ、学会自体が法華経の方向へ行こうとしています。まあ、会員も感づいたのでしょう。「法華経を自分で勉強しなければ」と思って、法華経を見たらチンプンカンプンでわかりません。だから「難しい」と嘆いているのです。
 法華経などは難しくもなければ、何でもありません。そのように教えたら権威はありません。「法華経は難しいのだ。難しい教えを頂くのだ!」このように言うからお金になるのです。
 法華経は何も難しくもありません。根本がわかれば一言・二言で済んでしまいます。難しくなどありません。人間はそのように何でも難しく考える傾向があります。何でも「難しい」と言うのです。
 僕は絶対にそうは思いません。そんな難しいことなどありはしません。これから盛んに話題になるであろう憲法の問題もそうです。何も難しくありません。常識で考えれば、すぐに結論が出る話です。
 「ああでもない」「こうでもない」という議論の対象になるべきものではありません。憲法の問題で抑えることは3つです。一、「誰によって、誰に与えられた憲法か?」。二、「どのような目的をもってこの憲法は与えられたのか?」。三、「主権は誰にあるのでしょうか?」。天皇に主権はありません。主権者はGHQです。
 GHQが日本国民に憲法を与えたのです。その目的は日本国民が再び戦争ができないようにするためです。そのような目的で与えられた憲法ですから、憲法は破棄しなければいけません。何も難しくなどありません。
 まして、憲法第9条の二項など、噴飯ものです。あまりのおかしさに飯を噴き出してしまいます。「平和を愛する諸国民には悪い人はいないのだから、日本人は椅子にがんじがらめに縛られて、手錠をかけて、足枷をかけて、椅子につながれていろ!」ということです。「そうすれば周りは平和を愛する諸国民ですから、何事も起きません」というのです。
 そんな憲法を誰が守るのでしょう。それを「ああでもない」「こうでもない」「憲法改正だ!」とピーチク・パーチクと馬鹿ではないでしょうか。そんな憲法は踏み破るのが当たり前です。
「平和を愛する諸国民を信頼して」憲法第9条二項では、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と言うのですから、日本は丸裸です。周りが立派な国々で、日本を守ってくれるならばよいのですが、そんなことはあり得ません。
 北朝鮮は日本に「原爆をぶち込むぞ!」と言っています。これは事実です。シナは誇大妄想狂の拡大政策をとって「沖縄は俺たちのものだ!」と言っています。「尖閣列島のみならず沖縄は俺たちのものだ」と言いだしています。シナは「日本列島をもらいたい」と言っているのです。何を馬鹿なことを言っているのでしょう。そんな奴らばかりです。ロシアは未だに北方四島を返しません。それで戦ってはいけないのでしょうか? それで竹島は韓国に盗られて軍隊まで入れられています。
 どこに「平和を愛する諸国民」がいるのでしょう? 日本列島を取り囲んでいるのは敵ばかりです。少しでもスキあらば「食いちぎってやろう」と虎視眈々と狙う狼の群れのようなものです。
どこが「平和を愛する諸国民を信頼して」と言えるのでしょう。「平和を愛する諸国民」と言える国があるのでしょうか? 韓国は従軍慰安婦の銅像をつくりまくって、また反日の映画をつくるのです。韓国は間違いなく敵国です。野党の連中はこの自覚がないのでしょうか?
 公明党も売国奴です。
公明党はシナに近寄ってオベンチャラを言っていると、シナの小間使いにされてしまいます。もう事実、そうなっています。政党の党首が外国へ行ってペコペコと頭を下げたり、頭をなぜられたりしてはいけないのです。頭をなぜられて小遣いでももらって帰ってきたら、シナのスパイになってしまうのです。山口那津男にはその自覚がないのでしょうか? 安いスパイです。
周辺諸国は虎視眈々と日本を狙っているのです。それで「日本が悪かった」と言うのです。これはプロパガンダの洗脳教育です。洗脳教育されているのに、山口那津男のように調子に乗ってペコペコしたりしてはならないのです。朝日新聞は自虐史観を掲載して反日団体から金をもらっているのです。だから日本国民を貶めることを書いているのです。
 その考えが進むと外国人は政治家にも金を渡すのです。これはワイロとは言えません。目的はわからないのです。女を与えたりすれば、安いものです。女を与えて政治家に金を配れば、無手勝流で国がまるごととられてしまうのです。
 だからこそ、日本人はもっとしっかりしなければいけません。憲法をどのように考えるのでしょう。憲法は破棄です。破棄が一番よいのです。憲法を破棄したら、何処へ変えるのでしょう。それは我が国の2800年の歴史に返ればよいのです。2800年の間には他国からの侵略もありました。蒙古の襲来もありました。
 蒙古襲来の時は、北条時宗でなければやっていけなかったのです。そうでなければ、もうとっくに蒙古に侘びを入れて家来になっていました。あくまでも「戦う!」と言った時宗の一声で日本国は維持できたのです。
 それと現代も同じことです。戦わない者は侵略されて奴隷にされてしまうのです。侵略されて奴隷にされる恐ろしさに気が付かないから、「馬鹿だ」と言っているのです。一旦、頭を下げたら下げ続けるのです。
 韓国の三跪九叩頭の礼(さんききゅうこうとうのれい)の話を『中杉弘の徒然日記』で読みましたか? 李氏朝鮮の迎恩門(げいおんもん)にシナの皇帝の使者が来ると、朝鮮王は9回頭を地面に打ち付けたのです。
 沖縄の守礼の門は中国に対して礼を尽くすという意味です。単なる王様の使者ですが、来ると1ヶ月くらい毎晩ドンチャン騒ぎです。最後はお土産をたっぷり持たせて帰らせたのです。植民地は、そうなってしまうのです。
 我が国は植民地だったことは一度もありません。しかし、独立自尊の精神がないと外国の奴隷にされてしまいます。周りは猛獣だらけです。野党の連中と公明党の山口那津男は9回地面に頭を打ち付けて「平和だ」と言っていなさい。それが常識です。武なき者は生きておられません。これが武の国日本の思想です。公明党は寝トボケタことを言っているものではありません。以上!

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2017年12月12日

人間の探究 916 創価学会「あれから30年」

学会
※学会員は昔、頭がシャッキとしていたのですが、「わからないように」「馬鹿になるように」と耳に蓋をして、目に蓋をして「何でもいいから学会幹部の言う通りにして、1票にすればよいのだよ。金をもってこればよいのだよ」という指導を受け続けてきたのです。

人間の探究 916 創価学会「あれから30年」

 最近、少しずつ僕の発言を認めてくれる人が増えてきました。創価学会問題はもっと根っこが深くて、仏教がわからなくなってしまっているのです。
 今から30年前ならば、創価学会の悪口を言うと学会員は殴り込みをかけたのです。殴り込みに来る、文書は送る、投書は送る、クソを家の中に投げこんだのです。そのくらい反発力があったのです。
 学会員は「俺たちは正義だ! 正義に対しての侮辱は許さんぞ!」という気持ちがあったのですが、最近は何もありません。何を言っても何の反発もありません。「学会は違います」という意見もありません。これは日蓮正宗にしても同じです。
 言っていることは一つ、「中杉にかかわるな!」です。そのように言っているのに違いありません。
 創価学会は「あれから30年」です。30年も洗脳を続けてこれば、反発力も何もなくなった従順なる奴隷が製造されているのです。30年前の学会員と今の学会員は全然違います。30年前はまだエネルギーがあったのです。
 「学会の悪口を言うなど、とんでもない!」と反発していたのですが、そのエネルギーがもう今はありません。日本人は30年間の奴隷化教育によって、すっかり従順な朝鮮奴隷になってしまったのです。如何にひどいものかわかります。
 ある創価学会員と話したのですが、「随方毘尼の戒(ずいほうびにのかい)って何?」「随自意(ずいじい)と随他意(ずいたい)とはどのような意味なの?」などと平気で言って、こんな感覚になっているのです。
こんなことは仏教の入り口論で学ぶことです。創価学会を30年も40年も信仰してきてわからなくなるとは、どのようなことなのでしょうか? 学会員は昔、頭がシャッキとしていたのですが、「わからないように」「馬鹿になるように」と耳に蓋をして、目に蓋をして「何でもいいから学会幹部の言う通りにして、1票にすればよいのだよ。金をもってこればよいのだよ」という指導を受け続けてきたのです。
 これに反する考えを持たないように、従順なる朝鮮奴隷がたっぷり製造されてしまったのです。僕がこのような運動をやっているのは、宗教奴隷からの解放です。これは創価奴隷だけではありません。統一教会奴隷もあります。
 GHQは3つの問題点をあげて「一つ、天皇をなくす。二つ、神社をなくす。三つ、日本の家族制度をなくす」これを実行してきたのです。これがウォーギルドインフォメーションです。この方式に従ってきたのです。「天皇はなくすよりもあったほうがよい」と方針が変わったのです。天皇を中心に統治しようと変わったのです。
 そして、日本人は信仰心が篤くて神社は破壊できません。家族制度は破壊しました。昔は大地主がいて、家族がいて、小作人がいて、大きな組織があったのです。日本人は戦争に行くのはいいけれども、常に家族のことが頭の中にあったのです。「勝ってくるぞと勇ましく♪」と村人から送られて、戦争に行った以上は村が頭の中にあるのです。「途中で負けそうだな」「捕虜になりそうだな」と思ってもなれないのです。
 「こんなことをやって村に帰ったら俺は相手にされない。村に残した家族が村八分になる。だから頑張らなければいけない」と思うことが、日本兵の一つの強さの根本を成していたのです。
GHQは家族制度をぶっ壊しました。今では家族は、二世帯同居です。バラバラの核家族にしていくのです。その考え方が「夫婦別性」です。夫婦別性までいくと、夫婦の結びつきまでなくなってしまいます。細野豪志、福島瑞穂、野田聖子は夫婦別性を主張して今でもやっています。夫婦別性は朝鮮の風俗です。
 家族制度は壊しましたが、「壊せない神道をどうするのか? これに変わる宗教をもってきて日本に流行らせろ」とGHQは岸信介に命令したのです。岸信介は神道に変わる宗教を探したのです。すると韓国に統一教会ができて、教祖は文鮮明です。教えはキリスト教です。「如何わしい宗教だ、これを広めよう」と岸信介は思ったのです。
 当時の統一教会は「血分の儀式」が行われていました。血分とはSEXです。教祖と女性信者がSEXをすることによって、教祖の血が女性に注がれます。注ぎ込まれた女性は、他の男性にやり返すのです。そうすれば、教祖の血が女性に伝わり、男性に伝わり、どんどん広がっていくのです。如何わしいことができるから、これは面白いのです。
 神の名において血分の儀式を行うのですから、これくらい面白いことはないかもしれません。サドマゾなどつまりません。神の名において、SEXをするなど一番面白いのではないかと思います。
 そのような邪教であるが故に岸信介は日本に持ってきたのです。目的は、その宗教を信じさせることによって、日本人をどんどん馬鹿にするということです。岸信介は統一教会に目を付けて、日本に持ってきたのです。
 岸信介は満州国では麻薬を売って儲けていたのです。国民のことなど何も考えていない男です。A級戦犯で巣鴨拘置所に入れられたときに、GHQは3人の朝鮮人に目を付けたのです。それが岸信介・児玉誉士夫・笹川良一です。こいつらを使おうとしたのです。
 「3人は死刑囚だけれども解放する。その代わりGHQの命令に従って日本を統治しろ」と言ったのです。この3人は死刑囚だったのです。何故、解放されたのかというと、朝鮮人だからです。
 岸信介の先祖は朝鮮人だと言われています。笹川良一は文堯という朝鮮人です。児玉誉士夫は京城出身の朝鮮人だと言われています。この3人を軸にして、日本を統治させたのです。「児玉誉士夫の金塊で自由民主党がつくられた」というのは全くのウソです。金塊などもって帰れるわけがありません。GHQが児玉誉士夫に金を渡したのです。
 その金で児玉誉士夫は自民党をつくって、支配していったのです。「金はどこにあったのか?」というと、「その金は児玉機関にあった金だ」というのはウソです。GHQの金だったのです。
 朝鮮人に日本を支配させて、あらゆるところで朝鮮人を援助していったのです。森永・ロッテ・グリコ・参天製薬も朝鮮企業です。当時、日本では甘い物など配給されなかったのです。それを優先的に朝鮮人の企業に渡していったのです。
 だから朝鮮企業は伸びたのです。それが森永製菓です。グリコも朝鮮企業です。グリコ・森永事件は北朝鮮人との関係で起きた事件です。
 岸信介が日本に入れたのが統一教会です。経緯を見ればすぐにわかります。韓国にKCIAをつくり、このKCIAと統一教会は一緒です。日本を侵略するためにつくったのです。統一教会は悪い宗教です。
 創価学会もそうです。戦後、占領軍が紙をくれたのです。紙は手に入りません。製紙工場が全て戦争で破壊されたのです。紙を優先的に反神道の団体に配って援助をしたのです。
 戦前は神道に軍部が援助をして、戦後GHQは仏教や新興宗教を保護したのです。「金がない」と言えば金を配り、仏教教団が延びるように援助したのです。何しろ、日本の神道が一番怖いのです。
 それでも足らないところは、外国の宗教を持ってこさせたのです。創価学会も反神道だからGHQが力を入れて伸ばしたから、伸びてきたせいもあるのです。だから創価学会は大きくなったのです。GHQが伸ばしたら伸びたのです。
 他の宗教も同じです。戦後伸びた宗教は、大なり小なり教祖はみんな朝鮮人です。朝鮮人とエタです。部落民を使って日本人を統治したのです。GHQから見ると、その下にCIAがいて、その下にKCIAがいて、その下に朝鮮人の教祖がずらりと並んでいるのです。それで創価学会や立正佼成会や統一教会を保護したのです。全て朝鮮人がつらなっている組織です。
 ウォーギルドインフォメーションに気が付いて、そろそろ直さなければいけません。統一教会はとんでもない邪教です。邪教性を見抜いて排除していかなければいけないと思います。

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2017年12月11日

人間の探究 915 呆れ果てた韓国創価学会

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※韓国には「私たちは反日団体です。創価学会を広めさせてください」このように言っているのです。だから公明党の党首の山口那津男が光復節に出かけて変なことをやります。公明党は反日です。創価学会で一番激しい反日をやっているのが、韓国創価学会です。

人間の探究 915 呆れ果てた韓国創価学会

 韓国は国をあげて反日国家です。そこで日本の宗教である創価学会を広めることは許されません。日本の日蓮大聖人様の教えを広めることは、できるはずがありません。韓国は国家全体が反日です。
 何故そこで韓国創価学会が宗教法人にあたる資格をもっているのでしょう。韓国創価学会は100万人いるというのです。こんなことができるはずがありません。ということは、「創価学会は反日だ!」と言っているのです。池田大作は汚い野郎です。
 韓国には「私たちは反日団体です。創価学会を広めさせてください」このように言っているのです。だから公明党の党首の山口那津男が光復節に出かけて変なことをやります。公明党は反日です。創価学会で一番激しい反日をやっているのが、韓国創価学会です。
 「従軍慰安婦で日本人はひどいことをした。韓国は日本の兄の国だ。だから、日本人は韓国人に足を向けて寝られないのだ。大切な仏教を教えてあげた韓国、これを見習え。日本人どもよ、本当の仏教はここにあるのだ!」とやっているのです。韓国創価学会は反日です。しかも激しい反日です。
 そうしないと当局から目をつけられてしまいます。反日とは、日本人の悪口を言うということです。韓国創価学会は日本人の悪口を言いまくっているのです。全くひどいものです。韓国創価学会幹部の説教している後ろに仏壇がありますが、御本尊はありません。釈迦仏があるのです。頭でっかちの二等親の釈迦仏の像です。
 それが仏壇の中に入っていて、それを背景にして説法をしているのです。すごく顔のデカイお釈迦様です。体は小さいのです。それが仏壇の中に入っているのです。それを後ろにして説法をしているのです。
 韓国創価学会のどこにも日蓮大聖人様の教えはありません。あるはずがありません。本尊からして釈迦仏です。
 同じ名前を使っている日本の創価学会も反日に違いないのです。何故、これが自民党とくっついているのでしょう。これも自民党が強い勢力であるから、彼らの「事大主義」です。「自民党についたほうが美味い飯を食えるのだ」ということでくっついているのです。
 それで美味しい役職の国土交通大臣を公明党が握っているのです。公明党の連中は最低の人間です。美味しい方へ食いつくのです。山口那津男はヤギのような顔をして、最低です。
 こんな反日教育を韓国に流行らしている創価学会は、日本も反日に違いありません。この連中はみんな国賊です。だから公明党には朝鮮人がどんどん集まって、朝鮮人だらけになってしまうのです。
 断定しておきましょう。創価学会は日本人ではありません。日本人の定義は、一、皇室を尊敬し、二、2800年の日本の歴史を尊敬し、三、日本国のために事業を通して頑張る人のことをいうのです。この三つが日本人の条件です。
 例えば、経団連会長の榊原定征(崔定征)は、朝鮮人です。如何に事業のために頑張っても、天皇陛下を尊敬していますか? 我が国の2800年の歴史を尊敬していますか? これがなければ榊原定征は朝鮮人です。
 この鏡に照らして見ればよいのです。創価学会員は天皇陛下を尊敬していますか? 我が国の歴史を尊敬していますか? 尊敬していないでしょう。だから君たちは日本人ではないと言えるのです。
 例えば、在日朝鮮人でも、この3つを実践している人は日本人と言ってよいのです。簡単なことです。籍はどうでもよいのです。在日韓国人でもよいのです。「この3つを尊敬して頑張っています」と言えば日本人です。
 例え、帰化して日本籍を持っていても、この3つの精神がなければ「君は朝鮮人だね」と言えるのです。創価学会は全員が朝鮮人です。そのように言ってよいのです。創価学会員=朝鮮人です。
 こんなものが日本国の中に入り込んで自民党が食いつかれて、国がよくなるはずがありません。彼らの頭の中の母国は韓国です。おかしな奴らです。まさに創価学会は鵺(ヌエ、日本で伝承される妖怪あるいは化け物)です。日本における朝鮮人問題は非常に重要な問題です。
 ほとんどの宗教家は朝鮮人です。庭野日敬、麻原彰晃、桐山靖雄、福永法源も朝鮮人です。大川隆法は皇室のことを言いますが、自分の写真を1千万円で売る日本人がいるのでしょうか? 日本人ならば、そんなことはしません。1千万円で自分の写真を売ることが日本精神なのでしょうか? インチキペテン師です。
 桐山靖雄も死にましたがインチキ詐欺師です。「祈ると念力で火がつく」と言っていたのです。森下という人が桐山靖雄の道場に住み込んで、火をつける役割をやっていたのです。ウソもいいところです。
 立正佼成会は、みんなつながって色情の因縁が強いのです。お仲間宗教です。創価学会の末端はカラオケ宗教です。末端はカラオケやっていようが、何をやっていてもよいのです。公明党に1票入れればよいのです。馬鹿になればなるほどうれしいのです。みんな喜んで1杯飲んでカラオケで歌を歌っているのです。そのような連中です。
 今の学会会長の原田稔は、すごい形相になりました。学会は、東大出身のエリートに金を渡して飲みにいかせたのです。「余分な勉強はしなくてよいから、飲んで遊びなさい」ということです。学会の活動が終わると、エリートの連中を飲みに行かせて、次はマージャンをやらせたのです。マージャンをやっていればよいのです。学会員はみんなマージャンが大好きです。マージャンをやることが信仰だと思っているのです。馬鹿ではないでしょうか。
 創価学会は「何が正しくて、何が間違っているのか」という真理はどうでもよいのです。何しろ、学会本部に金を入れて、公明党に1票入れればよいのです。信者の役割はそこまでです。生意気な理屈は一切入りません。
 金を出して命令通り動けばよいのです。これが信仰だと思っているのです。だから全員、地獄へ行くのです。「私には責任が無い」という末端の学会員も全員地獄へ行くのです。仏道修行など何処にありません。韓国創価学会も地獄へ行く道です。以上!

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2017年12月09日

『日本人に打ち込む100本の柱』唯物論と唯神論の本質を見抜け 72柱

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※カール・ハインリヒ・マルクス(一八一八年五月五日 ‐一八八三年三月十四日)

土曜日特別講座『日本人に打ち込む100本の柱』 
唯物論と唯神論の本質を見抜け 72柱

 唯物論と唯神論の話をします。これは僕が高校時代に散々論争したことで、昔やって卒業したことです。「物」だけがあるという考えを唯物論といいます。反対に世の中には、物は無く「神」だけが存在するのだと、これを唯神論といいます。この両方の考えを主張する人間を見ていると、「両方ともおかしいよ」と、僕は思いました。
 それから時が経ち、たどりついたのが今の正理会の思想です。正理会の思想というものは、唯物論でもあるし、唯神論でもある。そしてまた、唯神論でもないし、唯物論でもない。というところに、正理(正しい理)があるということを感じ取っているから「正理会」という会の名前はここから命名されているのです。
 唯物論ということは、頭が弱いということです。こういう物事がわからないヤツが共産主義思想にかぶれるのです。共産主義思想とは唯物論から生まれたのです。唯物論は、唯物弁証法となり、唯物弁証法がカール・ハインリヒ・マルクス(一八一八年五月五日 ‐一八八三年三月十四日)の資本論になり、そして共産主義を産んだのです。
 しかし、共産主義はうまくいかなかったのです。旧ソ連も遂に共産主義を辞めました。今やっているのは、北朝鮮ぐらいです。中国は資本主義であり、共産主義ではありません。誰も共産主義思想など信じてはいないのです。これは人工的なものだから、片一方に偏ってしまい崩壊したのです。この恐ろしい唯物論により、毛沢東の紅衛兵の三千万人の虐殺があり、ポル・ポトの三百万人の虐殺がありました。その他、数限りない虐殺が唯物論の名の下に行なわれているのです。人情も義理も何も無いのです。人間を「物」だというのです。だから彼等は、人間を処刑することについては何の痛みも感じないのです。「邪魔な物を省く」ということだけなのです。これが悪思想なのです。人類はそろそろ第三の道を歩まなければならないのです。
 唯神論が資本主義を産んだのです。資本主義とは唯神論から生まれたのです。これは、マックス・ヴェーバー(一八六四年四月二十一日 ‐一九二〇年六月十四日)によれば、プロテスタントが資本主義を産んだということですから、今日資本主義があるのです。
 資本主義が腐るのは金融資本主義です。健全なる資本主義というのは、お金を集めて必要な物を造って、皆様に提供して人類の富を増やすということですが、これを搾取するべく生まれたのが金融資本主義なのです。金融資本主義というのは、物を造りません。何も造らないのです。金融工学というものを駆使して、いわゆる相場だとか、株だとか、ファンドだとかいうもので社会の富を奪い去るのです。そういう経済が発達してしまって今日のアメリカは金融資本主義なのです。
 これは、ユダヤ人が最も得意とするところですが、その金融資本主義もやがて破滅するのです。これがこの次の社会です。この流れをずっと覚えておくといいのです。唯物論と神との関係はどうか? 中世において西洋社会は唯神論です。物質など無いのです。反対に唯物論は、どこから生まれたかというと進化論から生まれたのです。
大昔から、この二つの論争はあったのです。だから、第三の道とは、唯神論でもあるし、唯物論でもあるし、唯神論でもないし、唯物論でもないのです。この考え方が第三の考え方で、新しい考え方を生む根拠なのです。

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2017年12月08日

人間の探究 914 宗教詐欺師からの脱却

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※池田大作は権力に就くまでは本当に正体を隠していました。権力を得た瞬間に、君臨していくのです。戸田先生のつくった組織を池田大作は食い物にして、学会を潰したのです。創価学会はもう潰れています。

人間の探究 914 宗教詐欺師からの脱却

 日本には本当の宗教家はいません。宗教詐欺師はいます。全てが宗教詐欺師です。例えば誰かが歴史上の偉い人を見つけてそれを崇めるふりをします。
 すると「日蓮様」と言ってみんなが集まってきます。その人々の上に君臨するのです。これは宗教詐欺師です。本当の宗教家は君臨しません。人々の上に立ち、宗教で権威をつくり、「あっちへ行け」「こっちへ行け」とは言いません。「金を持って来い!」とも言いません。
 ところが大川隆法の幸福の科学は何でしょう。「霊言集」をつくって、「キリストの霊言集」と言い、生きている場合は「雅子妃殿下の守護霊」などと言い、そのような霊言集をたくさんつくり、尊敬していた人々をかっぱらうのです。
 大川隆法が「私に天皇陛下の霊が降りた」と言えば、天皇を崇拝している人は、「大川先生、本当ですか?」と来ます。そこで取り込んで信者にしてしまい、「金を持って来い」とやるのです。
 大川隆法は「エルカンターレだ」と言って、デタラメな教えを広めているのです。人気のあった人々を霊言で呼び出して、その信者を自分に引っ張るのです。すぐに信者ができてしまいます。
 お釈迦様は人気のある歴史上の人物です。「私は釈迦の仏教を説きます」と言えば、言った人に集まるのではありません。お釈迦様に集まってくるのです。その上に君臨するのです。お釈迦様の教えを求めてきた人の上に君臨して次にその人々を支配するのです。
 信者にして金銭支配をするのです。これが今の宗教界の実態です。池田大作もそうです。池田大作は「日蓮大聖人様」とは言っていません。「御本尊様」と言っているのです。「この御本尊を全ての人に拝ませるのだ」「この御本尊により全ての人は救われるのだ」「この御本尊を拝めば貴方は成仏できるのだ」これは詐欺です。
 ここには修行というものは入ってきません。創価学会は「この御本尊さえ拝めばよい」と言うのです。これは日蓮正宗も同じです。修行などいりません。御本尊を拝めば成仏できます。何の修行もいりません。これでは念仏と同じです。
 御本尊を「有難い」と言った奴はもう打ち取ったのです。その上に坊主が乗っかるのです。学会もそうですが、日蓮正宗の坊主も信者の上に乗っかって、多くの人々の上に君臨しているのです。それで「金を持って来い!」とやるのです。
 このような者は、宗教家ではなく、「宗教詐欺師」です。宗教家は真理を求めなければいけません。「何が真理なのか?」「何が正しいのか?」と、その正しいことを研鑽して、「このようなことが正しい」という結論を出して、それを唱える人を真実の宗教家というのです。
 真実の宗教家はお金を求めません。お金は必要ありません。創価学会は信者が800万人いるのです。800万人から100円もらえば、8億円お金が入るのです。会の運営は充分それで周ります。もし、お金がもらいたかったら100円もらえば充分です。
 それなのに「出せば出すほど功徳になる」「100万、200万円は金のうちではない!」と、創価学会幹部の柏原ヤスは言っていました。そのようなことを言って学会員の財産を奪うのです。そんなものは宗教でも何でもありません。学会幹部は信者の上に君臨しているのです。
 それは日本人ならばやらないことです。信者の上に君臨する池田大作、及び創価学会幹部は全員地獄へ行きます。日蓮大聖人様の名前を語るドロボウです。
 他の坊主もそうです。南無阿弥陀仏が仏教なのでしょうか? 「阿弥陀様の名を唱えれば極楽浄土へ連れて逝ってくれる」など、仏教の教えではありません。「極楽浄土へ連れて逝ってくれる」など、誰が保障してくれるのでしょう。結局、坊主が保障することになるのです。阿弥陀様は目に見えません。「私を信じなさい。そうすれば貴方は極楽浄土へ生まれ変わるのです」と坊主が言うのです。
 これを大々的にやったのが佛光寺です。佛光寺は蓮如が出てきたときにあった念仏の大宗派です。本家本元の蓮如は乞食です。米櫃の米もないような状態だったのです。佛光寺は飛ぶ鳥を落とす勢いです。「まさにこれが仏国か?」という光景です。
 佛光寺は絵系図をつくったのです。当時は字がかけない人間が大勢いたのです。坊主が絵系図に顔を描けば「貴方は成仏できる」と言うのです。絵系図に顔が描かれていないと成仏できません。
 「極楽に逝けるならば、俺も描いてくれ!」と信者が殺到したのです。「もちろん描いてあげましょう。お布施をこれだけ出しなさい」と言って坊主は金を巻き上げたのです。「俺も描いてくんろ!」と信者が殺到したのです。
 佛光寺は「無碍光如来」と書いた御本尊を信者に売りつけたのです。それを「御念仏を唱えて1年で踏み破れ!」と言うのです。御本尊は変える必要などありませんが、1年で御本尊を踏み破り、絵系図で山のようにお金が集まり、まさに「仏国の如し」です。
 そこで蓮如が「許しまじきことである。念仏を唱えたのは、我が祖の法然である。法然を差し置いて、邪教をやっているか!」と怒ったのです。さすがに蓮如も佛光寺を「邪教」と言ったのです。自分もまた邪教になってしまうのです。
 金を集める宗教は邪教です。何故、あの世に行くのに教団に金を持っていかなければいけないのでしょう。教団の幹部があの世へ連れて行ってくれるのでしょうか? 
仏教は自分で修行するしかないのです。自分が仏になるのです。この教えが法華経です。「成仏する」のではなく、「往生する」のが阿弥陀経の教えです。
 このようなことを見ればすぐに邪教だとわかるのです。戸田先生は、仏教を正しく悟られていた仏です。全てそこから解釈されているので、君臨などしません。
 戸田先生がお金に苦しい頃、池田大作が出てきて「私も入信します。戸田先生の事業を手伝います」と言って高利貸をやって剛腕をふるったのです。池田大作は創価学会員のお金のありそうな家を訪ねて「戸田先生が使うのだから金を出せ」と出させて、金に困っている学会員に金を貸しつけて両方から儲けたのです。
 だから池田大作は会長になったのです。その時はまだしおらしいことを言っていたのです。「広宣流布の指揮を一歩とらせていただきます」などと会長就任の時に言っていたのですが、とんでもない野郎だったのです。まさに朝鮮人そのものです。
 池田大作は権力に就くまでは本当に正体を隠していました。権力を得た瞬間に、君臨していくのです。戸田先生のつくった組織を池田大作は食い物にして、学会を潰したのです。創価学会はもう潰れています。
 何が正木派、谷川派でしょう。2人とも地獄へ行くのです。ふざけたことを言っている奴らは地獄へ行くのです。いい加減に信者を解放しなさい!
そのようなインチキ宗教がはびこる世の中です。私たちは正理(しょうり)をもってこの宗教界が荒れている中に船を出したのです。以上!


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2017年12月07日

人間の探究 913 立正安国論の意義

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※中杉弘著『立正安国論講義』これを読めば、立正安国論がわかります。

人間の探究 913 立正安国論の意義

 日蓮大聖人様の仏法を学ぶにあたり、一番大事なことは何でしょう。唱法華題目抄・立正安国論・開目抄・観心本尊抄・法華取要抄・撰時抄・報恩抄・四信五品抄・下山御消息・本尊問答抄の「御書十大部」があります。その中で大事なことを説かれています。その他に御消息文というお手紙を信者に差し上げて、その中に経典の意味が書かれています。
日蓮大聖人様の仏教の中で、何が一番大事なのでしょうか? これがみんなわからなくなってしまい、悩んでいるのです。
 何故かというと、日蓮大聖人様はある時は「天台沙門」と言われています。ある時には、「真言密教第27代の教祖だ」とも言われています。日蓮大聖人様は、「御坊様はどのような身分なのですか?」と聞かれると、「天台宗の学僧である」という意味で、「天台沙門」と書いたのです。
 或は、「真言宗の修行をして奥義を極めるのが目的だ」という場合、「真言密教第27代教祖だ」と言われたのです。日蓮大聖人様は、相手に応じて、坊さんの場合は天台沙門といい、一般の庶民の場合には他の言い方をしています。
 自らが「聖人である」とは、一言も言っていません。だからわからないのです。「十大部御書」には大事なことが全て書いてありますが、総合的に学んでも結論が出てきません。
 日蓮大聖人様の仏教と、それまでの仏教の違う点があります。日蓮大聖人様の仏教には「国」ということが入っています。それまでお書きになられた唱法華題目抄などは「国」が入っていません。
 日蓮大聖人様が39歳のときに立正安国論を書かれたのですが、それから2度内容を変えられています。細かいところを2度加筆されて「立正安国論」は、3本あるのです。
 「仏教を学ぶ」ということに、日本国は関係ありません。仏教は自分が成仏するためにあるのです。仏教とは「成仏」ということが第一義にくるから、国のことなど関わり合っている暇はないのです。
 しかし、日蓮大聖人様は「立正安国論」という御書を書かれたのです。「安国」と言われているのですから、国が大事です。国が安らかでなく戦争や地震が来たら、仏教どころではありません。そのような意味です。
 正しく仏教を修行しようと思えば、まず、「安国をすべからくはからえ」ということです。国が安国でなければ、仏教などやっていられません。「安国の書」があって、これが貞観政要(じょうかんせいよう)です。日蓮大聖人様は、ひと時も離さず、貞観政要をもっていたのです。
 貞観政要(じょうがんせいよう)は、唐代に編纂された太宗の言行録です。題名の「貞観」は太宗の在位の年号で、「政要」は「政治の要諦」という意味です。全10巻40篇からなります。
 太宗の治世を「貞観の治」と言い、この時は国がよく治まったのです。その王様に臣下が質問するのです。「国はどのようにしたら、治まるのでしょうか?」第一番の質問が、「創業と守勢はいずれがかたきや?」という質問です。
 それに対して王様が「創業は安く、守勢は難し」と答えたのです。国を造るのは易しいのですが、あとが続きません。貞観の治は長く続いて、後世の範とされているのです。それを日蓮大聖人様はいつも持っていらしたのです。「もっともだ」と思っていたのです。
 日蓮大聖人様は、信者さんの指導に貞観政要をよく使われていました。「国」が大事です。日蓮大聖人様は「国とは何か?」と考えられたのです。国には、くにがまえの中に「玉」と書いて国です。我が国では天皇のことです。それから、地域の「域(いき)」を入れた國があります。これは土地の国です。それから、くにがまえに「民」と書いた国があります。この3つの国を日蓮大聖人様は書き分けています。
 「国とは何でしょう」王様も国、地域も国、そこにいる民も国です。この3つのものが一つになったときに、国が治まるのです。
 さらに日蓮大聖人様は「正法を建てなさい」と言われています。「立正」とは、国に「正(せい)」を建てることです。正が建てば、国が安泰になります。
 では、我が国に仏教が入っているけれども、仏教の正とは何でしょう。念仏が仏教でしょうか。禅宗が仏教でしょうか。律宗が仏教でしょうか。真言密教が仏教なのでしょうか。何故、こんなに正しいと思うものがたくさんあるのでしょう。これはおかしいのです。
 ちゃんと整理して「何が正しいのか?」ということを、「明らかにして教えましょう」ということが日蓮大聖人様の仏教ですその結果、日蓮大聖人様は「法華経である」と言われたのです。「妙法蓮華経というものが、仏教の究極の姿であり、これ以外に仏教はない」と悟られたのです。
 国に建てる仏教は南無妙法蓮華経しかありません。これがわかれば国は安泰になるのです。天皇陛下が保つ仏教も南無妙法蓮華経しかありません。
 国主である天皇が正しい法を保つならば、この国は安泰になり、民も力を得て豊かになり、災難も起きません。これが立正安国論のご精神です。これを学ばなければいけません。これが順序と大事な点です。
「日蓮大聖人様の門下だ」と言うならば、これをしっかりと学ばなければいけません。本当の極意に到達しなければ、日蓮大聖人様の弟子とは言えません。正理会はここのところをしっかりとやっているから、間違えないのです。「なるほど、国があるのだな」とわかってくるのです。
創価学会・公明党がやっていることは、「仏法は平等を説く。韓国人も日本人も差別してはいけないのだ。同じく仏性をもった人間なのだ」という考えです。ああそうですか。世界中に日本の悪口を言って、ありもしないウソを世界中に広めている韓国は日本のお友達ですか? 違うでしょう。この区別が大事です。
北朝鮮は、この平和な日本に「原爆を撃ち込むぞ!」と脅迫しています。これが御友達なのですか? 良い人たちなのですか? 違いますよね。お友達とは言えません。言えない人まで「同じ人間だから」と考えて、「仲良くしましょう」と言うのでしょうか? このような考えになってしまいます。
公明党の山口那津男は韓国にペコペコ、中国にペコペコ、こんなことはダメです。これはちゃんと総別の二義で見ないとわかりません。総別の二義をもって言えば、生命は一つで、皆同じものが現れたものです。別して言うと、生命は全て違います。
これは無量義経に書いてあります。無量義経徳行品第一品に、「無量義は一法より生ずる」と言うのですから、一つのものが現れたのです。
 具体的な例で言うと、猿と人間は違います。豚と人間は違います。明らかに差があるので、豚と人間を同列に論じることはできません。人間同士でもそうです。人間の中には、それぞれ差別があります。ウソつきの朝鮮人と日本人は一緒にできません。
 そのようなことを間違えると国は滅びます。これが「日蓮を用いるとも悪しく敬わば国滅ぶべし」という意味です。区別するべきところは区別しなければいけません。勉強ができる子は頭がよいのです。馬鹿も、頭の良い子も一緒にしていたら、頭の良い子はいなくなってしまいます。
 それと同じで、日本民族と他の民族の区別をしていくのが当たり前です。「日本人とは何か?」というと、一番目に皇室を尊敬することです。二番目に2800年の世界一の歴史を誇ることです。三番目にこの素晴らしい日本国のために仕事を通して利心(とごころ)を磨いていくことです。
 この3つの精神があるならば、日本人と言えるのです。帰化人だろうが、この3つの精神をもっていれば「貴方は日本人だね」と言えるのです。皇室を尊敬して、日本の歴史を尊敬して、日本のために一生懸命働き、利心(とごころ)を磨いていくならば、これは立派な日本人です。民族は関係ありません。帰化したなども関係ありません。
 反対に日本籍で日本人の血筋をもっていても、「シナが素晴らしい」「韓国は素晴らしい」「差別はいけない」とわめいているのは、日本人ではありません。
 「皇室が差別の根本だ」「日本の歴史くらい悪い歴史は無い。何故ならば侵略の歴史だ」このようなことを言っている奴は、血の流れは日本人でも日本人ではありません。
 そのような違いが立正安国論を学ぶとわかってくるのです。そこまで勉強していかなければいけません。しかしこれはまだ入り口論ですから、まだまだです。


■日蓮大聖人様の「御書十大部」
唱法華題目抄 ―文応元年(1260)五月二十八日 三十九歳
立正安国論 ―文応元年(1260)七月十六日 三十九歳
開目抄 ―文永九年(1272)二月 五十一歳
観心本尊抄 ―文永十年(1273)四月二十五日 五十二歳
法華取要抄 ―文永十一年(1274)五月24日 五十三歳
撰時抄 ―建治元年(1275)六月十日 五十四歳
報恩抄 ―建治二年(1276)七月二十一日 五十五歳
四信五品抄 ―建治三年(1277)四月初旬 五十六歳
下山御消息 ―建治三年(1277)六月 五十六歳
本尊問答抄 ―弘安元年(1278)九月 五十七歳


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2017年12月06日

人間の探究 912 仏教は無我を説く

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※バラモン教には階級があり、バラモン・クシャトリア・バイシャ・シュードラという四階級がありますが、実はもっと細かく分かれていて何百という階級があるのです。

人間の探究 912 仏教は無我を説く

 仏教の初歩で習う「諸法無我(しょうほうむが)」という教えがあります。諸法とは、神羅万象あらゆることです。無我とは、「あらゆることに我はない」ということです。
 諸法無我、あらゆることに我はないのです。実は何回もこの話をしていますが、仏教の入り口論はこの「諸法無我論」です。あらゆるものに我はありません。この反対のものが「有我論」です。「全てのものに我がある」というのです。
 あらゆる我が集まって集大成したものが諸法有我論です。実は仏教出現前のバラモン教は全て有我論だったのです。プドガラ主義といって、「あらゆるものに我がある」と説いたのです。生きとし生きるものすべてに「私」という我があるというのです。
 「世界は何ですか?」というと、「我(アートマン)」の集合体です。みんなに我があるのです。Aさんにも、Bさんにも犬にも猫にも我があるのです。「世界は何ですか?」というと我の集合体です。
 このような考え方をプドガラ主義といいます。仏教出現前のインドのバラモン教では、このようなことを説いていたのです。「我(が)には終わりがない。我は永遠だ」と言うのです。我のことをアートマンといいます。
 別の言葉で言うと、「世界はアートマン満ちている」と言ったほうがよいでしょう。アートマンは犬にも人間にもあります。この「アートマンは永遠の存在なのだ」というのです。貧乏人の馬鹿な自分を「自分」と思っているアートマンは永遠の存在です。貴方は死んでまた生まれても馬鹿であるし、今と何も変わりません。
 しかも、これは永遠に続くのです。終わりはありません。バラモン教にはバラモン・クシャトリア・バイシャ・シュードラという四階級がありますが、実はもっと細かく分かれていて何百という階級があるのです。
 それは永遠の存在です。今、貴方はクシャトリアという戦士をやっていますが、貴方が死ぬとまた戦士に生まれてくるのです。生まれてくるたびに戦士です。そして、殺されるのです。
 貴方は今奴隷です。奴隷は永遠に奴隷です。奴隷から脱却しようなど、くだらないことを考えないほうがよいのです。いくら考えても奴隷は奴隷です。犬は犬です。犬が豚になったり、馬になったりはしません。永遠に犬なのです。それが貴方なのです。これがバラモンの身分制度です。
 「今回、おれは奴隷をやっているけれども、この次は奴隷でなく生まれたい」そう思っていたのです。「俺は今、豚で人間に食われるのだけれども、今度生まれるときはもうちょっとましなものに生まれたい」と思うのです、豚は永遠に豚だから、何をやってもダメです。
 このような考え方を諦観(あきらめる)といいます。「あきらめなさい。奴隷の魂に感謝しなさい。奴隷として一生懸命働くのだ。そうしたら、また奴隷に生まれて幸せですよ」このような考えです。
 そこに出てきたのがお釈迦様です。今から2500年前に出てこられて「人間に我はない。諸法は無我である。あらゆるものには我はない」と言われたのです。「ええっ、無我なのですか?」とみんな驚いたのです。「我はありません。みんな輪廻転生して変わっていくのです。我がないから変われるのです。貴方の今の奴隷の姿は、生命が転換していく一コマにしかすぎません。貴方が死んだら、今度は奴隷ではなくなります。しかし、何に生まれるのかわかりません。」と言われたのです。
 人間はどんどん輪廻転生しているのです。Aさんのままで生まれ変わるわけはありません。どんどん変化しているのです。あらゆるものに我はありません。これを諸法無我というのです。
 人間の苦しみというものは、本当は無い我を「永遠に保とう」とするからです。健康食品を飲んだり、ボディービルに通ったりして肉体を鍛えて、永遠に肉体が続くと思っているのです。女は少しでも美を保つように努力して、「永遠に私がある」と思い込んでいるのです。
しかし、諸法無我を思い知らされる時が来るのです。人間は必ず死ぬのです。そのときに、「ええ!」と思うのです。
 今までは「美容だ」「健康にはサプリだ」とやってきたのが、いくら飲んでもそれ以上効きません。崖から突き落とされたような絶望感を感じるのです。それが人間の悩みの本性なのだとお釈迦様は見抜かれたのです。
 我があると考え、我に執着して、それをなくさないように努力をするところに人間の苦しみが生まれるのです。無くなるものを「無くならないようにしよう」というのは執着です。
 そこで「助けてくれ、死にたくない!」と自分の我にしがみつくのです。しがみついても「自分」というものはないのですから、ズルズルズルと落ちてしまい、大変な恐怖を感じるのです。それで人間は生に執着してしまうのです。
現実に守銭奴がいます。守銭奴は金にしがみついているのです。「何より大事なものは金だ。おれは金だけあればよいのだ」と言って、金に執着してしまい、「一銭も人にはやならい!」と金にしがみつくのです。それは苦しみそのものです。
これがわかるだけでも、人生は軽くなるのです。「あの野郎、憎いから殺してやろう」これも我の現れです。「殺すほど憎らしい」そんなふうに思ったら、これは我なのです。
我にしがみついて「あの野郎が俺にこんなことをやりやがった。だからあの野郎は憎らしい」と思ってしまうのです。それが苦しみになってしまうのです。
人間社会で和解できないのは、みんなが「諸法無我」だとわかっていないからです。だからトランプのように「俺はアメリカ人だ。アメリカの利益を損なうようなことは、一歩たりともやらない」などということになります。それは絶対に他国と喧嘩になります。次から次へと争いになるのです。
まず、人生を上から達観する必要があります。達観する見方を、バーチャルリアリティーといいます。何事も本当のことはありません。諸法無我です。自分が創り出した妄想を「現実だ」と思って見ているのです。その妄想の中に苦しみと、悲しみと、憎しみと、欲望を抱えているのです。全てバーチャル世界です。
欲望はあってもよいのですが、「この世はバーチャル世界だ」と知ることが大事です。この世はバーチャル世界ですから、命を賭けて争うようなことはないのです。それは妥協すればよいのです。
北朝鮮は「原爆は一歩も譲らない!」と言っているのです。妥協を拒否しているのです。それではダメです。妥協することがわからなければ人類ではありません。「自分はこれだけ引くから、貴方もこれだけ引いてくれ、仲良くやりましょう」ということです。
「俺は一歩も引かない。お前が引け!」と言ったら、喧嘩を売っています。人生全体はバーチャル世界ですから、仲良くやりましょう。
諸法無我だから、諸行無常です。無我だからこそ、あらゆるものが移り変わるのです。諸行無常は「あらゆるものが移り変わる」という意味です。そのように考えるところに、我(アートマン)を解脱することができるのです。
仏教の最終目標は解脱です。解脱とは、何から何を解脱するのでしょう。自分の煩悩から解脱をするのです。
麻原彰晃が狂って、「アートマンが空中に浮き出るのだ。それが修行だ」とピョンピョン飛び跳ねていたのです。あれは我(アートマン)を肉体から出そうと思ってやっていたのです。そんなことをいくらやっても肉体から出られません。解脱とは、執着からの解脱です。以上!


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2017年12月05日

人間の探究 911 韓国創価学会の謎

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※今の創価学会は本部が2つに割れてきています。「日蓮正宗に帰ろう」というのが、正木派です。谷川派は「釈迦仏法に帰るのだ」と言っているのです。何故、「釈迦仏法に帰れ」というのかというと、谷川は統一教会から来たのです。

人間の探究 911 韓国創価学会の謎

 創価学会の諸君、韓国(SGI)創価学会というものがあります。だいたい人数は100万人くらいいるらしいのです。この連中は日本の学会員に折伏されて入信して、韓国に帰った人達が中心です。韓国人の夫を連れて韓国に帰って広めだしたのです。
韓国創価学会は日本の創価学会と何の関係もありません。この連中は釈迦仏を拝んでいます。仏壇があって、須弥壇には小人の釈迦仏が入っているのです。それを背にして説法をしているのです。そこからして日本と違います。御本尊は入っていません。釈迦仏法です。
 韓国創価学会は日蓮大聖人様の仏法を学んでいるのではありません。釈迦仏法として受け取っているのです。これは、日本の創価学会が心に描いていることです。日本の創価学会には、もう日蓮大聖人様はないのです。
 日本では便利だから日蓮大聖人様を使っているだけで、本当の腹の中では「仏教はインドのものである。インドから中国に伝わって、中国から朝鮮に伝わって日本に来たのだ。それがまた世界に返っていくのだから、釈迦仏法の方がよい」という考えです。
 お釈迦様と言っても2つあります。インドで生まれたお釈迦様と、久遠実成の釈尊です。立正佼成会には、まっ黒な釈迦仏があります。お釈迦様は黒人ではありません。どちからというとチベットに近いほうですから黄色人種です。立正佼成会は、まっ黒な釈迦仏を本尊にしているのです。
立正佼成会は「日蓮大聖人様の仏法を学んでいる」といいますが、なぜ釈迦仏法を拝んでいるのでしょう。追及した結果、「インドの釈迦ではなく法華経に説かれているずっと昔に仏になった久遠実成の釈尊を拝んでいる」というのです。
 今でもその話が続いていて、立正佼成会の本部にある聖堂には、久遠実成の釈尊の像があります。このように言っているのです。この教学は身延山久遠寺から出ています。身延山は大石寺と違います。
「立正佼成会は何を拝んでいるのだ?」と聞くと、釈迦仏法を拝んでいるのです。「お釈迦様を拝んだらおかしいでしょう」と言うと、立正佼成会員は「違います。我々は久遠実成の釈尊を拝んでいる」という理屈を言うのです。
 立正佼成会と創価学会は同じになってきたのです。もうそれは、日蓮大聖人様の仏教ではありません。「ははあ、わかったぞ!」と僕は思いました。それで韓国創価学会は、日蓮大聖人様を教えません。「池田先生」とやっていたのです。韓国創価学会は「池田先生、池田先生、〜♪」と歌っています。後は韓国語だからわかりません。
 韓国創価学会は、韓国一の反日です。従軍慰安婦の運動の先頭に立っているのです。「日本人よ、韓国人に謝れ!」と反日活動をやっているのです。完全な反日です。ウソをついて「日本は韓国を植民地にした。日本は悪い国、韓国は良い国。日本に仏教を伝えてやったのだ。仏法は韓国に入ってから日本に来たのだから韓国人に感謝しろ!」このような理屈です。韓国創価学会は、徹底的な反日です。
 教えを世界に広めようとしたら、そうなってしまうのです。創価学会の教えとは何も関係ありません。関係ないのになぜ「韓国創価学会」と言うのでしょう。もう創価学会は、滅茶苦茶の乞食スープです。そうなってしまうのです。
 今の創価学会は本部が2つに割れてきています。「日蓮正宗に帰ろう」というのが、正木派です。谷川派は「釈迦仏法に帰るのだ」と言っているのです。何故、「釈迦仏法に帰れ」というのかというと、谷川は統一教会から来たのです。
 統一教会から言うと、釈迦仏法のほうが都合がよいのです。日蓮大聖人様を拝まないほうがよいのです。釈迦仏法の隅に日蓮大聖人様がいるのです。釈迦仏法が一番偉くて、天竺からシナ、朝鮮半島に流れてきて、日本に来たのです。そこから出てきたのが、日蓮大聖人様という見方です。そのようにもっていこうとしているのです。
 すでに創価学会員の頭の中はそうなっています。学会員に「お前達は日蓮大聖人様の教えを学んでいるのか?」と聞くと「学んでいますよ。仏教はインドから来たものでしょう」と答えます。
天竺(インド)から、シナに来て天台大師がいます。その次に朝鮮に来て、最後に日本に仏教が渡ってきたのです。だから日本は後進国なのです。それを逆にねじをまいて、「西に仏教を戻していけと言ったのが、日蓮大聖人様でしょう」このような解釈をしているのです。
 全くわかっていません。こんなことを戸田先生が聞いたら烈火のごとく怒るでしょう。「総別の二義あり総別の二義少しも相そむけば成仏思もよらず」(曾谷殿御返事)ということがわからなくなり、教えがどんどん狂っていくのです。人数が増えれば教えは狂います。
 公明党の山口那津男は、韓国の光復節の祝いに出席しているのです。光復節とは、日本と韓国が戦って、独立したおめでたい日だというのです。8月15日に定めてそれに従軍慰安婦の日をつくったのです。そこへ出かけていき、「おめでとうございます。長く日本が苛めて申し訳ありませんでした」などと言って帰ってきているのです。
 山口那津男は中国の「抗日戦勝70周記念レセプション」に行ってきたのです。中国共産党と日本は一度も戦っていません。いつ戦ったのでしょう。戦ったのは蒋介石の国民党軍です。その国民党と共産党は敵対関係にあり、いつも戦争をしていたのです。共産党が国民党を追い出して、台湾に逃げたのです。だから日本と台湾は敵同士です。しかし、敵である蒋介石が日本のことを理解して、仲良くなったのです。
 中国共産党の中華人民共和国は、1949年10月1日に北京市で建国されたのです。日本の戦後に建国した、戦ってもいない中華人民共和の「抗日」とは何でしょう。抗日戦争など一度もやっていません。そのようなウソの式典に公明党の党首である山口那津男がノコノコ出かけて「おめでとうございます」と言うのでしょうか? 山口那津男は非国民です。
 こんな奴らと自民党は仲良くしてはいけません。骨まで食われてしまいます。山口那津男は、朝鮮人に違いありません。そのような行動から見ると帰化人です。自民党は公明党の中にいる帰化人に本当に注意していかないと、国民の精神をつくることができません。
 2800年の歴史を持ち、悠久の天皇陛下を頂いて、世界に冠たる日本国の歴史を歪める奴らを絶対に許してはいけません。それを取り戻すのが本来の自民党です。もっとしっかりせんかい!


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2017年12月04日

人間の探究 910 日馬富士の問題について

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※「八百長は止めようよ」それに近いことを貴ノ岩が言ったのです。「生意気な、コノヤロウ、蒙古人のクセに八百長などやっているわけがないだろう。先輩に対して口の利き方に気を付けろ!」と言って、日馬富士が貴ノ岩をバチと殴ったのです。

人間の探究 910 日馬富士の問題について

 この問題はいよいよわかってきました。皆さん、何だかよくわからないでしょう。オプラートに包んでいるからわからないのです。
 この事件の真相はモンゴル人が集まって談合していたのです。相撲は相手と戦わなければいけません。それが一緒になって仲良く居酒屋で飲んでいるというのがおかしな話です。
 野球の星野元監督は、「試合前に他球団と飲んだら罰金だ」と言っていました。これから試合をする敵のチームと試合前に飲みに行くのはおかしな話です。普通は勝負の世界でそんなことは許されません。
 飲みに行くと必ず話が出るのです。「ちょっとお前、強すぎるぞ。今度は俺を優勝させろよ」「今度の横綱は俺がもらった!」という話が当然出てくるのです。どうしても、そうなります。酒を飲んでいるのですから、「お前、ちょっと遠慮しろよ。俺を優勝させろよ」という話が当然出ます。
 貴ノ岩は貴乃花親方の弟子ですから、苦々しく思っていたのです。貴ノ岩は、「自分がモンゴル人の力士だ」ということと、それを嫌う貴乃花の弟子です。モンゴル人だということで、モンゴル人の飲み会に参加していたのです。
 そのとき、このようなことを言ったのです。これはマスコミに言えないことです。だから聞いている側はわからないのです。貴ノ岩は「インチキは止めようよ」このように言ったはずです。言葉は違うかもしれませんが、そのような話をしたのです。
 青山繁晴さんによると、「白鵬は八百長だ」と言っています。何回も優勝していますが、「インチキしている」と言っています。僕も気が付きませんでしたが、立ち上がりで、「のこった!」というときに白鵬は相手の首をめがけてバンバンバンと張り手を入れるのです。青山繁晴さんは武道をやっているからよく見ています。
 白鵬の張り手は、力道山の「空手チョップ」です。「空手チョップ」を張り手に見せかけて、首の頸動脈をバンと叩くのです。頸動脈をやられると、誰でもフラフラときてしまうのです。それでクラッときたところで投げ飛ばすのです。白鵬の相撲を見てご覧なさい。白鵬はそれで40回以上勝っているのです。そんなことをやっているのです。それもインチキです。
 「八百長は止めようよ」それに近いことを貴ノ岩が言ったのです。「生意気な、コノヤロウ、蒙古人のクセに八百長などやっているわけがないだろう。先輩に対して口の利き方に気を付けろ!」と言って、日馬富士が貴ノ岩をバチと殴ったのです。
 日馬富士は殴っている間に貴ノ岩がだんだん憎くなってきて、「コノヤロウ!」と何回も殴ったのです。その後で白鵬も貴ノ岩を殴ったらしいのです。だからウソをついているのです。白鵬も貴ノ岩を殴ったのです。みんな白鵬を守って、殴ったことは言いません。
 貴ノ岩は殴られて、顔を覆って伏せていたので誰が殴ったのかわからないのです。それですんでしまったのです。翌日、殴られた貴ノ岩が日馬富士に「すみませんでした」と謝ったのです。日馬富士は、それで終わったと思っていたのです。
 それから問題が起きたのです。仕掛けたのは貴乃花親方です。わかるでしょう。モンゴル人同士の間では、それで終わっているので何も問題はなかったのです。貴ノ岩が医者に行っておしまいで、「先輩すみませんでした」「気を付けろよ」と終わっている話です。それをキャッチした貴乃花親方が「このさいモンゴル人をやっつけてやる!」ということで警察に届け出をだしたのです。
 しかも、2回も届け出を出したのです。1回目は「大した傷ではありません」と言っていたのですが、二回目は「こんな大怪我をしました」と言ったのです。
 それで相撲協会に呼ばれても貴乃花親方は行きません。「説明しません」と言っています。貴乃花親方が問題を大きくしたのです。彼が言わなかったら、こんな大きな問題にはならなかったのです。日馬富士も横綱を辞めなくて済んだのです。
 ここに不思議があります。貴乃花親方は朝鮮人です。お父さんの若乃花は朝鮮人ですから、貴乃花親方も朝鮮人です。だから、これは朝鮮人対モンゴル人の戦いです。モンゴル人は日本人と仲がよいのです。源義経も成吉思汗になったのです。モンゴル人も日本人を尊敬しています。モンゴル人は日本語が上手いのです。
 朝鮮人はいつまで経っても朝鮮訛が抜けません。「ヤクチョク」とか、「カラシのコップでピールを飲むよ。同じ飯食ってとこ違う」と言っているのです。韓国から来た朝鮮人は、相当長く日本に住んでいても朝鮮訛はなおりません。
 朝鮮人から見て、モンゴル人が相撲界でのさばっています。「これを事件にしてモンゴル人の横綱たちに打撃を与える」と考えた貴乃花親方のお芝居というところが真相だと思います。

■在日朝鮮人
【スポーツ系】
前田 日明、長州力、ラッシャー木村、大木金太郎、青木 功

若乃花(初代)、二子山親方(貴ノ花)、若乃花、貴乃花、
玉乃海、 武蔵川親方(三重の海)、前の山、栃光、若葉山
二所ノ関親方(金 剛)、佐田の山、黒姫山、前田山、力道山

【本名が判明している著名人】
都はるみ(李春美)、和田アキ子(金現子)、沢田研二(李研二)、安田成美(鄭成美)、マッハ文朱(李文朱)、つかこうへい(金峰雄)、岡本夏生(李夏 生)、大山倍達(尹泰植)、力道山(金信洛)、岩城滉一(李光一)、西城秀樹(李龍雄)、ジョニー大倉(李雲煥)、立原正秋(金胤奎)、つかこうへい(金 峰雄)、新井将敬(朴景在)、宮下順子(金英姫)、新浦(金日融)、田中麗奈(鄭麗奈)、池田大作(池大作)、土井たか子(李高順)、筑紫哲也(朴三寿)、本多勝一(崔 泰英)、佐高信(韓吉竜)、福島瑞穂(趙春花)、香山リカ(金梨花・通名:中塚尚子)

【在日コリア系著名人リスト】
美空ひばり、小林旭、都はるみ、和田アキ子、五木ひろし、山口百恵、西田佐知子、小柳ルミ子、布施明、春日八郎、神戸一郎、北原賢治、野村真樹、内田裕也 、杏里、川中美幸、ジョニー大倉、シャーミン、瀬川瑛子、西城秀樹、にしきのあきら、井上陽水、柳ジョージ、矢沢永吉、沢田研二、松山千春 、菅原都々子、小畑実、河島英吾、由紀さおり、安田祥子、フランク永井、八代亜紀、青江三奈、伊藤蘭、井沢八郎、工藤由貴、坂本九、柏木由紀子、伊東ゆかり、松坂慶子、沢口靖子、岡田可愛、野川由美子、北原三枝、宝田明、堤大二郎、児玉清、松田優作、新井春美、山根元代、岩城混一、安田成美、宮下 順子、マッハ文朱、つかこうへい、金田賢一、隆大介、佐久間良子、石田ゆりこ、石田ひかり、大信田礼子、小坂一也、香山美子、勝呂誉、松村雄基、林寛子、岡本夏生、大鶴義丹、
若乃花(初代)、二子山親方(貴ノ花)、若乃花、貴乃花、玉乃海、武蔵川親方(三重の海)、前の山、栃光、若葉山、二所ノ関親方(金剛)、佐田の山、黒姫山、前田山、力道山、長州力、ラッシャー木村、大木金太郎、星野貫太郎、青木功、大山倍達、孫正義、藤原紀香、木村拓哉、池田大作、元清美、永六輔、豊川悦司
出典:東洋経済日報社資料 、「在日韓国人の底力」(植田 剛彦著)ほか

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2017年12月02日

『日本人に打ち込む100本の柱』日本人よ、ダチョウになるな! 71柱

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※中東の諺にいわく、危険を察知するとダチョウは逃げる。逃げ切れなくなるとダチョウは砂の中に頭をつっこむ。そうすれば、何もないと思って危険が通り過ぎるのを待つのです。

土曜日特別講座『日本人に打ち込む100本の柱』 
日本人よ、ダチョウになるな! 71柱

 中東の諺にいわく、危険を察知するとダチョウは逃げる。逃げ切れなくなるとダチョウは砂の中に頭をつっこむ。そうすれば、何もないと思って危険が通り過ぎるのを待つのです。
 これが、日本人と同じだと世界の物笑いの種で、「日本人は世界のダチョウだ。」と言われています。危機が来ると日本人は耳をふさぎます。そして、見ないようにします。そういうことは無かったと思いたいのです。「人工地震兵器がある? 知らない。そんなのウソにきまっているよ。」と言って、耳をふさいでしまう。新聞を見ない。何も見ない。そして、自分の中に閉じこもる。これはちょうどダチョウが「怖い、怖い。」と砂の中に顔をつっこんで何もないようにしているのと同じ真理なのです。
 それから、日本人はカエルだとも言われています。カエルは、熱いお湯に叩き込むと、「ぴょ〜ん」と飛び跳ねてお湯から出て行くけれども、徐々に温度を温めていくとカエルは死んでしまうのです。気持ちよくなって、逃げるのを忘れてしまって死ぬまでいってしまうのです。これと、日本人は同じだと言われています。
 世界から評されている日本人はこの二つです。「日本人はダチョウである。」「日本人はカエルである。」こんなことを言われているのです。でも、これは言われてみると本当です。危機が来ると、どうしていいかわからない。オロオロする。或いは、知らんぷりをする。真相を究明しようとしない。「まあまあ、しょうがないや。」というところがあるから、この二つに日本人はなってはいけません。脱却しなければなりません。
 日本人は世界の神にならなければなりません。「日本人がダチョウ? とんでもない話です。」「日本人がカエル? 冗談じゃないよ。」全員がそうであっても、自分だけはダチョウとカエルにはならないという決意が大事なのです。
 
ダチョウには、砂の中に頭を入れる習性がある。
 世界最大の鳥類として知られるダチョウは、砂のなかに頭を突っ込む変わった習性がある。これは、近くにいる敵の接近を探る行為であり、地面に伝わる音を頼りにしてそれを仲間に伝えています。しかし、パッと見て「頭隠して尻隠さず」のような格好のため、外国では「He is hiding his head like an ostrich.」(ダチョウのように頭を隠している)や「follow an ostrich policy」(現実逃避をする)など、不名誉な言葉として使われる。

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