2023年06月07日

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 18

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※譬えば、虚空の東西南北、四維上下、無量無辺なるが如く、是の人の功徳も、亦復是の如し。

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 18

 「況んや復、人有って、能く是の経を持ち、兼ねて布施、持戒、忍辱、精進、一心、智慧を行ぜんをや。」
 また、ある人がいて、法華経を保ったうえで布施をして、戒律を守り、悪口にもよく耐えて、一心に精進する人があるならば、
 「其の徳最勝(とくししょう)にして、無量無辺ならん。」
 其の徳最勝(とくししょう)にして、無量無辺です。
 「譬えば、虚空の東西南北、四維上下、無量無辺なるが如く、是の人の功徳も、亦復是の如し。」
 譬えば、虚空の東西南北、四維上下、無量無辺なるが如く、是の人の功徳も、亦復是の如し。
 「無量無辺にして、疾(と)く一切種智に至らん。」
 無量無辺にして、疾(と)く一切種智に至らん。
 このように心得て仏道修行をするならば、一切の物事の根本の原因が、理解できるようになるのです。
一切の物事の根本とは、「何故、生命がいるのか?」ということです。何故、サルや、ライオンや、人間がいるのでしょうか? 人間は、70億の人口がいます。これらの人間は、どこから出てきたのでしょうか? 自然界で食物を食べながら、どんどん人間が増えてきたのです。
 「若し人、是の経を読誦し受持し、他人の為に説き、若しは自らも書き、若しは人をしても書かしめ、復、能く塔を起て、及び僧坊を造り、声聞の衆僧を供養し讃歎し、亦百千万億の讃歎の法を以って、菩薩の功徳を讃歎し、」
若し人、是の経を読誦し受持し、他人の為に説き、若しは自らも書き、若しは人をしても書かしめ、復、能く塔を起て、及び僧坊を造り、声聞の衆僧を供養し讃歎し、亦百千万億の讃歎の法を以って、菩薩の功徳を讃歎し、
「又、他人の為に、種々の因縁をもって、義に随って此の法華経を解説し、復、能く清浄に戒を持ち、柔和の者と共に同止(どうし)し、忍辱にして瞋(いかり)無く、志念堅固にして、常に坐禅を貴び、諸の深定を得、精進勇猛にして、諸の善法を摂し、利根智慧にして、善く問難に答えん。」
又、他人の為に、種々の因縁をもって、義に随って此の法華経を解説し、復、能く清浄に戒律持ち、柔和の者と共に同止(どうし)し、忍辱にして瞋(いかり)無く、志念堅固にして(法華経の修行を止めないぞ)という意志を堅固にするのです。常に坐禅を貴び、諸の深定を得、精進勇猛にして、諸の善法を摂し、智慧は利根にして、善く難しい問題に答えたのです。
 「精進勇猛にして」とは、「勇んで為すを勇と言い、智を竭すを猛と言う」という意味です。
西原商会は、「勇猛精進」という言葉を紙に書いて壁に貼っていましたが、西原商会は創価学会員の企業です。「勇猛精進」を、商売に使ってはいけないのです。仏教の「勇猛精進」は、意味が全く違います。
サンポールのM社長は、学会員だったのです。その人が「勇猛精進」「異体同心」とよく言っていたのですが、商売で異体同心などという言葉を使うと罰を受けます。なぜかというと、「異体同心」の意味がわからなくなってしまうからです。
「異体同心」とは、「体は異なるけれども、心は一つ」という意味です。これを商売で使うと、「社長とともに社員は異体同心である」となるのです。主語が違います。仏教の異体同心は、中身が仏教です。「体は違うけれども、仏教を信じる心は一つです」という意味です。
それならばよいのですが、自分の商売のために「勇猛精進して、残業を何時間でもやってこい!」となってしまいます。意味をはき違えてしまうのです。
僕はサンポールに入社して、すぐに気が付いたのです。「社長、それはまずいのではないですか?」と思ったものです。その時は、社長には言わなかったのです。
M社長は、「増上慢になってはいけない」と、常日頃、言っていたのです。「増上慢」も仏教用語です。「増上慢になってはいかん」と言っているうちに、自分が増上慢になってしまったのです。マンガみたいな話です。
M社長は、「増上慢になってはいけない。お前は増上慢だ。社長たる者は、仕事は公明正大にして、社会の利益を出すことであるから、池田先生のように立派な人物になって、わが社も立派な会社にしようではないか!」と言っていたのです。それは、間違いです。仏教の言っている意味は、まったく違いますから、会社で仏教用語を使おうとすると、仏罰を受けてしまうのです。(19に続く)


『妙法蓮華経分別功徳品第十七』
況んや復、人有って、能く是の経を持ち、兼ねて布施、持戒、忍辱、精進、一心、智慧を行ぜんをや。
其の徳最勝(とくししょう)にして、無量無辺ならん。
譬えば、虚空の東西南北、四維上下、無量無辺なるが如く、是の人の功徳も、亦復是の如し。
無量無辺にして、疾(と)く一切種智に至らん。
若し人、是の経を読誦し受持し、他人の為に説き、若しは自らも書き、若しは人をしても書かしめ、復、能く塔を起て、及び僧坊を造り、声聞の衆僧を供養し讃歎し、亦百千万億の讃歎の法を以って、菩薩の功徳を讃歎し、
又、他人の為に、種々の因縁をもって、義に随って此の法華経を解説し、復、能く清浄に戒を持ち、柔和の者と共に同止(どうし)し、忍辱にして瞋(いかり)無く、志念堅固にして、常に坐禅を貴び、諸の深定を得、精進勇猛にして、諸の善法を摂し、利根智慧にして、善く問難に答えん。



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2023年06月05日

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 17

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※本当の法華経に保っている人は、寺などいりません。自分が空中からでてきた宝塔です。目、耳、鼻、口が宝物です。空中の中から自分という宝塔がでてきたのです。今の自分ができたのは、南無妙法蓮華経です。

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 17

 「則ち為れ仏舎利を以って七宝の塔を起て、高広漸小(こうこうぜんしょう)にして梵天に至り、諸の幡蓋、及び衆の宝鈴(ほうりょう)を懸(か)け、華香、瓔珞、抹香(まっこう)、塗香(ずこう)、焼香、衆鼓(しゅく)、妓楽、簫笛(しょうちゃく)、箜篌(くうごう)、種々の舞戯(ぶけ)あって、妙(たえ)なる音声を以って、歌唄讃頌(かばいさんじゅ)するなり。」
則ち為れ仏舎利を以って七宝の塔を起て、高広漸小(こうこうぜんしょう)にして梵天に至り、諸の幡蓋、及び衆の宝鈴(ほうりょう)を懸(か)け、華香、瓔珞、抹香(まっこう)、塗香(ずこう)、焼香、衆鼓(しゅく)、妓楽、簫笛(しょうちゃく)、箜篌(くうごう)、種々の舞戯(ぶけ)あって、妙(たえ)なる音声を以って、歌唄讃頌(かばいさんじゅ)するなり。
塔を建てて、鈴を鳴らして、あらゆる宝をもって、仏様に供養したのです。
「則ち為れ、已に無量千万億劫に於いて、是の供養を作し已(おわ)るなり。」
 則ち為れ、已に無量千万億劫に於いて、是の供養を作し已(おわ)るなり。
 それよりも、法華経一巻を保ち、真面目に仏道修行に励むならば、そのほうが比べものにならないくらい価値がある人なのです。
「貴方の一法は何ですか?」と聞かれたら、「法華経です。毎日、読んでいます」と答えれば、仏様は「善い哉、善い哉」と言って、誉めてくださるのです。
 「阿逸多、若し我が滅後に、是の経典を聞いて能く受持し、若しは自ら書き、若しは人をしても書かしむること有らんは、即ち為れ僧坊を起立(きりゅう)し、赤栴檀(しゃくせんだん)を以って、諸の殿堂を作ること三十有二(うに)、高さ八多羅樹(はつたらじゅ)、高広厳好(こうこうごんこう)にして、百千の比丘、其の中に於いて(す)止み、園林、浴池(よくじ)、経行(きょうぎょう)、禅窟(ぜんくつ)、衣服(えぶく)、飲食、牀褥(じょうにく)、湯薬(とうやく)、一切の楽具(らくぐ)、其の中に充満せん。」
 阿逸多よ、若し我が滅後に、是の経典を聞いて能く受持し、若しは自ら書き、若しは人をしても書かしむること有らんは、即ち為れ僧坊を起立(きりゅう)し、赤栴檀(しゃくせんだん)を以って、諸の殿堂を作ること三十有二(うに)、高さ八多羅樹(はつたらじゅ)、高広厳好(こうこうごんこう)にして、百千の比丘、其の中に於いて(す)止み、園林、浴池(よくじ)、経行(きょうぎょう)、禅窟(ぜんくつ)、衣服(えぶく)、飲食、牀褥(じょうにく)、湯薬(とうやく)、一切の楽具(らくぐ)、其の中に充満せん。
 「是の如き僧坊、堂閣、若干(そこばく)百千万億にして、其の数無量なる。」
是の如き僧坊、堂閣、若干(そこばく)百千万億にして、其の数無量です。
「此れを以って現前に、我及び比丘僧に供養するなり。」
 此れを以って現前に、我及び比丘僧に供養するなり。
 「是の故に我説く。」
是の故に我説く。
「如来の滅後に若し受持し、読誦し、他人の為に説き、若しは自らも書き、若しは人をしても書かしめ、経巻を供養すること有らんは、復、塔寺を起て、及び僧坊を造り、衆僧を供養することを須(もち)いず。」
 如来の滅後に若し受持し、読誦し、他人の為に説き、若しは自らも書き、若しは人をしても書かしめ、経巻を供養すること有らんは、復、塔寺を起て、及び僧坊を造り、衆僧を供養することを須(もち)いず。
本当に法華経を保っている人は、寺などいりません。自分が空中からでてきた宝塔です。目、耳、鼻、口が宝物です。空中の中から自分という宝塔がでてきたのです。今の自分ができたのは、南無妙法蓮華経です。
自分がなりたくってなった宝塔ですから、さらに寺院をつくる必要は全くありません。それを間違えて、堂々伽藍を建てて、仏像を造り、僧侶はわけのわからないことをやっているのです。そんなものは、仏道ではありません。(18に続く)


『妙法蓮華経分別功徳品第十七』
則ち為れ仏舎利を以って七宝の塔を起て、高広漸小(こうこうぜんしょう)にして梵天に至り、諸の幡蓋、及び衆の宝鈴(ほうりょう)を懸(か)け、華香、瓔珞、抹香(まっこう)、塗香(ずこう)、焼香、衆鼓(しゅく)、妓楽、簫笛(しょうちゃく)、箜篌(くうごう)、種々の舞戯(ぶけ)あって、妙(たえ)なる音声を以って、歌唄讃頌(かばいさんじゅ)するなり。
則ち為れ、已に無量千万億劫に於いて、是の供養を作し已(おわ)るなり。
阿逸多、若し我が滅後に、是の経典を聞いて能く受持し、若しは自ら書き、若しは人をしても書かしむること有らんは、即ち為れ僧坊を起立(きりゅう)し、赤栴檀(しゃくせんだん)を以って、諸の殿堂を作ること三十有二(うに)、高さ八多羅樹(はつたらじゅ)、高広厳好(こうこうごんこう)にして、百千の比丘、其の中に於いて(す)止み、園林、浴池(よくじ)、経行(きょうぎょう)、禅窟(ぜんくつ)、衣服(えぶく)、飲食、牀褥(じょうにく)、湯薬(とうやく)、一切の楽具(らくぐ)、其の中に充満せん。
是の如き僧坊、堂閣、若干(そこばく)百千万億にして、其の数無量なる。
此れを以って現前に、我及び比丘僧に供養するなり。
是の故に我説く。
如来の滅後に若し受持し、読誦し、他人の為に説き、若しは自らも書き、若しは人をしても書かしめ、経巻を供養すること有らんは、復、塔寺を起て、及び僧坊を造り、衆僧を供養することを須(もち)いず。



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2023年06月02日

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 16

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※この経を受持し、読誦するということが、すでに宝塔なのです。だから、塔を建てる必要はありません。修行してもまだ仏になっていない人が、立派な塔を建てたり、僧が修行する僧坊を建てたりするのです。

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 16

 「当に知るべし。已に深信解(じんしんげ)の相と為(な)づく。」
 当に知るべし、已に深信解の相となづけます。
「もう深いところを理解した」という相に変わるのです。今までがウソの世界で、仏様が説かれていることが真実です。世界がガラリと変わるのです。「私の生命も永遠だったのか。永遠の生命なのに、死んだら終わりだと考えてきたのか」ということがわかったのです。人間は苦しくなって、行き詰まると自殺する人もいます。
ところが、「生命は永遠だ」とわかると自殺はできません。「自殺すると何もかもなくなって楽になれる」と思うから、自殺するのです。とんでもありません。また、同じことが続くのです。
「信じました」と言っても、実にいろんな相があります。深く理解して、信じる人もいれば、そんなに深く信じてはいないけれども、なんとなく有難いと思っている人もいるのです。その人たちが、「有難い」と思うならば、皆が功徳を受けるのです。
本当に深くこのことを意味がわかっていくならば、どこまででも深い智慧がでてきます。そこまでいかないと、成仏できません。お経を読んだからといって、数学の問題が解けるようになるわけではありません。仏教の悟りは、そのようなものではりません。
本当にわかると、ニコラ・テスラのように天とつながるのです。天が教えてくれるのです。天には何もないように見えます。何もないのだけれども、天が教えてくれるのです。
アインシュタインも同じです。天から話しかけてくるのです。すると、数式が頭の中にわいてくるのです。
それと同じ働きで、素晴らしい仏の智慧がでてくるのです。信心が深くなれば、なるほどです。それを「深い信解の相」と言うのです。
 「何に況(いわん)や之を読誦し、受持せん者をや。」
 何に況(いわん)や之を読誦し、受持して、いつも法華経を受持している者。
 「斯の人は、則ち為れ如来を頂戴したてまつるなり。」
 斯の人は、則ち為れ如来を頂戴し、たてまつっているのです。この人は、いつも仏様と一緒にいる人です。法華経は、受持しなければいけません。
僕の法華経講義も終わったら、本にしていきます。仏様は「法華経を持ちなさい」と言われているのです。法華経を頂戴している人は、「如来を頂戴したてまつるなり。」ということと同じです。
 「阿逸多、是の善男子、善女人は、我が為に復(また)塔寺(とうじ)を起て、及び僧坊を作り、四事(しじ)を以って衆僧を供養することを須(もち)いず。」
 阿逸多よ、是の善男子、善女人は、我が為に復(また)塔寺(とうじ)を起て、及び僧坊を作り、四事(しじ)を以って衆僧を供養することを須(もち)いず。
四事とは、三宝に対する四種の供養のことです。衣服・飲食・臥具 (がぐ) ・湯薬の四つを供養することです。
ここでは、「衆僧を供養することを須(もち)いず。」と言われているので、一般の僧に供養しません。
 「所以は何ん。是の善男子、善女人の、是の経典を受持し、読誦せん者は、為れ已に塔を起て、僧坊を造立し、衆僧を供養するなり。」
 どうしてでしょうか? 是の善男子、善女人の、是の経典を受持し、読誦せん者は、為れ已に塔を起て、僧坊を造立し、衆僧を供養するなり。
この経を受持し、読誦するということが、すでに宝塔なのです。だから、塔を建てる必要はありません。修行してもまだ仏になっていない人が、立派な塔を建てたり、僧が修行する僧坊を建てたりするのです。
それは、仏様から見ると「有難い」とは思いません。仏様の教えの中身が何もわからないで塔を建てて、「これは有難いでしょう」と言っても、有難くもありません。
この経を信じて、行じて、理解していくならば、その人が真の仏弟子です。その人たちは、塔を建てる必要はありません。
「阿仏房さながら宝塔・宝塔さながら阿仏房」(阿仏房御書)という御書があります。
日蓮大聖人様は、「阿仏房よ、貴方が仏であり、貴方が宝塔なのですよ」と言われているのです。(17に続く)


『妙法蓮華経分別功徳品第十七』
当に知るべし。已に深信解(じんしんげ)の相と為(な)づく。
斯の人は、則ち為れ如来を頂戴したてまつるなり。
阿逸多、是の善男子、善女人は、我が為に復(また)塔寺(とうじ)を起て、及び僧坊を作り、四事(しじ)を以って衆僧を供養することを須(もち)いず。
所以は何ん。是の善男子、善女人の、是の経典を受持し、読誦せん者は、為れ已に塔を起て、僧坊を造立し、衆僧を供養するなり。



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2023年05月31日

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 15

398
※「仏の寿命は無限だ」ということが、本当にわかったならば、いろんな功徳があります。自分で法華経を読み、人にも法華経を持たせ、解釈していくのであれば、大変な功徳を受けます。

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 15

 「何に況(いわ)んや、」
 何に況(いわ)んや、
 「広く是の経を聞き、若しは人をしても聞かしめ、若しは自らも持(たも)ち、若しは人をしても持(たも)たしめ、若しは自らも書き、若しは人をしても書かしめ、若しは華香、瓔珞、幢幡、啌検覆召Δい)、香油、蘇燈(そとう)を以って、経巻(きょうがん)に供養せんをおや。」
 広く是の経を聞き、若しは人をしても聞かしめ、若しは自らも持(たも)ち、若しは人をしても持(たも)たしめ、若しは自らも書き、若しは人をしても書かしめ、若しは華香、瓔珞、幢幡、啌検覆召Δい)、香油、蘇燈(そとう)を以って、経巻(きょうがん)に供養する者。 
 「是の人の功徳無量無辺にして、能く一切種智を生ぜん。」
是の人の功徳は、無量無辺にして、能く一切種智を生ぜん。
一切の種が生まれるところの、妙法の根本のところを理解することができます。
 「阿逸多、若し善男子、善女人、我が寿命の長遠なるを説くを聞きて、深心に信解せば、」
 阿逸多よ、若し善男子、善女人、我が寿命長遠なるを説くを聞いて、深い心で信解するならば、
 「則ち為れ仏、常に耆闍崛山(ぎっしゃくせん)に在(いま)して、大菩薩、諸の声聞衆の、圍繞(いにょう)せると共に説法するを見、」
 則ち為れ仏常に耆闍崛山に在って、大菩薩、諸の声聞衆に囲まれると共に説法するを見、
 「又此の娑婆世界、其の地(じ)瑠璃にして、坦然平正(たんねんびょうじょう)に、閻浮檀金(えんぷだいごん)、以って八道を界(さかい)い、宝樹行列し、諸台楼観(しょだいろうかん)、皆悉く宝をもって成(じょう)じて、其の菩薩衆、咸く其の中に処せるを見ん。」
この法を説くだけで、この娑婆世界は、地面が瑠璃にして、平坦な土地になり、過ごしやすい森林のようになり、宝の木が行列して、お城がたくさん建っていて、皆ことごとく宝をもって成じて、その菩薩衆がことごとくいるのを見ます。
 「若し能く是の如く観ずること有らん者は、当に知るべし。是れを深信解(じんしんげ)の相と為(な)づく。」
 若し能く是の如く観ずることあらん者は、当に知るべし。是れを深い信解の相となづく。
「仏の寿命は無限だ」ということが、本当にわかったならば、いろんな功徳があります。自分で法華経を読み、人にも法華経を持たせ、解釈していくのであれば、大変な功徳を受けます。
 「又復、如来の滅後に、若し是の経を聞いて、毀訾(きし)せずして随喜の心を起さん。」
 又復、如来の滅後に、若し是の経の悪口を聞いても、随喜の心を起さん。
如来の滅後にこの経を聞いて、「こんな経はくだらないや」と言うのではなくて、「何故、わからないのかな?」と、まじめに考えて修行するならば、随喜の心を起こすのです。
法華経がだんだんとわかってくるにしたがって、「今まで、どうしてわからなかったのかな?」と喜びがこみ上げてくるのです。
わからない理由は、衆生は顛倒しているからです。間違った中で生きているのです。それで実相の話を聞くと、「生命は永遠だなんて信じられません」と言うのです。
衆生は、虚妄分別の中で生きているのです。「人間には寿命があり、ある程度生きると死んでしまう」と思っているのです。それが、「生命は永遠だ」と聞くのですから、「そんなことは信じられませんね」と言っているのです。
仏様の言われていることが真実です。衆生は、顛倒虚妄の中で生きているのです。それが、仏様の説法を聞くたびに目覚めてきて、「わかりました。仏様の言われていることが、真実です。仏様の教えを信受します」と変わってきたときに、自分が間違っていたことがわかって、随喜の心が起きてくるのです。(16に続く)


『妙法蓮華経分別功徳品第十七』
何に況(いわ)んや、
広く是の経を聞き、若しは人をしても聞かしめ、若しは自らも持(たも)ち、若しは人をしても持(たも)たしめ、若しは自らも書き、若しは人をしても書かしめ、若しは華香、瓔珞、幢幡、啌検覆召Δい)、香油、蘇燈(そとう)を以って、経巻(きょうがん)に供養せんをおや。
是の人の功徳無量無辺にして、能く一切種智を生ぜん。
阿逸多、若し善男子、善女人、我が寿命の長遠なるを説くを聞きて、深心に信解せば、
則ち為れ仏、常に耆闍崛山」ぎっしゃくせん」に在(いま)して、大菩薩、諸の声聞衆の、圍繞(いにょう)せると共に説法するを見、
又此の娑婆世界、其の地(じ)瑠璃にして、坦然平正(たんねんびょうじょう)に、閻浮檀金(えんぷだいごん)、以って八道を界(さかい)い、宝樹行列し、諸台楼観(しょだいろうかん)、皆悉く宝をもって成(じょう)じて、其の菩薩衆、咸く其の中に処せるを見ん。
若し能く是の如く観ずること有らん者は、当に知るべし。是れを深信解(じんしんげ)の相と為(な)づく。
又復、如来の滅後に、若し是の経を聞いて、毀訾(きし)せずして随喜の心を起さん。



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2023年05月29日

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 14

311
※「仏の寿命は無量なのだ」ということがわかってくると、そこから、あらゆる智慧がでてくるのです。限量有ること無くして、能く如来の無上の智慧がでてくるのです。

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 14

「我等も未来世に 一切に尊敬(そんぎょう)せられて」(続き)
我等も未来世において、一切に尊敬されて、敬われるようになるのです。
何しろ、仏の説法は、信じることしかないとわかります。「仏の生命は永遠で、貴方の生命も永遠です」と言うのですから、凡夫は「本当ですか?」と思うのです。
「これが、本当なのだ」と仏様は、何度も言っているのです。それを信じるならば、貴方も瞬間に悟りを得るのです。今まで、様々な修行をしてきたのは、ウソのようなものです。役に立ちません。そこから、法華経は、「信」をもって見るのです。「信」がなければ、法華経に入ることはできません。
「私はやがて、死ぬのではないですか」と聞くと、仏様は「貴方は死なないのだよ、永遠の生命なのだ」と言うのです。そのことは即時には、信じがたいのです。法華経は、信がないとまったく読めませんが、その功徳は、計り知れません。
  「道場に坐せん時 寿を説くこと亦是の如くならんと願(ねが)わん」
 道場に坐せん時、寿命を説くこと亦是の如くならんと願(ねが)うのです。
あなた方が道場に座ったときに、「仏の寿命は永遠である」と説くならば、未来世において、尊敬されて敬われて、立派に思われます。
  「若し深心有らん者 清浄にして質直(しちじき)に」
 信心深くある者は、清浄にして正直で、
 「多聞にして能(よ)く総持し 義に随(したが)って仏語を解(げ)せん」
 多聞にしていろんな話をよく聞いて守って、義に随(したが)って仏語を解(げ)せん。
 「義に随(したが)って仏語を解(げ)せん。」ということが大事です。語句で解釈してはいけません。語句で解釈すると法華経は、読めません。
「義に随(したが)って仏語を解(げ)せん。」です。仏様は、このように言われているのですが、「この意味はどのような意味なのか?」と考えます。言葉にとらわれずに、中身をずっと考えていくと、初めて説法をできる力がでてくるのです。
「法華経にこのように書かれていて、言葉の意味はこうだから、このような意味だ」というのではありません。義に従っていくのです。「本当の義はここにある」と見ていくのです。ここのところが、面白いところです。
法華経は義を説いているのです。学者は、法華経の語を読むのです。例えば、「八方」と書いてあったら、「東西南北をさらに八分割したものが八方だ」と言うのです。そのような説き方をするのです。そんなものではありません。
八方とは、宇宙すべてのことを言っているのです。「東に何かあるのか」ということではありません。
仏教は、様々なことが説かれています。多門にして聞いたことを説こうとしてもムリだから、総じてそれを判断して、義に従って、「何が言いたいのか?」ということを考えて、仏語を理解することができるのです。
  「是の如き諸人等 此に於いて疑(うたがい)有ること無けん」
 是の如き諸人等は、此に於いて疑(うたがい)が有ることはありません。
私が説いている法華経については、疑いがあってはいけません。貴方の頭が顛倒虚妄しているのです。私が説いている法が、真実です。
 「又阿逸多、若し仏の寿命の長遠なるを聞いて、其の言趣(ごんしゅ)を解する有らん。」
 又阿逸多よ、若し仏の寿命の長遠なるを聞いて、其の言趣(ごんしゅ)を解する有らん。
 「是の人の所得の功徳、限量有ること無くして、能く如来の無上の慧(え)を起さん。」
 是の人の所得の功徳、限量有ること無くして、能く如来の無上の慧(え)を起さん。
阿逸多(あいった)は、いろんなことを仏様から聞くのですが、一番大事なことは、「仏の寿命は永遠である」ということです。そのことを聞いて理解する者がいたならば、その功徳は無量です。
「無上の慧(え)を起さん。」とは、「仏の寿命は永遠だ」ということだけではありません。その意味を深く考えていくならば、無量の功徳を得るのです。その功徳のことを、「無上の慧(え)」と言っているのです。
智慧は、無限に涌いてきます。仏の寿命は無量です。それは、一般世間の人から見ると、「お釈迦様は、死んでしまった」と見えるのです。そうなってしまうのです。
しかし、そのことを本当に信じて、「仏の寿命は無量なのだ」ということがわかってくると、そこから、あらゆる智慧がでてくるのです。限量有ること無くして、能く如来の無上の智慧がでてくるのです。
これは、本当です。僕は法華経講義をしていますが、何の予習もしていません。法華経の一字一句を見ると、パッと本当のことがわかってくるのです。僕はある程度、仏の智慧(仏界)に通じているのです。
法華経の文字を見て、その言葉を訳すのではなくて、「これは、このようなことを説いているのだ」ということが、パッとわかるのです。これは、真に不思議なことなのです。(15に続く)


『妙法蓮華経分別功徳品第十七』
我等も未来世に 一切に尊敬(そんぎょう)せられて(続き)
道場に坐せん時 寿を説くこと亦是の如くならんと願(ねが)わん
若し深心有らん者 清浄にして質直(しちじき)に
多聞にして能(よ)く総持し 義に随(したが)って仏語を解(げ)せん
又阿逸多、若し仏の寿命の長遠なるを聞いて、其の言趣(ごんしゅ)を解する有らん。
是の人の所得の功徳、限量有ること無くして、能く如来の無上の慧(え)を起さん。



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2023年05月26日

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 13

115
※座禅をして悟るよりも、「仏の寿命は永遠であり、貴方の寿命も永遠です」と聞くほうが、どれだけ功徳が大きいのかはかり知れません。

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 13

  「是の因縁を以っての故に 能く諸の禅定を生じ」
 是の因縁を以ての故に、能く諸の禅定を生じ
  「八十億万劫に 安住して心乱れず」
 八十億万劫に、安住して心乱れず。それでもだめなのです。これだけ長い功徳を受けても、この一法を聞く功徳のほうが、大きいのです。
  「此の一心の福を持って 無上道を願求(がんぐ)し」
 此の一心の福を持って、無上道を願求しています。
こんなに修行しても、まだ無上道を求めているのです。
  「我一切智を得て 諸の禅定の際を尽くさんと」
 我一切智を得て、諸の禅定の際を尽くさんと
  「是の人百千 万億の劫数の中に於いて」
 是の人百千万億の劫数の中に於いて
  「此の諸の功徳を行ずること 上(かみ)の諸説の如くなん」
 此の諸の功徳を行ずること、上の諸説の如くなん。
  「善男女等有って 我が寿命を説くを聞いて」
 善男女等有って、我が寿命を説くのを聞いて
  「乃至一念も信ぜば 其の福彼(かれ)に過ぎたらん」
 乃至一念も信ぜば、其の福彼(かれ)に過ぎたることはありません。
 これを「一念信解」と言います。このような修行をやるよりも、「仏の生命が永遠だ」と聞いて、それを信じられるならば、貴方の寿命も永遠になるのです。生きたり、死んだりすることはなくなるのです。その功徳が、どれだけ大きいのかということがわかりますか?
空間の中に座して、空を悟っても、功徳の大きさは比べることもできません。最初に求めているものは、阿耨多羅三藐三菩提です。「仏様の命は永遠です」と聞いて、一念で「よくわかりませんけれども、信じます」という心が芽生えるならば、その福は今までの修行よりも優れているのです。
  「若し人悉く 一切の諸の疑悔(ぎけ)有ることなくして」
 若し人悉く、一切の諸の疑いをなくして
  「深心に須臾(しゅゆ)も信ぜん 其の福(ふく)此(かく)の如くなることを為(う)」
 深い心で瞬間も信じるならば、その福はかくのごとく得るのです。
  「其れ諸の菩薩の 無量劫に道を行ずる有って」
 其れ諸の菩薩の、無量劫に道を行ずる有って
  「我が寿命を説くを聞いて 是れ則ち能く信受せん」
 我が寿命を説くを聞いて、是れ則ち能く信受したのです。
この有難い法華経の「命は長寿にしてつきることがない」と聞いた者は、
  「是の如き諸人等 此の経典を頂受(ちょうじゅ)して」
 是の如き諸人等、此の経典を頂受(ちょうじゅ)して
  「我未来に於いて 長寿にして衆生を度せんこと」
 我は未来に於いて、長寿にして衆生に少しでも法華経を説かれていることを説けば、
  「今日の世尊の 諸釈(しょしゃく)の中の王として」
 今日の世尊の、諸釈(しょしゃく)の中の王として
  「道場にして獅子吼(ししく)し 法を説きたもうに畏(おそ)るる所無きが如く」
 道場にして獅子吼(ししく)して、法を説きたもうに畏(おそ)るる所無きが如く
  「我等も未来世に 一切に尊敬(そんぎょう)せられて」
 我等も未来世に、一切に尊敬(そんぎょう)せられるのです。
 私が説いた『無量義経』、『妙法蓮華経』の功徳は、そんなものではありません。どんなに仏道修行をして、座禅を組んで「悟った!」と言っても、私の悟りから見たら、ゴミのようなものです。
座禅をして悟るよりも、「仏の寿命は永遠であり、貴方の寿命も永遠です」と聞くほうが、どれだけ功徳が大きいのか、はかり知れません。
「貴方は今日から、永遠に死にません。貴方は仏なのです」ということを、法華経は、説いているのです。我々が永遠に生きていく道を説いているのです。この功徳は、他の功徳と比べることができないくらい一番大きいのです。(14に続く)


『妙法蓮華経分別功徳品第十七』
是の因縁を以っての故に 能く諸の禅定を生じ
八十億万劫に 安住して心乱れず
此の一心の福を持って 無上道を願求(がんぐ)し
我一切智を得て 諸の禅定の際を尽くさんと
是の人百千 万億の劫数の中に於いて
此の諸の功徳を行ずること 上(かみ)の諸説の如くなん
善男女等有って 我が寿命を説くを聞いて
乃至一念も信ぜば 其の福彼(かれ)に過ぎたらん
若し人悉く 一切の諸の疑悔(ぎけ)有ることなくして
深心に須臾(しゅゆ)も信ぜん 其の福(ふく)此(かく)の如くなることを為(う)
其れ諸の菩薩の 無量劫に道を行ずる有って
我が寿命を説くを聞いて 是れ則ち能く信受せん
是の如き諸人等 此の経典を頂受(ちょうじゅ)して
我未来に於いて 長寿にして衆生を度せんこと
今日の世尊の 諸釈(しょしゃく)の中の王として
道場にして獅子吼(ししく)し 法を説きたもうに畏(おそ)るる所無きが如く
我等も未来世に 一切に尊敬(そんぎょう)せられて


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2023年05月24日

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 12

34
※いろんな修行があるけれども、、般若波羅蜜だけを除くのです。どうしてかというと、般若波羅蜜は、「空(くう)」を説いています。般若心経は、空(くう)を説いた教えです。「空即是色 色即是空」です。空を説いているから、この修行だけは除くのです。

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 12

 「若し善男子、善女人有って、阿耨多羅三藐三菩提の為の故に、八十万億那由他劫に於いて五波羅蜜を行ぜん。」
 若し善男子、善女人あって、阿耨多羅三藐三菩提の為の故に、八十万億那由他劫に於いて五波羅蜜を行ぜん。
五波羅蜜とは、涅槃の悟りに至るためにする、菩薩の修行としての五種の波羅蜜のことです。六波羅蜜から、般若波羅蜜を除いたもので、布施、持戒、忍辱(にんにく)、精進、禅定の修行のことです。
 「檀波羅蜜(だんばらみつ)、尸羅波羅蜜(しらはらみつ)、羼提波羅蜜(せんだいはらみつ)、毘梨耶波羅蜜(びりやはらみつ)、禅波羅蜜(ぜんはらみつ)なり。般若波羅蜜をば除く。」
 檀波羅蜜(だんばらみつ)、尸羅波羅蜜(しらはらみつ)、羼提波羅蜜(せんだいはらみつ)、毘梨耶波羅蜜(びりやはらみつ)、禅波羅蜜(ぜんはらみつ)なり。般若波羅蜜をば除きます。
 檀波羅蜜(だんばらみつ)とは、悟りを得るために、他人に財産、真理を施す修行です。
 尸羅波羅蜜(しらはらみつ)とは、戒律を守る修行です。
 羼提波羅蜜(せんだいはらみつ)とは、忍辱の修行です。
 毘梨耶波羅蜜(びりやはらみつ)とは、贅沢を避け粗衣粗食で、清浄な気分で修行に打ち込む清進の修行です。
 禅波羅蜜(ぜんはらみつ)とは、一心に仏を念じる禅定の修行です。

いろんな修行があるけれども、般若波羅蜜だけを除くのです。どうしてかというと、般若波羅蜜は、「空(くう)」を説いています。般若心経は、空(くう)を説いた教えです。「空即是色 色即是空」です。空を説いているから、この修行だけは除くのです。
般若波羅蜜の修行に入ると、空の次は中(ちゅう)になってしまうのです。中に入れば、妙法蓮華経です。だから、「般若波羅蜜をば除く。」と書いてあるのです。
 「是の功徳を以って、前(さき)の功徳に比ぶるに、百分、千分、百千万億分にして其の一にも及ばず、」
 妙法蓮華経の是の功徳を以って前の功徳に比べると、百分、千分、百千万億分にして其の一にも及びません。これを修行しないと、トンチンカンな方向へ行ってしまい、仏教はわかりません。すごい功徳を受けるとは、そのようなことです。
 「乃至算数譬喩も知ること能(あた)わざる所なり。」
乃至算数、譬喩も、このことをわからせることはできません。
「若し善男子、是の如き功徳有って、」
 若し善男子、是の如き功徳あって、
 「阿耨多羅三藐三菩提に於いて退(たい)するといわば、是の処(ことわり)有ること無けん。」
 阿耨多羅三藐三菩提に於いて退転すると言えば、是の処あることなけん。
ここまで修行した人に「退転してもいいよ」と言っても、阿耨多羅三藐三菩提に自然に入ってしまうのですから、退転することはありません。
 「爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言(のたま)わく、」
 爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
  「若し人仏慧(ぶつて)を求め 八十万億」
 若し人仏慧を求め、八十万億
  「那由他の劫数(こつしゅ)に 五波羅蜜を行ぜん」
 那由他の劫数に於いて、五波羅蜜を行じたのです。
  「是の諸の劫の中に於いて 仏」
 是の諸の劫の中に於いて、仏
  「及び縁覚の弟子 並びに諸の菩薩衆に布施し供養せん」
 及び縁覚の弟子、並びに諸の菩薩衆に布施し供養したのです。
  「珍異(ちんに)の飲食(おんじき) 上服(じょうぷく)と臥具(がぐ)と」
 珍しい飲食、上着と寝具と
  「栴檀をもって精舎(しょうじゃ)を立て 園林を以って荘厳せる」
 栴檀をもって精舎を立て、園林を以って荘厳する。
  「是の如き等の布施 種々に皆微妙なる」
 是の如き等の布施、種々に皆微妙なる
  「此の諸の劫数(こつしゅ)を尽くして 以って仏道に回向(えこう)せん」
 此の諸の劫数を尽くして、以って仏道に廻向したのです。
  「若し復(また)禁戒(きんかい)を持(たも)って 清浄にして欠漏無く」
 若し復禁戒を持って、清浄にして欠漏なく
  「無上道の 諸仏の褒めたたえる所なるを求めん」
 無上道の、諸仏の歎めたもう所なるを求めたのです。
  「若し復忍辱を行じて 調柔(じょうにゅう)の地に住し」
 若し復忍辱を行じて、調柔の地に住し
  「設い衆の悪来(きた)り加うとも 其の心傾動(きょうどう)せざらん」
 設い衆の悪来り加うとも、其の心傾動せざらん
  「諸の有(あら)ゆる得法の者の 増上慢を懐(いだ)ける」
 諸の有ゆる得法の者の、増上慢を懐ける
  「斯れに軽しめ悩まされん 是の如きをも亦能く忍ばん」
 斯れに軽しめ悩まされん。是の如きをも亦能く忍ばん
  「若し復勤(つと)めて精進し 志念(しねん)常に堅固にして」
 若し復勤め精進し、志念常に堅固にして
  「無量億劫に於いて 一心に懈怠せざらん」
 無量億劫に於いて、一心に懈怠せざらん。
  「又無数劫に於いて 空閑(くうげん)の処に住して」
 又無数劫に於いて、空閑の処に住して
  「若しは坐し若しは経行し 睡(ねむり)を除いて常に心を摂(おさ)めん」
 若しは坐し若しは経行し、睡を除いて常に心を摂めん。
これは、法華経の功徳がいかに大きいのかということを説いています。いろんな修行をやってきてもダメなのです。とにかく、法を求める心が一念堅固にして、無量劫において、しかも仏に供養して空言のところに身をおいて、「仏様」と供養してきたのです。「眠りをのぞいて」というのが、すごいところです。
眠っているとき以外は、常に心をおさめるのです。


『妙法蓮華経分別功徳品第十七』
若し善男子、善女人有って、阿耨多羅三藐三菩提の為の故に、八十万億那由他劫に於いて五波羅蜜を行ぜん。
檀波羅蜜(だんばらみつ)、尸羅波羅蜜(しらはらみつ)、羼提波羅蜜(せんだいはらみつ)、毘梨耶波羅蜜(びりやはらみつ)、禅波羅蜜(ぜんはらみつ)なり。般若波羅蜜をば除く。
是の功徳を以って、前(さき)の功徳に比ぶるに、百分、千分、百千万億分にして其の一にも及ばず、
乃至算数譬喩も知ること能(あた)わざる所なり。
若し善男子、是の如き功徳有って、
阿耨多羅三藐三菩提に於いて退(たい)するといわば、是の処(ことわり)有ること無けん。
爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言(のたま)わく、
若し人仏慧(ぶつて)を求め 八十万億
那由他の劫数(こつしゅ)に 五波羅蜜を行ぜん
是の諸の劫の中に於いて 仏
及び縁覚の弟子 並びに諸の菩薩衆に布施し供養せん
珍異(ちんに)の飲食(おんじき) 上服(じょうぷく)と臥具(がぐ)と
栴檀をもって精舎(しょうじゃ)を立て 園林を以って荘厳せる
是の如き等の布施 種々に皆微妙なる
此の諸の劫数(こつしゅ)を尽くして 以って仏道に回向(えこう)せん
若し復(また)禁戒(きんかい)を持(たも)って 清浄にして欠漏無く
無上道の 諸仏の歎(たん)じたもう所なるを求めん
若し復忍辱を行じて 調柔(じょうにゅう)の地に住し
設い衆の悪来(きた)り加うとも 其の心傾動(きょうどう)せざらん
諸の有(あら)ゆる得法の者の 増上慢を懐(いだ)ける
斯れに軽しめ悩まされん 是の如きをも亦能く忍ばん
若し復勤(つと)めて精進し 志念(しねん)常に堅固にして
無量億劫に於いて 一心に懈怠せざらん
又無数劫に於いて 空閑(くうげん)の処に住して
若しは坐し若しは経行し 睡(ねむり)を除いて常に心を摂(おさ)めん



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2023年05月22日

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 11

397
※3歳の時の私と、70歳の私の心は、明らかに違います。ということは、変わらない我(が)があるように思うだけで、実は我(が)はありません。業を相続しているだけです。昨日の私と今日の私は、全然違う人間です。

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 11

「阿逸多、其れ衆生有って、仏の寿命の長遠是の如くなるを聞いて、乃至能く一念の信解を生ぜば、所得の功徳限量有ること無けん。」(続き)
すべてのものは、諸行無常です。あらゆるものは、変化をするのです。我(が)は、変化をしません。では、矛盾しているではないですか。あらゆるものが変化をしていくことを、諸行無常と言います。人間がもっている我(が)だけが変化をしないで、アートマン(我)だけが永遠に残っている」というのは、おかしな考え方です。
 お釈迦様は、最初に非常に優しい教えを説かれたのです。この教えが法華経まで伝わっているのです。最初に説かれたのは、諸行無常・諸法無我・涅槃寂静です。
 涅槃とは、悟りを開いて我(が)から脱することです。最初に説かれた三法印(諸行無常・諸法無我・涅槃寂静)が伝わって、妙法蓮華経になったのです。同じことなのです。
 成仏というのは、我(が)に執着している人々に「我(が)はない」と教えることです。昨日の私と今日の私は違います。変化をしているのです。今日の私と明日の私も違います。変化しているのです。
 例えば、子供の頃の私は、40年経つと姿かたちもすべて変わっているのです。3歳の子供の頃を「私だ」と思っていたのでが、60歳、70歳になっても、「私だ」と思っているのです。
 3歳の時の私と、70歳の私の心は、明らかに違います。ということは、変わらない我(が)があるように思うだけで、実は我(が)はありません。業を相続しているだけです。昨日の私と今日の私は、全然違う人間です。
 今日の私と、明日の私も全然違います。凡夫は、そんなことを何もわかないで、我(が)をパンパンに張って、我(が)を成し遂げることが「私の生きがいだ」と思っているのです。
 これが、眞子ちゃんの婚約会見の時の言葉に現れているのです。「私たちは、お互いの心を大事にして、」と言ったのです。お互いの心などあるはずがありません。仏道修行をした人は、知っているのです。
 心とは、そのようなものではありません。心はわからないのです。「心の師とはなるとも心を師とせざれ」(兄弟抄)ということが大事です。
 皆、自分の心を師とし、「私が」と思って、生きているのです。そんなことは、何の意味もありません。その心の源を正していくのが仏法です。心の師とはなっても、心を師としてはいけないのです。
 そのようなことがわかれば、本有(ほんぬ)の生死だとわかってくるのです。生死はなくなりません。本有の生死ですから、それがわかればよいのです。
そして、自分の未来がますますよくなってくればよいのです。それを自灯明と言うのです。皆、自分のことがわからないのです。真っ暗闇の人生を歩んでいるのです。自ら明かりを灯して、心の正体がわかれば、間違いのない人生を歩んでいけるのです。
仏教を知らない人は、自分の心を師としているのですから、幸せにはなれません。自分の心ぐらい、いい加減なものはありません。それにしがみついて「お互いの心を大事にする」というのは、いかにバカなことなのかわかるのです。
「乃至能く一念の信解を生ぜば、」
「少しでもわかったぞ。何か有難いことを教えてくれたのだな」という心が生じれば、「所得の功徳限量あることなけん。」
素晴らしい限量の果てがない功徳を受けたことになるのです。
 それが出発地点で、それがわかれば成仏まで行ってしまうのです。「我はないのだ」とわかり、「心を師としてはいけないのだな」とわかってくるのです。「心の師となるのです。それが自灯明だな」とわかって」るだけで、無量の功徳を受けて、こだわりのない人間になるのです。
「一念の信解」は、仏教の極意です。生命というものは、一念です。我々から見ると、「生まれて死ぬ」と人生を見ているのです。
仏の教えは、「一念の信解」です。「我々がもっている、心とは何か?」というと、一念三千です。心は一念三千です。今という瞬間で心を見ます。心は、瞬間しかありません。永遠というのは、ウソであり、これも虚妄です。
「永遠に生きている」というのは、虚妄です。本当は今の一瞬しか、生きていません。「その一瞬の中に何があるのか?」というと、大宇宙があるのです。本当の仏道というものは、一念しかありません。時間などありません。それを刹那成道(せつなじょうどう)といいます。
瞬間しかありません。だから、大きさもありません。「宇宙は広い。アンドロメダ星雲は大きい」という話も、仏陀から見たらありません。瞬間しかありません。その瞬間に様々な夢を見ているのです。
本当の姿は、瞬間しかありません。その境涯のことを仏様は、「一念の信解」と言われているのです。一念心が本当にわかったら、大宇宙がすべてわかったことになるのです。時間を感じているのは、虚妄だからです。本当は瞬間しかないから、仏様はいつもいらっしゃるのです。瞬間しかないから、生死はなくなるのです。(12に続く)


『妙法蓮華経分別功徳品第十七』
阿逸多、其れ衆生有って、仏の寿命の長遠是の如くなるを聞いて、乃至能く一念の信解を生ぜば、所得の功徳限量有ること無けん。(続き)


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2023年05月19日

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 10

396
※「仏の寿命の長遠是の如くなるを聞いて」、ここが大事です。「仏教の救いとは何か?」というと、仏の生命が永遠であるということです。従って、人間の生命も永遠ですが、人間だけではありません。豚も牛も馬も、生命は永遠です。

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 10

  「天衣(てんね)千万億 旋転して来下(らいげ)し」
 天衣(てんね)千万億、旋転して来下(らいげ)し
  「衆宝の妙(たえ)なる香炉に 無価の香を焼いて」
 衆宝の妙(たえ)なる香炉に、無価の香を焼いて
  「自然に悉く周遍(しゅうへん)して 諸の世尊に供養す」
 自然に悉く周遍(しゅうへん)して、諸の世尊に供養したのです。
仏様を褒めている、よいシーンですね。その時に生まれたいものです。
  「其の大菩薩衆は 七宝の旛蓋(ばんがい)」
 其の大菩薩衆は、七宝の旛蓋(ばんがい)
  「高妙にして万億種なるを執(と)って 次第に梵天に至る」
 高妙にして万億種なるを執(と)って、次第に梵天に至るのです。
  「一一の諸仏の前(みまえ)に 宝幢(ほうどう)に勝幡(しょうばん)を懸けたり」
 一一の諸仏の前(みまえ)に、宝珠で装飾した幢(はた)に勝幡(しょうばん)を懸けたのです。
  「亦千万の偈を以って 諸の如来を歌詠(かよう)したもう」
 亦千万の偈を以って、諸の如来を歌詠(かよう)したもう。
  「是の如き種々の事(じ) 昔より未だ曾て有らざる所なり」
 是の如き種々の事(じ)、昔より未だ曾て有らざる所なり。
  「仏寿の無量なることを聞いて 一切皆歓喜す」
 仏寿の無量なることを聞いて、一切皆歓喜したのです。
ここが大事です。仏様の寿命は、無限です。少しも不在することなく、我等の中にいて、見守ってくださっているのです。そのことがわかることが、一番有難いことです。
  「仏の名(みな)十方に聞えて 広く衆生を饒益(にょうやく)したもう」
 仏の名(みな)十方に聞えて、広く衆生に功徳を与えたのです。
  「一切善根を具して 以って無上の心を助(たす)く」
 一切善根を具して、以って無上の心を助けたのです。
 「爾の時に仏、弥勒菩薩摩訶薩に告げたまわく、」
 爾の時に仏、弥勒菩薩摩訶薩に告げたまわく、
 「阿逸多、其れ衆生有って、仏の寿命の長遠是の如くなるを聞いて、乃至能く一念の信解を生ぜば、所得の功徳限量有ること無けん。」
 阿逸多よ、其れ衆生あって、仏の寿命の長遠是の如くなるを聞いて、乃至能く一念の信解を生ぜば、所得の功徳は、限量にあるのです。
「仏の寿命の長遠是の如くなるを聞いて」、ここが大事です。「仏教の救いとは何か?」というと、仏の生命が永遠であるということです。従って、人間の生命も永遠ですが、人間だけではありません。豚も牛も馬も、生命は永遠です。
「なぜ、それを聞くと功徳になるのか?」というと、我々がそれを聞いた時に我(が)というものがなくなるのです。人間は、「私という我(が)があって、生きている」と思っています。
仏教では、「我(が)などないのだ」と言っているのです。無我だと言っているのです。「我がある」などという思想は、六師外道の一人が説いていました。マハーヴィーラが、「霊魂は永遠不滅の実体」という思想を唱えたのです。
お釈迦様在世の頃、「我(が)はあるのか、ないのか?」という論争になり、「我(が)はある」と主張したのが、マハーヴィーラです。「我(が)がある」というのをプドガラ主義といいます。
プドガラ主義とは、「奴隷には奴隷という我(が)があり、奴隷が死んでも奴隷の我(が)が残るのだ。だから、また奴隷に生まれてくるのだ」と言うのです。奴隷は永遠に奴隷です。王様は永遠に王様です。そのように人間は、魂が格付けされていると主張しているのです。
例えば、豚は来世も豚に生まれるのです。豚の魂が永遠に続くというのです。このような思想が、お釈迦様在世の時は、根付いていたのです。民衆は、そのように思っていたのです。それが、バラモン教です。
そこで、お釈迦様がでてきて「我(が)は存在しない」と説法されたのです。すると、民衆はビックリしてしまったのです。
民衆は「お釈迦様、我はないのですか? 私が死んだら、また奴隷に生まれるのではないのですか?」と聞くと、お釈迦様は「お前は奴隷に生まれないよ」と言ったのです。奴隷などという決まった生命はありません。
お釈迦様は、「この次に生まれるときは、奴隷ではないよ」と言われたのです。すると、奴隷は「本当ですか?」と喜んだのです。
バラモン教の祭祀から見ると、永遠の奴隷がいたほうが都合がよいのです。「お前は来世も奴隷だ」「お前は来世も貴族だ」と階級を固定化して民衆に教えたのです。それは、バラモン教の祭祀にとっては都合がよかったのです。バラモン教の祭祀が階級の頂点にいるのですから、誰も逆らえないようにしたのです。
今でもバラモン教はありますが、スードラという奴隷階級が存在しているのです。それは、不可触賎民です。不可触賎民は、汚いから触ってはいけないのです。狂った考え方です。
お釈迦様は、「我(が)はないのだ」と言われたのです。我(が)のことを魂と呼んだのです。魂など存在しません。それを説いたのが、お釈迦様です。
どうして我(が)がないのでしょうか? 我(が)がないから、人間は成仏できるのです。我(が)があったら、永遠に奴隷です。「お前は生まれてくるたびに、永遠の奴隷だ」というのは、ウソなのです。(11に続く)


『妙法蓮華経分別功徳品第十七』
天衣(てんね)千万億 旋転して来下(らいげ)し
衆宝の妙(たえ)なる香炉に 無価の香を焼いて
自然に悉く周遍(しゅうへん)して 諸の世尊に供養す
其の大菩薩衆は 七宝の旛蓋(ばんがい)
高妙にして万億種なるを執(と)って 次第に梵天に至る
一一の諸仏の前(みまえ)に 宝幢(ほうどう)に勝幡(しょうばん)を懸けたり
亦千万の偈を以って 諸の如来を歌詠(かよう)したもう
是の如き種々の事(じ) 昔より未だ曾て有らざる所なり
仏寿の無量なることを聞いて 一切皆歓喜す
仏の名(みな)十方に聞えて 広く衆生を饒益(にょうやく)したもう
一切善根を具して 以って無上の心を助(たす)く
爾の時に仏、弥勒菩薩摩訶薩に告げたまわく、
阿逸多、其れ衆生有って、仏の寿命の長遠是の如くなるを聞いて、乃至能く一念の信解を生ぜば、所得の功徳限量有ること無けん。


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2023年05月17日

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 9

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※仏様は、「滅不滅の滅」です。死んだように見せかけているのです。仏様が永遠に生きていると、衆生は仏道修行をしません。

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経分別功徳品第十七』について 9

「仏の寿命を説きたもうを聞いて 皆無上の心を発(おこ)しつ」(続く)
仏の永遠の生命は、心の修行をしていかないと、見えてきません。「皆無上の心を発(おこ)しつ」とは、そのことを言っているのです。心の修行が大事です。
貴方も永遠の生命を生きているのですが、貴方にはそれが見えません。「私の人生は、60年で終わりです」と思っているのです。そうではありません。始めもなければ、終わりもありません。永遠の生命です。
仏様がそのように言われているのですから、我々も同じです。「何年に生まれて、何年で死ぬ」というのは、貴方の頭が顛倒しているのです。顛倒しているから、そのように思うのです。
貴方の顛倒虚妄の頭を正すために、仏様はいつもいらっしゃるのです。仏様はいつも貴方と一緒にいるのです。有難いことです。
そして、「仏様の寿命は無限なのだ」と言うのですから、貴方の寿命も無限です。太閤秀吉も、この話が聞きたかったのだと思います。
「秀吉さん、生命は永遠です。永遠に生きるのです。今の貴方では永遠に生きられません。狂った頭を正していけば、永遠の生命がそこにでてくるのです。そして、これらの長い間、仏様といつも一緒に生きていくのですよ」という仏様の説法が聞きたかったのです。素晴らしいことです。ここのところが一番大事で、永遠の生命を体得できるのです。
  「世尊無量 不可思議の法を説きたもうに」
 世尊無量、不可思議の法を説きたもうに
  「多く饒益(にょうやく)する所有ること 虚空の無辺なるが如し」
 多く慈悲の心を持ち、他を利益する所あること、虚空の無辺なるが如し。
  「天の曼陀羅 摩訶曼陀羅を雨らして」
 天の曼陀羅、摩訶曼陀羅を雨らして
  「釈梵(しゃくぼん)恒沙の如く 無数の仏土より来れり」
釈梵(しゃくぼん)恒沙の如く、無数の仏土より来れり。
  「栴檀沈水(じんすい)を雨らして 繽粉(ひんぷん)として乱れ墜つること」
 栴檀沈水(じんすい)を雨らして、繽粉(ひんぷん)として乱れ墜つること
  「鳥の飛びで空より下るが如くにして 諸仏に供散し」
 鳥の飛びで空より下るが如くにして、諸仏に供散し
  「天鼓虚空の中にして 自然に妙声を出し」
 天鼓虚空の中にして、自然に妙声を出したのです。
天から音楽が聞こえたり、声がしてくるというのですが、これも見方です。本当に天から曼陀羅華の華など降ってきません。しかし、それと同じような境涯になることができるのです。
そのような境涯になると、いつも仏様がいらっしゃる境涯になり、野原で遊んでいるような境涯になってくるのです。他人から見たら、そのようには見えません。そのような人は、生死の源がわかってしまったのです。
生と死の考え方が違うとわかったのです。今までは虚妄で考えていたのです。自分は永遠の生命だとわかったのです。永遠の生命ならば、永遠に磨いていかなければいけません。わかったならば、そのように思うでしょう。
「ヤクザ道を60年生きて、人生が終わってしまった」というのではありません。永遠に仏様と共に生きていくのです。永遠に自分を磨いていかなければいけません。
現世的に言うと、生まれてくるたびに、幸せになるのです。お金がないところに生まれて、「貧乏だ」と言うのは嫌でしょう。貧乏は、もうありません。仏様と同じところに生まれてくるのです。
そのようなことを悟った人は、永遠に困ることはありません。動物の世界に生まれて、お互いに「ガブッ」と食い合うことなどありません。
皆が仏道修行をしているところに生まれてくるのですから、本当に楽しい世界です。それで、自分の心をきれいにして、磨いていくならば、その楽しさは永遠に続くのです。
仏様は、「滅不滅の滅」です。死んだように見せかけているのです。仏様が永遠に生きていると、衆生は仏道修行をしません。
衆生は、「お父さんが死んでしまった」と渇仰(かつごう)の心を起こして、「お父さん、どこに行ったのですか?」と探すと、お父さんは「お前と一緒にいるよ」と言うのです。
何を探しているのでしょうか? いつでも、仏様はここにいるのです。これからもそうです。仏様は、いつも貴方と一緒にいるのです。(10に続く)


『妙法蓮華経分別功徳品第十七』
仏の寿命を説きたもうを聞いて 皆無上の心を発(おこ)しつ(続く)
世尊無量 不可思議の法を説きたもうに
多く饒益(にょうやく)する所有ること 虚空の無辺なるが如し
天の曼陀羅 摩訶曼陀羅を雨らして
釈梵(しゃくぼん)恒沙の如く 無数の仏土より来れり
栴檀沈水(じんすい)を雨らして 繽粉(ひんぷん)として乱れ墜つること
鳥の飛びで空より下るが如くにして 諸仏に供散し
天鼓虚空の中にして 自然に妙声を出し



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