2007年06月

2007年06月29日

公安調査庁元長官の逮捕

595e1243.jpg当局は思い切ったことをしたね、しかも逮捕容疑は詐欺とは恐れ入る。しかしどうしてこうも公務員のモラルは低下したのだろうか?
僕らの子供のころは公務員は公僕といって民衆の僕(しもべ)という意識があった。お金に縁のない仕事であるから、貧乏人は公務員にはなれないと思っていた。市役所職員などは地主の倅とか生活に困らないか、あるいは家作がありボランテアのように住民サービスをしている人と相場が決っていた。ましてや国家公務員に貧乏人がなることなど皆無だったはずだ。それがいつの間にか官僚だとか高級公務員だとか、キャリアだとか言いだし、”霞ヶ関”などと高ぶり、民衆に君臨する組織に変貌したのだ。まさに旧約聖書に登場する、誰も恐ろしくてコントロールできない海の怪獣”リバイアサン”とは官僚のことかと思うほどである。警察などもこの高級公務員の弊害は願著だ。30歳前後のなんの人生経験をもたない、庶民の苦労を知らない、警察キャリアの所長が親のよう年齢の警官に訓示を垂れられる光景は哀れをとうり越して滑稽だ。気合を入れて朝礼が終われば面従腹背が当たり前の世界ができる。不公平は本当の意味の服従を生まない。これだから検挙率はどんどん下がり、犯罪のプロは捕まらず、自転車泥棒の逮捕に警官は熱中する。
本来警察は民衆の味方、治安の要であるはずなのに、いつのまにか庶民は警察の君臨の下で生かされるものになってはいないか?
平たく言えば庶民は警察のためにある、ということだ。社会保険庁でも国民の掛け金は社会保険庁のもの、と言う感覚だ。社会保険庁のために保険があるということだ。これは上から下まで公務員の基本的認識ではなかろうか。まさに本末転倒そのままである。僕はこういう問題について”政治は泥棒である”という見解をもっているのだ。僕の他のブログでも触れたように人類の歴史を考えると、政治は泥棒と断言できるからだ。大昔、人類が狩猟採集に毛がはえたような生産性の時には政治などほとんどなく経験豊かな長老を尊び権力などなかったはずだ。それが麦にしても米にしても余剰農作物が出来るころになると、それを奪う者が現れ一人占めするものがあらわれた。これが政治の初めであるから政治は巧妙にカムフラージュされた強盗・泥棒だというのだ。強盗は獲物を獲ると分け前をめぐって争いを起こす。これは定番で戦利品はあらゆる部署で争われる。自民党も国家の税金強盗であり、公明党も同じだ。民衆救済は口だけで実際は徒党を組んでの税金分捕り合戦なのだ。官僚世界もすべて横にならえなのだ。国家同士も同じ原理が働く、アメリカは世界の泥棒なのだ。その目的のためには正義などすべて跡付けでよい。裏づけは強大な軍事力なのだ。足腰縛られたままで各国の軍拡を眺めさせられている”おかわいそう”な日本。安倍総理!気合いれんといかんぜよ!!!天皇の”おおみこころ”を忘れたら政治は泥棒になり政治家は盗賊になるのだから!

※写真は、スカルアンドボーン

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2007年06月28日

北朝鮮の軍事力

北朝鮮のミサイル平成19年6月28日、産経新聞、安全保障読本(野口裕之記者)に北朝鮮と日本が戦ったならば日本は「強いが負ける」という記事がある。この記事によれば北朝鮮の軍事力をこう分析している。〜歓楊韻良霑化∩換馘擇陵弸媛臭A慣海隆管化ち慣海龍畭絏修鯡榲として40年以上経過している。この結果、総兵力110万人、予備役470万人、これは陸上自衛隊の7倍以上、装備では劣るも旧式火砲や戦車などむちゃくちゃに持っており実戦ではこれらは旧式といえども恐ろしい威力を発揮する。したがって兵力で日本は北朝鮮に到底及ばないという分析をしている。しかし実際に北朝鮮軍が日本との戦争においてこ陸軍兵力が有効に働くためには、日本海を渡るか、空からくるしかなく、現情では輸送艦隊は北朝鮮にはなく、援護する航空機もなくもちろん部隊の空輸もできない。したがって北朝鮮は日本を侵略することは出来ないという。これが軍事的分析である。しかし戦争は渡海上陸作戦だけとはかぎらない。かって橋本内閣時代、官房長官の梶山静六{陸軍士官学校卒)が少人数の朝食界で沈痛な面持ちで「朝鮮総連25万人。このうち5万人は武装ゲリラになる。半島からあと2,3万人のプロが入国、すると、日本は米軍基地と原発を護りきれなくなる。それを考えると夜も眠れない」(雑誌Will8月号常識のためのサプリより)と心配させたように、北朝鮮の対日武装侵略は「絵空ごと」かというとそうでもない。北朝鮮には情報から、テロ、破壊、ゲリラ戦まで行う、第八特殊軍団がある。その数は10万から12万人を擁す。これらがレーダーに補足されにくい小型船や潜水艇で上陸し在日支援組織と連動し空港・港湾・原発などを爆破し、さらに化学剤)サリンなど)を撒き散らし要人暗殺などをする可能性は十分にある。サリンなどは最低250トンを8箇所に所有している。さらに天然痘ウイルスや細菌兵器も世界的レベルで所有しているという。さらに日本を射程におさめる弾道ミサイル”ノドン”は200発保有、これに核弾道ではなくても生物・化学兵器を搭載して日本を狙えば日本列島は確実に地獄列島になることは間違いない。こういった北朝鮮の脅威から日本を守れるのは米軍の軍事力と核である。しかしこの間の「日高義樹のワシントンレポート」6月24日放映によれば米軍の戦略は全面変更され、いまや米軍は日本がテロや化学・生物兵器で攻撃されてもあるいは原爆を落されても米軍は北朝鮮を攻撃しないと言い切っている。その理由は北朝鮮は米国にとって脅威ではないからだというのだ。北朝鮮の脅威を直接うけるのは日本と韓国であり、脅威を受ける国が自分の問題として対応すればよいというのだ。まさに米国は日本を裏切ったのだ。どうする日本!年金問題もよいが、こちらのほうがより大事なのではないか?
かっての商業国家カルタゴがローマに猫の子まで皆殺しにされたように、いまは日本は比類なき商業国家である。
繁栄は武力の裏づけがなければ必ず蛮族に滅ぼされる。これは世界史の定説だ。がんばれ日本、憲法改正・新国防軍を建設せよ。そして世界に冠たる原子力潜水艦隊を保有せよ。水爆保有のゆるぎなき日本をつくらねばならない。
これを怠った場合日本の未来はないと知らねばならない。
渇!!!!!!!!
天皇陛下万歳。

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2007年06月27日

仏法の修行はこうするんだ!

9290288a.jpg僕は仏法大好き人間であり、神道大好き人間である。こういうと直ぐに中杉は宗教の雑乱だという人がいる。
しかし、僕の心の中ではなにも混乱していないし迷っても居ない。実にあっさりしたものだ。わが国はもともと神道(かみながら)の国であり、そこに538年に百済の聖明王から仏法が持ち込まれたのであるから、神道の器が有った所に仏法が入り、両者の関係は,初めはギクシャクしたが、神道の器で仏法が整理されるという関係ができ、仏法が整理されている間に、外国生まれの仏教の余分な脂肪がそぎ落とされ、仏教宗派へと統一されて仏教寺院には、わが国の神が祭られ、神社にも仏殿をもつものが現れた。(神宮寺・神供寺・神護寺・神宮院・別当寺など・・・)仏教伝来より約200もたつと仏教は大発展し、南都六宗といわれる三論宗・法相宗・華厳宗・律宗・成実宗・倶舎宗の宗派仏教が確立した。奈良仏教とは教義の違いを主張するようなものではなく、現在で言う”学科”のようなものであり、三論は”空”の学び、法相は唯識、華厳は刹那即永遠、成実は四諦、律は戒律、倶舎は説一切有部の学びであるから全部を学びて戒定慧の三学が揃うというようなものである。朝廷すら神道(かみながら)を祭る儀式をすると同時に熱く仏法に帰依すると言う、神仏習合の時代が続くのである。仏法には教学があり、神道は言あげしないから、説法がない。そこでコロリと仏法になびいてしまう人が多いのだろう。
やがて、時代が下ると”学科”精神が忘れられ、仏法は派閥争いに巻き込まれてしまう。人々は信仰の中心たる「本尊」に迷い、釈迦像だとか、大日如来だとか阿弥陀如来だとか、を宗派によって拝んでいたが本来お釈迦様の教えは一つのはずであり、本尊の雑乱は仏教の混乱へとつながった。この混乱は鎌倉時代まで続き、ついに日蓮大聖人により仏法は整理されたのだ。これが有名な「立正安国論」である。この中で大聖人は(念仏無間・禅天魔・律国賊・真言亡国)といわれ、奈良時代以降続いている仏法の大破折を宣言されたのである。そしてこの国に新しい仏法が建立されたのであり、それが南無妙法蓮華経であり、この法は神国日本に建立された日本に生まれた末法万年を救う大仏法なのだ。では、どのようにこの仏法{南無妙法蓮華経)を修行すればよいのか、ということであるが、僕はこうしている。まず修行は朝、起きたところから始まる。神棚(伊勢神宮)を清潔にし榊の水を替える。次に神棚の水を給仕させていただく。次に仏壇に向かってお水とお榊を変えて、手を洗い口を清め顔を洗い威儀を整えてから、神棚に向かい、二礼二拍手一礼する。次に仏壇に向かい合唱し深深と頭を下げてから南無妙法蓮華経と三唱し日蓮大聖人に今日の修行の決意を報告する。これが僕の一日の中でもっともすばらしい時間であり,神聖な時間なのだ。そして一日の修行がはじまる。といっても特別なことをするわけではない。仏道修行の最大の眼目は己を変革するということであり、つぎには変革した自己をもって他人を教化することである。神ながらの道{神道)とは世界は神に創られており、偉大な神を畏敬することであり、自然の奥に宇宙の神秘に世界の創造神の存在を知ることであり、生命の流れとしての先祖の恩を感ずることであり、自分とは神の創造の一プロセスであると知ることである。自分は先祖の延長であり子孫は自己の延長と知ることである。すべての根源に存在する不可思議なる大神通力に自己を一体化させようとすることである。仏道による自己の変革とは、自分の命を”一念”として知るところから始まる。これがなかなか難しいのだが仏法では永遠は”一念”の連続と知り一念を地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天・声聞・縁覚・菩薩・仏の十のカテゴリーと分類しこれらはすべて心の実相を表していると知ることなのです。苦しみは地獄界、飢えるは餓鬼界・自分のことのみを考えるは畜生界・怒るは修羅界・平らかなるは人界・喜ぶは天界・仏道の修行を求めるは声聞界・少し悟って縁覚界・助けるは菩薩・悟りを仏界と知って、仏道の修行とは自分の心を六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)におとさないこと、常に心は聞声・縁覚におき、衆生済度の菩薩道を現ずること、これが本当の仏道修行なのだ。これ以外の仏道などあるはずがない。
南無妙法蓮華経は”一念”を説いたものであり、南無とは無明の一念、それを開けば妙法と教えられ、妙は死、法は生、妙法は蓮華の法(因果倶時不思議一法)を説いたものだからです。心の中でいつも南無妙法蓮華経をとなえるのが仏道修行なのです。煩悩即菩提、九界即仏界、生死即涅槃、今日もあしたも僕は仏道の修行をしています。

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2007年06月26日

その後の新撰組 永倉新八の巻き

16610f90.jpg新撰組二番隊組長、神道無念流の剣の使い手、永倉新八、本姓・長倉新八、幼名栄吉、天保10年4月11日生,大正4年没、新撰組時代の永倉の戦いは十分知られるところだが、彼の明治以後の生き様はあまり知られていない。この時代は名前なども自由に変えていたらしく、名前の字などもいい加減なものだったようだ。新撰組なども新鮮組であったり、新選組であったり自由に使っている。彼の剣術の腕は半端なものではなく18歳の時、神道無念流の免許皆伝を授けられている。得意技は下段に構えた剣から、攻撃してくる敵を剣を刷り上げながら受け、そのまま切り下ろすという業であったらしい。新撰組にはめずらしく松前藩士の出身であるが、その後、武者修行をえて近藤勇の試衛館の食客となり、新撰組結成に参加することになるが、その腕を買われ、二番隊組長を務める。新撰組の後身、甲陽鎮撫隊に加わり参戦するも近藤の降伏後、官軍に下るも、のち許されて松前藩藩医杉村介庵の養子となり、杉村治備(のち義衛)と名乗り明治15年、 樺戸集治監{監獄)の剣術師範に招かれ19年までその職にあった。明治24年、日清戦争開戦の折には57歳となった永倉は抜刀隊に志願する。しかし「お気持ちだけ・・・」と言われ断られる。維新後、数少ない新選組幹部の生き残りとして、板橋に近藤勇、土方歳三の墓を建立した。晩年は小樽で過ごしていたが、あるとき、孫を連れて縁日を散歩しているとき芝居小屋の入場をめぐって地回りのチンピラヤクザ5、6人の若い男にからまれた。「おいおい、じいさんよ、この餓鬼のおかげで着物が汚れたぜ。どうしてくれるんだ!」ようするに腰の曲がったじじいとみたヤクザが子供が転んでドロをつけたのに因縁をつけてきたのだ。じじいを脅かして金をせびろうとしたのだ。当時の永倉新八は腰が曲がっており白いあごひげが胸まで伸びて、どうみても隠居じじいにしかみえなかったのだろう。チンピラヤクザが孫にピンタを入れたときである、永倉新八の腰がすっと伸びると持っていたステッキが電光のように閃いた。一瞬のうちに三人のヤクザに突きが入り喉を押さえて悶絶した。永倉が鋭い眼光でキット睨みながら「もと新撰組二番隊組長永倉新八と知っての狼藉か!」と残ったヤクザを睨むとドスに手を入れたヤクザも真っ青になり逃げてしまったというエピソードが伝えられている。それはそうだろう。幕末何度の切りあいに参加し剣術の名手にむかってはヤクザもなにもあったものではない。享年76歳、新撰組隊士のなかでは幸福な一生を送った方であろう。

  墓所は東京都北区滝野川の寿徳寺境外墓地、札幌市清田区里塚霊園(一期三号762番)ほか。

※写真は、晩年の永倉新八

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2007年06月25日

朝鮮通信使

68e1a0bd.jpg産経新聞19年6月23日付けの”緯度経度”で黒田勝弘氏の「今も変わらぬ?対日観」という記事がのった。この記事によれば、今の日韓問題の本質は江戸時代の朝鮮通信使のなかに、すでに現れているという。朝鮮通信使とは、室町将軍からの使者と国書に対する返礼であり、1375年に足利義満によって派遣された日本国王使に対して信(よしみ)を通わす使者として派遣されたのが始まりである。15世紀半ばからしばらく途絶えていたが安土桃山時代に、李氏朝鮮から、豊臣秀吉が朝鮮に出兵するか否かを確認するため、秀吉に向けても派遣されている。しかし、その後文禄・慶長の役によって日朝間が国交断絶となったために中断された。その後、江戸時代に再開された。広義の意味では室町時代から江戸時代にかけてのもの全部を指すが、一般に朝鮮通信使と記述する場合は、狭義の意味の江戸時代のそれを指すことが多い。室町時代の朝鮮通信使は、日本の国情視察目的も密かに含まれており、例えば1428年派遣の使節に同行した書記官の申叔舟が著した『海東諸国紀』によると、日本での仏教の展開状況をはじめ15項目の調査内容があったという。
。その後豊臣政権まで約150年間にわたって中断した。通信使は釜山から海路、対馬に寄港し、それから馬関を経て瀬戸内海を航行し、大坂からは輿と徒歩で江戸に向かうルートを取ったが、その後、通信使は将軍の代替わりや世継ぎの誕生に際して、朝鮮側から祝賀使節として派遣されるようになった。計12回の通信使が派遣されているが、1811年に通信使が対馬までで差し止められたのを最後に断絶した。幕府からの返礼使は対馬藩が代行したが、主として軍事的な理由において漢城まで上る事を朝鮮側から拒否され、釜山に貿易目的で設立された倭館で返礼の儀式が行われた。江戸時代この通信使をむかえるための費用は莫大なもので約60万両かかったといわれている。この内容について1719年に來日した申維翰著「海遊禄」によれば「一行はいたるところで歓迎され,漢詩や書、儒教思想など。”文化”を求める日本人が押しかけた。その様子は”郡倭”が雲の如く集まった。」「詩を請乞う郡倭に悩まされ鬱々とし」「眠ることができない」などと書いている。
面白いのは”郡倭”という表現である。日本人という表現を使わず、”郡倭”とは明らかに蔑称である。なぜ郡倭という蔑称を使うのかの問いかけに対し、秀吉が朝鮮を侵略したからだといい、この秀吉事件は120年前のことであり、こだわりの感情はいまでも引き続いているのだろうか?しかしこの「海遊禄」では日本のことを、精工,、精妙、清浄、清潔、新淨、精麗、繊細、巧緻などの言葉によって褒め称えている。これらはすべて朝鮮にはないからだ。この当時から朝鮮は日本に対し”郡倭”などと尊大ぶるが内心は日本文化に憧れていたのであろう。天皇のことを日王などと馬鹿にしても、ウリナラの歴史は5000年などと捏造しても、武士(さむらい)剣道、柔道、日本刀、茶道、・・・すべて韓国起源などと法螺を吹いても、内心は日本に憧れ自国を恨み、その反動で日本の悪口をいうこの構図は昔も今も少しも変わっていないのかと、不思議な気がします。
ところで昨日の日曜日朝鮮料理をたべました。クッパとサンゲタンと焼肉をたべたのですが、この店はきれいで清潔で料理も上品でとてもおいしかった。クッパはアサリが入り白スープでまたたべたいな・・ぁ。

※朝鮮通信使か?
(写真は、クリックすると拡大できます)

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2007年06月22日

日本の底力

黒船NHK特集「日本の長寿企業」をみたところ様々なことがわかりびっくりしている。実は世界一の長寿会社は日本であり200年以上存続する企業は3000社もあることがわかった。ちなみにこの数はどのくらい凄いかと言うと、アジア(シナ)で9社、台湾に7社、インドに3社、ヨーロッパのドイツに800社、オーストリアに200社、アメリカで14社なのだ。これだけみても日本の経済の底力が分かろうというものだ。200年の間には何回も政変あり、戦争あり地震あり、自然災害ありで急激な社会変革に企業が生き延びることは大変なことだ。日本でみれば200年とは天明の大飢餓(1763)寛政の改革(1783}、大塩平八郎の乱(1833)、天保の改革(1841)ペリー浦賀来航(1853)、安政の大獄(1859)、桜田門外の変(1869)、大政奉還(1867)、明治維新(1868)、西南の役(1877)、日清戦争(1894)、日露戦争(1904)、第一次世界大戦(1914)、関東大震災(1923)、金融大恐慌(1927)、満州事件(1931),日華事変(1931)、大東亜戦争(1941)、ポツダム宣言受諾(1945)、・・・・・気の遠くなるよな時代を存続してきた会社が3000社もあるなんて到底信じられない。しかも一番古いのは奈良時代から続く鋳物師らしいから驚きだ。皇室の歴史もそうだが、建国の歴史が一番古いのは日本であり、日本の中心部分は古代からなにも変わってはいない。日本の底力に改めて驚いた次第です。

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2007年06月21日

蓮如 信仰の旅

eceec0fa.jpg蓮如(1415〜1499年)とは時は室町、本願寺第8世と生まれ浄土真宗中興の祖といわれる天才的宗教家である。
本願寺は親鸞の墓を守る留守式として代々守られてきたが蓮如の時には寺は荒れ放題、訪れる人はなく三度の食事にも事欠く貧乏寺であった。蓮如はしかも正妻の子供ではなく本来ならば留守式にもなれない立場であったが、51歳の時やっと本願寺第8代となることができた。当時念仏系の宗教ではもっとも勢いがあったのは仏光寺であり、大繁盛であった。この大繁盛の理由は絵系図にあった。絵系図とは坊主にお金を納めると絵で書いた系図に名前を書いてくれこの絵系図に名前がのれば極楽浄土に往生できるという教義なのだ。蓮如は貧乏寺からこの仏光寺の大繁盛を苦々しく見ていたのに違いない。この仏光寺の考え方は開祖親鸞の教えとは違う、長年の親鸞研究から蓮如は確信をもっていた。ちょうど蓮如が本願寺留守式となったころから時代は応仁の乱(1467〜1477)といわれる大乱世になっていく。
都では餓死者が8万人もで川原は死体で溢れかえっていたという時代で、黒澤明監督の羅生門に詳しい。その上に細川勝元と山名宗全と相続をめぐっての争いが起こり25万もの兵が集まり戦っているという大乱世であった。民衆は食べるものもなく、疫病に苦しみ、戦乱の炎に苦しんでいた。この時代民衆は地獄に生まれたようなものである。蓮如は考えた。
どうしたらこの哀れな民衆を救うことができるか?戦乱に脅える民衆に極楽浄土の信仰を教えることしかない、と悟ったに違いない。今この現実が地獄である、しかしこの地獄は永遠には続かない。あの世では阿弥陀による極楽浄土に往生できるのだ。
現実の救いのない民衆にとって、あの世の救いは最高の救いになったのに違いない。信心決上・安心立命だと教えたのだ。
蓮如の教えは阿弥陀の救いを信じきった時、その時にその人は救われるというのだ。信仰のない人にとっては未来はお先真っ暗であるが、信仰は極楽浄土を信ずることによって未来を薔薇色に輝かせる。阿弥陀を信じた人は悪人も女人も善人もなく平等に極楽浄土に往生できるであるから、阿弥陀のもと人間は同胞なのだ。この教えは身分制度に苦しみ、年貢の取立てに苦しむ人々に勇気と安心を与えたのだ。・・・そのかぎりにおいては蓮如は偉大な宗教家に違いない。しかし法華経からみると残念でならない。蓮如がもし法華経の極意を知っていたならば、その天才性はまた変わったものになったと思われるからだ。それはともかく、どんな信仰でも、信仰を与えることはその人を一時的に救うことになるのは事実である。
政治の救いと宗教の救いは本来違うのだ。蓮如はやがて現実に極楽浄土を作ろうとし、自らも戦乱に巻き込まれるが、政治に介入したり、政治権力をもとうとした宗教は必ず本来の力を失い腐敗する。宗教は宗教本来の救いを考えねばならない。

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2007年06月20日

五島列島のキリシタン

fec370b2.jpg昔、僕を訪ねてきた一人の白く長い顎髭をはやした初老の男がいた。彼は僕の法華経の講義を聞きたいという。そんなこんなから付き合いが始まり、あるとき「中杉さん、仏教の五種不翻(ごしゅふほん)についてどのように考えますか」と聞いてきた。「五種不翻とはパーリー語やサンスクリット語から仏典を漢語に翻訳する時に五種類の言葉は漢訳せず音のみを漢語で記したというもので、般若心経の羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提僧莎訶(ガテーガテーパーラサンガテーボデイスブァハー)などが是に当たります。)この漢字には意味がなく音に意味があるというあれですね。(五種とは人名、呪文、・・・などである)?」「そういうことです、実は私はここにものすごく興味があるのです、私の実家は五島列島の隠れキリシタンの子孫ですが、そんな関係で若いころから聖書を読んでいるのですが、聖書を読むと頭が冴えて眠れなくなるのです。しかしお経を聞いていると眠くなり、気持ちがよくなるのです。
考えてみると聖書の日本語訳は分別語(通常の言葉)で書かれており意味がよくわかるようにかかれています。
(例:主に感謝をささげて御名を呼べ、諸国の民に御業を示せ 主に向かって歌い、誉め歌をうたい 驚くべき御業を歌えBY 歴代誌上 神の箱の前で儀式を始める 16より)、聖書に比べ仏教の経典は分別語(漢文による呉の国の言葉で書かれており今の日本人にはお経の意味は其のまま読んでもわからない。意味がわからなければ無分別言語に聞こえてしまうが)と五種不翻による無分別語の組み合わせから出来ているからでしょうか」面白いことを言う人が現れたと思いながら彼の東長崎にあった家に招かれた。驚いたことにキリシタンの家に仏壇がありその様式は日蓮正宗とみた。しかし、中には本尊はなく髭をはやした西洋人のブロンズの像があった。「この像はなんですか?」と聞くと「この像はモーゼ大明神です。西洋の分別教の元祖です。聖書は彼からできたものです。」というと大事そうに奥からユダヤ風の巻物(トーラ)をだした。それは金属の飾りがいかにもユダヤを思わせるような作りになっており、異国情緒タっプリのしろものである。そこには驚いたことに聖書が漢文でびっしりと書かれていたのだ。それを見せて彼は聖書は眼が冴えるから漢文にして音読みしたら意味がわからないから無分別語となりお経のようになる。
そして「この原理で聖書全巻を漢訳したら分別と無分別を合成した大発明となり、私のモーゼ教は世界を支配する、いまは未完であるが」かれはこの大事業(?)のために聖書漢訳に命をかけているという。果たしてこの事業は完成するか?
モーゼ教は世界を支配するか!     
でも僕は思った「わざわざ翻訳しなくても中国人向けの聖書をつかったら?」

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2007年06月19日

空の哲学でヘナヘナになった人

741dd689.jpgA君は慶応大学の学生だったころ、文学部の教授から空の哲学を聞かされたとき、全身から力が抜け落ち床に崩れ落ちてしまったという。「人生は空か、ならばいままで受験にスポーツに頑張ってきたのは意味がなかったのだ。食事も本も遊びも寝るのも恋愛もすべてが無意味なのだ」と思った瞬間体からすべての力が抜け落ち立っていることすら出来なくなってしまったという。その後は「空」という言葉にを聞くと「ガクン」と力が抜け、歩くことも、本すら読めなくなってしまったという。活字の意味がすべて空に見えてしまうという。昔から空病という現象は知られており、禅の修業などでも空病を発しノイローゼになってしまってついには発狂した者も数多いと聞く。「言葉は人を生かし発奮させ、時として蕩かし、死に至らしめる」ということなのだ。では「空」の本当の意味はどうなのだろうか?「空」とは実は「中」にいたる道程なのだ。空とは名詞ではなく判断なのであり、動詞と思えば理解できる。空は存在なのではなく「空」ずる人間の中にしか存在しないのだ。
人間が対象を見て(山、花、木・・・・)それらが、そこに存在すると見る見方のことを「仮」とも「有」ともいう。存在が仮にあると思えば「仮」であり、存在すると見れば「有」である。しかしそう見えるのも人間が対象を認識するからのことで、現実は何もないのだ、と見れば「無」である。仮有と無の見方を有無のに偏見といい、これは悟りに向かう方向ではなく、悟りとは有無の二偏見を反省すると「非有非無」という「空」の境地にいたるのだ。
現実は有に非ず、しかして無に非ず、すなわち「空」ということなのです。空は反省判断の繰り返しによってどこまでも深まるのです。空は最終判断かというと、違うので、「空」はさらに反省されるのだ。亦無亦有ということです。空といっても現実にはこうして自分には「花、山、草・・・・」などが見えているではないか!この現実を認めざるを得ない。無いがままにまた現実はあるのだ。これが亦無亦有、または非空非有これが中ということなのです。空を得て現在に立ち戻る、中こそが最終判断なのだ。そこは崩れざる永遠の人生であり、涅槃の世界なのだ。空も中も人間の判断であり、その仏の境涯を学ぶのが仏弟子ということなのだ。修行は途中で立ちどまれば害毒となるのだ。恐るべし「空」の哲学。

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2007年06月18日

詭弁(きべん)はやめな!

6391eb82.jpg詭弁にもいろいろな種類がある。詭弁は詭弁と知っていて使うならばそれなりの効用があるが、一番悪いのは自分が正しいと思って詭弁の推論を受け取ることだろう。詭弁にもいくつか種類があるので、ここで検討してみる。
 (1)前件否定の虚偽
    A 「反撃される覚悟が無いなら、苛めなんてやるな
       よ」
    B 「それなら反撃される覚悟があれば、人を苛めて
       良いって事になるな」
Aの発言に対するBの返答は「XはYである。故にXではないならYではない」という形式の論理であり、これは論理学で前件否定の虚偽と呼ばれる。このタイプの推論は、XとYが論理的に同値の時のみ成立する為、恒真命題ではない。上記のやり取りは、「セイウチは脊椎動物である。故にセイウチでないなら脊椎動物ではない」と同じ論理構造である。
  (2)後件肯定の虚偽
    A 「対象についてよく知らないと人は恐怖を感じる。
つまり、怖がりな奴は無知なんだよ」
Aの発言は「XはYである。故にYはXである」という形式の論理であり、これは論理学で後件肯定の虚偽と呼ばれる。
このタイプの推論も、前件否定の虚偽と同じように、XとYが論理的に同値の時にしか成立しないので、恒真命題ではない。Aの発言は、「シャチは哺乳類である。故に哺乳類はシャチである」という推論と同じ論理構造である。
  (3) 媒概念不周延の虚偽
    A 「頭の良い人間は皆、読書家だ。そして私もまた、本をよく読む。
だから私は頭が良いんだよ」
Aの発言は「AはBである。CもBである。故にCはAである」という形式の三段論法で、これは論理学で媒概念不周延の虚偽と呼ばれる。このタイプの推論は、AとBとCの三っが論理的に同値でない限り成立しないので、恒真命題ではない。
Aの発言は「カラスは生物である。スズメバチも生物である。故にカラスはスズメバチである(あるいはスズメバチはカラスである)」という発言と論理構造が等しい。
  (4) 対人論証
    A 「数学の知識なんて、社会に出ても役に立たないよ」
    B 「数学を敵にしている君がそんな事を言っても、説得力は無いよ」
この場合、Bの発言が対人論証となる。「Aは数学嫌いである。故に数学の知識は社会で役に立つ」は演繹にならない為、論理として成立しない。仮に、BがAの結論を否定する以外の目的で発言したのなら、それは反論ではなく論点のすり替えとなる。
  (5)早まった一般化(hasty generalization)
    A 「私が今まで付き合った4人の男は、皆私に暴力を振るった。男は暴力を
好む生き物なのだ」
Aの発言は、少ない例から普遍的な結論を導こうとしており、早まった一般化となる。仮に、「男は暴力が好きなのかもしれない」と断定を避けていれば、その発言は帰納となるので、詭弁には含まない(詭弁ではないからこの推測の結論は正しい、の意味ではない)。Aの発言は、「1は120の約数だ。2も120の約数だ。3も120の約数だ。4も120の約数だ。つまり、全ての自然数は120の約数なのだ」と論理構造は等しい。
  (6) 多重尋問(complex question)
    A 「(痴漢をした事が明らか、ではない人に対し)もう痴漢はやめた
       の?」
『実際に痴漢をした事がある人』ではない人にこう質問すると、多重尋問となる。「はい」と答えれば、過去に痴漢をしたと認める事になり、「いいえ」と答えれば、現在も継続して痴漢を働いていると認めた事になってしまうので、痴漢をした事が一切無い人にとっては、どちらで答えても不都合な結果になる恐れがある。
  (7) that's a fallacy" fallacy   
    A 「それは詭弁だ(屁理屈だ)」
Aがこの発言の後、「どのような理由から詭弁(または屁理屈)と言えるのか」を説明しなかった場合、これを英語で"that's a fallacy" fallacyと呼ばれる詭弁として扱う。日本語には該当する語または言い回しが無い。

このくらいの知識で一般には十分であろう。悪徳弁護士はこういう知識をフルに活用し弁論に勝とうとするのだ。レッテルづけも詭弁の種類に入るのだ。「中杉は右翼だ、右翼は悪い、故に中杉は悪である。」「中杉はカルトだ、カルトは悪である、故に中杉は悪である。」「中杉は貴様は朝鮮人かという、朝鮮人は差別用語だ、ゆえに中杉は差別主義者である」ゆえに中杉のいうことはすべて意味のないことである。注意深くこの知識を参考にして悪徳弁護士の発言に注意しましよう。原告が被告に暴力を振るう?これも詭弁だよな。暴力使うなら裁判不要だからね!

※悪徳弁護士諸君、詭弁はやめなよ。

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nakasugi_h at 09:59|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!