2007年11月

2007年11月30日

日蓮正宗は偶像崇拝か?

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「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。
紀元は2600年(キングレコードより)


世界の宗教をみると一番古いとされるユダヤ教は偶像崇拝を否定するところから始まりました。それまでのユダヤ人は金で作った子牛を神として拝んでいましたが、そのせいかユダヤ民族は長い間エジプトの奴隷にされていました。そこにモーセがB.C14世紀ごろあらわれ、神に導かれてシナイ山中にて姿無き神より十戒を刻んだ石版を授けられたのがユダヤ教のはじめですが、その十戒には神そのものに名前がないといい、偶像崇拝を禁止しています。ユダヤ教から生まれたのがキリスト教ですからキリスト教も偶像崇拝は禁止です。しかし後世になるとキリストそのものを偶像化し教会に祭り拝ませるようになりました。ユダヤ教徒は故にキリスト教を偶像崇拝者といいゴイム(豚)といって軽蔑します。でも本当は本尊みたいなものはないのです。イスラム教はアッラーの神を全知全能神といいますが、やはり偶像崇拝はありません。神は目に見える存在ではないからです。原始仏教では仏像はもちろんありません。お釈迦さまの書いたものもなく像さえありません。後世になると仏塔がたてられたりギリシャの影響を受けて仏像と称するものが作られました。大仏が創られたり、五重塔や、壮大な伽藍や、仁王像や、もう目茶苦茶な偶像崇拝となりました。仏も大日如来とか、阿弥陀如来とか、人間の空想で創り上げた作品です。しかしお釈迦様の時代にもどれば何処にも偶像崇拝などないのがわかります。日本の神社には偶像崇拝がありません。おそれおおくて神像など誰も創れないのです。
これで分かるように世界の一流宗教は偶像崇拝ではありません。日蓮正宗の本門戒壇大御本尊様は木で出来ていても草木成仏の原理によって仏界だと言います。したがってこの御本尊に帰命(南無)しないかぎり絶対に成仏しないといいます。こういうのを偶像崇拝というのではないでしょうか?偉大な畏敬なもの、人間を超えるもの、これらは像をつくり人間が固定することはできないはずで、「これが神だ」「これが仏だ」と具象かすることなどできません。目に見えない神を求めてユダヤ人たちは今日の科学文明をつくってきたのです。アインシュタインは「科学とは神のこの世の創造を知ろうとすることだ」と言っています。偶像を拝むと人間は楽になります。しかし偶像の奴隷になります。一心法界の南無妙法蓮華経は本尊がなくとも体得できる法のはずです。仏法とは人間の振る舞いの中にしかないはずですから!
法華講の樋田さんどうですか!

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2007年11月29日

俗諦と真諦 

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「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。
紀元は2600年(キングレコードより)


仏法を理解するためには、まず知らなければならないことがあります。それが俗諦(ぞくたい)と真諦(しんたい)ということです。「あなたが悟ったのは俗諦であり世間の悟りです。仏法の悟りは真諦といって世法のことではありません」のように使い分けます。芸能を極めることや、なんとか博士になったり、この世で名人・達人になってもそれは俗諦であり真諦ではありません。なぜかというと仏法の悟りは過去・現在・未来を通暁し三世をつらぬくものだからです。孔子のような偉い人でも「吾いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らんや」と言ったように三世のことは孔子でも、まるでわからないのです。生命の三世は暗愚な凡夫がいくら考えてもわからないのです。あの世のことは凡夫には理解不能ですが、仏様はあの世のことが分かるといいます。その仏様が悟ったところを真諦というのです。それは凡夫には難解であり入り難いところですから法華経には「諸仏の智慧は甚深無量にしてその諸仏の智慧の門は難解難入・・・・」と説かれています。仏法の真諦は世間の法をはるかに超えているのです。末法の日蓮大聖人の仏法は南無妙法蓮華経という真諦ですから、ここから国柱会の田中智学の国家主義とか創価学会の人間主義などの俗諦がでるはずもなくこれらは皆、俗諦の理論の範疇なのです。日蓮大聖人の選時抄には「三世を知るを聖人という」とあり御書検索で三世と引けば201件がヒットします。そのくらい仏法は三世が大事なのです。創価学会も三世を忘れて”友人葬”だとか選挙だとかに熱心ですが信仰の目的をはきちがえているみたいです。三世に通暁されているのが仏様ですから、南無妙法蓮華経とは三世にわたる生命の実存の法なのだと知る必要があります。わが”一念心”の正体をみれば南無妙法蓮華経ということであり、この法は真諦中の真諦ということです。凡夫も、もちろん南無妙法蓮華経ですが家元である日蓮大聖人様から信仰の鍵を頂戴しなければ開けません。宇宙に遍満する南無妙法蓮華経ではないからです。不思議なことにこの南無妙法蓮華経という眼鏡をかけてみるとあら不思議”三世の生命”が透けて見えてしまうのです。みえるばかりではない、あらゆる衆生がどのように三世を生きているかということもわかってしまいます。南無妙法蓮華経はまことに凄い真諦なのです。過去の僕もそうでしたが社会学だとか心理学などで仏法を客観的にみると俗諦で真諦を判断するということになり信仰を失います。”生命の実相”を天台大師は一念三千とあらわされ、この法は誰にも備わっている法ですが暗愚無明の凡夫には知ることができません。一念三千とは天台大師の己心に咲いた大輪の花であり、宇宙に遍満する客観法ではありません。天台大師に指南を受けるしかそれを悟ることはできないのです。また南無妙法蓮華経は末法の真諦であり、その法は日蓮大聖人のお心の中にしか存在せず日蓮大聖人のお心に全ての存在は備わるということでもあります。南無は無明の一念でありそのまま妙法であり蓮華の法(因果倶時)によるというのが南無妙法蓮華経の教えです。与えていえば一念三千も南無妙法蓮華経も同じものだといえます。一念といっても凡夫の一念(九界)もあれば仏様の一念(仏界)もあります。仏様の立場から見れば”事の一念三千”となり凡夫の立場から言えば”理の一念三千”になります。天台大師の仏法では事と理のたてわけがありますが、南無妙法蓮華経は全て事であり凡夫がそのまま仏だという教えなのです。南無妙法蓮華経を信受した瞬間に成仏したということです。しかしこれは南無妙法蓮華経を完全に信じた場合の話であり無疑白信の話で人間なかなかそうはいきません。最初の信は”無解有信”であり信・行・学により”有解有信”となってはじめて”無疑白信”となって成仏します。仏になるとはどういうことかといいますと別に姿かたちがかわるわけでもなくもとのままです。凡夫の姿のまま南無妙法蓮華経がそのなかに光り輝いているのです。いつも日蓮大聖人様と一緒です。死しては仏国土に生を受け常に師と倶に生じ永遠の実存を得ることができるのです。仏の悟り(真諦)とはかくも偉大なのです。夢、俗諦で真諦を判断することなかれ!

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2007年11月28日

創価学会の教学迷走

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「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。
紀元は2600年(キングレコードより)


創価学会の教学は理論破綻しているので、日蓮正宗の樋田氏からその誤りを指摘されたら反撃できるはずがない。それはそうだろう。創価学会は日蓮正宗から生まれたもので、教学は日蓮正宗のものだからです。日蓮正宗から法盗人的な理論で追撃されたら一撃でアウトなのはあたりまえです。そもそも仏法には一番根本のものとして”三宝”がありますが”仏の宝”として両者とも日蓮大聖人をたてていますので、これには異論はないはずです。次に”法の宝”として日蓮正宗は弘安2年10月12日願主弥四郎国重なる本尊が戒壇の本尊であり末法万年を救う法の宝であるといいます。これも創価学会は同じですので両者問題はありません。では両者の違いは何かというと第三の”僧の宝”に問題があります。僧の宝は第二祖日興上人となりますが日蓮正宗は第四祖と代々の法主様に連綿として法が伝わりまさに水が写し変えられるように、日蓮正宗法主様を日蓮大聖人として敬うのが信仰の本質だといいます。
創価学会は法主に誤りがあると主張しているのです。特に代17世の安倍日顕法主との仲は険悪で創価学会は池田大作名誉会長はじめ学会員は破門されたのです。この大騒動で日蓮正宗につくもの,学会に残るものなどでもめて一家が分裂し、親子兄弟が骨肉の争いを引き起こしました。何故こんなにも日蓮正宗は分裂と争いが起きるのでしょうか?最近だけでも青年僧侶の反乱”正信会”騒動、顕正会騒動、創価学会騒動、まさに騒動というのがふさわしい事件が続出しています。ずばりこれは日蓮正宗の教学に間違いがあるからだと思います。仏法を不思議なもの、理解しがたいものと、とらえている”仏法”の解釈に問題があるのではないでしょうか?本当に本尊は一切衆生が尊敬・信受もうし上げる日蓮大聖人様・開眼の仏なのだろうか?それにしては創価学会御書全編”御本尊”というキーワードで検索しても38件の項目がでますがそのどこにも弘安2年10月12日の本尊なる文字はでてきません。大曼荼羅 で検索すると16箇所あり、そのなかで”106箇抄”に「万国に之を流布せしむと雖も日興嫡嫡相承の曼荼羅を以て本堂の正本尊と為す可きなり所以は何ん在世滅後殊なりと雖も付属の儀式之同じ譬えば四大六万の直弟の本眷属有りと雖も上行薩〓を以て結要の大導師と定むるが・・」とあるだけでとても正宗の本尊のこととはおもえません。本尊がななければ日蓮正宗仏法は意味がなくなるのですから、そんな大事な御本尊をはっきりと明示されるのは当然すぎることであり混乱をふせぐために何重にも口伝されたはずです。ひいては5老僧の問題も防げたはずではないでしょうか?このへんのところ樋田氏に聞いてみたいですね!樋田さんおしえてちょ!

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2007年11月27日

”もったいない”の精神

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「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。
紀元は2600年(キングレコードより)


10月19日EUは27加盟国・首脳会議において「ヨーロッパ新基本条約」を採択しました。これはEU憲法制定につながるものです。来る12月13日、27カ国の首脳による調印が行われ2009年1月1日ヨーロッパ合衆国が誕生します。するとEU大統領が出現することになります。世界を一つにして地球政府をつくろうとする人々は、ワンワールド(ONE WORLD)を合言葉に計画を着々とすすめているようです。EU大統領の出現はまさに古代ローマ帝国の再現とも言われ、その広大な版図は21世紀の偉大な大王となる可能性があります。この計画をすすめているのがフリーメーソンだというのですから驚きます。しかし本当にONE WORLDは実現できるのだろうか?僕は疑問に思う一人です。国家意識、民族意識、歴史認識、そんなに簡単になくすことが出来るとは思わないからです。一つに成った世界、それは強烈な独裁者の出現にもなるでしょう。この計画にもとずいてアメリカのドルの没落、アメリカ経済の凋落が計画されているらしい。「世界の中心はやはりヨーロッパでなければならない」と考えている人々がいるからです。こういった人々から見るアメリカという国はいまだに植民地にすぎないのです。アメリカ人が英国に留学すると学長から「植民地の者だね」といわれるそうです(宇野正美)。このようなヨーロッパを中心としたワンワールド世界への加速のなかで”独立の国家”を目指すことなど、まさに時代に逆後した動きと看做されることは当然です。日本の良さを残しながらONE WORLDに協力しながら日本的なものを残すには、これからの国家観をハードな面ではなくソフト国家観に切り替える必要があるのではないでしょうか。日本の国家の概念をソフトにする。ONE WORLDの機構はハードに、国家観はソフトにと捕らえた時、世界政府と国家性が満足する解が得られるでしょう。たとえば文化面では日本文化が世界の憧れとなるように和食が世界食になるように、芸事が、仏教が、日本酒が、世界で飲まれるように日本の武道、音楽すべてが世界の憧れになるようにもっていくことが大事でしょう。いままさにそうなりつつあるようです。
日本文化は普遍性を持っているのです。使い捨てのアメリカ文化からの脱却、大量消費から”もったいない”の時代に世界は変わらなければならないでしょう。技術革新も意外と”もったいない”精神からできているのかも知れません。
エネルギーの無駄をはぶくことから省エネの技術が物作りの真髄の最高精密機械を生み、世界最高水準の農業生産物を生み、自然農法は自然に還元と力をあたえます。どんなものでも”もったいない”という精神でながめると蘇ってくるのです。心が充実してきます。使い捨てはゴミを増やし人間精神を荒廃させます。こういったことが日本精神であり国家の遺産なのだという認識がこれからは大事にされるでしょう。日本は消失するのではなく世界を日本化すれば日本がなくなっても良いという心をもちましょう。

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2007年11月26日

日蓮正宗 妙観講の話

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紀元は2600年(キングレコードより)


妙観講と顕正会はともに戦闘的な組織として有名です。15年ほど前です。妙観講の渡部茂夫君とその仲間6人が中野の僕の事務所に乗り込んできたことがあります。僕が正理研究会を始めたころです。仏教について僕のお話を聞きたいというのです。軽く承諾したその夜、ドアを開けた瞬間にどどっと6名がなだれこんだのには驚きました。それは話が目的ではなく、目がギラギラして殺気がみなぎっているから、僕の話を聞くのではなく、暴力的にやっつけようという攻撃なのだということが即座にわかりました。僕の気迫と度胸に恐れをなしたのか6名の暴漢をどうやら治めましたが、彼らはその足で中野警察に駆け込んだのです。僕にスタンガンで脅かされたというタレこみでした。僕は翌日中野署に呼ばれ刑事からお調べを受けましたが、もとよりそんな事実はありませんからなんの問題にもなりませんでした。問題なのは妙観講の「やられた、やられた」という体質です。樋田氏の「妙観講と顕正会」のDVDをみますと、大阪法論会での事、共同で会場をかりて法論するつもりで顕正会が遅く到着すると、法論の席は妙観講員がいっぱいで遅く到着した顕正会員達は入場する隙間がなくなっていました。すると怒った顕正会は「お前達でろや!共同で借りたんだろ。お前達でろ!」「出ろ出ろ!」の排斥がはじまり、泥沼の暴力一歩手前が始まりました。これが妙観講側の放映になると「公開討論会場に遅く着いた顕正会はドアが開くやいなや我々妙観講員に飛び掛り殴るけるの暴行にでた。またもや顕正会の暴力である。この乱闘により法論はできずまたもや妙観講の大勝利に終わった。」となっている。それでまたもや女性会員が負傷したと告訴したのです。こんな卑劣な手を使う妙観講が日蓮正宗を名乗るのはまことに片腹痛い思いです。目的がよければ手段はどうでもいいというのだろうが紳士の使う手ではないですね。しかし「やられた、やられた」という手は誰が教えたのでしょうか?僕のところに押し込んだ渡部茂夫君はいまは退転、破門になったそうです。

※大糞講頭

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2007年11月22日

しつこい朝鮮人

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「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。
紀元は2600年(キングレコードより)


朝鮮人の独特の性癖はいくつかあるが、そのなかで”しつこさ”があげられます。まず朝鮮人といっても在日朝鮮人、北朝鮮人、済州島朝鮮人、韓国人など様々あるが、とくに在日朝鮮人は質が悪いです。関東の在日は韓国人が多く関西の在日は済州島出身が多いと聞きます。朝鮮は特別身分差別が激しいところで、これは今でも変わらないといいます。韓国の差別部落はぺクジョといって人間以下の畜生として扱われている。済州島朝鮮人は朝鮮人の中でも最下層として扱われて人間扱いされないといいます。チョルド、ソヌ・などもいまでも人間扱いされないらしいのです。これらの差別民は不満のやりどころがなく自分より下のものをみると虐め心が噴出すのです。人間の中では朝鮮人以下のものをみつけるのは難しいですから犬や猫を虐めることにより快感を得るのです。これが朝鮮人の犬食いの原点なのです。虐められたものは虐め返す。これは自然の摂理なのでしょう。朝鮮人は犬を食う時、犬を苛め抜きます。まず犬を吊るして熱湯に生きたまま投げ込ます。それを何回も繰り返し犬を苦しめます。最後になぶり殺して食べます。そうすると精力がつくと信じられているが実は差別された腹いせにすぎません。朝鮮の差別部落出身者はしつこく執念深く残酷で馬鹿な奴が多いのです。この連中が戦後差別をのがれて日本に来たのが在日の大多数のルーツなのです。強制連行されたといって嘘をつき日本では第三国人だと嘘をつき駅前の一等地を占拠し本当の所有者を殺して現在の財をなしたのです。これが駅前一等地にパチンコや、焼き肉店の多い理由なのです。
いまでも犯罪者の半分は朝鮮人、それも朝鮮差別部落出身在日が起こしているものです。これは日本人と在日のハーフでも変わりません。しつこい性格はネバネバとまとわりつきます。一度接触した者を徹底的にまとわり尽きます。その異常さは常軌を逸します。もしまちがって関係した女性なら一生涯逃げられないでしょう。僕も横浜生麦でみましたが朝鮮人は嫁がくると結婚式のあとで嫁を棍棒で殴りつけて痛めるのです。子供のころでしたが道端まで聞こえる”ギャァ”という女の悲鳴が新夫による暴行だと後で知りました。僕も半在日としらず可愛がったY君という男がいましたが恩を仇で返されそのしつこさにあきれかえりました。夢夢朝鮮人と関係をもつことに御用心!

※日本統治前の朝鮮人の麗しい首都

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サブィー!
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2007年11月21日

人生賛歌

草原
「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。
紀元は2600年(キングレコードより)


くだらない事件が多すぎる。TVをつければ不愉快だ。しかもどこの局でも同じ内容のものをやっている。人間らしい心温まる希望がもてる話はないのかと言いたい。でも人間らしい話ってどんな話なんだろうか?それは人生に希望を持った生活ということでしょう。でも人生にはどんな希望があるだろうか。それは人生に壮大なロマンをもつと言うことだろう。大きくわけてロマンには三つあります。社会的ロマンと、人生的ロマンと、宗教的ロマンでしょう。社会的ロマンとは仕事に夢をもつことであり、これは誰でもやっていることなのでここにわざわざ書く必要もないでしょう。問題は、「人生的ロマンを持つとはどういうことか」でありそれは人間としてどのように生きるかということです。正義を貫く、道徳的に生きる、ボヘミアン的に生きる、ロックンローラーとして生きる、酔いどれ人生を生きる、ギャンブラーとして生きる、物つくりを極める、ゲイの道を究める、オカマ道を極める、武道に精進する、恋愛に生きる、任侠に生きる・・・・・・など人生ロマンは無限にある。どのロマンを生きようと人生は勝手であるが、その結果も自分もちなのです。もう一つの宗教的ロマンとはどんなことかというと、人生を哲学し自分より偉大な存在を素直に認め神仏を信ずることにより有限な自分を無間な自分へと転換する生き方です。
例えば、仏教の悟りを極めようとすることや、神を信じ神と共に生きるなどがその範疇にはいります。人間には必ず老いがやってきて誰でも必ず死を迎えます。いかに社会的名誉があろうが、財産があろうが、地位があろうが、権力があろうが、必ず終わりがあり、人生を仏教では「生老病死は四苦である」と言います。生まれるも苦しみ、老いるのも苦しみ、病気も苦しみ、死ぬのも苦しみと説きます。仏教は人生の本質を苦と見抜いたのです。この仏教の教えによれば名声も、富も快楽も社交も全く無意味となります。織田信長の「人間わずか50年・・・・」も豊臣秀吉の辞世の歌「難波のことは夢のまた夢」に、天下人でもどうすることのできない人生の悲哀と無常を感じます。だから仏教は”永遠の実存を求めよ”人生で”仏道を求めよ”と言うのです。”一身欲見佛 不自惜身命”(法華経)これが宗教的仏教ロマンの生き方だというのです。また神を求めて聖書のロマンを求める人もいます。「キリストに愛されて永遠の生命を生きたい」これも宗教的ロマンでしょう。こういうような人生最大のロマンは神と仏と共に生きる宗教的ロマンこそ最高であると僕は考えます。宗教的ロマンを持つ人は寛容であり人生をお互いに許しあいます。
この世間で目くじらたてて、いがみ合い殺し合い(戦争)、法律で争うことは馬鹿げた事と知るからです。こういうことが分かっている人はサブプライムローンのような愚かなことは出来ません。貧乏な人間をみつけて返せもしないローンを組ませ、それを債権にして売り飛ばし、大儲けを考えたのがこれであり最初から破綻は分かっていたのです。貧乏人を騙してローンを組ませローンの破綻がばれないうちに債権化して、そのローンを売り飛ばせば莫大な儲けになります。こんな悪魔的主張は、「自分だけがよければ良い」という発想で神にも仏にも愛されません。きっと来世は地獄がまっているのでしょう。人間は愛し合い許しあい助け合うのです。僕などは子供のころから宗教的ロマンに生きてきたのです。それを人生賛歌というのです。

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2007年11月20日

別府大学の怪

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紀元は2600年(キングレコードより)

7年11月17日の4チャンネル報道特捜プロジェクトで大分県の別府大学の特集をやっていた。経営が左巻きになったこの大学は定員の穴埋めに中国人をさがして山の奥から字もかけないような連中を留学と称して無試験で入学させ文部科学省の補助金を年間4億円も取り、さらに驚いたことに、この大学にに入学し行方不明となったものは年間数十人にも及ぶという。しかも身元保証人になってくれた大家さんも中国人学生が殺害したというから驚きだ。こんな出鱈目大学と高齢者松下村塾と比べたら比較にならない。高齢者松下村塾は国家から一円ももらってはいないのです。静岡県立大学の小島教授よ。別府大学こそDMであり問題にしたらどうなのだ。高齢者松下村塾は小島教授と県立静岡大学に公開討論を正式に申し入れている。どういう返事がくるか楽しみである。学者というものは足で地道に調べ真実を追究するものなのに、小島教授は我々の再三の面談要求を退けている。「文部科学省の認可ではない」といっている高齢者松下村塾に小島教授はなにひとつ言うことはできないはずだ。かれは形式主義者であるから教育の中身には絶対触れてこない。常に形式を問題にして学者にあるまじき行動をするのです。
我々はいつでも公開討論に応ずる気持ちであり、論戦で負けることは絶対に無い。高齢者松下村塾は一人一人を大切にし真面目に生きた人の人生を評価するものなのです。それはなにかの資格を与えるものではなく人生そのものを評価しようというのだから革新的なのです。校舎もない、教室もない。しかし考えを変えれば、校舎がないと言うことは全部が校舎であり全てが教室足りうるのです。仏法の方でもこういう考えを”法界道場”といいます。やる気さえあればどこでも勉強はできるのです。メールで、電話で、FAXで、手紙で、面談で教授に自由に接触し必要なものを学ぶことができます。これを革新的教育とよんでいるのです。しかも約300の講座を開設用意して高齢者の学生諸君を待っているのだ。学生が教授になることもあり教授も学生から学ぶのです。独学は困難であるがこのシステムならば誰でも何歳でも勉学心さえあれば学習できます。その卒業の証明であるディプロマが通用するかしないかは問題にしません。デプロマは個人の心の勲章であり勉学の勝利の証明である。松下政経塾が大学でもなく単なる私塾であるのに世間的に通用するように高齢者松下村塾も社会から評価されるようになることでしょう。ともかく税金を食う別府大学のようなDMを退治してもらいたい。小島君!学歴差別はいかんよ。学の差別もいかんよ!

※外国人留学生にあふれる別府大学校舎


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2007年11月19日

日本の未来

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紀元は2600年(キングレコードより)


かって日本は戦艦大和をつくりゼロ戦を作った国です。いまでもこんな高級品はどこでも作れません。世界では自転車すら作れない国があるというのにこれは驚きです。だまってほって置けば、世界の産業は日本の一人占めになるでしょう。これは日本人の約束を守る、勤勉、正直、責任、公共心、愛国心などが生み出すものです。日本人は罠を作り、しかけをつくり動物を追い込むようなことは苦手なのです。
しかし欧米人はシステムづくりが上手いなと感心させられる。優秀な日本人に憲法という”くびき”をはめて縛りつけ、ドルの操作で世界中を引きずりまわす。こういった事はお人よしの日本人には苦手なのです。国際金融資本の”世界を不安定”にさせるシステムつくり、情報、情報操作、どれも日本人は苦手なのです。謀略・諜報なども多分むかないでしょう。ということは世界の高級精密工場を目指すしか道は無いのかも知れません。現実にはすでにこういう風になっていると思います。世界一精巧な核爆弾、世界一精巧精密なミサイル、ロケット、世界一の原子力空母、原子力潜水艦、世界一のミサイル防衛網の構築、世界一のジェット戦闘機、世界一のコンピュター、世界一の宇宙基地これはいまでもいつでも出来るのですが、アメリカの”くびき”がさせないのです。自分で自分を縛るということは馬鹿ということです。政治家が馬鹿だから自分で自分を縛るのです。いまの日本は世界戦略をもてないし、歴史的にも世界戦略などもったことは無いと思いますが、地球を上から見るという考えがなく視野狭窄です。
まず日本国憲法(占領基本法)をぶち破りましょう。占領中の憲法は国際法違反なのですから廃棄が一番です。この第一歩をはずせば、あとは自動的に”くびき”ははずれます。アメリカの力の源はドルが基軸通貨ということですから、これが崩れればアメリカは一気につぶれます。だからどんなことをやってでもドルを守るはずです。アメリカはドルさえ印刷すれば何でも買えます。100ドル紙幣も1ドル紙幣も原価は印刷代だけですから同じなのです。アメリカは世界の紙幣工場なのですからますますドルが印刷されていくでしょう。世界中で3万のファンドが組まれ1京以上のお金が地球上を飛び回っています。このドルが紙屑になる日が必ずきます。資本主義の終焉で世界はそれからはゆるやかな計画経済に移行するはずです。お金は便利なもの、人類の大発明なのですが結局お金は紙屑となりあらたな基軸を必要とするでしょう。その時、日本は精密技術を生かしてお金に代わるもの(電子マネーの進化したもの)を提供し新たなる基軸通貨にできるかも知れない。軍事は国の基本であり絶対に手を抜けないものです。信長的な政治家の登場を心待ちにしましょう。

※護衛艦ゆうぐも

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2007年11月16日

妄想爺さん

美少女
「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。
紀元は2600年(キングレコードより)


僕の高齢者松下村塾に横目巌という高齢者学生がいる。彼は80歳で独身年金暮らしで中野アパートに一人住まいです。彼の趣味はアパートの風呂に入ることで一日五回は入るという。彼の唯一の楽しみはスーパーに買い物にいくことです。
ある日、塾長である僕に深刻な相談があると悩みをうちあけたのです。「実は塾長よ、私は今結婚しようとしているのです。私と彼女は深く愛し合っているのですが結婚の邪魔する奴がいて困っているのです」「ところで横目さん、相思相愛の結婚相手は誰なの?」「今大学生で19歳なんだ、可愛い子だよ」「随分年が離れているね、本当に愛しあっているの?」「その子の親からも認められているんだ」「・・・・・・そして結婚の妨害する奴て誰なの」「その子と私はスーパーでアルバイトをしていて知り合ったのよ。私が買い物にいくと必ずにこっと笑うんだよ。この子は私を愛してると直感したのよ」「それで肉体関係はあったの?」「いや、手も握ってないよ。それで私達は結婚することにきめたんだが、そこの店長が私の結婚に反対するんだ。男のやきもちはいやだね」「それで僕はどうすればいいの?」「店長に電話かけて結婚の邪魔をしないでくれ、と言ってもらいたいのよ」「分かった。そんなことは簡単だ電話してあげます」といって僕は店長に電話をかけた。「もしもし店長さん、うちの横目という人間がお宅のアルバイトの子と結婚したいと言っているのですが、店長さんが反対してるのですか?」「えェ!!!!冗談じゃない!結婚?とんでもない。私もアルバイトの子から相談受けているのです。気持ち悪い爺が変な目つきでニヤニヤうす笑いをうかべて独り言をつぶやくので怖くて怖くてアルバイトを辞めたいというのです。実はこの爺が気持ち悪いといっていままで3人も辞めました。こっちは高い広告代払って募集しているのに冗談もいい加減にしてください!」とすごい剣幕です。そのうちしょんぼりとして横目はあらわれた。「どうしました?」「それが結婚がだめになったよ。私がスーパーに買い物にいくと入り口に大きな紙に”横目と犬はいるべからず”の看板掛けられたのよ」これは実話です。高齢に成ると妄想がわくらしい。
静岡県立大学 小島教授もこの話とよく似ているね!皆の笑いもの小島妄想教授(w

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