2009年02月

2009年02月27日

質直意柔軟(しつじきいにゅうなん)

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「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。紀元は2600年(キングレコードより)


それ人身をうくることはまれなり。すでにまれなる人身をうけたり。またあいがたきは仏法、これもまたあえり。同じ仏法の中にも法華経の題目にあいたてまつる。結句題目の行者となれり。まことにまことに過去十万億の諸仏を供養するものなり。(寂日坊御書)

我々は多くの動物・衆生のいる中で今、人間を感じていることはまことに有難いことで、人間に生まれたことを感謝しなければなりません。いまこうしているときでも、自分を犬と感じ、あるいは猫と感じている者も多いのです。有史以来、この地上にはどれだけの生物がいたことでしょう。恐竜・哺乳類そしてこれらが互いに殺し合い、食い合い、地獄を感じてきたのです。こういった生命の長い長い歴史の中で人間に生まれたということはどれだけすばらしいことなのでしょう。人間に生まれ、中でも仏法を信ずることができた人はまことに幸運なのです。せっかく人間に生まれても仏法を信ずることなく、地獄・餓鬼・畜生・修羅の境涯に沈み人を恨み自らの運命を呪い、人を害し苦しめ、畜生以下の生活をしている人が多い中で、仏法の中でも最高峰の法華経に出会い信ずることができ、法華経の教えの中でも、そのまた最高峰の南無妙法蓮華経に出会い信ずることができた人はこれ以上ない幸福者なのです。こういう幸福になれたという理由を考えてみると、過去世に原因があり、過去十万億以上の仏に使え供養してきたからだといいます。人生どんな栄耀栄華の生活をするより、法華経を信ずることが比較にならないくらい幸せなのです。南無妙法蓮華経を信ずる人は永遠の命をえられ生まれるごとに仏に出会い仏の説法を聞き成仏することができるのです。法華経の中の「衆生既信伏 質直意柔輭 一心欲見佛 不自惜身命 時我及衆僧 倶出霊鷲山 」とはこういうことなのです。仏法を習ってもこいういう感謝の心がなければ仏法の功徳を受けることはできません。

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2009年02月26日

人体の秘密

応援いつも有難う〜〜〜!!!
応援いつも有難う!!!

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「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。紀元は2600年(キングレコードより)


人間には目が二つ、耳が二個、鼻の穴が二つ、口と肛門で二つ、手が二本、脚が二本、手の指が十本、足の指が十本肺が二つ、腎臓が二個、おっぱいが二個、金玉が二つ、お腹が一つ、これが進化論の成れの果てだというのだろうか?
生命は目にみえない神様以外につくりようがないと僕は考えます。目が二つあるのは太陽と月をあらわし、耳が二個あるのは嘘と本当を聞くためであり、鼻の穴が二つあるのは良い臭いと悪い臭いをかぎ分けるためであり、口と肛門と穴が二つあるのは口は生をあらわし肛門は死を意味します。手が二本あるのは、創造と破壊を表し、脚が二本あるのは自由と抑圧を意味し、手の指が十本あるのは十界をあらわし、足の指が十本あるのは十如是を意味し、肺が二つあるのは明暗をあらわし、腎臓が二個あるのは善悪をあらわし、おっぱいが二個あるのは親と子を表し、金玉が二個あるのは燃焼の二字をあらわし、お腹が一つで頭が一つなのは一念を表し、外は妙法で統一される。人体はまさに神(仏)の芸術そのものである。
絵描きが、彫刻家がどんなに精密な絵を描いても彫刻しても、それらはピクとも動かない。血液は流れず、生命は一瞬でも活動できません。どんな人間でも一つの宇宙の姿をあらわしているのです。我々は生命を見るとき、まさに一つの宇宙を見る思いでみなければならないでしょう。宇宙の創造と生命の創造は同時であり、神秘世界(神・仏)そのものなのです。

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2009年02月25日

ユダヤの子孫日本人

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「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。紀元は2600年(キングレコードより)

※伊勢神宮 内宮

日本人は昔から自分たちのことを大和民族と言ってきました。不思議なことに大和と書いてヤマトと読むことです。
また山に向かってヤッホーといいます。戦争のときもヤァヤァーといいますし、籠を担ぐときもヤッホーヤッホーといいます。ユダヤ人は神の名をめったに呼ばないがYAHAWELLといいます。YAは神の名前なのです。ヤマト民族とは神の民(ウマト)という意味だったのです。はるかな昔、エルサレムを追われたユダヤ12部族はシルクロードをこえてシナにわたり秦の始皇帝を生み、その一部であるジョセフ(徐福)は永遠の楽土(エルサレム)を求めて数万人単位で日本列島をめざして、旅にでて日本に到着し、まず淡路島に上陸し力を蓄えて四国を制覇し九州に上陸し取って返して紀伊半島から奈良を目指しそこで日本の大君を宣言しました。これが古事記が明かす日本の歴史です。
彼らの文化は日本に入る前に中国文明の影響を色濃く受けてユダヤ人というよりシナ人といったほうが良いかもしれません。しかし完全にシナ化したわけではなく伝統的なユダヤの風俗も残っていたのです。祖国を失った彼らはシナに土着を決め込もうと思ったのですが、シナは戦乱が多くとても理想の地(エルサレム)とは思えなかったのです。
海の向こうに理想の平和郷がある、それこそが神から与えられた永遠の聖地であり、永遠の国土なのだ、そこを目指そうと考えて始皇帝を巻き込んでの民族大移動を行ったのです。これがヤマト民族の一番中心の民族になったのです。お神輿も契約の箱(アーク)の写しであり、正月(過ぎ越し際)であり、言語・風俗もユダヤなのです。これらの第一次遠征隊に引き続き第二次ユダヤ来襲、第三次遠征隊と歴史は移り、日本人は作られたのです。日本こそまことのユダヤの本家であり、天皇はユダヤの大王なのです。

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2009年02月24日

納棺師(のうかんし)

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「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。紀元は2600年(キングレコードより)

※映画「おくりびと」より

「おくりびと」アカデミー賞受賞、複雑な気持ちです。現代社会は死ということが拭い去られた社会で、我々は現実に死をみることはあまりない。死は別世界の出来事でしかないからです。現代でも死を日常的に見る世界とは病院とか兵士とか、あるいはお寺さんとかは、死は日常なのでしょうが、一般の人に死は日常ではありません。この映画の作者にして主演者の本木雅弘君は15年ほど前にインドで死者がガンジス河にほうむられるのを見て大ショックを受けたといいます。このショックとは死をインドでは日常としているということで、それに大ショックを受けたということなのです。死を目前としたとき、人は二つの行動をとります。一つは目を瞑(つぶる)ることです。目を瞑ることによって死から逃げようとするのです。もう一つの行動は死を日常に取り入れてしまうことです。死を日常と受け入れることで、死の世界を日常のものとし死の恐怖から逃れようとするのです。医師や看護士などは毎日毎日死の旅路に出発する人と暮らさねばなりません。医師・看護士にとって死は日常なのです。納棺師という職業は毎日(?)死体と向き合うのが仕事ですから、自然に死体に愛着を感じ死体を日常に感じてしまうのでしょう。主演の本木雅弘君は俳優を辞めたら納棺師になりたいといっていました。かれはもうすでに死の世界に魅せられたのでしょう。大事なことは生きているということは妙法(妙は死、法は生)という生死を生ていることであり、死の中に生あり、生の中に死があるということです。
そして生死不二なのです。

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2009年02月23日

生命の法則

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一番最初に神(GOD)は天と地を創られた、と聖書にあります。次に神は”種”を創られ植物、動物を創られ最後に神に似せて人間を創られた、とあります。人間の創られた目的は人間をして神の代理人としてこの地上を管理するためだというのです。こういう生命感とダーウインの進化論とは真っ向から対立します。ダーウインによれば生命は偶然発生したものであり、しかもすべての種はつながっており、人間もさかのぼれば猿人となり猿となり鼠となり、これは進化の法則だというのです。生命は偶然発生したものだから何の目的もないというのです。どちらが本当なのだろうか?またインドで生まれた生命感は、最初は何もなかった、そこにサットバカルマンといわれる一塵の風が吹きそこに生命が生まれたと説明します。お釈迦様は生命の発生は法華経の中ではとてつもなき長き時代にさかのぼるといいます。
十界の衆生は誰が創ったというようなものではなく、最初からあった本然の実存だといいます。この十界のあやなす世界が存在であり、生命の歴史なのだといいます。日本神道では、宇宙には万物を構成する霊魂(マ)が満ち溢れており、その霊魂が高天原をつくり、この世界を創ったといいます。霊魂を集合させる力のことをタカミムスビといい霊魂を分散させる力のことをカミムスビといいます。この力も宇宙に充満する力で姿をあらわすことはないが、世界の創造の源で自然(じねん)です。と様ざまなおしえがありますが生命の起源をどう理解したらよいでしょうか?GODが世界を創ったという教えは存在の根本はGODであり、世界はGODのものであり、人間は神に創られた存在であるから、すべては神のプログラムによって運行されている。すべては神の気まぐれなのです(予定調和説)。人間の生き方はひたすら神の預言を聞くことです。進化論者は生命には目的はなく偶然生まれた生命であるから、神など信じられないのです。先祖は動物であり、人間には至高なものは見られない。これは刹那主義を産みデカダンスを生みます。仏教は命を人間からみることをせず、命を衆生ととらえ衆生の正体を十法界と見、その因果の法則によって世界が現れるという世界観には深く同意させられます。

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2009年02月20日

無常の風

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「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。紀元は2600年(キングレコードより)


悲しいかな痛しいかな我等無始より已来無明の酒に酔て六道・四生に輪回して或時は焦熱・大焦熱の炎にむせび或時は紅蓮・大紅蓮の氷にとぢられ或時は餓鬼・飢渇の悲みに値いて五百生の間飲食の名をも聞かず、或時は畜生・残害の苦みをうけて小さきは大きなるに・のまれ短きは長きに・まかる是を残害の苦と云う、或時は修羅・闘諍の苦をうけ或時は人間に生れて八苦をうく生・老・病・死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五盛陰苦等なり(聖愚問答抄)

我らが生きているということは、なんと悲しくて痛ましいことなのだろう。生命が発生した大昔より、本来の生命を離れ生命の故郷を忘れ、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六道に輪廻し、その地獄界といっても、いろいろあって焦熱地獄といって、あらゆるものを焼き尽くす炎に咽(むせび)び苦しみ、またあるときは氷にとざされ肉がさけて苦しむ大紅蓮地獄を味わい、またあるときは、食べるものがなく飢餓に苦しめられ、あるときは畜生界に生まれ小さきものは大きなものに食べられ、互いに喰らい合い、お互いに喰らい合うという苦しみを受け、またあるときは人間に生まれていても畜生のように互いに殺し合います。殺し合いをしなくても、人間に生まれるということは生の苦、老の苦、病の苦、死の苦、愛するものとの別離の苦、憎いものにあわなければならない苦、欲しいものを求めても得られない苦、感覚的に求めても得られない苦などにさいなまれます。いま我々は人間に生まれており、人間に生まれるということは、仏に会ってあらゆる苦しみをなくし輪廻転生(りんねてんしょう)の束縛を切り涅槃(ねはん)を得ることができる、唯一のチャンスなのに、人間に生まれると仏のことなど露ほども考えず、目先の楽しみを追いかけて、TVだの、吉本のお笑い芸人に笑いこけ、やれゴルフだ、海外旅行だと浮かれて大事な”生死”のことなどすこしも反省しようとしません。虚名に走り、財産の蓄積のみを目的とし、下を降して上に媚びる、人間はなんと愚かなのでしょう。人間として生まれるのは仏道成就のチャンスなのに、仏を求めず、法を求めず、悟りを求めないのです。またこういう仏を求め、法を求め、悟りを求めるものはまことにまれな存在であり、人類の貴重な宝なのです。率直な心をもち南無妙法蓮華経を求めなければなりません。南無妙法蓮華経がいかなる大法なのか、一心に求めてください。そしてこの世で永遠の生命を体得するのです。

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2009年02月19日

天下布仏

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※信長は天下不武、我々は天下布仏

織田信長は”天下布武”の大印を使い、天下制定を目前にして明智光秀の謀反に本能寺で倒れたとされています。
乱世ならば”武”をもって天下を平定するのはやむをえないであろう。わが祖、伊勢新九朗長政(北条早雲)も若き時、官に使えて官の力によって善政を試みるも、失敗に終わり、続いて仏門に入り、仏教の力により、理想の世を建設せんとしたがこれまた失敗、ついに武力により理想郷をつくらんとし還俗して関東を切り取ってとされる人物ですが、信長には”官”も仏教もなく、最初から最後まで”武”の力しか信じていないし、神も仏も彼の中にはおらず、”武”をもって天下平定をなそうというのが、天下布武”の大印なのです。この言い方にあてはめれば僕はこう言います。”天下布武”ではなくて日本と世界を救うのは”天下布仏”であると信じます。日蓮大聖人の南無妙法蓮華経の教えを万人に教えていく、ことが世界を平和にし悪鬼野獣の支配するこの地上を仏国土に変えていける唯一の方法であろうかと思われます。世界を一つにし世界を救い人類を救うべき道は南無妙法蓮華経の布教しか道はありません。世界の人、全てが一身欲見仏不自惜身命(いっしんよっけんぶつふじしゃくしんみょう)、いっしんに仏をみたてまつらんと欲して、みずから身命をおしまず、の心になったとき、世界は仏国土と変わり、仏国なんぞ衰えんや、といわれているようにこの世が寂光土なります。ここで人々は永遠の生命を体得し、衆生はお互いに助け合い仏道を目指して励ましあい、互いに害することなく平和的:修業的共存をえるのです。”天下布仏”これが大事な理想なのです。

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2009年02月18日

泥酔中川大臣辞任

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※泥酔中川大臣

なんでこんなことが起こるのか?一般の人には理解不能です。呂律も回らない、目は真っ赤で焦点が定まらない。
この醜態は今の自民党そのものではないでしょうか。自民党は中川大臣を笑う資格はないと思います。自民党は解散総選挙を行えば必ず民主党に大敗を招き天下は民主党に奪われてしまいます。それにもかかわらず麻生総理に解散を迫る自民党員は一体なにを考えているのでしょうか。自民党は進んでも地獄、退いても地獄なのですから、まさに自民党は酩酊し焦点も定まらず呂律も回らない状態なのです。看板大臣である中川大臣は自民党を象徴しているのです。自民党は疲弊し腐敗し迷走し延命を図る保身の政党になってしまったのです。保守党ではなく保身党が似合う政党なのです。田母神前空将問題で明らかになったように浜田防衛大臣は正しいことを言った田母神前航空幕僚長に退職金の返納を求めたというのですから、あいた口が塞がりません。この党の中にいる中川大臣の胸中はアルコールだけが知っているのでしょう。酒の飲み方にもいろいろあって、苦しみを和らげるために飲む、快楽追求のために飲む、場をもりあげるために飲む、忘れるために飲む、勝利を味わうために飲む、酒が酒を呼ぶ、お祝いのために飲む、など嬉しいにつけ悲しいにつけ酒はついて回りますが、中川大臣の酒は「酒が酒を呼ぶ」現象のようです。自民党は、いままで大変おいしい美酒を飲み続けてきました。しかしこの酒には毒がしこんであります。美味しい酒とは公明党創価学会のことです。この旨酒を飲んでいるうちに、憲法改正の本来の目的を忘れ奴隷国家に満足し、アルコールに体はしびれ主体性はなくなり、目は充血し、呂律は回らず、中川大臣現象になっていたのです。

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2009年02月17日

田母神空将の成果

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田母神論文の波紋は大きい。政府与党の歴史見解と空自(空軍)トップの歴史認識がまるで違うというのですから、国民の関心が集まるのも無理はないはずです。政府は「日本は悪い国であり、侵略国家であった」といい田母神空将は「日本はよい国であった」というのですから、どちらが本当か、決着をつけねばならない。いまや国民の認識は田母神氏に近く、多くの人々の共感をえています。田母神氏は学校長のとき空・陸・海の幹部学生に1回3時間、5こまの歴史教育を施し、ほとんどの学生の共感を得たといいますから自衛隊全体がほとんど田母神論文の思想を持っていると考えて良いでしょう。自衛隊に沸騰する同意権の自衛隊員を政府は監視と脅かしで、なだめすかし、日本独立思想を排斥しようとしているらしいですが、いまや手遅れです。政府は何故に、日本米国植民地思想にしがみつくのでしょう。飛行機は作れない、航空管制があり、自由に日本の空を飛べない、航空機は帰りの燃料がない、専守防衛に徹し攻撃は米軍に任せる、核兵器は持たず、議論さえできない、自衛隊の活動は米軍の玉拾いであり、運送屋である、まさに自衛隊は米軍の傭兵であり、殖民地軍である。かって吉田首相はマッカーサーの再軍備の勧めを憲法を盾にとって断り、戦争にいけない警察予備隊(自衛隊)をつくったが、吉田首相の考えは、それはしばしのことでやがては憲法を改正し自軍をもつことが夢であったのに違いありません。佐藤総理の沖縄返還は条件として非核三原則を生んだが、これとて、インチキなもので(米軍は核を日本に持ち込んでいる)やがては日本は核所有国家になることを望んだに違いありません。そういう作業をひ弱な政治家は怠り、生ぬるいアメリカ植民地国家の日本を政治家は選択したのに違いありません。そして、ふと気がつくと日本は鵺(ぬえ)のようになり、決して戦わない軍隊、自衛隊を生んだのです。現状は日本はアメリカの植民地である、と認識することが真の独立国家日本を目指すものには大事な自覚なのでしょう。田母神問題は真の日本の武人の発言であり、それを妨害するものこそ国益を損ねる国賊と断定できます。

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2009年02月16日

田母神空将論文は精神クーデター

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※原子力潜水艦

田母神前空将の論文は言論クーデターであったと田原総一郎がいっています。航空自衛隊幹部89名の部下の”同様な”論文提出は自衛隊の組織的なものであり、戦後政治にたいする軍人の精神的クーデターであると彼はいっています。戦後政治の枠組みのなかでしっかり利益を享受している、政治家、マスコミが最も恐れるのは実力をもった軍人のクーデターであるに違いないのです。武力集団自衛隊が本気になれば誰もその実力を阻止することはできません。攻撃目標・国会議事堂・警視庁・新聞社・放送局・・・・に対し航空自衛隊のF16が攻撃し五機編隊でも、みなお手上げでしょう。警視庁など陸自の戦車一台にも敵わないでしょう。昔の陸軍士官学校、海軍兵学校の縦割りと違って、いまの幹部は”ふるさと”、防衛大学の同じ飯を食い、陸海空一本ですから航空自衛隊が決起すれば陸も海も共鳴して立ち上がることでしょう。彼らが腐った政治は軍人の手により粛清しなければならないと考えているのは頼もしい限りです。民主政治の終焉は衆愚政治で終わるといわれています。吉本劇場大繁盛のいまこそ衆愚政治の最高潮なのかもしれません。いまの腐れきった政府の歴史観はたたきのめさなければならないし、「すべて日本が悪かった論はもう十分だ」、という国民の声が聞こえてきます。東京裁判の不正を暴き長崎広島の原爆投下の責任を明らかにして、金融犯罪を暴き、国際陰謀を明らかにする必要が日本にはあります。原爆に囲まれた日本は核武装する権利があるし、それでこそ独立日本のあるべき姿なのです。核武装した原子力潜水艦隊が世界の海を回るとき世界に本当の平和が来るときなのです。

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