2013年05月

2013年05月31日

仏法と神道(144)神国と仏法

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※写真ー神国を説く竹田の宮様
「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。紀元は2600年(キングレコードより)


仏法と神道(144)神国と仏法

 仏教というものを考える場合、頭が錯綜(さくそう)して「願いが叶うもの」、「御利益があるもの」と考えて色々な仏像を造ったり、「聖人様」と言って求めますが、これは根本的な間違いであるということを、私は明らかにしてきました。仏法というものは、そのようなものではありません。これは、私のブログを読んでもらえば分かります。
 神道と仏教はどのような関係にあるのでしょう。これが皆分からないので、このように考えてもらえばよいのです。内外相対してみると、神道は外道です。内外相対とは、宗教には内道と外道があるということを教えたはずです。日本の神道は、その内の外道なのです。
何故、外道と言うのかというと、外なる法を求めたから外道というのです。外なる法とは、「自分以外のものによって世界が動いている。」というから外道というのです。仏法は、自分の内なる世界であって、「内なる原理により世界が動いている。」というのが内道です。
日本神道の天孫降臨とは、天照大神の命令により、この地上に降りてきたのが天皇です。天皇は、天にいる天照大神の子孫なのです。考え方としては、外道以外の何物でもないのです。外道と言っても色々ありますが、キリスト教も、イスラム教も外道です。「自分以外の法がある。」と言うのです。
我々の存在を考えた時に、我々は単独で存在しているわけではありません。仏法は内なる法ですから、自分の原理で自分の探究に向かいます。しかし、「お前はどこの国に生まれたのか?」というと、「日本です。」という答えになります。「私は国籍が無いのです。ともかく昔からいるのです。」などという人はいません。必ずどこかの国に生まれて、そこには民衆と支配者がいるわけで、その中に生を受けています。これは、朝鮮人でも、中国人でも、アメリカ人でも同じことで、共同体という国があり、国の中に誕生しているのです。人間というのは、単独で生きられないのです。
仏教の問題点は、そのことを忘れがちです。自分単独の原理で、「自分の祈りを叶えたい」、「自分が幸福になりたい」、「自分が成仏したい」ということは、全て個人に属する問題です。「自分がどのような国に生まれたのか?」と考えた時に、そこにでてくるのが外道であり、日本神道であり、神様がこの国を造ったのです。神様が、この国を造ったからこの国を神国というのです。神国に自分が生を受けているのです。
神社にいく目的とは、御利益を求めて神社に行きますが、あれは全くの間違いであり、「私はどの国に生を受けて、どのような御先祖様がいたのか? そのことについて知りたい。」ということと、「御先祖様と共にいるこの国を発展させたい」と思い神社に祈るのが本来の祈り方です。
伊勢神宮に行って、「私個人の結婚をお願いします。」とか、「金持ちになりたい。」とか、祈るのは間違っているのです。国家の成り立ちを伊勢神宮は説明しているわけで、ここは天照大神を祀り、そこから天皇が生まれて、天皇もお参りするのです。我が国の原型は、このような風景なのです。それを教えているのです。
そこで、その教えが外道であろうとかまいません。我々は、日本に生まれた日本人であり、神社があり、そこには神様がいて、天皇がいるところに自分は生まれたのです。共同体としての日本は、神社と天皇と共に存在するのです。
そのことを言ったのが、仏教と神道の関係であり、神国日本の中に仏教が生まれたのです。その生まれた仏法が南無妙法蓮華経というのです。インドでは、仏教は神様と同じです。外国の神が入ってきて、日本国と宗教争いを起こしたというような考え方をとらなくてすむのです。
日蓮大聖人様は神国日本にお生まれになり、新しい仏教を御建てになられたのです。仏教という以上は、内道であるから自分を見つめて、そして自分の内なる法則によって生きていこうとすることです。そのことは、全く間違っていません。
日本神道には教えは無いのです。神官の御説法は無いのです。何故なら、神道というのは教えを説いたものではありません。国家の成り立ちを説いたものです。そのまま、受け止めれば良い事です。
仏教というものは、哲学を説いたものであるから、坊さんは説法が旨く、内容も納得するものがあります。しかし、それがインド由来の仏教であるならば、インドの神様の説法になってしまいます。日蓮大聖人様の仏教は違うのです。神国日本に建立された新しい仏法なのです。ですから、インド仏教とは全く違うということを自覚しない限り、この問題は解決しません。
そして、外なる法である神道の教えと、内なる法である仏教の教えは、究極では一致するのです。日蓮大聖人様の仏法は、『神国王御書』、『立正安国論』には、“国”ということが最初から頭にあるのです。だいたい国というものが頭にある仏法というのは、よその国には無いのです。
本来、仏教とは出家するのですから家まで捨てるのです。インドのお釈迦様の仏教は家まで捨てて、財産は何ももたず「皆、ここへ来なさい」ということであり、出家の法なのです。出家というのですから、国家も家も全て捨ててしまうのです。国家の運営のために仏法が使われるということはないのです。
ですから、仏法が流行った国は滅びているのです。天台大師も亡くなった後、50年で国が滅びています。日本に仏教を渡した百済の聖明王も国は滅びています。仏教は亡国なのです。
もともと仏教には、国という概念が無いのです。仏教は、「個人の真理の追究」、「成仏を目指したもの」であり、“個人”が頭にきてしまうのです。
ところが、神道には個人は無く、国が頭にくるのです。この国に生まれたのが我々です。この国には、神様がいて、神様の子孫が天皇であるという明確なものがあり国が最初にくるのです。日蓮大聖人様の仏教が神国日本に建立された新しい仏法だということは、『立正安国論』を読んでみても分かります。『立正安国論』には、国が入っているのです。
念仏のどこに国が入っているのでしょうか。ありません。念仏も、真言密教も国などありはしません。『神国王御書』とは、神国の王に与える御書にしても、日蓮大聖人様の仏法には国が頭にあるのです。これが大事なことです。これをもって、「日蓮大聖人様の仏法は、神国日本の新しい仏法である。」ということが『立正安国論』、『神国王御書』を読めば証明されるのです。
神道とは、国家安泰の法、国家の道、人間が生きる道を説いたものであり、その国家の中心者は天皇であると教えているのです。日蓮大聖人様の仏法というのは、国があり、国というものを分かった上で、自分がその中でどのように幸福になっていくのかということを説いたものです。これが、神国日本に生まれた南無妙法蓮華経という仏法なのです。

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2013年05月30日

仏法と神道(143)日本バッシング

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※写真ー精霊界のうっちゃん大王(精霊界の議長)
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仏法と神道(143)日本バッシング

 今、世界的な日本バッシングが行われています。これを知る必要があります。何故、日本はこんなに叩かれなければいけないのか? それは、日本民族が世界一優秀だからです。竹田の宮様は、「日本の皇室は世界から習うことは何もない。教えることはあっても世界に習うことは何もない。」と言われていました。これは凄いお言葉です。
 戦後、日本は西洋に目が向いていて「西洋の物は良い物。アメリカの物は良い物。」と思い、それを学ぶことがすべての基本でありましたが、今では学ぶものは何もありません。何があるのかと言ったら、教えることはあっても、教わることはありません。竹田の宮様の力強いお言葉をもってみるとおり、世界一日本人は優秀な民族です。
民族が優秀であるが故に皇室は、2800年続いているのです。「俺が、俺が!」という国家ならば皇室は、2800年も存続することはできないのです。とっくの昔に無くなっています。次の王朝が出てきて殺し合い、韓国大統領のように次の大統領が前の大統領を逮捕して、盧武鉉(ノムヒョン)などは自殺してしまいました。そのようにして、殺し合いの歴史なのです。
その殺し合いの歴史の中に、清浄な天皇家が存続しているのであり、これは民族が優秀だからです。どのように優秀かというと、秩序を求める国民です。秩序には、中心点が必要だから、「中心点は変わらなくて良い」という考え方があるのです。
そして、一所懸命=一つのことを懸命に習い、死守するという考え方があるのです。また、修理固成(すりこせい)とは、徹底的に自分の持ち場で自分を磨いていくという考え方です。発想が豊かで、自然を大事にします。こんなことすら、他の民族は思っていないので、それを大事にしていく日本民族は優秀なのです。
その形として皇室というものを維持しています。皇室及び、宮様、及び神社を日本は持っています。神社などというものは、日本以外どこにもありません。韓国にも、中国にも、台湾に行っても日本が造った神社以外ありません。何故かというと、皇室と神社とは、一体のものなのです。神社を持たない王様をつくっても、それは一代限りの王様です。
 我が国は古事記(712年)という神典を持っている故に、神社を通して天上界である精霊界と天皇は繋がっているのです。精霊界の精霊が降りてきたものが天皇であり、天皇が発展したものが日本国民であり、精霊界と人間界が一体なのが日本神道の考え方です。日本神道即日本民族であり、一体なのです。「神聖にして犯すべからず」天皇及び神社と精霊というものは一体であるのです。
 この神社と共に生きてきた日本民族は、江戸時代には多少近代化が遅れましたが、江戸の文化は見てみると世界一です。人口は100万人です。当時のロンドンの人口は50万人くらいです。江戸の方がはるかに進んでいるのです。浄水下水、全て整い、リサイクルの形態は見事にできていて何も無駄がありません。江戸時代は、ご飯も食べられて、美味しいものも食べられて、平和であり、優雅であり、それが江戸時代です。世界最大の文化が江戸時代には栄えたのです。
 しかし、西洋型の人殺しの文化は流行っていなかったのです。それを明治期になり、「これでは外国にやられてしまう。」ということで、西洋に学んで近代化を進めてきたのですが、大東亜戦争まで発展して遂に終戦を迎えました。その結果、我が国は300万人という将兵の命が失われました。アジアの解放の為に、300万人という尊い命が失われたのです。
そのおかげにより、インドネシア、フィリピン、インドなど東南アジアの国々は、西洋から独立して立派な独立国になったのです。日本のおかげなのです。ですから、本当は、日本に対して足を向けて寝られないのです。日本は大変な良いことをしてきたのです。
西洋の本当の悪さというのは、500年前から始まった侵略の世界史なのです。西洋史というものは、侵略の世界史なのです。よその国の人間をぶち殺して、自分たちの土地にするのです。そのようなことを、ずっとやってきたのです。
ですから、東洋の国で西洋の植民地になっていない国は、日本以外にはどこにもなかったのです。中国も、マレーシアも、ホンコンも、西洋の植民地だったのです。
アメリカインディアンにおいては、1億人殺していると言われています。1億人とは恐ろしい数で「本当なのか?」と思うかもしれませんが、これは約100年間にわたり殺したということです。10年間だと1千万人殺して、1年だと100万人殺したことになります。インディアンを殺して、その土地を奪ったのです。「もともと住んでいた人間を殺戮してその土地を奪う」、これが西洋文化の特性なのです。
アメリカは、そのようにして土地を奪ってきたのです。東洋諸国は、すでにイギリスなどの植民地となり、侵略するところがなくなってしまい、日本の侵略を目指してきたのです。日本は、「侵略されてはたまらない」というので、必死になり生き延びてきたのが、明治期・大正期・昭和期なのです。日本は、侵略の世界史ではないのです。
日本の歴史を見ると誇りある歴史で、諸外国はうらやましくて仕方ないのです。西洋人達はくやしくて、日本人を押さえつけようとしても、民族が優秀なので、西洋人が仕掛けた罠を全部跳ね返してしまうのです。日本は、世界一になってしまうのです。
一番最初の世界一のものは、日本刀です。日本刀は、西洋人が全く理解に及ばない凄さがあり、日本人はこの日本刀を作ったのです。日本人が作った物は、あらゆるものが全て世界一なのです。だから押さえつけようとするのです。
鉄砲もそうです。日本は開発してはいけないというのです。そのような法律があるから作らないだけで、日本人はどんなものでも作ってしまいます。戦艦大和を造り、ゼロ戦を造り、紫電改(しでんかい)を造り、ロケットを造り、これらは世界一の代物なのです。もうちょっと戦争が長引いていたら、アメリカ軍など太刀打ちできなかったのです。それを知っているのです。
今でも、諸外国は60年前に造った戦艦大和を造ることはできないのです。だから、この苛立ちが「なんとかして、日本を叩こう!」、ということで、なんとかして日本が出ないように策略や罠を仕掛けてくるのです。それがアメリカの『年次要望書』です。1年間の最初に「これだけのことをやってくれ」とくるのです。「アメリカの車をこれだけ買ってくれ」、「牛肉をこれだけ取ってくれ」というように、自然の取引では無くて、アメリカから『年次要望書』が送られてくるのです。「狂牛病問題があるので、そんなに牛は取れない」と、日本が言うと、「狂牛病など2年間だけ調べれば良いのだ」とか、屁理屈をつけてみな押し付けてくるのです。これが日本叩きの最初です。
今、問題になっているのはTPPです。TPPというのは、フリードマン教授による新自由主義に基づくところの関税の取っ払いと、企業の貿易を自由化にするという名目で作ったものですが、実は日本の企業から金を巻き上げる罠なのです。それを仕掛けてきます。
まだあります。慰安婦問題です。慰安婦問題などあるはずがありません。そんなことは世界各国がやっていたのです。その前提条件を忘れているのです。慰安婦がいいか悪いかではなくて、戦争が悪いのです。イラクでは、無実の子供たちが今でも何百万人と殺されているのです。そんな戦争が良いならば、慰安婦問題などどうってことはありません。それが抜けているのです。
自分達は、さんざん戦争を仕掛けて人殺しをしてきて、日本は「お前ら、何が慰安婦問題なのだ!」と言えばいいのです。人を殺して土地を奪うより、慰安婦問題などはるかに軽い問題です。それを「慰安婦問題!」、「慰安婦問題!」と執拗に言ってくるのです。まるで日本が国家をあげて性の奴隷を作り兵隊に供給していたようなことを言っています。軍隊は人身売買に介入していたなど、とんでもない話です。全てウソです。しかし、アメリカは執拗に韓国を使いやらせているのです。韓国を使って日本に攻めてくるのです。この優秀な日本を叩き潰そうと攻めてくるのです。
それで、今度日本が円高から円安になったら「日本が計画的に仕掛けているのだ」とわめき、日本を非難するのです。中国に日本の企業が進出すれば、因縁をふっかけて工場を取ってしまったり、尖閣列島を取ろうとしたり、皆、これは計画的な日本いじめの流れなのです。日本をなんとか叩いて下に沈めて「出るんじゃない!」、「原爆も持たせるな!」、「憲法も改正させるな!」、「あいつらは今のまま縛り付けておくのだ!」という流れなのです。
しかし、日本人は優秀であるから、どんなに日本叩きの流れを強くしても、必ず日本は出てきてしまいます。そして、今後の世界は日本により統一されるでしょう。こんなことは目に見えたことです。これは我々、日本民族が優秀であり、日本は精霊大国であるというところからきているのです。

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2013年05月29日

仏法と神道(142)物の怪について

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「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。紀元は2600年(キングレコードより)


仏法と神道(142)物の怪について

 精霊と悪霊の話はしましたが、もう一つ知らなければならないのは、“物の怪(もののけ)”ということです。物の怪=お化けということです。これは、物というものが欲望により、人間に似たものになってきます。物の怪と言います。池田大作のことを「あいつは物の怪だよ。化け物だよ!」と言った人がいます。物が人間になってお化けの仕事をするという考え方です。
 精霊、悪霊、怨霊、物の怪のことが分かる人間にならないとダメです。普通は、目に見えるものだけを信じます。目に見えないものは存在しないと考えます。しかし、目に見えない物もあるのです。動物と人間の違いというのは、目に見えない物を分かることが人間ということなのです。
 また、文化は目に見えない部分であり、目に見える部分からは文化は生まれません。何故ならば、文化とは精神的なものであり、西洋文明の場合は精神など無いのです。ただ、物を綺麗にしたり、磨いたり、造っているだけで、これは文明に近いものであり文化とは言いません。「文化とは多分に精神性を持ったもの」のことを言うのです。
 今の人達は精神面を見ないのです。「金を持っている」とか、「金を持っていない」とか、そのようなことだけを見ています。そうすると、どうなるかというと最終的には唯物論者になってしまうのです。目に見えるものしか信じないのですから、そのようになってしまうのです。
目に見える物は、“物”です。「“物”こそ価値ある物」というように、意識が変わってしまうのです。それは、唯物論者です。人間は、唯心論と唯物論に分かれます。唯心論は、“心”と書きますが、“神”と書いて唯神論とも読みます。神も心も同じものです。ですから、目に見えない、分からない人は、精霊も分からないし、怨霊も分からないし、何も分かりません。そして、唯物論者になってしまうのです。
 唯物論者の考え方は、人間を数で掌握するのです。「人間は数だ」ということです。100万人の人間を半分減らせば、50万人になってしまいます。そのような考え方です。計算するだけなのです。
 ポル・ポトは、カンボジアの自国民を300万人殺しました。毛沢東は、中華人民共和国の自国民を8千万人殺したとも言われています。ヨシフ・スターリンもソビエト連邦の自国民を3千万人殺したと言われています。現在では、北朝鮮の金正恩も何人も殺しています。“粛清(しゅくせい)”と言うのです。粛清というのですから、「人の命を絶つ」ということではなく、「邪魔者を消す」という意味なのです。唯物論者に、「人を殺す」と言う意識は無いのです。物を排斥するという考えです。人間は数なのです。100あるものを、半分の50にするのを粛清と言うのです。そのような人間になってしまうのです。唯物論者は馬鹿なのです。
 アメリカには、ダーウィンの進化論を信じない人間が、5千万人いるのです。ダーウィンの進化論は唯物論です。自然界が進化論で発達して、猿から人間が出来てくるならば、そこに神様の手は働きません。「神様が人間を創った」というから、そこに神を見るのです。自然に猿から人間が生まれてくるならば、神はどこにも存在しないのです。進化論は唯物論者の説であり、進化論が唯物論を生んでくるのです。これが、共産主義をどんどん生んでくるのです。
 我々、日本人が持っているのは、精霊の文化です。崇徳天皇の怨霊が800年も続いて未だに祟りを成しているのです。伊勢神宮も精霊が集まっている所です。あかずの踏切は、悪霊が集まっています。
怖いのは、物に獲りつかれて物を集めだすことです。「お金が欲しい。もっと、もっと、お金が欲しい!」と思い、お金が集まりだすと、その作ったものが悪運を呼んでくるのです。物に悪霊がよってくるのです。お金が貯まらない間は、そのような悪霊は出てきません。お金が貯まると、変なところで不幸が出てくるのです。それは、物を隠すから、物が悪霊を引き付ける作用をするのです。すると、不幸がでてくるのです。
 ユダヤのソロモン王が、「富(お金)というものは配りなさい。どんどん配るのです。そうすれば、富はますます増えるのです。」と言いました。それが反対に富をどんどんため込んで、自分だけが肥ろうと思うと、そこに悪霊が宿ってきてとんでもない不幸がでてくるのです。今まで無かった不幸が出てくるのです。
 何か物が集まってくると、それを嫌って悪霊が祟りを成すのです。生きている以上、何も無くすわけにはいきませんが、物をため込まないようにしていくことが大事です。ため込んだ財産は悪霊を呼び込むということになるのです。これが恐ろしいところなのです。
 ソロモン大王は、「施しなさい。そうすれば、それは何倍になって帰ってくるのです。これを私の遺言としなさい。」と言ったのです。そのように、悪霊が分かる、精霊が分かる人間になっていきましょう。

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2013年05月28日

仏法と神道(141)怨霊はあるのか、ないのか?

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※写真ー伊雑宮(いぞうぐう)
「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。紀元は2600年(キングレコードより)


仏法と神道(141)怨霊はあるのか、ないのか?

 怨霊というのは、死者が祟りをもたらすことを怨霊というのです。「あいつは死んでしまったから、この世にはもういないのだ。」と思いたいのですが、ところが無念で満足のいく死に方でないと、この世に怨霊が残ってしまうのです。至るところで怨霊が悪さを働いてくるのです。
 有名な話では、平将門の首塚があります。伝承では、将門の首級は平安京まで送られ東の市、都大路で晒されましたが、3日目に夜空に舞い上がり故郷に向かって飛んでゆき、数カ所に落ちたとされています。伝承地は数か所あり、いずれも平将門の首塚とされています。
 その中でも最も著名なのが、東京都千代田区大手町一丁目2番1号外にある首塚です。その首塚を動かすと祟りがあるのです。さわれなくなってしまいます。なにしろ祟りがあるのです。ですから、丁重にお祀りしないとダメで、勝手に動かしたりしたら死んだり、色々な不幸が起きてきます。
 お岩さんのお墓もそうです。お岩さんの芝居をやると、必ず怨霊が出て死者がでたり、不幸が起きてきます。必ず、芝居をやる人は、お岩さんのお墓に参らなければなりません。
 天皇家の怨霊の一番最初が、第75代崇徳天皇(1119年- 1164年)です。崇徳天皇は、内部の争いに巻き込まれて、四国の讃岐国に島流しに遭ってしまいます。島流しに遭うと、都には帰れないのです。『保元物語』によると、崇徳院は讃岐国での軟禁生活の中で仏教に深く傾倒して極楽往生を願い、五部大乗経(法華経・華厳経・涅槃経・大集経・大品般若経)の写本作りに専念して(血で書いたか墨で書いたかは諸本で違いがある)、戦死者の供養と反省の証にと、完成した五つの写本を京の寺に収めてほしいと朝廷に差し出したところ、後白河院は「呪詛が込められているのではないか」と疑ってこれを拒否し、写本を送り返してきました。
 これに激しく怒った崇徳院は、舌を噛み切って写本に「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」「この経を魔道に回向(えこう)す」と血で書き込み、爪や髪を伸ばし続け夜叉のような姿になり、後に生きながら天狗になったとされています。
 この天皇は死ぬまでに髪の毛も、爪も伸びて、お風呂も入らず天狗のような姿に成り、最後は舌を噛み切って死んだのです。これが今でも祟っているのです。100年祭の時には、必ず日本に動乱が起きてくるのです。江戸時代の明暦の大火(めいれきのたいか、1657年)では、10万人以上が死にます。
 崇徳天皇800年式年祭の1964年9月21日には. 昭和天皇が白峯御陵に勅使を送られました。800年式年祭にも火の出所が無い小学校から出火して校舎が燃え、晴れていた空が一面に曇り豪雨となったのです。
 怨霊とは、陰陽道という怨霊を鎮める方法があり、これを行うのが陰陽師というのです。陰陽師は、悪霊を入れないように祈るのです。家のあちらこちらから怨霊が入れないように塩を盛って封じるのです。或いは神札を貼ると怨霊が入れないそうです。不思議な話です。
 都を作る場合でも、陰陽道にのっとっているのです。「こちらの方角には山がなければいけない。ここには水がなければならない。ここには門があってはいけない。」というようにその陰陽道に則り、都は造られたのです。韓国もそうなっているのです。韓国も日韓併合した時に日本の軍隊が行き、陰陽道を引いて国会議事堂を造り、上から見ると“日”という字になっています。それを韓国は「嫌だ!」と言って壊したのです。
ともかく、そのように人間の生活は怨霊があるのです。怨霊があると同時に精霊もいるのです。家を建てる時には、四方祭といい竹を四本立て、しめ縄を張り、神主がお浄めをします。それは、「良い精霊が来てください。」という意味なのです。その土地に「良い精霊が来て、この家を災いから守ってください。」という意味で、精霊をお招きするところを四方祭で祀るのです。怨霊が来たら大変です。
 目に見えないだけで怨霊は、自分の身の回りにもあるのですから、寄せ付けないようにいつも注意していなければいけません。パッと入ってきてしまう場合もあるのです。パッと家に入ってきて座敷草鞋が座っていて「おかえんなさい。」と迎えたら怖いことです。「へっへっへ・・」と笑って、座敷草鞋がひざをかかえて座っているのです。
 そのようなことが現実にあったのです。幽霊みたいなものですが、幽霊が祟りを成すとは限りません。怨霊は必ず災いを成します。それを普段から注意して、あまり悪い言葉を使い怨霊を呼び寄せるようなことを言わないことです。いつも、「伊雑宮(いぞうのみや)!」と言って良い精霊が入ってくる言葉を使っていくのです。すると、この部屋に怨霊がいたとしても「伊雑宮!」と言うと出て行ってしまいます。
 あかずの踏切も怨霊がいるのです。そこに行くと、列車に飛び込みたくなるのです。目に見えないけれども、必ずそのような場所があるのです。そこに怨霊はいるのです。いつもどこにいるか分からないから、いつも「伊雑宮!」と言って追い出していくのです。南無妙法蓮華経でも良いのです。「南無妙法蓮華経。怨霊よ、出ていけ!」と言うのです。
 新しい家に入る場合はすぐに分かります。「あっ、これ怨霊がいるな。」と分かります。神社に行けば「精霊がいるな」と分かるようにすぐに分かるのです。敏感になっているとすぐに分かるのです。夜になると、「ザワザワザワ・・・・」と、「ここに精霊が集まっているな。」と分かります。
 自分のいる周りを全て精霊に満ちた世界にするのです。世界から怨霊を無くすということが大事です。

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2013年05月27日

仏法と神道(140)日本神道は世界に広めたほうがよいのでしょうか?

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「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。紀元は2600年(キングレコードより)


仏法と神道(140)日本神道は世界に広めたほうがよいのでしょうか?

 お答えします。日本神道は、日本だけのものです。このように言うとびっくりするでしょうが、一つの例はユダヤ教にみることができます。ユダヤ教というのは、ユダヤ人のための宗教であり、天才モーゼが今から4千年前に現れて、ユダヤの民がエジプトの奴隷になっていたところから始まるのです。それで、モーゼは考えたのです。何故、ユダヤ人は奴隷になったのでしょう。奴隷を支配しているのはエジプト人です。ユダヤ人は、鞭(ムチ)を打たれて黙々と働いています。「何故、こんな情けない民族が私の民族であるのか?」と考えたのです。
 そして、モーゼは神に逢い、シナイ山に登り神から十戒を授かります。それがユダヤ教の始まりです。十戒とは何かというと、“十の戒め”です。1.我のみが神である。2.偶像を作ってはならない。3.神の名をみだりに唱えるな。4.安息日を実行せよ。5.父母を敬え。6.殺してはならない。7.姦淫してはならない。8.盗んではならない。9.偽証してはならない。10.隣人の物をほしがるな。
 モーゼが、「十戒は私が考えたのだ。」と言ったら民衆は信じません。「これは神から授かったのだ。」といえば民衆は信じます。モーゼは山にこもって十戒を神から授かったのですが、実際は山にこもり考えていたのです。「何故、イスラエルの民は奴隷をやっているのか?」と、考えて、考え抜いて、出てきたのが石版です。「神が彫刻した」と言っていますが、モーゼが自分で掘ったのに決まっています。
 そして、山から下りてきて「神から頂いた教えがこれだ!」という場面をつくったのです。すると、皆が「えっ、神に逢ったのか!」とびっくりしますが、モーゼは「私は神に逢いました。」と堂々と言わなくてはなりません。「私はシナイ山で神に逢ってきました。そして、これを授かりました。神が刻んだ十戒をイスラエルの民が実行すれば、奴隷をやらなくても民族は繁栄します。」と教わってきたのだと言ったのです。
 当時のユダヤ人達は黄金で出来た牛の像を拝んでいました。「有難い、有難い」と言って拝んでいたのです。それは、偶像崇拝です。そのようなことをやっているから、ユダヤ人は奴隷になったのです。
 モーゼは本当に天才です。黄金の牛の像は、人間が作った木偶の坊(でくのぼう)です。人間が木偶の坊を拝んでどうなるのでしょう。人間が造った像を拝むならば人間は、偶像以下になります。偶像崇拝を禁止するということは、人間を拝んでもいけないのです。人間を拝めば、その人間の奴隷になってしまいます。
 木で作った人形を拝むならば、人間は木の奴隷になります。考えてみてください。木で作った像が何か物を考えるのでしょうか? 木で作った像がしゃべるのでしょうか? それを見れば明らかです。人間は言葉をしゃべり、物を考えることができます。それが何故、考えることもできない、歩くこともできない偶像にひれ伏すのでしょう。そのようなことをすれば、偶像の奴隷になってしまうのです。だから、ユダヤ民族は、「偶像を拝んではいけない」という、その教えを実行してきたのです。
 ところが、民衆は「モーゼの教えは有難い。」と言うのですが、ちょっと困難に遭うと動揺して「やっぱり黄金の牛の像を拝もうかな。」ということになってしまうのです。ヨシュアがそのように言って、偶像崇拝にもどってしまうのです。「モーゼの教えなんて、我々は信じないよ。我々はやっぱり黄金の牛を拝むのだよ」と言って黄金の牛を拝んでしまったのです。すると、民衆もつられて「そうだ、そうだ。やっぱり黄金の牛を拝もう!」となり、黄金の牛を拝んでしまうのです。
 しかし、黄金の牛を拝んだりするとユダヤ人に大罰が下ってしまうのです。他国に攻められたり、皆殺しに遭ったり、恐ろしく口もきけなくなるような大罰が起きてくるのです。転変地変が起きたり、食べるものがなくなったり、神の教えに逆らうたびに凄い事件(天罰)が起きてくるのです。結果的には、教えを守っていくしかないのです。ユダヤ人達は、恐ろしくなって震えながら、「神の言葉はこれに違いない。絶対にこれを守っていこう。」ということで現在まで続いているのです。
 ここで、創られたのが旧約聖書です。旧約聖書に何が書いてあるのかというと、ほとんどが民族の歴史なのです。アブラハム・ヤコブ・イサクがメソポタミヤに居て、それから生まれた3人の息子がいて、その流れが書いてあるのです。民族の系譜みたいなものです。
 特に学ばなければならないのは、ファイブブックスと言われるモーゼ五書(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記)です。旧約聖書のユダヤ教は、非常に純粋な宗教なのです。ユダヤ人しか入れないのです。
 ところが、今から1300年前にユダヤ教に改宗した連中がいます。中央アジアにいた民族で、アシュケナジーユダヤと言われている人達です。かつて、カスピ海の上にハザール帝国があり、「これから我々はイスラム教徒からも攻められ、キリスト教徒からも攻められ、どっちにしたら良いのか?」と考えて、「一番大元のユダヤ教にしてしまおう」と王様が決めて、国中がユダヤ教徒になってしまうのです。
ですから、これは「ユダヤ教に入れてくれ」という話ではなくて、自分達で勝手に名乗ってしまったのです。それで、「自分達こそユダヤ人だ!」と言い出したのです。これは、ハザール人ユダヤ教徒であり、トルコ系の遊牧民族です。
 これが、聖書では偽ユダヤとして予言されている民族です。その国は、偽ユダヤだから滅ぼされてしまったのです。「お前ら滅ぼしてやる!」と滅ぼされて皆殺しのような悲惨な目に遭い、その時に世界中に偽ユダヤが散るのです。東ヨーロッパ、ロシアに逃げたのです。ロシアにユダヤ人が多いのは、ハザー帝国から逃げてきた偽ユダヤ人なのです。
 彼等は、「我々はハザール人です。ユダヤ教徒に改宗しました。」と言えばよかったのですが、それを言わなかったのです。「我々はユダヤ人だ!」と言ってしまったのです。ユダヤ人など見たことがないので、世界の人々は「これがユダヤ人か」と思ってしまったのです。鼻はわし鼻で、白人の顔をしていて「これがユダヤ人だな」と思ってしまったのです。本当のユダヤ人ではありません。偽ユダヤなのです。
 これが、今アメリカの実業界にいてアメリカを牛耳っているのは、偽ユダヤ人なのです。ユダヤ教徒ハザール人なのです。黙って無断でユダヤ教徒になってしまったのです。ユダヤ人達は、「ユダヤ教に入ってくれ」などと言っていません。むしろ、「お前たちは偽ユダヤだ」と言っているのです。
 偽ユダヤ人達も良く知っていて、旧約聖書を調べると自分たちの先祖は出てこないのです。だから、旧約聖書は読まないことにしたのです。何を読むのかというと新しく作ったのです。タルムードと言うのです。ハザール人の持っている経典は、旧約聖書ではなくて、タルムードなのです。
タルムードとは、バビロニアタルムードと言って悪い教えなのです。それを彼らの経典にして今でも持っているのです。タルムードとは、どのようなものかというと、人間が生まれて死ぬまでに必ず一言で良いから書き加えるのです。その膨大なタルムードをそろえると部屋中が埋もれてしまいます。部屋どころか家1軒が全てタルムードで埋まってしまうのです。必ず書き込むのです。智恵の書と言われていて、子供の頃からタルムードを学ばせるのです。例えば「金を貸したけれどもどうしたらよいのか」とか具体的なことが全て書かれているのです。
 そのタルムードの第一番目に書かれていることが、「我等のみが人間であって他は豚と呼ばれる」と書いてあるのです。「我等のみが人間」であって、「他は豚=獣」ということです。ユダヤ人はそのように学ぶから本当にそう思っているのです。ユダヤ人以外の人間がタルムードを読んだ場合は、「殺せ!」というのです。読ませた人間も「殺せ!」というのです。
従ってタルムードの全文がこの世に出てこないのです。何を学んでいるのか、何を読んでいるのか表に出てこないのですが、タルムードだと分かるのです。その中で、教訓など安心できる部分もあるのです。それを少し本に出していますが、本当のタルムードはそんな優しい教えではありません。
最初に、「我等のみが人間であって、他は豚である。」から始まり、第二条は、「豚から財産を奪え」です。「豚(獣)だからウソをついて騙しても、殺しても、何をしても罪に問われることはない」と続くのです。「我等が財産を確保するために、子供を医者にしろ」「医者にして命を奪え」「大学教授にしてウソのことを教えろ」そのように書いてあるのです。今でもそれは続いているのです。これは、偽ユダヤの教えです。
 それと同じで本当のユダヤ教も広めることはありません。日本の神道もそうです。これは、多民族に教える必要がないのです。日本神道は、日本人にとっての日本人のための宗教です。誰がなんと言おうと、我々は天照大神の子孫であるし、八幡大菩薩に守られた我らの神概念は他国民に教えるものではないし、教えてもわかりません。この神道を保っているということが、“日本人の証”として証明されるのです。具体的には天皇陛下を御守していくということが信仰の実践になるのです。
これのみが日本人であり、「お天ちゃん」だとか、「天皇はたらふく食っている」とかいう人間は、日本人ではありません。宗教というのは、そのように民族宗教があるのです。日本の神道は民族宗教です。


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2013年05月24日

仏法と神道(139)成功哲学(帝王学)

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※写真ー『貞観政要』
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仏法と神道(139)成功哲学(帝王学)

 私は、今は年商150億円の企業の会長ですので、一応成功者の内に入ると思います。この辺で一つ、私が学んできた成功哲学について語ってみたいと思います。
まず、成功しようと思ったならば、勉強しなければならない基本の本が、『マーフィーの法則』という本です。これを読まずして人生を渡って歩くなどできないくらい大切な本です。公務員になって権力で仕事をしようとする人には必要ないかもしれませんが、我々民間には何の権力も与えられていないので、自分でお金を稼がなければなりません。企業を起こしてお金を稼がなければなりません。そのような人々にとって、どうしても読んでもらいたい本です。どこの本屋でも売っています。その考え方をつかめば良いのです。
 それから、ナポレオン・ヒルの『成功哲学』、これは是非読んでもらいたい本です。それから、デール・カーネギーの『道は開ける』です。このあたりが成功哲学の基礎なので、易しい本ですから読んで頭に叩き込んでいくと良いのです。あの、ロックスターの矢沢永吉さんもこの辺の本をしっかりと読んでいると言っています。至るところに、この本の考え方が出てきます。
 ようするに、「無から有を生んでいくということは、どのようなことか?」ということが、これらの本には説かれているのです。難しい経営学の本ではありません。易しい、誰人でも実行できる本です。これだけ読んだだけでも成功するのではないかと、私は思っています。もし、読んでいない人がいたならば、絶対に読んでもらいたい本です。これらは、どこの本屋でも売っています。
 そして、まだ読まないといけない本があります。これは、マキャヴェッリの『君主論』(1469年- 1527年)と、韓非子(かんぴし)です。韓非子は、中国戦国時代の法家であった韓非の著書です。この本では分かり易い説話から教訓を引き、徹底的に権力の扱い方とその保持について説いています。
この二人については、勉強する必要があります。あの有名な西郷隆盛も韓非子を読んで、読んで、読みまくった本です。これは、「帝王たる者、人の上に立つ者は、どのように物を考えていかなければいけないか?」ということが説かれています。先ほど上げた『マーフィーの法則』とは違い、一段とレベルが高い本です。
 韓非子に関して言うならば、『法術理論』ということを言います。『法術理論』が、韓非子の思想の中心になっています。まず、人々を治めようとするならば、法律を作ります。会社で言えば社則ということです。「まず、社員はこのようなことをしてはならない。」というようなことを書いたものです。国家でいうなら法律です。そのようなものをきちっと定めるのです。
 これを使って人々を統治して運用して経営していくのですが、その法律の使い方については術があるのです。法律を使うのを術と言って、なんでもかんでも法律を適用していくのではないのです。これは、運用する人によって使い方を分けていくのです。
 例えば、その辺で立ち小便をした人を、警察は軽犯罪法違反で捕まえても良いのですが、必ずしも捕まえていないでしょう。そのような法律はあるのですが、それを運用する警察官が「その程度のことは大目に見てあげよう」と思えば、捕まりません。だから、立ち小便をした人が皆、捕まるわけではないのです。そのように情勢に応じて変わっていくのです。
 そして、トップが持たなくてはならないものが二つあると教えます。二柄(にへい)と言い、二つの柄を持って多くの部下を運用していくのです。これは、賞と罰ということです。君主たる者、王たる者は、この二つを絶対に放してはいけません。
 良いことをすれば褒美(賞)で、悪いことをすれば罰則を与えるのです。トップになった人間は、この二つを絶対に放してはいけないのです。この二つを握るので、二柄(にへい)というのです。これが、根本の考え方です。
 悪い臣下というものは、「王様は一番トップですから、人を罰することは止めてください。私が代わりに悪いことをした人間は罰します。」と言ってくるのです。これは悪人なのです。「私が罰します。」と言ったならば、その人間に権力が集まってしまうのです。
 ですから、王様はなんと言われよう、罰を手放してはいけないのです。このようなことが詳しく書いてあるのが韓非子です。これは、人の上に立ったならば、どうしても学んでおかなければなりません。
 そして、この二つのことを学んだならば、次に『貞観政要(じょうがんせいよう)』を学ばなければなりません。これは、唐の、呉兢が編纂したとされる太宗(たいそう、唐朝第2代皇帝)の言行録です。題名の「貞観」は太宗の在位の年号で、「政要」は「政治の要諦」を言います。(全10巻40篇)
 唐の太宗の時代に、理想的な政治が行われたのです。「どうしてうまく政治が治まったのか?」ということを書いた本で、徳川家康も、北条政子も愛読した書です。『貞観政要』は、源頼朝の愛読書であり、当時は漢文で読んでいましたが、北条政子は漢文が読めなかったのです。従って、部下に命じて日本語版を作らせて読んでいたのです。徳川家康は、徹底的な愛読書であり、座右の書と言っても良いのです。
 また、日蓮大聖人様も、この書を非常に大事にされていて全文を丸写しにされたほどです。全部ご自分で書かれて持っていたのです。日蓮大聖人様も『貞観政要』を通して色々と指導されています。
 これは、成功するために非常に大事なことで成功者はほとんど読んでいます。庶民は知りません。『貞観政要』の「帝王の業、草創(創業)と守文(守成)といずれか難き」というのが有名な言葉ですが、創業とは物事を作っていく時です。幕府を作る、会社を作る、色々なものを人間は作っていくのですが、その作っていくことを創業と言うのです。
「草創(創業)と守文(守成)といずれか難き(難しいのか)」ということが『貞観政要』のテーマなのです。答えは簡単です。「創業は易しく、守成は難き(むずかしい)」創業の方が易しいのです。天下を取ると、「やれ!」と言って国を造るのは易しいのです。
作ったものを、どのように維持していくかが大変なことで、徳川家康の300年、鎌倉幕府の160年の時世というものは、『貞観政要』によるところが大きいのです。内容についてはまだ触れませんが、必ずこれは読んでもらいたい本です。
そうすれば、人生は成功していくことは間違いありません。成功できない人は、基本的なことを学んでいないのです。『マーフィーの法則』から始まって、「なるほど、なるほど、なるほど!」と、そうなれば、貴方も必ず大成功できると思います。

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2013年05月23日

仏法と神道(138)天皇にあたえる仏法

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※写真ー日蓮大聖人像
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仏法と神道(138)天皇にあたえる仏法

 日蓮大聖人様の教えの中に、『神国王御書』というのがあります。この御書は、健治元年(1275年)に書かれた御書で、日蓮大聖人54歳の時の著述です。この『神国王御書』については、誰も解説もしていないし講義録もありません。もちろん、創価学会の中にもありません。しかし、厳然と日蓮大聖人様の御書全集の中に入っています。『神国王御書』と言います。
 この国は神国ですから、“神の国の王”と言ったならば、これは天皇のことなのです。“天皇に与える御書”という意味です。凄い内容なので誰も講義ができません。「天皇陛下はこうでなければなりません。」ということを仏法の方面からきちんと教えられた非常に重要な御書です。素通りできるものではありません。
 日蓮大聖人様の仏法は、王仏冥合ということがテーマになっています。王法と仏法が合体化するのです。それが『神国王御書』のテーマになっているのです。王法とは政治のことであり天皇のことです。その天皇が保つ仏法が乱れているから国が乱れるのです。
 この御書に書いてあることは、歴代の天皇たちが保っていた仏法を検討して、「天皇が保つ仏法とは何か?」ということが書かれています。
まず仏教が始まったのは東大寺の大仏から始まったのですが、聖武天皇(第45代天皇)が大仏を造るところから始まったのです。聖武天皇が「大仏を造る」と言った元になった仏教は何かというと、538年に新羅から渡ってきた仏像であり、最初に我が国に入った仏教は偶像崇拝だったのです。こんなものは本来の仏教ではないのです。天皇が大仏などを造って、「私は仏の奴である」などという表現は全く間違ったことです。
 神国の天皇が保つ仏教は、法華経でなければなりません。ところが、歴代の天皇を見ると、真言密教・念仏、だいたいそのあたりです。禅宗とかはあまりないのです。真言密教と念仏が多いのです。天皇が保つ仏教は、法華経でなければなりません。
 というのは、仏教というのは法華経を説いたものだからです。それ以外は、全て邪道なのです。法華経の観心は何かといったら南無妙法蓮華経です。この南無妙法蓮華経を天皇陛下が保たなければ、本当の意味での王仏冥合はあり得ないのです。
 「王法仏法に冥じ仏法王法に合して王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて有徳王覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か」(三大秘法禀承事)
 最強の天皇がどのような仏法を保つかということが大事です。日蓮大聖人様の『神国王御書』は、天皇に対する『折伏の書』とも言えるのです。
 竹田の宮様著の、『怨霊になった天皇』という本がありますが、この本を読むとわかりますが歴代の天皇も大変な目にあっています。崇峻天皇は家臣の蘇我馬子に殺され、或いは島流しにされたことを恨み舌を噛み切って死んだ崇徳天皇は800年経っても怨念を成すといいます。このような天皇もいたのです。承久の乱(1221年)で負けた後鳥羽上皇・順徳上皇・土御門上皇は三人とも島流しに遭い、天皇といえども大事にされて血統を守ってきたわけではありません。身内同士の争いもあったのです。
 南北朝時代になると、天皇同士が争うなど、血みどろの戦いが繰り広げられています。ところが、そのような血みどろの戦いを繰り広げながらも、天皇という皇室を維持してきたところに凄さを感じます。普通ならば、前の血統は無くなってしまいます。しかし、ずっと皇統を連綿と保ってきたのです。決して平和なものでもなく、安穏としたものでもありません。
 それは保っている仏法により争いが起きてくるのだということが、詳しく書いてあるので、『神国王御書』は竹田の宮様にも読んでもらいたし、天皇陛下にも読んでもらいたい御書です。天皇陛下が保つ仏法が南無妙法蓮華経であると知る必要があります。

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2013年05月22日

番外編 アベノミクスの行方

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※写真ー安倍総理大臣
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番外編 アベノミクスの行方

 内閣官房参与の飯島氏が、北朝鮮より帰ってきました。そこで何が話し合われたかが大問題となっており、内閣の連中は何も言いません。「どんな話があったのですか?」とマスコミに聞かれても「ノーコメント!」と言っています。誰に聞いても「ノーコメント!」と言っています。
批判的なことを言う人がいますが、私から見ると大変に凄い事です。内閣が団結して「ノーコメント!」と言ったことは今までにありませんでした。誰かがぺらぺらしゃべったり、「実はこのような内容でした。」と抜け駆けして発言したりしていましたが、今回の安倍内閣は全員が「ノーコメント!」で秘密が漏れてきません。
 でも、これは推測すると簡単なことで、北朝鮮の拉致被害者が参議院選挙の始まる直前に帰ってくる可能性が強いのです。そのような話し合いが行われたのです。しかし、その時には、金銭がついてまわっているので、金銭的には6千億円か、1兆円の金額が相場でしょう。日本政府がそれだけのお金を払い拉致問題を解決するということです。
 金丸氏の時代からそのような話があり、ようするに戦後補償ということです。戦争が終わってから北朝鮮に対して何も保障していないので、それを「6千億円あげます。」と、金丸氏が言ってきてしまったのです。それで、金丸は御礼に30キロぐらいの金塊を北朝鮮からもらったのです。いわゆる、ワイロです。そのようなことをやっていたのです。その時から、時代が経っているので6千億円から1兆円の金が日本政府から支払われることになるでしょう。
 その結果として拉致被害者が皆帰ってくるのです。そうすると経済は、アベノミクスで大賑わいです。兜町は大繁盛しているし、銀行も良いし、銀行の配当金も良いし、自動車業界も良いし、悪い業種もありますが、アベノミクスの大人気で景気は回復に向かっています。どんどん景気を押し上げて、円安も進み、2割ぐらいの景気は回復しています。住宅産業なども高級マンションの売れ行きが非常に良いのです。景気はアベノミクスによりよくなりつつあります。
 そして、そこに北朝鮮から拉致された被害者が帰ってきます。そうなると、安倍首相の人気は抜群になります。それによって、参議院選挙は圧倒的に自公民が勝ちます。そのような図式です。この図式はアメリカからみても望ましいことなのです。自民党が勝ってくれなくては困るのです。そのようにアメリカは考えているのです。だから、アベノミクスはそう簡単にはひっくり返りません。アメリカが支えています。
 このような見方も大事です。昭和20年で敗戦して、それ以降の歴代の日本の総理大臣達は、「経済発展をする!」ということを第一の目標においてきました。民族の魂の発展は後回しにしたのです。戦争に負けた時に二つの選択があったのです。「経済援助はいらない。日本は神の国であるから憲法を改定しないで、ただひたすらに貧乏なことに耐えて、精神だけが残る国家をつくっていく」という選択肢があったのです。
 ところが、当時の政治家たちは、その選択肢をみな捨てたのです。「まず、経済発展である。経済発展をしなければ、何もできない。その為には、名誉とか、民族の誇りとか、そんなことは後回しでよい。とにかく商人国家として再建させる!」と言ったのが、当時の首相の吉田茂です。その路線を推し進めてきた結果、精神を復興させようとする力がどんどん弱まってきたのです。当然、そうなるのです。「こんな憲法ではやっていられない。憲法を早く改正して元の日本にもどらなければいけない!」そのような勢力はあったのに違いありません。それを経済発展派が、「そんなことはどうでもよいのだよ。ともかく経済が発展すれば良いのだ。」というように考えて今日の経済発展をしてきたのです。
 朝鮮戦争が始まった時に、GHQのマッカーサーが、「日本も軍隊を造って朝鮮に出兵してくれ」と、吉田茂首相に言ったのです。なうての日本軍です。解体しているとはいえ、昭和26年ですからまだまだ軍人はたくさんいたのです。しかし、吉田茂首相は、「この憲法はあんたたちがくれた憲法でしょう。この憲法を守らなければいけないので、憲法によると再軍備は禁じられています。我が国は再軍備しません。」とつっぱねたのです。
 そのおかげで朝鮮特需が始まったのです。朝鮮で戦争をすると「戦車を修理してくれ」、「船を修理してくれ」、「大砲を修理してくれ」だとか受注が入るのです。これを朝鮮特需と言っています。これによって日本は復興してきたのです。日本の復興は朝鮮特需が原因なのです。そのことによって経済発展をしてきたのです。
 戦後60年経って、「この経済復興だけで良いのか?」という声が当然、起き上がってきます。「日本人として忘れてきたものがあるのではないか?」ということです。この政治的なタイミングの要望によって出てきたのが安倍内閣です。色々な問題点はあっても、安倍内閣はそのような位置付なのです。「経済発展だけをしていけば良いではないか」ということで、そのように日本は、世界一の経済大国になってきました。「これで良いのか? 精神の復興をさせないで良いのか!」という政治の流れがあり、その流れの中で安倍首相が出てきたのです。安倍内閣の顔ぶれは、団結していてしっかりしています。
 このような流れが日本精神の復興に寄せられ、安倍首相が出てきた流れなのです。それが憲法改正に向かっていくのです。参議院選挙で大勝利をすれば、誰も阻むものはいません。憲法第94条の改定で半分の議席で憲法が改正できます。今は、3分の2の賛成が必要です。だから、憲法を改正できないのです。半分ならすぐに憲法を改正できます。
 憲法改正の流れは当然の流れであり、ここに日本国軍ができてきます。日本も軍隊を持つのです。世界の国は軍隊を持っています。日本も軍隊を持って当たり前であり、日本は軍隊を持つ国になってくるのです。
 軍備でも、戦車や大砲を造っても日本は世界には売れません。武器輸出三原則があって、武器は造っても外国で売れません。日本国内で使う武器は造れても高くつくのです。戦車も大量に造れば原価も安くなります。それで、外国に戦車を売れば良いのです。
大量に生産できれば、産業が日本で目覚めてくるのです。今、アメリカの戦闘機は50億円くらいですが、日本は150億円で買っているのです。当然、外国から買えば高くつきます。鉄砲も、戦車も何倍の価格で買っているのです。国産の機関銃はありますが、外国には売れないのです。
 そのような流れがあり、戦後の流れが安倍内閣から変わっていくのです。その時に出てきたのが竹田の宮様です。不思議な人です。竹田の宮様は皇族です。皇族が、御発言されるなど今までになかったことです。その皇族が中から語り、様々な問題に発言されているわけで、天皇陛下のお力は衰えていないのだと分かります。
時同じくして田母神元空将が出てきました。時代の流れがガラッと変わりました。その総仕上げが安倍政権で、憲法改正を持って安倍政権の役割は終わるのです。そのように考えていけば良いのです。
 我々は、今度は戦争に引き込まれないように、他国の陰謀によって中国との戦争に引きずり込まれないように注意していかなければいけません。
 いづれにしても、日本が国軍を持つということは良い事なのです。色々な意味で日本は復活してくるのです。それが安倍政権が出てきた意味なのです。

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2013年05月21日

仏法と神道(137)世界の闇を切り裂く

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※写真ー「獅子の時代」会津藩・平沼せんじ(菅原文太)をきどる中杉博士
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仏法と神道(137)世界の闇を切り裂く

 私は、昔から考えていたことがあります。人類の問題というのは、政治問題、歴史問題、経済問題、工業問題など様々な問題があります。そして、それにつれて様々な芸術も生まれてきています。
しかし、本当の人類の問題とは心の問題です。これを私は高校生の頃から見抜いていたのです。心が人間のすべてであって、心からすべての問題が生まれるのです。そういう意味では完全に唯心論の立場であると思います。唯物論という共産主義の考え方は、すべての問題は“物”にあると考えるのです。私は、すべての問題の原因は心にあると考えたのです。ですから、心の解明をしなければ人生は歩むことはできないのです。そのようなことを考えて、ずっと心の問題を解決しようとして努力してきたのです。
それで、初めて分かったのです。その「心とは何か?」ということが分かったのです。日本の政治家や大臣などの権力者や、アメリカ人も、イギリス人も、中国人も、心の問題が何も分かっていないのです。戦争をするのも“心”です。人殺しをするのも“心”なのです。心が分かっていないのです。
私はこの問題を日蓮大聖人様から学び、心とは南無妙法蓮華経だと分かっています。この「南無妙法蓮華経とは何か?」ということを解明すれば、心の問題は解決します。しかし、世間では全くこのことを理解されていません。南無妙法蓮華経と唱える創価学会ですら、本当の問題点は分からないのです。
私は、「人類全ての闇を切り開く!」ということを決意しています。「人類の闇を切り開く」とは、「心の闇を切り開く」ということです。すべての人類に「心とは何か?」ということを教えていかない限り、この地上から戦争のような愚かな行為をなくすことはできません。
それと同時に政治体制の問題があります。政治体制の問題は何かというと、我が国は天皇陛下という希(まれ)なるお方がおられる国であり、こんな国は他にはありません。人類に心を教えていくのは、よいけれども結論は政治体制ということうになった場合に、どこかが中心になってまとまっていかなくてはなりません。
これが、アインシュタインが伊勢神宮で言った言葉です。
「世界の未来は進だけ進み その間、幾度か争いは繰り返されて、最後の戦いに疲れる時がくる。その時、人類はまことの平和を求めて世界的な盟主をあげねばならない。この世界の盟主なるものは、武力や金力でなく、あらゆる国の歴史を抜き越えた最も古く、また尊い家柄でなくてはならぬ。
 世界の文化はアジアに始まりアジアに帰る。それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。吾々は神に感謝する吾々に日本という尊い国を作って置いてくれたことを・・・。」

人類は、世界的な盟主をあげなくてはならなくなるでしょう。中心者がいなければ、人類は烏合の衆です。まして、心が闇なのですから闇と闇がぶつかれば、どんどん争いが大きくなってしまうのです。心が闇である人類の中に、天皇という尊い存在を置いた時に、日本人は一つになれるのです。また、全世界も一つになることができるのです。
この天皇制の問題は、心の問題ではなく統治の闇なのです。人間を統治していく闇に対して天皇という存在を中心にしていけば、統治の闇は全て解決してしまうのです。
仏法によって人類の心の闇を切り裂く! そして政治体制は天皇制を持ち人類の政治上の問題を解決していくことが大事だと思います。その為に我々は戦っているし、今後も戦い続けていくでしょう。人類を闇から救う宝剣を磨いていかなければならないと思います。

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2013年05月20日

仏法と神道(136)ガイヤについて教えてください。

地球
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仏法と神道(136)ガイヤについて教えてください。

 ガイヤというのは、地球生命体という考え方です。地球は生命体なのです。その生命体から恐竜が生まれたのです。大昔アミーバーが生まれ、恐竜が生まれ、猿が生まれて人間が生まれました。では、誰から生まれたのかということです。絶対に間違えないことがあります。それは地球から生まれたのです。
 ということは、地球は母なのです。物事を生み出す母のことを地球というのです。ですから、「恐竜のお母さんは誰ですか?」というと地球なのです。「人間の本当のお母さんは誰ですか?」というと地球なのです。人間の体の成分を測ると地球を構成している元素成分と、人体を構成している成分はほとんど同じです。1個だけ違う物がありますが、それはほとんど関係ありません。要するに同じ材料なのです。ドロをこねまわしてつくって動くようになって生物ができてきます。そのこねまわしたのは誰かというと地球(お母さん)なのです。
 そのように考えると、“地球自体が生きている”という考え方ができてくるのです。これがガイヤ生命体というのです。「地球は生きている」しかし、それもおかしな話で、地球はどこから生まれたのでしょう。
地球は宇宙から生まれたのです。地球は、単独にできたものではなく、宇宙の原料が集合してできたのが地球ですから、地球のお母さんとは誰かというと、全宇宙だということになってくるのです。
 宇宙そのものが生命を生み出す力を持っているのです。それと同時に、宇宙自体が生命なのです。宇宙もポコッと太陽みたいなものが生まれたり、あるいは星雲がドカッと生まれたりするのです。これは宇宙生命体というのです。これはガイヤを超えています。ガイヤとは、地球生命体ということです。
 仏教では、それを早くから見抜いていて、「全て同じものである。」と言っています。だから、「生ずべき始めも無きが故に死すべき終りも無い」、「宇宙はいつできたのですか?」など、宇宙の終わりはありません。ビッグバンという考え方は完全に間違っています。「有る時に、野球のボールくらいのばっちり詰まった物質があり、それがバーンと爆発したのだ」というのが、ビッグバンの理論です。
そして宇宙が出来たというのです。今でもそれがどんどん広がっていると言います。何故、最初の小さな玉が爆発したのでしょう。「それは君ね、神の手だよ」となってしまいます。「神様がそれを“バシン”と叩いたのです」と言います。「では、神様はどこから出てきたのですか?」ということになり、堂々巡りになってしまいます。“神の一撃”というのです。
今ではビッグバンは否定されています。むしろ宇宙というのは、膨張でもあり、収縮でもあり、宇宙は呼吸しているのです。膨張とは、我々が呼吸をして空気を吸い込んでいるのと同じで、収縮とは息をはくことと同じです。呼吸とはそういうものです。呼吸が止まれば死んでしまいます。
すべてのものが呼吸をしているのです。植物も、動物も酸素を吸収して、炭酸ガスを吐き出します。いずれにしても、吸い込んで吐き出して体を維持していることには変わりありません。宇宙も多分そうなのです。
そのように考えてみると宇宙は、「生ずべき始めも無きが故に死すべき終わりも無い」のであり、このことを言っているのです。それは、我々の命のことを言っているのですが宇宙も同じです。宇宙も「創った初めはどこからですか?」、「その先はどうなっているのですか?」と言ってみれば分かります。どこまででもいけるのです。ということは、始めは無いのです。呼吸しているから変化しているだけなのです。大宇宙が動いて、様々な星雲が結びあって、宇宙自体が生命体そのものなのです。それがもっと分かりやすく地球に現れてくれば、地球生命体です。
今も調べていましたが、NASA及びロシアの政府の発表があるらしいのです。月というものも生命体なのです。NASAが撮った写真は、14万5千枚です。我々に公開しているのは、5千枚しかないのです。後は、全部握りつぶして見せません。その中に驚いたことに、直径3キロ、高さ400メートルくらいの巨大な葉巻型UFOが写っているのです。古代都市も写っています。びっくりしました。妙な格好をした建物が写っているのです。それで、今でも月からUFOの軍団が飛び出すのです。
宇宙飛行士の交信記録を見ると、宇宙飛行士はUFOを見ています。UFOに対する暗号が“サンタクロース”です。「サンタクロースがいました!」と言ったら、「UFOがいました!」ということです。
月は“死んだ星”だと言われていましたが、水があるとロシアの宇宙飛行士が報告しているのです。ちょっと窪地があり、足をついて転んだのです。すると、水が存在したのです。これは、アメリカの宇宙飛行士も「水が存在する」と言っています。
引力の問題に関して言うと潮の満ち引きは、月の引力によってひっぱると言われていますが、こんなウソッパチの話はないのです。宇宙空間には引力を受ける作用など無いのです。もし引力が作用したら、宇宙飛行士が宇宙に飛び出したら、地球か月のどちらかにひっぱられてしまいます。宇宙の空間に引力など無いのです。だから、無重力の状態で仕事ができるのです。宇宙は無重力です。無重力には引力は左右しないのです。月の引力はウソなのです。
そのように火星でも様々なものが発見されているのです。どうして我々に発表しないかというとパニックが起きるからです。しかも、何年前の遺跡か計算したら、12万年前とか、14万年前とか言っています。ピラミッドもそう考えると年代が違うので、3千年、4千年前に造られたものではなくて、もっと古い建造物なのです。これが今、ヒストリーチャンネルで放映されている古代の宇宙人と地球というテーマです。
これは、ガイヤだからできるのです。そのように考えると宇宙全体が生命体だと考えると数限りない生命体が存在するのです。もっとおもしろいことを言っています。「月に空気があるのだよ」、「火星にも、金星にも空気があるのだよ」このように言われていて、我々が考えているような星ではないのです。今までの発表はウソなのです。
そして、時空間を渡ってタイムトンネルを通ってUFOは月に行ってしまうのです。この研究は物凄く面白いのです。人間は分からないことばかりです。それも地球ガイヤ(生命体)であることすら分かっていません。人間は人間だけが生命だと思っています。そうではないのです。宇宙全体が一つの生命という基盤の上に立っているのです。

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nakasugi_h at 07:07|PermalinkComments(32)clip!