2016年10月

2016年10月31日

人間の探究 628 日蓮正宗悪魔の法華講

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※池田大作が大倉商事の営業部長になったのです。当時の金利が書いてありますが、大蔵商事は月3歩(年利36%)で借りて、月5歩(年利60%)〜7歩(年利84%)で融資していたらしいのです。

人間の探究 628 日蓮正宗悪魔の法華講

 「池田大作は死んでいる」と看護婦の私記を出したりして、本当に学会がひどいということを法華講が書いています。
 「池田大作の真実の姿」と言い、池田大作が高利貸のときはどうであったのかというと、みんなが給料5万円のときに池田大作は2千万円給料を取っていたのです。池田大作の「人間革命」には「貧乏でお金がなくて今日私は家に帰って靴下も着るものも乾かないので四畳半で寂しく過ごした」と書いてあります。すべてウソなのです。池田大作は最初からお金を持っていたのです。
 それはそのはずです。大倉商事をつくったのは、東京建設信用組合という銀行のようなものがあって、それは戸田先生が経営したのですが、全然儲からなかったのです。貸したお金は帰ってきません。そこで行き詰ったのです。その時裏でヤミ金融として「大倉商事」をつくったのです。
 戸田先生が顧問になり、森重さんという戸田先生の愛人が社長になって、池田大作が営業部長になったのです。当時の金利が書いてありますが、大蔵商事は月3歩(年利36%)で借りて、月5歩(年利60%)〜7歩(年利84%)で融資していたらしいのです。
 戸田先生からは3歩で借りてくるのです。月3歩といっても大きな金額です。1千万円預かると1月で360万円の金利をつけてあげるのです。2ヶ月だと720万円の金利がつきます。お金を3歩で借りて、5歩の金利を付けて貸したのです。
 大倉商事から1千万円借りると、毎月600万円〜840万円の金利になります。ヤクザはやっていましたが、今は違法ですからそれをやると捕まります。昔はそんなヤミ金融は平気だったのです。60%〜84%の金利をつけるのですから、1千万円借りた人には毎月600万円〜840万円の金利がついたのです。その差益はまるまる儲けです。それを池田大作はやっていたのです。
 池田大作はお金はしこたま儲けていたのです。お金を借りるのも会員、貸すのも会員です。創価学会のお金を持っている会員からお金を借りて、ないところに貸します。ないところに貸すと返ってこない可能性があるから、お金がなくても財産があるかないかを厳密に調べて、お金を返せない場合は財産を取り上げたのです。それに池田大作が大倉商事営業部長として凄腕を発揮したわけです。池田大作はものすごくそれが上手かったのです。本当にお金がない人には貸しません。
 「お金は今はない」と言っているけれども、財産があるという人間にお金を貸します。返せなければ財産を取ったのです。あこぎな商売です。これを5〜6年やっていたのです。「池田大作は何をやっていたのか」日蓮正宗法華講員が出している記事に詳しく書いてあります。
 創価学会も悪いのです。お金を出してくれた人を議員にしたり、理事にしたりしていったのです。学会のためにお金を出します。すると「あんたよくお金を出してくれたな。今度選挙に出てもらうぜ」と言っていたのです。
 渡部通子の親父は単なる国鉄の職員だったのですが、学会のためにいろいろとお金を集めてきたのです。そこに池田大作が目をつけると娘が2人いて、上の娘が郁子さん、下の娘が通子さんといって、評判の美人だったのです。それを池田大作が入り込んで取ってしまい、渡部通子の親父を市会議員にしたのです。
 すると評判の悪い市会議員でクレームがっついて仕方ないのです。それを「お金を出してくれた大事な人だから」と言って、池田大作はフォローをして、娘は2人とも頂いてしまったのです。最初から池田大作は金がらみ、色がらみです。知らないのは末端の会員ばかりです。
 戸田先生はよいこともやったのです。確かにお金は必要だったのでしょうが、「仏教とはこのようなものだ!」ということを教えたことは、優れた業績です。しかし、なぜそんなにお金儲けが高まっていってしまったのかというと、日蓮正宗にも問題があるのです。
 日蓮正宗を信じたおかげで創価学会は変なことになっていったのです。創価学会が伸びたのは日蓮正宗に原因がありますが、ダメになったのも日蓮正宗に原因があります。どちらにしても日蓮正宗はおかしな働きをするのです。
 日蓮正宗はカルトです。そんなに学会の悪口を言うならば、学会の勢いがよいときに言えばよかったのです。日蓮正宗は、創価学会に350億円も寄付されて、お寺も何百か所と学会が造りました。それまでは貧乏寺で蜘蛛の巣が張っているような貧乏寺に「はい、お寺を造りました」とどんどん創価学会がお寺を造ったのです。だから本山は蘇って、日本で一番お金持ちの日蓮正宗になったのです。
 そのようなときは黙っていて、創価学会が落ち目に入ったら悪口のオンパレードです。日顕と池田大作の対立はあったのですが、お互いに我慢して「日蓮正宗をやっているのだ」という自覚があれば、妥協もするでしょう。それをお互いに図に乗って池田は「俺のおかげで日蓮正宗があるんだ!」と考えて、「うちの教義があるからあんたたちはここまで伸びたんでしょう」と日顕は考えてお互いに顔を見合わせれば「プン!」とそっぽを向いて話もできません。そんな状態になり、「日蓮正宗の言うことを聞かないのならば学会を斬る!」と言われて破門になってしまったのです。
 日蓮正宗は池田大作一人破門すれば信者はついてくると思ったのですが、いかんせん信者は池田大作についてしまったのです。池田大作から見ると「俺を破門にしやがって」と怒り、学会の信者が本山に行くとヤクザをまわしてドーベルマンを放してピストルをぶっ放して信者を脅したのです。両方共に悪いのです。
 人を救う宗教が池田大作を破門にしたというのもおかしな話です。クビにしたり、破門など、本当はあり得ません。そのようなことをやったのですから日蓮正宗は悪いのです。むしろ本当の原因は日蓮正宗にあるのです。
 どこに日蓮正宗の悪さがあるのでしょう。日蓮正宗は板本尊を造りました。それが偽本尊だったのです。「この本尊しか効き目がない。この本尊を拝めばいかなる病気が治り、いかなる悩みも消える。悩みとしてきかざるものはない。福としてきたらざるものなし」と言い、「どんどん福運がついて、みんなお金持ちになって幸せになるのだ」と言ってきたのは日蓮正宗です。
 日蓮正宗は「この本尊しかない」と言ってきたのです。それは強烈な作用が働きますが、強烈な害毒をなします。そんなに効き目がある御本尊ならば、お神輿に担いで全世界を担いで歩けばよいのです。「これが幸福製造機だ!」と言って担いで歩けばよいのです。
それをしないで、「破門だ!」と生意気なことを言って創価学会と喧嘩をしたその元凶は日蓮正宗にあります。それを忘れて樋田昌志君は「この本尊以外は偽物だ」など、まだそんなことを言っているのです。そんなことは絶対にあり得ません。「本物の本尊」とか、「偽本尊」などあり得ません。そんな命よりも大事な本尊を身延山の信者や立正佼成会の信者はハッピの背中に入れてしまっています。布団に印刷して「よく眠れる」という人もいるのです。本尊とはそんなものではありません。
 物にしたり板にしたり、そのようなところから仏教を誤まったのです。「日蓮大聖人様は本仏である」と言ってよいのです。「南無妙法蓮華経」の法は最高の法でよいのです。それを板本尊に貶めたということが大石寺の最大の大罪です。創価学会も悪いのです。良心も理性もありません。しかし、事件の元を見ると日蓮正宗の坊主も相当な事件を起こしています。それは人格が磨かれていないからです。
 学会は何百万人もいるから犯罪の率が高いけれども、日蓮正宗の坊主は千人くらいですから人数は少ないのですが、それでもいろんな事件を起こしています。
 顕正会はずるいのです。「本尊はない」といいます。あれはうまく考えたのです。何処に本尊があるのかというと、「お山にある」というのです。「お山の本尊は本物であるから内拝する」というのです。顕正会も破門ですから、本尊を拝めません。拝めないのですから、「拝みに行く必要はない。あるだけでいい」と言って、自分たちは独立してしまったのです。
 顕正会は本尊が教義の中心であることには間違いありません。邪教は日蓮正宗から出ているのです。日蓮正宗の正義を再び打ち立てていかなければいけません。日蓮大聖人様の教えを板本尊にするなど、そんな安いものではありません。正理会こそが日蓮大聖人様の教義を引き継いでいます。

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2016年10月29日

『日本人に打ち込む100本の柱』合理精神 6柱

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※アイザック・ニュートン(一六四三年一月四日 ‐一七二七年三月三十一日)

土曜日特別講座『日本人に打ち込む100本の柱』
合理精神 6柱

 物事を発展生成する根源の精神は合理精神です。合理精神をもたないものは成功も出来ないし発展もできません。明治になって西洋文明を取り入れて日本人は合理精神をみにつけたかのように言う人がいますが、実はそうではなく太古より日本人は合理精神を大事にしてきたのです。中国の言葉である漢文を読み下し文にしたのも合理精神であり、日本刀の製作はまさに合理精神そのものです。
 江戸時代には関孝和(一六四二年‐一七〇八年)という人が和算で独自に微分積分学を完成させていました。アイザック・ニュートン(一六四三年一月四日 ‐一七二七年三月三十一日)や、ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(一六四六年七月一日 ‐一七一六年十一月十四日)はこの頃の人です。また神社・寺院・城などは合理精神の塊で日本人が合理を愛している証明です。日本人は論理的な国民であり論理思考ですべてをみていたのです。論理は合理でありそれは発展の土台なのです。江戸時代すべての発明を禁じられていました。そうでなければ大砲も、軍艦も、連発銃も、日本人は造ったことでしょう。徳川幕府は一切の改良・発明を禁じ日本人の合理性を封鎖した政権だったのです。
明治により西洋の文物に触れた日本人はこの遅れを取り戻すために必死で吸収しました。日清戦争・日露戦争と勝ち進んだのです。合理のあらわれがゼロ戦であり、大和であり、隼(はやぶさ)なのです。中国・韓国に論理性はありません。修行の目的の一つには合理精神をみがくことが大事なのです。

日本語の不思議 7柱

 私達が何気なく毎日話している日本語、これくらい不思議な言語はありません。お隣の朝鮮語とは全く異なる言語であり、日本語は中国語とも全く異なる言語なのです。朝鮮語は発音が汚く聞くに堪えない言語です。中国語は鼻にかかったまことに醜い原語です。朝鮮語はアルタイ語族ツングースに属しており中国語はシナチベット語族に属しており、それぞれの言語に系列があります。言語に親戚があるのですが、日本語だけが世界の言語から孤立しており親戚がないのです。世界中に孤立した言語は南インド地方のタミル語がありまたスペイン北東部にあるバスク語があります。学習院大学名誉教授の大野晋氏は日本語はタミル語が元言語だと主張して二十年になりますがこの説はなかなか認められません。このタミル語・バスク語・日本語の三つの言語は膠着語(こうちゃくご)であり文法は、SOVであり相等の数の単語が日本語に対応しているのです。
僕の考えでは日本語は世界一古い言語であり本当の意味で言語と呼ばれるのは日本語しかないのです。なぜなら人類が一つならば言語も一つなのです。神は日本人に神の言葉を与えたのです。それが日本語であり、言葉は神の意思を伝えるためであり、ひいては人間同士意思の疎通をはかるために神があたえたものなのです。言葉は神の意思であり、言の葉なのです。これを知っているから日本人は言葉を大事にし言葉を神としてきたのです。 世界の人類のなかで言葉を神とみている民族はありません。日本語は和歌を生み短歌を生み俳句を生んできました。日本語くらい美しい言葉はありません。我等が日本語を話すとき神の言葉を話しているのです。言葉はピーチクパーチクではありません。言語の発生とその流れをみて日本語は神の言語なのです。神の言葉を話している我々こそが神の民なのです。日本語は美しいですね。日本語は清潔です。日本語は高貴です。日本語は明確です。日本語はやさしいのです。

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2016年10月28日

人間の探究 627 ゴミクズになった仏教辞典(創価学会版)

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※元公明党委員長の竹入義勝さんは現在、90歳をすぎて余裕しゃくしゃくで最近再婚して幸せになっています。(写真は週刊新潮より)

人間の探究 627 ゴミクズになった仏教辞典(創価学会版)

 池田大作は、戸田先生の書いた教義をすべて廃棄して自分でやりだしたのです。池田大作全集にすべて切り替えてしまったのです。内容は全然違います。池田大作は乗っ取り屋です。池田大作全集など誰も読みません。
 創価学会はひどいところでみんな使い捨てです。竹入義勝には学会の委員長として散々後始末をさせてきて、用がなくなると「竹入義勝は学歴詐称の大悪人だ。追い出せ!」と学会から叩き出したのです。創価学会はお世話になった人をすべて叩き出してしまうのです。
その元公明党委員長の竹入義勝さんは現在、90歳をすぎて余裕しゃくしゃくで最近再婚して幸せになっています。そんなことは誰も知りません。竹入義勝さんは真面目な人です。元国鉄の切符売りです。そんな大それたことを考えたりできる人ではありません。創価学会は庶民の竹入義勝さんに自分たちの悪事の後始末をさせたのです。
学歴詐称もやったのは学会です。学会はお世話になった者、功績をつくった人をすべて追い出してしまうのです。「学会を創ったのは誰ですか?」というと、初代牧口先生は牢獄で死んでしまったのですから、戸田城聖先生が第二代会長として学会を創ったのです。
その中にいろんな本があったのです。まず、「折伏教典」です。それから「寿量品講義」という大変よい本がありました。「仏教辞典」「御書全集」は、戸田城聖監修です。それから「生命論」がありました。生命論は石田次男先生が書いたのです。「折伏教典」も石田先生が書いて、戸田先生の本として出しています。「立正安国論講義」「開目抄講義」など、戸田先生の名前でした。比較的薄い本でしたが、そのような講義本があったのです。学会員はそれを読んで勉強していたのです。
いつの頃からか、第三代会長池田大作が出てきて、それらの戸田先生の本はすべてパアにしてしまったのです。誰も読まない「戸田城聖全集」にまとめてしまったのです。全集など誰も買いません。すべて池田大作が自分で本をつくりだしたのです。
まずやったことは、仏教哲学大辞典をつくったのです。今ではゴミクズです。古本屋に行っても500円にもなりません。とても分厚くて大きな本です。それが30巻くらいあるのです。「それを買えば功徳がある」と言われて学会員に買わせていたのです。
ところがその仏教哲学大辞典は間違いだらけです。とても恥ずかしくて出せるような本ではないのです。仏教哲学大辞典は、創価学会学生部がつくったのです。辞書をもってきて写して書いただけの本です。統一された考えが何もありません。
それがときどき古本屋に並んでいる場合があります。今では10巻そろって500円くらいです。そんな値段ですから何の価値もありません。
その他「政治と経済」「科学と仏教」という本も池田大作の名前で出したのです。ところが識者からは「デタラメだ!」と言われて、すべての本をひっこめてしまったのです。それは当時の教学部長の原島嵩が書いたのです。
石田先生から見たら「お前、こんなデタラメを書いて何をやっているのだ!」ということです。池田大作が書いた本は一つもありません。「仏教哲学大辞典・監修池田大作」になっているのです。
池田大作は膨大な本をつくったのですが、それらの本は今ではありません。恥ずかしい話です。僕に言わせると過去を消す人間は最低の人間です。池田大作は部隊長だったのです。石田先生が初代の部隊長です。第一部隊長は何人も変わっているから、池田大作も何代目かの第一部隊長になったのです。
池田大作がつくった役職は「参謀室長」です。当時、参謀という役職があったのです。今では考えもつきません。「参謀がおいでになりました!」などと言われるとカッコイイのです。参謀というだけで「大本営参謀」のようです。参謀というと誰よりも上なのです。部隊長よりも部長よりも上なのです。
そこではひどい話をするのです。「あの会社潰したろか、生意気だから潰してやる!」などと相談して数をもっているから投書したりして会社を潰すのです。そんなことが参謀の仕事です。創価学会はそのようなことをやっていたのです。
池田大作は過去を消すのです。「私はかつて部長であった」「室長であった」と言うのです。何の室長であったのかということを言わないのです。自分でつくった参謀室長だったのです。部隊長のことは「部長」と言い直し、みんな過去を消したのです。
池田大作のやっていることは、みんなインチキです。途中で名前を変えて過去を消してしまうのです。自分の名前つくった本でも都合の悪い本はすべてボツにして知らんぷりです。会員には「もう読まなくていい」と言うのです。
「科学と宗教」という本は学会員の家庭から奪い取って燃やしてしまったのです。創価学会は、そんなこともやるのです。池田大作は過去を消すのです。過去を消す人間はダメです。過去を説明する場合、「私は何年に参謀室長でした」と言えばよいのです。
それを「私は何年当時室長でした」と言い直すのです。池田大作の過去を知らない人は参謀室長があったなど知りませんから、「室長」で通ってしまうのです。
過去を消してはダメです。過去の人々を光らせていかなければいけません。

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2016年10月27日

人間の探究 626 法華経の正義

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※法華経

人間の探究 626 法華経の正義

 妙法蓮華経という経典があります。それが様々な社会現象を引き起こしていることは間違いありません。
 その前には阿弥陀経という経典がありました。この阿弥陀経の経典によって様々なことが起きてきたことも事実です。阿弥陀経はもともと法華経の中に入っていた経典です。同じ経典に入っていた時期があるのです。
 法華経は二十八品が中心であり、その中には陀羅尼品のような呪文も入っています。阿弥陀経も初期の頃の法華経に入っていたのです。阿弥陀経は権大乗経といいます。権とは仮の教えです。
 信仰が修行の段階から脱して信じる段階に変わったときに現れた教えです。それまでの仏教とは、自分で修行するものでした。お釈迦様の教えに基づき、断食したり、様々な行を通して仏教を極めようとしたのですが、そうではなくて「修行をせずに阿弥陀様に救われたい」というような宗派が興てきます。
 これは釈迦仏教のストゥーパの信仰と似ています。お釈迦様がお亡くなりになり、「我々は何を頼りに生きていけばよいのか? そうだ、お釈迦様の御骨がある。御骨を納めた塔を建てよう。それをお釈迦様と崇めていけば、仏教徒は救われる」と考えたのです。
 それがその延長線上に行くと西方極楽があり、極楽には阿弥陀様がいます。阿弥陀様が直接手を差し伸べて極楽浄土にお招きしてくれるというのです。これを浄土思想といいます。末法は阿弥陀様がいればよいのです。「成仏する」という大それたことは考えていなくて、往生する(極楽に逝く)ということが目的です。
 この世は辛くて嫌なもので戦争・災害が絶えません。「早く極楽浄土に逝きたい。今度は極楽浄土に生まれたい」ということが仏教の一つの目的になってしまったのです。
 最終ランナーとして日蓮大聖人様が現れてきて、「そんな考えはダメだ」と言われたのです。「阿弥陀様が救ってくれるのだから何をやってもよいだろう」という仏教はありません。
 仏教とは自分でつかみとっていかなければならない心の問題です。成仏する教えが仏教です。阿弥陀経を信じてはいけません。
 お釈迦様はなぜ阿弥陀経などを説かれたのかというと、一部の人間達が一時的に行の信仰から信の信仰に変えていく過程におけるところで、信の大事さを阿弥陀経によって教えたにすぎません。
 本当は法華経にとって、阿弥陀経は邪魔になります。「西方極楽浄土に生まれたい」などという考えでは、何の修行もありません。
 比叡山延暦寺で12年間の修行をした法然が、これにひっかかったのです。法華経をずっと勉強したのですが、いっこうに悟れません。天台大師の教えも勉強しましたが、なんだかさっぱりわかりません。どうもダメなのです。
 「この阿弥陀経がいいんだよ。阿弥陀経により俺は救われたいのだ」と法然は思ったのです。阿弥陀様が救ってくれるのだから、自分で修行して成仏するなど思いもよりません。「救われたいのだ」と思い法然は法華経を捨てたのです。
 法然は「法華経は俺にとっては役に立たない。俺は阿弥陀経がよいのだ。阿弥陀様に救われることが俺の信仰の唯一の目的であり、南無阿弥陀仏と唱えて救われればよいのだ」と思ったのです。
 何故、こんな教えができてきたのでしょう。法然は「ああ、そうか!」と気が付いたのです。「善人は自分で修行をして階段を登り、仏になっていくことができる。悪人は悪人だから階段を登ることができないのだ。何故、悪人なのかというと肉を食らい女を抱き、酒を飲んで博打をする。悪人はどうしようもない。正しい信仰などできない連中だ。この悪人を救うために、阿弥陀様がいらっしゃったのだな。」と思ったのです。「悪人も救われれる」と言ったのは法然です。
 その弟子の親鸞は「悪人正機説」を唱えたのです。善人がいて、悪人がいて「悪人も救われる」というのが法然の説です。親鸞は「悪人こそ救われる」と言ったのです。「悪人は肉を食らい女を犯し、酒を飲み人殺しをする、そのようなどうしようもない人間こそ、死ぬ時に阿弥陀様にすがりなさい。そうすればお前達悪人を浄土に連れていくのだ」と言ったのです。親鸞は「悪人こそ阿弥陀様が救う対象だ」と言ったのです。それはどちらも間違いです。
 法然はもっと面白いのです。法華経を捨てて「阿弥陀経一本で行く!」と言ったのです。ところがダメなのです。どうしても、まだ女が欲しいのです。欲望がとめどもなく出てくるのです。
 法然はまた法華経に返るのですが、何も得ることはありません。その自分を反省するのです。「何故、俺は法華経に返ったのだろうか。阿弥陀経一本でよいのだ」。これを専修念仏といいます。阿弥陀経しか拝みません。
 「禅もいらない、摩訶止観もいらない、法華経もいらない、阿弥陀仏一本の信仰をやればよいのだ」という思想です。この思想が中世大暴れをして、戦国時代にも歴史的偉業を成したのです。
 阿弥陀経を信じると戦争は強いのです。ISISと同じです。仏様のために戦って死ぬならば、極楽浄土に生まれるのだから「早く死ぬべ」ということになり、命はおしみません。この世は穢土であり、どうせ人間は死ぬのです。極楽浄土こそ自分が望んだ世界ですから、早く死にたいのです。この思想は戦争に強いのです。
 信長・秀吉・家康も、念仏の信者には相当手こずります。ISISも同じです。「死んで天国に行く」という考えがあるのです。
 その中で日蓮大聖人様が現れて「仏教とは法華経なのだ」と本筋をズバリと言われたのです。法華経こそが釈尊が説きたかったことなのです。阿弥陀経の教えは仮の教えです。
 仏は法華経を説くために生まれてきたのです。これは難しく難信難解です。簡単に「はい、そうでか」と言うわけにはいきません。日蓮大聖人様は法華経に命をかけられた結果わかられたのです。仏教は法華経しかないのです。
阿弥陀経などというものは、仏教ではありません。真言密教もそうです。大日如来を拝んだ仏教などありません。仏教とは基本的にはお釈迦様を拝み、教わるものです。何故、大日如来・阿弥陀仏を拝むのでしょう。そこからして狂っているのです。
お釈迦様の教えをわかっていくならば、それは妙法蓮華経しかありません。妙法蓮華経の教えは全く間違いありません。妙法を説いたらこの経典しかありません。阿弥陀経などでは妙法が出てくる余地などありません。
 日本人のために新しく法華経を建てられたのが日蓮大聖人様の出生の本懐です。邪教のように日蓮正宗は「ご法主様」「御上人猊下」などとくだらないことを言っているのです。
 我々が見ていかなければいけないこととは、釈尊の真実とは法華経です。「法華経の真実とは何か?」というと、妙法蓮華経のことをいうのです。「日蓮大聖人様の仏教の真実とは何ですか?」というと、南無妙法蓮華経のことをいうのです。
 南無妙法蓮華経を修行するならば、すべて釈迦一代の説法がわかってきます。寺男になったり、創価奴隷になったりしたら、南無妙法蓮華経などわかりはしません。我々は本気で南無妙法蓮華経を修行していかなければいけません。我々が修行するのは、日蓮大聖人様の南無妙法蓮華経しかないのです。

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2016年10月26日

人間の探究 625 創価学会の反乱

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※創価学会「新学同」委員長だった中野毅です。

人間の探究 625 創価学会の反乱

 創価学会は真に面白い組織です。時代を敏感に読み取っていくのです。かつて、全学連が絶好調の頃、学生たちがヘルメットをかぶってゲバ棒を持って覆面して学生達が大挙して運動した時期があります。
 池田大作はヘルメットをかぶって覆面をしてゲバ棒を持ったのです。つくった組織が「新学同」です。全学連に対抗する組織として新学同をつくったのです。学生部を全員入れて、全員がゲバ棒を持って一緒にやったのです。池田大作は時代に敏感なのです。
 「これからはこのようなものが主流になるのだろうか。政府が倒れるのかな」と思ったらやっておかなければいけないので、それを学生達にやらせらのです。その時に、新学同の委員長になったのは中野毅です。これが後につくば大学の博士課程を修了して、創価大学の教授になったのです。中野毅が新学同の委員長だったのです。
 共産党が一時、荒れ狂って「共産党にやられるんじゃないか」と創価学会が怯えた時期があったのです。直ちに手を回して、共産党と「創共協定」を結んだのです。
 信者には「共産党くらい悪いものはない。徹底的に戦え!」と言っておきながら、裏では手を回して、創共協定を結んでいたのです。上の方は「撃ち方やめ!」で戦いません。下っ端の連中だけがお互いにやり合っているのです。
 創価学会の幹部は「馬鹿が踊っている」と笑って見ていたのです。上の方は仲がよくて、お手てをつないでいるのです。下っ端の連中が「民衆の敵は共産党だ!」とやっているのです。共産党は「創価学会ほど悪いものはない!」と下っ端の連中がワイワイやっているのです。
 それを見てビールを飲みながら見て喜んでいるのが上の幹部たちです。みんなそうなのです。山口組の問題もそうです。本来、ヤクザなどまともな仏教団体ならば一番嫌います。
 創価学会は誰でも入信できるので、ヤクザの奥様方が入信してしまったのです。親父は頼りないし、いつ死ぬか、いつ刑務所に入るかわかりません。「お父さんは頼れない。頼れるものは創価学会だ」とヤクザもんの奥さんが入信してきたのです。
 やがて「池田先生はすごい」とヤクザの亭主に言うようになったのです。親父はたまったものではありません。奥さんと子供を食わせるためにヤクザをやっているのです。それが「ヤクザみたいな汚い仕事をやって!」と言われたら、「ムカッ!」ときて奥さんをぶん殴ります。
 「うるせえ、何が池田大作なんだよ!」と全国でそのような話が広がってしまったのです。学会本部はそれを嗅ぎつけて「まずい!」と思って、北条浩さんが山口組三代目に話をつけにいったのです。
 どうやって話をつけたのかというとお金を持っていったのです。「創価学会は山口組に献金をします」と言って何億円献金して帰ったのです。また献金をするのです。すると山口組本部は「創価学会はいい奴だ。献金してくるんだよ」ということです。
 下の連中は奥さんが入信してもめているのですが、「そんなことは黙れ!」このような命令を出したのです。組長が「奥さんが創価学会に入った場合は許す」という命令を出したのです。「お前たちが創価学会に入っても山口組は何も言わない。大いにやってよろしい」ということです。山創協定という協定を結んだのです。ヤクザが創価学会に入っても文句は言いません。ヤクザが「女房が創価学会にとられた」と言っても殴り込みはしません。それで山口組は治まってしまったのです。
 山口組だけではありません。山口組は有名ですが、他の稲川会にしも、住吉会にしてもそうです。創価学会は表では「ヤクザがなんだ!」と言いながら、裏ではすべて協定を結んでいたのです。このような汚いことを創価学会はやるのです。
 創価学会は3年か5年、長年にわたって山口組に献金してきたので、北条浩さんは「長年の忠勤ご苦労さん」と山口組から言われて太刀をもらったのです。ヤクザを王様として献金に励んで、山口組から太刀をもらって帰ってくるなど、とんでもありません。これは事実ですが、ほとんど知られていません。
 創価学会は勢いがよい所に入っていき、みんなくっついて協定を結んでしまうのです。今は統一教会と創価学会の創統協定のようなものです。文章にしたものが有るかどうかは知りませんが、上の連中はみなつながっています。
 創価学会は「折伏!」と言い、統一教会を最大の邪教と知りながら、裏では手を結んで自民党と一緒になってやっています。本当は自民党清和会は統一教会が動かしているのです。公明党も一緒になって動かしているのだから、創価学会と統一教会の連合政権です。
 下に向かっては「邪教だ!」と言い、上は全部つながっています。このような汚いことをやるのです。だから創価学会は信用されないのです。創価学会の上の人間が何を言おうと信用はできません。
 「池田大作が生きている」と言われても現物を見ない限り、誰もそんなことは信用できません。創価学会は何しろウソつきです。安倍さんもウソつきです。下に向かって言うことと、上に向かって言うことは違います。
 余談ですが、安倍さんも近いうちに大仕事をやるらしいのです。北方四島が帰ってくるらしいのです。そのように言われています。「北方二島が帰ってくる」と言われていましたが、四島返還です。これはビッグニュースです。
 ただし、条件付きです。北方四島の条件は沖縄並みです。そんな手があったのでしょうか。これは深く静かに官邸は進めているのです。ということは、ロシアの基地がそのままついてくるのです。
 基地はそのまま、ロシア人の住民1万6千人もそのままです。まあ、それでも帰ってこないよりも帰ってきたほうがよいでしょう。黙っていれば帰ってきません。「所有権は日本だ」ということを明言化して、沖縄に米軍基地があるようにロシアの基地も置くというようになるのではないかと言われています。
 その見返りに、日本からロシアに経済援助がいくのです。これは国民には言えません。それができれば安倍さんの大功績です。ロシアはなぜそれを望んでいるのかというと、ロシアの脅威は中国です。ロシアは中国と何千キロと国境を接しています。どこから中国人が侵入してくるかわかりません。プーチンは中国を叩き潰したいと思っているのです。
 日本はロシアと手を組み、アメリカと手を組み、中国包囲網に手を貸してさらに有利になります。それをエサにして自民党は解散します。すると自民党はまた圧倒的に大勝です。その時に蓮舫問題を出します。もう蓮舫も消えてしまいます。反対の党は消滅です。それで憲法を改正しようというのが安倍さんの腹なのです。
 そのように政治は裏と表があってよいのですが、宗教は裏と表があってはいけません。宗教は信じることから始まっているのです。信じることができないものを信じるということは無理なのです。
 政治の世界はそうだからといって、宗教の世界に妥協などをもち込んだらその宗教は意味がありません。創価学会は発展しても、中にいる信者は何も意味がなくなってしまいます。創価学会の会員は創価学会が正しいと思うからついてきているのです。だから統一教会が正しくないとわかれば攻撃しなければいけません。
 統一教会も「創価学会は敵だ」と思っているのです。それが裏では幹部が手を組んで、ニコニコ笑って一杯飲んで、下の人間だけが角を突き合わせて睨んでいる構造はダメなのです。何事でも信用が大事です。信を失った宗教団体も政党もやがて滅びることは歴史が証明しています。

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2016年10月25日

人間の探究 624 日蓮正宗と創価学会は何故犯罪者が多いのか?

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※自分がまず選挙に行きます。次に集まった転居先不明の選挙の票を見て「貴方はこれに行きなさい」とやるのです。その票を持って身代わり投票です。それは悪ことですが、公明党が伸びることです。だからよいことなのです。

人間の探究 624 日蓮正宗と創価学会は何故犯罪者が多いのか?

 この2つの宗教の犯罪歴を考えてみましょう。宗教とは本来は人間性を高めていかなければいけません。立派な社会人となって人々から愛されていかなければいけません。
 日蓮正宗と創価学会は人格を破壊して、家庭を破壊して人々に迷惑をかけることしかやりません。創価学会の犯罪がなんと多いことでしょう。創価学会の犯罪が多いのは別に理由があり、創価学会の中の朝鮮人に目をつけなければいけません。朝鮮人と部落民を無差別に入れている創価学会は、ヤクザ・ホモ・レズ・詐欺師・犯罪者、なんでもいます。創価学会は区別しません。
 創価学会の門をたたいた人はすべて入れてしまうのです。「私、ヤクザでも入れますか?」と聞くと「どうぞ入れます」といいます。滅茶苦茶です。学会の幹部には朝鮮人ほとんどなってしまいます。
 日本人はどこの会社にでも就職できます。朝鮮人の場合はなかなか就職できません。だから学会幹部になるのです。すると朝鮮人はエスカレーター式にどんどん上がってしまうのです。学会は朝鮮人・部落民にとっての登竜門です。
 一般会員の場合は、宗教によって良心が破壊されてしまうので、「やってよいこと、悪いこと」がなくなってしまいます。創価学会が伸びるためならば、どんなことをやってもよいのです。その中には犯罪も含まれます。
 やってよくないことは、学会を誹謗することです。池田先生の悪口を言うこと、これだけは絶対にやってはいけません。後は何をやっても自由です。だから、そこには人格教育がありません。よいことは学会を褒めることです。
例えば学会のために1千万円の詐欺を働いて学会に供養します。それは悪いことではなく、良いことなのです。本人は詐欺で捕まるのです。それでも本人は「悪い事ではない」と思っているのです。その人間を学会員は皆で褒めるのです。
「いやあ、大したもんだ。詐欺までやって学会のためにお金をつくってくれた」と褒めるのです。選挙違反も悪いことです。しかし、選挙違反をやれば公明党の票が伸びるのです。だから選挙違反をやった人はよい人なのです。
転居先不明になった人の票がアパートの郵便箱にきます。それを学会員が集中して集めます。すると結構な数になります。それを地区で集めて自分がまず選挙に行きます。次に集まった転居先不明の選挙の票を見て「貴方はこれに行きなさい」とやるのです。その票を持って身代わり投票です。それをやっていたのです。それは悪ことですが、公明党が伸びることです。だからよいことなのです。
すべて学会員は「学会に有利か?」と判断するので、人格がないのです。あまり、学会の中ではレイプという話は聞きません。この間の慶應義塾大学の集団レイプ事件とは違います。学会で蔓延する問題は優しさです。
学会の幹部になると忙しい人はほとんど家にはいません。毎日帰宅が夜中の12時すぎです。一つの会合が終わると幹部が集められます。それが終わるとまた地域で幹部が集められるのです。3段階くらいになっているのです。終わると夜中の12時すぎているのですから、奥さんをかまっている時間はありません。
そこで昼間は青年部がウロウロしていて、奥さんと親しくなります。前にも話したことがありますが、「奥さんサンマを焼いてください」と亭主の留守に青年部の青年が家に上がり込むのです。
「このサンマ、焼いてくれませんかね」と言うと、学会同士ですから奥さんは「いいですよ」というような関係です。サンマを焼いてあげると、「ちょっとここで食べさせてくれませんかね」という感じでスルスルと家の中に入り込んでいくのです。あわよくば、奥さんと関係がどんどん深くなるのです。学会の場合はそのような隙間に入り込んでくるのです。ある日気が付くと、手に手をとって駆け落ちです。
学会員の新聞配達員がいましたが、夜は結構暇なのです。新聞配達員と奥さんが親しくなってしまうのです。旦那は夜までいません。するともう昼間にできてしまったのです。僕の知っている奥さんは10歳くらい年下の新聞配達員の男と駆け落ちして逃げたのです。亭主は聖教新聞の記者です。一流大学を出ているのです。奥さんはその家庭を捨てて、新聞配達員と駆け落ちしたのです。
学会の場合は駆け落ちや不倫が多いのです。そのような事件の方が多いのです。それを悪いと思っていません。「家庭は個人と個人が集まったもの」と思っているので、「好きならば一緒になればよいし、嫌いならば別れればよい」と思っているのです。そんなことは何とも思っていません。
「SEXなどゴミみたいなものよ。仏法を広めている私達から見れば、こんなことは何をしようとすべて自由なのよ」と思っているので、不倫の関係をなんとも思いません。幹部は不倫だらけです。
それと同時に学会員は良心がありません。伝統がないから、悪事が学会の発展です。悪事に加担するのですから、どんどん悪事に手を染めて、正しい考えができなくなってしまうのです。
学会に入会した人はご不幸さんです。学会から見れば、ヤクザでもオカマでも詐欺師でもなんでもよいのです。お金だけ出せばよいのです。すべて1票です。だからこうなるのです。「難しいことを言う親父を折伏するよりも、寝たきりのババアがいれば、そのババアの背中をさすって選挙に連れ出して1票入れたほうが効率的だ」という考えになるのです。「人格を向上して、立派な人間になろう」などと考えていないのです。
外務省には学会の組織で「大鳳会」があり、400名くらいいるのです。それが「池田先生が外遊する」となると飛行機の手配から何から何まで手配するのです。
池田大作は単なる一民間人です。まるで政府の要人のような扱い方をするのです。すると非学会員は面白くありません。それにも関わらず、創価学会は国家の中の国家を造っているのです。
創価学会には道徳がありません。日本を忘れた姿です。日本人が本当に尊敬できるのは皇室だけです。後はすべて下なのです。何をやっても皇室は超えられません。これが日本の道徳です。喧嘩をしてもよいのです。天皇が「そこまで、止めなさい」とご発言されたら「はっはー」と聞くのが日本人です。
タイのプミポン国王が死んで、役割がわかったでしょう。クーデターが起きても、国王が呼べば将軍たちもみなひれ伏すのです。そのようなものがある社会はすごいのです。そのような中心者がいないと、人間は最後の最後まで争い続けてしまうのです。
韓国は大統領を次から次へと引き摺り下ろしているので、大統領は犯罪者だらけです。創価学会もそうです。池田大作みたいな凡夫を中心としてまとまっていくわけがありません。池田大作はこう考えています。「俺は中心になれない。だからお金を持っていなければいけない。お金が物事の中心なのだ」と考えていたのです。
池田大作が尊敬されたのは、お金を持っていたからです。だから「俺は個人資産を持たなければいけない」と思って、個人資産を1兆円以上持ったのです。どうやってガメたのでしょう。ご寄付で入ってくるお金をガボッともらうのです。いくら入ったかなどわかりません。それで懐が増えたのです。そうすれば皆がついてくると思ったのです。
池田大作は誰も信じていないし、自分が何かを教えるなどとも思っていません。だから金まみれの人生になるのです。そんなものに搾取されている会員はたまったものではありません。会員はそれを真似するのです。「幹部が不倫をやっているから俺もやっていいだろう」「あいつは詐欺をやってお金をしこたま持っているのだから、俺もやってもいいだろう」ホモでもいい、ヤクザでもいい、詐欺師でもいい、これが創価学会です。創価学会には人間を高めるものは何もありません。


■日蓮正宗犯罪
●おぞましい性犯罪を繰り返す僧侶たち。平成10年5月26日、静岡県警は大石寺の教師、後藤信和(ごとう しんわ、当時31才)を逮捕しました。後藤は宗門機関誌「大日蓮」編集室のナンバーツー。逮捕の容疑は「十八歳未満に対するみだらな行為」を禁ずる、いわゆる淫行禁止条例違反です。後藤はテレクラで知り合った女子中学生二人をホテルに連れ込み、わいせつな行為を行なったというものです。
さらに調べが進むに連れて新たな事実が発覚。数ヶ月前に起こった、帰宅途中の女子高生を無理やり車に乗せ、モーテルで暴行を働き、全治二週間のケガを負わせた事件の容疑です。富士署を釈放されると同時に沼津署に再逮捕され、後藤本人も容疑を認めました。
●平成16年9月27日には山口県下関市の日蓮正宗興本寺住職・武冨道晋(たけとみ どうしん、当時39歳)が福岡県警に逮捕されました。これもまた淫行を禁じた福岡県青少年健全育成条例違反容疑です。
調べではホテルで、未成年と知りながら「ツーショットダイアル」で知り合った17歳の女子高生にみだらな行為をした疑い。しかも心配して武富を呼び出させた女子の母親に車で接触するという事故まで起こしました。

■創価学会犯罪
●池田大作(在日)→信平信子レイプ事件 公職選挙法違反事件
●福田孝行(在日)→山口県光市母子強姦殺害
●畠山鈴香(在日)→秋田県児童殺害
●長谷部泰輔→林瑞枝さんスーツケース詰め殺人 小中高と創価学園
●三橋香織→夫バラバラ殺人
●三宅正信(在日)→ペッパーランチ強姦 創価大学卒
●北山大輔→ペッパーランチ強姦
●宅間守 (在日)→大阪 附属池田小学校児童殺傷 両親も創価学会員
●東慎一郎(在日) →酒鬼薔薇聖斗 神戸の首切り
●小原保 →村越吉展ちゃん誘拐殺人事件
●林真須美(在日) →和歌山毒入りカレー事件 4人毒殺 63人が負傷
●織原城二(金聖鐘)→神奈川 帰化人、外国人女性を強姦バラバラ殺人
●澤地和夫(元警官)→山中湖連続殺人事件・創価学会前原支部総会で体験発表
●関根元(在日) →埼玉愛犬家連続殺人犯 4人を殺害
●丘崎誠人→奈良連続強姦 事件 (在日朝鮮人)
●金大根 →在日韓国人の強姦魔 連続児童虐待暴行殺人 6名の女児死亡
●李昇一 →在日韓国人 東京 テレビ「ガキの使い」関係者を名乗り少女140人を強姦
●沈週一 →在日韓国人 鳥取 大阪 和歌山 9人を強姦
●張今朝 →在日韓国人 長野 「一緒に猫を探して」と小学校4年の女児を強姦
●ぺ・ソンテ →在日韓国人 横浜 女子小学生14人を強姦
●宋治悦 →在日韓国人 東京 主婦19人を強姦
●創価学会副支部長・木村昌幸 →強制猥褻事件
●創価学会地区部長・谷口博司→迷惑電話3000回で実刑判決
●創価大学卒・嘉村英二→NTTドコモ事件 福原由紀子さんに対する集団ストーカー事件で実刑判決
●公明党江戸川区議・松本弘芳(江戸川区文教委員)→児童売春で実刑判決



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2016年10月24日

人間の探究 623 池田大作は教学がまるでない!

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※初期の頃の創価学会は教学の研鑽は剣豪の修行を思わせました。「教学の学びは剣豪の修行のようでなければならない」と教わりました。

人間の探究 623 池田大作は教学がまるでない!

 初期の頃の創価学会は教学の研鑽は剣豪の修行を思わせました。「教学の学びは剣豪の修行のようでなければならない」と教わりました。六巻抄・御義口伝・開目抄を学び、様々な御書を学びました。しかも真剣に学びました。
 「仏教とは何であるのか?」「日蓮大聖人様はなぜすごいのか?」ということを徹底的に学びました。まさに剣豪の修行を思わせるように学びました。
 質問するときも先輩に対して「これはどのようなことでしょうか?」と真剣に聞かなければいけません。いろいろと聞くのですが、大部分言われたことは「修行が足らない」と言われるのです。「君は頭でグチャグチャ考えているけれども、仏教とはそのようなものではないのだ。法を広めていく中で一生懸命活動していくと、そのような疑問もすべて解けていくのだ」と言うのです。僕が聞いた答えはほとんどがこの答えです。
 「そうですか。わかりました」と激しく仏教を求めていくのです。まさに「剣豪の修行」という表現がふさわしかったのです。信仰とはこうでなければいけないのです。
 皆仕事があるのですが、幹部から「来い!」と夜中に集められるのです。50〜60人集まると、その中で「おい、君。お題目を唱えてみろ」と言われるのです。「はい、わかりました」と真ん中に連れていかれて「南無妙法蓮華経〜」とお題目を唱えると、幹部から「みんな聞こえたか? なんと言ったのだ? 南無阿弥陀仏と言っていなかったか?」と言われて、「いいえ、僕は南無妙法蓮華経と言いました」と言うのです。
 「お前のお題目は南無妙法蓮華経ではない。南無阿弥陀仏と言っているのだ。もう1回唱えてみろ!」と幹部に言われて、泣きそうになって「南無妙法蓮華経〜」とお題目を唱えさせられたのです。そのくらい厳しかったのです。だから立派な人間ができてきたのです。僕なんかはそのような人間の一人です。
 それがいつの頃からか、だんだんと剣豪の修行がなくなってしまったのです。いつの間にか気が付いたら教学は「1級・2級」になってしまったのです。昔は教学部は助師になるだけでも大変だったのです。
 助師になると、30人くらい相手に講義ができるのです。その上に講師がいて、講師は500〜600名集めて説法ができるのです。その上に助教授・教授がいます。教授になると、何でも知っていなければいけません。創価学会教授と言えば、すごい実力だったのです。
 池田大作が会長になり、それがどんどん変わってしまい「折伏を一人やったら教学試験などどうでもいいのだ。お前を教授にする」とやったきたので、無知蒙昧な何もわからないババアが教授になったのです。「私は教授よ!」などと威張って、そのような連中がゴロゴロと出てきたのです。
 「あの八百屋のオバサン教授なんだって」、教授と言っても何も教えられません。普通は、教授に教われば何だってわかります。最初はそうだったのです。立派な人がいたのですが、すべて池田大作が追い出してしまったのです。
 1級・2級と変な名前を付けてダメになってしまったのです。池田大作自体が厳しい教学上の訓練をしていません。根本におけるところの仏教の理解がありません。池田大作がやってきたのは、組織の上に君臨することです。
石田先生は「池田がやっていることは君臨することだけだ。池田の悪口を言ってごらんなさい。罰なんか当たりません」とよく言っていました。
 池田大作は上に乗っかって君臨しているだけなのです。みんなを下に引いて君臨することは上手いのです。君臨することが上手いということと、教学は全然違います。池田大作の教学はすべてデタラメです。しかし、「本をたくさん書いている」という人もいます。あれは原島嵩が書いたのです。
 池田大作の講義はプリントを配るだけです。原島嵩が書いた教学を読ませるのです。「次、それでいい。次読んで、・・・」と全員にプリントを読ませます。「これで終わりです。わからなかったところは自分でよく勉強しておくように」これで講義は終わりです。
 それを集めてきて講義本にするのです。すべて原島嵩が書いたのです。当時は原島嵩が教学部長だったのです。石田先生は「仏教は自分でやりなさい。人に講義をやらせて、自分の功名にしてはダメなのです。自分が講義をするところに功徳がわいてくるのです」と言っていました。人に読ませて「おしまい」という講義はありません。
池田大作は何が間違っているのかというと、池田大作の思想の中には「日本国」という考えが全くありません。「創価学会が発展する」ということだけで、「日本国」という考えがすべて抜け落ちているのです。
 今わかってきたことは出鱈目な朝鮮を褒めて「文化大恩の国韓国」「お父さんが卵はケルンと言った」「ソウルの夜は美しい」「韓国に足を向けては寝られない」そのようなくだらないことを教えているのです。
 池田大作は朝鮮から日本を見ているのです。日韓友好と言いません。韓日友好といいます。出鱈目です。何もわかりません。「生死一大事血脈」講義は、なかなかよい講義でしたが、あれは原島嵩が書いたものです。池田大作は何もわかりません。
 例えば池田大作に「諸法実相とは何ですか?」「色心不二とは何ですか?」と聞いても全く答えられません。事前に聞けば、教学部が書いてきますが、本人に聞いたら何一つわかりません。
 創価学会は池田大作が会長になってから急速に衰えてきて「お金さえ出せばいいのだ。信者は1票なのだ。国を乗っ取るためには、1票が大事なのだ」というようになってしまったのです。池田大作の頭の中は乗っ取りしかないのです。朝鮮人独特の背乗りです。その段階では池田大作が朝鮮人だと誰も気が付かなかったのです。
 今では池田大作がソンデジャクという朝鮮人だとわかってきたのです。ずっと隠し通してきたのです。それはもう明らかになったのです。公安庁流出資料では、「池田大作は両親共に朝鮮人」と書かれています。奥さんも「白木香峯子」と言います。東急フライヤーズで「白木義一郎」という有名な選手がいました。白木とは朝鮮人です。これが奥さんですから、夫婦そろって朝鮮人なのです。
 池田大作は在日朝鮮人です。帰化などしていません。これが創価学会を朝鮮人が乗っ取ったということです。だから教学もつまらないものになってしまったのです。剣豪の修行を思わせる厳格な教学の修行はどこにもありません。学会員が集まれば「カラオケに行きましょう。私達、お仲間だからね」「ボウリングもいいわね」「今度、飲み会をやりましょう」そんな話ばかりしているのです。
学会本部は票になれば、信者などどうでもいいのです。オカマだろうが、ホモだろうが、ドロボウだろうが、かまわないのです。1票になればよいのです。もうそのような考えになってしまったから、学会精神は消えてしまったのです。学会精神はそのようなことではありません。戸田先生の頃は厳格な学会精神があって、僕は楽しかったと思います。
 先輩に物を教わるときも楽しいし、わからないことを教わっていくのです。「これがわかりません」と言うと、先輩は「そうかもっと行をやれ」と言います。それで「わかりました」というような、なんともいえない、真面目な仏教を追及する姿勢があったのです。
当時の創価学会教授は大したものです。今では教授は何十万人もいます。池田大作は婦人部に教授をあげてしまったのです。自分が教授だと思うと、いろんなよい考えがあっても聞く耳をもちません。婦人部は「私の方が上なのよ」と思ってしまうからダメなのです。バカをより増上慢にしてしまったのです。池田大作は、そうして創価学会を駄目にしていったのです。

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2016年10月22日

『日本人に打ち込む100本の柱』公明正大 5柱

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土曜日特別講座『日本人に打ち込む100本の柱』
公明正大 5柱

 いまの日本に一番欠けているのは公明正大ということです。検事の起訴にしても裁判の判決にしても、マスコミの報道にしてもすべてに公明正大ということがない。為政者が公明正大ならば国民は幸福を感じ満足します。公明正大という日本精神は普段に努力することで指導者は公明正大を目指さなくてはならない。酷いものです。現在の政治・指導者は戦後一年以内にGHQより与えられた日本国占領基本法(日本国憲法)守るところから始まっています。またおまけにこの占領基本法の経過について論ずることも禁止であり、軍隊を持たない丸腰で永遠にこの国を運用しろというのです。               占領軍の統治政策GHQの「検閲」について 

米国太平洋陸軍総司令部民事検閲部
(1)SCAP−−連合国最高司令官(司令部)に対する批判を一切禁ずる
(2)極東軍事裁判(東京裁判)の批判を禁ずる
(3)SCAPが日本国憲法を起草したことに対する批判を禁ずる
(4)検閲制度への言及を禁ずる
(5)合衆国に対する批判を禁ずる
(6)ロシアに対する批判を禁ずる
(7)英国に対する批判を禁ずる
(8)朝鮮人に対する批判を禁ずる
(9)中国に対する批判を禁ずる
(10)他の連合国に対する批判を禁ずる
(11)連合国一般に対する批判を禁ずる
(12)満州における日本人取り扱いについての批判を禁ずる
(13)連合国の戦前の政策に対する批判を禁ずる
(14)第三次世界大戦への言及を禁ずる
(15)ソ連対西側諸国の「冷戦」に関する言及を禁ずる
(16)戦争擁護の宣伝を禁ずる
(17)神国日本の宣伝を禁ずる
(18)軍国主義の宣伝を禁ずる
(19)ナショナリズムの宣伝を禁ずる
(20)大東亜共栄圏の宣伝を禁ずる
(21)その他の宣伝
(22)戦争犯罪人の正当化および擁護を禁ずる
(23)占領軍兵士と日本女性との交渉を禁ずる
(24)闇市の状況
(25)占領軍軍隊に対する批判を禁ずる
(26)飢餓の誇張を禁ずる                            (27)暴力と不穏の行動の煽動
(28)虚偽の報道
(29)SCAPまたは地方軍政部に対する不適切な言及
(30)解禁されていない報道の公表
 この指導の下日本国中の本手紙・出版物は検閲されました。今でもこの報道管制は、形を変えて行なわれており、公明正大なことが行われるわけがないのです。占領基本法がその原因です。

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2016年10月21日

人間の探究 622 創価学会の反日姿勢を許すな!

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※我が国の天皇は天津日嗣の天皇です。天皇が中心です。これを犯すことは何人もできません。

人間の探究 622 創価学会の反日姿勢を許すな!

 創価学会は日蓮正宗に入信してできた組織です。日蓮正宗はお寺ごとに「講」が組まれて、その中の一つとして創価学会も入ったのです。牧口常三郎、戸田城聖など、創価教育学会のメンバーが全員入信したのです。
 教義はそっくり日蓮正宗の教義をいただきました。創価学会の教義はありません。日蓮正宗を広めるために、「価値創造だ!」と言って、創価教育学会の先生方が信者になったのです。
すべての教義は日蓮正宗そのままの教義です。よく探ってみると、日蓮正宗と創価学会は同じものなのです。でも、初期の頃は天皇陛下を第一座に拝んでいたのです。
 日蓮正宗は天照大神から始まった代々の天皇に対して御礼申し上げていたのです。そのような観念品が第一座にあったのです。それから二座・三座と続くのですが、「天皇陛下の恩ために」と言っていたのが、いつの間にか無くなってしまったのです。
 いつの頃からか、勤行経典に変わってしまったのです。池田大作の入れ智恵で変わったのでしょう。戸田先生の頃はそのままです。いつの頃からか「創価学会会長代々の恩ために」と、変わってしまったのです。
 池田大作が考えたのは、「天皇陛下の恩ために」というのは、「これはよろしくない。だから除きましょう」と考えたのです。紫宸殿御本尊を除いたことと同じです。でも、これは日達猊下の頃の話ですから、日達が変えたのです。
 「天皇陛下の恩ために」という言葉が無くなったときから日蓮正宗は天一坊になってしまったのです。天一坊になったということは、日蓮正宗から国家という意識がなくなってしまったのです。
 「日蓮正宗が天下を治めるのだ」このように変わってしまったのです。「天皇」と言っている限り天皇を超えることはできません。天皇を無くしてしまうと、誰が一番偉いのかというと、「日蓮正宗が一番偉いのだ。そこにすべてが帰着しなければいけない」という慢心した考えになってしまったのです。
 池田大作にとっては好都合です。「是非、そうしてもらいたい」と言ったのです。大石寺には「開かずの門」があり、黒門ともいったのです。これは何の門かというと、天皇陛下の勅使が来て、御教書(みきょうしょ)を持ってくるのです。「天皇陛下が日蓮正宗を認めます」と言って、この門をくぐるのです。だから、「勅使門」と言うのです。
 それをいつの頃からか、池田大作が変えてしまったのです。「この門をくぐるのは、時の創価学会会長だ!」と言い出したのです。大謗法です。勅使門は天皇の勅使がくぐる門ではなく池田大作がくぐる門なのです。このようになってしまったのです。
 池田大作から突き上げられて、日蓮正宗はその考えを取り入れたのです。「広宣流布のためには国立戒壇、天皇と言ってはだめだ。関係ない。今は民衆立なのだ!」と池田大作から言われて、日達も「そうだな」と思ってしまったのです。それが日蓮正宗の崩壊の始まりです。天皇を除いたら日蓮正宗は単なる新興宗教です。もうダメなのです。
 日蓮大聖人様は厚い天皇の信奉者です。『神国王御書』にもしっかりと書かれています。日蓮大聖人様は「天皇は仏教を間違えてはいけません」と言われています。天皇を一つも批判などしていません。「天皇が仏教を間違えたらダメです」と言われているのです。
もし、間違えて聖武天皇のように「私は仏の奴だ(仏の奴隷です)」などと言ってはいけないのです。天皇は神なのです。それから日本の仏教界はずっと乱れてくるのです。皇室も様々な不幸な目に遭っています。それは「天皇が神である」ということを放棄したからです。
 聖武天皇が造った大仏は壊れたり、何度も火事に遭い焼けています。今有るのは江戸時代に造った大仏です。一番大事なことは天皇は「仏の奴である」などと言ってはいけないのです。
 天皇は「私は天津日嗣の天皇である。神の子孫である」と言っていかなければいけません。今の天皇もそうです。もし、そのように考えていないならば天皇家も大罰を受けます。
 象徴天皇などと思って甘んじていること自体がそうなのです。何が象徴天皇なのでしょう。天皇はバッチなのでしょうか? バッチではありません。天皇はわが民族の祖なのです。何が象徴なのでしょう。
 日本国を造って「これをシンボルにしよう」と言うならばバッチでもよいのです。そうではないのです。天皇が象徴であるということは、GHQが押し付けたことです。我が国の天皇は象徴ではなく神なのです。
 神というのはキリスト教の神とは違います。神ながらの道なのです。神ながらの道とは、自然の道ということです。自然の道の中心者が天皇です。今度の皇室典範で「天皇は象徴だ」などとグチャグチャ言っているのは馬鹿なのです。
 GHQにより象徴にされたのですから、天皇を主権者に戻さなければいけません。タイのプミポン国王が死んだときに、みんな悲しで若い子たちもオイオイ泣いています。本当に慕われた国王だとわかります。すごい徳がある国王です。
 右派のクーデターが起きて、戦争が起きて国がまとまらなくなると、最後は国王が出てきて、「鎮まりなさい」と言われて、両方共に国王の前で膝まずいたのです。それでパッと争いが治まったのです。これが天皇ないし、国王の存在です。そのような存在でなければならないのです。
 天皇が人間ならば右も左も行ったり来たりしますが、そうではないのです。我が国の天皇は天津日嗣の天皇です。天皇が中心です。これを犯すことは何人もできません。これが天皇の権威です。従って天皇が「こうしなさい!」と言われたら、臣下は「ハハッ!」と言わない限り、国は治まりません。
 天皇は具体的なことは言いません。皇室典範をするならば、「こうだ!」という力を強めていかなければいけません。それも有識者会議では、とんちんかんなことを言っています。
 それを大石寺も忘れて、「天皇は目に見えないからいらない。これから天皇の時代はない、民衆の時代なのだ」と池田大作に騙されて、天皇をないがしろにしてしまったのです。
 これは当然滅びるのです。それはそうです。池田大作は朝鮮人です。日本の天皇など認めたくないのです。「日本はダメな国だ」と思い続けたいのです。だから池田大作は創価王国をつくって自分が王様になるのです。まさに天一坊の発想です。そんなことを見抜けなかった日蓮正宗は、大変なことなのです。まさにこれは罰なのです。
大石寺も「天皇などいらない」と考えたのです。「それで一時はいいや」と思ったのですが、そのしっぺ返しとして池田大作の野望にひっかきまわされて教義も何もかも滅茶苦茶になってしまったのです。
 そのくらい天皇は大事です。坊主はしっかりしなさい! 538年に入った仏教、2800年の歴史を持った天皇、どちらが上なのでしょう。そんなことはお話にもなりません。坊主は、この天皇の国において仏教を広めさせてもらっているのですから有難いと思いなさい。天皇を忘れたら、とんでもないことになります。
 天皇と仏教は一体ではありません。これは違います。天皇と仏教を一緒にしたら大変になります。王法と仏法の違いを明らかにしていくことが大事です。それを忘れるととんでもなことになります。

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2016年10月20日

人間の探究 621 日蓮正宗法華講の沼田君からコメントがありました

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※日蓮正宗大石寺の開かずの門

人間の探究 621 日蓮正宗法華講の沼田君からコメントがありました

 「日蓮正宗は750年の歴史を持つ正当な仏教である。それに比べて正理会は何の裏付けもないインチキ集団である。お前らごときに仏法がわかるはずがない」というのが沼田君の主張です。
 まだこの馬鹿はわからないのでしょうか。寺男の修行の「かんかん踊り」は終わったのでしょうか。なんという馬鹿なことを言っているのでしょう。
 僕は沼田君の狂った頭を直してあげようと思って、一生懸命やってあげているのです。沼田君の狂った頭を直してあげようとしているのに、狂った自分に執着して「自分たちが正しい」と言っている奴は、箸にも棒にもなりません。
 「日蓮正宗は邪教である」とハッキリとここで申し上げておきましょう。創価学会も邪教であるけれども、創価学会は日蓮正宗が呼び込んだ結果です。彼らは邪教の所以を言えません。創価学会は絶対に「日本国のために頑張る」とは言いません。「世界平和のために頑張る」と言います。世界平和の前に日本国があります。何故、こんなことがわからないのでしょう。
 日本国を飛び越えて世界平和などあり得ません。日本国を守って、初めて世界平和があるのです。「立派な世界人になろう」など、如何にインチキな考え方かわかります。まず、「立派な日本人ならなければいけない」と思うはずです。
 では、立派な日本人とは一体何でしょう。2800年の世界一の歴史を誇る日本国です。日本国の中心は天皇です。「お寺の猊下を守る」という馬鹿な話はありません。天皇陛下をお守りする。そして、歴史と伝統を背負った立派な日本人になっていかなければいけません。
 それを背負って立って日本人になった瞬間に世界があるのです。「世界が平和にならなければいけない」と思い、次に手を伸ばすのが世界平和です。日本国人にも成れない人間が、何が世界平和なのでしょう。
 「私は世界人です」という人がいます。これを「コスモポリタン」といいます。これは日本人が奴隷になってしまうことです。敵国はそのように考えます。日本の歴史が羨ましくて仕方ない、日本が最高の国です。日本人を駄目にするためには、「日本人を精神的に破壊することだ」と、外国勢力は見ているのです。
 2800年の世界一の歴史を持った日本、これをなんとか破壊するのです。「日本は戦争の歴史であり、邪教の国である。天皇は日王である」、そのように暗示を入れてくるのです。それに乗っかってしまったのが、沼田君です。
 日蓮正宗は「日本国」と言っているのでしょうか? 全部飛ばしてしまい、「日蓮正宗だけが正義だ」などという馬鹿な言い方は通りません。
 昔は「代々天皇陛下の恩ために」と言っていたのです。今は言っていません。国の概念がどこへ消えてしまったのでしょう。
 『立正安国論』で日蓮大聖人様は国を3つに分解されておられます。くにがまえに「王」と書いた国があります。くにがまえに「民」と書いた国があります。くにがまえに地域の「域」を書いた國があります。
 国というものは、天皇と国民と地域を表しているのです。これが日本国です。日蓮正宗には王がありません。日蓮正宗の歴史だけを知って、日本国の歴史を知らなくていいのでしょうか。
 仏教伝来は538年です。これは何を意味しているのでしょう。日本の歴史は2800年です。その中でわずか538年に来たのが仏教全体の歴史です。
 そのように日本の歴史から仏教をとらえるのです。その中で、どのような仏教が日本人を立派にしてきたのでしょう。そのようなことも考えなければいけません。日蓮正宗は国のために役立ったのでしょうか? 何も役立っていません。立派な人物など出ていません。
 むしろ、身延山久遠寺からは国柱会の田中智學など、国を思った人物が出てきていますが、日蓮正宗からは国を思った人は誰も出ていません。それを邪教というのです。
 我々は国の中に生まれてきているのです。「オギャー!」と野原に生まれてきたわけではありません。日本国の中に生まれてきているのです。沼田君もそうです。日本国の中に生まれてきたのです。沼田君は穢多かもしれませんが、穢多でも日本国の枠の中に生まれてきているのですから、日本国に保護されているのです。
 その国のありがたみを忘れて、何が日蓮正宗なのでしょう。それは、「子供が親よりも偉い」と言っている邪教の精神です。どんなに子供が偉くなっても、その親はもっと偉いのです。それは子供を産んだからです。「俺は親の世話にはならないで、一人で偉くなったのだ」という人間がいたとしても、両親がいたから自分が生まれたのです。
 国というものがあって、その中に仏教が伝来して、日本国民が仏教を保ったのです。その仏教をどのように考えればよいのかということが、日蓮大聖人様の仏教です。
 沼田君は何を勘違いしているのでしょう。沼田君のような人間を「エゴイスト」というのです。馬鹿とも言い、恩知らずとも言います。何が日蓮正宗は750年の歴史なのでしょう。日本人は2800年の歴史を持つ、この国の歴史に恩を報いなければならないのです。亡国の民、人非人、しっかりせんかい!!

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