2017年11月

2017年11月30日

人間の探究 908 晩年の秀吉

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※豊臣秀吉は晩年になってくると脳軟化症になったのか、朝鮮出兵を命じるのです。朝鮮出兵など誇大妄想狂が考えることです。

人間の探究 908 晩年の秀吉

 「天下人秀吉は理想の人生である」と考えている人も多いのです。よく引き合いに出されるのは田中角栄です。田中角栄は「今太閤」と言われたのです。一介の身分のない貧しい農家の出身で土建屋になったのです。土建屋の親父が天下を取った例など、過去にはありません。秀吉に似ているのです。
 秀吉は変わった武将で、もの凄く真面目で、ものすごく親思い、ものすごく一族思いです。それで優しいのです。ただし、部類の女好きです。しかし、知恵もあり、運もあったのです。織田信長に仕えることにより天下を取ったのです。
若い頃の秀吉は人の命を大事にしたのです。情けをかけて、できるだけ人を殺しません。戦場で人殺しはやむを得ませんが、その他のことは許したのです。黒田孝高(よしたか)は、敵に幽閉されてしまい、あらぬ疑いを信長にかけられてしまうのです。
大変な牢屋で水がヒタヒタと落ちてくる牢屋に入れられて、片足が不自由になってしまうのです。黒田孝高は信長に自分の息子の松寿丸を人質として差しだしていたのですが、信長は父親の黒田孝高が消えたと烈火のごとく怒って「黒田孝高は敵方に寝返ったな、子供を殺せ!」と秀吉に命令するのです。
秀吉もさすがに「黒田孝高は裏切る人間ではない」とわかっていたので、子供を隠して信長には「殺しました」と報告したのです。これは大変なことです。信長が「殺せ!」と言った者を殺さないのです。本来ならば謀反です。
 秀吉は若い頃、このように人の命を非常に大事にしたのです。これは信長に学んだ点もあります。信長は自分に謀反を3回やるような奴を殺さなかったのです。そのようなことを秀吉も見ていたので、できるだけ人は殺さないようにしたのです。
 高松城の水責めでは、最終的には食べ物が何もなくなってしまい人間が人間を食うのです。そうなってくると「まった、城主出て来い! 切腹しろ、そうすれば部下は許す」と言うのです。その時も城主一人の切腹で、部下は許したのです。
 しかし、晩年になってくると脳軟化症になったのか、朝鮮出兵を命じるのです。朝鮮出兵など誇大妄想狂が考えることです。秀吉は中国の皇帝になろうとしたのです。北京にある紫禁城にお城を移して、中国皇帝になろうとしたのです。そうすれば従ってきている多くの大名にも多くの土地を与えて、「莫大な財産が手に入る」ということで朝鮮出兵をしたのです。
 ところが朝鮮半島では妨害に遭います。李氏朝鮮の武官は弱いくせに抵抗をしてくるのです。明はなかなか進撃できなかったのです。秀吉軍が全戦全勝です。何故かというと、朝鮮半島には鉄砲がなかったのです。
 秀吉軍はみんな鉄砲を持っています。鉄砲を持っていない朝鮮軍は皆殺しです。秀吉は「朝鮮人の首を送っても仕方ない。耳を送れ」と言って、耳を切り取らせて、その耳を塩漬けにして大阪にいる秀吉の下に送らせたのです。
 その耳は山のようにあったのです。それを「何名死んでいる」と、本当に数えたのです。その時の耳塚が大阪には今でも残っています。だから豊臣秀吉は朝鮮軍から恐れられたのです。
 「秀吉軍は恐ろしい。殺して耳をもっていった」という頃から、秀吉は頭が狂ってきたのだと思います。朝鮮の民衆を殺したのではなく兵隊を殺したのです。戦ってくる敵を殺したのですから、やむを得なかった面もあるのかなと思いますが、この辺りから秀吉は狂ってきたのだと思います。
 その頃、甥の豊臣秀次を後継者にしようと思ったのです。秀吉は小さかったのですが、甥の秀次は大きかったのです。秀吉は秀次を関白にしたのです。関白は大名を超えて偉いのです。その後に、淀殿に秀吉の子供が出来たのです。
 すると自分の子供が可愛くなり、秀次をどうしても倒しておかないと、自分の子供が天下を取れません。あらぬ因縁をふっかけて、秀次に切腹を命じて首を斬ってしまうのです。何でもない話ですが、因縁を吹っかけて殺しておかなければ、自分の子供が跡次になれません。
秀次の一族は約40人いたのです。その一族の女・子供全員を京都に引きずり出して公衆の面前で公開処刑をやったのです。まず秀次は首を斬られて、石の首桶に入れて塩漬けにして、処刑される子供たちにその首が見えるようにして、その前で皆殺しにしたのです。血も涙もない残酷なことをしたのです。秀吉の人格はもう変わってしまったのです。老害なのでしょうか。若い時は立派でも、老害が出るのです。
 このような人は大勢います。アメリカのレーガン大統領は逆です。年と共に優しくなっていったのです。
 もし、秀吉が親族を殺していなかったら豊臣家はもっと長生きをしたでしょう。この時に秀次についている武将もいたのです。「太閤様はひどいことをする」と思ってしまいます。それが謀反の目になるのです。
 それが関ヶ原の戦につながっていくのです。このような行動はダメなのです。秀吉の晩年はみじめな狂い死にです。何回も・何回も「秀頼(ひでより)を頼む」と会う人ごとに頼むのです。家康にも「家康殿、秀頼を頼みますぞ」と言うのです。「秀頼を頼みますぞ」というのが口癖で誰に会ってもそのように頼んだのです。
 そんなことを聞いても、秀吉は残酷な行動をとってきたので誰も聞き入れません。今の北朝鮮の金正恩に当てはめてみると、些細なことで身内を300名も殺しているのです。これが癌になるのです。金正恩は亡命もできません。亡命しても殺されます。
 300名も殺しているのです。最初は機関銃で撃ち殺して、大砲を撃って肉をバラバラにして、そこにドーベルマンが食いついたのです。残酷な処刑方法です。それが最近は、生きたままでドーベルマンに襲わせるのです。300名も殺して、一族を強制収容所に入れているのです。
 これではダメです。もう後戻りはできません。必ずこの結果が出てきて金正恩が殺されなければ、この幕は終わりません。何処へ逃げても、何処へ行っても、長生きできるはずがありません。人間はこのような行動をしてはダメなのです。若い時はそれがわかりません。
信長もそうです。隊列で並んでいる兵隊の顔がくっと笑ったのです。笑ったのではありません。そいつはクセがあるのです。それを見た信長は馬上から、一刀で首を斬ったのです。すると首が宙をまって「何事が起きたかわからない顔だった」と宣教師のルイスフロイスが言っているのです。そのような残酷なことを平気でやるのです。
 残酷な話では、へし切長谷部(へしきりはせべ)が有名ですが、織田信長が自分へ敵対した観内という茶坊主を成敗したとき、台所へ逃げて膳棚の下に隠れた観内を棚ごと「圧し切り」(刀身を押し当てて切ること)にして斬殺したことで、その際用いられた大切れ物の刀に「へし切」の異名が付けられたのです。
 織田信長は明智光秀をポカポカに殴ったのです。それがあるから本能寺の変になってしまうのです。権力を握ると人間は急変するのです。敵対権力があって、「いつでも自分に変わる奴がいる」というときには人間は注意します。敵がいなくなり、天下を統一するとわがままが全部出てしまいます。
 天下を取ると自分以外はムシケラのように思えてしまうから、人の命などムシケラのようにしか思っていません。これが今の金正恩です。我々は秀吉にその教訓を見ます。必ず滅びるのです。
 会社でもそうです。生意気なことを言って慈悲をたれないと、必ず滅びます。滅びないためにも慈悲をかけていくのです。かつて、ソロモン大王が言われたように「富は分け与えよ。富は配るのだ。そうすればその富は何十倍になって返ってくる」という箴言(しんげん)があります。このことを頭に置いて、経営者も、政治家も運営していかなければいけません。政治家は調子に乗るなよ!

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2017年11月29日

人間の探究 907 「池田大作は日本人である」という説について

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※池田大作が朝鮮服を着て香峯子がチマチョゴリを着ている写真もあります。これも池田大作が朝鮮人の証拠です。(日本人は絶対にチマチョゴリなど着ません!)

人間の探究 907 「池田大作は日本人である」という説について

 これは誰が言っているのかというと、長年池田大作の運転手をしていた人です。「私は間違いなく池田大作の家に行っていたので、両親も間違いなく日本人です。池田大作朝鮮人説は間違いである!」と言っていたそうです。
 こんな話はウソに決まっています。何故、そのように言うのかというと、根拠が違います。池田大作のやっていることを見れば間違いなく朝鮮人です。運転手が「車で送ったので、池田大作の親を見た」という話ではありません。
 池田大作のやっていることを見れば悉く朝鮮人です。創価学会の三色旗は韓国の韓三色です。それから見ても創価学会の旗は韓三色です。だいぶ前になりますが、創価学会では文化祭と称して盛んに人文字をやっていました。僕は「どこでこんな技術を覚えたのだろうか?」と思っていました。
 それは北朝鮮のお得意技だったのです。今でも北朝鮮は人文字をやっています。さすがに創価学会は今では人文字はやらなくなりました。あれは北朝鮮のものなのです。一つ一つ見て行けばみんな朝鮮学会です。
 それから公明党の山口那津男は中国の「抗日70周年の記念パレード」に出席しています。韓国の独立式典にも出席しています。山口那津男、お前は日本人ではないな。何故、そんなものに出席するのでしょう。
 だいたい日本は中国共産党と戦ったことは一度もありません。蒋介石の中華民国と戦っていたのです。中華民国は共産党から追い出されて、台湾に逃げたのです。そこで国民党政府をつくったのです。
 日本は中国共産党と一度も戦っていません。それなのに山口那津男は「抗日勝利」というパレードになぜ出ているのでしょう。山口那津男は、馬鹿づらをさらしているのでしょうか? 「日本は共産党と戦っていないから出席しない」と言えばよいのです。
 韓国もそうです。韓国に独立運動などなかったのです。こんなところに日本の政治家は出かけていってはいけないのです。日本と韓国は一度も戦ったことはありません。戦前の韓国は日本です。日本と日本が戦うのでしょうか? そんなことはあり得ません。
 それに比べて台湾人は偉いのです。絶対に親日です。中国大陸で戦ってきたのは国民政府です。日本と戦った蒋介石の軍隊は共産党に追い出されて台湾に逃げて台湾政府をつくったのです。それなのに日本を深く尊敬しているのです。「また日本に戻りたい」と台湾人は言っているのです。
 韓国と日本は一度も戦ったことがないのに、何が独立運動なのでしょう。そんなところへ出かけて行き「おめでとう」と言っている山口那津男は馬鹿ではないでしょうか? これも山口那津男が朝鮮人の証拠です。
 しかも、まだあります。創価学会は「韓日友好」と言ってきました。皆に指摘されて「さすがにこれはまずい」と思って聖教新聞は言わなくなったらしいのです。韓国がなぜ日本の上にくるのでしょう。日本人ならば「日韓友好」です。どうして韓国が上にきて韓日友好と言うのでしょう。おかしいのです。
 池田大作が朝鮮服を着て香峯子がチマチョゴリを着ている写真もあります。これも池田大作が朝鮮人の証拠です。「文化大恩の国、韓国に足を向けて寝られない」「卵はケルンと言う」「ソウルの夜景は美しい」など、何を寝ぼけたことを言っているのでしょう。
 そのようなことを一つ一つ見ていくと、状況証拠を見て「池田大作は間違いなく朝鮮人だ」と言えるのです。それだけではありません。飽くなき金儲けは、朝鮮人の得意技です。これは日本人に教えておく必要がありますが、朝鮮人は飽くなき欲望があります。
 僕の知り合いのN子も昔、寿司屋に連れていくと同じ物しか食べません。「いくら、頂戴」「いくら、頂戴」とびっくりするくらい同じ物を注文するのです。それだけではありません。朝鮮女はSEXでも終わりがありません。「もっと頂戴!」とくるのです。これが朝鮮人の性質です。欲望が満足しないのです。「欲しい」と思ったら何回でも来るのです。これが朝鮮人の民族性です。
 朝鮮人はどこまでもお金が欲しいです。宗教団体は、加入している会員から100円もらえばよいのです。100円もらっても、創価学会は「公称1千万人」と言っているのです。1千万人から100円もらってください。10億円です。
 それだけあれば充分です。何に使うのでしょう。そのような計算をすれば充分やっていけるのです。立正佼成会は250円の会費ですが、それで充分やれるのです。創価学会は飽くなき金儲けをやっているのです。「有り金は全部出せい!」「金は出せば出すほど功徳がある!」「地区部長は100万、200万円では済まないぞ!」と言って、飽くなき金儲けをやって、学会員が骨のガラになるまで搾り取っているのです。
 それから選挙のたびに「陣中見舞い」と言ってお金をとります。「聖教新聞は5部取れ!」と言って、5部とらせます。あれも金、これも金、全て金に結びついているのです。「今度、会館をつくるから寄付だ!」と言うのです。
 その時のお金は100万円単位です。杉並会館をつくるときは、僕も寄付を出したのです。創価学会は、どんどん金集めをするのです。飽くなき欲望です。
 池田大作は飽くなき欲望を求めます。それを緩めなさい。学会は人数が増えているのですから、100円をもらえばよいのです。僕ならば、そのような運営をします。100円で十分です。学会本部職員は何人ウロウロして遊んでいるのでしょう。創価学会は、学会員から金を搾り取るだけ取って、何万人も遊んでいる奴らがいるのです。「お金などとらなくていいのだよ」と、日本人ならばストップがかかるのです。
池田大作の欲望は無限大です。その他、お墓を売ります。お墓は1基、50万円以上するでしょう。僕の知り合いの創価学会のオバサンはお墓を3つ買ったのです。東京・八王子・北海道です。「3つもお墓を持って、どこのお墓に入るのだ?」と聞くと「分骨してもらう」と言うのです。骨を3つに分けて、分骨するのです。ひどいものです。創価学会はお墓で儲けて、寄付で散々儲けているのです。
公明党の国会議員や地方議員になれば国から金をもらいます。1万人くらいいますが、そいつらは、国から金をもらっているので、創価学会は金がかかりません。新聞は聖教新聞でたっぷり本部に金が入ります。どれを見ても「朝鮮人に違いない」とわかるのです。
池田大作はウソをつきます。「上手にね、ウソをついてテキトーなことを言っていけばよいのだよ」と言っているのです。まさにウソつき朝鮮人の体質そのものです。
 それから性の乱れです。支部長と婦人部長は仲良くなってしまうので離婚が多いのです。役職が夫婦ではないのです。会合が終わり夜になると「みんな帰ったな。そろそろ始めよう」と言って初めてしまうのです。どうしようもありません。
 そこから見ても、どう考えても池田大作は朝鮮人です。ソンデジャクだという説は僕も多少は異論があります。「永田町の陰陽師」こと富士谷紹憲(ふじたに・しょうけん)先生が持ってきた情報ですが、池田大作の正体はソンデジャクではないと思います。
 池田の家は江戸時代から続いているのり屋です。それは間違いないでしょう。そこに労働者として朝鮮人の親父が入ってきて、労働していたのです。そのうち、のり屋の娘とくっついて、その家に入り込んだのです。それで結婚したのです。当時、朝鮮は日本です。池田家で生まれた子供は日本人ですから戦争に行くのです。
 池田大作の親父は朝鮮人の籍に入ったのではなく、日本人の家に養子として入ったのですから、子供が生まれたら日本人です。子供は戦争に行くのです。池田大作の兄は2人戦死していますが、そのような戦死です。
 朝鮮人の親父が女をつくって、家に入れてしまったのです。池田大作の家は妻妾同居だと言われています。お妾さんと奥さんがいて、奥さんと妾の子供が8人くらいいたのです。ソンデジャクはいい加減な説だと思います。
 僕が言っている説が正しいと思います。そのようなことから言っているのです。これも鮮害(せんがい)の一つです。

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2017年11月28日

人間の探究 906 中杉先生、日蓮正宗の悪口は止めてください!

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※教義の面から見ると、日蓮正宗の教義は立派で正しいと思っています。それはそれでよいのですが、それを板本尊にしてはいけません。大石寺は「この本尊しか効き目が無い」などと言っているのです。

人間の探究 906 中杉先生、日蓮正宗の悪口は止めてください!

 僕のブログのコメント欄に「中杉先生、日蓮正宗の悪口は止めてください!」と書いていた人がいますが、僕のブログをよく読んでくれていますか? 僕は日蓮正宗の悪口など言っていません。
 日蓮正宗にはよいところもたくさんあります。しかし、一つだけ言っておかなければいけないことは、どんな組織にもよい人もいれば、悪い人もいます。
 創価学会の中に悪人が増えれば悪になります。善人が増えていけば立派な学会になります。日蓮正宗も同じことです。日蓮正宗は絶対の権威であり、何故かというと板本尊をもっているからです。
 「この権威は永久に不滅だ」と考えれば、組織は腐敗するのです。人間にはよい人間もいれば、悪い人間もいます。「日蓮正宗のお坊さんはみんな立派な人だ」というわけがありません。随分、日蓮正宗のお坊さんが婦女暴行で捕まった事件があります。ロクでもない坊主が大勢います。そのようなものです。立派に修行している立派な坊さんもいれば、悪い坊主もいるのです。
しかし、教義の面から見ると、日蓮正宗の教義は立派で正しいと思っています。それはそれでよいのですが、それを板本尊にしてはいけません。大石寺は「この本尊しか効き目が無い」などと言っているのです。「この御本尊に祈りをかければ、祈りとして叶わないものはない。広宣流布の暁には、日蓮大聖人様の抜けた歯から肉がはえてきて、日蓮大聖人様になる」という「お肉牙」、「御本尊を掃き清める紙を刻んで飲めば万病が治る」という「ご秘符」です。こんな考え方はありません。これは迷信です。
日蓮大聖人様の仏教は「国をどうするのか?」ということです。「予が弟子等は我が如く正理(しょうり)を修行し給え」(十八円満抄)と言われているのですから、「正しい理をもって立派な人間になりなさい。そうすれば仏教もわかるし、国をどのようにしたらよいのかということもわかる」ということです。国を思う立派な日本人が日蓮大聖人様の仏教を保つことにより出来上がってくるのです。
正理を追及していかないと立派な人間は出てきません。そのような角度で修行していかないといけません。日蓮正宗のお寺の坊主は坊主の立場でしっかり修行するのです。在家は在家の立場で修行するのですから、在家と坊主の違いなどありません。
日蓮正宗から言うと在家信者に「ご僧侶といいなさい! 僧侶と在家の立場は違うのだ」といいます。昔の坊さんは妻帯・肉食をしません。国家が採用しているお坊さんですから、肉食したり、妻帯したらクビになってしまいます。だから、そんなことはやらないのです。だから坊さんは尊敬されたのです。
信者の奥方と出来てしまったなどないのです。あったらその段階で坊主ではありません。そんな坊主は、還俗(げんぞく)というのです。尊敬するべき対象ではありません。坊さんがキャバクラに行ったり、女子高生を追いかけてやりまくったなど、そんな坊主はいません。
在家は働いて仏教を保とうとしています。坊さんはご供養によって成り立っているのですから、「在家のほうが偉い」という認識が必要です。在家は一生懸命働いているのです。そのように間違っているものは「間違っている!」と言わなければいけません。
日興聖人の考え方は立派だと思っていますが、日蓮正宗のやっていることは間違っています。板本尊にしたところから間違っているのです。日興聖人は「日蓮が魂は謗法の山には住まず」と言われて、お弟子5〜6人と身延山を下ってきたのです。日興聖人は大石ケ原という原に来て、連蔵坊というお寺を建てたというのが最初です。
人間が生活する場所を坊(ぼう)といいます。お寺ではありません。お弟子さんの5〜6人と生活を始めたのです。「ここは坊だから、お寺を造らなければいけない」と日興聖人は思っていたので「本門寺」というお寺を造ったのです。これが北山本門寺です。大石ケ原から約4キロ離れた場所にお寺を造ったのです。そのまた弟子の日代が西山本門寺を造ったのです。
連蔵坊は日興聖人もいなくなってしまい、誰もいなくなったのでお弟子さんの日目が継いだのです。日興聖人は38年間北山本門寺で生活をされたのです。日蓮大聖人様のお骨も北山本門寺にあります。日興聖人のお骨もあります。
連蔵坊には何もありません。だから「本尊をつくろう」と考えて、本尊をつくったのが江戸時代です。御義口伝を読んでも「大石寺の本尊が絶対だ」などと書いてありません。文献学的に言っても簡単な話です。
日蓮大聖人様の御真筆御曼荼羅は123体残っていますが、それは「お曼荼羅」と書いいてあります。これは個人的に信者に与えたものです。
「法華経を信じれば大功徳があります」と言われて「私にも書いてください」と言ったのです。有力な信者には1枚ずつ書いて渡していったのです。だから本尊が123体あるのです。
その中で「広宣流布の時にはどのようなお曼荼羅を立てたらよいのですか?」というと、その時のために「一閻浮提の御本尊なり」という御本尊を書かれたのです。これは一体しかありません。これが保田の妙本寺にある「万年救護の大御本尊」です。それ以外に本尊はありません。後はみんな「お曼荼羅」です。
「本尊なり」と書かれたお曼荼羅は一体しかありません。ところがこれは北山本門寺にあったのです。それを竹田勝頼が軍勢で襲って宝物をもっていったのです。そのときに「万年救護の大御本尊」もあったのです。それが江戸時代に保田の妙本寺から出てきたのです。
それが争いになったのです。北山本門寺は「それは我が寺の物だから返してくれ」と言ったのです。もう何百年も経っているのだから、「妙本寺のものだ」と言ったのです。その時に有名な大岡越前の守が出てきて判決を下したのです。
「持ち主は北山本門寺であり、何百年も持ってきたのだから、保田も権利がある」と言われたのです。そのようないわくつきのものです。本尊はそのようなものではありません。
そのようなことから考えていくと「大石寺が絶対だ」など、馬鹿なことを言っているのものではありません。それこそ時代錯誤です。戸田先生の門下生さんも僕の講義をよく勉強してください。


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2017年11月27日

人間の探究 905 蒙古襲来

蒙古襲来
※蒙古の軍船に日本の武士は小舟に乗って夜襲をかけたのです。

人間の探究 905 蒙古襲来

 BS6チャンネル「にほん!歴史鑑定」で「蒙古襲来」をやっていました。非常にタイムリーな放送でした。蒙古襲来と言っても、日本にやってきたのはほとんどが高麗人(北朝鮮人)です。高麗人が蒙古の皇帝に「日本をやっつけてくれ」と直訴したのです。
 それに蒙古のフビライがO・Kして、船団をつくって日本にやってきたのですから、主流は高麗軍です。連合軍といっても指揮官は蒙古人ですが、兵隊は高麗人(朝鮮人)です。蒙古人に命令されて最初「船を900艘つくれ」と言われたのです。
 高麗人は船を900艘造らされて大変迷惑なことになってしまったのです。自分で言ったのですから、タダ働きです。誰もお金はくれません。船を造って日本に出かけていかなければいけませんから、やる気はなかったのだと思います。
 当時の戦争で給料は出ません。全て自弁です。食料も自分でもっていかなければいけません。それが第一回目の蒙古襲来、文永の役(1274年11月11日)というのです。蒙古軍は対馬の国に上陸して、住民を皆殺しにしたのです。対馬の武士は勇敢に戦ったのですが、対馬には武士は300人くらいしかいませんでした。
 蒙古軍は何万人といるのですから、敵いません。華々しい戦いをして討ち果てたのです。その時に蒙古軍がやったのは、女は全て強姦して、女子供・男を皆殺しにして、死体の手に穴を開けて、ロープを通して船の舳先へ縛り付けたのです。残酷なことをやります。
 船が揺れると死体がプラン・プランと揺れるのです。蒙古軍は対馬を襲って、壱岐を襲い、博多にやってきたのです。日本人はビックリ仰天したのです。船の舳先に死体をぶら下げて、ドンチャン・ドンチャンとドラを叩いて、「てつはう」を投げつけてきたのです。「てつはう」とは手榴弾のようなものです。鉄の玉をつくり、その中に鉄の釘や陶器の破片など詰め込んだのです。火薬を入れて爆発すると、ボンと炸裂したのです。
 そんな武器を日本人は知らないのでビックリしたのです。まず、馬がビックリして進まなくなってしまったのです。バーンと手榴弾が炸裂すると、馬が怯えて進まなくなってしまったのです。それにもひるまず鎌倉武士は戦ったのです。
 蒙古軍は博多に一旦上陸して激しい戦闘を繰り広げたのですが、夜になると蒙古軍は船に帰ったのです。翌日になると船はいなくなってしまったのです。その日は11月です。それを調べると「大雨が降った」と書いてあるのです。
 その記録は博多はなく、京都の公家の日記からわかったのです。京都で大雨が降り、博多の気候を予測すると、その日に大雨が降ったらしいのです。一夜にして蒙古軍の船はいなくなったのです。
 全滅したわけではないのですが、台風を避けるために逃げたのです。逃げても台風が追いかけてくるのですから、途中で沈んだ船もあるのでしょう。ほとんど朝鮮半島には帰らなかったのではないかと思います。これが文永の役です。900艘の船で蒙古軍がやってきたのです。
 第二回目は弘安の役(1281年6月16日)です。これは14万人の軍勢が押しかけてきたのです。蒙古がなぜ日本を侵略しようとしたのかというと、台湾の上に南宋という国がありました。その南宋を落とすためです。南宋を落とせば蒙古の支配に入ったのです。
 しかし、南宋はなかなか崩れなかったのです。蒙古軍は生物兵器を使ったのです。生物兵器とは人間の死体です。腐った人間の死体や犬の死体など、南宋の陣地に投石器で放り込んだのです。
 そのような武器を蒙古軍は沢山もっていたのです。それで南宋を攻略して疫病を流行らせて、参らせてしまったというのが真相らしいのです。蒙古軍は初期の頃から生物兵器を使っていたのです。これで南宋は参ってしまったのです。
その南宋を落とすために蒙古は、日本に命令して軍を造らせようと思ったのです。蒙古が大陸から南宋を攻めて、日本と挟み撃ちにして南宋をやっつける計画だったのです。そのためにどうしても日本が欲しかったのです。
 蒙古はずるいことを書いてきて「日本とよしみを結びたい」と国書に書いてきたのです。「友好的な付き合いをしたい」と言うのです。それを飲んだら最後、日本はやられてしまうのです。
 案の定、蒙古は南宋を滅ぼして、南宋に「10万の軍勢をつくれ」と命令を出したのです。南宋に船を造らせたのです。南宋は蒙古に負けたので、言うことを聞かないわけにはいきません。南宋は船を造って、シナ海を通って4万人の朝鮮軍と合流したのです。14万人の大軍で日本を攻めようとしたのです。 博多湾一面が蒙古軍の船でまっ黒です。文永の役から弘安の役まで、7年くらいの期間があります。その間に、日本は「蒙古軍がまた来るかもしれない」と思っていたのです。蒙古からも国書をもってきたのですが、北条時宗は蒙古の使者の首を斬ってしまいます。それで博多に防塁を30キロぐらいつくったのです。
 蒙古軍が船から博多に上陸しても防塁があるので、簡単に攻めては来れません。鎌倉武士は防塁の中で戦ったのです。部分的に武士が負けて、蒙古軍がどんどん博多の街に入ってきたのです。「このまま押されていくのかな」と思っていたら、夜になると船に引き上げたのです。
 今のような気象予報士はいませんが、夜になると船に帰ったほうがよいと判断したのです。すると日本の武士は小舟に乗って夜襲をかけたのです。朝廷は神社に200名の神官を集めて、お祈りをさせたのです。
 日蓮大聖人様も蒙古調伏をやられたのです。だいたい20人くらいで祈りをかけられたのです。「日蓮もやってくれ」ということです。「わかり申した」と「南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経、・・・」と日蓮大聖人様は祈られたのです。
 するとまた大風が吹いたのです。敵の船は20メートルある結構大きな船です。それが全て沈んでしまったのです。まさに神国としかいいようがない奇跡です。
 「歴史は繰り返す」といいますが、今の北朝鮮が日本に「原爆を撃ち込むぞ!」と言っていたら、日本としては最大の脅威です。蒙古以上の恐怖です。しかし、神罰が働いて、あの国はなくなってしまうのです。
 朝鮮人は一人もいなくなってしまうのです。神罰が働くのです。神国に「原爆をぶち込むぞ!」と1回・2回・3回も脅しているならば、大変な神罰を受けます。我々はその神罰を頼りにしないで、最善の防備をしていかなければいけませんが、最後はやはり神風が吹きます。とんでもないことが起きてくるのです。
 自分の国で原爆が爆発してしまうとか、すでにもうそうなっています。北朝鮮で技術者が200名も死んでいます。神風は何が吹くかわかりませんが、この神国を狙う者は滅びるのです。この国は神の創られた国です。神の創られた国を壊そうとするのですから、それには神罰が下るのが当然です。
 この元寇の話は「日本が神国である」ということを証明しています。かつまた、日蓮大聖人様の祈りが如何にすごいのかということが証明されています。歴史は繰り返します。まさに北朝鮮問題は「平成の元寇」です。これを覚えておきましょう。

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2017年11月25日

『日本人に打ち込む100本の柱』赤に近付くな! 70柱

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※チャールズ・ロバート・ダーウィン(Charles Robert Darwin), 1809年2月12日 - 1882年4月19日)は、イギリスの自然科学者。「進化論」の悪思想を唱えた。

土曜日特別講座『日本人に打ち込む100本の柱』 
赤に近付くな! 70柱

 世界を覆う、破壊思想というものがあります。この思想にはまると、「あらゆる権威を認めない、あらゆる権力を認めない。」となります。何故ならば、「人間は皆平等だから」と言うのです。
 どうしてこのような思想がでてきたのかというと、ダーウィンの進化論に根本の原因があります。この世を創っている神というものは存在しない。従ってアミーバーから純自然的に発生して今日の多様な動物ができたのであるから、進化(evolution)というもの、これは自然法則である。自然法則だから神がいないのです。神がいないという考え方は唯物論である。唯物論は、ようするに権威も何も認めないのです。だから人間も成分として捉えているから、神がいないのだから、必要でないものは抹殺すればよいのです。どんどん抹殺すればよいのです。人間がお風呂に入って垢を落とすように、落として落とされる細胞のように不要なものはどんどん抹殺すればよいのです。
 それがこの間の金 正恩(キム・ジョンウン)の側近の処刑事件です。役に立たなくなったら、側近だろうと、何だろうと抹殺するのです。ここに恐ろしいところがあるのです。例えば一億人の人口がいる国家ならば、四千万人で十分ならば、六千万人の人間を抹殺するのです。しかし、それを人殺しとしてとらえないのです。成分が無くなるのであって、純粋に中の成分がよくなるのです。悪い成分は外に出してしまうというのが唯物弁証法の考え方です。
 この進化論からはじまって、唯物論に至り、それから唯物弁証法に至り、作られたのが共産主義思想です。この思想は矛盾に満ちていて、いかなる権威を認めないといいながらも、プロレタリアート独裁ということは認めるのです。プロレタリアート(労働者)の独裁です。労働者の独裁は認めるのです。これが彼らの言うプロレタリアート独裁です。
一番悪いものは、資本主義の中で商人だったり、君主だったりして、支配したり金儲けをしている連中は悪い成分なのだといいます。これは、徹底的に撲滅しなければなりません。 これがカンボジアのポル・ポト(一九二八年五月十九日 ‐一九八八年四月十五日 カンボジア共産党書記長。)の大虐殺です。親を子供が殺したのです。それから、中国の紅衛兵(こうえいへいは、中華人民共和国の文化大革命時期に台頭した全国的な青年学生運動。)の文化大革命です。知識人、大学教授、学者、経営者、企業家はすべて悪だというのです。一番偉いのは、プロレタリアート労働者だというのです。原始思想なのです。こんな考えになるから、誰も尊敬しなくなるのです。自分の自己主張のみが存続する形になってくるのです。
 この思想を持った人間が会社に入り込むとどうなるかというと、「経営者が悪い! 経営者が全部搾取している。俺達は搾取されている。」と考えるのです。だから、団結して徒党を組んで経営者を倒そうとするのです。国家にしてもそうです。「官僚がいて、国家を支配している。この官僚から、政治というものを我等は取り返さなければいけない!」これがデモです。徒党を組んでデモを行い政権を打倒する。ということは、彼らがやることは旧権力の破壊なのです。ぶっ壊しの思想なのです。
 ある会社に、H・Tという人間が入り込み、「経営者が悪い。搾取されている。皆、団結してアイツを倒そう!」と、たくらむのです。それで、皆を辞めさせて自分は今、乞食になってしまいました。これは、早稲田大学夜間部社会科学部出身の男でした。口で唱える日本精神、やっていることは赤思想です。こういうおかしな人間がでてくるのです。
ともかく赤思想に取り付かれると、「人間は平等である。アルバイトで使われている人間も社長も労働者である。私の主張も聞いてくれていいじゃないか。」という人間を、つい最近見たけれども、全くひどいデタラメぶりで、人間の差を認めないのです。
 そして、この赤思想はもっと言うと、ユダヤ人のカール・ハインリヒ・マルクス(一八一八年五月五日 ‐一八八三年三月十四日、共産主義運動・労働運動の理論的指導者)が作り上げた仮論なのです。実験としての社会思想なのです。こういう形で社会をまとめた場合に、どうなるかという架空の試作書なのです。それを用いて共産革命に使ったのです。 これが、ウラジーミル・イリイチ・レーニン(一八七〇年四月二十二日 ‐一九二四年一月二十一日)のロシア革命です。ですから、ロシアの革命は社会主義革命ではなくて、社会主義というのは実験であって、本当はユダヤ革命なのです。ユダヤ人がロマノフ王朝を追い出して、新しいユダヤ人の独裁国家を造ろうとして頑張ったのがレーニンや、ヨシフ・スターリン(一八七八年十二月十八日‐一九五三年三月五日、ソビエト連邦第二代最高指導者)です。皆、ユダヤ人です。そして、彼等の国は滅んでしまいました。共産主義ソ連は無いのです。
 ともかく、この共産主義を取り入れたならば、必ずその国は滅びるのです。人間性に反するからです。アメリカの共産主義者というのは全員がユダヤ人です。破壊思想なのです。
こういう破壊思想に比べて、我国の思想というのは、建国・建設の思想なのです。国家を建設して、人間を建設して、社会を建設するのが日本精神である。だから皆さんは赤を見たら逃げよ。赤は、ほっかむりをしている場合があります。民主主義、民生(民主主義青年団体)、それから商工会議所です。商工会議所は税金の相談に行く所です。その実体が赤なのです。赤を見たら逃げなさい。要注意ですよ!

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2017年11月24日

人間の探究 904 勾玉(まがたま)の話

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※本翡翠の勾玉は、1.大王がもっていました。2.結界をはります。3.運勢をあげます。

人間の探究 904 勾玉(まがたま)の話

 正理会では本翡翠勾玉(ほんひすいまがたま)を皆様におすすめしています。どうして本翡翠勾玉がよいのかというと、正理会の勾玉の原料は本翡翠です。
 形は勾玉でもガラスでできたもの、プラスチックでできたもの、水晶でできたもの、石でできたものなどがありますが、勾玉は翡翠でなければいけません。翡翠は、ダイヤモンドの次の硬さです。鉄器では刃が立ちません。ノミをあててもびくともしません。
 古代人はどのようにして翡翠の勾玉をつくったのでしょう。鉄器もないような時代です。青銅の道具では、勾玉をつくることなどできません。細かく石を砕いて、石の砂で削ったのではないでしょうか。大変な作業で何年もかかります。
 こんな作業をしても勾玉は少ししかできません。勾玉の穴はどのように開けたのでしょうか? 鉄など歯が立ちません。翡翠の勾玉の制作年数は、1年から1年半はかかったのだと思います。
 こんな貴重なものは、まさに大王しか持てません。大王の印が勾玉です。これをシナにお土産でもっていくと、もの凄く喜ばれたのです。「勾玉は有難いものだ」と本能的にわかるのです。
 日本では新潟県の糸魚川でしか、翡翠はとれませんでした。今ではブラジルなどで少しは採れるそうです。良いものは新潟の糸魚川の翡翠です。これは神通力をもっています。例えば水晶時計(クオーツ時計)があります。水晶時計は何を電池にしているのかというと、水晶を電池としているのです。水晶の粒子は細かく振動しています。
 目に見えない水晶の振動を使って時計を動かしているのです。これがクォーツ時計です。水晶でも時計が動くだけの力があります。本翡翠の勾玉はもっと不思議なことが起こるのです。
 人間の思いが勾玉をつけている人の波動となって外部に出るのです。だから、世界が変わってくるのです。
古代の大王は翡翠の勾玉を欲しがったわけです。ところが、欲しがっても何個もない貴重なものです。
やっと「1個できました」ともっていくと、泣いて喜ばれて、お返しに黄金などくれたのです。日本の最高のお土産は本翡翠の勾玉です。
 勾玉の精神こそが、日本人の原点であるから、勾玉をつけたらよいのです。僕も自ら本翡翠の勾玉を身につけて元気にやっています。元気になりたい人、目標をもっている人は、この勾玉を是非身につけてもらいたいと思います。運勢が変わってきます。何も言わなくてよいのです。本翡翠の勾玉は貴方の思いを肌で感じて、波動が大宇宙に広がってしまうのです。
 貴方が思った世界にだんだん変わってくるのです。病気の人は病気が治り、貧乏人は金持ちになり、良縁に恵まれない人は良縁に恵まれてくるのです。
 僕はたまたま自分が身につけていたら、たまたまそのようなルートができたのです。希望者は本翡翠の勾玉を身に着けたらよいと思います。身につけると自分の世界が変わります。


■本翡翠の歴史・効果
翡翠の歴史では日本が最も古く、縄文時代から勾玉として使用されてきました。
翡翠は、『忍耐、調和、飛躍』を表す鉱物とされ、持つ人に大いなる叡智を授け、素晴らしい人徳を与えてくれるといわれています。

日本では古代より天皇家の「三種の神器」の一つとして、大事にされてきました。我々もこの勾玉を身につけることにより、天皇家の神秘の守りを身につけることができます。
落ち着いた冷静さと揺るぎない忍耐力を養い、災いや不運から持ち主の身の安全を守ってくれるでしょう。不安で落ちつかない夜にも効果を発揮し、持ち主に平和な眠りをもたらしてくれるともいわれています。冷静さや沈着さを高めてくれるため、自ら災害に巻き込まれることも防いでくれるでしょう。
また、東洋では古来より『あらゆる成功と繁栄』を象徴する石として大切にされてきました。秘めた能力を開花させ、夢や目標を達成させる心強いサポートをしてくれるといわれています。5月の誕生石です。
翡翠は、ジェダイト(硬玉)とネフライト(軟玉)の2種類に分けられます。二つは鉱物学上では違う石なのですが、エネルギー的に見て大きい意味では似た性質がある石です。
ただし、ジェダイトは夢や自分自身の霊的な部分に繋がるエネルギーが強く、ネフライトは自然との繋がり、自然霊との繋がりを強める傾向が強いという違いがあります。

■本翡翠の伝説
翡翠は、その豊富な色の原石が、美しい"翡翠"(カワセミ)をイメージさせることから"翡翠玉"と呼ばれるようになり、 その名前が中国から日本へと伝わってきたとされています。
 古く中国では、五徳(仁・義・礼・智・信)を高めるとされ、富豪らは正妻に翡翠を贈り、第二夫人にはダイヤを贈ったとされています。

 翡翠は玉(ギョク)と呼ばれていました。
古来より玉(ギョク)には神秘的な霊性があると信じられ、神や皇帝などと結び付けられていました。国王の座る椅子を『玉座』と呼ぶのは、そうした名残です。

 日本でも古くから『豊穣、生命、再生』をもたらすものと信じられ、また神聖な石であると同時に、「幸運の石」として大切にされてきたといわれています。
 そうした、さまざまな伝承が残るジェダイト。
東洋人には、特に深い歴史となじみをもつパワーストーンです。

■本翡翠の効果
○純粋さと平穏の象徴
○洞察力、忍耐力を養う
○人徳を与え、友情と幸運を引き寄せる
○人生の成功と繁栄
○トラブルの回避
○自己実現
○事業の成功と安定
○自己成長の促進

 新陳代謝を活発にして、腎臓や腹蔵などの病気の治療に効果があるとされています。
また、目の病気の治療や、体内に停滞した毒素を排除する治療に用いられたと伝えられています。



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2017年11月23日

人間の探究 903 東の国日本から太陽は昇る

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※千葉県の房総半島には天照大神の御厨(みくりや)があり、太陽が最初に登るところです。

人間の探究 903 東の国日本から太陽は昇る

 日本は世界から見て東の国です。すると太陽と同じです。太陽も東から出ます。千葉県の房総半島には天照大神の御厨(みくりや)があり、太陽が最初に登るところです。
東条御厨(とうじょうのみくりや)は、安房国長狭郡(ながさぐん)にあった御厨です。現在の千葉県鴨川市付近と推定さています。
日蓮大聖人様は、弘安2年(1279年)の書状に「安房国長狭郡之内東条の郷、今は郡也、天照大神の御くりや、右大将家の立て給いし日本第二のみくりや、今は日本第一なり」と記しています。
 千葉県鴨川市清澄にある清澄寺もそのような場所に建っています。日蓮大聖人様は朝日に向かって「南無妙法蓮華経」と唱えられたのです。御厨とは、天照大神のお住まいです。そこから太陽が登るのです。
 世界の文明はみんな日本に向かって入ってきます。西で生まれた仏教は、中国に入って朝鮮半島を経由して日本に入ってきたのです。ルートからいうと、西から東に向かったルートです。天竺と言っても太陽はインドから登りません。日本から太陽が登ってくるのです。
 西洋の学問、儒教、あらゆる文化は東京に来れば、何でもあります。雪崩を打ったように、西から日本へ向かって入ってきます。ファッションも映画もみんな日本に向かって入ってきています。
 「日本は言霊の栄し国なり」と言われています。いろんな言語も入ってきています。全ての文化が日本に入ってきてしまうのです。最初は無制限に入ってきます。すると、日本の土地の持っている不思議なエネルギー(磁場)によって浄化されてしまうのです。
 最初は「変なものが入ってきたな」と思っても、浄化されて日本的なものになってしまうのです。サンバなども、日本に入ると妙に日本的になって、日本の祭りになじんでしまうのです。
 日本で禊された文化が日本独自のものになって、世界に向かっていくのです。世界の文化は日本に入り、日本で禊されて、日本文化となって世界に帰っていくのです。日ノ本の国、日本は文化の中心の国です。
文化は地方で生まれるのですから、世界的にはなりません。それが日本に入ってくると禊されて、日本的なものに生まれ変わってしまうのです。何でもそうです。漢字も英語もそうです。日本では小学校から英語教育をやっていますから、そのうち「世界で最も英語が上手いのは日本人だ」と言われるようになるかもしれません。アメリカ英語はイギリス人に笑われています。汚い英語です。本当に素晴らしい英語は[King's English]です。
 日本に英語が入ってくると、もう日本の英語です。日本の英語が身についてしまうと、世界で一番美しい英語を書き、美しい英語を話し、それが世界語になっていくかもしれません。
 最も世界で一番美しい言語は日本語です。奥深いのです。日本語を簡単に見ても、漢字・ローマ字・カタカナ・ひらがなが入っています。カタカナはユダヤ語です。世界の言語がみんな入って日本文化を形成しています。
 仏教もそうです。インドで生まれた仏教が日本に入ってきて、日本でお生まれになった日蓮大聖人様が仏教の整理をされたのです。「これも、あれもインチキ仏教。仏教とは法華経です」と言われたのです。もう仏教は結論が出ているのです。
 「国家はどのように運営したらよいのか?」というと、見本は日本です。アメリカはたかだか200年くらいです。そんな文明が1千年も続くと思いますか? もうすでに何件もの無差別殺人が起きています。アメリカは力で人々を抑えます。力でガンと上から押せば、そこからはみ出した奴は暴力に向かうしかないのです。ISもそうです。
 北朝鮮も力で押さえつけて、はみ出しそうだからぶっ壊すのです。凄い考えです。アメリカは力に従わない奴はぶっ壊すのです。
 しかし、アメリカが壊しても・壊しても、壊しきれなかったのが日本文化です。「日本人は完膚なきまで立ち上がれないだろう」とつくった憲法なのに、いつの間にか世界第二位の軍隊ができてしまったのです。しかも、「自衛隊は軍隊ではない」といいます。
 日本は、3.11の時に幕張危機があったのです。東京に摩訶不思議な放射能が現れたのです。あれは事実だったのです。幕張の地下に原爆の処理工場を造っていたのです。他にも何カ所もあるのです。原爆は2千発もっていると言われています。
 もうそのようなことになっているのです。アメリカはそれを知っているから、「日本に手を出すのはやめておけ、国が滅びるぞ!」と中国に警告しているのです。アメリカは知っているのです。日本はすごい国です。
 日本に入ってきたものは、全て禊されるのです。原爆もそうです。今、日本が原爆を持てばよいものです。「お前達、原爆を使ったらただではおかんぞ!」と、他国の原爆を封じるのです。原爆を持たなければ「原爆をなくしましょう」という運動は成立しません。自分が原爆を持って「こんなことは止めよう」と言わなければ、人間はなかなか止めません。
日本はそのような国です。この日本に生まれたとは、すごいことです。我々は神国に生まれたことを感謝しなければいけません。日本人は神国の神の子供です。それを忘れた日本人など意味がありません。
 神の子供ということは、日本人は神の子供です。先祖が神なのですから、我々も神です。他の国の先祖は動物です。朝鮮人の先祖はペクトー山に降り立った熊です。熊だと威張っている馬鹿はどうしようもありません。
 蒙古人の先祖は「蒼き狼だ」と言い、アメリカ人の先祖は「双頭の鷲だ」いい、外国人の先祖はみんな動物か獣です。日本人だけ先祖は神なのです。では、我々も神様です。神様から生まれたら神様です。獣から生まれたら獣です。「先祖は神だ」と言っているのは、日本人だけなのです。
 それを学んで世界の一員となっていくことが大事です。神の国、日本をなめたら怖いで!

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2017年11月22日

人間の探究 902 妙法の涌現しない創価仏法

美人
※妙法の修行とはそのようなことです。何十年も修行していると、だんだん妙法がにじみ出てくるのです。この妙法がにじみ出た人間を女で言うならば「法華美人」と言うのです。

人間の探究 902 妙法の涌現しない創価仏法

 日蓮正宗でも「南無妙法蓮華経を突き詰めていくと妙法になるのだ」といいます。一番大事なものは妙法です。それを突き詰めていくと妙になります。このような解釈をしています。「日蓮正宗もわかっているのだな」と思います。
 これが大事なことですが、創価学会はこんな考え方をしていません。まず、「南無妙法蓮華経は妙法だ」という意味すらわかりません。南無妙法蓮華経を分解してみれば、南無とは「有る法」ではありません。「知る法」です。
 妙法とは「知る法」です。知らなければ出てきません。蓮華とは「知る法」です。あえて分解してみると「妙法」の法とは「有る法」、妙は「知る法」です。妙法で「知る法」になります。「南無妙法蓮華経を信じる」ということは、妙法を知る法として涌現することを言うのです。仏様はこの妙法が涌現(ゆげん)されている人のことをいいます。
世間の学者や、何事かを成した政治家は法の世界の人です。目に見える法の世界で功績を残した人ですから、「法の世界を極めた人」と言えるのです。戦争の名人の豊臣秀吉も法の世界を極めた人です。
 日蓮大聖人様は「南無妙法蓮華経を極めなさい」と言われています。「法を極めなさい」とは言っていません。それには妙と法、2つ合わせて「妙法」ということをわかる必要があります。
 妙法の世界は「有る法」ではないから、どこかに転がっているものではありません。転がっているものではないから出てきません。知らないと出てきません。妙法は「知る法」ですから、大石寺の板本尊を妙法にしてしまうのは、全くの間違いです。目に見える板本尊にして、それをいくら拝んでも妙なるものが出てくるわけがありません。
 「妙」とは最初から形がありません。涌現するものです。ちょうど地下水がブクブクと湧き出して涌現するように、その人の中に自然に涌現する法が妙法です。この妙法は実によい香りがします。この妙法を極めた人に会うと、みんな参ってしまいます。全然違う匂いです。
 ヤクザでも、大悪人でも、この妙法の匂いのする人のところへは怖くて来ることはできません。妙法を極めた人は、あまりにも香しき高貴な人格なので、不気味に見えるのです。わかりますか? ヤクザや大悪人から見ると、妙法を極めた人は物凄く恐ろしい人間に見えます。
 自分たちは法の世界しか生きていません。妙法の修行をしていくと、妙法が出てくるのです。すると悪人は恐れて、一般の人は尊敬するのです。ところが大部分の人間は悪人ですから、恐れるだけで、尊敬はしません。
 妙法の修行とはそのようなことです。何十年も修行していると、だんだん妙法がにじみ出てくるのです。この妙法がにじみ出た人間を女で言うならば「法華美人」と言うのです。法華経を信じる人は法華美人と言われます。それはそうです。内面から妙法が湧き出てくるのです。普通の人は自分にこだわって「ああでもない、こうでもない」とやっているのです。それを超えて妙法の世界で生きているのですから、美人になるのです。
 創価学会で30年〜40年と修行しているババアの顔を見てごらんなさい。鬼ババです。美しさが何もありません。馬鹿丸出しです。もともとあった妙法が池田大作に全て吸い取られた無残な姿です。チュパカブラに血液を吸い取られたような顔になるから鬼ババのような顔になってしまうのです。
 池田には学会員の妙法が全部集まってしまったのです。池田大作が妙法を全て吸い取ってしまったのです。だから、池田大作は福々しい顔をしていたのです。福々しくて、福運があるように見えたのです。何兆円もお金を持っているのですから、それは福々しくもなります。
 池田大作は、チュパカブラのように創価学会員の血を吸って、その栄養が全身に行き渡って、ツヤツヤの顔になっているのです。学会員の妙法を吸い取ってしまったのです。吸い取られた学会員は、鬼ババになって鳥のガラのようになってしまい、何もわからなくなってしまったのです。
池田大作一人に妙法が集まってしまってしまったのです。それは本当の妙法ではありませんが、妙法を吸い取ってしまうような感じです。学会員は「池田大作先生を拝むことが仏になる道だ」このようになってしまったのです。
 大石寺は日興聖人の頃、ちゃんと妙法があったのです。それは御義口伝を読めばわかります。どこにも「板本尊を拝め。板本尊を拝むことが日蓮正宗の教義だ」などとは言っていません。
 ということは、大石寺に妙法はあったのです。曼陀羅はなかったのです。江戸時代になってから板本尊をつくったのです。「妙法と言ってもわからないから、板曼陀羅にしたほうが売れるぜ」ということです。それで板本尊をつくったのです。
 石田先生は「大石寺の本尊は必要悪だ」と言われていました。板本尊に集約する信仰は「必要悪だ」と言われたのです。「必要悪」とはどのような意味かというと、「組織をつくるためには」ということです。
 個人に対しては悪です。それを知っていてやっていたのです。「妙法が板本尊にある」など、そんなはずがありません。その教学を抜かないと、石田先生の言っていることは間違っているのです。石田先生は創価学会を初期の頃から創ってきた人間です。その誇りたるものは消えません。「俺が創価学会をつくってきたのだ!」と思っているのです。
 僕が板本尊を否定すると、全てが無くなってしまうのです。戸田先生も「本山に逆らってはいかんぞ」と言っていました。本山が板本尊(妙法)をもっているのです。妙法がなくなったら学会は成り立っていきません。
 創価学会会長と言っても大石寺の御本尊のご利益で成り立っているのです。それが「効力はありません」と言ったとたんに自分達も否定されてしまいます。だから戸田先生はそのように言われたのです。
 それも間違っています。それに気が付いて治してあげているのが正理会です。妙法とは何でしょう。妙法を一人一人の心の中に涌現させることが信仰の目的です。もし、日蓮大聖人様の弟子であるというならば、それを会員に教えていくのです。「涌現した妙法の力によって様々な問題を解決する」という姿勢でなければいけません。
 「板本尊を拝めば全て解決する」などということはありません。妙法は「知る法」です。「有る法」ではありません。法は「有る法」です。妙は「知らなければならない法」です。一応、「妙法」と言った場合は、「知る法」と言ってよいのです。
 もっとわかりやすい話をすると「大宇宙の中にゼロはあるのか?」ということです。顕微鏡で宇宙を見てもゼロは出てきません。ゼロは何処にあるのでしょうか? ゼロは頭の中にしかありません。
 板にゼロと書いて「これがゼロだ!」というようなものではありません。頭の中にゼロはあります。宇宙をいくら見ても、顕微鏡で見ても、ゼロは何処にもありません。もっと具体的なことを言うと1もなければ、2もなければ、3もありません。
 人間の頭の中で考えて「1・2・3」と言っているのです。宇宙を見ても何もありません。仏法とはそのようなもので、数学に似ているのです。涌現するとはそのようなことです。
 数学の天才は宇宙にないものが涌現してきます。アインシュタインもそうです。それを知っていくことです。南無妙法蓮華経の修行はそのような修行です。その究極のところは宇宙とつながるのです。それはそうです。あらゆるものは宇宙から出来ているのです。
 究極は「宇宙の言葉を聞くことができる」ということです。それが神通力につながっていくのです。本当の南無妙法蓮華経の修行とは、衆生をみな仏にしていくことです。「何故、凡夫が仏になるのか?」これを知っているのは仏のみですから、「如来秘密神通之力(にょらいひみつじんつうしりき)」と言うのです。以上!


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2017年11月21日

人間の探究 901 統一教会(世界平和統一家庭連合)

文
※統一重工業の武器製造を視察する文鮮明

人間の探究 901 統一教会(世界平和統一家庭連合)

 この宗教は日本始まって以来の邪教です。邪教の最たるものには真言立川流があります。「成仏の境地とはSEXの境地だ」というのです。男女が交わって感極まっていくところを「成仏だ」というのです。「成仏したかったら、男女の交わりをどんどんすすめろ」というので、乱交になってしまうのです。
 「こいつも、あいつも関係を持て」というので乱交になってしまうのです。「それが仏の道なのだ」というので始末に負えません。「SEXが仏の道である」と言うのです。寺院にある彫り物を見ても、男女がつながっている石のレリーフはたくさんあります。このような考え方もあります。
 しかし、これは邪教です。真言立川流は江戸時代にできたのです。こんなものが流行ったら国が乱れて大変です。ポルノと同じです。これも悪い宗教ですが、最も悪い宗教は統一教会です。真言立川流は、秘密と言っても目に見える部分があります。
 統一教会は宗教の実態が全く目に見えません。統一教会に入信して親が感づいて「お前、変な宗教に入っているのではないだろうね?」と子供に聞くと、「やっていないよ」と言うのです。親が「統一教会だけは入ってはいけない」と言うと「入っていませんよ」と言うのです。「まさか、文鮮明の写真をもっていないでしょうね?」と聞くと「文鮮明とは誰ですか? そんな人は知りませんよ」と言うのです。
 統一教会に入信すると、全てウソをつきます。「統一教会ではない」と言うのです。では、文鮮明の踏み絵をつくって「これを踏んでみろ」と言うと、奴らは平気で踏みます。「僕は統一教会ではないから」と言うので、捕まえようがありません。
 わかっているだけでも統一教会は400団体をもっています。400の宗教団体・法人・手相の会などもっているのです。
 リトルエンジェルスという組織があります。これはボーイスカートのような組織で、繁華街を周って歩いています。これも統一教会です。何が何だかさっぱりわからないのです。天地正教などという仏教団体もつくっているのです。
 最後の菩薩様の段階で「これが文鮮明先生なのだ。これはまたキリストとも言うのだ」と教わっていくのです。入り口が広くてどうなっているのかわからないのです。400団体ももっています。
 アメリカでは統一教会はムーニーと言われています。アメリカで文鮮明は、宗教家ではなく実業家だと思われているのです。日本でも危険な宗教だから入国禁止で文鮮明は日本に入れなかったのです。
 ところが自民党の大物議員が便宜をはかって日本で公演したことがあったのです。日本では久保木修己が会長です。文鮮明は遠くの天辺にいるのです。現実的に何かをするわけではありません。
 統一教会は、とにかくお金を取るのが上手いのです。昔は朝鮮人参を売り歩いていたのです。朝鮮人参の粉末は1個30万円くらいするのです。「これを病気の人に飲んでもらえば治るから」と言って、売っていたのです。そのうち空気銃を売りだしたのです。統一教会は銃器製造の会社をもっているのです。一和というピストルやライフルを造る会社をもっています。その会社でピストルをつくったのです。当時、空気銃はあまり縛りがなかったので、誰でも持てたので、空気銃を造って売ったのです。それを統一教会の会員に持たせたのです。
 ところがその空気銃は殺傷能力があるのです。これはまずいので、輸入禁止にして日本では売れなくなったのです。空気銃といってもいろいろあります。今のエアーライフルは、ガスボンベを入れて弾が飛びますが、そんなものではありません。ものすごく威力があるのです。人間を殺せるのです。統一教会は、その銃器を日本に持ち込んで革命をしようとしたのでしょう。そのようなこともやっています。
 朝日新聞が統一教会の壺販売を叩き出したら、赤報隊が来て記者が猟銃で殺されました。赤報隊事件といいます。何しろ、こいつらは全く正体がわかりません。聞くところによると、南米に麻薬組織を持ち、北朝鮮とつながり、自民党の大物に食い込み、ヤクザとも関係を持っています。当然です。麻薬をやれば自動的にヤクザとつながってしまいます。
 全く得体のしれない宗教です。統一教会は姿を隠して、主に大学生を狙っています。手相の会、星占い、人相占い、何でもよいのです。そのような会をつくり、そこに誘い込むのです。
 「手相だからいいや」と思っていると、だんだん教えが深くなり、「神の教えを知らなければいけない」と言うのです。彼らが入会させる非常に大きな武器があります。「人間が生きる目的とは何でしょう。豚や牛は意思がありません。人間は意思を持っています。人間は生きる目的を持たなければいけません。神様は人間を創ったのですから、神様が言う地上天国を造ることが神様の御命令です。それに励むことが大事です。他の人は神を知らない。神を知らなければ豚と同じだ」という論理を教えるのです。「そうだな」と思うともう戻れなくなってしまうのです。北朝鮮と似ていますね。北朝鮮は「地上の楽園」と言っていたのです。これは仏教でも何でもありません。
 統一教会は世界基督教統一神霊協会というので、信者は妙に霊に怯えるのです。毎朝、井之頭公園の木の周りに10人くらい集まって、木を拝むのです。「文鮮明先生、ここにいらしたのですか。私はたいした仕事ができませんでした。昨日も一日5万円しか売り上げがありません。馬鹿な僕です。すみなせん、お父様、お許しください」と懺悔の儀式をさせていくのです。
 統一教会には「原理公論」「万教帰一」という本があります。「目的は世界の宗教を一つにして、統一教会が主導してローマ法王も入ってもらい、それまで頑張るのだ」というのです。
 統一教会が邪教だという最大の理由は、「日本を悪魔の国」と教えることです。これは絶対に許してはいけません。「何故、悪魔の国なのか、神の国である朝鮮を奴隷にして、植民地にしてあらゆるものを奪った。奪ったものは返さなければいけない。世の中を救おうと思って、2千年前にイエス・キリストが出てきたが、イエスは救世に失敗した。だから磔になったのだ」と言います。これが第一回の救世です。
 第二回の救世のためにイエス・キリストが出てきたのです。何処に出てきたのかというと、世界で一番苦しい思いをした朝鮮半島にイエスが出てきたのだ。それが文鮮明だ。文鮮明は世界の救世主だ」と言うのです。何を寝言を言っているのでしょう。
 文鮮明の長男は麻薬で捕まったり、娘は「私のお父さんは救世主ではありません。単なる女道楽の野獣のような人間だ」と娘がバラしているのです。三男が麻薬で死んでいるのです。文鮮明は自分の乗っていたヘリコプターが黒焦げになって死んだのです。文鮮明は救世主でも何でもなく地獄へ行ったのです。
 信じ込んだ日本人の信者が文鮮明に天皇陛下を土下座させようということを企んでいるのです。真実の神がニセの神に土下座をするなど、神罰が下ります。統一教会の信者は「そうすれば日本に平和がくる」と洗脳されているのです。「世界の言語は朝鮮語になるのだ。みんな朝鮮語を勉強しろ、わかったか!」と宣教師に言われると日本人の信者は「ネッ!」と答えるのです。「ネッ!」とは、朝鮮語で「はい!」という意味です。
 この連中がソウルに行って従軍看護婦に「本当に申し訳ない」と着物を着てお詫びしているのです。馬鹿もいいところです。
 この宗教だけは断じて許してはいけません。しかし、今は相当大きくなっています。創価学会のように何百万人いるのか見えないのです。一説では安倍晋三、稲田朋美、世耕弘重、高村正彦、高市早苗、みんな統一教会です。政界に深く入り込んでいます。
 この宗教だけは日本人として絶対に許してはいけません。統一教会の人間を見たら「お前は朝鮮へ行け!」と、みんなでしかりつけるべきなのです。朝鮮人をお父様と言うのだから、日本人ではありません。朝鮮人に奪ったものを貢ぐのだという人間は、日本人ではありません。真実の歴史も知らなければ何も知りません。
 久保木修己くらいの幹部になると高学歴が多いのです。久保木修己は「みんなの気持ちもわかっているよ。何故、朝鮮人を上に仰がなければいけないのか、これには理由がある。日本人が悪いことをしすぎた。大陸を侵略して朝鮮を植民地にして悪いことをしすぎたので、日本人は信用されていない。信用されているのは朝鮮人なのだ。だから朝鮮人を立てていくのだ」と言うのです。するとみんな納得して「ネッ!」と言うのです。
 全てウソです。久保木修己ももう地獄へ行ってしまいました。まだ若いのに、悪いことをやっていると長生きできません。以上!


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2017年11月20日

人間の探究 900 謗法(ほうぼう)

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※真言宗の求聞持聡明法・阿字瞑想法・月輪観瞑想法は大乗経典と言っても小乗教の教えに近いのです。

人間の探究 900 謗法(ほうぼう)

 日蓮大聖人様は謗法を嫌っています。「私は仏道修行をしている」と思っても、謗法(ほうぼう)するならば、それは地獄因になってしまいます。「いつも自分が信じていることが正しいのか、成仏に向かっているのか?」ということを考えてみなければいけません。成仏へ向かっていく反対の方向を謗法(ほうぼう)というのです。
 まず、仏教には大乗経典があります。権大乗経(ごんだいじょうきょう)といいます。権大乗経とは、「仮の大乗経の教え」という意味です。大乗経とは小乗教に対しての大乗経です。
小乗教は小さい乗り物です。断食したり、滝に打たれたり、自分でしかできない修行をして悟りを目指していくのですが、小乗教で出来上がった人を辟支仏(びゃくしぶつ)といいます。辟支仏とは自分のことしか考えていないエゴイストということです。一応、何らかの真理に触れて少しは「仏かな」と言われる人です。
 今でもインドの山奥にいるのです。ヨーガの行者、仙人と言われてこのような修行をしているのです。所謂、仏道ではないのですが、なんとなく一分の悟りを得ることができます。
 その中にあるのが真言宗の求聞持聡明法・阿字瞑想法・月輪観瞑想法です。これは大乗経典と言っても小乗教の教えに近いのです。自分だけ洞窟に籠って修行していくのは、小乗教です。こんなことができるのは、ほんのわずかな人です。大部分の人間はこんな修行はできません。誰でもできないから小乗教というのです。
 衆生は小乗教の修行はできません。それでは衆生が可哀想だから、次に出てきたのが大乗経典です。大乗経典は「多くの人を救える」という教えです。
 大乗経典の中には権大乗経(ごんだいじょうきょう)があります。権(ごん)=仮の教えです。これは一時的に仏が機根のあった人々を救うたけの教えです。その代表的な教えが阿弥陀経の教えです。仮の大乗経です。
 仮の大乗経とは、実大乗経(法華経の本当の教え)が出たときには、もう役に立ちません。権大乗経は仮の教えです。「人間が死ぬと阿弥陀仏が迎えに来て、極楽浄土へ逝ける」という仮の教えです。これだと多くの人が救えるのです。悪人でも善人でも救われるのです。それが大乗経典です。
 でもそれは仮の教えです。人類全体からいうと、ごく少数の人間しか救われません。その後に実大乗経という本当の教えが出てくるのです。この本当の教えのことを法華経というのです。
 法華経の中には阿弥陀経の浄土三部経は入っていません。法華経は浄土三部経の教えと根本的に違うとわかります。釈尊の本意は法華経です。実大乗経(法華経)を説きたかったのです。
 「人間が死ぬときに阿弥陀仏の名前を唱えれば極楽浄土に連れていってくれる」など、いかにも易しい教えですから、みんなが飛び付きますが本当の教えではありません。念仏が釈尊の説きたかった教えではありません。「次の教えが出たときには前の教えは効力がなくなるから捨てなさい」というのが日蓮大聖人様の教えです。
 実大乗経が出たのに、権大乗経という仮の教えにしがみついていると悪になります。法華経を説く人が出てきても、「私は法華経など聞きたくない。阿弥陀様に極楽浄土に連れていってもらいたい」このように思っていてはダメなのです。それは実大乗経がまだ説かれていない間ならばよかったのですが、実大乗経が出てきたら効力はありません。
 釈尊にも臨終があります。「これ以上待てない。今まで心の底に秘めておいた本当の法を説きます。今まで私が説いた法は忘れてください」このように言われたのです。みんな仮の教えです。小乗教の教えも権大乗経の教えもみんな法華経を説くための土台作りのようなものです。
 「私はあと8年で死にますから、いよいよ法華経を説きます」と言っているのに、「私は阿弥陀仏がよい」とか、「山の中に入って滝に打たれて修行をしたい」と言うのは、悪になります。それは謗法です。
 日蓮大聖人様が目の敵にした法然は謗法の大家です。法然は実大乗経を広めていないからダメなのです。12年間も比叡山延暦寺で山に籠ったのですが、悟れなかったのです。法華経が何を説いたものはさっぱりわかりません。優秀な学生だったのですが、何回も法華経に取り組んだのですがわからなかったのです。
 法然は「女が抱きたい」という煩悩が消えません。頭の中は女のことばかりです。阿弥陀仏はそのような人のために阿弥陀経を信じればよいのです。阿弥陀経のことを他力本願といいます。
 「煩悩をもったままで修行もしないで、ただ阿弥陀仏様におすがりして西方極楽浄土へ逝きましょう」という教えです。阿弥陀様の神通力によって救われようとする他力本願です。
 法華経はそんな教えではありません。仏にすがって連れていってもらえる教えではありません。法華経は自分を高めさせて成仏させる法です。だから難しいのです。あの法然でさえも落ちてしまったのです。
 なかなか法華経を信じる人は少ないのです。みんな途中で止めてしまうのです。当然です。「私、今地獄道やっているから、地獄道のままでいよう」ということです。自分を向上させようとしないのです。自分を向上させることは大変なことです。落ちていくことは楽なのです。
 仏教を大きくわけると「往生する法」と、「成仏する法」に別れます。
阿弥陀経は、人間の最終目的は「往生する」と言うのです。極楽浄土へ逝くのです。自分で成仏する必要などないので、阿弥陀仏の神通力によって往生するのです。
 平安時代や、徳川幕府の時代も、みんな阿弥陀経です。宇治の平等院も阿弥陀三尊が祀られています。人間が死ぬ時には指に糸を巻いて阿弥陀仏の仏像に結びつけて「南無阿弥陀仏、・・・」と拝んで、糸で結ばれたまま阿弥陀様の極楽浄土へ逝けるという考えです。
 「極楽浄土はどのようになっているのですか?」という見本で宇治の平等院を造ったのです。宇治の平等院は極楽の姿です。池があり、真っ赤なお堂があり、それが夕日になると池に写り美しく見えるのです。念仏は往生といいます。
 法華経は往生に非ず、成仏というのです。成仏は難しいのです。まず、「成仏する第一条件は謗法を避けよ」ということです。謗法などやっていると、いくら法華経を修行しても功徳はなくなってしまいます。
 大石寺の板本尊も、日蓮正宗法華講の樋田昌志君も、創価学会も謗法のうちです。法華経の修行に板本尊などいりません。それに結び付けて「これさえ拝めば祈りが叶う」というならば、念仏と一緒ではないですか。謗法が入った法華経というようなものです。
 ましてこれが南無妙法蓮華経となるともっと上の法です。大事なことは、仏教とは国がありません。それはそうです。仏教の始まりは「家を出よ!」と言うのです。家を出て俗世間の欲望「偉くなりたい」「大臣になりたい」「財産を持ちたい」という、「くだらない欲望を捨てなさい」と言います。裸で生まれた人間が持って良いものは、衣1枚と托鉢のお茶碗です。これだけは持ってよいのです。
 家を出て、釈尊の弟子になるのです。「家を出る」とは「社会を出る」という意味です。仏教とはそのようなものです。仏教は真諦(しんたい)を説いたものです。俗世間のことに目がいって「公明党をつくって天下を取る!」など、くだらないことをやっていると真諦は学べません。
 真諦を学ぶためにはくだらないことをやっていたのではダメなのです。一身をなげうって、「一心欲見仏 不自惜身命」という気持ちで仏教を求めていかないと本当の仏教はわかりません。本来の仏道は家や身分などありません。
 末法の日蓮大聖人様の仏教になると「国」が入ってくるのです。日蓮大聖人様は考えられたのです。「かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし」(種種御振舞御書)と言われています。日蓮大聖人様には「国」という概念がしっかりとあります。国がなくて、何が仏教なのでしょう。そのように日蓮大聖人様はお考えになられたのです。
 仏教もよいけれども、悟りを得るのもよいけれども、国が滅びたら悟りも何もありません。だから日蓮大聖人様は「立正安国論が一番大事だ」と言われたのです。一生涯に立正安国論は三度書かれています。
 一度目・二度め・三度めと書かれて、三度めは精密に書かれています。若干の違いがあります。日蓮大聖人様の仏教は「国」が入っています。立正をして、国が治まるのです。国が入っています。
 日蓮大聖人様のお名前も「日に連なる」と読みます。日とは、日本国です。日本国に連なるという意味で「日蓮」です。日蓮花押です。右側には天照大神、左側には八幡大菩薩です。両方共に日本の神です。神国に打ち立てる南無妙法蓮華経という新しい仏教です。日蓮大聖人様の仏教には「国」が入っています。それで完成するのです。
 仏教のエッセンス、神国が全て入っているのです。仏教を正すことにより、国も正していくことが日蓮大聖人様の立正安国論の御精神です。日本に災難が起きるのは皇室が念仏を入れたからです。真言密教を入れて、東大寺を造り、日蓮大聖人様から見るとみんな謗法です。そんなことをしてはならないのです。
 個人においてもそうです。公明党の選挙運動は即謗法です。地獄へ行く道を歩んでいるようなものです。そのようなことを学会員はわからなくなってしまいました。僕のブログに対して一つも反論がありません。「それは違うだろう!」と言ってみなさい。言えないでしょう。学会員は朝鮮人池田大作に魂を抜かれてゾンビになってしまったのです。
 普通は自分のことを批判されたら怒り狂います。それもエネルギーです。怒り狂うエネルギーもないのです。魂がないのです。池田大作が学会員の魂を全て吸い取ってしまったのです。生きるゾンビが歩いているだけです。学会幹部「あっちへ行って1票取って来いよ」学会員「はい、はい、はい」とキョンシーのように跳ねまわっているのです。
 学会員に物申します。もうちょっと、しっかりせんかい! そうでないと諸君は地獄へ行くだろう。


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