2018年02月

2018年02月28日

人間の探究 968 文化とは何か?

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※お茶は、「たった一杯のお茶を、如何に楽しんで飲むのか」という作法です。このような作法をすることにより、たった一杯のお茶で7時間も過ごせるのです。これを「文化」というのです。

人間の探究 968 文化とは何か?

 人間が食べ物を食べる場合、料理をします。「お腹がいっぱいになればよい」というわけではありません。「何でも食っていればよいのだよ」というのは無分別です。それを磨いて、料理にしていくのです。
 料理をしない国民など、エベンキ人のようなもので、生肉をカッ食らっていればよいのです。そこで調味料が発明されて、美味しい料理ができてきたのです。今、まずいものを食べているのはお金の問題ではありません。
 鈍感だからまずい物を食って平気でいるのです。舌がなれて磨かれている人にとって、料理は御馳走です。「これはまずいもの」と区別することは、いけないことではありません。
 着物もそうです。良い着物を着れば美しく見えるのです。ボロを着ていれば、ボロなりの心しかでてきません。食べ物も何も考えないで、ただ食っていればよいというものではありません。
 そのような中に仏教の中から生まれた、禅やお茶があります。これは「たった一杯のお茶を、如何に楽しんで飲むのか」という作法です。このような作法をすることにより、たった一杯のお茶で7時間も過ごせるのです。これを「文化」というのです。
 お茶でもてなされると、「有難い」と思えてくるのです。「食いたいだけ食って、ケンタッキー・フライド・チキンの大安売りだよ!」などと言って、ガブガブとチキンを食べて、喜びを感じている人がいるかもしれません。それはそれでよいのです。
 文化とは洗礼されてくるのです。お茶一杯で千利休は、お客さんを楽しませたのです。これは芸術です。仕事とは何だというと、大なり小なり同じです。「お茶を美味しくお客さんに飲んでいただく、お客さんに美味しいお菓子をつくって差し上げるのです。
 そのようなところを「無分別にやれ」と言っているのではありません。カン違いしないでください。化粧で美しい顔を描きます。それはやったほうがよいのです。どうせロクな顔ではありません。やればよいのです。
 そのような趣味の中で「これは贅沢だな」というものがあります。例えば中国料理でスズメの舌を何百匹も集めてそれを煮て食べると「珍味だ」というのです。そんなことは、境涯の進んだ人はやりません。
 スズメの舌を食べた人はうれしいかもしれませんが、スズメが100匹犠牲になっているのです。そんなことはやりたくありません。そのような分別です。身の回りを愉快に楽しくするのです。これは分別です。それもやりすぎないことです。
「殺生はいけないから、我々は牛や豚を食べてはいけない」などと、言っているのではありません。お釈迦様ですら、豚肉を食べたのです。最後は、大工の家に泊まり豚肉の料理を食べて、腹痛をおこしてお亡くなりになったのです。
 お釈迦様でも豚肉を食べるのです。その代わり「今、この豚をぶっ殺して料理をつくりますから」などと言うのは、食べません。すでに料理してあるものは、食べないともったいないので、それは頂いたのです。そのような違いです。
 肉が好きで肉ばかり食べていたら体にもよくありません。そのようなことです。「これは極めていくべき」「これは贅沢だな」とわかっていくのです。どこまで追及してよいのかというと、「食べても食べ足りない」というのは、餓鬼界です。
 それをほどほどにとらわれずに自在に使いこなして、境涯を高めつつ皆さんに喜びを与えて、自分の心を豊かにしていくのが料理です。仏道についても深い洞察をしていくのです。このようなことです。
 仏教とは、無欲になることではありません。自分を創っている大きな霊があります。それを認めれば自分の小さな霊魂などありません。生命は大きくもあり、小さくもあります。大きな目で見れば、宇宙全てです。それから見たら自分などゴミもよいところです。
 宇宙すべてをもった生命の本体は計り知れません。人間が活動できる、物を考えることができる、これは全て精霊の働きです。肉体が生み出しているものではありません。ご飯を食べて消化するのは肉体ですが、「このようなことをしよう」と、人間はどこで考えるのでしょうか? それは、脳で考えるのではありません。精霊の声が下るのです。
 その声は精霊から出てくるのです。その精霊の声をキャッチして行く人のことを賢人といいます。自分の声などありはしないのです。だいたい三大本能(食欲・性欲・睡眠欲)で消費されてしまい、そこから出てくる声なのです。
 「このような物語をつくろう」「このような芸術をつくろう」「このような発明をしよう」ということは、三大本能からは出てきません。自分の体の中から出てくるのではありません。自分の体は天の精霊からの声を受信するアンテナにしかすぎません。
 大きな精霊にいつも心を置いている人には、精霊の声が聞こえてくるのです。そのようなことを間違えないようにしてください。

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2018年02月27日

人間の探究 967 苫米地英人博士の仏法講義

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※例えば、大きな富士山のような山でもよく見ると何もありません。「富士山が何もない」と見えるでしょうか? 悟った人から見ると、何もなく見えるのです。

人間の探究 967 苫米地英人博士の仏法講義

 苫米地英人博士の仏教の講義を聞きました。面白いですね。数学という手法を用いて仏法を解くと言っています。
 数学的手法とは、どのようなことかというと、神様は何でも知っています。無限大です。神様がこの世を創ったのですから、情報は無限大です。神様が全ての中心です。
 言いたいことは「空(くう)」と「無(む)」です。苫米地博士は、「空とは何もなくなった状態なのだ。神様はあらゆるものを創った存在です。それから引き算をして、みんな無くなってしまったところが、神であり、空なのです。空とは、神と等しい」というようなことを言っていますが、「空と神は全く違う」というようなことも言っています。わけがわからないのです。
 これは空(くう)や無(む)を物質として考えているのです。苫米地博士は、計算言語学の博士です。空や無は物ではありません。物のように見えるけれども、「よく見るとそこには何もありません」というのが空です。
 例えば、大きな富士山のような山でもよく見ると何もありません。「富士山が何もない」と見えるでしょうか? 悟った人から見ると、何もなく見えるのです。普通の人から見ると、「えっ、それはどういうことですか? あそこに巨大な富士山が見えないのですか?」と思ってしまいます。これは有論(うろん)です。
 全てのものが「有(あ)る」という有論です。富士山など見てみると、ある時に諸法因縁仮和合して、そこにたたずんでいる間を「富士山」と人間が名付けているだけです。諸法因縁仮和合ですから、あらゆるものは因縁によって、縁起の法によって物質が集まってきて、そこにたたずんでいるだけなのです。
 10万年〜100万年も経てば、富士山はなくなってしまうのです。或は、海の底に沈んでしまうかもしれません。「富士山」と見ている美しい姿は永遠の存在ではありません。これは人間も同じです。
 元気で売れっ子でバリバリ稼いでいる芸能人は、その幸せが永遠に続くように考えていますが、万法無実体無本質です。そんなものはたまたま売れる時期があり、売れているだけです。売れなくなったタレントでは、山城新伍のように老人ホームに入って死んだり、天地真理は生活保護を受けています。
 若い頃、みんなにワイワイもてはやされた時は、一体何だったのでしょう。全く夢のようなものです。そのようなものなのです。
安倍さんも政治権力をバンバン使って何でもできるように考えています。しかし、そんなことはありません。総理大臣がやらなければいけないことは、「今の人々がどのようにしたら幸福になれるのか?」「過去から未来に向けてどのように日本を引き継いでいくのか?」「どのようなものを引き続かせていくのか」ということです。そこには、本人に華やかな要素など何もありません。
 そのような話は、日本人にはわかりにくいのです。「あるのか、ないのかハッキリしろよ!」という考えになるのです。「富士山は今、あるではないか。あるものがないとはどのようなことか?」と考えてみればすぐにわかるのです。
 生き物も、地球も含んだ万物は、万法無実体無本質・諸法因縁仮和合です。我々が直面しているのは、諸行無常です。宇宙は成住壊空と変化をしていくのです。成住壊空と生老病死は同じです。万物に実体はないのです。それが空(くう)です。
難しく考えて「ああでもない、こうでもない」と言わなくてもわかるのです。今、貴方が「実体」と思い込んで接しているものは「空(くう)」なのです。やがて消えてなくなるのです。
 そこに物があり、元素が集まって、貴方という認識機関があり、「富士山」と認識しているのです。富士山という名前を教わっていない人は、富士山という名前は思い浮かびません。「あれは富士山です」と教わって、「富士山ですか、ワンダフル!」となります。そこに見る人がいて、富士山が存在すると考えているのです。みんなそうです。
人間は、はかない存在です。人生は、はかないのです。はかなければどうするのでしょう。そのことをわかった人のみが永遠の存在です。
 「人間は、はかない存在だ」とわかった人のみが永遠です。それが真実です。その、はかない世界の中で権力争いをして、大名は国と国をかけて戦い殺し合い、ISはテロをやり「やりやがったな!」と復讐されるのです。
 「はかない」とわかっていれば、そんなことをしなくてもよいでしょう。何故かというと、僕も貴方もいずれ死ぬのです。100年くらいの違いがあるだけで、いずれみんな死ぬのです。
 みんな無になってしまうのです。無というのは、自分が無になるということです。空になるということは、「それを知っている」ところを「空(くう)」というのです。わかりますか?
 人間は、はかない存在です。人間はいずれみんな死ぬのです。貴方も死ぬのです。それがわかった人のみが永遠の存在です。

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2018年02月26日

人間の探究 966 宗教とキチガイ

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※大山ねずの命神示教会という宗教があります。これは何年か前に殺人事件があって、新聞にデカデカと載った教団です。

人間の探究 966 宗教とキチガイ

 今、話題の眞子様のお相手、プー太郎のキム・小室のお母さんが信じている宗教の大山ねずの命神示教会という宗教があります。これは何年か前に殺人事件があって、新聞にデカデカと載った教団です。
 この教団は何かというと、風呂屋の親父が閉店して風呂の掃除が終わると、風呂桶に板を乗せて、その上にちょこんと座って「わらわは神じゃ〜!」と言いだした宗教です。気が狂ったということです。
 「われは大山ねずの命神である。汝に命令する!」という感じで、神勅が降ってくるのです。それを親父がペラペラしゃべっていると噂になり、「聞きにいこうじゃないか!」と、これを見に来たのです。
 すると親父が「下がりおれ〜!」などと、一人でしゃべっているのです。気が狂ったのです。それをずっと観察しているうちに見ている人が「お〜!」と納得することがあるのです。これは「踊る宗教」天照皇大神宮教(てんしょうこうたいじんぐうきょう)の北山サヨと同じです。銀座のど真ん中でいきなり踊りだしたのです。
 変な踊りをババアが踊ると、それを見ていた人が引きずり込まれてくるのです。不思議な光景ですが、狂ったことをやればやるほど、「俺も一緒にやろう」と思うのです。横綱の双葉山まで踊りだしたのです。それが3人〜4人と増えていくと、集団になって何百人という人数が、北山サヨについて踊り歩くようになったのです。そこからこの宗教は「踊る宗教」と言われるようになったのです。
 気が狂ったということです。ババアの気が狂って、くだらないことを言うのです。くだらないことを言えば言うほど、信者はわけがわからないから、しびれてしまうのです。悪い女に男がしびれたり、悪い男に女がしびれたりすることと同じです。
 悪ければ悪いほど、狂っていれば狂っているほど、魅力に感じてしまうのです。人間には、そのようなところがあります。「正しいからついていく」などという人は誰もいません。
 人間は狂った者についていくのです。また形を変えると、「暴力団に近づくと危ない」「暴走族に近づくと危ない」とわかっていながら、ついていく人もいるのです。「危ない」と思う奴、狂った奴についていくのです。
 だから、狂った真似をする奴もいます。だいたいは、気が狂ったのです。立正佼成会の会長は、霊友会の信者だったのです。庭野日敬は朝鮮人だから、信者になったフリをして、霊友会を見ていたのです。「上手いことをやっているな。これは金が儲かるな。俺も一丁やってやるか!」と朝鮮人庭野日敬は思ったのです。
 それで長沼妙佼という焼き芋屋のババアと一緒に「一発、儲けようや!」と、二人で始めた宗教が立正佼成会です。その時のベースが霊友会の霊の考え方です。霊友会では「貴方、よくないことが起きているでしょう。先祖を大事にしていますか?」と聞くのです。東京に来ている人は、先祖を大事にしている人は、そんなにいません。
 「お墓が汚れているわよ。ご先祖様が怒ってあんたに罰を当てたのよ!」このような言い方をするのです。「どうしたらよいでしょうか?」と信者が聞いてくると、「教団に寄付しなさい。教団がやってあげますから」と言うのです。
 霊友会は「霊が存在する」と言います。それを庭野日敬は真似したのです。長沼妙佼は暗示が入りやすい体質なので、信者の前に出ると「ギャアーーーー!」と言ってバタンと倒れてしまうのです。
 すると庭野日敬が「神様、どうなさったのですか?」と言うと、長沼妙佼が「わしは神じゃ!」と言うのです。「何かおっしゃいましたか?」と聞くと、長沼妙佼は「この教団をなんとかせい!」このようなことを言うのです。
 すると信者はしびれて「私の背後霊を見てもらいたい。どんな霊でしょうか?」と聞くために、中野の駅から、立正佼成会の本部まで並んだのです。並ぶと、自分の霊を見てもらうには、一日かかります。
 ともかく信者は、自分の霊を見てもらいたいのです。それに乗っかり庭野日敬は、金儲けをしたのです。あんまり人数が増えてくると、長沼妙佼も何回もやっていられません。そこで、「法華経にしよう」と法華経の本をもってきて、立正大学の安永辨哲に講義をしてもらい、それをまとめたのが、庭野日敬の「法華経講義」という本です。庭野日敬は自分では何も書いていません。
 今度はそれを教科書にして、法華経に信者の目を向けたのです。そうでないといつまでも長沼妙佼が倒れて霊が乗り移らなければいけません。百人信者が来たら、百回もできません。だから、法華経に向けていったので、信者は「法華経をやっている」と思っているのです。
 大なり、小なり宗教はそうなのです。ある九州の宗教団体は二代名になり、信者を講堂に集めて太鼓を叩いて、お題目を唱えると、太鼓がドンドンドンドンと、成りだして、「教祖様のおなり〜!」と言うのです。
 いきなり教祖が入ってきて、壇上に座って、「私は二代目の教祖です。神が降臨します。私が貴方がたの病気を治します」と言うと「お願いしますだ!」となります。すると教祖が「はい、ヤー!」と人がたくさん集まっているところに、上着を脱いで入っていくのです。「はい、はい、はい!」と触られた人はそれで治ると思い込んでいるので、信者は「ハッハー!」と涙を流して喜んでいるのです。これは催眠現象です。
 それでまた壇上に返ってきて「これで私と神様と貴方は縁を持ちました。これで病気が治った方がたくさんいます。治った方は縁段にどうそ!」と言うと、「うわー!」と信者が殺到して壇上に上がってくるのです。「わたし、足が治りました!」と言う信者が出てきて、熱狂的な雰囲気になるのです。宗教の原型はみんなこんなものです。
 そうかと思うと岡田光玉の世界真光文明教団(せかいまひかりぶんめいきょうだん)があります。真光の業とは、催眠術でいう「パッス法」という初歩の業です。事実、誰がやっても病気が治るのです。それをもって「神の力で病気が治った」と言うのです。すると、それに乗っかった信者は、バスがパンクするとみんな降りてきて、パンクしたタイヤにパッス法をしているのです。そうなると、もうキチガイです。
 邪教の実態はこのようなものです。それから立正佼成会は手相・人相も教えます。それをテコにして教団が大きくなったのです。手相・人相を教えているのが、「銀座まるかん」の斎藤一人です。斎藤一人は教祖です。「信じなくていいですよ」と言いながら、信じさせるのです。信じなくていいということは、「信じたら大変だ!」という警戒心を解いているのです。
 「信じなくていいですよ」と言うので、聞いているうちに「本当だな」と、思えてくるのです。斎藤一人は、「商品を売る前に人間を売れ」と言っています。人間を売るなど、普通の人間はできません。まるかんの販売員に手相や姓名判断を教えて、みてあげるのです。手相を見てあげると、深いつながりができるのです。
それで、「私はこんな運勢なのですか、先生」と言わせておいて、まるかんの販売員が「貴方はこの化粧品を買いなさい」と言うのです。それで化粧品を買わせるのです。これで、どんどん組織が大きくなってきたのです。「銀座まるかん」は、完全な宗教です。宗教と言わない宗教です。商売人の宗教です。
 まあ、宗教とはこんなものです。創価学会も大石寺の板本尊を拝ませて、何と言っていたのでしょう。「大石寺には板本尊と、日蓮大聖人様の歯がある。お肉牙といいます。この歯は日興聖人に与えられたものであり、この歯はどんどん大きくなります。広宣流布のときには、人体が蘇るのだ。」こんなことを言って、信者には遠くから眺めさせていたのです。
 さらに大石寺は、「御本尊を掃除した紙をご秘符といい、それを小さく切って、盃に入れて飲み干すと万病が治る」と馬鹿なことを言っているのです。創価学会が伸びた大きな原動力はこの3つです。正義でもなければ仏教を求めたわけでもありません。みんなご利益を求めたのです。創価学会はご利益宗教です。信者はご利益が欲しいから、だまされるのです。お口が上手な池田大作の話を聞いて「大丈夫だよ、全部治るよ」などと無責任なことを言われて、学会員は信じていたのです。
 信者は「自分の欲を達成できる」と信じたいのです。そのようなお話をしてもらいたいのです。だから学会はダメになってしまったのです。魂を抜かれた、このような宗教をよく見抜いていかなければいけません。

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2018年02月24日

『日本人に打ち込む100本の柱』大日本帝国の繁栄を忘れるな 82柱

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※戦艦大和・大日本帝国海軍軍人

土曜日特別講座『日本人に打ち込む100本の柱』 
大日本帝国の繁栄を忘れるな 82柱

凄い国があったということを皆さんは思い出してください。この国が大日本帝国といったのです。明治になって大日本帝国をつくった日本人は連合艦隊をつくり、台湾を併合し、朝鮮を併合し、満州に独立国をつくり、その勢力は大変巨大なもので、今の日本に閉じこもっているような小さい日本人ではないのです。
 満州にはたくさんの資源があり、朝鮮人は米を造り、台湾には砂糖もあるし、資源が豊富で一大大日本帝国があったのです。今から、七十〜八十年くらい前のことです。今頃中国が航空母艦を外国から買ってきたといっているけれども、もうすでに我々は八十年前に連合艦隊を作り、航空母艦を何隻も保有していたのです。その向上力、その力、教育、軍隊の教育、凄いものだったのです。誰人も大日本帝国に叶うことはなかったのです。
 その日本が負けたということは、陰謀をかけられたということです。本来日本には誰も勝つことができません。今でも宇宙に行って帰って来た「はやぶさ」がそうです。アメリカなどは、日本の技術を逆立ちしてもできません。
 そして、もう一つ、宇宙に向かって日本の技術は羽ばたいているのです。誰も真似できません。北朝鮮が今頃ロケットを造り発射してから1分間で爆発してしまうようなお粗末な技術ではありません。大日本帝国の頃の日本人は凄い民族だったのです。天皇を中心とした、まさに理想の国家だったのです。
 まず、今の日本人は、日本列島しか頭にありませんが、大日本帝国の日本人は違ったのです。大日本帝国の領土を見てください。凄い国なのです。戦争をやってもアメリカ人には負けないのです。そのくらい凄い国なのです。それが陰謀で倒されたということです。何しろ、ほっておけば日本が何でも世界一になってしまうのです。世界にやっかまれて足を引き釣り下ろされてしまったのです。
 大日本帝国は大きな国だったのです。日本の領土に加え、南樺太、千島列島、朝鮮半島、台湾などを領有していた他、北東アジアや太平洋にいくつかの委任統治領や租借地を保有していました。インドネシアも日本に統治されて皆幸だったのです。「日本の兵隊さんが懐かしい。」と言って今でも日本にとてもなついていて日本の歌を歌っています。凄い国なのです。大日本帝国は全世界の白人を相手に戦ったのです。
 それが白人の手に踊らされた朝鮮人や、中国人が白人の味方をして、白人の先方となって大日本帝国と戦ったのです。馬鹿なのです。この東アジアを白人から独立させなければいけなかったのに、白人が独立をさせなかったのです。それが最大の問題点です。
 当時、どのくらい軍艦があったと思いますか? 
 大日本帝国連合艦隊・軍艦(富士山、摂津、和泉丸、武蔵、河内丸、東 、千代田形 、春日、龍驤、第一丁卯、第二丁卯、乾行 、孟春 、雲揚 、筑波、浅間、清輝、雷電、陽春丸)全十九隻
戦艦(扶桑、富士、八島、敷島、朝日、初瀬、三笠、壱岐、丹後、相模、周防、肥前、石見、香取、鹿島、薩摩、安芸、河内、摂津、金剛、比叡、榛名、霧島、扶桑、山城、伊勢、日向、長門、陸奥、加賀、土佐、大和、武蔵、110号艦、111号艦、改大和型 797号艦、超大和型 798号艦、799号艦)全四十隻
航空母艦(加賀、龍驤 、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴、雲龍、天城、葛城、大鳳、信濃、祥鳳、瑞鳳、龍鳳、千歳、千代田)全十六隻
 大日本帝国は、軍艦十九隻・戦艦四十隻・航空母艦十六隻を持っていたのです。今になってあせって航空母艦を一隻造っている国とは、比較にならないくらいの国力があるのです。日本は、世界に冠たる大日本帝国だったのです。

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2018年02月23日

人間の探究 965 「日蓮大聖人御書」録内・録下について

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※日蓮大聖人様滅後、1年以内に集められた御書を「録内(ろくない)」といいます。1年以上経って集められたものを「録下」といいます。

人間の探究 965 「日蓮大聖人御書」録内・録下について

 釈尊の仏教のおおざっぱな流れについては、昨日説明しました。日蓮大聖人様の御書と称するものはたくさんあります。
 身延山久遠寺の御書全集、日蓮正宗の御書全集、創価学会の御書全集は、全て違います。
 最初は一つのパターンがあり、それをパクッて、自分独自のものをつくるのです。そのうち、自分達の都合の悪い御書はなくしてしまうのです。「神国王御書は入れない」ということになってしまうのです。キリスト教と同じです。
 「この御書はいらない」と外して、大石寺版、創価学会版の御書があるのです。日蓮大聖人様の御書は全体を見なければわかりません。だいたい御書自体、昔は無かったのです。日蓮大聖人様の時代は、印刷機もないし、ご自分でお手紙を書かれて信者に与えられたのです。四条金吾に与えられれば、「四条金吾殿お返事」です。
 絶対に間違いなく「本物だろう」と思われているのが、「御書十大部」です。立正安国論はその中の一つです。佐渡で書かれた開目抄もそうです。
「御書十大部」は以下の通りです。
『唱法華題目抄』(文応元年(1260)五月二十八日 三十九歳)
『立正安国論』(文応元年(1260)七月十六日 三十九歳)
『開目抄』(文永九年(1272)二月 五十一歳)
『観心本尊抄』(文永十年(1273)四月二十五日 五十二歳)
『法華取要抄』(文永十一年(1274)五月24日 五十三歳)
『撰時抄』(建治元年(1275)六月十日 五十四歳)
『報恩抄』(建治二年(1276)七月二十一日 五十五歳)
『四信五品抄』(建治三年(1277)四月初旬 五十六歳)
『下山御消息』(建治三年(1277)六月 五十六歳)
『本尊問答抄』(弘安元年(1278)九月 五十七歳)

 日蓮大聖人様滅後、葬儀が行われて、1年以内に「このようなお手紙をもらいました」と弟子がもってくるのです。日蓮大聖人様御在世当時は、信者にお手紙をあげてしまっているので、お手紙は何も残っていません。
 その時は何もありません。しかも、書いたものはみんな信者にあげてしまっているのです。日蓮大聖人様の手元には写しくらいはあったのでしょうが、ほとんど何もありません。写しも個人でもっているので、まとまった「日蓮大聖人様の教え」というものはなかったのです。
 それを、日蓮大聖人様ご入滅後に「日蓮大聖人様から、お手紙をもらいました」と持ち寄ったのです。「これは阿仏房に送られたお手紙です」とみんなで見て、日蓮大聖人様滅後、1年以内に集められた御書を「録内(ろくない)」といいます。1年以上経って集められたものを「録下」といいます。
「1年以内に集まった録内は、本物であろう。疑いを持つ必要はないのではないか?」ということです。1年経って出てきたものの中には、偽物もあります。
 例えば、日蓮大聖人様が弟子に「貫首をやれ」と言われたというのですが、だいたい現物はありません。「現物は紛失しましたが、書き写したものがあります」というのです。『種種御振舞御書』など、そのようなところから出てきたので、「本物か、どうか?」というと、判断が難しいところもあります。
 極意を体得してみないと、日蓮大聖人様の御書はわかりません。ご自分のことも「真言宗第27代の祖」と言ったり、「天台沙門(学僧)」と言っていた時期もあります。釈尊の弟子という意味で「釈氏(しゃくし)」という名前も使っています。その時、その時で違います。
 「日蓮大聖人様は、いつの時期にどこに入門したのか?」ということにより、全て違います。最初の頃の日蓮大聖人様は、「釈迦仏教本仏論」です。「仏教とは、お釈迦様が説いたものだから、私はお釈迦様の弟子だ」と言っていたのです。
 そのようなことをわかっていかないとダメなのです。日蓮大聖人様は、最初は念仏の寺の弟子になり、あちこちのお寺の弟子になっています。弟子にならないと、経典は見せてもらえなかったのです。
 御書を見る場合、「どの時期に書かれたのか?」ということが、非常に大事です。内容が違うのです。我々が学ぶ場合も、『立正安国論』だけを見て、「これが日蓮大聖人様の極意だ」と思った人は、そのように思ってしまうのです。事実、立正安国寺などがあります。
 どうすればよいのかというと、宗教は一般的にそうですが、キリスト教にも内典、下典とあります。「これはキリストが言ったらしい。しかし、現物がない。ないけれども本当の話なのだろうな」という読み方をしていくのです。
 極意に通達しないと日蓮大聖人様の御書はわかりません。それが僕の言っていることです。その極意に通達しないで、「言葉がここに書いてある」と、みんなそのような論争をしているのです。するとお互いに解釈できなくなり、言葉に詰まってしまい「エヘヘ・・・」となって誤魔化してしまうのです。馬鹿なのです。
 書いているものには極意があります。その極意に到達してみれば、みんなわかるのです。それがわからないで学ぶから、どんどんわからなくなってしまうのです。「日蓮大聖人様は何を説きたかったのか?」それをわかるということが極意です。
日本山妙法のように「ドンドコ・ドン・ドン」と太鼓を叩いて歩いたり、中山法華経寺のようにヤクザ坊主が滝に打たれて荒行をやり、ふんどし1枚で「うりゃ〜〜!」と氷水の中に入ったり、何を馬鹿なことをやっているのでしょう。
 身延山は山を登ります。結構高い山です。冬の山など大変です。頂上には、七面山という山に池があります。山に登ることを修行と考えているのです。
 或は創価学会のように「お題目を12時間唱える秘伝がある」と言います。12時間も座っていたら、畳が腐ってしまいます。創価学会は、「日蓮大聖人様は何を説いたのか?」ということが、わからないのです。いずれも極意に通達できないのです。
 極意に通達した人は、戸田城聖先生です。戸田先生、石田次男先生が極意に通達した人です。極意に通達すると、素晴らしい人間ができてくるのです。日蓮大聖人様の仏教を学ぶということは、「一刻も早く修行して、極意をつかみなさい」ということです。そうすれば、「天晴れぬれば地明かなり」です。「この御書の意味はこうだな」とみんなわかってきます。
 「天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか」(如来滅後五五百歳始観心本尊抄)世の中のこともわかってくるのです。世の中は馬鹿ばかりです。腹黒い狸ばかりです。人間が狸に見えてくるのです。「あそこに狸がいる」「あそこに狐がいる」と見えてくるのです。
 こちらには、「人をだましてやろう」という気持ちはありません。すると、みんな見えてくるのです。「畜生が歩いている」とわかるのです。ウソつき、ホラ吹き、いろいろな悪人がいるのです。それがわかってきます。まず、極意に通達しましょう。

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2018年02月22日

人間の探究 964 神国王御書

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※『神国王御書』ではこの国のことを「神国」だと言っているのです。「神国の国主が保つ仏教は、どうでなければいけないのか?」ということを説いたのです。これは、天皇陛下に対する折伏の書であるとも言えます。

人間の探究 964 神国王御書

 日蓮大聖人様がおしたためになられた御書の中に『神国王御書』という御書があります。学会員は知りません。『神国王御書』があることすら知りません。
 創価学会幹部大竹さんが正理会に尋ねてきたので教えてあげると、「えっ、そんな御書があるのか? では、俺、調べてみるよ」と言っていました。学会では絶対にこの御書を教えないから、学会員は知りません。
 何故かというと、『神国王御書』ではこの国のことを「神国」だと言っているのです。「神国の国主が保つ仏教は、どうでなければいけないのか?」ということを説いたのです。これは、天皇陛下に対する折伏の書であるとも言えます。
 天皇陛下に向かって、まさか「折伏する」とは言えませんから、『神国王御書』として書かれたのです。『神国王御書』には、我が国の歴史が古事記から面面と説かれていて、「我が国は神国である。神国の王である天皇は、どのような法を保たなければいけないのか?」というと、「正しい仏法を保たなければいけません」と言われているのです。
 当時の天皇は真言密教であったり、念仏であったり、念仏が天皇にも深く浸透していたので、天皇でも念仏を保っている人がたくさんいたのです。天皇は我が国を代表するのですから、天皇が邪教を保つと国民にその災いが及ぶのです。
 神国の神国たるゆえんは、邪教をなくすことです。そうすれば、「万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉らば吹く風枝をならさず雨壤を砕かず、代は羲農の世となりて今生には不祥の災難を払ひ長生の術を得、人法共に不老不死の理顕れん時を各各御覧ぜよ現世安穏の証文疑い有る可からざる者なり。」(如説修行抄)です。台風がきても、山崩れがおきても、地震がくるようなことはなくなります。
 そのためには、天皇陛下が正しい法を保たなければいけません。残念なことに538年には百済から仏像が伝わって以来、天皇が狂ってしまっています。仏教の歴史を見てみると、次から次へと経典が渡ってくるのです。八万四千巻と言われる経典があります。一巻とは、巻物一巻きです。
 昔は、忍者の巻物ようにして経典があったのです。あれが、八万四千巻もあるのです。それが一度に来たことはないのです。「これでお釈迦様の説いた経典は終わりだ」と言ったときに、中国の敦煌の莫高窟から、さらに一万二千巻の経典が出てきたのです。
 すごい数です。「これで仏教はすべて出尽くした」と思っていたら、また経典が出てくると解釈がガラリと変わってくるのです。まだ出てくるかもしれません。チベットのラマ教も仏教です。
 「もう終わり」だと思うと、またドカッと経典が出てくるのです。一巻出てきても大騒ぎです。例えば、イスラエルの「死海文書」があります。いろんな経典があり、一つ一つが本なのです。最初のユダヤ教の「創世記」もそうです。モーゼのファイブブックスの中の一つの書が、「創世記」です。次に「出エジプト記」です。「申命記」など、ユダヤ教には五つの書があります。これがモーゼの最初の経典です。
 次から次へと出てくるのです。すると教会の幹部が集まって「これは本当にモーゼが説いたものだろうか?」ということを話し合って決めるのです。エゼキエル書が出てくると、「これは聖書に入れておこう」と話し合いで決めるのです。
 「ヨハネの黙示録」もそうです。怪しいのは外伝に入れておくのです。聖書ができた後に出てきた書は、真実だと思っても外伝にしてしまうのです。
 それと仏教の経典も同じです。「お釈迦様は何を説いたのですか?」と聞くと「法華経以外の経典でこのような経典もあります」というのです。そのような経典が、たくさん出てくるのです。
 インド、中国、チベットに仏教は伝わっていきますが、不思議なことに経典がまだまだ出てきます。「このような経典がありました」と出てくるのです。多分、それは後から作ったものです。だから、いくらでも出てくるのです。それを整理しなとわけがわからなくなってしまいます。お互いに言っていることも矛盾しているのです。
最初にインドを征服したイギリス人は「釈迦はいなかったのだろう。想像上の人物だ」と思っていたのです。つい最近までそのように思っていたのです。
 ところが、いろんな物が出てきたのです。お釈迦様が書いたものは一つもありません。お釈迦様は字が書けなかったのかというと、王子様だから当然字は書けたのです。経典が多すぎてわけがわからないのです。
 日本には最初、経典が来たわけではありません。仏像が来たのです。約30センチの小さな仏像が来て、金と銅でできています。「この仏像を拝みませんか?」と、百済の聖明王から送られてきたのです。「天竺からシナまで、仏像を拝んでいます。この仏像を拝んでいないのは日本だけです。これを拝むと世界人になれます」ということです。
 「試しに誰か、拝んでみなさい」ということになり、蘇我馬子が拝むことになったのです。そのようにして仏教は日本に伝わってきたのです。それから経典が徐々に入ってきて、これで終わりかと思うと、「まだありました。これが阿弥陀経です」と様々な経典が入ってきて、法華経は最後に入ってきたのです。
それを整理するために、最澄がシナに行ったのです。シナに行った目的は、「釈迦の教えのどれが最高の教えなのか?」ということを本場に行って、確かめに行ったのです。仏教の本場に行きわかったことは、天台大師が仏教を整理されて「法華経が一番優れた経典だ」ということを結論づけていたのです。それに最澄はふれて、日本に持ち帰ってきたのです。
 最澄が日本に帰ってきてからは法華経です。どこで権威づけられているのかというと、天台大師が『摩訶止観』という法華経の解説書を書かれて、それ以来、仏教とは法華経のことを言うのです。
 他は全て仏教ではありません。「それぞれの地方に伝わっているものは、仏教という名前だけで、本当の仏教とは法華経です」と言われたことが、天台大師の役割です。すごい人です。天台大師から学ばないと、仏教とは何だかわかりません。
 天台大師は物凄く頭の良い人です。五時八教、一念三千論、全ての教学を組み立てられて、隋の皇帝・煬帝からも「天台は国師である」と言われたのです。天台大師は国師です。
 それに触れて最澄は帰ってきたのです。その時点で、天皇は「日本の仏教は法華経だ」と言わなければいけなかったのです。天皇は、最澄をなかなか認めなかったのです。最澄は生きている間には国師になっていません。死んでから天皇から大師号が与えられて伝教大師になったのです。
 高野山金剛峯寺の空海は、弘法大師の称号を天皇からいただいたのです。天皇はそれを止めさせて、「国教は法華経だ」と決めればよかったのです。それが天皇の道だと、日蓮大聖人様は『神国王御書』で言われているのです。それを言わなかったのです。
 それまでに仏教と称する邪教が広まっていたから、どうしようもなりません。仏教を広めている連中は、法華経を理解する能力もなければ機根もありません。それが南都六宗といい、いろんな宗派が頑張って「俺こそが正しい」と言っていたのです。
 これは天皇が判断を下して、「仏教とは法華経だ。この日本国の仏教は法華経である」と言えば、邪教は全て消えて変な災いが起きたとしても軽く済んだのです。大きな大地震ではなく、小さな地震で済み、「国を守る」ということになるのです。
 今後もそうです。天皇は法華経に帰依しなければいけません。法華経といっても、今の時代は天台大師の法華経ではなく、伝教大師の法華経でもなく、日蓮大聖人様の法華経です。即ち、南無妙法蓮華経に天皇が帰一しない限りは、ダメなのです。キリスト教に帰一したり、わけのわからならないことを言ってはダメなのです。我が国の仏教は法華経です。

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2018年02月21日

人間の探究 963 幸福になること

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※「あら楽や 思ひは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし」これは大石内蔵助の辞世の句です。

人間の探究 963 幸福になること

 幸福という言葉は大変良い言葉で僕も大好きです。誰だって、幸福な人生を送りたいと思っているに違いありません。
 では、「幸福な人生とは何か?」というと、「衣食住が足りて、体が元気で一生を送れればよい」というと、それは必ずしも絶対的な幸福であると思いません。衣食住が足りて、「幸福だ」と言うならば、豚も同じです。
 豚も餌を与えられて「ブーブー」と食べていれば満足です。眠ると明日が来て、またお腹が空いて餌を食べます。これは皆同じです。野生の動物もお腹が空くと得物を取って食べます。一生涯、それを繰り返しているのです。「それは幸福なのか?」というと、幸福とは言えません。
 幸福とは、衣食住の上にあるものだとわかります。「衣食足りて礼節を知る」という言葉があります。着るものもない、食べる物もないと、人間は礼節ができません。人に対して恩義を感じたり、身分を感じて「偉い人だな」と思ったり、「あそこに乞食がいるな」と思ったり、礼節を尽くすことができません。自分の衣食が足らないと、そればかりになり、礼節など尽くせません。「衣食足りて、礼節を知る」というのです。
政治家から見ると、国民が飢えないような状況をつくっていかないと国家は安定しません。衣食が足りていないと、人間は礼節を尽くさないのです。
 礼節とは、「身分がわかる」ということです。「この人は偉い人だな」「この人には従わなければいけない」というのが礼節です。「この人が村長さんだな。口の利き方も気を付けましょう」となります。
 朝鮮半島は礼節がありません。「韓国は儒教の礼節の国だ」といいますが、根本ができていないので礼節などありません。朝鮮人は、上に立つ人が偉い人だと思っていません。民主政治であろうと、独裁政治であろうと同じです。朝鮮人は礼節を知りません。
 だから、すぐにぶっ倒して次の勢力を造るのです。いつも中が混沌としているのです。それで「儒教の礼儀の国だ」などと言っているのは、チャンチャラおかしいのです。
 日本の国は徳川時代、儒教もやっていました。朱子学があり、大義名分をつくり殿様に礼儀を尽くしたのですが、韓国よりも日本は礼儀の国です。まだ、不思議なことがあり、ユダヤ教の「モーゼの十戒」など、日本人にとっては当たり前のことです。そのようなことは身についているのです。
 日本人は「汝、人を殺すな」「汝、偽証するな」などと、教わらなければできない民族ではありません。日本人は誰でもそうしています。「偽証はしない。人の奥さんには手を付けない」、こんなことは日本人の常識です。「人殺しはよくない」とみんな知っています。
 幸福になるということは、衣食足りて礼儀の道を全うしていないと、幸福とは言えません。先輩がいて、後輩がいます。同僚がいて、家族があります。みんな健康で、自分の地位が毎年上がっていく、そんなところで人間は幸福を感じるのではないでしょうか?
 マイホームをローンで買いました。体も健康です。「定年までこれなら頑張れるぞ!」と頑張って働き、定年になると退職金をもらい、第二の人生を歩みます。「よかった、お役目ごくろうさま」というのが、一般世間でいうところの幸福です。
 このような幸福を求めない人がいます。それは、信念を貫くことです。「ここが間違っているぞ!」ということを教えていくのです。吉田松陰がそうであったのです。「徳川幕府は間違っているのだ。私は世間様に阿(おもね)て道を歩くことはしない」と言うのです。曲がり道を真っ直ぐ歩き、武士は雨が降っても傘はささない。ダーと真っ直ぐいくのです。
 そうすれば必ず誰かと衝突するとわかった上で、行動することを自分の生き甲斐とするのです。それがその人にとっての幸福です。吉田松陰の首を斬る役人がビックリして、「こんな人は見たことがない。全く動じていない」と言ったのです。吉田松陰は「どうぞ、やってください」と言って、首を差しだすのです。
普通は最後まで嫌がって抵抗して、首を押さえつけられても、最後までもがくのですが、吉田松陰はビクともしません。真っ直ぐ行くのです。「ここにドブがあるぞ」「ここに壁があるぞ」そんなことは関係ありません。真っ直ぐ行くのです。それで自分の道を達成して「幸せだ」と思う幸せもあるのです。
 このような人にとっては衣食も何もありません。自分の思いを達成するために道は真っ直ぐ行くのです。故・三島由紀夫先生もそうだったのです。「武士は雨が降っても傘はささない。道は真っ直ぐ行く」上手く策謀して上手くやり遂げようなどということは、全く考えていません。間違ったことは、「間違っておる!」と真っ直ぐに行くのです。三島由紀夫は「それが男だ。それが侍だ」と言ったのです。
 憲法は誰が考えても間違っています。武力があって国があるのです。日本国憲法9条二項は、武装すること、戦うことを禁じています。「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と言っているのです。こんな憲法で国が守れるのでしょうか? 守ることなどできません。国を守ってきたのは、憲法第9条があるからではなく、米軍が日本に基地を置いたからです。
 武力がない日本国は国ではありません。アメリカの植民地です。その植民地に縛り付けておくのが、憲法9条です。それを公明党の山口那津男は、「素晴らしい理想の憲法だ!」と言っているのです。どこに理想があるのでしょう。
 国というものは、軍隊がなければ成立しません。国家が軍隊を造るのではありません。軍隊が国家を造るのです。みんなそうです。それを「軍隊がいらない」という国家はありません。こんな憲法には意味はありません。それに気が付かないのでしょうか? 
 それを三島由紀夫が指摘したのです。「君たちは自衛隊員なのだから、武士だろう。武士ならば、自分たちを否定する憲法に命をぶつける人間はいないのか? 真っ直ぐ行くのだ。私と一緒に立つ人間はいないのか!」ということが三島由紀夫の演説の主旨です。
 これは、薩摩の示現流(じげんりゅう)からきています。薩摩の示現流は準備をしません。今すぐ行くのです。「バカヤロウ!」「芋侍!」と、侮辱されたら、今すぐに行くのです。考えないのです。
 人間は考えると行動ができなくなってしまいますから、考えないでやってしまうのです。だから「薩摩は怖い」と言われたのです。黙って飛んでくるのです。生麦事件のときもそうです。殿さまの行列を白人が横切っただけで、誰も止めません。3人くらいがすっ飛んで行き、弁明も聞かないで、「無礼者!」と一刀両断で、そのまま斬り殺してしまうのです。示現流は怖いのです。
 家に帰って鉢巻をしたり、鎧を身に着けたり「刀をどれにしようか」などと選んでいたら、行動はできません。行動とは、直ちに行動しなければいけません。モンペをはいていたら、モンペのままで、田んぼで作業をして武器がなければ鍬を担いで直ちに行くのです。着替えて行ってはいけません。今すぐ行くのです。
 三島由紀夫は「今すぐ立とうではないか!」と自衛隊員に訴えたのです。誰も乗ってこないから、自決をしたのです。三島由紀夫はそれで満足です。「“魂ふり”をして日本人を救ってやる。必ず、俺の思想を理解する奴が出てくる。その時のために命をくれてやる」ということで、自決したのです。これを“魂ふり”といいます。
 “魂ふり”をしないと、遊びかどうかわかりません。これは演劇ではありません。命を賭けてやるのです。自分だけやったら「三島由紀夫はキチガイだ」と言われてお終いです。だから、森田必勝と共にやったのです。キチガイが2人もいるわけがありません。森田必勝と自決することにより、「一般的な意見である」と証明したのです。三島由紀夫は、それで幸福です。
 このような種類の幸福を求める人からいうと、衣食住が足りて、定年退職を迎えて「お役目ご苦労さんです」と言われて、「いやあ、幸せでしたね」と言うようなものが幸福ではありません。
 このような人達と違って悟りを開こうとする人がいます。「この世に生まれた以上、生まれた意味を極めたい、わが命の正体を明らかにしたい。それが人生の目的である。道が開ければ、すぐ死んでもよいのだ」ということのために一生懸命生きる人もいます。
 だいたい、この三種類です。その他、「この発明をしなければ不満足である」と研究に没頭して「幸せだ」という人もいれば、或は政治的に行動をしてそれを全うして「幸せだ」という人もいます。
赤穂浪士はみんな切腹になりましたが、「お先に失礼します」と言うのです。日常生活の延長線上で切腹するのです。「はい、次のお方どうぞ」と言われて次の人が切腹します。それも最高の幸せです。「あら楽や 思ひは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし」これは大石内蔵助の辞世の句です。
あとは、神風特攻隊の人達です。「神風特攻隊は強制的に入れられた」というのは、全てウソです。写真を見てごらんなさい。みんな笑っています。何故、笑っているのでしょう。「あの世で、待っているから。お先にごめんなさい。失礼します」という感じです。だから、みんな「ワッハッハッ」と笑っているのです。あの世とは靖国神社です。
 あとから行く人も「はい、先輩のところへ行きます!」と笑っているのです。「お母さん、死にたくない!」などと言って、死んだ人間は誰もいません。みんな「死にがいを与えられてうれしい」と言っているのです。
 生きとし生きるものは必ず死にます。一度は死ぬのです。そうしないと、飯を食って寝て、また起きて飯を食い寝て、それで一生が終わってしまうのです。本当に生き甲斐を感じて「この時」とばかり、命を賭けて「死にがい」というものを与えてもらうと人間は、感謝するのです。
 昔の侍は死にがいがあったのです。「お前が生きることはよいことだ。しかし、お前が死ぬこともよいことなのだ。主君のために、国のために今死ねると思ったら、直ちに死ね。切腹と言われたら名誉に思え」そのように考えていたのです。特攻隊は、それと同じ考えです。
 このような人達の生き甲斐、死にがいもあります。その中で「どのような幸福を選び取ったらよいのか?」と考えるのです。「生き甲斐とは死にがいなり」豚の道を歩むのか、何をかつかんで歩むのか。何かをつかんでいきたいものだね。

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2018年02月20日

人間の探究 962 お寺の賽銭箱(さいせんばこ)はどのように使われているのか?

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※日蓮正宗総本山大石寺第67世法主。東京世田谷区に住んでいる。


人間の探究 962 お寺の賽銭箱(さいせんばこ)はどのように使われているのか?

 お寺の賽銭箱は、誰がどのように使っているのかというと、それは坊主が女遊びのために使っているのです。
 私たちのいる杉並区でも、最大の土地所有者は、「高円寺」というお寺です。駅前から青梅街道にかけて、高円寺の所有です。高円寺から土地を借りているのです。元地主といい、全てお寺の土地です。そこから家賃が入り、膨大な寄付金が入り、浄財が入るのです。
 日蓮正宗の大管長だけではなく、大きなお寺の管長さんは、「御前様」と呼ばれるのです。「御前様」とは、大名のことです。大名が「御前様」と呼ばれていたのです。「男はつらいよ」の瘋癲(ふうてん)の寅さんで有名な葛飾にある柴又帝釈天の管長も「御前様」です。何故、「御前様」と呼んでいるのかというと、あの門前町一体もお寺の土地なのです。
 門前町の家賃収入や、浄財など、お寺にはたっぷりとお金が入ってくるのです。すると、坊主はお金の使い道がなくて、困るのです。だから、女遊びのために昔は吉原に通ったのです。今は吉原がないから、何処に通っているのか知りませんが、そうなのです。
 伊丹十三の「あげまん」という映画がありました。あの映画は、お寺の管長が宮本信子扮する芸子を迎えにきて、妾にするのです。その時に、坊主はロールスロイスに乗ってくるのです。それで、芸子は坊主に連れられていくのです。
 そんな話はザラです。京都に行ったら公家と坊主の悪口を言ってはいけません。今でもそうなのです。ほとんど遊興の場所に遊びに来るのは、坊主が多いのです。莫大な金額を使えるのは坊主です。
 しかも、宗教法人だから無税のお金が入ってくるのです。坊主は税金を払いません。いくら使ってもよいので、ロールスロイスに乗ろうと、日産プレジデントに乗ろうと、何をしても坊主の勝手です。札束を芸者に配ってやろうと、勝手です。坊主はみんなそうです。
 大石寺の日顕猊下の運転手が告白をしています。日顕猊下の運転手を長年やっていましたが、猊下は大石寺の儀式があると、1日前に大石寺に入ります。それまでは東京の自宅にいるのです。それをみな知りません。
 日顕猊下は世田谷に自宅があり、そこから運転手付きの車に乗って出てくるのです。それで、1週間くらいの大石寺が終わると、「行事がやっと終わったぞ。精進落としをしなければな!」と言うのです。堅い儀式をやってきたので、「よし、今夜は飲みに行くぞ!」と言って、運転手と2〜3名連れて飲みに行くのです。その時に、金庫から300万円もっていくのです。
 伊豆の高級旅館「石亭」に行き、猊下が行くと「猊下様、お帰りなさい」とみんな平伏するのです。「いま、帰った」と言って、3万円、5万円とお金の束がわけてあり、旅館の連中にみんな配るのです。
 それで芸者をあげてドンチャン騒ぎを2日間続けるのです。大石寺の1週間の儀式が終わると、石亭でドンチャン騒ぎを2日間して、それで家に帰るのです。大石寺の日顕は、そんな生活をしていたのです。
 「猊下様」などというと、紫の絹の着物を毎日着ているのかと思うととんでもありません。普段は背広を着てハゲ頭に帽子をかぶって歩いているので、坊主だとわかりはしません。
 京都には大寺院がワンサとあります。お客がワンサ・ワンサと押しかけて来るので、お金がスパン・スパンと入るのです。お寺のどこに神聖なものを見ているのでしょう。もっと勉強しなさい!
 「カサノバ回想録」の話をよく読んでください。当時、遊び人のカサノバが、全国を旅してまわったのです。それで、教会を全て覗いてみたのです。教会へ行くとカトリックだから信者の懺悔が始まります。
 「私はこんなことをして申し訳ありません。二度とこんなことをしません。隣の男とやってしまいました。いけないことをしてしまいました」と神父に懺悔をするのです。みんなが神父に告白をするから、神父に情報が入ってくるのです。
 「どんなふうにされたのだ? わしが見てあげるから、お尻を出せ」と言って、パッとおしりをまくって「こんなことをされたのか?」とやってしまうのです。それをカサノバは、イタリアから周って見たのですが、どこの寺院でもみんなやっているのです。これが神父の正体です。
 その他、キリスト教徒は、神父から免罪符を売りつけられるのです。いろんなものを売りつけて、挙句の果ては、よい女ならば神父は犯してしまうのです。懺悔室は個室ですから、誰も見ていないので、神父のやりたい放題です。みんなそんなものです。
 まして、日本では真言立川流という邪教があります。「SEXで最高潮に達することが仏の悟りだ」という教義ですから、信者と信者が集まれば、「修行を始めましょう」と言って、SEXを始めるのです。馬鹿げた話です。それを教義化して、「真言立川流」という宗教をつくったのです。
 「SEXをやればやるほど、仏に近づく」という、とんでもない邪教です。徳川時代に禁じられたのですが、そのような話は面白いから禁じても庶民は止めないのです。麻薬みたいなものです。
 お寺に仏教はありません。何処にもありません。信者の側にもありません。坊主の中にもありません。坊主の頭の中は、「早く偉くなって、少しでも大きなお寺に住みたい」と考えているのです。出世コースとしか、考えていないのです。坊主の試験に受かるのは、出世するためです。権大僧正になると出世するのです。
今 東光も天台宗の坊主になったけれども、坊主になってから、参議院議員になったのです。国会を歩いていたら、畜生ばかりがウロウロ歩いていたのです。「俺はこんな畜生に会いたくも口もききたくない!」と国会議員を辞めてしまったのです。
国会は畜生の巣窟です。でも、それ以上、坊主も畜生です。瀬戸内寂聴を見てごらんなさい。天台宗・平泉中尊寺の管長です。若い時に何をやったのでしょう。男と関係ができて、夫と子供を捨てて、その男と家出をしたのです。
挙句の果てが坊主になったのです。何を偉そうなことを言っているのでしょう。このエロ坊主! 坊主はそんな奴らばかりです。何処にも神聖なものなどありはしません。本当にそうなのです。
坊主など信用してはいけません。日蓮正宗の坊主は、婦女暴行・児童買春・飲酒運転など、枚挙に暇がなくあります。まして、今の大石寺の管長の日如は、池袋のヤクザ坊主だったのです。何が管長様なのでしょう。
千葉県にある日蓮宗のお寺に、中山法華経寺があります。あそこの管長はヤクザです。
宗内が2つに割れて争っていたのです。「その争いを止めてやる」とヤクザが入ってきたのです。争いを止めさせた代わりに、自分が管長になったのです。
 ヤクザの子分を坊主にして、「水を浴びて来い!」と出鱈目な荒行をやらせているのです。ヤクザの親分は荒行はやりません。そんなことをして、何になるのでしょう。滝に打たれて何になるのでしょう。千日回峰行をやって、何かになるのでしょうか? 座禅を組んで何かになれるのでしょうか? 何もなれません。
 釈迦の教えの原点に返ればそうなのです。出家というのは、「家を出る」と書きます。「家を出る」ということは、「社会を出る」ということです。社会の汚いしがらみがあるから、そこから出て純粋に師匠と弟子だけの関係に入るのです。釈迦はその道を説いたのです。
 「私の弟子になる以上は、財産など持ってはいけない。財産などいらない。仏道を目指す者は財産などいらない。全て売りとばすなり、捨ててきなさい」ということです。裸で出家して、牛の糞で汚れた布を洗って、糞掃衣(ふんぞうえ)を着るのです。それが袈裟です。これが本当の仏教です。欲はなく、一心に仏道を目指して進むのが仏道です。
 今は在家でそれをやっているのは、僕だけです。本当にそうなのです。どこの誰も仏教など求めていません。その時に、必ず正しい仏教を説く人間が現れるのです。見える人には見えるのです。見えない人には見えません。
 仏教とは、そのようなものですから、自灯明(自ら明かりを灯して進め)という涅槃行のお言葉を信じて、日々仏道修行に励むことが大事です。


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2018年02月19日

人間の探究 961 運の悪い日本刀は持たないほうがよい

鬼切丸
※北野天満宮宝物・太刀「鬼切丸(髭切)」

人間の探究 961 運の悪い日本刀は持たないほうがよい

 テレビの「深層ニュース」に高橋英樹が出演して、日本刀の話をしていましたが、「蛍丸」といいます。神社から紛失した刀です。
蛍丸(ほたるまる)は、来国俊(らいくにとし)作の日本刀(大太刀)です。1931年に国宝に指定されましたが、太平洋戦争終戦時の混乱の中で行方不明となったのです。
南北朝時代の南朝側の武将、阿蘇惟澄(これずみ)が佩用したと伝えられています。惟澄は、1336年(建武3年)の多々良浜の戦いで菊池武敏を助けて足利軍と戦い敗れました。その夜、この激戦で刃こぼれした刀に蛍が群がり刀を直した夢を観て、目が覚めて刀を見てみると本当に刃こぼれが直っていた、との伝説があり、これが「蛍丸」の名の由来となっています。以後、阿蘇氏に家宝として伝えられ、阿蘇氏が戦国時代末期に島津氏に下って実質的に滅亡し、後に阿蘇神宮の大宮司として再興すると、阿蘇神宮の宝刀として秘蔵されたのです。
その「蛍丸」を復刻したという話です。ものの見事に復刻して、三尺以上ある大太刀です。復刻した刀を見て高橋英樹は「素晴らしい」と言っているのです。刀鍛冶が名工というわけではありません。今は日本刀も女性に人気があり、外国人も収集しているようですが、注意しなければいけないことがあります。
 日本刀は魂を持ちます。この日本刀を持って戦争に負けて割腹自殺したとか、人の首を斬ったという、謂れが日本刀にはありますが、変な刀は持たないほうがよいのです。例えば「三胴裁断」と、茎(なかご)に書いてありますが、「三胴裁断」とは、罪人の死体を重ねるのです。それを「いやー!」と刀を振り下ろして、「何人斬れたのか?」ということです。「三胴裁断」ということは、「三人斬りました」という意味です。「二胴裁断」は「二人斬りました」という意味です。
 江戸時代は戦乱がないので、大名は首切り役人に頼んで、罪人を並べて斬ってもらったのです。それで堂々と「「三胴裁断」と書いているのです。そんな刀を手にしてはいけません。だいたい、そんな刀は縁起が悪いのです。
 刀を人殺しのために使ったり、その刀を持っているが故に阿蘇一族にように滅びてしまうのです。そのような刀は縁起がよくないのです。縁起がよくないから、刀が紛失してしまったのです。
 縁起の良い刀は、やはり鬼切丸(伯耆安綱・ほうきやすつな)です。鬼切丸の由来は、源頼光の家来・四天王の一人、渡辺綱の手によって一条戻橋の鬼の腕を落としたことから、「鬼切」の名で呼ばれることになったという。
それによれば、渡辺綱が一条戻橋の上で一人の美女に出会い、「夜も更けて恐ろしいので家まで送ってほしい」と頼まれたのです。渡辺綱は、「こんな夜中に女が一人でいるとは怪しい」と思いながらも、それを引き受け馬に乗せたのです。
すると女はたちまち鬼に姿を変え、綱の髪をつかんで愛宕山(あたごやま)の方向へ飛んで行こうとしたため、渡辺綱は鬼の腕を太刀で切り落として逃げることができました。実は、女は茨城童子であり、酒呑童子の配下の鬼が化けた姿であったのです。
その切り落とした腕を摂津国渡辺の屋敷に置いていたら、有る日、老婆が渡部綱の家に尋ねてきて「鬼の腕を見たい」というのです。その老婆に鬼の腕を見せると、老婆はたちまち鬼の姿になり、腕をもって逃げたのです。鬼切丸には、そのような伝説があります。これは名刀です。鬼切丸は、(銘)國綱(号 鬼切)重要文化財・北野天満宮所蔵です。鬼を斬ったのですから、気合が入っています。今でもその刀はありますが、絶対に手に入ることはありません。
 それから、幽霊が出てくるので、「よし、わしが退治してやる」と出かけていき、幽霊が出てきたのです。「いやー!」と一刀のもと切り倒したのです。翌日、その場所に行ってみると、倒れていたのは石灯篭です。石灯篭が真っ二つになってしまう刀もあるのです。にっかり青江といい、大脇差。青江貞次の作です。これは縁起のよい刀です。
 或は、新撰組の土方歳三は、随分人を斬っていますが、土方歳三の刀も縁起がよいのです。京都の墓地に新撰組の幽霊が出るというので、「俺が斬り殺してくれる」と言ったのです。土方歳三は、すごい人です。一人でお墓に行って、幽霊を待っていたのです。
 「古来武士に怨霊なし。武士に恨みというものはない。従って、恨んで幽霊になって出てくるようでは、まだ武士道が足らない。もう一度、斬り殺してやる!」と言ったのです。その迫力が凄いのです。そのような刀は縁起がよいのです。
 土方歳三の実家に博物館があり、第十一代和泉守兼定が展示されていますが、刃こぼれもしていません。近藤勇の長曽祢虎徹(ながそねこてつ)は紛失してしまったので、何処に行ったかわかりません。
 日蓮大聖人様も、小鳥丸(こがらすまる)という、お刀を持っていました。当時の僧侶たちは、みんな刀を持っていました。行列の時には刀を差していくのです。葬儀のときも「お刀持ち」や旗持ちがいて、大名行列のような葬儀をやったのです。
 いずれにしても、縁起のよい刀があります。東郷元帥が持っていた、元帥刀は、明治につくられた刀です。これは「なんでも鑑定団」に出てきて、5千万円の値段がついていました。今は5千万円出しても買えません。3億円くらいするでしょう。このような刀は庶民のところには来ません。
 渡部綱の鬼切丸、日蓮大聖人様の小鳥丸(こがらすまる)、東郷元帥の元帥刀、すごい刀です。元帥刀は、ハバキに菊のマークが入っています。僕も是非、欲しいですね。大将も素晴らしい軍刀をもっていましたが、元帥刀は格別です。元帥刀は銀金作りです。売り物として、もう二度と出ることはありません。
 その他、有名な刀は村正です。村正はなぜ有名なのかというと、徳川幕府は「村正をもってはいけない」と言ったのです。徳川家に祟りをなすのです。
 徳川家康の祖父清康は、家臣の謀反によって殺害されており、凶器は村正の作刀であったのです。また、家康の嫡男信康が謀反の疑いで死罪となった際、切腹に使った脇差も「千子村正」であったのです。このことを聞いた家康は、幼少の頃に村正で手を切ったこともあり、「いかにして此作(こさく)の当家にさはる事かな」と村正をすべて捨てるように命じたと言われています。
村正には因縁がついて「徳川家に仇をなす」と言われてきたのです。だから徳川幕府を倒そうとする連中はみんな好んで村正を求めたのですが、そう簡単に村正は手に入りません。偽物も多いのです。
 そのようなことをよく考えて、日本刀を持つのはよいけれども、「運のよい刀を持って未来を切り開く」のですから、できたら人を斬っていない刀のほうがよいのです。人を斬ったことがない刀、このような刀がよいのです。
 人を斬ると刀の幅が狭くなってしまうのです。斬り合いをやると刃がこぼれます。刃がささらのようになってしまうのです。それを研いでしまうから、刀が細くなってしまうのです。あまり細くなった刀は修正された刀です。
 まあ、鬼切丸、名前もいいですね。この辺の刀は持ちたいと思いつつ、現実の刀は手ごろな刀を持てばよいと思います。


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2018年02月17日

『日本人に打ち込む100本の柱』朝鮮人に近付くな 81柱

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※日韓併合前の朝鮮人(朝鮮には染料がなかったので、皆白い着物を着ていたのです)

土曜日特別講座『日本人に打ち込む100本の柱』 
朝鮮人に近付くな 81柱

 歴史上、日本と朝鮮の関係は深くそして遠い関係と言えます。何故かというと、朝鮮の中にも小さい前方後円墳が十基は発見されています。前方後円墳は日本だけのものだと思っていたけれども朝鮮半島にもあったのです。古来の日本と朝鮮の関係はもっとどろどろしたもので区別が付かないような関係だったのでしょう。
 それから、済州島をみても日本領なのか朝鮮領なのかわからない時代もあったのです。朝鮮の中には倭館と言って日本に住みついて疎開地を作っていたこともありますし、何かあると日本に援軍を求めてきていました。これは有名な白村江の戦い(はくすきのえのたたかい)であり、六六三年(天智二年)八月に朝鮮半島の白村江(現在の錦江近郊)で行われた、倭国・百済遺民の連合軍と、唐・新羅連合軍(羅唐同盟)との間の、海と陸の会戦のことである。
 六六一年に斉明天皇は九州へ出兵するも邦の津にて急死した(暗殺説あり)。斉明天皇崩御にあたっても皇子は即位せずに称制し、朴市秦造田来津(造船の責任者)を司令官に任命して全面的に支援した。この後、倭国軍は三派に分かれて朝鮮半島南部に上陸した。第一派は一万余人。船舶百七十余隻。指揮官は安曇比羅夫、第二派は二万七千人。軍主力。指揮官は上毛野君稚子、第三派は一万余人。指揮官は廬原君。唐・新羅の軍は倭国・百済の軍を破り、百済復興勢力は崩壊しました。白村江に集結した千隻余りの倭船のうち四百隻余りが炎上した。このときは日本も援軍を出して多数の戦死者を出してしまいました。
朝鮮とは、色々な古来からの関係がありますが、朝鮮という国に手を出した国は必ずおかしなことになります。これはどういうわけだかそうなってしまうのです。
 例えば、公明党(創価学会)もそうです。公明党とくっついた政党は必ず滅びるのです。富士大石寺も創価学会と組んでおかしなことになってしまいました。創価学会も「担ぐ」という利用根性であって相手と協力しようという話は全然無いのです。相手を食うことだけを考えているのです。
 朝鮮人の単体の人間を見てもどういう人間かというと一緒に獲物を取ったら、今度は獲物を取った者同士が殺しあったり、最後の分け前を奪い合うのです。だから、朝鮮人は絶対に本当のことはいいません。それから、嘘をついてつきまくるという、一つの朝鮮人の特技みたいなものがあります。約束は絶対に守りません。約束は守らない、嘘をつき放題の人間なんかと付き合いたくはありません。従って朝鮮人同士の同胞意識なども基本的には無いのです。
 厳密に言えば、朝鮮人に恋愛というものは成立しないのです。遠く騎馬民族が入ってきているのです。彼等にとって結婚ということは女を奪ってくることであって、恋愛などというまどろっこしいことをやってはいないのです。だから、韓国ドラマでやっていることは全部嘘です。恋愛などということはないのです。女が欲しければ行って奪ってくるのです。奪ってきた女が今度、家に帰らないようにするためには叩きのめすのです。ブチのめして体が動けなくするのです。上から下までそういう社会なのです。上の者は下にいばる。貴族は両班(ヤンパン:官僚階級)に威張るのです。両班(ヤンパン)は白丁(ペクチョン:奴隷階級)に威張るのです。白丁(ペクチョン)はやりどころがなくて動物を苛めるのです。こういう構造です。こういう社会の人々とは仲良くできません。
 朝鮮に手を出した伊藤博文も日韓併合(一九一〇年(明治四十三年)八月二十九日)で朝鮮の経営を大変心配して、日本の国家予算の何十パーセントという金額を朝鮮の経営にあてたのです。伊藤博文も何度も「朝鮮が無ければラクなのに」と言ったかしれません。そのくらい大変な重荷を背負い込んでしまったのです。
 朝鮮人は人のものはパクる名人です。「剣道はウリナラの国が起源」、「日本刀もウリナラが起源」、「侍も我等が起源だ」と、とんでもない嘘をつきまくっているのが朝鮮人なのです。朝鮮人が来たら逃げろ! 絶対に事業などしてはいけないのです。朝鮮人を見たら近付くな! これが原則です。これは絶対に変わりません。国家間もそうですし、個人間の付き合いも全くその通りです。一歩距離をおいてみなければなりません。それが朝鮮人というものの性質です。


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