2018年07月

2018年07月31日

人間の探究 1077 公明党の哲学

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※「憲法9条を守れ!」という山口那津男は、朝鮮飲みをしています。
 日本人はこんな飲み方はしません。

人間の探究 1077 公明党の哲学

 創価学会は、公明党をつくりました。創価学会と公明党は一体不二です。同じ物です。頭を2つ持った蛇と同じです。ところが第二代会長の戸田城聖先生は公明政治連盟をつくりました。「政治家のモラルが低すぎる。政治家は精神を持たなければいけない。日蓮大聖人様の弟子たる創価学会が仏界を磨き、輝く知性をもって政治を上から見てコントロールする」ということが政治連盟の目的だったのです。
 戸田先生は「参議院議員しか出ていけない」と言われたのです。参議院議員は元貴族議員であり、衆議院とは違います。衆議院は大衆を代表する党です。「知性をもった人、学問を持った人、貴族、そのような人々が大衆の欲望に左右されない国家運営の検知から政策を見直す」というために参議院があるのです。
 今はそうではなくなり、衆議院と同じになってしまいました。一院制と同じになり、参議院の意味がなくなってしまったのです。衆議院で議決すると言っても、参議院は高い見地から見て「それはダメだ」と言えたのです。今では衆議院も参議院も数が多いほうが議決で通ってしまうので、何の意味もありません。
 「公明政治連盟は参議院には出てよいけれども、衆議院に出てはいけない」というのが、戸田先生の遺言です。いつの頃からか、衆議院に公明党は出るようになってしまったのです。戸田先生は、「なぜ衆議院に出てはいけない」と言われたのかというと、衆議院は権力を目指すものです。宗教団体が権力を目指して進んだならば、よいことは一つもありません。
 みんなから誤解されます。「創価学会の布教は公明党をつくり、数を多くして天下を乗っ取るのだな」そのように思われてしまいます。だから「参議院しか出てはいけない」と言われたのが、戸田先生の遺言です。
 池田大作が会長になった時から、そんなことは関係ありません。「信心は票だ、信心は政治だ!」そのようになってしまったのです。信者を一人つくれば一票になります。一票をたくさん集めれば議員に当選します。さらに信者を増やせば、「天下を取れるのではないか?」という野望が池田大作に目覚めてしまったのです。
 これは漫画『天魔の野望』に詳しく書いてあります。「北条さんは防衛大臣だ」とかってに創価学会内で内閣をつくり、影の内閣をつくり、オウム真理教のようなことをやっていたのです。もちろん、池田大作が国王になるのです。権力を求めたらこのようになってしまうのです。
 「公明党は創価学会を守るのだ」ということになってしまったのです。創価学会を守るための国家の政党など意味がありません。政党は、国を守るためのものでなければいけません。本来、公明党は国を守らなければいけません。もし、創価学会が変なことをやっていたら、それを正さなければいけません。
 「国を守る」という原点がなければ国会議員になる資格はありません。公明党の議員は、「創価学会を守るために公明党の議員になる」と考えているのです。馬鹿げた話です。今は完全にそうなってしまっています。
 創価学会と公明党は、今では分離するような形になってきています。何故そうなったのかというと、今までは池田大作が公明党と創価学会の上に乗っていました。池田大作の差し金で公明党は動いたのです。今は池田大作が出てこられない廃人同然になっていますから、何も決められないのです。従って創価学会と公明党は分離をしていくのです。だからおかしなことになってしまうのです。悪いことを散々やってきました。
 僕がそのように言うと学会員は「公明党ぐらいよいことをやった政党はない」と言います。困窮している者を都営住宅に入れました。生活保護費を朝鮮人にも与えてきました。ゴミ収集車の職員や、三菱UFJ銀行のガードマンなど、就職もいろいろと世話をしてきました。くだらない奴を創価学会に入れて票にしてきましたね。
 確かにこれはよいことかもしれませんが、公明党には「国家」がありません。公明党は国家のためにどのようなよいことをやってきたのでしょうか? 公明党がやったことは日中国交回復です。田中角栄を導いて、中国と国交回復してODAをばらまいた結果、中国は400発の核兵器をつくり、軍拡をやってきたのです。その結果、日本は原爆で脅かされる結果になったのです。公明党のやったことは、国家のためになっていません。
 山口那津男は、「憲法9条を守れ」と馬鹿なことを言い、「外国人に参政権を与えろ」と言っているのです。「外国人の人権を保護する」など何を馬鹿なことを言っているのでしょうか? 公明党のやっていることは、「国家のために」ということが一つもありません。
 これもみんなウソなのです。自分たちの票を取りやすくするために、在日朝鮮人にへりくだっているのです。ところが在日朝鮮人は、選挙権がないから票を入れられないのです。在日朝鮮人が公明党に票を入れられるように、「外国人に参政権を与えろ」と言っているのです。公明党が自分たちの票になるように考えているのです。
 公明党はずる賢いのです。やっていることは全て騙しです。公明党の連中は、必然的にウソつきになるのです。真心をもって「人間が大事」などと考えているわけではありません。
 このような愚かな政党になってしまったのです。これは政治と宗教の問題です。他の政党もそうです。統一教会と自民党は癒着しています。統一教会は数を取りません。勝共連合を作り、右の論客を吸収して政治家の中に入り込んで、安倍晋三を始めとする自民党議員の有力な議員は統一教会系です。統一教会の会員とは言いません。「統一教会系」です。稲田朋美、世耕弘成、高村正彦もそうです。
 統一教会は、「日本は最悪の国である」と言っていました。今は「日本は神の国である」と言うのです。「日本は神の国であると言っている。いいことを言っているじゃないか」と日本人は思うのです。
 統一教会は、「しかし、真の神が別にいるのです。この真の神の教えを受けたときにこの日本は、本当の素晴らしい神国として蘇るのだ。本当のメシアは文鮮明先生だ。文鮮明が真の神だ。この真の神を日本人が拝むようになった時に日本は素晴らしい国になる」と言うのです。
 それを知らないで「日本は神の国で美しい国である」と言うから、日本人は統一教会にだまされてしまうのです。統一教会は、朝鮮人の奴隷をつくっているのです。それはそうです。統一教会の会員には朝鮮語を教えています。
 朝鮮語が世界の言語になるのです。そのような馬鹿なことを統一教会は言っているのです。日本人と韓国人を合同結婚式で無理矢理結婚させて、日本民族をなくす働きをしているのです。
 安倍総理ももっとしっかりとせんかい! 本当の日本精神はそんなものではありません。統一教会は、毎年天皇陛下に扮する故・久保木修己が文鮮明の土下座する儀式をやっていたのです。そんなものが真の日本の宗教のはずがありません。このような邪教が統一教会です。
 公明党もそうです。山口那津男の心の中に日本国はありません。「この憲法くらい素晴らしい憲法はない。これは世界に誇る憲法だ。一言一句変えてはならない。変えるならば加憲しかない」と馬鹿なことを言っています。どうしてこのような馬鹿なことを言うのでしょうか?
 今の憲法は占領基本法です。戦争が終わったのが昭和20年、憲法ができたのが、昭和21年11月3日です。戦争が終わって1年しか経っていないのに憲法ができたのです。日本が独立したのは、昭和26年のサンフランシスコ講和条約です。その時に初めて独立したのであり、それまではGHQの占領下ですから、日本に主権はありません。
 主権がない国にどうして憲法をつくるのでしょうか? あり得ません。主権の発動として憲法をつくるのです。主権が無い国が憲法をつくったらおかしいのです。GHQが主権をもっていたのですから、日本占領基本法です。そのためにつくった憲法です。
 この憲法はただちに破棄をしなければいけません。日本国の歴史に誇りを持たない政党や宗教団体は認めてはいけません。「信仰の自由」といっても限度があります。その限度を超えて日本を転覆させようと思ったら、転覆罪・反乱罪です。思想的に日本の国家を転覆しようとしている団体ならば、敵国です。そんなものを認めて「宗教の自由」などあるはずがありません。
 オウム真理教を信仰してよいのでしょうか? よいはずがありません。オウム真理教は日本国家を転覆させようとしたキチガイ宗教団体です。こんなものを認めてはいけないのです。
 日本国家のために良い宗教もあれば、悪い宗教もあります。「日本国」という基準をつくらないとよい宗教も悪い宗教も区別がつかなくなってしまいます。「宗教の自由だから何を信じても自由だ」と言えば、何を信じてもよいということになります。
 するとオウム真理教を信じるのも「自由」ということになります。日本国家のためにならない宗教、日本の歴史と政体を壊す宗教を認めてはいけません。これは当然のことです。そのような基準をつくれば、「創価学会を守るための公明党」「憲法9条を守れ」という国家転覆の宗教団体は出てこなくなります。
 創価学会員には「国家」はありません。創価学会員は何人だかわかりません。統一教会には、国家があります。「朝鮮」という国家があります。
 そのように「日本国」を中心にした場合、「これは良い宗教」「悪い宗教」ということがみんなわかるのです。宗教は何を信じても自由ですが、それを信じて国家転覆をもくろんで徒党を組むならば、大問題です。オウム真理教の問題を考えるならば、破防法適用です。そのような宗教は団体をつくってはいけないのです。サリンをまく、東京都民を皆殺しにするなどという思想をどうして政府は認めているのでしょうか? これは政府が宗教に無知だからです。宗教についてみんなもしっかりと勉強していきましょう。


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2018年07月30日

人間の探究 1076 創価学会・統一教会は悪の権化である!

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※日本の歴史とは、天照大神から始まり神武天皇が生まれて、2800年の長き間、天皇が治められてきた国です。それが日本の国の歴史です。

人間の探究 1076 創価学会・統一教会は悪の権化である!

 日本には10万以上の宗教団体があります。人間は社会生活をしているものであるから、宗教は何を信じてもよいのですが、「何を信じてもよい」というわけではありません。自由だけれども、それが「間違っているのか」「正しいのか」によって結果は全て違ってくるのです。宗教は何を信じてもよいものではありません。
 大本教、天理教などは教派神道といいます。何故、教派神道なのかというと、日本は天皇を中心にした神道国家です。神話に基づく神道国家が日本です。教派神道は神道系なのですが、わけのわからないことを言いだしたのです。「大山ねずの命が神である」「転輪王の命がご祭神である」と言いだしたのです。
 その延長線上に出てきたのが、「文鮮明がキリストである」という統一教会です。これも教派神道の流れです。日本国家の神道に対抗するものを邪教といいます。庶民は自分が信じている宗教は、邪教なのかどうかもわかりません。
日本は神話により成り立ってきた真に稀な国です。邪教は、「転輪王が世界の中心だ」と日本の神話に反することを言うのです。それは間違いなく邪教です。
 教派神道は、独自の神をつくり、天皇をないがしろにしています。「キリストの神が世界の中心だ」と言うのです。邪教は、「自分は神である」と言うのです。大川隆法も「エルカンターレだ」と言っています。何がエルカンターレなのでしょうか? これらはだましです。
 日本は天皇を中心とした天皇教の国です。それ以外の何物でもありません。他所の国のことは知りません。日本の国はそのような国です。国民がその自覚を持たなければいけません。宗教でも、天皇を支える側にまわった宗教もあります。それはそれなりによい宗教であろうと思います。
 仏教という宗教は非常に利口であるから、天皇については触れていません。「お釈迦様が世界の中心だ。日本の天皇はお釈迦様に帰依しろ」などという馬鹿なことは言っていません。仏教側は分を心得ているのです。
 「仏の教え」とは言いますが、「世界の中心は仏教だ」などと絶対に言いません。だから日本国内での布教を許されたのです。教派神道の奴らを「カルト宗教」ともいいます。「ご祭神は大山ねずの命神である」「文鮮明は神である」「池田大作が大王である」と言うのです。何という馬鹿なことを言っているのでしょうか?
 そのようなカルト宗教は、まず日本の歴史を否定します。当然です。日本の歴史とは、天照大神から始まり神武天皇が生まれて、2800年の長き間、天皇が治められてきた国です。それが日本の国の歴史です。
 日本の国の歴史はこうです。これが朝鮮人にはわからないのです。他の国とごちゃ混ぜにして「世界の歴史はこうだ」と言うのです。日本の国に世界の歴史は関係ありません。日本の国は天皇を中心にしてきたのです。
 天照大神以来、天皇を戴いて、2800年治めてきた国が「日本国」です。「日本に帰化したい」という連中は、これを尊敬しなければいけません。日本はよい国です。何故、よい国なのでしょうか? 日本は天照大神から始まり、神武天皇から2800年続いた神の国です。外国人は、そこに感動してもらわなければいけません。
 従って日本の歴史が生まれるのです。「僕は日本の歴史が好きです。僕は朝鮮で生まれたけれども、日本国の一員になりたい」というのが本来の帰化です。遅く来た朝鮮人であるから、「今来人(いまきびと)」です。
「今来人の朝鮮人として頑張ります。そして、何代か経ったら立派な日本人になるように頑張ります!」これが帰化ということです。朝鮮人は帰化をカン違いしているのでしょうか?
 「朝鮮人が素晴らしくて、日本は奴隷の国で悪い国で悪魔の国だ」と言うならば、なぜ帰化をするのでしょうか? 朝鮮人は「私は日本国籍のほうが商売上の都合で便利だから帰化するのです。そうでなければ帰化などしませんよ」このように考えているのです。
 「本当は帰化などしませんよ。便利だから日本に帰化するのだ」と言うのです。何を言っているのでしょうか? それは帰化ではありません。同じ日本籍をもっても、日本籍を持った朝鮮人ということです。マインドは朝鮮です。
 帰化した連中は、みんなそのように言います。「日本を尊敬して帰化をした? 冗談ではありません。こんな国を尊敬などするか。私には立派な母国があるのだ。だけど、便利だから帰化したのよ」、蓮舫はそのように言いました。「日本国籍のほうが便利だから日本国籍を持ったのだ」と言うのですから、蓮舫は台湾人です。日本人ではありません。
 帰化とは、身も心も日本の文化に憧れて、「日本人になりたい」ということです。もし、そのような外国人が「日本に帰化をしたい」と言ってきたら、日本人はその人を絶対に馬鹿になどしません。
 する必要がありません「頑張って立派な日本人になってね」と言います。拓殖大学教授の呉善花(オ・ソンファ)は日本人と朝鮮人の違いがだんだんわかって、「朝鮮人はダメな民族だな」とわかってきたから帰化をしたのです。そのような人には、「頑張って立派な日本人になってください」と言います。
 そのような帰化人は過去にいます。朝鮮半島から来た高麗若光にしても、太秦に来た秦氏がそうです。みんな日本に溶け込んで立派な日本人になっています。今来人の日本籍を持った朝鮮人は日本に溶け込まなければいけません。それを自覚しなれば帰化しても意味がありません。
 朝鮮人は、「私は日本の政治に出るために帰化します。本当は帰化したくないのだけれども、日本籍を取りましたから、明日選挙に出ます」と言うのです。その日本籍朝鮮人に「貴方は当選したら何をやるのですか?」と聞くと、日本籍朝鮮人は「この国は嫌いだから、どんどん弱めてやる。憲法9条を絶対に変えさせないぞ!」このように答えます。必ずそうなるのです。だから今の帰化制度はダメだと言っているのです。韓国・北朝鮮は敵国です。
 日本には敵国条項はありませんが、韓国は敵国です。ありもしない従軍慰安婦の銅像を世界各国に造り、今度は「徴用工問題だ!」とウソを言い、そんな国は敵国です。日本を陥れようとする国は敵国です。そのようなことを明確にしなとダメです。
 宗教団体の皆さんも敵です。新しい神をつくる宗教団体は全て日本国の敵です。宗教は自由ではありません。憲法改正の時には、これをハッキリ言わなければいけません。宗教は自由ではありません。
日本人は絶対に自由にならない宗教があります。これが天皇陛下の存在です。日本の宗教とは、天皇陛下のことを指していうのです。大山ねずの命神も、転輪王の命も、文鮮明も、池田大作も日本国にはいりません。このキチガイどもは地獄へ逝くのです。


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2018年07月28日

土曜日特別講義『やさしい宗教原論』2、人類の夜明け  宗教による支配

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※ハインリヒ7世・神聖ローマ皇帝

土曜日特別講義『やさしい宗教原論』
2、人類の夜明け  宗教による支配

 人間は暴力だけで動くものではありません。モーゼは「私は神の声を聞いてきた。信じる者は救われ、信じない者は神によって滅ぼされるぞ!」と言ったのです。そのように言うと、民衆は恐怖で震えたのです。
「王様はもちろん怖い。目に見えない神はもっと恐ろしい」それを信じた人々は、「宗教による支配」の時代にだんだん入っていくのです。
 人間の歴史は武力による支配と、宗教による支配が平行していると思ってよいのです。これは中世まで続きます。ローマ皇帝の言うことを聞かないのが、キリスト教徒です。「キリスト教徒は何に支配されているのか?」というと、キリストの「神」によって支配されているのです。
 ローマ皇帝は、「俺の言うことだけ聞いていればよいのだ。キリスト教徒はぶっ殺すぞ!」と言ったのです。キリスト教徒は「私は死んでもキリストを信じます」と言ったのです。ローマ皇帝は「キリスト教徒は猛獣に食わせるぞ!」と言い、本当に猛獣に襲わせたのです。それがコロッセオで行われたのです。それでも、キリスト教徒はなくなりません。
 ローマ皇帝は、キリスト教徒を何百人も捕まえて、十字架に磔にしたのです。それでもキリスト教徒は信仰を止めません。信仰による支配のほうが武力による支配よりも強いということです。
 ローマ皇帝はよいことを考え付いたのです。「そうだ、俺もキリスト教の信者になってしまおう」と考えたのです。「キリストを信じれば、みんなと同じだ。何故、俺は王様なのかというと、王様の権力は神様から授けられたのに違いない」と考えたのです。
 それまでの「俺の命令を聞け。聞かないとぶっ殺すぞ!」という暴力の支配ではなくて、「神によって王様として認められたのだ」という形を取り入れたのです。これが王権神授説です。この段階で宗教のほうが上になってしまい、暴力が下になったのです。宗教は、そのような歴史をたどるのです。
 ところがその神はいろんなものが現れるのです。最近ではオウム真理教です。麻原彰晃は神に属するのです。豚を神と思うかどうかです。麻原彰晃を「神」と思った連中は、奴隷にされてしまいます。
 オウム真理教は、こんな大事件を起こして幹部が7人死刑になっても、まだ信者がいて、宗教団体をつくっているのです。「麻原彰晃(尊師)の教えは絶対に正しい。尊師に帰依しよう」などと馬鹿なことを言っているのです。
 宗教的支配にはまるとこうなります。麻原彰晃を利用する者がいて、麻原彰晃を利用する者が教団をつくっていくのです。いくらでも理屈はつけられます。「みんなの罪の身代わりで麻原彰晃は絞首刑になったのだ」、こんな言い方もできます。
 「何故、キリストは神の子なのに磔になったのですか?」そのように質問されると、「キリストは、神の子として人間の原罪を背負って、父なる神にお詫びをするために磔になり、皆さんの罪を肩代わりしたのだ」と言うのです。これがキリスト教です。
 麻原彰晃もそうです。「みんなの罪を背負ってあの世に旅だったのだ。だから、聖者だ」と言えるのです。これで、一つの教団が誕生するのです。教団は無数に出来てくるのです。
 キリストもそのうちの一つの神です。いろんな神、神の使いの「預言者」と称する者が無限に出てくるのです。これが西洋の神です。(い紡海)



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2018年07月27日

人間の探究 1075 日蓮正宗法華講員の樋田昌志君に質問する!

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※人相が悪い坊主集団ですね。どこの坊主かと思ったら日蓮正宗大石寺の高僧です!

人間の探究 1075 日蓮正宗法華講員の樋田昌志君に質問する!

 日蓮正宗法華講員の樋田昌志君に「崇峻天皇御書」に対して質問しているユーチューブの動画があります。
 樋田昌志君は、「御書を勝手に解釈してはいかん。御書を勝手に解釈すると仏罰を受けるぞ」と言っていました。質問者が「誰が解釈するのですか?」と聞くと「時のご法主上人だけが御書を解釈できるのだ。人生の失敗は御書を自分で勝手に解釈することだ」と言っています。
 質問者がどのような質問をしたのか知りませんが、「崇峻天皇御書」を持ちだして多分、「蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり、此の御文を御覧あらんよりは心の財をつませ給うべし。」(崇峻天皇御書)これについて質問したのだと思います。
 「心の財とは何ですか? 御本尊を信じる心だけでよいのでしょうか? 修行ということはいらないのでしょうか?」と質問したのだろうと思います。すると樋田昌志君には御書は絶対なのですから、この文が解釈できなくなってしまうのです。
 「蔵の財よりも身の財すぐれたり」これは、このままでよいでしょう。お金を貯めていくら財産を増やしたところで体が病気になってしまったら意味がありません。蔵にある財産よりも、自分が病気になってはダメなのですから、「身の財」のほうがすぐれているのです。
 日蓮大聖人様は、「身の財より心の財第一なり」と言われているのです。これはまた別の御書で「身はをちねども心をち、或は心はをちねども身はをちぬ。」(四条金吾殿御返事)と書かれた御書もあります。それは何を物語っているのかということがわからないのです。
 お金をいくら貯めても自分が病気になったら終わりです。心の財が身の財よりも大事です。身の財と言っても、自分が長生きをするためにウソをついたりして生き延びようとする人がほとんどです。
 自分の心を殺して、自分が長生きして社会的に出世するために、身の財を大事にするのです。でも、身の財を大事にするために心の財が失われていくのです。出世のために心を売るのです。
 人を陥れたり、誹謗中傷して無実の人をやっつけたりすると、心が落ちてしまいます。「自分」という身の財が大事だから、心を売ればウソをつき、人々を陥れることも出来てしまうのです。その時に心は死んでしまっているのです。
 身は豊かになっても、心はすでにありません。仏教では、蔵の財よりも身の財、身の財よりも心の財が大事です。この「心の財をつませ給うべし」という御書です。
 これを言われて樋田昌志君は困ったのだと思います。「どう解釈すればよいのですか?」と言われて、樋田流に言うとこうなります。「蔵の財よりも、御本尊を拝むことが大事なのだ」このようになってしまうのです。
 正座して御本尊を拝みます。「心の財とは何かというと、御本尊を求めて、求めて、求め抜いていくことだ。これが心の財だ」となってしまいます。それでは修行にはなりません。その考え方は、おかしいのではないですか?
 日蓮大聖人様は、「蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり」と言われているのですから、蔵の財よりも身の財を大事にして、長生きする(身の財)よりももっと大事なものは心の財です。心の財とは、「ウソをつかない、一生懸命精進する」ということです。そのような心を養っていくことが大事だと思います。
 例えば「働く」という言葉があります。「これはどのような意味か?」ということを誰も知りません。「働く(はたらく)」とは、「傍(はた)が楽(らく)になる」という意味です。知らなかったでしょう? 「傍(はた)が楽(らく)になる」ということを、「働く(はたらく)」というのです。
 あの人を楽にするために、自分の体を使って仕事をすることを「働く」というのです。我々は一生懸命働きます。みんなが楽になるように、働くのです。他人が楽になるように、自分が一生懸命働くのです。
 相手も一生懸命働くのです。だから、日本人は立派な仕事をするのです。少しでも暇があれば怠けるということはありません。ウソをつきません。日本人は少しでも暇があれば働き、正直です。
そのようなことを質問されて樋田昌志君は困ってしまったのです。日本神道を勉強していないから、そうなるのです。日蓮正宗は、全て板本尊に結び付けてしまうのです。「板本尊を信じることが身の財だ。板本尊を信じることが心の財だ」と言っているので、それを信じている人は乞食になってしまうのです。
 それは、苦し紛れに言ったのでしょう。樋田昌志君は、「御書の解釈は勝手にしてはいかん。御書の解釈は時のご法主上人しかできないのだ。みんな御書を勝手に解釈して失敗している」と言うのです。
 そんなことはありません。道理さえあれば御書は誰でも読めます。道理から外れていたら、その解釈はおかしいのですが、御書におかしいところは一つもありません。御書は、みんな正しいのです。
樋田昌志君こそ、おかしいのです。「何でも板本尊に結び付けて、板本尊の奴隷にしよう」ということが、日蓮正宗の宗教です。「猊下だけしか御書の解釈ができない」と樋田昌志君は言います。
 その日顕猊下は「池田大作をかましてやれ!」と言っていたのです。そんな猊下がいるのでしょうか? 「チンドンだ、お前は! チンドンなんだよ!」と小僧さんをポカポカと殴っていたのです。
御書は常識をもって読めばみんなわかるのです。それが信仰につながるのです。「板本尊だけを拝め。猊下のいうことだけが正しい」などと、カルト宗教はやらないほうがよいのです。



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2018年07月26日

人間の探究 1074 神の護ると申すも人の心つよきによるとみえて候

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※日蓮大聖人様が雨乞いの祈祷をすると、大雨が降ったのも奇跡です。そして、首きり役人が日蓮大聖人様の首を斬れなくなったのも奇跡です。

人間の探究 1074 神の護ると申すも人の心つよきによるとみえて候

 日蓮大聖人様は仏教だけを説くのではなくて、神のことにも触れています。日蓮大聖人様は伊豆の島流しから帰ってきて、極楽寺の良観と祈祷合戦になります。(文永8年6月18日、1271年)良観は200人の坊主を集めて雨乞いをやったのです。ヒドイ日照りが続くので200名の坊主を集めて雨ごいの祈祷をやったのです。しかし、雨は全然降りません。
 では、「日蓮を連れて来い」と鎌倉幕府が言うので、日蓮大聖人様が10名くらい集めて祈祷すると雨が降ってきたのです。良観は面目丸つぶれです。自分が200人の坊主を連れてきて、雨乞いをしても雨は降りません。
 日蓮大聖人様が祈祷するとたちまち雨が降ってきたのです。そこで良観は悪知恵を出して、日蓮大聖人様を貶めようとしたのです。「日蓮はこの鎌倉を水浸しにしようとしている。大変な悪僧である」と鎌倉幕府に上訴したのです。
 それを聞いた鎌倉幕府は、「日蓮は鎌倉中を水浸しにしようとしたのか。日蓮の首を斬れ!」ということになったのです。両手を後ろで縛り鎌倉中を馬に乗せて、「これが罪人日蓮だ。今夜首を斬る!」と言って引きまわしたのです。
 「あれが今度、首を斬られる坊さんか」と大衆は見ていたのです。その時に八幡宮にさしかかったときに「馬を止めてくれ」と日蓮大聖人様は言われたのです。馬に乗ったままで「今、法華経の行者日蓮が首を斬られようとしている。八幡大菩薩は神であろう。神は法華経の行者を守護すると約束しているはずだ。この法華経の行者日蓮が首を斬られるときに法華経の行者を助けないならば、八幡大菩薩は大神様より叱られるであろう。大罰を受けるぞ。私は首を斬られる覚悟をしたからよいけれども、八幡大菩薩は大神様から叱られる覚悟はできているのか!」と言われたのです。
 江の島の龍ノ口で夜中の12時に首を斬るというので、大衆は待っていて帰らないのです。役人も早く日蓮大聖人様の首を斬ればよいのに、刀に水を何回もかけて、首を斬るしぐさをするのですが、なかなか日蓮大聖人様のほうにこないのです。
 そのうち空一面に掻き曇って稲光が現れて辺り一面が昼間のようになってしまったのです。首きり役人がブルッてしまい、日蓮大聖人様の首を斬れなくなってしまったのです。これが龍ノ口法難(文永8年9月12日、1271年)です。
 奇跡が起こり、「日蓮の首は斬れない」ということになり、それから佐渡島に流されたのです。要するに日蓮大聖人様のご一生は奇跡の連続でした。日蓮大聖人様は伊豆に流されたときも、俎岩(まないたいわ)に置き去りにされたのです。当時の人は坊さんを殺すことを嫌がったのです。
 幕府もそうです。「伊豆に島流しにすれば、何処かで死んでしまうだろう」と思って、島流しにしたのです。「さよなら」と俎岩(まないたいわ)に、日蓮大聖人様を置いてきたのです。これが伊豆法難(弘長元年(1261年)5月12日から同3年(1263年)2月22日)です。水位がどんどん上がってきて、日蓮大聖人様も水没寸前で、船守弥三郎が通りかかって、日蓮大聖人様をお助けしたのです。これも奇跡です。日蓮大聖人様が雨乞いの祈祷をすると、大雨が降ったのも奇跡です。そして、首きり役人が日蓮大聖人様の首を斬れなくなったのも奇跡です。
 「どうして日蓮大聖人様には数々の奇跡が起こるのでしょうか?」と質問した人がいたのです。そこで日蓮大聖人様は「神の護ると申すも人の心つよきによるとみえて候」(四条金吾殿御返事)と言われたのです。
 「心つよき」ということは、「心が正しい」ということです。「心が弱い」ということは、悪者ということです。正しい人は信念など曲げません。自分の信念がない人は、コロコロと立場を変えて、泣いたり笑ったりするのです。
「心が強い」ということは、「正しい」ということです。これを間違えてはいけません。正しいと神は守ってくれるのです。「俺の超能力で現状を変えてみせる!」と、念力かけて力んでみてもダメなのです。
 自然に正しいことをやっている人は強いのです。正しいことをやっているのですから、信念を曲げる必要がありませんこのような人は「心が強い」と言っているのです。創価学会員は、「心が強い」ということを曲解して、「池田大作先生を信じる心が強い」などと馬鹿なことを言っているのです。
 悪党を信じたら自分が悪党になってしまうのです。創価学会員はみんな悪党になってしまいました。戸田先生の創られた大事な団体がみんな悪党になってしまい、創価学会は朝鮮宗教になってしまいました。
 最もこの問題は戸田先生が予言しています。「誰がこの団体を壊すのでしょうか?」と質問されて戸田先生は、「敵は内部だよ」と言われたのです。戸田先生は「池田大作が創価学会を壊す」と見抜いていたのです。池田大作は金儲けが上手かったので戸田先生は、上手く使ってしまったのです。適当に使ってしまったからこれが癌になったのです。
 戸田先生は、次期会長を決めなかったのです。池田大作は戸田先生から会長の指名などされていません。戸田先生は「黙っていれば自然に会長は決まってくる」と思っていたのです。残念ながら「俺が会長になる」と工作して池田大作が会長になったのです。池田大作は創価学会を本来の信仰の方向ではなく、おかしな方向へ引っ張っていったのです。
 それはともかくとして、心を正しくして信仰に励んでいくならば、ますます正しいことがわかってくるのです。お題目を24時間唱えようと、そんなことは「心が強い」ということではありません。
 「何が正しくて、何が間違っているのか?」という激しい研鑽を続けていくならば、「私は心が強い。私を害することはできない。」と思います。自然にこのようになってくるのです。
 日蓮大聖人様は、「神の護ると申すも人の心つよきによるとみえて候」と言われているのです。法華経を信じるとはそのようなことです。この法華経は正しいのです。創価学会員は、「何故、法華経が正しいのか?」という勉強をしていません。その勉強もしないで「南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経」と題目だけを唱えているのです。創価学会員は、「お題目さえ唱えていれば功徳があるのよ」と思っているのです。そうではありません。
 「何故、正しいのか? 仏の教えとは何であるのか?」ということをわかるということが正しい信仰です。正しい信仰をするならば、いかなる難が起きてもこの経を保つ者は救われます。これが日蓮大聖人様の教えです。


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2018年07月25日

人間の探究 1073 創価学会の婦人部との対話

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※朝鮮飲みをする山口那津男

人間の探究 1073 創価学会の婦人部との対話

 創価学会のオバチャンは、「中杉さんはなぜ池田先生の悪口ばかり言っているのですか? ただちに止めたほうがいいわよ。罰が当たるわよ」と言うのです。
 僕は正しいことをやっているから罰など当たりません。また恐れません。反対に池田大作はウソばかりです。知っているのでしょうか? 
 学会オバチャンは、「池田先生はウソなど一つもついていない。この間は奥様と女子部会館に行かれた。池田先生は今でも原稿を書いていらっしゃる」と言うのです。。何もしゃべれない、手も足もない奴がどうやって原稿を書くのでしょうか?
 いくら学会員のオバチャンに教えてあげてもわかりません。学会のオバチャンは、「池田先生は世界平和のために毎日懸命に努力をしています。女子部に会ったと聖教新聞に書いてあった」と言うのです。。「池田大作が女子部と会った」という聖教新聞を見せてもらうと池田大作の写真はありません。
 「女子部会館を池田大作が通りかかったので、池田大作が幹部と玄関の前で話をした」という記事になっています。「玄関の前で話をした」とは、どういうことなのでしょうか? いかにも散歩の途中で立ち寄ったようなことを言っているのですから、写真を出しなさい。これもウソなのです。
 或は昔の写真を出したり、池田大作のダミーもいるのでしょう。しかし、池田大作くらいの醜悪な顔をした人はいないから、身長150センチのダミーの後ろ姿だけです。池田大作はすでにこの世にはいないのです。学会オバチャンに、それをいくら言ってあげてもわかりません。
 まだそれでも学会オバチャンたちは、公明党を応援するのでしょうか? 学会のオバチャンは、「池田大作先生がおつくりになったのだから、何一つ間違いはない」と言います。本当にそうでしょうか? 創価学会はよいことをやっているのでしょうか? 公明党の山口那津男は、65歳で定年です。学会婦人部は、「なっちゃんの定年を延期しよう」と運動を起こしているらしいのです。
 あの山口那津男は、最大の馬鹿です。水戸一高から東大法学部に入学したらしいけれども、馬鹿の証明です。権力の座にいたらそれでもいいかもしれませんが、山口那津男は日本籍朝鮮人でしょう。日本国の憲法を持ちあげて「これは世界に誇る憲法であるから、憲法を変えるべきではない。憲法改正には反対だ」と言っています。
 このような奴を「馬鹿!」というのです。日本人はそれを聞いて「そうかな」と思います。「山口那津男という東大法学部卒の人が言っているのだから、あれはよい憲法に違いない」と思うのです。そうです。日本国憲法は中国と朝鮮にとっては、よい憲法です。
 今の憲法は交戦権がありません。今の憲法は日本が侵略されても戦うことができない憲法です。何故、その憲法がよい憲法なのでしょうか? 「日本が散々悪いことをしたから原爆を落とされた。悪い国なのだから、絶対に戦争ができる国にしてはいけない。だからこの憲法を守らなければいけない」と言うのです。
 僕は学会のオバチャンに。「ああそうなの。学会オバチャンも今日から戸締りして寝るのを止めなさい。“家にあるものは全て差し上げます。私は手向かいしません。警察にも通報しませんから、どうぞ好きな物をもっていってください。オバチャンですけど、私の肉体も差し上げます”と書いて寝なさい。そんなことはできないでしょう。」と言ったのです。
 国も同じです。何を取られても文句は言いません。日本は交戦権がないのです。その憲法をもっているおかげで。北方四島(歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島)は、ロシアに盗られてしまいました。。日本は交戦権がないから外国と戦えないのです。普通ならば、自衛隊が北方四島に出かけて行き「北方四島を返せ!」とドンパチやります。
竹島も韓国に盗られたままです。竹島は日本の領土です。何故、安倍政権は黙っているのでしょうか? 竹島について日本政府は「韓国と話し合いましょう」とも言いません。。安倍政権は、もう竹島を韓国にあげたような平気な顔をしてトボケているのです。
 今度は、尖閣列島を中国が狙っています。中国軍は動き回っているのに、日本の自衛隊は攻撃しません。。安倍さんは国民との約束があります。尖閣列島に公務員を常駐させると約束したのです。いつ、常駐させるのでしょうか? それもやっていません。
 中国は尖閣列島だけを狙っているのではありません。今度は沖縄を狙っているのです。「沖縄は昔から中国の属領だ」と言っているのです。韓国は対馬をほぼ占領しています。韓国人が対馬の土地を滅茶苦茶に買っているのです。
 一体これは何でしょう。そのうち佐渡島もやられるのです。北海道はロシアが虎視眈々と狙っています。「北海道はロシアがいただいた!」と思っています。。交戦権がないと、日本列島は虫食いのように食われてしまうのです。それでよいのでしょうか? 
 学会オバチャンは、「いいじゃないの、欲しい人にあげればいいじゃないの! 日本などと言っているから悪いのよ。日本がロシア領になったら、ロシアに支配されればいいじゃないの! そうすれば住民は殺されないわよ。中国でもいいわよ。中国に日本の支配をやってもらえばいいじゃないの!」と言うのです。学会員はこんな状態です。
 。学会オバチャンたちは知っているのでしょうか? チベット・ウイグル自治区で何が行われているのか知っているのでしょうか? 毎日、裁判もなしに何百人と殺されているのです。それが中国による赤化ということです。中国はとんでもない国です。
 北朝鮮もそうです。金正恩は450人も殺しています。ちょっとでも横を向いただけで殺されてしまうのです。そんな国に日本が支配されていいのでしょうか? 学会オバチャンは、。「いいじゃないの、北朝鮮は支配したいのだから。日本は奴隷になればいいのよ。奴隷になっても命が大事なのよ。奴隷大歓迎よ!」と言うのです。。驚くべき創価学会の洗脳が効いています。
 。これだけ長い間、創価学会で信仰していると完全な奴隷になってしまうのです。「これはもうダメだ」と思ったので、僕の最後の言葉です。「学会オバチャンは、来世は朝鮮に生まれなさい。朝鮮人の男と結婚して、朝鮮人の子供を産んで、貧民窟に住んで、幸せに朝鮮人として生きなさい」と言ってあげたのです。それでもわかりません。
 。創価学会のオバチャンは、長い間池田大作の奴隷になる信仰をやってきたので自守性がなくなり、自分の頭で考えることができません。どんなに矛盾したことを言っても平気です。
 だから創価学会はダメだと言っているのです。会長の池田大作は罰を受けて、両手両足切断です。そのような体になってみると、お金で買えないものばかりです。健康はお金で買えるのでしょうか? 長生きはお金で買えるのでしょうか? お金では買えません。
 池田大作一人で何兆円ももってしまい「俺の寿命を1年間伸ばしてくれよ。1千億円あげるから」と言っても寿命は延びません。植物人間になるのは別です。お金では買えません。普段の生活では、ほんのわずかなお金でよいのです。
 池田大作は使いもしない1兆円のお金を隠し財産としてもっていたのです。だから物怪(もっけ)だと言うのです。化け物は人間界の価値観が無くなってしまうのです。そのような物怪を造りだす創価学会は恐るべしです。
公明党は国賊である。我々はしっかりと思わなければいけません。。創価学会は朝鮮宗教になってしまい、国賊宗教です。公明党も国賊政党です。中国と韓国北朝鮮のスパイ政党です。
 創価学会員は、公明党の幹部はほとんど。日本籍朝鮮人だと知っているのでしょうか? 我々はこのような鮮害(せんがい)に犯されつつありますが、必ず鮮害から脱して見せるという決意でやっていきましょう。


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2018年07月24日

人間の探究 1072 天皇の呪い

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※白峯神社は保元の乱で讃岐の国に配流された崇徳天皇の神霊を白峯陵から迎えて創建したのが始まりです。

人間の探究 1072 天皇の呪い

 日本国の歴代天皇の中に、呪いをかけた天皇がいます。これが第75代崇徳天皇(1119年―1164年)です。この崇徳天皇は、「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」という呪いを天皇にかけました。凄い呪いです。
 崇徳天皇は、「天皇をなくす」と言われたのです。かつて、天皇であった人が自らこのようなことを言われたのです。「天皇という位をつくるから、私はこんな苦しい目に遭ったのだから、天皇をなくしてやる」ということです。
 「天皇をなくす」ということは、私は「大魔王である」ということです。天皇をなくして、民の中から天皇を選ぶというのです。崇徳天皇は、その呪いをかけたのです。約850年前にこのような呪いをかけられたのです。
 「皇室をなくして、選挙によって代表者を選ぶ」とは、言っていませんが、気持ちはそうです。民の中から天皇を選ぶのです。それは万世一系の天皇ではありません。現代で言うと「万世一系の血の流れを言うから、このような悲惨なことが起きてくるのです。天皇など、選挙で選ばせればよいではないか」という意味です。もし、そんなことが行われたら天皇ではありません。
 そして、五部大乗経(『法華経』・『華厳経』・『涅槃経』・『大集経』・『大品般若経』)の写経を都にいる天皇に送ったのですが、天皇は送り返してきたので、崇徳天皇は怒って「この経を魔道に回向(えこう)す」と言ったのです。魔王に経典を渡したので、魔王が力を持ち、「天皇をなくして、民を天皇にする」という呪いをかけたのです。
 安元3年(1177年)は、延暦寺の強訴、安元の大火、鹿ケ谷の陰謀が立て続けに起こり、社会の安定が崩れ長く続く動乱の始まりとなったのです。『愚昧記(ぐまいき)』安元3年5月9日条には「讃岐院ならびに宇治左府の事、沙汰あるべしと云々。これ近日天下の悪事彼の人等所為の由疑いあり」とあり、以降、崇徳院の怨霊に関する記事が、貴族の日記に頻出するようになります。
『愚昧記(ぐまいき)』5月13日条によると、すでに前年には崇徳院と藤原頼長の怨霊が問題になっていたといいます。安元2年(1176年)には、建春門院・高松院・六条院・九条院が相次いで死去しています。
後白河に近い人々が相次いで死去したことで、崇徳や頼長の怨霊が意識され始め、翌年の大事件続発がそれに拍車をかけたと思われます。精神的に追い詰められた後白河院は怨霊鎮魂のため保元の宣命を破却し、8月3日には「讃岐院」の院号が「崇徳院」に改められ、頼長には正一位太政大臣が追贈された(『百錬抄』)。
寿永3年(1184年)4月15日には保元の乱の古戦場である春日河原に「崇徳院廟」(のちの粟田宮)が設置されたのです。
 崇徳天皇は恨みをもって死んだのです。それで「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」と言われたのです。いろいろと説がありますが、崇徳天皇は暗殺されたという説もあります。
 舌をかみ切って死んだという説もあります。事実らしいのは、髪の毛は伸び放題、爪は伸び放題、ヒゲも生え放題だったということです。晩年は病気になり、暗殺されたという説もあり、遺影もはっきりしません。その頃から都に怨霊が出てきたのです。
 今度は都が3分の2焼けてしまうのです。空に閃光がとどろき、はやり病が流行したのです。その内「都に災いが起きるのは崇徳天皇の呪いではないのか?」と言いだしたのです。
 「これは鎮めなければならない」というので、神社や仏閣をつくり、崇徳天皇の魂を鎮めようとするのですが、一向に鎮まりません。崇徳天皇は魔王に経典を捧げてしまったので、一向に災いは治まりません。それから、100年に一度、日本国にいろんな災いが降ってくるのです。1300年中期には元寇、1400年中期には南北朝の争乱、1500年中期には応仁の乱です。地震・戦乱・下剋上が始まり、争いが絶えません。南北朝時代には、南と北に天皇が分かれて殺し合ったのです。
 北朝の天皇が勝って幕末まで北朝天皇が続いてきたのです。ところが明治天皇が出てきて、崇徳天皇の怨霊を鎮めるために京都に白峯神社を慶応4年(1868年)に造ります。白峯神社は保元の乱で讃岐の国に配流された崇徳天皇の神霊を白峯陵から迎えて創建したのが始まりです。明治天皇は不幸な目に遭われた天皇を助けようとしたのです。
 明治天皇が鎌倉寺に祀ったのは、後醍醐天皇の皇子の護良親王です。父とともに鎌倉幕府を倒し建武中興を実現したが、その後、足利尊氏との対立により足利方に捕えられて東光寺に幽閉され、建武2年(1335年)の中先代の乱の混乱の中で尊氏の弟の直義の命で、家来である淵辺義博(ふちべのよしひろ)によって殺められたのです。
 明治2年(1869年)2月、明治天皇は、護良親王を祀る神社の造営を命じ、7月15日に鎌倉宮の社号が下賜(かし)され、7月に東光寺跡の現在地に社殿が造営されたのです。
明治天皇は非業の死をされた天皇に味方するのです。崇徳天皇の神社を京都に建て、非業の死をとげた護良親王をお祀りしたのです。それは南朝の天皇だからお祀りしたというわけではなさそうです。
 昭和天皇も崇徳天皇の霊廟に参拝したのです。百年に一度の盛大なお祭りをしたのです。それくらい崇徳天皇を恐れていたのです。皇室に災いをなさないようにお祀りしたのです。そのように考えると皇室は今でも災いだらけです。
 昭和天皇は、100年祭で崇徳天皇の霊に参拝しているのに、皇室は雅子妃の問題、秋篠宮様の問題、プー小室の問題が絶えません。崇徳天皇は呪いをかけているのだから、呪いの原動力は、「皇を取って民とし民を皇となさん」ということです。その呪いは消えたわけではありませんから、皇室問題は常にゴタゴタしているのです。
 孝明天皇の暗殺説は未だに根深くあります。「伊藤博文により暗殺されて、南朝天皇と入れ替わったのだ」という説が、まことしやかに言われています。何をやっても崇徳天皇の怨念は鎮まりません。
 プー小室は朝鮮人です。弓削道鏡のように皇室に入り込もうとしているのです。これも怨念のなせる業なのかもしれません。秋篠宮様は非常に人望が厚かったのに、このような事件が続くと人望がなくなってしまいます。
 何故、娘をキリスト教の大学に入れるのでしょうか? 天皇の一家であることを忘れているのでしょうか? 天皇は神であるのに、「キリストが神である」という学校に皇女を入れて、洗脳するのでしょうか? おかしなことが起きてくるのです。
 崇徳天皇は、「皇を取って民とし民を皇となさん」と言われたのです。怨念はあるのです。日本の三大怨念は、崇徳天皇、平将門、菅原道真です。怨霊をなめたらいけません。皇室は、祭司の立場ですから、特に恨みをもっているご先祖様に対しては丁重に霊を迎えないと災いがずっと続きます。皇室は自覚するべし!


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2018年07月23日

人間の探究 1071 思想がない人は人格がない

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※日本の国は神話から始まります。神話をきちんとわかっている国家は、団結して非常に強い国家になっていくのです。

人間の探究 1071 思想がない人は人格がない

 思想というのは、非常に大事です。それぞれみんな思想を持っているつもりでいるけれども、詳しく尋ねられると思想はもっていません。
 共産主義だと言っている連中もそうです。思想とは、この上なく便利なものです。「私はこのような宗教をやっています」という人がいます。宗教とは思想です。その宗教の極意に通達していないと、「私はキリストを信じています」「文鮮明を信じています」と言っても、実は、「信じています」という中身がわかっていないのです。このような連中にとって思想はありません。
思想をきちんとわかって持つと、思想に則って進むことができるのです。「人生は明るく生きるものだ」という思想を信条にしている人は、人生は明るい方向へ行くのです。
 「何があっても人生は明るい」と思っているのです。どんな嫌なことがあっても「これはよくなるための前兆だ!」と思えるのです。
 「天の神が私を鍛えてくれている」とも思えます。何とでも思えるのです。それは、思想があるからです。「私はこの世の中を明るく楽しく生きるのだ」これも思想です。そのように思っていると、全てそのように見えてきます。
 「この世は苦しいのだ。憂いに満ちている。この世で幸せを願うのではなく、あの世で西方極楽浄土にいる阿弥陀様に救われるのだ」と考えている人もいます。これは思想です。みんなそのように考えているのです。
 「この世は苦しい」と考えているのですから、何をやっても苦しいのです。年貢の取り立ても苦しい、自分が年を取ってあちこち痛くなってくると苦しいのです。なんでもかんでも苦しくなり、嫌になってしまうのです。
 「年貢をまた取られるのか。嫌だな」と思うのです。思想が「この世は苦しい」と思うように、思想がもっていくのです。だから「早く死にたい」と思うのです。西部邁は、「俺は死ぬのだ。早く極楽浄土へ逝きたい。この世は馬鹿ばかりで嫌になった」と言っていました。核兵器も持てない日本の現状を憂いて、「こんな国には生きていたくない。早く死にたい。極楽浄土へ逝きたい」と思っていたのですから、その通りになったのです。
 太宰治もそうです。玉川上水に飛びこんで、3度目に女と一緒に死んだのです。玉川上水は小さな川です。2メートルくらいしか川幅がありません。そんなところでどうやって死ねるのでしょうか? 
 西部邁の場合は、多摩川に入水自殺ですが、そんなに深い川ではありません。だから手伝う人が2人いたのです。弟子「まだですか、先生?」西部邁「アブブブブ・・・」弟子「まだですか、先生」という奴がいたのです。西部邁の顔をどっぷんと多摩川に付けた奴がいないと死ねないのです。西部邁はこの世が嫌だから、おさらばして、西方極楽浄土を目指したのです。これも思想です。
西部邁のような偉い人でなくても、思想運動をしている人は大勢います。大部分の人に思想はありません。思想をもって政治運動などしていません。
 思想がないから、くっついたり、離れたりしているのです。自民党から独立して希望の党になり、今度は民進党とくっつこうとして、クルクル変わるのです。それは、中身が何も無いことを意味しているのです。
 「このような政策を掲げているから、この人に思想はあるのかな?」と思うと、実は何もありません。あるのは名誉欲です。
 だから、風向きが変わるとクルクルと、どちらの方向でも行ってしまうのです。共産党から自民党に入った奴もいます。もうそうなると思想などありません。滅茶苦茶です。
 では、貴方の思想は何だったのでしょうか? 「はい思想はありませんでした。僕は何もありません。勢力の強い方へくっつくのです。都合の良いことをアピールしているだけで、僕としては何の考えもありません」ということです。
 共産党も同じです。あんな時代遅れの思想でやれるわけがありません。普通ならば、考えます。共産主義が始めて出来たのはロシアです。マルクスの予言は「資本主義がもっとも進んだ国に革命が起きてくる」と言ったのです。当時のロシアは最も遅れた農業国です。
 ロシアには、農産物しかありません。そこに革命が起きてきたのです。変だと思いませんか? この段階でマルクスの予言など外れているのです。
それで予言と現実が違うと、「どうしてその現実を変えるのか?」というと、変える方法は二つしかありません。莫大なお金をもっているか、暴力です。結果的に共産主義は暴力政党になってしまったのです。
スターリンは、自国民を3千万人殺したと言われています。自分と考えの違う奴を皆殺しにしたのですから、3千万人でも少ないほうです。
 共産主義は、自分と考えの違う奴は、みんな殺してしまうのです。自分の考えが正しいというわけではありません。自分の考えが正しいならば、自然に正しい考え方でまとまります。正しくない考え方をもっているから、本当は思想などないのです。
 「人々を支配するために共産主義は便利だな」と思って使っているだけなのです。いざ権力を握ってみたら、違う考えの奴ばかりです。だから、この連中は、ぶっ殺すのです。そのような考えです。
毛沢東もそうです。共産党の皆さん、毛沢東はどのようなことをやりましたか? 6千万人〜1億人とも言われている同胞を殺したのです。ムシケラのように人を殺したのです。カンボジアのポル・ポト政権も2千万人しか国民がいないのに、400万人も殺したのです。自分と考えの違う者は、みんな粛清するのです。同じようなことを今は北朝鮮でやっています。
 共産主義は何がよいのですか? 共産党は、共産主義が天下を取ったら日本にそのような虐殺を持ち込むのですか? 事実、過去に火炎瓶闘争をやりましたね。今でも公安の監視体制下におかれているのです。いつまた火炎瓶闘争をやるかわかりません。
 共産党は「日本を火の海にする」と言って、過去に暴れたのです。いつの頃からか、そのような犯罪をしなくなったのです。それは仮装です。共産党が天下を取ったときには、必ず粛清するのです。そんなことはわかっています。
 共産主義で誰か幸せになりましたか? 金一族と大幹部以外は、誰も幸せになっていません。そのようなことを冷静に考えればわかるのです。貴方の思想は間違っているのではないですか? 或は、貴方には思想がないのではないでしょうか。だから共産主義と言っているのです。
 これはみんなにも言えるのです。自民党の連中は、どのような思想をもっているのですか? ほとんど思想などないと思います。たまにはある人もいるだろうけれども、大部分は何も無いと思ってよいのです。
 安倍晋三には思想など何もありません。だから、ウソをつけるのです。思想がないから、ウソをつけるのです。思想がある人は、ウソをつきません。「思想が無いと何に走るのか?」というと、本当は腹の中では、「女と金」です。これを中心にして物事を考えているのです。
 「大衆が求めている意見が正しい意見だ。そうすれば、金が儲かるぞ」と考えているのです。思想がないから、ウソがつけるのです。思想がないから、何でもできるのです。だから無節操なことができるのです。信念が何もないのです。
 「信念がある」とは、思想を持った人間ですから、思想がなければ信念はありません。日本国中がこのような無節操な無思想の人間ばかりになってしまったならば、日本の国の未来はありません。
 日本の国は神話から始まります。神話をきちんとわかっている国家は、団結して非常に強い国家になっていくのです。そのようなことを考えて、日本を見ると、日本にはびこっているのは悪思想ばかりです。大衆迎合の悪思想です。思想とも言えないものです。よく思想に注意していきましょう。


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2018年07月21日

土曜日特別講義『やさしい宗教原論』2、人類の夜明け ◆/世伐Δ料遇

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※サンタンジェロ城は元はローマ皇帝の五賢帝のひとりであるハドリアヌス帝の霊廟として139年に建てられました。

土曜日特別講義『やさしい宗教原論』
2、人類の夜明け ◆/世伐Δ料遇

 ライオン、熊よりも、何よりも強い存在であり、雷、地震、津波を起こす恐ろしい力があります。人間は「この恐ろしい力をもったものが存在する。その大きな存在と接触できるのか?」と考えたのです。
 それは山に祈ることであり、或は火を焚いて祈ることであり、或は踊りを踊り、超自然的な何者かと交流したのです。漠然とした「神」という概念が生まれてきたのです。それまでは、そんな概念はなかったのです。
 「おお、神よ!(オーマイゴット!)」と恐れたのです。もう、言葉はあります。地球上にいるホモ・サピエンスは別々に「神」を思ったのです。だから、宗教は星の数ほどあるのです。民族ごと、部族ごとに別々の宗教があるのです。
 「神」という存在に気が付き、「偉大な神とコンタクトをとりたい」と考えたのです。そこに現れてきた者が、「私は神とコンタクトした」という預言者です。モーゼもその内の一人です。
 「私は神と人間の中間にいる」という預言者が、神の声を伝えだしたのです。その頃の人類の歴史は、人類を統治する者が現れたのです。どうして人間を統治するのかというと、武力をもって統治したのです。
 それまでは、みんな魚を獲り、山の実を採り、平等に分けていたのですが、突然、指導者が現れるのです。「みんな獲れたものを俺のところへもって来い。俺が分けてやる」と言うのです。これが指導者の原型です。それぞれが獲ったものを食べていたのですが、「俺のところへもってこい。俺が分ける」ということが始まったのです。
 この命令に従わない奴はぶっ殺すのです。これが王の初めで、これが王権です。王の命令を聞かない奴はぶち殺すのです。すると王は巨大な権力を握ってくるのです。人間は一人のパワーです。王になったら、百人、千人のパワーになってしまうのです。
 「王が城を造れ!」と命令すると、千人が動くのですから、お城もできるし、何でもできてくるのです。王様がいない限り文明は生まれません。みんな勝手なことをやっていたら文明は生まれません。
 王様が出てきて「俺の命令を聞け、城を造れ。文句のある奴はぶっ殺す!」といえば、民衆は真っ青になって王の命令を聞きます。王権の支配は恐怖の支配です。
 ローマ時代もそうです。だからお城ができたのです。万里の長城もそれで出来たのです。万里の長城など庶民は造りたくありません。しかし、やらないと殺されてしまうので、万里の長城を造りにいくのです。王の命令に従わないと殺されてしまうから庶民にとっては地獄です。
 権力者にとっては天国です。全ての人間が命令通りに動くのです。「あそこに川を造れ!」と命令すると、川ができてしまうのです。「あそこに城をつくれ!」と命令すると、城が出来てしまいます。王の命令により、そのような構築物があちこちに出来てきたのです。
 すると「隣の国が邪魔だから、ぶっ壊そう」となるのです。隣の王権を倒すのであり、民衆を殺すのではありません。「王様をぶっ殺せば、民は俺のものになる。よし、戦争だ」ということです。
 それからずっと人類は闘争・戦争の歴史です。殺して殺し合い、「やりやがったな!」「おまえこそやりやがったな!」と殺し合うのです。その繰り返しが、人間を支配してきたのです。人間が人間により支配される時代を暴力時代といいます。(に続く)

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2018年07月20日

人間の探究 1070 アーユルヴェーダのセメント

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※「何がアーユルヴェーダなのか?」ということではなく、全体的に古代文明のもっている知恵をアーユルヴェーダというのです。

人間の探究 1070 アーユルヴェーダのセメント

 今、ローマに残っている教会があります。その屋根はセメントで造られています。古代のローマは盛んにセメントを使ったのです。現代人は石を積み上げて教会のドームを造っていると思っていましたが、実はセメントで造られていたのです。
 古代ローマに造られたセメントは2千年も保たれているのです。ビクともしません。現代のセメントは、100年も持ちません。それが2千年経ってもローマのセメントは、ビクともしません。時間が経てば経つほど固くなってくるのです。ローマで一番優れた建物は教会です。セメントを使っていたのです。
 ところが、ローマ以前にセメントを使っていたのがインド人です。インド人は古来から、アーユルヴェーダという伝統的な医学がありました。現代文明の源は、アーユルヴェーダの中に入っていたのです。
 古代インドでは、頭蓋骨に穴を開けて脳腫瘍の手術なども行っていたのです。セメントも造っていたのです。アーユルヴェーダの寺院は、セメントで造られていたのです。石造りの建物の土台にセメントを使っていたのです。石造りの建物は崩れてしまっていますが、土台のセメントの部分はビクともしていません。アーユルヴェーダの技術は、何千年前の技術です。
 中国でやっている鍼治療は、アーユルヴェーダが源です。中国よりもインドが先だったのです。鍼治療の部分だけが伝わってシナで集大成されたのです。現代でも「鍼治療でなぜ病気がよくなるのか?」わかっていません。
 例えば、宇宙には“気”が流れています。確かに流れています。人体にも気が充満しています。血液が滞るのではなくて、気が滞ると病気になるのです。血液の周りの循環が悪くなれば、病気になります。これは当たり前です。血液の流れをよくするためには、もめばよいのです。
 気の流れは、もんで治りません。人間の体は目に見えない気が流れています。人体には気があり、電流が流れるように気の流れる道があります。それを研究するのを気功といいます。
 鍼治療では、あるところに鍼をピタリと打つと痛みがなくなってしまうのです。あるところに鍼を打つと心臓病が治ってしまうのです。これは、名人芸です。鍼の学校では、気功を教えていますが、教えてもらってもダメなのです。これは名人芸です。教科書に書いてあるように「ここに鍼を打てばよい」というのでは治りません。
 その人を見て脈をはかり、舌を見て、自覚症状を聞いて「ここに鍼を打つ」と名人は決めるのです。教科書にはそんなことは書いてありません。自分で考えて鍼を打つのです。名人に鍼を打たれると見事に治ってしまいます。
 鍼が一般化しないのは、そのためです。学校に行って鍼の免許を持っていても、鍼で病気を治せるわけではありません。名人芸にならなければ病気も治せません。
 「トントントン、ここだ!」と鍼を打つのです。
 アーユルヴェーダは何でもありです。セメントもあれば、建築技術あれば、鍼の技術もあります。鍼の技術を中国人が持ち帰って、鍼治療の集大成にしたのです。もちろん、漢方薬もアーユルヴェーダから出ています。
「何がアーユルヴェーダなのか?」ということではなく、全体的に古代文明のもっている知恵をアーユルヴェーダというのです。
何故、最近アーユルヴェーダが有名になったのかというと、アメリカの医師デール・ブレデセン(カリフォルニア大学教授)がアーユルヴェーダの治療をすすめて、「ボケが治った」と言うのです。「アーユルヴェーダの療法に従えば、ボケることはない」と言うのです。薬草を使うとそうなるのです。
鍼についてもうちょっとふれると、古代人は世界中に様々な建物を造りました。全く理解不能です。イギリスのストーンヘンジは、100キロ先から石を運んだのです。そこにしか石はありません。その石切り場から、100キロ離れた場所に運んだのです。山あり、川あり、谷ありです。それを超えて石を運んできたのです。30トンもある石をどうやって運んだのでしょうか? 
普通で考えたら運ぶことはできません。不思議な話です。しかし、実際に巨石文明はあります。トルコのバールベックにあるのは、2千トンの石のオベリスクです。2千トンの石など人力で動かせるわけがありません。
オベリスクの長さは50メートルくらいあります。そんなデカイ石を人間がどのようにして動かしたのでしょう。ピラミッドの石は4トンくらいです。4トン車のトラックを人間が引っ張るのも大変なことです。2千トンの石をどのようにして運んだのでしょうか?
今の技術を使っても、2千トンの石を運ぶことはできません。古代の巨石文明は、数多くあります。マチュピチュは天空都市です。どうやって石を運んだのでしょうか? 石は向こうの山からもってきているのです。マチュピチュは道幅も狭く石など運べません。そのようなところにマチュピチュの古代都市は造られているのですから真に不思議です。
巨石建造物が、地球の要所・要所に置いてあるのです。あれは、何の技術なのかというと、アーユルヴェーダの技術です。人体には気がり、気が流れています。地球にも気があり、気が流れているのです。地球の要所にバンと石を打ちます。これは、人体に鍼を打つことと同じです。
気の流れがあり、地球に鍼を打つように巨石を立てて、気の流れを調節していたのではないかと言われています。そのような古い文明がアーユルヴェーダに伝わっていたのだと思います。
僕の知り合いのお婆さんは、耳が遠く聞こえなかったのですが、アーユルヴェーダを取り入れたら3ヶ月で耳が聞こえるようになったのです。ボケも治ったのです。本人はボケが治ったことに気が付きません。
そのように、古代文明はどうやらあったらしいのです。人類は1万年前から始まったのではなく、何十万年という昔に古い文明があり、そこからつながっているのです。
最近、アフリカで核戦争の跡が見つかったのです。20万年前に原子炉があったのです。それは放射能の測定でわかるのです。インドのモヘンジョダロは、多量の放射能が検出されています。ガラスが高温で溶けて、トリニタイトという水晶のような物質になっているのです。それが見つかっています。それから人体の骨も見つかっています。人体の骨から多量の放射能が検出されています。
モヘンジョダロは、「死の丘」という意味です。そこに原爆が落ちたのではないかと言われています。今から20万年前です。今の我々が文明と言っているのは、1万年前からです。キリストが生まれたのは、今から2千年前です。それを「起源説」と言っています。「世界は、キリスト生誕から始まる」という意味です。それが2千年前です。モーゼは今から4千年前の人です。そこから遡っても人類の起源は、せいぜい1万年前です。そこから現代文明は始まったと言われていますが、本当の歴史は全然違います。
もっと昔に我々にはわからない古代文明があったのです。それは人類の文明とは違う文明です。それがインドに残り、それがアーユルヴェーダとなり、インドに定着したのではないかと思います。
そのように考えてみるとアーユルヴェーダを研究する価値があります。アメリカの有名な医者デール・ブレデセンは、「私はアーユルヴェーダの技術でアルツハイマー、認知症を治す」と言い、本がベストセラーで売れています。
インドの古代文明の他には、日本にも古代文明はあったのです。これが竹内文書に書いてあります。そのようなことがわかっていくとよいのではないかと思います。


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