2018年03月10日

『日本人に打ち込む100本の柱』終末観に近付くな 84柱

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※ヨハネの黙示録

土曜日特別講座『日本人に打ち込む100本の柱』
終末観に近付くな 84柱

 世の中には色々な主張をする人がいて、宇野正美氏とか飛鳥昭雄氏とか色々な人がいます。これらの人々はほとんどが終末観を持っています。これは、聖書の[In the beginning](初めの時)からくる考え方で、五千年前に地球が始まって人類は五千年前に生まれたという考え方です。人類をつくった神様というのは時がくるとこの地球を滅ぼしてしまうのです。元にもどすという考え方です。これは非情に大きなキリスト教信者が深く持っている主張なのです。
 ところがこんな考え方をまともに信じているのがキリスト教の原理主義であってだいたいこれが六千万人くらいいるといわれています。六千万人いるとこれはカルトとは言えないわけです。飛鳥昭雄氏にしても、宇野正美氏にしても、「キリスト教信者ではありません。」と言っていますが、終末観だけは絶対実現されるものだと思っています。全く馬鹿げた考え方です。キリスト教の言う神のことを誰がわかるのでしょうか?
 日本の思想というのは、終末観など無いのであって、修理固成をしながらこの世界を年々歳々とよくしていこうという考えなのです。この終末観が入りこむとどうしようもない虚無感に襲われます。世界が終ると信じ込んでいるのです。「始があるから終わりがある」
仏教の考え方というのは、「始もなきがゆえに、死すべき終わりも無い」のです。永遠の存在を人間は繰り返していくのです。凡夫になったり、仏になったりしながら永遠の存在の生命ということを言っているのであって、終末観にとらわれてはならないのです。
 この終末観に取り憑かれた人の予言というものがあるのですが、すべてはずれています。一つも当らないのです。当らないわけです。何故かというと、世界は終末観を信じている人々と、全然信じないタイプの人間が争いをしているので必ずしも陰謀論や終末観に取り憑かれた人々の考えが勝つというわけではないのです。
 終末観で観るから予言が全部はずれてしまうのです。宇野正美氏の予言は、見事にはずれていますが、毎年、毎年言っています。二〇〇〇年問題とか、パンデミックとか、今年は二〇一二年のフォトンベルトの危機を言っています。ともかくこの人達の言っていることは当らないのです。「終末戦争が行なわれる。」「核戦争が行なわれる。」ということをずっと言っていますが、一つも起きたためしはないのであって、幸いなことに鳥インフルエンザも来なかったし、パンデミックも来なかったし、そしてまた終末論もはずれるでしょう。これに取り憑かれてはダメです。興味を惹いておもしろいのですが取り憑かれてはなりません。

ヨハネの黙示録
 第13章
 わたしはまた、一匹の獣が海から上って来るのを見た。それには角が十本、頭が七つあり、それらの角には十の冠があって、頭には神を汚す名がついていた。
 わたしの見たこの獣ひょうに似ており、その足はくまのようで、その口はししの口のようであった。龍は自分の力と位と大いなる権威とを、この獣に与えた。
 その頭の一つが、死ぬほどの傷を受けたが、その致命的な傷もなおってしまった。そこで、全地の人人は驚きおそれて、その獣に従い、また、龍がその権威を獣に与えたので、人々は龍を拝み、さらに、その獣を拝んで言った、「だれが、この獣に匹敵し得ようか。だれが、これと戦うことができようか」。
 この獣には、また、大言を吐き汚しごとを語る口が与えられ、四十二か月のあいだ活動する権威が与えられた。
 そこで、彼は口を開いて神を汚し、神の御名と、その幕屋、すなわち、天に住む者たちとを汚した。
 そして彼は、聖徒に戦いをいどんでこれに勝つことを許され、さらに、すべての部族、民族、国語、国民を支配する権威が与えられた。
 地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、その名を世の初めからしるされていない者はみな、この獣を拝むであろう。
 耳のある者は、聞くがよい。とりこになるべき者は、とりこになっていく。つるぎで殺す者は、自らもつるぎで殺されねばならない。ここに、聖徒たちの忍耐と信仰とがある。
 わたしはまた、ほかの獣が地から上って来るのを見た。それには小羊のような角が二つあって、龍のように物を言った。
 そして、先の獣の持つすべての権力をその前で働かせた。また、地と地に住む人々に、致命的な傷がいやされた先の獣を拝ませた。
 また、大いなるしるしを行って、人々の前で火を天から地に降らせることさえした。
 さらに、先の獣の前で行うのを許されたしるしで、地に住む人々を惑わし、かつ、つるぎの傷を受けてもなお生きている先の獣の像を造ることを、地に住む人々に命じた。
 それから、その獣の像に息を吹き込んで、その獣の像が物を言うことさえできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。
 また、小さき者にも、大いなる者にも、富める者にも、貧しき者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々に、その右の手あるいは額に刻印を押させ、この刻印のない者はみな、物を買うことも売ることもできないようにした。
 この刻印は、その獣の名、または、その名の数字のことである。ここに、知恵が必要である。思慮ある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は六百六十六である。


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この記事へのコメント

1. Posted by 簗瀬昌平   2018年03月10日 02:20
毎回の御講義 中杉先生の仰る通りです。  
情け無い事ですが 弟が エホバの証人 と言うのにはまって布教活動
をやっています、会話が成り立ちません、目の奥を見ると上から目線で
自分の経験から会話をしていないのです  聖書を持つている時などは
いきなりページを開き聖書にはこう書いてありますなどと言います、
自分で物事を考えていません。     我が家は代々神道家です。 
情け無い話を投稿しお許しください。  
御健康 御活躍をお祈り申しあげます。
2. Posted by 読者   2018年03月11日 00:21
>思慮ある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は六百六十六

車のナンバーを「666」にしている人を見かけますが??
3. Posted by ASUKA   2018年03月11日 00:23
>1
エホバの証人

あるエホバの布教者に、「あなたの言う神様は、どこにいるのですか?」と尋ねたところ、逃げ出してしまい二度と訪問してくることはありませんでした。
4. Posted by 通行人   2018年03月11日 00:24
これは非情に、は

これは「非常」に、ではないでしょうか
5. Posted by 弥生   2018年03月11日 00:27
>日本の思想というのは、終末観など無い
修理固成をしながらこの世界を年々歳々とよくしていこうという考え
仏教の考え方というのは、「始もなきがゆえに、死すべき終わりも無い」

終末論より日本の思想の方が、希望が持てる思想です。
6. Posted by 名無し   2018年03月11日 00:48
>終末観など無いが正しい

現に私たちはこの世に存在しているのが何よりの証拠です。ご先祖から延々と血脈が流れているのです。家系が途絶えるとは言っても遙か大昔(1万年以上前)のご先祖を辿れないだけであり、終わりなんてありません。
7. Posted by 紀子   2018年03月11日 16:18
博士の徒然日記ランキング16位ですね!

これからも応援していきます!!
8. Posted by Vega   2018年03月11日 18:16
>終末論

これも邪教ですね。
ノストラダムスの大予言同様、この終末論に悲観して
自殺した人々も多いと聞きますが、このような邪教に騙されないようにしましょう。
9. Posted by 歴男   2018年03月11日 23:38
>仏教の考え方というのは、「始もなきがゆえに、死すべき終わりも無い」、終末観にとらわれてはならない

博士のご講義の通りです。
10. Posted by 佳子   2018年03月11日 23:55
中杉博士、本日もご講義有難うございます。

>仏教の考え方というのは、「始もなきがゆえに、死すべき終わりも無い」
終末観にとらわれてはならない

博士の本日のご講義の通りです。

邪教ほど民衆の宗教的無知、思想的無知、歴史的無知につけこみ騙し、脅かし大金を巻き上げ、学会は選挙奴隷、統一教会は朝鮮奴隷、大石寺・法華講は板本尊奴隷、立正佼成会などは教団の奴隷にします。

学会は「世界平和を唱える公明党が単独で政権与党になれば、世界平和が実現する。よって選挙活動こそ仏道修行である」と騙しますが、そもそも、お釈迦様も日蓮大聖人様もそのようなことはおっしゃっていませんし、政治が世法であるのに対し、仏教とは脱社会の法であり、「選挙活動こそ仏道修行」とは大ウソです。

邪教を信じたり、宗教的無知とは、ちょうど眼隠しをして車を運転しているのと同じです。
目隠しをして車を運転していれば、必ず大事故に遭うのであり、学会の池田は重病、発狂の末両手両足切断、統一教会の文鮮明はヘリコプター事故で黒焦げ死体、生きながら無限地獄に落ちた、その最期の姿が物語っています。

博士の教えられる教えが何故正しいのか、このような民衆の「無知」、奴隷状態から解放し、真の意味で日本人としてどのように考え、どのような道を進むべきか教えられているからであり、正しい道を進む人は人にも助けられ、運にも恵まれ、成功、発展していく、正しい教えとはまた、「希望」の教えです。

博士のご出現によって、人々の無知につけこみ、騙し奴隷にする邪教の時代はもう終わりです。

皆さんも是非、博士のご著書を学び、また人々にも博士のご講義を教えていきましょう。

11. Posted by 徒然日記のコメント欄より転載   2018年03月11日 23:58
19. 有名人である中杉先生

損保会社の30代の知的な事務職の友人たち4人と、仕事後に居酒屋で酒を飲みながら中杉先生の話をしました。

なんと、友人たち4人とも、中杉先生のことを承知していました。 今や、中杉先生の名前を知らないと「時代遅れ」なんですね。 僕だけのマニアックな世界だと思っていましたので、ブログ・ランキング、ネット宣伝、SNSの影響力の大きさに驚きました。


太郎 2018-03-09 23:42:17

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