2018年05月14日

人間の探究 1021 業行因と修行因

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※日蓮宗の坊さんになった落語家の円歌が言っていました。「坊主になってわかったけれども、葬式で後ろに並ぶと3万円だよ。本堂で指導をとると10万円になるのだ」と言っていました。

人間の探究 1021 業行因と修行因

 人間は因果の法則から逃れることはできません。人間には必ず因果があります。因果とは「これがあるが故にこれがある」ということです。何も原因がないのに、いきなり現証だけがポツンと出ることはありません。
 例えば飛行機に乗っていて、飛行機が故障します。飛行機の故障は現実に起きたことです。それは修理を怠ったとか、部品が破損したという原因があります。それによって飛行機が動かなくなります。
 人間もそうです。必ず業によって人生が動いていくのです。自分の娘が通り魔に殺されたら「何故、私ばかりこんな目に遭うのか?」と思います。娘は人に恨まれる性格ではありません。それなのに通り魔にやられたのです。「どのようなことなのか?」と考えます。
 その場合の因果は何かというと、わからなくてもちゃんと前世に原因があります。この世で起きてくることに対して原因がないことはありません。「通り魔事件で犯人と何も原因がない」というのはウソで、ちゃんと原因があるのです。
 それを業行の因といいます。大部分の人間は因果・因果とその果を受けて、因果・因果と巡っているのです。人を殺せば「人を殺した」という因ができてしまい、今度は自分が殺される番です。
 いつ殺されるのかはわかりません。この次に生まれたときに、前に殺した奴が見知らぬ青年となっていきなり自分を殺しにくるのです。その因果はブラックボックスだから、今世だけ見てもわかりません。必ず因果があるのです。
 その人は因果を受けた結果、また因果・因果と先に進んでいくのです。「あの野郎、やりやがったな!」と因果の流転に入ってしまうのです。そのように流転していく人生を「業行の因」といいます。
 誰人も因果からは逃れられません。わかることは、「善い行いをしなければならない」ということです。善いことをすればその時に結果がでなくても、後で必ず結果が出るのです。結果は出ないかもわかりません。
 いくらよいことをして人を助けてもすぐに結果は出ません。「このようなことをしたから、すぐに結果が出た」というものではありません。或は来世になって出ることもあります。ただし、善いことをすると必ず結果がでるのです。
 人の命を助ければ、必ずどこかで助けられるのです。今助けたから、明日助けられるというものではありません。業行の因ですから、次から次へと因が襲ってくるのです。それによって業が積まれて人生が出来上がっていくのです。
 言ってみると人生は業行の因の集大成とも言えるのです。後から振り返ってみると全てわかるのです。「私は、このような因果をずっと積んできたのだな」とわかるのです。「何故、私はあの家に生まれたのか?」というと、それにも因果があるのです。
 「ああそうか、あの家に生まれて因が始まったのだな」とわかるのです。因果・因果と流転していくのが人生です。
 これと違い修行の因があります。これは自分の業行の因果の人生に気が付いて、修行の因果に変えていくのです。「こんな因果に流されていく人生は御免だ。俺は俺のなりたいようになっていくように修行する」と決意するのです。
「修行する」と決めても、前世の業が続いているから、すぐには変われません。「もっと勉強して東大に入りたいな」と思っても東大にはすぐに入れません。悪い頭で生まれた業行の因があるのですから、すぐには変われないのです。
 しかし、「本当に変わりたい」と思った段階で修行因が入ってくるのです。「俺はもっと頭がよくなって生まれたかった」と思って、本当に決意してそうなったならば、修行因の完成です。
 人生が流されて流転して「♪京都でしのぶと呼ばれて、神戸でなぎさと呼ばれたの〜♪」という業行の因果に気が付いて、「そうか、全て因果から始まるのだな。この因をしっかりしなければいけない」と思って仏道に励み、自分の業行の因果を修行因果に変えていくことが大事です。
 成仏とはどのようなことかというと、業行の因果を修行因果に変えて、遂には仏になることを言うのです。なかなかここまではこられません。遂にわかれば即身成仏です。業行の因果で流されている人生に気が付いて、因果倶時の法を学び、自分は本当になりたいものになるのです。
「あらゆることがわかった!」と悟り解脱します。これが即身成仏です。即身成仏とは、ミイラになることではありません。密教で言うミイラ仏とは意味が違います。仏道修行は死んでしまったらできません。この世でやらなければいけないのです。これを説かれたのが、日蓮大聖人様の本因妙の仏教です。
 人生を修行因に変えていかなければいけません。坊主がいくら御本尊を拝んでも、修行因になっていなければ、何の仏道修行にもなっていません。「今度、お葬式で10万円入ったら飲みに行こう」など、何を考えているのでしょうか? 
 日蓮宗の坊さんになった落語家の円歌が言っていました。「坊主になってわかったけれども、葬式で後ろに並ぶと3万円だよ。本堂で指導をとると10万円になるのだ」と言っていました。お金の采配も考えて、坊主はすました顔をして座ってお経を読んでいるのです。
 どんより曇った人生が業行因です。修行因に変えて、秋空が晴れたような、全てを見通していけるような人生を歩んでいかなければいけません。


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この記事へのコメント

1. Posted by s、y   2018年05月14日 00:45
先生の仰る通りだと思います、全て自分で考え行動した事です、
原因は自分ですから結果の責任も自分が取るのが当たり前です。

2. Posted by 主任教授 さえこ   2018年05月14日 11:25
5 今日の講義「業行因と修行因」拝読しました。

>因果とは「これがあるが故にこれがある」ということです。何も原因がないのに、いきなり現証だけがポツンと出ることはありません。


今、あなたが「不幸である」と感じるならば、それは善因を積んでいないからです。

何も原因がないのにいきなりお金持ちになったり、裕福な家庭に生まれることはないのです。

自分がやってきた前世の因、今世の因の結果が、自分の今の姿(果)です。

自分の姿を鏡で見て反省していくことが大事です。

>成仏とはどのようなことかというと、業行の因果を修行因果に変えて、遂には仏になることを言うのです。なかなかここまではこられません。

本当にその通りです。
みな、不幸の結果を人のせいにして、自分のせいだとは思いたくないのです。
すべての因は自分にあるのです。

それがわかって修行因に変えていくことが大事です。

修行因を積んでいない人は、自分が前世でよいことをしても果を受ければ使い果たしてしまいます。
修行因を積んでいないので、みんな果を使い果たしてしまうのです。

それに気がついた時が人生最低のときですから、「法華経を信じる人は冬のごとし」ということです。

葬式坊主になっても修行因は積んでいないので、結果、地獄行きの人生です。

業行因を修行因に変えていきましょう。





3. Posted by 理剣坊   2018年05月14日 14:43
難しい仏教用語を使う必要はありません。「人様に迷惑をかけないよう、自他にウソをつかずに生きろ」ということだけです。 

「自分の行いを鏡に映して、自分でよく見なさい」
4. Posted by ASUKA   2018年05月14日 19:10
>3. Posted by 理剣坊 2018年05月14日 14:43
「自分の行いを鏡に映して、自分でよく見なさい」

何が言いたいのですか。
5. Posted by 歴男   2018年05月14日 20:34
>いつ殺されるのかはわかりません
この次に生まれたときに、前に殺した奴が見知らぬ青年となっていきなり自分を殺しにくる

池田や文鮮明など、朝鮮人宗教詐欺師は、どれだけ殺されることになるのだろうか。
6. Posted by 弥生   2018年05月14日 20:49
>仏道修行は死んでしまったらできません
この世でやらなければいけないのです。これを説かれたのが、日蓮大聖人様の本因妙の仏教

このことからも、学会の選挙活動、大石寺の板本尊をいくら拝んでも、仏道修行にならないことが良く分かります。
7. Posted by Vega   2018年05月14日 20:52
>善いことをすると必ず結果がでる

博士は、前世でも今世でも良いことをたくさんされているのだと思いました。
8. Posted by 愛子   2018年05月14日 20:59
>成仏とはどのようなことかというと、業行の因果を修行因果に変えて、遂には仏になること

このようなことは、学会でも大石寺でも、誰も教えていないことです。
9. Posted by マリー   2018年05月14日 21:04
念仏の葬式坊主は今世で何人も地獄に送ってますが、修業員どころか地獄因が沢山積んでいるのではないかと思いました。しかし本人は善いことをしている気で念仏を上げてます。
10. Posted by s,y   2018年05月14日 23:03
理剣防さん言わんとする事私は解ります。
11. Posted by 一国民   2018年05月15日 01:33
>誰人も因果からは逃れられません

最近、また朝鮮人の「荒らし」が出てきているようですが、博士に対する悪口や妨害は、どれほどの罰を受けるか分かりません。
12. Posted by 佳子   2018年05月15日 01:54
中杉博士、本日もご講義有難うございます。

>「あらゆることがわかった!」と悟り解脱
これが即身成仏
自分の業行の因果の人生に気が付いて、修行の因果に変えていく

このようなご講義が出来るのは、博士だけであり、真のお悟りを開かれているからだと感じます。

学会も大石寺も、身延や顕正会も皆、「南無妙法蓮華経」と唱えてはいますが、自分たちの勢力拡大やお金のために、大聖人様の御書を都合良く解釈し、選挙奴隷、ご本尊奴隷を製造するばかりで、「即身成仏」、「業行、修行の因」についてなど、全く教えていません。

宗教・思想、政治経済、あらゆることを正しく教えられる博士に学び、業行の因果を「修行の因果に変えていきましょう。

13. Posted by 青山   2018年05月15日 18:04
5 御講義有難うございます

何事も必ず因果があるのだから認識をし業行の因果を修行の因果に変えていく事が大事であると思いました

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