2018年06月09日

『日本人に打ち込む100本の柱』感性を磨く 97柱

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土曜日特別講座『日本人に打ち込む100本の柱』
感性を磨く 97柱

 世の中には悪霊がいます。鉄道に飛び込む人が、駅員の名人はわかるといいます。「あいつ、自殺するな」と思うと注意するのです。パッとひっぱるとパッと治る場合もあります。そのまま飛び込み自殺を行ってしまう人もいますが、長年駅員をやっているとわかるのです。感性を磨いてくるとそうなってくるのです。回りに関心を持って感性を高めていくことが大事です。
 ご飯を作るのも大変良い感性を磨きます。「おいしいものを作ってあげよう」と思わないとご飯はおいしく作れません。「おいしいものを作るんだ。どうしたら皆喜んでくれるかな?」と思った時に感性が働くのです。それでおいしいものが自然に出来てくるのです。感性を磨くのです。
 それが、繰り返されてくると「ここは精霊が居るな」とわかってきます。「ここは、悪霊が居るぞ」とわかってきます。悪霊などに取り憑かれたら大変です。悪霊に取り憑かれたら、なかなか出て行ってくれません。諏訪大社で買った「龍神飛翔」の看板を置くと魔は入ってこれません。魔が取り付かないように玄関の見える位置に置かなければ効果はありません。見えない位置にかかげてはダメです。龍の神が飛んで跳ねて来るのです。諏訪大社で売っています。しかも、それは御柱祭で取れた木を使うのです。そこに価値があるのです。神事で奉った木から看板を作るので、御守よりも効力が有るのです。      「ここは、悪霊が居るな」と私にはわかるのです。悪霊の国もあります。アメリカは悪霊の国です。北朝鮮・韓国も悪霊の国です。中国はもっと凄くドブの国です。中国人は、霊魂は存在しないという考えです。もともと中国は共産主義の国なのです。
 孔子(紀元前五五一年九月二十八日‐紀元前四七九年四月十一日)は、「われ未だ生を知らず、いずくんぞ死を知らんや」と言いました。もともと霊体を信じない国なのです。中国は、精霊に関係なく人間が生きています。上から下まで、人間が豚のように、動物のように生きている国が中国です。ですから、人間が人間を食べてしまうのです。嗜好品として人間の赤ちゃんを蒸し焼きにして食べてしまうのです。嗜好品ですよ。霊体とか、もともとわからない民族なのです。中国人は、動物に近いのです。そんな国に精霊は居ません。
 この世界は人間の世界でもあるし、精霊の世界でも有るのです。この二つなのです。夜になると精霊の世界です。昼になると人間の世界です。夜になると精霊が集まってくるというのは本当で精霊会議が行なわれるのです。この世界は、二重構造になっています。この精霊の動きと働きについては知ることはできないのです。特殊な能力を持った人間でないと精霊はわかりません。
 中国には、精霊はいません。夜になると悪霊がうごめくのです。まとまった精霊は居ないのです。悪霊が個々に動き回るのです。それと同時に怨霊というのもあります。怨霊というのは誰かに殺されて恨みを持った悪霊です。「この恨みは忘れぬぞ」と言って死んだ霊です。日本でも平将門の首が飛んだとか、そういう話がたくさんあります。悪霊が居るのです。恨みを持った霊が怨霊です。それがある所を素通りすると、鉄道自殺など、ふっと「やろうかな」と思ってしまうのです。恐ろしいことです。
 今度は生霊というのがあります。生きているまま霊体になってしまっている人がいます。もちろん、良い霊体ではありません。生きたままで霊体が出てしまっているのです。生霊とは霊に取り憑かれて生命力を奪われてしまうのです。まだ、生きているのですが霊体のほうが早い人です。死霊というのもあります。これは殺されて怨念を持った霊体です。
 精霊は良い霊で、人間に生まれて死んだらまた精霊に成るのです。天界の衆生なのです。天界から降霊しているのが我々であって、それは見る人が見ないとわかりません。動物には精霊はありません。動物は自分も自覚できなければ何もわかりません。中国人は動物そのもので、精霊を理解できません。朝鮮人も精霊を理解できません。人間とは、精霊が分ることです。我々の生活の上に霊の世界があって、それがあるから天皇は精霊を司っているのです。精霊、天皇、人間です。
 精霊が神社に集まっていると感じられない人は人間までいっていません。そんな人は、唯物論者です。唯物論者は精霊は関係ありません。まして、マルクス、レーニン主義では、「人間は物だ」というのです。人間に精神など存在しません。ですから、気にくわない人間は抹殺するのです。抹殺するということは、「成分を消せ」ということです。「あそこに、百万人の余分な人間(成分)が居る。あれを消せ!」こういう考えです。「人間を殺す」という考えはないのです。邪魔な成分を切り取って取り除くという考えです。
 精霊を考えたら、そういうことは出来ません。この間、金正雲が二十人の人間を抹殺しました。叛逆の目があるといって、バズーカ砲で吹っ飛ばしたので髪の毛一本も残っていません。こういうことは唯物論者だから出来るのです。
 この世には精霊が居るのです。人間を殺しても精霊を殺すことは出来ません。我々の意識は、精霊が居て、ある使命を帯びて人間としてこの世に姿を現したのです。姿を現したが、使命を果たせば元の精霊に返るのです。それがスムーズに行なわれているところを仏界といいます。仏の見ている世界です。すべてのものは妙法から出来てくるのです。死んだ時は妙です。生きている時は法です。これを妙法・妙法と繰り返します。言葉を変えると生死・生死と繰り返すだけであって精霊というものに変わりはないのです。そのことをちゃんと知って精霊の世界にちゃんと生きているのが仏陀です。その精霊が出てくる基盤が妙法蓮華経ということです。認識の仕方が違うのです。妙法蓮華経とは精霊と人間の世界です。それがわかって初めて人間です。
 我々もそうです。この世に使命を持って精霊が、人間として生まれてきたのです。精霊とは姿形は無いけれど命なのです。精霊が「あそこに宿って生まれよう」と思って小さい卵子から体をつくって外界から色々なものを取り入れて大きくなって大人になって何かをするために生まれたのです。何かをすると、何かをした後はまた精霊に返るのです。そういうことなのです。
 天皇陛下は、死ぬことを何一つ恐れてはいません。怖くないということです。自分はそういう存在だと思っているからです。精霊から生まれて、精霊に返る。これが人間の一生だと思っているのですから死ぬものも無ければ、生ずるものも無いのです。そういう考えです。
 まだ、体を持たない精霊が夜になると「ザワザワザワ・・・」「ヒソヒソヒソ・・・」と集まってくるのです。それが、今度また人間に生まれてくるのです。精霊が人間のお腹に入るのです。
 精霊が見えてくるためには感性を磨かなくては見えません。感性とは日常生活を良く行なっていくことです。同じ掃除にしても「面倒くさいわね」と言ってまるく掃くのと、「隅々まで奇麗にする」と思ってやれば感性が上がるのです。食事にしても、「おいしいものを作ってあげよう」と、「どうしたら前回よりもおいしいものが出来るのか」と考えている人は感性が上がっていくのです。なんでもそうです。ボーとしていて言われたことだけやっているとか、何も考えないでやっているとかではダメです。感性を磨くのです。
 修行はあくまでも日常生活にあるのです。どこか、他の世界にあるわけではないのです。その日常生活をきちっとやっていると精霊などがわかってきます。精霊は存在します。「これは、悪霊が居るな」と、わかってきます。悪霊が居る所に悪霊神社を造ったのです。人間に災いをなすという土地に神社を造って、稲荷(異成:イナリ)神社を造ったのです。悪霊が集まってくる土地に悪霊封じの神社を造り悪霊を封じ込めるということです。そんなところにお参りに行ったら悪霊に出会ってしまいます。とんでもありません。そういうことを知らないで神社に物見に行ってはいけません。
 感性を磨くと精霊がわかってきます。感性を磨きましょう。


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この記事へのコメント

1. Posted by s、y   2018年06月09日 02:07
修行はあくまでも日常生活にあるのです、この事は実感として理解できます、他の事柄は実感として経験したことは有りません、神社の事に関しては経験上理解できます、日々努力して参ります。
本日のご講義有難う御座います。
2. Posted by 修験道者ゼッカイ   2018年06月09日 14:09
> 悪霊が居る所に悪霊神社を造ったのです。人間に災いをなすという土地に神社を造って、稲荷(異成:イナリ)神社を造ったのです。悪霊が集まってくる土地に悪霊封じの神社を造り悪霊を封じ込めるということです。そんなところにお参りに行ったら悪霊に出会ってしまいます。とんでもありません。


悪霊は、います。 人に取り憑いて凶悪犯罪をさせたり、精神錯乱に陥らせたり、自殺させたり、人を不幸にしますので、ご注意下さい。

しかし・・・・・

「INaRI」=「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」=「稲荷神社」です。心配無用です。

秦氏が創建した京都の伏見稲荷大社に、「異也大社だ」なんてことを言ったら、怒って叱られます。

しかも、悪霊がいる場所は稲荷神社だけではなく、墓地、洞窟、森林、湖沼、山岳地帯、ダム、商店街、精神病院、オフィスなど、至る所にいます。

東京の渋谷駅前の雑踏の人混みの中にもいます。みなさんの友人知人も悪霊に憑かれている人が多いと思います。なぜなら、「悪霊の頭数は、人類の人口72億人よりも多い」と言われ、霊視され、啓示されてきたからです。

そして、悪霊のエネルギー源は、人の怒り、不安感、憎しみ、復讐心、嫉妬心、羨望心、下劣な欲求といったネガティブな感情エネルギーです。これを人の心の中に培養してから吸収するために、殺人罪、交通事故、自殺といった、いろいろな悪さをするのです。

善霊は、神の高次元エネルギーを吸収しているため、人に悪さをして、そのネガティブな感情エネルギーを培養してから吸収しようとはしません。 むしろ、困った人を外部から助けようとしています。また、人に取り憑くこともありません。


3. Posted by 愛子   2018年06月09日 20:10
ここは、中杉博士のブログです。自説は、自分のブログでやりなさい。
4. Posted by ラッセル   2018年06月09日 23:54
朝鮮人は全員が悪霊に取り憑かれている。だから、朝鮮人には精神異常者と凶悪犯罪者が多い。この意味で、この朝鮮人女は無意識的に「本音」を話した。

朝鮮人は「悪魔の民」だ。

対する日本人は「神の民」で、朝鮮人・中国人と日本人は、霊的には「水と油」の永遠の対立関係にある。

この霊的な因果関係は、ユダヤ人とパレスチナ人・アラブ人の関係と同じだ。
5. Posted by 読者   2018年06月10日 01:27
>2. Posted by 修験道者ゼッカイ

??

昔、「ムー」でやってたような話。
6. Posted by 青山   2018年06月12日 09:02
5 御講義有難うございます

日常生活の中で感性を磨く事が修行であるのだから日々考え前進しなければいけないと思いました

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