2019年02月12日

人間の探究 1214 魔競(まきそ)はずば正法と知るべからず

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※敦煌の莫高窟には5万点以上の経典が入っていたのです。どんな経典かわからないのです。これを翻訳すれば、もっと経典が出てきます。

人間の探究 1214 魔競(まきそ)はずば正法と知るべからず

「此の法門を申すには必ず魔出来すべし魔競はずは正法と知るべからず、第五の巻に云く「行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る乃至随う可らず畏る可らず之に随えば将に人をして悪道に向わしむ之を畏れば正法を修することを妨ぐ」等云云、此の釈は日蓮が身に当るのみならず門家の明鏡なり謹んで習い伝えて未来の資糧とせよ。」(兄弟抄)

 「此の法門を申すには必ず魔出来すべし」

 此の法門とは、法華経ということです。法華経とは、正法です。これを言われるとみな頭が痛いのです。「念仏など信じていると地獄へ逝くよ」「余計なことを言うな、俺は念仏しか信じられないのだよ」と言います。
 或は「お前、座禅などしても悟りを得ることはできない」と言うと「仏と同じ格好をして初めて仏になることができる。従って経巻はいらない。」と禅宗は言うのです。「経巻は月を指す指だ」と言うのです。
 そんなものをいくら拝んでもダメなのです。月を指している経巻を拝むのではなくて、黙って座るのです。そして、「お釈迦様がやられた座禅を組むことが仏になっていく道なのだから、経巻はむしろ邪魔なのだ。禅宗は経巻は一つもいらず」と言うのです。まさに魔です。
 真言密教はくだらないインドの神を沢山もってきて、それを拝んでいるのです。様々な秘密の行法をつくっているのです。求聞持聡明法・月輪観瞑想法・日輪観瞑想法などをつくって人々をたぶらかすのです。「秘法によりそのような力が身に着きます」と言うのです。誰もそんな力がついたためしはありません。いくらやってもダメなのです。
 そのようなことを言うのです。法華経でないと成仏はできません。法華経のことを正法というのです。正しい法なのです。正しい法をもって、経巻を学び、行も行い、学も実践していくのです。
 この信・行・学が整って初めて成仏するのです。禅宗のように「経巻はいらない」というのでは、成仏できません。経巻は8万4千巻とも、8万6千巻とも言われています。この中に莫高窟から出てきた経典は入っていません。敦煌の莫高窟には5万点以上の経典が入っていたのです。どんな経典かわからないのです。これを翻訳すれば、もっと経典が出てきます。
 では、「莫高窟の経典で終わりなのか?」というと違います。まだあるのです。まだどこかの洞窟で経典が見つかると何千巻と増えてしまうのです。「何故、そんな多くの経典が出来たのか?」ということを考えてみなければいけません。
 それに疑問をもったのが日蓮大聖人様です。その前には天台大師が疑問をもったのです。「この経典を整理しないといけない。こちらの経典とあちらの経典は違うことが書いてある。何が大事なのか?」ということがわかりません。
 ある経典には「法華経が大事だ」と書いてあります。ある経典には「涅槃行が大事だ」と書いてあります。或は「小乗教が正しい」と書いてあったり、わけがわかりません。仏教を学ぼうと思った瞬間に8万6千巻も経典があると、わけがわからなくなってしまうのです。仕方ないから、自分の身近な仏教、例えば先祖の宗教である念仏を信じてしまうことになるのです。
経典で説かれている内容は全て違います。それをまともに考えて、「何故、経典はこんなに多いのか? 真実は一つだろう」と天台大師も考えられたのです。経典を整理して一つにしなければなりません。「何故、このような経巻を説かれたのか?」ということが、全てわかったのが、天台大師と日蓮大聖人様です。
 「何が故に正法なのか?」ということがわかったのです。これが天台大師の『摩訶止観』『法華文句』『法華玄義』にしてもそうです。日蓮大聖人様の教えは四箇格言です。仏教が全てわかったのです。「仏教とは、法華経のことを言うのだ」とわかったのです。
 何故、そのように言われるのかというと、道理が通っているからです。きちんと道理は通っています。だから「法華経を学ぶ」ということは、物事の道理がわかるということです。
 「何処まで行けば悟りなのか?」という筋道もあり、「悟りとは何か?」ということも書いてあるし、全て書いてあるからそれ以外のものは邪教だとわかります。法華経を修行するということは、頭がよくなるのです。
 頭が混乱しているから何が何だかわからないのです。混乱した頭をだんだん正しくしていくのが正法です。法華経は正法だということです。そこまでみんな到達していないのです。創価学会も日蓮正宗も身延山久遠寺も顕正会も立正佼成会も、そんな考え方をしていません。仏教が何だかわからないのです。
 創価学会は、「日蓮大聖人様が世界平和だと言った。仏教は世界を平和にするための教えだ」といいます。こんな話はウソです。平和だから仏法が広まるのです。戦乱で逃げ回って弾が飛んできたら、仏教などやっていられません。創価学会の言うことはウソだとわかるのです。
 平和だから仏教が広まるのです。「仏教が広まれば世界が平和になる」などあり得ません。ウソなのです。だから創価学会のように「仏教は世界平和をつくるためのものであり、我々は世界60か国にも布教している。だから正しいのだ」と学会オバチャンたちは言います。何を馬鹿なことを言っているのでしょうか?
 暴動の起きているベネズエラや中東で仏教が広まるのでしょうか? 国が不安定で仏教など広まるわけがありません。「仏教が平和をつくる」というのは、ウソだとわかります。平和だから、仏教が広まるのです。創価学会のように頭が狂っていると、そのようなこともわからなくなってしまうのです。
 わからなくなるから、最終的には「国際平和だ!インターナショナルだ!」と言いだすのです。終いには、「創価学会インターナショナル、これがやりたいために私たちは学会をやっているのよ!」と言いだすのです。そんなことはウソです。
 創価学会のようにみな仏教がわからないのです。仏教は何のために説いたのでしょうか? 仏教が説きたいのは、そんなことではありません。その有難い仏教を広めるためには、世界は平和でなければなりません。
 平和をつくるのではなく、平和でなければ仏教は広まらないのです。明日、食べる米もないような社会不安をつくっておいて、道端で自殺者が相次いでいる時に、仏教は広がりません。仏教は平和だから広まるのです。
 その平和をつくりだす能力は別の能力です。仏教とは違うものです。「みんな、お題を唱えなさいよ」というだけで平和がつくりだせるわけがありません。平和をつくるのは、やはり帝王学です。「人間とはどのようなものか? どのように人間を抑えていかなければいけないのか?」という帝王学がないとダメなのです。この帝王学は、歴史と伝統がある国にしかありません。西洋に生まれた帝王学もありますが、そんなものは全然役に立っていません。西洋はマキャベリ、シナの始皇帝は韓非子です。そんなもので国は、治まりません。
 やはり実践の帝王学をもっているのは、神社と天皇です。経典ではありません。天皇の原理で世の中を動かしていかないと世の中は平和にはならないのです。
 仏教もそうです。正しく仏教を広めていこうと思うと、邪教どもが騒ぐのです。すると「人と仲良くしなければいけない」と言うのです。僕もよく言われます。学会オバチャンは、「人の悪口は言わないほうがいいわよ。池田先生の悪口は言わないほうがいいわよ。学会員の悪口は言わないほうがいいわよ」と生意気にも僕に向かって言うのです。
 学会員は狂っているのですから、僕はいくらでも言ってあげます。それは、魔が出てくるという証拠です。「あいつは生意気だ」と昔ならば石を投げられたのです。僕の言っていることは、「全ての仏教はインチキだ」と言っているのです。石を投げられても仕方ありません。そんなことは覚悟して言っているのです。
 世間の評判を恐れれば、何もできません。一般世間の人は、「このようなことを言ったら嫌われる」とビクビクしているのです。みんなそうです。僕の知っているY君は本当に臆病者です。「悪口を言ったら相手にされなくなりますよ」と言うのです。馬鹿に相手にされなくていいのです。馬鹿が相手にしなければ、こちらが利口ということですから相手にされなくても構いません。何を恐れているのでしょうか? 
 何故、そんなに仲良くしてもらいたいのでしょうか? 「貴方とは遊ばない」と言われたら、遊ばなければよいのです。「遊んでもらおう」と思うから苛められるのです。子供も苛められたらそこに行かなければよいのです。
 ところがどういうわけだか苛められた子供は苛める連中のところへ行きたがるのです。I君などそうです。来れば崖から突き落とされて、指はねじられるし、「暇だな。Iをやろうぜ!」とI君に襲い掛かってボカボカと殴り、灰は目に入れらるし、口の中にも入れられて「助けてくれ!」と障子によりかかるので、障子がみんな壊れてしまうのです。
 いじめを受けてもI君はまた「遊んでくれ」と来るのです。だから苛められるのです。それと同じことです。「お前とは遊ばない。お前は悪人だろう」と言っていればよいのです。その考えが尊いのです。そこまでの信心に到達していかないと、日蓮大聖人様の仏教は成し遂げられません。
 「みんなに悪口を言われないように、遊んでもらいたい」などと世間に阿て何を馬鹿なことを言っているのでしょうか? 僕は「お前達は間違っているのだよ」と言っているのです。それは相手にされません。そのような強い心を持たないと法華経の信仰はできません。そうでないと魔に信仰を破られてしまいます。
 魔は常に自分の仲間を減らさないようにするのです。暴力団でもそうです。「お前は辞めるのか? では、指を詰めろ」と言われます。関東連合ならば「辞めることは許さんぞ」と言われて滅茶苦茶なリンチを受けるのです。
 この世間は第六天の魔王の所領地だから、そんな連中しかないのです。何処を見ても政治家を見ても、悪い連中ばかりです。そんなものを見たら堂々と「お前は狂っているのだ。それは正しい道ではない」と説いていくことが法華経の信者になる道であり、それのみが仏になっていく道です。勇気がなければ仏になることはできません。

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この記事へのコメント

1. Posted by 行合84   2019年02月12日 06:52
中杉先生ブロック拝見いたしました。法華経でしか成仏出来ない、だから日蓮大聖人様は四箇の格言で諸宗を破折されたのです。日蓮大聖人様は直接諸宗に赴き膨大な仏典をしっかり理解されたのです。真実は一つであることをしっかりと見抜かれたのですね。何が正しくて何が間違っているのかを判断されたのです。というか日蓮大聖人様は本仏であられるので当然ですね。僕ら正理会は中杉先生の講義をしっかり受け止めて本物の仏教すなわち日蓮大聖人様の南無妙法蓮華経の信心修行をして参りましょう!日本神道の神様を敬神して参りましょう!真の神仏習合は鬼に金棒であると確信いたします。中杉先生講義ありがとうございました。
2. Posted by 主任教授 さえこ   2019年02月12日 17:42
5 今日の講義「魔競(まきそ)はずば正法と知るべからず」拝読しました。

>馬鹿が相手にしなければ、こちらが利口ということですから相手にされなくても構いません。

まさにその通りです。
正理会は「貴方の信仰は間違っている」と言うのですから、仲良くはできません。
仲良くしてもらわなくてよいのです。

「愚人に褒められることは恥と思え」です。
世の中は無明の衆生であふれています。
無明なのだから、正しい人がわからないのです。

それを見て「可哀想だな」と思い、正法を教えることが慈悲です。

>「此の法門を申すには必ず魔出来すべし」

法華経の修行をすると必ず魔が出てきます。
それも体験するとますます法華経の信者になってきます。

正理会は国をも正す使命があります。
愚人にはそれがわかりませんから、悪口を言うのです。

>この世間は第六天の魔王の所領地だから、そんな連中しかないのです。

それを理解して精進していきましょう。





3. Posted by 大田   2019年02月12日 17:42
今日の講義拝読しました。

>この世間は第六天の魔王の所領地だから、そんな連中しかないのです。

お釈迦様が悟られるとき、たくさんの魔がやって来てお釈迦様の瞑想を邪魔しましたが、お釈迦様は魔に勝ち悟りを開かれました。
日蓮大聖人様も命を取られるような法難に何度も合われましたが、南無妙法蓮華経とご誓願を神国日本に建てて下さいました。

日蓮大聖人様は、法華経を妨げるものが、第六天魔王と教えて頂いていますが魔を打ち破る強い信仰心があれば、魔は法華経の修行者を守ると言われています。

邪教を信じている人と合わないのは当たり前ですが、私は、以前合わせようとしてさらに、無明の中に入りこんでしまいニッチもサッチも行かなくなり、邪教をきっぱりやめました。

狂っていた私に正法を教えて頂き、正法を信じ学び行ずる事が大事であると教えて頂き、今の私があります。

博士 今日もご指導ありがとうございます。
4. Posted by 弥生   2019年02月12日 20:56
>法華経でないと成仏はできません
法華経のことを正法という
正しい法をもって、経巻を学び、行も行い、学も実践

このことを実践され、お悟りを開かれ、皆を導かれているのが博士です。
5. Posted by 読者   2019年02月12日 21:00
>正しく仏教を広めていこうと思うと、邪教どもが騒ぐ何処を見ても政治家を見ても、悪い連中ばかりです。そんなものを見たら堂々と「お前は狂っているのだ。それは正しい道ではない」と説いていく

以前登場した法華講員などがそうですね。

大石寺、学会、顕正会、自分たちだけが正しいといいながら、犯罪者ばかりで、魔、邪教だからですね。
6. Posted by 佳子   2019年02月12日 21:16
中杉博士、本日もご講義ありがとうございます。

>勇気がなければ仏になることはできません

大石寺、学会、顕正会など皆、「自分たちこそが正しい」と言いながら、誰も博士に法論を申し込んで来ないのは、邪教であり、それでは功徳も成仏もできないということです。

以前、学会員に「そもそも仏教と選挙は無関係であり、仏教とは出家の法であり、政治権力を目指すものではない」、大聖人様は「大石寺の板本尊を拝めとはおっしゃっていない」と問いただしても無言でしたが、このように博士に教えられ、何故、選挙活動や板本尊を拝む事はおかしい、と気付かないのでしょうか。

正しい教えを教わり、正しい道を歩んでいるならば、自然と何物も、何事も恐れない、博士や大聖人様のような大きなお心になるのであり、現在、日本人になりすました国会議員が250名もいる政界、池田のような朝鮮人宗教詐欺師ばかりの宗教界、これだけ朝鮮人が日本人を奴隷にし、大金を巻き上げている現代日本、皆を覚醒させるために立ち上がろう!と思うのは当然のことであり、本会にも朝鮮人などが大富豪の博士や、真面目な会員を利用しようとしましたが、皆、正体が明るみになり、逃げ出してしまいました。

今、できる活動を行っていきましょう!!
7. Posted by sy   2019年02月13日 00:00
先生
具体的内容で解りやすいご講義感謝致します
有難う御座いました。
8. Posted by マリー   2019年02月13日 00:59
博士の魔を恐れないで正しい事を貫く姿勢は素晴しく感動します。
9. Posted by 青山   2019年02月14日 12:39
5 御講義有難うございます

実践の帝王学である神社と天皇について、正しく中杉博士から学び南無妙法蓮華経の信行学に邁進していく事が大事であると思いました

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