2019年07月09日

人間の探究 1319 法華経を信じている人は多い

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※池田大作の長男の博正は教え子に手を出してはらませて結婚したと思ったら、もう離婚です。子供は障害児で嫁側の実家に押し付けたのです。挙句の果ては離婚です。現在はウツ病で学会活動は全くできません。ひどいことになっています。

人間の探究 1319 法華経を信じている人は多い

「法華経の行者は信心に退転無く身に詐親(さしん)無く一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば慥に後生は申すに及ばず今生も息災延命にして勝妙の大果報を得広宣流布大願をも成就す可きなり。」(祈祷経送状)
 
 「法華経の行者は信心に退転無く身に詐親(さしん)無く」
 法華経の信仰を持っているという人は多いのです。人数だけは多いのです。しかし、日蓮大聖人様の教え通りにやっている人間はまずいません。どのように信仰すれば功徳を受けられるのでしょうか?
 この場合の功徳は、御書を中心に考えていけばよいのです。日蓮大聖人様により、死んだ後に永遠に幸せになる方法を教えていただいているのです。第一の条件は、「法華経を信心して退転をしてはいけない」と言っているのです。
 退転とは、法華経の信心を辞めるということです。法華経の信心を辞めるということは、何もわかっていなかったということです。何十年信心して、「僕は法華経を信じています」と言っても、「法華経の信心をやーめた!」と言えば、これは退転です。
 わかっていないから退転するのです。何もわかっていなかったのです。ガマガエルのような声を出して「なむみょうほうれんげっきょうー」と唱えているのが、法華経の信仰なのでしょうか? それは全く違います。この御書に何と書いてあるのでしょうか?
 「法華経の行者は信心に退転無く」と書いてあります。退転したらもうダメなのです。「私は何十年信心してきました。これで少しは功徳があるかしら?」などと言っても、退転したら功徳はありません。退転したら、もうこの条件を外れているのです。
 「身に詐親(さしん)無く」とは、誤魔化さないことです。「今日も勤行をしてきました」と学会の連中は言います。何を勤行しているのでしょうか? 「習慣ですから、なむみょうほうれんげっきょうー」とやっているのです。「朝1時間、夜1時間、これがわたしの習慣です」と言っているのです。
 こんなことをいくらやっても身に誤魔化しがあるのです。眠りながらお題目を唱えるとか、眠りながら法華経の経典を読むなど、身に詐親があるのです。誤魔化しがあるのです。心に恨みを抱いて、「あの野郎が今度、支部長になりやがった。俺が本来なるべきだよ」そんなことばかり考えているのです。「この婦人部長よりも、私のほうが上なのよ」と思っているのですから、身に詐親があるのです。
 日蓮大聖人様は、「身に詐親(さしん)無く」と言われているのです。そんな心があると、法華経を信仰しているとは言えません。
 「一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば慥に後生は申すに及ばず」
 「金言」
とは、教えの通りということです。日蓮大聖人様の指導の通り、「教えの如く信心するならば」と言われているのです。
 しかも、法華経の信心は折伏が絶対条件です。折伏をしない人は、信心しているとは言えません。いくら何万回お題目を唱えようと、境涯は何も変わりません。「折伏をして世の中の邪教を破折して、正してい教えを広めていかなければいけない」という心をもって修行していかないと、法華経の信心をしているとは言えません。
 創価学会に入信すると、日蓮大聖人様を拝んでいるつもりだったのですが、後ろにいる朝鮮人の池田大作を拝むことになっているのです。そんなことくらい、ちゃんと見抜きなさい。これも信心からきているのです。
 「ここは変な団体だな。誰が指導者になっているのか? 池田大作か。池田大作の言うことを聞いていれば成仏できるのか?」そのように考えるべきです。池田大作はロクなことになっていません。池田大作の次男坊は胃に穴が開いて死んでいます。長男の博正は教え子に手を出してはらませて結婚したと思ったら、もう離婚です。子供は障害児で嫁側の実家に押し付けたのです。挙句の果ては離婚です。現在はウツ病で学会活動は全くできません。ひどいことになっています。
 創価学会の会長の原田稔の妻は植物人間になり、今はもうすでに死んでいます。上を見るとロクな奴がいません。ということは、指導者を疑わなければいけません。「私たちは誰に指導を仰いでいるのだろうか?」池田大作は本当に仏教の指導者なのだろうか?
 池田大作は、脳軟化症で両手両足切断だと言われています。出てこられないのですから、尋常な姿ではありません。おかしいのです。家族も出鱈目、自分も不幸になってしまい、滅茶苦茶です。
 池田大作の信心の指導を聞いていてよいのでしょうか? 創価学会は信者に何も教えません。供養一本です。「私のお金を出して学会を供養することが、どうして日蓮大聖人様を供養することになるのだろうか?」と疑問を持たなければいけません。
 「私の供養金は池田大作の懐に入ってしまい、朝鮮人にお金を差しだして朝鮮人の奴隷になっているのではないの?」そのようなことを考えて反省しながら、「修行しなさい」と日蓮大聖人様は言われているのです。
 「慥に後生は申すに及ばず」
 「後生」
とは、死んだ先ということです。ちゃんと正しい信仰をしているならば、来世も必ず五体満足で生まれて、幸せになる条件をつくっているのです。後生は幸せになることは、もう決まったことです。
 それはよいのですが、問題は現世をどうするのでしょうか? 死んだ先のことは、法華経を信じればよいのです。現世は、どのように渡っていけばよいのでしょうか? 
 「今生も息災延命にして勝妙の大果報を得」
 ちゃんと法華経を信仰していれば、現世も長生きするのです。息災延命とは、長生きができて幸せな人生を歩むことができるのです。そして、「あそこに立派な法華経の行者がいる」と言われて立派になって、皆さんから褒められるのです。「あれが本当の法華経の行者だ」と言われて大果報を受けることができるのです。そのようなことを言われているのです。
 今、本当に正しく修行していくならば、みんなそうなっていくのです。正理会の言うことを正しく聞いていくならば、必ずそうなります。ならなければウソなのです。全員がそうなります。
 考え方が狂っているのですから、幸せになれないのです。「私は創価学会に入っています」と言いながら、「貴方の趣味は何ですか?」と聞かれて、「趣味はパチンコです。たまにソープランドへ行きます」と答えているようでは、どこが勝妙の大果報を得ることができるのでしょうか? そんな奴は絶対に功徳など受けるはずがありません。
 僕が罰を当てるわけではありません。大果報を受けるわけがありません。人の約束は守らず、自分勝手な理論を振り回して、人の事は考えません。自分だけ夜中に飛び起きて「なむみょうほうれんげっきょう」などと唱えて、そんなことをいくらやっても、功徳は受けないのです。
 正しき器に自分を直さなければいけません。正しき器をつくれば、その中にいろんなものが入ってくるのです。それが自分の実になるのです。実になるから、息災延命で長生きが出来て、元気でいられるのです。
 「あの人は立派だ」と言われるようになるのです。必ずそうなるのです。自分がそのような器に入ってしまったのです。その器に入ることを法華経の行者だと言うのです。その間に、自分の信仰を邪魔する者が出てきますが、それはアクセサリーのようなものです。もう信心確定したら、必ず幸せになるのです。この信仰は、難しいのです。
 念仏などは、現世の功徳を説きません。「来世、あの世に逝って、阿弥陀仏により救われるのです」と説きます。「この世で、貴方は間違いを正し、正しい人間になって大果報を得る」とは、説きません。
 念仏はそのような教えではありません。「今世も幸せになり、来世も幸せになる」というのは、法華経だけの特典です。ただし、如説修行です。「説の通り一心に修行しなさい」と言われているのです。
 修行する中心のものは何かといと、折伏行です。自分が1つわかったら、この法を1つ広めるのです。2つわかったら、2つ広めるのです。そんな高度な教えでなくてもよいから、1つわかったら、人に教えていくということが功徳の始まりです。
 正理会に入ってみな功徳を受けていきましょう。

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この記事へのコメント

1. Posted by 弥生   2019年07月09日 02:04
>池田大作の長男の博正

人間の顔をしていません。
実の父や組織の犯罪、悪事を全て知っていながら、言えば党も組織も壊滅しますから言えない、悪に迎合した、悪魔に心を売り渡したという顔だと思います。
2. Posted by 行合84   2019年07月09日 06:52
中杉先生ブログ拝見いたしました。法華経を信じて退転しない事、身に詐親が無い事、邪教を破折して正しい教えを広める事、今世も来世も幸せになる事、人に教えていくことが喜びとなる事等々、中杉先生のもとでしっかり学んで参りましょう!。中杉先生講義ありがとうございました。
3. Posted by 主任教授 さえこ   2019年07月09日 09:39
5 今日の講義「法華経を信じている人は多い」拝読しました。

>「法華経の行者は信心に退転無く身に詐親(さしん)無く」

中杉博士の講義を聞くと、「信心に退転無く身に詐親(さしん)無く」という意味がわかってきます。

法華経に出会っておきながら、退転する人間は馬鹿です。
もう、何億年、もしかしたら、無量劫の間、法華経に会うことはできません。
提婆達多と同じです。
提婆達多も3000年以上経っていても、まだ地獄にいるのです。
そんな年数で地獄は終わらないのです。
法華経を知らない人よりも、知ってから退転したほうが罪が重いのです。

法華経を信じられないのですから、もう地獄へ向かっているのです。
そんな人はもう助けることはできません。
自ら選んだ道なのです。

退転した連中は、みんな正しく信仰している人の悪口を言います。
人の悪口を言って自分は悪くないと正当化してもムダです。
地獄へもう落ちているのです。
しかも、そこで終わりではありません。
まだまだ落ちるのです。

法華経は無明の自分を反省して、仏へと心を変えていくのですから、馬鹿やキチガイは信仰できません。

馬鹿やキチガイは無反省ですから、信仰は無理なのです。

>正しき器に自分を直さなければいけません。正しき器をつくれば、その中にいろんなものが入ってくるのです。

まずは、正しい器をつくるのです。
そうすれば、何でも入ってきます。
自分が正しい器をつくらないで、器をつくった人を妬んでもさらに地獄因を積むだけです。

法華経の信仰は必ず結果が出来ます。
真剣に自分の境涯を仏と変えていかなければいけません。

魔に魅入られてしまうと、一挙に法華経が信じられなくなり、魔界の衆生になるのです。

真剣に馬鹿で無明の凡夫から脱して、仏になる修行をしていきましょう。







4. Posted by 大田   2019年07月09日 18:02
今日の講義拝読しました。

私は以前の講義の中で、法華経の信者は退転はしないと教えて頂きました。

「命は死なない。体は死んでも命は死なない。南無妙法蓮華経は命、南無妙法蓮華経と命は生きているので、退転のしようがない」

南無妙法蓮華経は不動の教えであると思いました。
退転する人はもともと法華経の信者ではないと思います。

博士 今日もありがとうございます。
5. Posted by マリー   2019年07月09日 18:25
創価学会のようにお題目を唱えて詐欺をしても功徳は何もありません。
博士から南無妙法蓮華経の極意を学んでいくと道は自然と開けてきます。
自分の命を反省していくことが大切であると思いました。
6. Posted by 歴男   2019年07月09日 22:18
>法華経を信じている人は多い

さらに、学会、大石寺、顕正会、法華経を「利用」している者も多い!!
7. Posted by あすか   2019年07月09日 22:20
>池田大作の長男の博正は教え子に手を出してはらませて結婚したと思ったら、もう離婚
子供は障害児で嫁側の実家に押し付けた

!!
あの朝鮮人の舛添と全く同じ、やはり朝鮮人の池田の息子のすることは同じだと思いました。
8. Posted by 草加がっかり   2019年07月09日 23:36
歴代会長の末期 邪教の証明

牧口 獄死、獄中で倅の戦死を知る
戸田 アル中で早死に、妾持ちの変態
池田 生死不明、頭破作七分と糖尿で長年生き地獄
北条 50代で頓死
秋谷 比較的まともで脱会
9. Posted by 青い空の上から   2019年07月10日 01:08
> 池田大作の長男の博正は
教え子に手を出してはらませて
結婚したと思ったら
もう離婚です。

子供は障害児で
嫁側の実家に押し付けたのです

挙句の果ては離婚です

現在はウツ病で学会活動は全くできません
ひどいことになっています。



池田大作って もともとは
池大作というらしい。

田が抜けて つまり タヌキだね。


たしかに タヌキに
よく似ていると思いませんか。


フフフフフフ ここまで
書いてきて 一人 おもしろくて
笑います。


ほんとうに タヌキが 化けているのかも
しれないと ついつい 思ってしまいます。


たぶん 創価かもね・・・・・・





10. Posted by 青山   2019年07月10日 13:56
5 御講義有難うございます

創価学会員は指導者を疑っていく事が必要だと思いました

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