2019年08月13日

人間の探究 1344 信仰の寸心を改めよ

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※禅宗は、どのような宗教なのでしょうか?「経典はいならい」と言うのです。ヒドイ宗教です。「お釈迦様の説いた経典はいらないのだ。経典は月を指す指である。「あそこに逝けば成仏できます」と書いてあるのが経典だ。だから、お釈迦様と同じように座禅を組めば悟れます」という教えです。

人間の探究 1344 信仰の寸心を改めよ

「汝(なんじ)早く信仰の寸心(すんしん)を改めて速に実乗(じつじょう)の一善に帰せよ、然(しか)れば則ち三界は皆仏国なり。仏国其(そ)れ衰(おとろえ)んや十方は悉(ことごと)く宝土なり。宝土何ぞ壊(やぶ)れんや、国に衰微(すいび)無く土に破壊(はえ)無んば、身は是れ安全にして、心は是れ禅定ならん」(立正安国論)

「汝(なんじ)早く信仰の寸心(すんしん)を改めて速に実乗(じつじょう)の一善に帰せよ」

これは、『立正安国論』の有名なお言葉です。「貴方の信仰を直して、本物の仏教を信仰しなさい」と言われているのです。
何故かというと、念仏や真言や禅宗は本物の仏教ではありません。ちょっと考えたらすぐにわかります。阿弥陀経はこの世を嫌います。西方極楽浄土に逝く宗教です。阿弥陀経の目的は往生です。「往生」とは、逝くという意味です。
「西方極楽浄土の阿弥陀様の国に逝きたい」というのが、往生です。こんなことで仏道修行ができるわけがありません。「逝きたい」とは、どのようなことなのでしょうか? 仏教というものは、即身成仏と言って、この世で生きているときに「私は仏である」という自覚ができるということです。
自分が仏になってしまったら、なぜ西方極楽浄土へ逝く必要があるのでしょうか? そんな必要はありません。念仏は永遠に仏になれない教えです。ちょっと考えればすぐにわかります。
仏になってしまうと、この世は即常寂光土(じゃっこうど)に変わってしまうのです。何もわざわざ遠くの西方にある極楽浄土に逝く必要はありません。すぐにわかるのです。念仏はこのような宗教なのに阿弥陀仏を拝んでいるのはおかしいのです。
禅宗は、どのような宗教なのでしょうか?「経典はいならい」と言うのです。ヒドイ宗教です。「お釈迦様の説いた経典はいらないのだ。経典は月を指す指である。「あそこに逝けば成仏できます」と書いてあるのが経典だ。だから、お釈迦様と同じように座禅を組めば悟れます」という教えです。
何故、経典を読む必要があるのか? 読めば読むほど頭が混乱してしまいます。一番大事なことは、壁に向かって黙って座るのです。そうすればお悟りは得られるのです。禅宗は、このような教えです。「経典は月を指す指である」という宗教は一体何でしょうか? お笑いです。
真言宗はどのような宗教なのかというと、本尊は大日如来です。大日如来は、バラモン教の神です。お釈迦様の教えではありません。真言宗が造っている大仏は毘盧遮那仏といいます。宇宙には大きな毘盧遮那仏があります。自分は小さな我をもっている宇宙です。これが大きな宇宙と合体するとそれが悟りなのだというのです。「門外不出の秘法だ」と言って、くだらないことを教えているのです。
空海が唐で真言を習ってきたと聞いて、最澄も少し習うのです。法華経の中には、陀羅尼品があります。空海は大ボラを吹くのです。「私のみが本当に恵果和尚の教えを一身に受けた。密教こそが素晴らしいとわかった」と言うのです。
最澄が「経典を貸してくれませんか?」と言うと、空海は「いや、これは門外不出だから見せないよ」と言うのです。詐欺師の手口です。「入門しないと経典は見せないのだ。入門して弟子になったら見せるのだけれども、君は弟子になっていないだろう。だから、見せるわけにはいかない」と言うのです。これが皇室まで行ってしまったのです。天皇は「どんな素晴らしい教えを学んできたのか教えてくれませんか?」と空海に言ったのです。
みんな邪教だから、やればやるほど頭が狂ってくるのです。真言密教僧は高野山真言宗 総本山金剛峯寺に居ますが、やればやるほど頭がおかしくなってしまうのです。普通の世界の人と会話が通じないのです。だから、キチガイと話しているような状態です。いる世界が違うのですから、キチガイです。
真言密教は求聞持聡明法をやります。洞窟に入り、明けの明星を眺めるのです。それを何日間かやっていると、ピカッと全身に光を受けて悟るのです。求聞持聡明法といいます。そんなことをやっていたら狂ってしまいます。「明けの明星、明けの明星、うわー、来たー!」などとやっていたら、「来たー!」という瞬間に狂ったということです。
日蓮大聖人様は、そのような教えは間違っていると教えられているのです。「汝(なんじ)早く信仰の寸心(すんしん)を改めて速に実乗(じつじょう)の一善に帰せよ」と言われているのです。本当の仏の教えは法華経です。これ以外に仏教はありません。法華経こそがお釈迦様の本懐であり、本当のことが説かれているのです。
貴方が仏に成ることができるから、「実乗(じつじょう)」と言うのです。実乗になるということは、貴方が本当に仏に成れるということです。「仏に成れるかも」ではありません。仏に成れるのです。この世は仏国土に変わるのです。その教えは、この法華経しかありません。
「然(しか)れば則ち三界は皆仏国なり。」
 貴方が仏になれば欲界・色界・無色界の三界は、仏国土に変わるのです。ということは、貴方が仏に成ってしまったのだから、仏がいる世界に変わるのです。そうなりたいのでしょう。三界を仏国土にしたいのでしょう。
 本当は貴方の心なのですが、外界に世界を出してみているのです。三界が変わって仏国土です。どんなにつらいことがあっても、仏国土になった人間を壊すことはできません。
 例えば、日蓮大聖人様を見て御覧なさい。「日蓮の首を斬れ!」と言われたのですが、首きり役人が恐れてしまい、なかなか日蓮大聖人様の首を斬ることはできなかったのです。それに対して日蓮大聖人様は「夜が明けると見苦しいから早く首を斬りなさい」と言われているのですから、何も怖いものはないのです。それが「仏界に入った」ということです。
 その時になってブルブルと震えて、「私、まだ死にたくない」などと言ったならば、それは仏界になど入っていないということです。仏界に入れば、「首を斬られようと何があろうと、三界は全て私の世界だから、何とでもやってください。はい、どうぞ」と言えるのです。もう何も怖いものはありません。
 「島流しにするぞ」と言われれば、「はい、どうぞ」ということです。何が起きるか楽しみです。何が起きてこようと仏になると全てが楽しみです。そのような境涯にならなければいけません。
 わずかな財産にしがみついて「もっていかないで!」などという見苦しいことをしているようでは何も悟っていないということです。
 「仏国其(そ)れ衰(おとろえ)んや十方は悉(ことごと)く宝土なり。宝土何ぞ壊(やぶ)れんや、国に衰微(すいび)無く土に破壊(はえ)無んば、身は是れ安全にして、心は是れ禅定ならん」
 「宝土」とは、「宝の土」です。信仰の結果として自分が仏になってしまえば、どこもかしこも宝の土なのです。宝土には苦しいことがありません。楽しいことしかありません。これは、境涯論で言うとよくわかるのです。
 もし、ホームレスになるようなことがあっても、仏になっていれば、「ウワッハッハッハッ、この生活は面白いな」と見えるのです。「大豪邸に住まなければ幸せではない」ということではないのです。何処にいようが、何をしていようが、眠っていようが、マズイ物を食べていようが、「これがあるから生きていられるのだ」と思えるのです。全然、妨げるものがないのです。
 妨げるものは何かというと、執着なのです。人間の苦しみの大部分は執着なのです。「若くありたい」「年は取りたくない」「美味いものを食べたい」ということも執着です。執着しなければ何だって美味しいのです。
 「あの人と一緒になりたい」というのも執着です。演歌は聞いてみるとわかりますが、執着の最たるものです。変な男に執着しているのです。執着が自分を苦しめているのだから、それを悟って、仏国土に入れば貴方の身の周りが全て仏国土に変わるのです。仏国土に変わったならば、仏国土は壊れることはありません。津波にさらわれる仏国土などありません。ということは、津波に遭うこともないということです。
 溺れて死ぬのも仏様らしくありません。故・西部邁のように「先生、まだですか?」ブクブクブク、「まだですか?」などと、入水自殺を弟子に手伝ってもらうようではカッコよくありません。口にはバブバブをくわえていたのです。魚が口に入らないように考えたのでしょう。仏になれば、そんなこともないのです。
 大火に焼かれて、逃げ惑うこともありません。貴方が仏国土に入ったら、そうなってしまうのです。例え、そのような災害があっても、仏国土の人は驚かないのです。本当にそのようなことがなくなってくれればよいのです。
仏に成った人は、そのような世界に入るのです。それを永遠の幸せというのです。仏の境涯を身に付けていくことが、信仰の目的ですから、そのような何ものにも負けない、何ものにも執着しない。正義を求める人になっていきましょう。

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この記事へのコメント

1. Posted by 弥生   2019年08月13日 02:08
>仏に成った人は、そのような世界に入る
それを永遠の幸せという
仏の境涯を身に付けていくことが、信仰の目的ですから、そのような何ものにも負けない、何ものにも執着しない
正義を求める人になっていきましょう

「仏の境涯を身に付けていくことが、信仰の目的」、
博士の教えられる通りです。

2. Posted by 行合84   2019年08月13日 07:15
中杉先生ブログ拝見いたしました。立正安国論の御聖訓はどこを拝読させて頂いても実に素晴らしいお言葉です、それは本物の仏教だからです。法華経は成仏を説かれたご経文です。末法の今時は、日蓮大聖人様の南無妙法蓮華経の教えです。日蓮大聖人様は成仏の入り口論はここですよ、みんなが成仏することですよ、と立正安国論を持って、お示しになられたのです!正しいが故に様々な迫害やご法難を受けられたのです。すなわち、民衆の為に時の政府に敢然と立ち向かい本物の仏教を示されて、何が正しくて何が間違っているのかをしっかりと示されて国家に向かって問うたのです。あらゆるものを明確に正しく示されたのです。中杉先生講義ありがとうございました。
3. Posted by マリー   2019年08月13日 12:55
苦しみの原因である執着を取り除いていく事が肝心であると思います。
4. Posted by 大田   2019年08月13日 16:22
今日の講義拝読しました。

仏教は念仏も禅宗も真言宗もお釈迦様の教えだと思っています。

本当は法華経のみがお釈迦様の教えで、御本仏日蓮大聖人様の教えです。

博士の講義により学ばせていただきました。

全ての不幸は執着心であることも教えて頂きました。

正邪が如何に大事な事かご指導頂きました。

博士 いつもありがとうございます。
5. Posted by あすか   2019年08月13日 21:19
>『立正安国論』
「汝(なんじ)早く信仰の寸心(すんしん)を改めて速に実乗(じつじょう)の一善に帰せよ」
「貴方の信仰を直して、本物の仏教を信仰しなさい」

この教えは、「本物の仏教とは何か」、大聖人様だけが教えられるからこそですね!

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