2019年08月21日

人間の探究 1350 日蓮の慈悲

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※比喩蓮華とは、仏教というものは蓮華の法を説いたものです。あそこに蓮の花が咲いています。蓮の花は球根が出来るのと同時に花が咲くのです。因と果が同時です。因果倶時不思議の一法というのですが、当体蓮華と比喩蓮華があります。

人間の探究 1350 日蓮の慈悲

 「日蓮が法華経の智解(ちげ)は天台・伝教には千万が一分(いちぶん)も及ぶ事なけれども難を忍び慈悲のすぐれたる事は、をそれをもいだきぬべし」(開目抄上)

 天台の智解(ちげ)とは、要するに天台の一念三千の理論です。伝教大師もそれを解釈したのです。「日蓮がそれを解釈する能力は、千万分の一もない。天台大師と伝教大師は優れている」と言われているのです。
 日蓮の理解は、その二人に比べて千万分の一も理解していないかもしれません。そのように言われているのです。これは、大卑下です。自分を小さく見せて言われているのです。「私の智慧は天台大師の千万倍以上だ」と逆のことを言ったら、とんでないことです。
 だから、「千万分の一にもならない」と言われているのです。本当は違います。そのように謙遜して言っているのです。本当は日蓮大聖人様の教えなのですから、「私の教えだ」と言ったら、皆が不信に思います。
 「日蓮さまは、どこのお寺のお方なのでしょうか?」と聞かれるので、「私は沙門だよ」と言われていたのです。沙門とは、仏門ということです。それではわからないので、「天台沙門」と言われたこともあるのです。
 人に「日蓮さまはどこのお坊さんですか?」と聞かれて、「私は天台の学問をする沙門である」と言われていたのです。このように言われたこともあるのです。それから、「私は真言宗の第27代教祖である」と言われたこともあります。
 みんながわからないから、「私は天台の弟子だ」と言ったり、「真言宗の27代教祖だ」と言われたのです。しかし、日蓮大聖人様が言われているのは、一つです。「私の法門によって全てを生みだした天台・伝教・釈尊も私の智慧の中から生まれてきたものだ」という御自覚があるのです。もの凄い御自覚です。
 「全て私の智慧の中から出てきたのだ」ということを日蓮大聖人様はわかっていらっしゃるのです。でも、そんなことを言ったら誰も信用しません。「釈尊は私より下なのだ。天台・伝教も私よりはるかに下なのだ」などと言ったら、誰も信用しません。そんな言い方はされないのです。
 「難を忍び慈悲のすぐれたる事は、をそれをもいだきぬべし」
 「私の理解は天台大師・伝教大師の千万分の一も及びません。しかし、慈悲の深いことは言えるのです。私は法華経のために数々の難に遭いました。これは事実だから言ってもよいのです。伊豆流罪から始まって、龍ノ口法難、小松原の法難、佐渡島の法難を受けたのです。日蓮大聖人様は首を斬られようとした、軍勢にも襲われた、島流しにも遭ったのです。これだけの難を受けた人はいません。これはわかるでしょう。
 天台大師にしても、伝教大師にしてもそんな難は一つも受けていません。法華経のためにこのような難を受けたことは、日蓮大聖人、ただお一人です。そのことは、わかりますね。「天台大師よりも私のほうが教学は優れている」ということは言えないのです。
 「天台大師よりも千万倍も優れている」などとは言えないことは、もうわかりました。「智解(ちげ)は千万分の一ですよ」とは言っているけれども、やっていることを対比させて、「このような難に遭ったのは私一人です」と言われているのです。日蓮大聖人様のような難に遭った人はいないのです。
 何故、そのような難に遭ったのかというと、慈悲があるからです。日蓮大聖人様は、「南無妙法蓮華経の法をもって、慈悲を持って全ての人々を法華経により救う」と決意されていたのです。「どんなに迫害を受けても慈悲があるから法を広めることを止めることもしないし、一生涯を貫いて法華経の行者として法を広めるのだ」と言われているのです。これは日蓮大聖人様の慈悲なのです。
 難を受けたということに関しては、天台大師・伝教大師はとてもではないですが、私には適いません。「首を斬るぞ!」と言われたら、みんな「信仰を止めます」と言ってしまいます。
 「人々が成仏する大事な法門であるから、私は命を懸けてこの法門を広めようとしているのです。今すぐここで言っても皆さんにはわからないと思います。黙ってついてくればよいのです」ということです。
 衆生は物を見る目がありません。「成仏できる」という確信もありません。衆生は柱にもなりません。だから日蓮大聖人様は、『開目抄』の中で、「我日本の柱とならむ、我日本の眼目とならむ、我日本の大船とならむ」と言われているのです。
衆生は目が見えないから、何だかわからないのです。だから私がちゃんと「こうですよ」と目を開かせてあげましょう。目を開いて「助けてくれ!」と言ったら、私の柱にしがみついてきなさい。そして、私は大船に乗っているのです。何千人、何万人でも船には乗れるのです。
 「我日本の柱とならむ、我日本の眼目とならむ、我日本の大船とならむ」、この決意を忘れるべからずです。これが私の正体です。「では、妙法の実体とはどのようなものか?」というと、それは貴方がたが修行するうちにわかってくるからしっかりと修行しなさい。だんだん見えてくるのです。修行しないと見えてきません。
 それを比喩蓮華と当体蓮華と言うのです。比喩蓮華とは、仏教というものは蓮華の法を説いたものです。あそこに蓮の花が咲いています。蓮の花は球根が出来るのと同時に花が咲くのです。因と果が同時です。因果倶時不思議の一法というのですが、当体蓮華と比喩蓮華があります。
 現実の蓮華は、比喩なのです。蓮華の法を説いているわけではありません。当体蓮華そのものの体は因果倶時です。そこのところを説いているのだから、皆さんがわかっていくためにはだいぶ時間がかかるでしょう。
 時間がかかっても励みなさい。そうすればだんだんわかってきて、恐れ多いことではありますが南無妙法蓮華経の中味がわかってきます。「万物を生みだし、宇宙を生みだし、あらゆるものを生みだしてくる不思議な命の法というものの正体のことを南無妙法蓮華経というのだ」と教えられているのです。これは、そんなに簡単にわからなくてもよいのです。
 励みなさい。そうすれば必ずわかってくるのです。それがわからない限り、法華経の信者というのは偽物なのです。そんなものは意味がありません。南無阿弥陀仏の代わりに、南無妙法蓮華経と唱えているのにすぎません。
 その程度の理解ではお話になりません。当体蓮華をわかることが修行の目的です。比喩蓮華はわかるでしょう。蓮の花は因果倶時を表しているのです。そこまでではダメなのです。その奥にある目にみえない当体の蓮華がわかって信心は完結するのです。各々励み給え。


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この記事へのコメント

1. Posted by 行合84   2019年08月21日 06:25
中杉先生ブログ拝見いたしました。蓮華は不思議で因果具時なのです!日蓮大聖人様は仏教とは全て私の智慧から生まれたものです!という末法のご本仏としての確信が、おありになられたのです。三大請願にありますように、立正安国論の精神を持って世の中を正されたのです。そして、あらゆるものを生み出していく不思議な法(妙法)を流布されたのです。僕らは、中杉先生のもとで、立正安国論(折伏)の精神をしっかりと学んで参りましょう!中杉先生講義ありがとうございました。
2. Posted by マリー   2019年08月21日 08:41
南無妙法蓮華経は当体蓮華として理解できるようになるのが修行なのですね。理解といっても体得していかないいけないなと思います。当体蓮華を理解したら森羅万象が全て分かってくるように思います。
3. Posted by 大田   2019年08月21日 18:59
今日の講義拝読しました。

日蓮大聖人様は凄い方です。宇宙唯一本仏実相の神様です。御本仏様です。

だから仏法を学ぶ場所が安心で平和であり幸福であること。
そのためには国家が安泰で平穏でなければならないこと。

日本国に生まれ、博士に出会い、日蓮大聖人様の法華経を学ぶ事が出来て、幸せです。

天皇陛下が我が国の仏教は日蓮大聖人様の法華経であると定めて頂きたいと願っています。

博士 ご指導ありがとうございます。
4. Posted by ny9135   2019年08月22日 01:24
ご指導ありがとうございます。

おすすめです
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5. Posted by 青山   2019年08月23日 07:39
5 御講義有難うございます

「万物を生みだし、宇宙を生みだし、あらゆるものを生みだしてくる不思議な命の法というものの正体のことを南無妙法蓮華経という事が分かるまで日々精進していかなければならないと思いました

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