2019年09月12日

人間の探究 1366 闇の中に影あり

37
※目に見えない道というものをわかっていく人を賢人というのです。道を求めていきなさい。人は人の道を求めていくのです。

人間の探究 1366 闇の中に影あり

 「闇の中に影あり、人此をみず。虚空(こくう)に鳥の飛ぶ跡(あと)あり、人此をみず。大海に魚の道あり、人これをみず。月の中に四天下の人物一(ひとつ)もかけず、人此をみず、而(しか)りといへども天眼(てんがん)は此をみる。」(日女御前御返事)

  「闇の中に影あり、人此をみず。」

 目に見えない物、音が聞こえない物は、何もないのかというと、そんなことはありません。自分の目を閉じれば何も見えません。闇になるのです。しかし、目を閉じた先には大勢の人がいます。
 ただ、自分の目を閉じるから見えないのです。音も同じです。様々な音が飛んでいますが、耳をふさげば音は聞こえません。音がないわけではありません。それを「闇の中の影あり」と言っているのです。物が見えないということは、貴方の目で見えないということです。他の者がいるかもしれません。
例えば、UFOもそうです。人間の頭で考えた場合、UFOは見えません。UFOが見える人もいるのです。すると、UFOが見える人と見えない人がいるのです。見えない人は「UFOは存在しない」と言うのです。見た人は「UFOは存在する」と言うのです。
 自分の目をあまり過信しないほうがよいのです。「私の目は絶対だ」などということはありません。全て見落としているのです。全て見えたらキチガイになってしまいます。小さな虫も見えて、バイキンもウイルスも見えたら、恐怖でキチガイになってしまいます。全て見える必要もないのです。必要なものが見えればよいのです。
 例えば、生命の法則である生死の二法は現実的にあるのです。人はそれを信じません。「生死の二法はあるのだよ。君、見えるかい?」と聞かれたら、「それは何だい? 俺には何も見えないよ。生きている者は生きているもので、死んだ者は死んだ者だろう。生きている俺は自由にやるのだよ」と言われてしまいます。
 生死の二法があります。それは見えないけれども、あるのです。普通の人は、「俺は、見えないものは信じない」となってしまうのです。
 「虚空(こくう)に鳥の飛ぶ跡(あと)あり、人此をみず。」
 鳥もそうです。我々が見ていると、渡り鳥は何千キロも飛んでいるのです。飛び立つ季節が来ると、また戻っていくのです。出鱈目に飛んでいるわけではありません。ちゃんと鳥の道がるのです。空には、空のハイウェイがあって、それを鳥のセンサーが感知して飛ぶので、何千キロも飛べるのです。そして、また同じ所に帰ってくるのです。
 空にも道があるのです。これを見る人が見れば、ちゃんと見えるのです。もう一つ言うと人の中にも道が見えるのです。人生を見ていきます。「ちゃんと道があるのではないか」と見る人が見ればわかるのです。
 人の道が見える人から見ると、「貴方、地獄へ逝きますよ」とわかるのです。人生にも道があるのです。ヤクザに入ってしまうと、「この人はもうダメだな」と結果が見えるのです。みんな道があるのです。男女の道もあるのです。国家に仕える道もあるのです。そのような道が厳然としてあるのです。
 それを見ようと思うと道が見えてくるのです。子が親を大事にする道もあるのです。それが親子の道です。男女の道もあるのです。団地妻は昼になると浮気して、そんなことをやっていたら先が見えているのです。そうなると、本当に惨めな生活をすることになるのです。
 創価学会員で4回も結婚した奴がいました。大橋といいます。子供もいて、「仲のよい夫婦だな」と思っていたら、「私達離婚して、新しく結婚して子供が生まれたのですよ」と言うので、「幸せになってよかったね」と言ってあげたのですが、すぐに離婚です。そいつは何回でも離婚するのです。もうクセになっているのです。子供がいるのに、奥さんに少しでも飽きると離婚です。道を外れているのです。
 見えない道を見ていかなければいけません。鳥が飛ぶ道、人間には人間の道があり、それは目に見えないけれども見ていかなければいけません。
 「大海に魚の道あり、人これをみず。」
 魚にも道があります。魚はスイスイと海の中を泳いでいますが、ぶつかりません。クジラにはクジラのいる場所があるのです。サメのいる場所があり、小魚のいる場所があり、魚の道があり、それを感知しているから魚はぶつかったりしないのです。それがぶつかってしまうと大変なことになるのです。
 「月の中に四天下の人物一(ひとつ)もかけず、人此をみず」
 日蓮大聖人様は、「月の中にも聖人がいるのだ」と言われているのです。四天とは、須弥山 (しゅみせん)を囲む八重の海・山の、最も外側の海の四方にあるという四つの大陸。東方の弗婆提(ふつばだい・ふばだい)、西方の瞿陀尼(くだに)または倶耶尼(くやに)、南方の閻浮提(えんぶだい)、北方の鬱単越(うったんおつ)または倶留(くる)(瞿盧とも)の総称です。
 月の中にも聖人がいて、月は人を助けるのです。月がないと潮の満ち引きもありません。月が昇るから「夜になった」とわかるのです。月の道があるのです。昔の人は、「月の中にウサギがいて、餅をついている」と、そのように見えたのです。
 かぐや姫も月から来て、月に帰ったのです。目に見えないけれども、そのようなものがあるのです。
 「而(しか)りといへども天眼(てんがん)は此をみる。」
 「月の中に何がいるのか?」ということは、天眼を持ってみないと見えないのです。普通の人は、「ただ、月が光っている」としか見えません。
 そうではありません。この月の謂れがあるのです。これを天眼通というのです。まず、月から見ていくのです。月に通じて、他の星もあります。天眼通とは、「天に通じて見る眼」なのです。それがあると様々な物語が月から出てくるのです。天眼がなければ見えません。
 いろんな道があります。人の道、魚の道、獣の道もあるのです。あるのですが、「人此をみず」ですから、見ないのです。自分だけの欲望を推し進めて、人生を歩んでいくのです。見える人から見ると、「崖の隣を歩いていて、危ない人だな」とわかるのです。酔っぱらいが道を歩いているようなものです。こっちへふらり、あっちへふらり、「危ない!」と思っていると崖から落ちてしまい、足が5回も折れてしまうのです。
 道が決まっているのですから、その道を歩まないとダメなのです。決まった道を歩んでいる人は、お金持ちにもなれて、全てに恵まれているのです。そうではなく権力で生きていると、もっと上の権力が欲しくなるのです。
 省庁が予算を組んでいくと、全て財務省に否決されてしまうのです。財務省の役人「これはいらないでしょう」省庁の役人「いや、それはいるのですよ」財務省の役人「あんた、東大を何番で出たの?」これが片山さつき議員です。「私は東大を1番で出たのよ。どっちが正しいの? 貴方は30番目でしょう? 私は1番で出たのよ。では、私の言うことを聞くべきでしょう」と言われてしまうのです。
 権力の構造はみな同じです。序列で考えていくのです。だから、「どうしても権力を得たい」と思うのです。そのうち、人間性がなくなってしまうのです。権力の奴隷になってしまうのです。
 権力の奴隷になった人間は、普通の人間が考えたら「これはおかしい」という感覚がなくなってしまい、あくなき権力の追及をして、自分が高い地位にいくためには人も裏切り、何もかも裏切るのです。みんな踏みつけて「権力だけが欲しい」というように、全体がそうなってしまうのです。人の道がないのです。まして、警察官になったならば、それなりの道があるのです。
目に見えない道というものをわかっていく人を賢人というのです。それがわからないから事故を起こしたり、離婚をしたり、会社をクビになったり、会社が倒産したり、みんな狂ったことをやるのです。幸せになれないのです。
 正しい人の道を歩むのです。これが正理会です。「貴方、そんなことをやってはダメでしょう。ギャンブル好きで、酒好きで、女好きで、それで成功できると思っているのでしょうか?」と言っていくのが正理会です。そんな人生では、絶対に成功できません。
 僕は一切ギャンブルをやりません。麻雀・パチンコ・競馬に至るまでやりません。ゴルフもやりません。1回もやったことはありません。海外旅行も1回も行ったことはありません。行く必要もありません。そのおかげで、飛行機事故にも遭わず、変な事故にも遭わず、今日まで無事でこられたのです。ちゃんと人の道を考えて歩んでいるから、僕のような人生になるのです。本当に幸せな人生です。僕には何でもあるのです。
 だから、「日本国も幸せにしてあげよう」と思って、一生懸命ブログを書いているのです。道を求めていきなさい。人は人の道を求めていくのです。

★★★事務局よりお知らせ★★★

アメーバブログで、「中杉 弘の徒然日記」
好評連載中です!!
     ↓
http://ameblo.jp/nakasugi-hiroshi


人気blogランキング、よろしくね!
  ↓↓↓


         コメントは、ここにお書きください↓↓↓

nakasugi_h at 00:00│Comments(6)clip!


この記事へのコメント

1. Posted by 行合84   2019年09月12日 07:08
中杉先生ブログ拝見いたしました。闇の中に影あり、人これをみずとは、素晴らしい御聖訓です。僕ら正理会のメンバーは、見ざる聞かざる言わざるでは駄目なのです!海辺には、対岸流があり、潮目を読まないと岸に戻れません。月は、いつも同じ面を地球に向けております。僕の考えですが、大きな宇宙船ではないかと思います、何故か?、アメリカ合衆国の月探索計画も途中で頓挫しています。僕らが見ては行けない宇宙人の基地があるはずです。宇宙人たちは、野蛮な地球達を監視しているのです。核戦争が起きたら、宇宙人達にとって大変なことになるからです。この様に、目に見えないから、ないのではなく、只、見ないだけなのです!月の中にも聖人がいるのです。僕らは、中杉先生のもとで、全てを見抜く力を磨かせて頂きましょう!中杉先生講義ありがとうございました。
2. Posted by 大田   2019年09月12日 18:23
今日の講義拝読しました。

>「闇の中に影あり、人此をみず。」

私の目では見えないけれど何かがいる。
風は見えないけれど木の葉が動くからわかります。

人の道は見えないけれど、日蓮大聖人様の御教えを信じ、学び、行う事が人の道、成仏への道だと信じています。

博士 ご指導ありがとうございます。
3. Posted by マリー   2019年09月12日 19:05

4. Posted by マリー   2019年09月12日 19:08
目に見えない道を分かってくるとうのを賢者というのですね。正法を修行していくと道が分かってくるのですね。
5. Posted by あすか   2019年09月12日 22:32
>正しい人の道を歩む
これが正理会

学会、顕正会、幸福の科学のような邪教のサイトには絶対出てこない「正しい」教えです。
6. Posted by 青山   2019年09月16日 08:23
5 御講義有難うございます

正しい人の道を中杉博士から正しく学ぶ事が大事であると思いました。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔