2019年09月17日

人間の探究 1369 復遇日蓮(ぶぐうにちれん)なるべし

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※「この信心をした人は心配はいりません。また、私に会います」と日蓮大聖人様は、言われているのです。復遇日蓮(ぶぐうにちれん)とは、そのような意味です。

人間の探究 1369 復遇日蓮(ぶぐうにちれん)なるべし

 「法華誹謗の失(とが)を改めて信伏随従(しんぷくずいじゅう)する共、浅く有りては無間に堕(お)つ可きなり、先謗(せんぼう)強きが故に依(よ)るなり。千劫無間地獄に堕ちて後(のち)に出づる期(ご)有つて又日蓮に値(あ)う可きなり。復遇(ぶぐう)日蓮なるべし。」(御義口伝巻下)

 「法華誹謗の失(とが)を改めて信伏随従(しんぷくずいじゅう)する共」

 日蓮大聖人様のご説法を聞いて、「私は念仏をやったり、真言宗をやったり、邪教をたっぷりとやってきました。法華経を信じ奉ります」という素直な気持ちになって、法華経の修行を始めたとします。
 「浅く有りては無間に堕(お)つ可きなり」
 しかし、この信心が浅いならば、無間地獄へ逝ってしまうのです。「法華経を信じているのに、何故か?」ということです。
 「先謗(せんぼう)強きが故に依(よ)るなり。」
 人間の生命は、過去・現在・未来と三世に渡っています。「先謗(せんぼう)強き」と言うのです。貴方は今、法華経を信じたばかりです。貴方はどのくらい生きてきたのでしょうか? 人間は太古の昔から生まれ変わって、生まれ変わるたびに法華経を信じないできて、悪いことばかりしてきたのです。
 骨を5回折ったりして、悪いことを散々やってきたのです。それは、今ではない、生まれる前の話です。それを「先謗(せんぼう)」と言うのです。それが後を引いてしまうのです。過去世において、かっぱらいや、人殺しをしているのです。
 今更、法華経を信じて、「南無妙法蓮華経」と一回や二回唱えたくらいで、昔やってきた、「先謗(せんぼう)強き」は取れません。昔やってきた「先謗(せんぼう)強き」が消えていないから、今世で貧乏だったり、病気になったり、家庭不和で苦しんでいるのです。それは前世の業なのです。
 それも、前世の業は1回や2回ではありません。生命は何回も生まれてきているのですから、業がどんどん重なってしまい、もの凄い業が蓄積されているのです。筋肉が萎縮してしゃべれない病気があります。目しか動かせなくて、目でパソコン画面を動かすのです。そうなってしまうのです。
 どうしてそうなってしまったのでしょうか? それは「先謗(せんぼう)強き」によるが故にそうなったのです。それが今世で信心できなければ、生まれ変わってもまた続くのです。筋肉が萎縮して体が動かせない病気も、また来世も続いていくのです。
 それを、「先謗(せんぼう)強き」と言うのです。「先謗(せんぼう)強き」は、今世も来世も続くのです。現世でいくら良いことをやっても、「先謗(せんぼう)強き」が続いてしまうのです。
 「人を殺した」「人をいじめた」「人肉を食った」などをやってくると、考えられない悪い業が溜まるのです。それをわからずして、いい気になって殺人などをやっていると、今世の業になるのです。今世の業が来世の業因になるのですから、恐ろしいことです。
 本当に自分の命が持っている業というものを無くすような信心をしていかなければいけません。業を切るのです。「私には病気の業があるから、何としても切りたい」と思って、真剣に仏道修行をするならば業は消えるのです。真剣にやれば一回でも消えるのです。
しかし、みんな真剣に仏道修行などやっていません。自分の我(が)の心をもって邪見で仏道修行をやるから業が切れないのです。真剣にお題目を唱えると、「無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり」(御義口伝巻下)です。「南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経」とお題目を唱えて、精進することにより、過去世の業がプツン・プツンと切れていくのです。
本当に仏道修行をすれば、無作の三身になってしまうのです。無作の三身になるということは、過去の業が全てなくなってしまうのです。過去世において様々な悪さをしてきた業が全て消えてしまうのです。そのような信心をしていかなければいけません。
 「千劫無間地獄に堕ちて後(のち)に出づる期(ご)有つて又日蓮に値(あ)う可きなり。復遇(ぶぐう)日蓮なるべし。」
 「この信心をした人は心配はいりません。また、私に会います」と日蓮大聖人様は、言われているのです。復遇日蓮(ぶぐうにちれん)とは、そのような意味です。「私は貴方を必ず救います。一生懸命、法を求めて進んでいる貴方ならば、もし今世でも業が切れなくて来世に業が残ってしまったとしても、来世はまた日蓮と会うのです。私が貴方の業を切ってあげましょう。だから、安心して信心をしていきなさい。復遇日蓮です。再び私に会って、貴方の業はキレイに溶けていきます」と、日蓮大聖人様は言われているのです。正しい信仰する人は大安心です。
 人生とは、業の戦いです。「私はこのような業を持っているな」と自分の業をわかって、それを切っていくのです。「いかようにして切るべきか?」というと、それは「南無妙法蓮華経」と、唱えることにより信心により切っていくのです。
 南無妙法蓮華経の「声が大きい」「声が小さい」というような問題ではありません。南無妙法蓮華経の信仰心により業を切っていくのです。業を切らないと幸せにはなれません。全ては因果の理法です。自分がやった全てのことは、業になって来世で受けるのです。一番、業から免れる方法は折伏です。折伏を重ねていくことにより、だんだんと業が切れていくのです。それが法華経の信者の信仰心のあり方です。

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この記事へのコメント

1. Posted by 愛子   2019年09月17日 02:10
>人生とは、業の戦いです
業を切らないと幸せにはなれません。全ては因果の理法です。自分がやった全てのことは、業になって来世で受けるのです。一番、業から免れる方法は折伏です。折伏を重ねていくことにより、だんだんと業が切れていく

博士の教えられる通りです。
学会のような邪教では業を切るどころか悪業を重ねてしまいます。

業が切れるとは、博士に教えて頂くと頭がすっきりし、相手の邪教、生命の傾向性など段々分かってくることだと思います。
2. Posted by 行合84   2019年09月17日 07:01
中杉先生ブログ拝見いたしました。復遇日蓮とは感涙にむせぶお言葉ですね。先謗が因果の法則で現在の僕らに表れて色々な障壁になっております。この鎖を断ち切るには、先生の仰るように、折伏しかないのです。日蓮大聖人様の南無妙法蓮華経の修行で、乗り越えられないものは、ないのです!日蓮大聖人様は、目に見えませんが、今も存在されています。中杉先生のもとで、しっかりと自分を磨き、他をも教化していくことが、僕らの使命ですね。そうして積み上げていくことによって、今世でも日蓮大聖人様を感じることが出来ると確信致します。中杉先生!来月の秋期講習会でお会いして、直接にお話をさせて頂くことを楽しみにしております。中杉先生講義ありがとうございました。
3. Posted by マリー   2019年09月17日 08:55
折伏したら皆、馬耳東風ですが仏種を植えるつもりでやっていくしかないと思いますます。
折伏によって業が切れていくのですね。
4. Posted by 大田   2019年09月17日 14:54
今日の講義拝読しました。

>千劫無間地獄に堕ちて後に出づる期有つて又日蓮に値う可きなり。

私は業が深く、これから私は地獄へ行くのだと思っていました。

博士より元本の無明を学び、私でも成仏できると教えて頂き、最初に私の目にとまった御義口伝がこの言葉でした。

今は学べることが嬉しいです。

博士 今日もご指導ありがとうございます。
5. Posted by 青山   2019年09月20日 11:09
5 御講義有難うございます

南無妙法蓮華経の信仰心により業を切っていく。折伏を重ね信仰心を強めていく事が非常に大事であると思います

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