2019年10月10日

人間の探究 1386 仏道修行をするためには師匠が必要

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※宇宙が出来た時に、「天地は、地水火風空」と悟り、世世番番(せせばんばん)の成道をした一番の元になる仏様が日蓮大聖人様です。

人間の探究 1386 仏道修行をするためには師匠が必要

 お釈迦様はバラモン教の修行をしている時には、お師匠さんがいたのです。修行する人には必ずお師匠さんがいるのです。一人で山に入って座禅を組んで「悟った!」と言っているのを野狐禅(やこぜん)と言うのです。
野狐禅には師匠がいません。野良犬のようなもので、気が違ってしまう場合もあるのです。悟りに到達する前に悟ってしまうのです。それを魔境(まきょう)といいます。仏道修行は、座禅を組むのもよいのですが、座禅は一番注意しなければいけません。
 日蓮大聖人様は、「禅天魔の業だ」と言われたのです。座禅というものを師匠がなくやっているならば、「禅宗は天魔の業である」と日蓮大聖人様は言われているのです。それくらい悪いのです。これは、師匠がいないからそうなるのです。
 みんな師匠がいるのです。インドのお釈迦様にもバラモン教の師匠がいました。ところが師匠がいない宗教家がいます。それが日蓮大聖人様です。日蓮大聖人様に師匠はいません。
 自ら「天台沙門」と名乗ったり、「真言宗第27代の祖」と名乗ったこともありますが、それは信者宛に言われた話です。「日蓮大聖人様は、何処のお坊さんですか?」という質問を受けたのでしょう。
 「何処のお坊さんですか?」と聞かれると日蓮大聖人様は、相手によって「天台沙門」と名乗った場合もあるのです。「天台沙門」というのは、「天台宗のお坊さん」という意味です。日蓮大聖人様は、相手に対して応じて答えられているのです。
本当のことを言うと日蓮大聖人様に師匠はいません。全国の寺を周って修行をしていたので、「どんな経典があるのですか? 拝見させてください」と経典を見せてもらったことはありますが、師匠はいません。
 「どこかのお寺の師匠について勉強した」ということはありません。日蓮大聖人様が最初に出家されて入られたお寺は千葉県にある清澄寺というお寺です。「蓮長」という名前を付けられて、お寺の僧侶からそれは可愛がってもらったのですが、念仏のお寺です。
 その後、日蓮大聖人様は念仏のお寺も、真言宗のお寺も、天台宗のお寺も、みんな尋ねられているのです。そのお寺の誰かを「私の師匠だ」とは、言われていません。日蓮大聖人様には、師匠がいません。
 「仏道修行には師匠が必要だと先ほど、言われたのではないですか?」と言う人もいるでしょう。そうなのです。それなのに、日蓮大聖人様には師匠がいないのです。この問題を考えてみなければいけません。
日蓮大聖人様は、完全な師匠だから師匠がいないのです。師匠がいない仏様は本仏です。お釈迦様も師匠について悟ったのです。「師匠がいない」と言うのは、お仕えする人がいないのですから、本仏です。宇宙が出来た時に、「天地は、地水火風空」と悟り、世世番番(せせばんばん)の成道をした一番の元になる仏様が日蓮大聖人様です。
 これを「本因妙(ほんいんみょう)」というのです。本果妙ではありません。「師匠について悟りを得て、免許皆伝しました」というのが、本果妙です。「本果を得たから私は法を説いているのです」といいます。
日蓮大聖人様は、そうではありません。日蓮大聖人様の仏法は本因妙の仏法です。もっと違う言葉で言うと原因に生きる仏教です。結果を求めて「仏様になった!」と結果を求めて進んでいく仏教ではありません。
我が身を地水火空風と悟り、本因という元になる仏法です。日蓮大聖人様は元になる仏法ですから、日蓮大聖人様が師匠であり、他に師匠はいないのです。
 我々の師匠は、日蓮大聖人様ただお一人です。法華経を修行して頭がおかしくなったのは北一輝です。「日蓮君、来たのか。俺と並んで勤行をしよう」などと言っていたのです。おかしいでしょう。本仏に向かって「日蓮君、君も隣に来て勤行しよう」など、そんな馬鹿なことはありません。それは「師」ということがわからないのです。
 日蓮大聖人様が師であり、本仏なのです。だから、日蓮大聖人様には師匠がいないのです。これがわからないのです。日蓮大聖人様が本仏であり、師匠はいないのです。我々は、日蓮大聖人様が師匠です。
 このようなところを見落としてしまうと、頭が狂ってしまうのです。「日蓮君、俺と君とでは、どちらが法華経の理解が優れているのか?」という馬鹿な話になるのです。石原莞爾がそうです。満州国を造った人ですが、「日蓮君は末法に生まれたのではない。像法時代に生まれたのだ。僕の計算ではそうなる」と言ったのです。お釈迦様の生まれた年代の取り方によって全て時代区分が変わってくるのです。
 今から2500年前に生まれてお釈迦様は悟ったのです。釈迦滅後千年間のことを正法時代といいます。次の千年間のことを像法時代といいます。その次の時代は末法です。仏様の法がないから末法というのです。
 日蓮大聖人様は、末法に生まれられたのですが、石原莞爾の計算では、「日蓮君は像法時代に生まれたのだから、日蓮君は法華経の行者ではない。法華経の行者は誰であるのか? それは石原莞爾である。この私が末法は引き受けた。末法は大変な時代だから、武力を持って人々を平伏させなければいけない。そのために私は将軍の位にいるのだ」このように解釈したのです。これも邪教です。みんなそうなってしまうのです。
日蓮大聖人様を信仰していても、何処かで狂ってしまうのです。狂わないようにするためには、元をしっかりしなければいけません。修行者には師匠がいます。「貴方は、誰を師匠にして学びましたか?」と聞かれて「この人です」と答えます。
 日蓮大聖人様は、師匠がいません。最初からわかっているのです。日蓮大聖人様には、師匠がいません。我々には師匠がいます。師匠は誰なのかというと、それが日蓮大聖人様です。
 だから御本仏さまなのです。御本仏とは、本当の仏様という意味です。本因妙の仏法を修行していくことが、法華経の修行の始めです。これを理解して修行していかないと、何処かの時点で増上慢になってしまうのです。
 人から教わって法華経がわかってきたクセに、今度は「自分の力で法華経を悟った!」と思いだすのです。それで、「俺くらい偉いものはないのだ」と増上慢になってしまうのです。これが増上慢です。増上慢を恐れなければいけません。慢心、増上慢は、結果的には我が身を滅ぼすことになるのです。
 この元のところを固めて登っていかないと、信仰が揺らいでとんでもないところへ行ってしまうのです。

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この記事へのコメント

1. Posted by 行合84   2019年10月10日 08:23
中杉先生ブログ拝見いたしました。日蓮大聖人様は、ご本仏であられますので、当然のこと師匠は、いらしゃらないのです!仏教は、お釈迦様が説かれたということになっていますが、前世では、お釈迦様の、ご師匠だったのです。宇宙の神羅万象を悟られておられました。そう言った意味では、日本神道の造化三神に近い存在であると思います。日蓮大聖人様即、大宇宙の法則そのものであると思います。だからこそ、天皇陛下を敬い、日(太陽神)に連なるものと言う意味で日蓮となのられたと思います。これは、僕のコメントであって、夢想かもしれません。日蓮大聖人様は、何度も命にかかわる御法難に会われましたが、ご本仏である確信が全ての御法難を退けたのです。中杉先生講義ありがとうございました。
2. Posted by 主任教授 さえこ   2019年10月10日 13:26
5 今日の講義「仏道修行をするためには師匠が必要」拝読しました。

仏道修行には、師匠が必要だとわかります。
「明かりのない凡夫の心をどのように照らして歩んだらよいのか?」ということは、教わらないとわかりません。

それを自ら「悟った!」というのは、「キチガイになった」ということがよくわかります。
野狐禅は魔境に入るのですね。

禅宗の連中が「我高し」と思うのは、そこからきているのですね。
納得しました。

>日蓮大聖人様は、完全な師匠だから師匠がいないのです。師匠がいない仏様は本仏です。

日蓮大聖人様には師匠がいません。
私たちは一人では悟ることができません。本果妙の仏法です。
日蓮大聖人様を本仏と仰ぎ、折伏を行じていけばよいのだとわかります。

それがハッキリとわかっていないと、北一輝や石原莞爾のように「日蓮君」となってしまうのです。
ハッキリ言って「君」と書くだけでも恐ろしいことです。

日蓮大聖人様は本仏です。
これがちゃんとわかれば、増上慢になりようがありません。

退転するということは、日蓮大聖人様の仏教が全くわかっていなかったということです。
正法に縁をしない人と、正法に縁をして退転する人を比べると、正法に縁をして退転したほうがはるかに罪が重いのです。

正法に出逢っていない人は、業行の因果に流されていくだけですが、正法に出逢って退転した人は自ら地獄へ戻って行くようなものですから、無量劫という長い間、正法に縁することはできません。
その間、殺し殺され、業行の因果がますます悪くなっていくのです。

その恐ろしさを知っていれば、退転することなどできません。

正法を信受して折伏を行じていきましょう!



3. Posted by マリー   2019年10月10日 13:44
増上慢になって退転することは恐ろしいですね。
朝鮮人の荒らしがいますが退転してしまって頭が狂って地獄いきですから恐ろしいことだと思います。
4. Posted by 大田   2019年10月10日 14:02
今日の講義拝読しました。

>宇宙が出来た時に、「天地は、地水火風空」と悟り、我が身を地水火空風と悟り

この部分が以前、講義にあった「全ての命は皆同じ」という事なのでしょうか。

命は同じでも因によって私はやっと日蓮大聖人様の法華経を博士によって教えて頂いています。

師匠がいなければ正法は学べません。

師匠だと思っていた人が野狐禅であったら最悪です。

博士に巡り合えた因に感謝いたします。

博士 ご指導ありがとうございます。
5. Posted by あすか   2019年10月10日 20:39
>慢心、増上慢は、結果的には我が身を滅ぼすことになる
この元のところを固めて登っていかないと、信仰が揺らいでとんでもないところへ行ってしまう

これが日蓮正宗の樋田、学会の池田ではないでしょうか。
6. Posted by 青山   2019年10月12日 12:23
5 御講義有難うございます

日蓮大聖人様が師匠であり本当の仏様という本因妙の仏法を理解して修行していく事が大事で、そして何処かの時点で増上慢にならないよう反省心を忘れず修行に励んでいかなければならないと思いました
7. Posted by 古都   2019年10月13日 23:39
5 講義頂き有難うございます。

>御本仏とは、本当の仏様という意味です。本因妙の仏法を修行していくことが、法華経の修行の始めです。

大聖人様に師匠がいない理由は、大聖人様が御本仏であるからですね。学会員は、大聖人様が御本仏だとはわかっていないと思います。増上慢は身を滅ぼす、池田も顕正会も増上慢です。
増上慢にならない為には、大聖人様が御本仏であるとわかって修行していく事が大事です。

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