2019年11月19日

人間の探究 1414 三世の諸仏

114
※この世は仮の世界です。何もかも虚無です。わからない人から見たら自分の人生もわからないし、何が何だかわかりません。宇宙のこともわからないし、仏の教えもわかりません。アブクのように生まれて「人生は早いな」と思っていると、アブクのように死んで消えていくのです。だからこそ、実相の世界を求めていくのです。

人間の探究 1414 三世の諸仏

「能(よ)く能く秘蔵して深く此の理を証し、三世の諸仏の御本意(ごほんい)に相い叶い、二聖(にしょう)・二天・十羅刹(じゅうらせつ)の擁護(おうご)を蒙むり、滞(とどこお)り無く上上品の寂光の往生(おうじょう)を遂げ、須臾(しゅみ)の間に九界生死の夢の中に還(かえ)り来つて、身を十方法界の国土に遍(へん)じ、心を一切有情の身中に入れて、内よりは勧発(かんぱつ)し、外よりは引導し、内外相応し、因縁和合(いんねんわごう)して自在神通の慈悲の力を施(ほどこ)し、広く衆生を利益すること滞り有る可からず。」(三世諸仏総勘文教相廃立)

 『三世諸仏総勘文教相廃立(さんぜのしょぶつそうかんもうきょうそうはいりゅう)』
は、もの凄く難しい御書です。でも、よくかみ砕いてみると、「そんなに難しくはない」と僕は思っています。
 タイトルの難しさにクラクラして、もう参ってしまうのです。普通の人は「三世諸仏総勘文教相廃立」などと聞いただけで、もうクラクラッときて、読めなくなってしまうのです。しかし、そうでもありません。
 よく考えてみると、三世の諸仏とは、過去・現在・未来に現れてくる仏様の教えであり、「総勘文」の全ての教えを心得て、「何が一番大事で、何が大事でないのか、何が仮の教えなのか?」ということを、よく見分けていくのです。
 三世の諸仏の経文を全て「これはいらないな」「これもあまりいらないな」「ここは大事だな」というように振り分けていくことが大事です。そのようなことを教えられた御書なのです。
 「能(よ)く能く秘蔵して深く此の理を証し」
 私が教える通り、教えというものを「何が大事なのか?」よくよくわきまえて、もしそれを自分がわかったならば、心のうちに「秘蔵して」、もっと深く、何処まででも深く進めていくべきなのです。
 「三世の諸仏の教え」と言うのですから、貴方が「今、わかった」と思っても、まだまだ奥が深いのです。本当のところはまだまだわかっていないかもしれません。少しでも筋道がわかって、法華経とくらべて、他のお経や、念仏の違いがわかり、「法華経しかない」とわかったならば、そのことを深く掘っていくのです。そのことを「能(よ)く能く秘蔵して」と言っているのです。うわっつらだけで「法華経がわかった」というのではなくて、本当に法華経を深めていくことが大事なのです。
 「三世の諸仏の御本意(ごほんい)に相い叶い、二聖(にしょう)・二天・十羅刹(じゅうらせつ)の擁護(おうご)を蒙むり」
 それを叶っていくならば、法華経の極意を極めようとする貴方が諸天の加護を受けていくのです。必ず加護を受けるのです。
 「滞(とどこお)り無く上上品の寂光の往生(おうじょう)を遂げ」
 ここでは、「往生」という言葉を使っていますが、仏を得ることは「成仏」といいます。ここでは「往生」と言っていますが、それはあまり深い意味ではありません。悟ったところの世界を言っているのです。必ず貴方は往生を遂げます。
 「須臾(しゅみ)の間に九界生死の夢の中に還(かえ)り来つて、身を十方法界の国土に遍(へん)じ」
 問題はここです。我々はこの世界に生まれました。生まれる前はどうだったのかというと、無分別の境地です。そこに書いてある言葉です。欲界・色界・無色界の九界の中にいるのですが、それは夢の生死だと言っているのです。
 普通の人はみな夢の生死をやっているのです。生まれたこともわからないし、死ぬこともわかりません。ただ無茶苦茶に欲望を追いかけているだけです。何だかわからないのです。「何が実存なのか?」それもわからないのです。
 まず、自分が実存ではない虚無の世界に生きているということもわからないのです。自分の正体がわからないのです。それではダメなのです。我等は実存を得ているのです。実存を得るということによって、変化する世界の中で絶対に変化をしないもの、真実に存在するものが法なのです。それを求めているのです。
 世間の人は実在しない権力や、財産や、夢のように消えてしまうものを追い求めているのです。そんな世界に生きていたらいけません。そうではない消えない永遠の世界を求めて進んでいくのですから、心をしっかりと強く持たないと、ついつい虚無の世界に流れてしまいます。
 「身を十方法界の国土に遍(へん)じ、心を一切有情の身中に入れて、内よりは勧発(かんぱつ)し、外よりは引導し、内外相応し、因縁和合(いんねんわごう)して自在神通の慈悲の力を施(ほどこ)し」
 自分の心がそうだと、内外相応して外側も浄土に変わるのです。自分の心が穢土だと、周りも全て汚れているのです。それでは駄目なのです。自分の心を浄化して、実相をつかんでいるならば、外側の世界も実相の世界になるのです。
 何もわからない人が世間の人を見ていると、世間の人も何もわかりません。夢の中に生まれて、何だかわからないように生きてきて、年を取って死んでしまうのです。アブクのようなものです。生まれて死ぬまで人の一生は短いのです。
 アブクのようなものを求めていったら、ブクブクブクと沈んで終わりです。今度は反対に「そうか、南無妙法蓮華経なのか」と入り口がわかって進む人の人生は実相の世界です。実相の世界とは、自分だけが実相の世界になるのではなくて、外側の世界も実相になるのです。すると内外相応して、内から出る仏界だと、外の世界も仏界になってしまうのです。内外相応して、お互いに感応しあっていくと、世界が実報土になるのです。全ての衆生がそのようなものを求めていくならば、この世界も永遠の実報土になってしまうのです。
 この世は仮の世界です。何もかも虚無です。わからない人から見たら自分の人生もわからないし、何が何だかわかりません。宇宙のこともわからないし、仏の教えもわかりません。アブクのように生まれて「人生は早いな」と思っていると、アブクのように死んで消えていくのです。だからこそ、実相の世界を求めていくのです。
 実相の世界に行くならば、アブクではありません。実相はもう壊れないのです。私の心の中で実相を見ているのですから、その実相は壊れません。それならば、周りも壊れない国土である実報土になって我々に返ってくるのです。
 それが内と外で反発しあって、地獄は「お前はこっちへ来い」と言えば、「嫌だめだ。地獄へは逝かない。お前も実報土に変われ!」と言って、両方で反発しあって、自分のいる世界を素晴らしい実報土に変えていくのです。これが三世の諸仏の根本の教えです。そのような教えです。

★★★事務局よりお知らせ★★★

アメーバブログで、「中杉 弘の徒然日記」
好評連載中です!!
     ↓
http://ameblo.jp/nakasugi-hiroshi


人気blogランキング、よろしくね!
  ↓↓↓


         コメントは、ここにお書きください↓↓↓

nakasugi_h at 00:00│Comments(7)clip!


この記事へのコメント

1. Posted by 弥生   2019年11月19日 02:31
>実相の世界に行くならば、アブクではありません。実相はもう壊れない
私の心の中で実相を見ているのですから、その実相は壊れません。それならば、周りも壊れない国土である実報土になって我々に返ってくる

自分の心が変われば、自分の見ている世界、環境も変わる、立派な心になるよう自分を変えていけば、お金にも何も困らなくなる、これは以前より博士が教えられている、私が見ている世界はバーチャルリアリティー」ということでしょうか。
2. Posted by 行合84   2019年11月19日 06:55
中杉先生ブログ拝見いたしました。この世はバーチャルな世界だから、いかに実相の世界になるかです。そして、先生は、その入り口論は、「総勧文」であること仰いました。自分の心を浄化して、実相をしっかりとつかんでいけば、外側の世界も実相の世界になるのですね。なかなか難しい問題ですが、一言でいうと、入り口論は、日蓮大聖人様の南無妙法蓮華経であり、出口は成仏ですね。中杉先生にしっかりと、ついていくならば、この問題も必ずや解決すると思います。中杉先生講義ありがとうございました。
3. Posted by 主任教授 さえこ   2019年11月19日 09:33
5 今日の講義「三世の諸仏」拝読しました。

「三世諸仏総勘文教相廃立」は、難しい御書です。
しかし、中杉博士の講義を聞くと、「なるほど、このようなことだったのか!」とわかります。

中杉博士は凄いのです。
法華経も講義できるし、日蓮大聖人様の御書の全てを講義できます。

普通は、「三世諸仏総勘文教相廃立」のような御書は難しいので誰も講義できません。
講義できるのは、中杉博士ただお一人です。

>よく考えてみると、三世の諸仏とは、過去・現在・未来に現れてくる仏様の教えであり、「総勘文」の全ての教えを心得て、「何が一番大事で、何が大事でないのか、何が仮の教えなのか?」ということを、よく見分けていくのです。

なるほど。
ため息が出るくらい凄い講義です。
「三世諸仏総勘文教相廃立」の内容をこんなにわかりやすく、簡潔に講義された先生はいません。

要するに、三世の諸仏に教えの中で「一番大事な教えは何か?」というものが法華経です。
それがわかったと言っても、深くわかっているわけではありません。
それを深くわかっていくことを「能(よ)く能く秘蔵して深く此の理を証し」と言うのですね。

仏教は「これでわかったぞ」と言っても、それで終わりではありません。
何故ならば、生きている人間がわかるということは、ほんの小さなことなのです。
それを探求して、どんどん生命の実相がわかっていくということが、人間の本当のロマンです。

自分の欲望を達成することがロマンではありません。

自分の正体がわかり、この世はバーチャルリアリティーだとわかり、「全て自分の世界だ」とわかっても、まだまだ奥があるのです。

それは、死んで元の妙に返らないとわからないことなのかもしれませんが、生きているうちにそれがだんだんわかってくるから永遠の生命になるのだと思います。

精進して自分の正体をわかっていきましょう。


4. Posted by 大田   2019年11月19日 14:22
今日の講義拝読しました。

人生は南無妙法蓮華経ですから、一瞬一瞬の心使いで違ってきます。

その心の使い方によって泡の一生が、実報土の世界に変わるならば変えたいと思います。

分からない事が分からない私です。まだまだ学んで行
きたいと思います。

博士 ありがとうございます。
5. Posted by マリー   2019年11月19日 15:00
まず、自分が実存ではない虚無の世界に生きているということもわからないのです。自分の正体がわからないのです。それではダメなのです。我等は実存を得ているのです。実存を得るということによって、変化する世界の中で絶対に変化をしないもの、真実に存在するものが法なのです。それを求めているのです。

自分の心が実存を得て外の世界も実報土にしていくことが大切であります。しかし実存が南無妙法蓮華経だと入口が分かっても日々それを深めていかないといけないと思います。
6. Posted by あすか   2019年11月19日 22:30
>「三世の諸仏の教え」と言うのですから、貴方が「今、わかった」と思っても、まだまだ奥が深いのです。本当のところはまだまだわかっていないかもしれません
うわっつらだけで「法華経がわかった」というのではなくて、本当に法華経を深めていくこと

法華講の樋田など、まさに「分かったつもり」であると思いました。
7. Posted by 青山   2019年11月21日 13:39
5 御講義有難うございます

自分の心を浄化して、実相をつかんでいく事が大事であると思いました

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔