2019年12月02日

人間の探究 1423 妙法蓮華経の五字を唱うる功徳莫大なり 

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※「死なない」と思っていた秦の始皇帝陵の想像図(川には水銀が流れ、天井には宝石がちりばめられていると言われています。盗掘を恐れて自動発射の弓矢も仕掛けられているといいます。37年の歳月をかけ、延70万の囚人を使役して造られたとされます。)

人間の探究 1423 妙法蓮華経の五字を唱うる功徳莫大なり 

「法華経は四十余年の諸経を一経に収めて、十方世界の三身(さんじん)円満の諸仏をあつめて、釈迦一仏の分身の諸仏と談ずる故に、一仏一切仏にして妙法の二字に諸仏皆収まれり、故に妙法蓮華経の五字を唱うる功徳莫大なり。諸仏諸経の題目は法華経の所開なり。妙法は能開なりとしりて法華経の題目を唱うべし。」(唱法華題目抄)

昔の大王である秦の始皇帝は「自分は死なない」と思っていたのです。「わしは死なんぞ」と思っていたのです。大王様、違いますよ。貴方は死ぬのですよ。
生老病死、成住壊空を知っていれば、始皇帝は必ず死ぬのに決まっています。ところが、権力を持ってしまうと「自分は死なない」と思ってしまうのです。だから、「人は殺してもよい」という論理がそこから生まれるのです。「人は殺しても、自分は死なない」と思ってしまうのです。
この生老病死は宇宙の偉大な真理であり、仏法の入り口です。生老病死だけでは、何も生まれません。ありのままに「生老病死、これが人生ですよ」と言っているだけです。
法華経はもう一歩進んで、「生老病死していくものの実体は何か?」ということです。何が生老病死なのでしょうか? 何が成住壊空なのでしょうか? そのように考えるのです。「それは、妙法蓮華経ですよ」と教えられたのです。
「無量義は一法より生じる」と、無量義経には書いてあります。その一法は妙法蓮華経なのです。全ての生命は妙法蓮華経から出来ているのです。「それがどうして花があり、魚がいるのか?」というと、それは自分自身で作り上げているのです。
仏様が生命を創ったわけではありません。「お前は花をやれ」「お前は豚をやれ」などということではありません。そうではありません。自分でなりたいものになったのです。アインシュタインです。「私は石である。石になりたい」ということです。
これは非常によくわかるのです。「何者かになりたい」という境涯が、妙法と開いて現実の生命になっていくのです。その奥にあるものを学ぶ人のことを、「妙法蓮華経を学ぶ人」と言うのです。
表面に出てくるものは、千差万別です。ウイルスが出てきても、カッパが出てきても不思議はありません。ウイルスも病原菌も全て生命です。その生命はなぜ、ウイルスの役割をしているのでしょうか? 或は人間をやったりしているのでしょうか? 全てそれは、貴方の一念心がからんでいるのです。
生命は仏が創っているのではありません。貴方が成りたいものに自分が成っているのです。それが妙法蓮華経の法則です。妙法蓮華経の法則からは、誰人も逃れられないのです。やったことは全て自分に返ってくるのです。それが、妙法蓮華経なのです。
「因果倶時不思議の一法之れ有り、之を名けて妙法蓮華と為す」(当体義抄)
というのです。因果倶時・因果倶時と、因が果になり、果が因になり、グルグルと周りながら何かになっていくのがわからないのです。生命は何にでもなってしまうのです。それが生命です。
妙法蓮華経とは、生命のそのもののことを言ったのです。生命そのものは体、「生命がどのような働きをするのか?」というのが幽なのです。幽としての働きは、仏様には関係ありません。自分自身の因果です。それを間違えてしまい、「神様から創られた人間だ」とわけのわからない考えになっていくから、みんな邪教になってしまうのです。
仏教の考え方のほうが、間違いがありません。「ああそうか、俺がやったことが俺に返ってきているのだから、このようなことをやっていればこうなるのだな」とわかるのです。誰のせいでもありません。みんな貴方が悪いのです。良い場合でも、みんな貴方がよかったのです。そうなるのです。これが法華経の功徳力というのです。
「故に妙法蓮華経の五字を唱うる功徳莫大なり。」
何が莫大なのかというと、生命全ての現象をわかってくるために、「南無妙法蓮華経」と唱えることは、莫大な功徳があるのです。みんな「生きている」ということのわけがわかっていないのです。「貴方はなぜ生きているのですか?」と聞くと、「何を言っているのだ、そんなことは、わかりはしないよ。俺は俺で勝手に生きているのだよ!」と、親を恨み、先生を恨み、同僚を恨み、世の中を恨みぬいているのです。自分が何だかわからないのです。
その最もヒドイ例が戦争です。お互いに殺し合って、そのような愚かなことをやっているのです。自分が何だかわかっていないのです。一切万物の根本は、妙法蓮華経であると知って、妙法蓮華経の五字を唱える人は、莫大な功徳が出てくるのです。どのような功徳なのかというと、宇宙大の功徳です。宇宙の根本まで達してしまうのです。
この法則は、何処まで行っても妙法蓮華経という流れは変わりません。太陽も星も惑星もUFOもみんな入ってしまうのです。そのように思って、妙法蓮華経の五字を唱える人は、偉大な人なのです。
 「諸仏諸経の題目は法華経の所開なり。妙法は能開なりとしりて法華経の題目を唱うべし。」
 一番大事なことは、妙法がわかるということです。「妙は死、法は生なり。この生死の二法は一心の妙用」です。これをわかっていくことを法華経の修行というのです。それをわかろうとして修行しないと、ガマガエルが鳴いたような声を出して「なんみょう〜ほうれんげっきょう〜」と、いくら言っても功徳は出ません。
 それを指導していくことが大事な点です。法華経がわかってくると自分も妙法が完璧にわかってきて、人の妙法もわかってきます。「貴方はこのような法則で動いていて、このような命なのだね。それは止めないとだめだよ。地獄へ逝くよ」とわかってくるのです。
 境涯が高くなると、人のことはみんなわかるのです。「この人は地獄へ向かって走っているのだな」とわかってくるのです。南無妙法蓮華経は真に偉大な法ですぞ。


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この記事へのコメント

1. Posted by マリー   2019年12月02日 14:37
妙法により仏になるのも朝鮮人で生まれるのもゴキブリに生まれるのも自分次第ですね。良い因果を積んで妙法を学び仏になるのが最高の人生だと思います。お題目を唱えるのも妙法を正しく学んで唱えるのと学会のように1日12時間たガマガエルのように唱えるのでは全く功徳が違います。
2. Posted by ぽん太   2019年12月02日 14:51
売国という国を売る泥棒を働いた者の因果はどのようなものかと思いました。
3. Posted by 大田   2019年12月02日 17:56
今日の講義拝読しました。

私は、南無妙法蓮華経です。無明から脱け出していません。けれど成仏したいのです。

来世も仏様と一緒にいたいと思います。

その一瞬の思いの積み重ねが来世の私の姿になるのですから、博士のご指導を受けられる今世はとても幸せです。

博士 ありがとうございます。
4. Posted by 弥生   2019年12月03日 02:15
>2. Posted by ぽん太
売国という国を売る泥棒を働いた者の因果

自分のしたことは自分に返ります。

その瞬間、それは決定し(因果俱時)人間の肉眼では見えませんが、仏様の仏眼にはそれが見えると博士に教わりました。

きっと来世は朝鮮の貧困層に生まれ、自分が奪った分、奪われたりいじめられたりすることでしょう。

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