2020年02月15日

『日本建国の謎に迫る』古代出雲

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※我々は二〇〇七年八月十六日にこれを見学しに行き、銅剣三五八本を肉眼で見ることができました。

『日本建国の謎に迫る』

古代出雲

 「古代世界と製鉄技術」で、スキタイについて説明しました。中央アジアを中心に荒らしまわった遊牧民族です。そのスキタイは、出雲にも入っていたようです。鉄を持つスキタイは、グリフィンという鳥を守護神とし、死ぬと四隅突出墳(ルビ よすみとつしゆつふん)という四隅が突出している特殊なお墓に埋葬されます。
 日本でも、四隅突出墳が確認されています。鳥取の阿弥大寺古墳群、島根の仲仙寺古墳群、広島の矢谷古墳の三カ所で、いずれも出雲の支配下地域にあります。阿弥大寺古墳群は弥生時代末期から古墳時代にかけて築造されたもので、一号墳は一辺約二〇mという大きさです。矢谷古墳からは、鉄製品が出土しています。
 中国に侵入しようとしたスキタイの一部は、始皇帝に追い払われてしまい、さらに東方に逃げて、日本にまでたどり着いたのではないかと考えられます。それほどの数ではないでしょうが、朝鮮半島経由で彼らは出雲に入ってきて、そこで一つの勢力を築き上げました。それを称して出雲王国といいます。
 島根県の古代出雲歴史博物館に行くとよくわかりますが、古墳時代の出雲の豪族のスタイルは完全にスキタイの風俗です。刀の柄にはグリフィンが入り、兜にしてもスキタイのスタイルなのです。出雲地方からまだ鉄剣は出土していませんが、そのうちに発見される可能性は高いと思います。
 そして、ここは銅鐸が出土することで有名です。よく知られている加茂岩倉遺跡のほか、荒神谷遺跡では三五八本の銅剣と銅矛一六本、銅鐸六個が出土しています。我々は二〇〇七年八月十六日にこれを見学しに行き、銅剣三五八本を肉眼で見ることができました。そして、不思議なことに気がつきました。この銅剣には柄の部分がないのです。剣の形をしていても、剣を差し込む柄がないのです。非常に小さい二センチぐらいの柄が付いているだけで、これでは実戦で使えません。古代出雲歴史博物館の学芸員に、「これ、どうやって柄を付けたのですか?」とたずねると、「私たちもわかりません」という返事でした。そうすると、儀式で使ったのかもしれないと、私は感じました。
 もう一つの仮説も胸に浮かびます。三五八本の銅剣をまとめて、しかもきちっと重ねて山の中腹に埋めたのは、降伏を示すものだったのかもしれません。鉄を持ったスキタイ系が入ってきた時、最初は小競り合いもあったことでしょう。その結果、銅文化であった先住民は、「まいりました。もう、私たちは抵抗しません」という意を示すために、銅製品を埋めた可能性もあります。そう解釈した方がわかりやすいと思います。
 そして、出雲の文化は日本の歴史に大きな影響を与えています。『古事記』では、大国主命(ルビ おおくにぬしのみこと)の伝承を中心に、出雲に関する記述が多く出てきます。そして、素戔男尊(ルビ すさのおのみこと)が出雲の祖神と記述されています。
 その素戔男尊は、日本の神仏習合においては牛頭(ルビ ごず)天王とされています。この牛頭信仰は、スキタイに起源があるのです。牛頭天王は、京都祇園社(現・八坂神社)の祭神です。姫路の広峯神社でも祀られています。現在では、祇園信仰、八坂信仰とつながっているのです。これは、天照大神の信仰の系統とはちがうものですが、時代とともにだんだんと天皇の風俗がしみ込んで現在に伝わっているのです。
 つまり出雲では、縄文文化の上にスキタイの文化が接木された独特の文化が花開き、強大な勢力圏を誇っていたのです。


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この記事へのコメント

1. Posted by Vega   2020年02月16日 01:45
>三五八本の銅剣をまとめて、しかもきちっと重ねて山の中腹に埋めたのは、降伏
出雲では、縄文文化の上にスキタイの文化が接木された独特の文化が花開き、強大な勢力圏

以前のご講義にあった博士の「歴史常識論」から考えるとやはり博士の直感の通りだと思います。
2. Posted by 弥生   2020年02月17日 01:25
>素戔男尊は、日本の神仏習合においては牛頭(ルビ ごず)
牛頭信仰は、スキタイに起源があるのです。牛頭天王は、京都祇園社(現・八坂神社)の祭神
現在では、祇園信仰、八坂信仰とつながっているのです。これは、天照大神の信仰の系統とはちがうものですが、時代とともにだんだんと天皇の風俗がしみ込んで現在に伝わっている

ちょうど京都関連の番組でも放映されており、何故牛の頭なのかと思いましたが、牛頭信仰は、スキタイに起源がある、博士のご講義で初めて知りました。ありがとうございます。

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